学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 津田直人 論文審査担当者 主査下門顕太郎副査吉田雅幸横関博雄 論文題目 Intestine-Targeted DGAT1 Inhibition Improves Obesity and Insulin Resistance without Skin Aberrations in Mice ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > Diacylglycerol O-acyltransferase 1 (DGAT1) は腸管 皮膚 脂肪 筋肉など様々な臓器に存在し 中性脂肪の生合成に関わっていることが知られている DGAT1 KO マウスは高脂肪食負荷時に肥満になりにくく また対照マウスと比較してインスリン感受性も良好なことが知られている しかしながら DGAT1 KO マウスは皮脂腺の委縮を伴う皮膚の異常が認められ 創薬標的としてそこが課題となっている 今回 体内動態の異なる 2 つの DGAT1 阻害剤を比較した 2 つの化合物は同程度の DGAT1 阻害強度を示し 細胞における中性脂肪合成阻害強度も同程度であった しかしながら それらをマウスに経口投与して体内化合物分布を比較したところ 一方は血液中に吸収され皮膚に分布し 他方は血液中や皮膚への分布が少なく大部分が腸へと分布していた マウス皮脂腺への影響を評価したところ 皮膚へ分布する化合物のみで委縮が認められた 皮膚への分布が少なく大部分が腸に分布する化合物は皮脂腺の委縮が認められず さらに高脂肪食負荷マウスにおいて抗肥満作用やインスリン感受性亢進作用を示した 今回の薬理学的な検証結果から DGAT1 KO マウスの高脂肪食負荷時に認められた抗肥満作用やインスリン感受性亢進作用には腸 DGAT1 欠如の寄与が大きいこと マウスにおいて腸移行性の高い DGAT1 阻害剤は皮膚への副作用を回避できることが示唆された < 緒言 > DGAT は腸管 脂肪などに発現しており 中性脂肪の生合成や脂肪蓄積に必要な酵素である DGAT1 と DGAT2 のふたつのアイソザイムが知られている DGAT1 KO マウスでは高脂肪食負荷時に抗肥満作用やインスリン感受性亢進作用が認められている 一方 DGAT2 KO マウスでも脂質や糖質代謝への影響が認められているものの 生後まもなく死亡してしまうことが報告されている これらのことから DGAT1 阻害剤が肥満やインスリン抵抗性を改善する薬剤として期待され開発が進められている しかしながら DGAT1 KO マウスでも致死的ではないものの皮脂腺の委縮が報告されている この委縮は皮膚における DGAT1 欠如が原因だと考えられ DGAT1 阻害剤にも副作用の懸念がある 食物から摂取される脂質の多くは中性脂肪であり 膵リパーゼによりその大部分が 2-モノアシ - 1 -
ルグリセロールと脂肪酸に分解され吸収される それらは腸上皮細胞に吸収されたのちに再び中性脂肪へと生合成されカイロミクロンとなる DGAT1 は腸管で脂質の再合成 吸収に関与していることから DGAT1 KO マウスで認められているフェノタイプが腸 DGAT1 欠如に由来していることが考えられる 実際に DGAT1 KO マウスの腸特異的に DGAT1 を発現させることで 抗肥満作用や脂肪肝改善作用がキャンセルされることが報告されている これらのことから 腸移行性の高い DGAT1 阻害剤が抗肥満作用やインスリン感受性亢進作用を示す薬剤となる可能性が十分にある しかも 皮膚への移行性が低ければ皮膚由来副作用を回避できると考えられる しかしながら 腸移行性の高い DGAT1 阻害剤と全身移行性 DGAT1 阻害剤の影響を詳細に比較した報告はない この論文では体内分布の異なる 2 つの DGAT1 阻害剤の皮膚への影響をマウスにて比較した その結果 腸移行性の高い DGAT1 阻害剤は皮膚由来副作用を回避し