日臨外会誌 74(9),2406 2411,2013 症 例 孤立性特発性腹腔動脈解離の 1 例 1) 2) 名古屋セントラル病院消化器外科, 愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院外科, 3) 名古屋記念病院外科 田 中 晴 1) 祥三 2) 3) 輪高也福岡伴樹 大 島 健 1) 司木 1) 1) 村保則中尾昭公 症例は42 歳男性で, 突然, 左背部に放散する左上腹部の激痛が出現し受診した. 理学所見では左上腹部に軽度の圧痛のみで腹膜刺激徴候を認めず, 白血球増多以外の血液検査異常所見を認めなかった. 緊急で腹部ダイナミックCTを行うと, 腹腔動脈の起始部が解離し固有肝動脈が途絶していることが分かり, 孤立性特発性腹腔動脈解離 ( 以下, 本疾患 ) と診断した. 治療は肝機能障害が伴わず全身状態が落ち着いていたため, 保存的経過観察として降圧療法を開始した. その後数日で腹痛は改善し, 第 17 病日に無症状で退院した. 6 カ月後の腹部ダイナミックCTで総肝動脈に径 17mmの紡錘状の動脈瘤を認めたが, 2 年後の再評価で動脈瘤の悪化は無かった. 本疾患はまれな疾患であり, その病態 診療方針に関して定見はない.PubMedおよび医学中央雑誌から検索しえた本疾患 68 例 ( 自験例含む ) について検討を行った. 索引用語 : 腹腔動脈, 動脈解離, 特発性 緒言腹腔動脈など腹部内臓動脈の解離は, 大動脈解離に 1) 合併しての発症や, 外傷に伴うもの 2), 腹部血管造 3) 影検査 治療に伴う合併症などが知られているが, 大動脈解離などを伴わず原因が明らかでない孤立性特発性内蔵動脈解離はまれである 4). 今回, 孤立性特発性腹腔動脈解離の 1 例を経験したため報告する. 症例症例 :42 歳, 男性. 主訴 : 左上腹部痛. 既往歴 : 高血圧症を指摘されていたが無治療であった. 嗜好歴 : 喫煙歴は20 本 22 年. 飲酒歴は毎日日本酒 2 合. 現病歴 : 特に誘因なく, 突然, 左背部に放散する左上腹部痛が出現し当院に救急搬送となった. 来院時現症 : 血圧 188/124mmHg, 心拍数は62 回 / 分, 体温は36.5 であった. 左上腹部に圧痛を認めたが, 2013 年 5 月 14 日受付 2013 年 6 月 26 日採用 所属施設住所 453-0801 名古屋市中村区太閤 3-7 - 7 反跳痛や筋性防御を認めなかった. 血液生化学検査 : 白血球が12,300/μg と上昇を認めるほかは異常所見を認めなかった. 腹部ダイナミックCT: 腹腔動脈の起始部から内腔に隔壁があり, 腹腔動脈解離と診断した. 末梢側の総肝動脈は開存偽腔で占められ, 固有肝動脈は起始部で途絶していたが, 肝内の動脈は側副血行路を介して造影されていた. 脾動脈は閉塞偽腔を伴い解離しており, 脾臓は一部梗塞していた (Fig. 1). 入院後経過 : 肝機能障害が伴わず全身状態が落ち着いていたため, 保存治療として降圧療法を開始した. 第 3 病日の腹部ダイナミックCTで固有肝動脈は途絶していたが, 下横隔動脈などからの側副血行路が見られ, 肝血流は良好であった (Fig. 2). 第 10 病日以降は鎮痛剤が不要となり, 第 12 病日には白血球数が正常化したため, 第 17 病日に退院となった. 退院後経過 : 6 カ月後の腹部ダイナミックCTで総肝動脈に径 17mmの紡錘状の動脈瘤形成と壁在血栓を認めたが, 動脈瘤の大きさや臨床症状より経過観察継続とした (Fig. 3). 発症 2 年が経過したが, 画像評価で総肝動脈瘤の悪化を認めていない. 64
9 号 腹腔動脈解離の 1 例 2407 Fig. 1 腹部ダイナミック CT a 腹腔動脈はその起始部より内腔に隔壁を認めた b 部分的 な脾臓の血流障害 c 動脈相で門脈が強く造影されており 肝血流低下に対する代償機構が 働いていると考えられる まれである4 さらに本疾患は上腸間膜動脈解離より 頻度が低く4 5 1997年 4 月から2012年 4 月までの 5 年間に PubMed および医学中央雑誌から検索しえた 本疾患の報告例数は68例 自験例含む であった 平均発症年齢は53.8歳 38-89歳 で男女比は男性 が84.5 と圧倒的に多かった 患者背景には高血圧症 12/48例 25 喫煙 8 /48例 16.7 などが挙げ られた しかし 半数の24/48例には既往歴を認めな かった Table 1 Sparks らは上腸間膜動脈解離が 男性に多く 88 平均発症年齢が55歳であると報 告6 としているが 腹腔動脈解離である本検討と合致 Fig. 2 第 3 病日腹部ダイナミック CT 総肝動脈は末梢 で閉塞しているが 白矢印 側副血行路により右肝動 脈 白矢頭 が描出された 下横隔動脈の発達を認め る 黒矢頭 していた 主訴は腹痛が最も多く50/68例 73.5 であり 左側の腹部痛は 9 /68例 13.2 背部痛や背部への 放散痛は 3 /68例 4.4 でみられた 理学所見として 9 /17例 52.9 で腹部に圧痛を認めたが 腹膜刺 激徴候を伴った症例はわずか 2 /19例 10.5 であ 考 察 った したがって 圧痛や反跳痛などの理学所見が乏 本疾患や上腸間膜動脈解離などは一般に大動脈解離 に合併することが多く 孤立性に解離を認めることは しいにもかかわらず 比較的強い自発痛は 本疾患に 特徴的な徴候と思われた 65
