インヒビター とは
世界血友病連盟 (WFH) 発行 World Federation of Hemophilia 2009 年 世界血友病連盟 (WFH) は 非営利の血友病 / 出血性疾患団体による教育目的の WFH 出版物の再配布を推奨しています 本出版物の再印刷 再配布 翻訳の許可を取得するには 下記の広報部の住所までご連絡ください 本出版物の PDF ファイルは WFH のホームページ www.wfh.org. より英語 フランス語 スペイン語 アラビア語 ロシア語 中国語でご覧いただけます 追加の印刷コピーにつきましては 下記にご注文ください 世界血友病連盟 1425 René Lévesque Boulevard West, Suite 1010 Montréal, Québec H3G 1T7 CANADA Tel.: (514) 875-7944 Fax: (514) 875-8916 mail: wfh@wfh.org 世界血友病連盟は医療行為を行なっておらず いかなる状況においても 特定の個人向けの特定の治療法は推奨しておりません 服用スケジュールやその他の治療計画は継続的に見直され 新たな副作用が確認されます WFH は明示または黙示的を問わず 本出版物中の薬剤の投与量やその他の治療における推奨事項の正確性は保証しません 上記の理由から 本出版物で紹介されている薬剤の投与を開始する前に 医療顧問の助言 または製薬会社から提供された印刷文書による指示を参照されることを強くお勧めします 世界血友病連盟は特定の治療用製剤または製造会社の推奨はしておりません 製品名の紹介は WFH の推奨を意味するものではありません
目次 インヒビターとは.... 2 インヒビター発症のリスクが高い人.... 4 インヒビター発症リスクに影響し得る. 他の要因.... 5 インヒビターの徴候と症状.... 6 インヒビターの診断方法.... 6 インヒビター患者の. 治療オプション.... 8 免疫寛容導入のしくみ....11 免疫寛容導入療法の成功に. 影響を及ぼす要因....12
インヒビターとは インヒビターとは 血友病患者が治療のため使用した凝固因子に対して免疫が働いて 体から排除されてしまう抗体ができることです 発生すると 凝固因子製剤が効かなくなるという血友病患者にとっては極めて深刻な問題となります 免疫システムは有害な細菌やウイルスから身を守ります インヒビターがあると 凝固因子製剤中のタンパク質である凝固因子が異物とみなされて 免疫システムが反応することがあります 血友病患者にとっては もともとは体がそのタンパク質を持っていなかったからです この反応が起きると 血液中では投与された凝固因子を攻撃するためのインヒビター ( 抗体とも呼ばれる ) が作られ排除されてしまいます すると 凝固因子製剤は効かなくなります インヒビターが凝固因子を排除するしくみ 2 世界血友病連盟
血友病患者がインヒビターを発症すると 止血することが非常に難しくなります インヒビターを持つ患者は 凝固因子製剤の効果がないため 大きな出血と痛みに直面します 筋肉や関節の出血 ( 血友病の最も多いタイプの出血 ) を抑えられなければ 慢性の関節障害になる可能性があります インヒビターの治療は 今日の血友病治療において大きな課題の 1 つです 免疫寛容導入療法を行ってインヒビターを排除することが可能です (11 ページ参照 ) ただし この治療には専門知識が必要で 高いコストと時間が必要となります インヒビター患者の止血にはバイパス止血製剤と呼ばれる薬が使用できます インヒビターとは. 3
インヒビター発症のリスクが高い人 インヒビターの発症頻度は 軽症や中等症よりも重症の血友病患者が高くなっています ( 下記重症度図参照 ) ほとんどの人は凝固因子製剤の治療開始後 75 回以内にインヒビターを発症し 特に最初の 10~20 回が発生のリスクが高いです ほとんどの場合は重度血友病の子供に発症しますが 軽度から中等度の血友病患者も後になってから 凝固因子製剤使用後にインヒビターを発症することがあります 重度血友病 A( 第 VIII 因子欠乏 ) の子供の約 25~30% がインヒビターを発症します 血友病 B( 第 IX 因子欠乏症 ) の患者は A に比べて約 1~6% と非常に少ないです そのため 第 IX 因子製剤に対するインヒビターの危険性については 多くの知見がありません 血友病の重症度 重症度のレベルは人の血液中に欠乏している凝固子の量に依る 軽症血友病正常な凝固因子活. 性が 5~30% 中等症血友病正常な凝固因子活. 性の 1~5% 重症血友病正常な凝固因子活性の 1% 未満 外科手術や大きな怪我の後 長時間出血する可能性あり 出血の問題が起こる可能性はほとんどなし 頻繁には出血しない 怪我をしない限り出血しない 外科手術 大きな怪我 歯科処置の後 長時間出血する可能性あり 月に1 度くらいは出血する可能性あり 明確な理由なく出血することは稀 頻繁な筋肉 関節出血 週に1~2 度出血する可能性あり 明確な理由なく出血する可能性あり 4 世界血友病連盟