さらに抗肥満作用やインスリン感受性亢進作用を示すことを証明している < 方法 > 2 つの構造の異なる DGAT1 阻害剤 ( 化合物 A および化合物 B) を使用した それぞれの in vitro における薬理学的な作用強度比較のために DGAT1 阻害活性および細胞での中性脂肪合成阻害活性を評価した また in vivo 体内動態を比較するために マウスに経口投与し腸 皮膚および血漿中の化合物濃度を解析した それぞれの皮膚への影響を評価するために マウスに 4 週間反復経口投与したのちに皮膚組織解析を行った 皮膚組織への影響が認められなかった化合物 B について コーンオイル負荷後の血漿中中性脂肪濃度および glucagon-like peptide-1 (GLP-1) 濃度への影響を評価した また 高脂肪食負荷マウスに 4 週間反復経口投与し 肥満 インスリン感受性および脂肪肝への影響を評価した < 結果 > 化合物 A および化合物 B のそれぞれのマウス DGAT1 阻害活性は 6.2 nm 15.5 nm であり HT-29 細胞および HepG2 細胞において同程度の中性脂肪合成阻害活性を示した 化合物 A および化合物 B をマウスに経口投与すると どちらも投与 1 時間後に最大の血漿中化合物濃度となった しかしながら腸 皮膚および血漿中への化合物の分布が両化合物間で大きく異なっていた 同量を経口投与したのちの比較では 皮膚および血漿中においては化合物 A が 腸においては化合物 B がより高い濃度を示した そこで両化合物の皮膚への影響を評価する目的で マウスに 4 週間反復経口投与したのちに皮膚組織解析を行った その結果 皮膚へと移行しやすい化合物 A を投与したマウスでのみ皮脂腺の委縮が認められた その一方で 化合物 B を投与したマウスでは皮脂腺の委縮は認められなかった 皮脂腺の委縮が認められなかった化合物 B をマウスに単回経口投与した際の脂質吸収への影響を評価したところ コーンオイル負荷後の血漿中中性脂肪濃度上昇抑制が認められた また 化合物 B を投与したマウスではコーンオイル負荷後の血漿中 GLP-1 濃度上昇も認められた さらに 肥満 インスリン感受性および脂肪肝への効果を評価する目的で 高脂肪食負荷マウスに化合物 B を 4 週間反復経口投与した その結果 脂肪重量の低下を伴う体重低下 インスリ - 2 -
ン感受性亢進作用や脂肪肝抑制作用が観察された < 考察 > 今回体内分布の異なる 2 つの DGAT1 阻害剤をマウスにおいて比較し 腸移行性の高い阻害剤が皮膚への副作用を回避しつつ抗肥満作用 インスリン感受性亢進作用や脂肪肝抑制作用を示すことが判明した 使用した 2 つの阻害剤は in vitro における DGAT1 阻害活性や中性脂肪合成阻害活性が同程度であるにも関わらず in vivo における体内分布に大きな差異が認められた 腸上皮細胞において薬物排出トランスポーターに認識され腸管腔内へ再放出される薬剤が知られている 今回の体内分布の差異の原因は不明であるものの 化合物 B は腸上皮細胞 / 腸管腔内でリサイクルされ腸移行性を示している可能性も考えられる 腸移行性の高い化合物 B を反復投与されたマウスでは皮膚に異常は認められなかったが 皮膚にも移行しやすい化合物 A を投与されたマウスでは皮脂腺の委縮が認められた その委縮は投与を中断することで回復した 皮脂腺の委縮は DGAT1 KO マウスでも報告があることから DGAT1 は皮脂腺の維持や新規形成に関係する脂質の生合成に関与していると考えられる 2 つの阻害剤は in vitro 阻害活性が同程度であることから マウス皮脂腺の維持や新規形成には皮膚 DGAT1 活性が重要である可能性が示唆された 皮脂腺の委縮が認められなかった化合物 B の食後高脂血症への影響を検討するため 化合物 B 単回投与マウスでコーンオイル負荷試験を行ったところ 血漿中中性脂肪濃度上昇の抑制が観察された また コーンオイル負荷後の血漿中 GLP-1 濃度上昇も観察された 化合物 B の高い腸移行性を考慮すると 