2408 日本臨床外科学会雑誌 74 巻 Fig. 3 6 カ月後腹部ダイナミック CT 腹腔動脈の解離は残存し 白矢印 総 肝動脈は紡錘状の動脈瘤を形成し 内腔に壁在血栓を認めた 下横隔動 脈および総肝動脈遠位より肝内の側副血行路が発達 白矢頭 典型的な症例の発症は突然の腹痛であり 22/34例 治療に関しては 59/68例で保存治療が選択された 64.7 が該当していたが 一方で11/34例 16.4 その内 50例が軽快退院した 治療として一般的には は無症状で発見されている Table 1 血液検査で 血圧コントロールが推奨されており7 22/38例 56.4 は 9 /20例 45.0 に白血球の上昇を認め 5 /20例 で行われた また 抗凝固療法は28/52例 53.8 25.0 で肝機能異常があった 抗血小板療法は10/52例 19.2 で行われた Fig. 4 診断には血管造影が gold standard であるとする意 解離が限局的で進展のないものは保存治療が可能であ 見 もあるが 検索した報告の多くは腹部造影 CT が る4 7 抗血栓療法は腹部臓器の虚血を解除できると 有用とされていた 自験例でも空間分解能の向上した 主張するものもあるが7 9 議論が分かれている4 10 マルチスライス CT 動脈相の所見による情報は有用で 腹部動脈解離の治療ガイドラインは存在しないが 脳 あり血管造影を必要としなかった 15例で血管造影が 動脈解離の診療方針に関しては日本脳卒中学会の脳卒 施行されているが その約半数は動脈塞栓術などの血 中治療ガイドライン200911 があり 虚血発症の脳動脈 管内治療が目的であった 解離に対しては 急性期の抗血栓療法は治療選択の一 7 解離の範囲については 腹腔動脈に限定した解離を つ グレード C1 とされる みた症例を12/53例 22.6 に認めた 解離が腹腔 動脈から脾動脈に進展するものが27/53例 50.9 観血的治療の適応としては 1 動脈瘤形成およ び15-20mm への瘤径の拡大 2 解離部真腔の閉塞 で あ っ た 同 様 に 総 肝 動 脈 ま で 進 展 し た 症 例 は 3 臓器虚血の進行 4 疼痛の持続 5 破裂 24/53例 45.3 で 肝機能異常を認めた 5 例は全 / 切迫破裂 / 腹腔内出血などが挙げられる4 12 13 観血 例で総肝動脈 あるいは固有肝動脈までの解離進展を 的治療が行われた17例の適応理由は 動脈瘤の形成が 伴っていた Table 1 左側腹部の痛みが特徴的で 8 例 真腔の閉塞が 6 例であった Fig. 4 観血的 ある脾梗塞は13/53例 19.4 で認め この症状を 治療が必要となる要因を検討すると 動脈瘤の形成 オ 伴う症例は有意に脾梗塞を合併している可能性があっ ッズ比4.17 p 0.026 χ2検定 が挙げられた さら た オッズ比14.4 P 0.001 χ 検定 自験例でも に瘤径に関して検討すると 観血的治療を行った動脈 左腹部の訴えが有り 脾梗塞を合併していた 瘤の径の平均値は17 12-25 mm であり 保存治療 2 66
9 号 腹腔動脈解離の 1 例 2409 Table 1 本邦における孤立性特発性腹腔動脈解離 68 例 ( 自験例含 ) の報告全症例数 68 年齢 ( 歳 ) 53.8(38 89) 男女比 49:9 患者背景 n=48 高血圧症 12 25.0% 喫煙 8 16.7% 心血管疾患 4 8.3% 既往なし 24 50.0% 臨床症状 n=68 腹痛 50 73.5% 左腹部痛 9 13.2% 背部放散 3 4.4% 理学所見腹部圧痛 (n=17) 9 52.9% 腹膜刺激症状 (n=20) 2 10.0% 発症期間 n=34 突然発症 22 64.7% 急性発症 ( 数時間 ) 4 11.8% 亜急性発症 ( 1 日 ~) 3 8.8% 遷延性発症 ( 1 カ月 ~) 5 14.7% 無症状 11 32.4% *1 解離の範囲 n=53 腹腔動脈のみ 12 22.6% 脾動脈まで 27 50.9% 総肝動脈まで 24 45.3% 左胃動脈まで 3 5.7% 上腸間膜動脈も解離 7 13.2% 合併症 随伴所見 n=68 動脈瘤 23 33.8% 脾梗塞 13 19.1% 真腔閉塞 7 10.3% 腹腔内出血 2 2.9% 治療 n =68 *2 *3 保存治療完結例 50 73.5% 観血的治療例 17 25.0% *1 左腹部痛を訴えるものは有意に脾梗塞を合併する ( オッズ比 14.4,P <0.001,χ 2 検定 ). *2 瘤を合併した場合, 非合併例と比べて観血的治療の適応となる可能性が高い ( オッズ比 4.08,P 値 =0.022, ロジスティック多変量解析 ). *3 真腔の閉塞をきたした場合, 観血的治療の適応となる可能性が高い ( オッズ比 7.24,P 値 =0.041, ロジスティック多変量解析 ). 