インヒビターを有する血友病 B 患者の中には 第 IX 因子製剤の投与を受け続けると アナフィラキシーと呼ばれる重度のアレルギー反応が起こる人がいます このような危険性があるため 血友病 B の患者は 第 IX 因子製剤を使用する最初の 10~20 回は 病院で治療を受けることが非常に重要です 理想を言えば 血友病と診断されたばかりの患者は 治療初日から投与 50 日目までは定期的にインヒビターの検査を受けるべきです 50 日目を過ぎても 150~200 回投与までは年に 2 度以上 その後も年に 1 度以上は検査を受けてください 大きな手術を受ける前にもインヒビター検査が必要です インヒビター発症リスクに影響し得るその他の要因 その他のインヒビター発症のリスクが高くなる可能性があるとされているのには次のことがあります 血縁者のインヒビター発症歴 凝固因子遺伝子の大きな欠損 先祖にアフリカ人がいる 初期 ( 特に最初の50 回 ) の高用量の凝固因子製剤による集中的治療 出血防止 ( 定期補充療法や予防的治療 ) のために定期的に凝固因子製剤による治療を受けている人は インヒビター発症の可能性が低いとの研究結果があります 使用される凝固因子濃縮製剤の種類 ( 遺伝子組換えまたは血漿由来 ) インヒビターとは. 5
が発症に関係しているかどうかは まだほとんど解明されていませんが これについては研究が現在進められています インヒビターの徴候と症状 インヒビターを発症した血友病患者は 凝固因子製剤で投与を受けた後も止血しません 本人 家族 医療スタッフが以前に比べて治療の効果が落ちてきたことに気づいたらインヒビターが疑われます インヒビターの徴候と症状には次のようなものがあります 通常の量の濃縮製剤で出血がすぐに抑えられない 通常の治療効果が悪くなっているように思える 出血を抑えることがだんだん難しくなっている インヒビターの兆候と症状に基づいた診断は 検査を繰り返し行う必要があります 定期検査によりインヒビターの発症が判明することもあります インヒビターの診断方法 活性化部分トロンボプラスチン時間 (APTT) と呼ばれる血液検査でもインヒビターが疑われることがよくあります APTT 検査は血液が凝固するまでの時間を測定しますが インヒビターが存在すると血液の凝固に時間がかかったり完全に固まらなかったりしますし 正常に凝固因子を含む血液を加えても補正されません 6 世界血友病連盟
インヒビターを診断するためには ベセスダ法 またはそれを改良したナイメゲン法が行なわれます この検査でインヒビターの強さ ( 力価 ) を測定することができます ただし ベセスダ法やナイメゲン法を実施するには特殊な専門知識が必要であり 多くの病院などの検査室では測定できません インヒビターの強さは人によって異なり また同じ人でも時間の経過と共に変化することがあります 人の血液中のインヒビター値はベセスダ単位 (BU) で表され 高力価 (>5 BU) 低力価 (<5 BU) と呼ばれます 例外もありますが 一般には高力価のインヒビターは活性が高く 投与された凝固因子を直ちに中和するのに対し 低力価のインヒビターは活性が弱くゆっくりと中和します 凝固因子製剤に対してどの程度の強さで反応したかを既往免疫反応と呼びます 過去のインヒビター値から ハイレスポンダー ローレスポンダー と区別されます ハイレスポンダーとはインヒビターの力価が 5 BU を超えたことがあり 製剤投与をすることで強力なインヒビターが誘発される人を言います ローレスポンダーとはインヒビターの力価が過去に 5 BU を超えたことがなく 濃縮製剤に対するインヒビターの反応が弱い人を言います 高力価インヒビター 5 BU 以上 インヒビターの活性が強い 凝固因子を直ちに中和ハイレスポンダー インヒビター値が5 BUを超えたことがある 反復の製剤投与が新しいインヒビターを誘発する 低力価インヒビター 5 BU 未満 インヒビターの活性は弱い 因子製剤を徐々に中和ローレスポンダー インヒビター値が5 BUを超えたことがない 製剤投与によりインヒビター. 値がゆっくりと上昇する インヒビターとは. 7
インヒビター患者の治療オプション インヒビター患者の管理と治療は インヒビターのない患者に比べて一層難しくなります 治療には様々なアプローチがあります 治療の決定は患者のインヒビター値と既往免疫反応 出血の箇所と重症度 患者が免疫寛容導入療法 (11 ページ参照 ) を開始している もしくは開始を予定しているかどうかという点を考慮します 理想を言えば インヒビターを発症している患者は 専門知識をもつ医師のいる血友病治療センターで治療をしてもらうべきです 高用量の濃縮製剤 : ローレスポンダーの急性出血の治療には 高用量および / または高頻度の濃縮製剤投与が望まれます 患者の因子レベルが目標値に到達したかどうかを確認するために 毎回輸注の直後に凝固因子活性を測定する必要があります 持続投与が有効な場合があります ハイレスポンダーで現在は低力価インヒビター患者の急性出血にも 高用量の濃縮因子製剤の投与は止血治療の選択肢の一つとなります ただし 5 ~7 日間を経ると既往免疫反応が激しくなることを考慮しておき その時点ではバイパス療法に切り替えなければなりません バイパス止血製剤 : 活性型プロトロンビン複合体製剤 (APCC) 組換え活性型第 VIIa 因子製剤 (rfviia) 等のバイパス止血製剤は高力価インヒビターを有する患者の急性出血の治療に使用されます ただし インヒビター治療用のバイパス製剤は高価で すべての国で常に使用可能ではありません 8 世界血友病連盟