今回の結果は DGAT1 KO マウスで観察された脂質吸収抑制や GLP-1 分泌が腸 DGAT1 活性欠如に由来していることを示唆している GLP-1 分泌促進については 腸 DGAT1 活性阻害により細胞内に蓄積したジアシルグリセロールが protein kinase C (PKC) を活性化している可能性が考えられる 食後高脂血症がインスリン感受性低下や脂肪肝悪化に関わっていることが知られており また GLP-1 が抗肥満作用やインスリン感受性亢進作用を示すことが知られている そこで 脂質吸収抑制や GLP-1 分泌促進作用をもつ化合物 B を高脂肪食負荷マウスに 4 週間反復投与し影響を評価した その結果 抗肥満作用 インスリン感受性亢進作用や脂肪肝抑制作用が認められた DGAT1 KO マウスに腸特異的に DGAT1 を再発現させると抗肥満作用や脂肪肝改善作用がキャンセルされる報告からも 今回の結果は妥当なものだと考えられる 最近の臨床試験において DGAT1 阻害剤の投薬により脂質吸収抑制や GLP-1 分泌促進が報告されている しかしながら それらの作用と同時に下痢が副作用として認められた マウスを含めた非臨床試験での下痢の報告はないことから 種差のある現象だと考えられる 消化管における DGAT1 阻害が理由の一つとして考えられるが 下痢の原因となるメカニズムは明らかになっていない 腸移行性の高い DGAT1 阻害剤を臨床応用する際にも同様の副作用が観察される可能性もあり その際は適切な治療濃度域の設定が必要だと考えられる - 3 -
< 結論 > 腸移行性が高い DGAT1 阻害剤をマウスで評価したところ皮膚に影響をもたらすことなく 食後高脂血症改善作用 抗肥満作用 インスリン感受性亢進作用や脂肪肝改善作用を示すことを見出した - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4734 号津田直人 論文審査担当者 主査下門顕太郎副査吉田雅幸横関博雄 ( 論文審査の要旨 ) 1. 論文内容本論文は 小腸移行性の高いトリグリセリド合成阻害薬が 脱毛の副作用無しに肥満やインスリン抵抗性の発生を抑制することができることをマウスを用いた実験で示したものである 2. 論文審査 1) 研究目的の先駆性 独創性トリグリセリド合成酵素である DGAT1 の阻害薬は肥満を抑制するが 皮脂腺に作用して脱毛をきたすことが知られていた 小腸移行性の高い阻害薬に注目して副作用が回避できることを示した点は独創的である 2) 社会的意義本研究の主たる所見は以下の通りである 1 2 種類の DGAT1 阻害薬化合物 A 及び B は in vitro でトリグリセリドの合成を完全に阻害した 2 投与後全身に分布する化合物 A をマウスに投与すると皮膚の脱毛をきたしたが小腸移行性の高い化合物 B は脱毛の副作用を示さなかった 3 化合物 B を長期期間投与することで 肥満マウスの体重および脂肪組織重量の増加を抑制し血清トリグリセリド インスリン グルコース濃度を低下させることができた 肥満やその結果生じる糖尿病の増加は世界的 pandemic と形容される健康上の大問題である 様々な抗肥満薬が開発されてきたが 副作用などの問題があり広く用いられるにいたっていない 肥満や糖尿病の予防治療薬の開発は社会的意義が高いと考えられる 3) 研究方法 倫理観マウスをもちいた動物実験であり 慎重に計画 実施されている 動物の倫理に関する委員会の許可を得て動物実験のガイドインに従って実施されており 倫理的にも問題が無いと思われる 4) 考察 今後の発展性本研究により DGAT1 阻害薬の予想される副作用を回避し 抗肥満薬として臨床に用いる可能性を示すことができたと考察している また 臨床応用までに予想される問題点につ ( 1 )
いても十分理解しており また薬剤開発や薬理学的研究に関する周辺知識も十分である 3. 審査結果以上を踏まえ 本論文は博士 ( 医学 ) の学位を申請するのに十分な価値があるものと認められた ( 2 )