群の13.7(12-17)mmに対して瘤径が大きい傾向があったが有意な差は認めなかった. また, 真腔の閉塞もオッズ比は36.6で有意な差を認めた (P 値 <0.001, χ 2 検定 ). そこで, 動脈瘤の形成と真腔の閉塞で多変量解析を行ったところ, 真腔閉塞はオッズ比 7.24(P 値 =0.04), 動脈瘤形成はオッズ比 4.08(P 値 =0.02) で, いずれも観血的治療が必要となる独立した危険因子であると考えられた (Table 1).Tokue らはリエントリーのない開存偽腔が以降の動脈瘤形成に関与していると主張し, 本症例と同様に動脈瘤は発症後 3-4 週 67
2410 日本臨床外科学会雑誌 74 巻 Fig. 4 本邦における孤立性特発性腹腔動脈解離 68 例 ( 自験例含む ) の治療内容 間後の腹部 CTで診断されていた 10). 自験例では動脈瘤の大きさや範囲, また自覚症状の改善などから観血的治療まで必要としなかった. 手術療法として, 腹腔動脈切除, 大動脈 - 左胃動脈吻合などの動脈 - 動脈吻合, および大伏在静脈や PTFEなどグラフトを用いたバイパス術が行われた. 血管内治療ではステント留置, 動脈塞栓術などの血流遮断が行われた (Fig. 4). いずれの症例も造影 CTや血管造影などの迅速な画像診断を得て, 適切な治療選択がなされていた. その後の平均経過観察期間は14( 1-72) カ月で, 死亡例は認めなかった. 結語腹腔動脈解離はまれな病態であり, その 1 例を経験した. 急性腹症の治療にあたっては, 典型的な理学所見に乏しい内臓動脈解離の存在に留意することは重要である. 特に解析に優れたマルチスライスCT 動脈相画像は有用である. 治療として血圧コントロールを中心とした保存的治療が多いが, 慎重な経過観察の中で 解離の進展や瘤の形成, 臓器虚血症状の持続や増悪などがあれば速やかな血管内治療や手術療法を選択して救命に努めることが肝要である. 文献 1)Bret PM, Partensky C, Bretagnolle M, et al : Obstructive jaundice by a dissecting aneurysm of celiac axis and hepatic artery. Dig Dis Sci 1987 ; 32 : 1431-1434 2)Gorra AS, Mittleider D, Clark DE, et al : Asymptomatic isolated celiac artery dissection after a fall. Arch Surg 2009 ; 144 : 279-281 3)Yoon DY, Park JH, Chung JW, et al : Iatrogenic dissection of the celiac artery and its branches during transcatheter arterial embolization for hepatocellular carcinoma : outcome in 40 patients. Cardiovasc Intervent Radiol 1995 ; 18 : 16-19 4)Takayama T, Miyata T, Shirakawa M, et al : 68
9 号 腹腔動脈解離の 1 例 2411 Isolated spontaneous dissection of the splanchnic arteries. J Vasc Surg 2008 ; 48 : 746-750 5)D Ambrosio N, Friedman B, Siegel D, et al : Spontaneous isolated dissection of the celiac artery : CT findings in adults. AJR Am J Roentgenol 2007 ; 188 : W506-511 6)Sparks SR, Vasquez JC, Bergan JJ, et al : Failure of nonoperative management of isolated superior mesenteric artery dissection. Ann Vasc Surg 2000 ; 14 : 105-109 7)Glehen O, Feugier P, Aleksic Y, et al : Spontaneous dissection of the celiac artery. Ann Vasc Surg 2001 ; 15 : 687-692 8)Fenoglio L, Allione A, Scalabrino E, et al : Spontaneous dissection of the celiac