活性化プロトロンビン複合体製剤 (APCC; ファイバ ) は血漿から作られ 第 VII 因子 第 IX 因子 第 X 因子等の因子が含まれています 投与は頻回に ( 通常 8~12 時間おき ) に行なわれますが 連続投与は最高 5 回に制限すべきです ( 訳者注 : ファイバには日本でも以前は最高 3 日間という投与制限がありましたが 2008 年に削除されています ) 副作用で血栓症を起こす危険性があります 遺伝子組換え活性型第 VII 因子製剤 (rfviia ノボセブン ) は 頻回に ( 通常 2~3 時間おき ) に投与する必要があり 静脈への頻回の穿刺が必要になるという問題があります トラネキサム酸 : トラネキサム酸 ( トランサミン ) は抗線溶薬で止血栓の溶解を抑えるために補助的に内服または注射で投与します トラネキサム酸は 鼻や口などの粘膜からの出血の場合に特に有効です ただし APCC と組み合わせて使用してはいけません イプシロン アミノカプロン酸 (AMICAR ): イプシロン アミノカプロン酸は抗線溶薬で 口 膀胱 子宮等の体の血餅を保つために 補助療法として内服または注射により投与します 血漿交換療法 : 血漿交換療法は患者の血流からインヒビターを除去する方法です 血漿交換療法は通常インヒビターの力価を急速に下げる必要がある時に用いられ インヒビターとは. 9
ます ( 例 大きな手術前 重度の出血がバイパス止血製剤で十分に止血できない場合 ) 免疫寛容導入療法 : 免疫寛容導入 (ITI) 療法は インヒビターを有する患者に凝固因子製剤を数か月から数年にわたって投与することで 身体を凝固因子製剤に免疫反応しないように慣らして 再び効くようにさせる方法です この治療は寛容導入と呼ばれます 免疫寛容導入療法を受けることを予定していてまだ開始していない場合には 急性出血の際に凝固因子製剤は使用しない方がよい 凝固因子製剤がインヒビター力価を上昇させる可能性があるからです 10 世界血友病連盟
免疫寛容導入のしくみ 免疫寛容導入 (ITI) 療法では 身体が凝固因子製剤に免疫反応することなく効くようになるまで 凝固因子製剤を一定期間にわたり定期的に投与します 免疫寛容導入に成功すると インヒビターが消失し 患者の因子製剤に対する効果が正常に戻ります 大部分の患者は ITI 治療の結果 12 か月以内に改善が見られますが より難しいケースでは 2 年以上かかることがあります 寛容導入の概念 インヒビターとは. 11
現在 ITI 療法では様々な投薬スケジュールが行われていますが インヒビターを消失させる最適な投薬スケジュールはまだ解明されていません 毎日 高用量の凝固因子濃縮製剤を投与すれば寛容誘導は速くなりますが この治療法には多額の費用がかかり 凝固因子製剤を投与する回数や量が少ない場合に比べて別のリスクがあります 免疫寛容導入研究 (www.itistudy.com) と呼ばれる進行中の研究では 様々な用量の投薬計画による効果と安全性の比較をします 調査結果は先進国 発展途上国どちらにおいても第 VIII 因子インヒビターを有する患者の治療改善に役立つでしょう 免疫寛容導入療法の成功に影響を及ぼす要因 ITI の効果が患者によって異なる理由はまだ解明されていません ITI 療法の成功に結びつく要因には次のようなものがあります インヒビターレベルが 10 BU/mL 未満 理想的には 5 BU/mL 未満の患者に対して ITI を開始する インヒビターレベルが 200 BU/mL を超えたことがなく 理想的には 50 BU/mL 未満の状態を保っている患者に対して ITI を開始する インヒビターを有すると診断されてから 5 年以内の患者に対して ITI を開始する 12 世界血友病連盟
早期に治療を中止したり 治療スケジュールを中断 ( 投薬の中断 ) すると ITI の成功に支障をきたし インヒビターを有する患者が寛容状態に到達するまでの時間がさらにかかる可能性があります 研究者は ITI に使用される因子製剤の種類や製品 ( 血漿由来製剤の純度 遺伝子組換え製剤 ) が治療の成功に影響するかどうか研究しています 現在のところ 遺伝子組換え製剤 血漿由来製剤共に同様の成功率を得ています インヒビターの詳細情報につきましては世界血友病連盟ホームページ www.wfh.org. をご覧ください インヒビターとは. 13
本刊行物の刊行はノボノルディス. ク社および CSL ベーリング社からの. 無制限の教育助成金により実現し. ています 世界血友病連盟 1425 René Lévesque Boulevard West, Suite 1010 Montréal, Québec H3G 1T7 CANADA Tel.: (514) 875-7944 Fax: (514) 875-8916 E-mail: wfh@wfh.org Internet: www.wfh.org