artery : a pitfall in the diagnosis of acute abdominal pain. Presentation of two cases. Dig Dis Sci 2004 ; 49 : 1223-1227 9)Schievink WI : Spontaneous dissection of the carotid and vertebral arteries. N Engl J Med 2001 ; 344 : 898-906 10)Tokue H, Tsushima Y, Endo K : Imaging findings and management of isolated dissection of the visceral arteries. Jpn J Radiol 2009 ; 27 : 430-437 11) 篠原幸人, 小川彰, 鈴木則宏他 : 脳卒中治療ガイドライン2009. 第 1 版, 共和企画, 東京, 2009,p244-246 12)Takach TJ, Madjarov JM, Holleman JH, et al : Spontaneous splanchnic dissection : application and timing of therapeutic options. J Vasc Surg 2009 ; 50 : 557-563 13) 木村真五, 櫻井直樹, 山内淳一郎他 : 長期間経過観察できた腹腔動脈解離の 2 例. 日臨外会誌 2006;67:2191-2195 A CASE OF ISOLATED SPONTANEOUS CELIAC ARTERY DISSECTION Haruyoshi TANAKA 1), Takaya MIWA 2), Tomoki FUKUOKA 3), Kenji OSHIMA 1), Yasunori KIMURA 1) and Akimasa NAKAO 1) Department of Gastroenterological Surgery, Nagoya Central Hospital 1) Department of Surgery, Aichi Kouseiren Kainan Hospital 2) Department of Surgery, Nagoya Memorial Hospital 3) Isolated spontaneous celiac artery dissection is a rare entity, and there is still no consensus or guidelines available. A 42-year-old man presented with sudden upper left quadrant pain radiating to his left back. Physical examinations did not reveal signs of peritoneal irritation in the left upper quadrant, but only mild tenderness. Laboratory tests showed no abnormal findings other than leukocytosis. An emergency abdominal dynamic computed tomography (CT) showed the celiac artery dissected from its radix, with the proper hepatic artery occluded at its origin. We diagnosed it as isolated spontaneous celiac artery dissection, and began antihypertensive therapy as conservative treatment because his vital signs and general appearance were stable and liver functions were normal. Abdominal pain was reduced in a few days, and the patient left the hospital on the 17th hospital day. Six months later, another CT showed a spindle aneurysm of the common hepatic artery 17 mm in diameter, but after two years it did not become larger. We reviewed the literature on 68 isolated spontaneous celiac artery dissections. Key words:celiac artery,dissection,spontaneous 69