学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 守谷友二朗 論文審査担当者 主査 : 三浦雅彦副査 : 森山啓司 坂本啓 論文題目 The high-temperature requirement factor A3 (HtrA3) is associated with acquisition of the invasive phenotype in oral squamous cell carcinoma cells ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 口腔癌の発癌過程には多くの遺伝子が関与していることが知られている しかし この過程における遺伝子発現の変化の詳細な機構はよく分かっていない 我々はこれまでに口腔扁平上皮の発癌に関与する遺伝子発現の変化を同一検体を用いたデータから明らかにし この過程で連続的に増加あるいは減少する 15 遺伝子を報告した 本研究では このデータベースをもとに上皮性異形成から浸潤癌への進展に特異的に関与する 4 つの遺伝子を同定し その一つである HtrA3 を選択し 解析を進めた qrt-pcr と免疫組織化学染色を用いた解析により 口腔上皮性異形成から扁平上皮癌への進展で HtrA3 の発現が有意に増加することを確認した また HtrA3 の発現量の変化が 無病生存率 (p=0.045) と全生存率 (p=0.003) と有意に相関し 多変量解析により HtrA3 の発現量が全生存率の予測因子 (p=0.018) であることが示唆された 以上から HtrA3 は 口腔扁平上皮癌の予後マーカー 及び上皮性異形成の悪性化予測のマーカーになり得ることが示唆された < 緒言 > 口腔扁平上皮癌は世界で 5 番目に多い悪性腫瘍である 外科手技 放射線治療 化学療法の進歩が 組織温存と生活の質の改善を達成しているにも関わらず ここ 20 年間の全生存期間の延長はあまりみられていない 全生存期間の改善に 癌化の分子機構を理解することは不可欠である 既出の研究で マイクロアレイ解析を用いた口腔癌進展過程の研究はいくつか報告があり 遺伝子変異の蓄積で発癌することが示されている しかし 同一の口腔癌サンプルで口腔癌の遺伝子発現変化を証明した報告はほとんどない そこで 我々は 口腔癌 11 検体より レーザーマイクロダイセクションを用い それぞれの検体から正常部 上皮性異形成部 癌部を採取し マイクロアレイ解析を行うことで口腔癌の発癌過程における mrna レベルの発現の変化をデータベー - 1 -
ス化した さらに 正常から上皮性異形成 上皮性異形成から浸潤癌への変化に伴い有意に発現が変化する 15 遺伝子を同定し 報告した [Int J Cancer. 132(3) 540-548 (2013)] 本研究では 上記データベースから 特に異形成から浸潤癌への移行で重要な役割を果たす可能性がある遺伝子を同定し 解析を行った < 方法 > 1999 年 ~2012 年の間に 東京医科歯科大学歯学部附属病院顎顔面外科で一次治療として外科的切除を行った口腔扁平上皮癌 上皮性異形成を対象とした 本学歯学部倫理委員会承諾 ( 承認番号 213 および 829) のもと 全ての患者からインフォームドコンセントにより研究の承諾が得られている すでに確立した口腔癌における遺伝子発現プロファイルのデータベースを用い Human V4.0 OpArray 上の 35,035 プローブを対象に まず正常部と異形成部で有意な差を示さなかった遺伝子を選択した Fold-change (FC) 値はそれぞれの組織での遺伝子発現レベルの平均の比率を使用して計算し 10 % (0.909-1.1 倍 ) 未満の差を示している遺伝子を選択した そして Wilcoxon signed-rank test( 有意水準 0.05) を用いて上皮性異形成と浸潤癌を比較し 発現が浸潤癌で 3 倍以上の発現増強がある遺伝子に絞った さらに低発現レベルのために偽陽性を示す遺伝子を除外するため 浸潤癌で平均発現レベルが少なくとも 100 単位あるものを選択した 次にマイクロアレイ解析の結果の確認のため 口腔扁平上皮癌 15 症例のホルマリン固定パラフィン包埋組織を用い 2 つの遺伝子 HtrA3 と MMP11 の免疫組織化学染色を行った さらに正常組織 異形成組織 癌組織それぞれ 9 検体を用いて qrt-pcr により行った 口腔扁平上皮癌 67 症例 上皮性異形成 29 例のホルマリン固定パラフィン包埋組織ブロックを用いて HtrA3 の免疫組織化学染色を行い 発現を評価した 評価法は HtrA3 が細胞質内に局在している細胞を陽性細胞とし 10 倍視野 10 箇所で陽性細胞の割合が 30% 以上のものを高発現 30% 未満のものを低発現と定義した 統計解析は R 統計ソフトウェア 2.12. と SPSS15.0J を用い それぞれの結果と臨床病理学的因子との関連はフィッシャーの正確確率検定 Cox 比例ハザードモデルを用い 生存率については Kaplan-Meier 法で解析をおこなった p<0.05 を有意差ありと設定した < 結果 > 上記データベースから 4つの遺伝子 HtrA3 MMP11 LARP6 COL5A1 が選択された 口腔扁平上皮癌 15 症例でHTRA3とMMP11の免疫組織化学染色を行ったところマイクロアレイ解析の結果と一致してHtrA3,MMP11の蛋白質の発現量が浸潤癌で特異的に増加していた またqRT-PCR でも同様に 浸潤癌で特異的にHtrA3が増加することも確認した これらの検証実験から マイクロアレイ解析により得られたデータは 信頼できるものであることが示された - 2 -
口腔扁平上皮癌 67 検体と上皮性異形成 29 検体で HtrA3 の免疫組織化学染色を施行したところ 扁平上皮癌 67 検体中 39 検体 (58.2%) で高発現 28 検体 (41.8%) で低発現を示した HtrA3 の発現が癌組織で特異的に増加しており 上皮性異形成から浸潤癌への進展に関与する遺伝子である可能性が示唆された 単変量解析の結果 HtrA3 発現様式と年齢 性別部位 浸潤様式には有意な関係が認めず 病理学的 T ステージ (p=0.001) 病期 (p<0.01) 分化度(p=0.045) リンパ節転移(p<0.01) 再発 (p=0.045) 全生存率(p=0.003) で有意な差を認めた カプランマイヤー生存曲線では 無病生存率 p=0.04, 全生存率 p=0.003 と HtrA3 発現量の高い影響を示し ともに高発現群が低発現群の症例に対して有意に経過が不良であった 多変量解析においては 転移が危険率 (HR) 4.170 信頼区間 (CI) 1.804-9.639,p=0.001) で無病生存率の指標であることを示した一方 HtrA3 高発現は (HR, 11.732; CI, 1.532 89.865; p = 0.018) で全生存率の予測因子であることが示された < 考察 > これまでに 口腔扁平上皮癌を含む頭頸部癌進行モデルを確立し 病理組織学的段階に関係した癌遺伝子の変化を調べた研究は既に報告があり 最近では さらにマイクロアレイ解析を用いた口腔癌進行における遺伝子変化に関する報告が散見される しかし それらは異なる患者の検体組織から採取したものを解析しており さらにその採取方法のため間質が混在し 遺伝子発現の結果に影響を与えている可能性が考えられる そこで我々は 口腔扁平上皮癌検体を用い レーザーマイクロダイセクション マイクロアレイを用いることにより同一検体での口腔癌発癌過程の遺伝子変化についてデータベースの確立を試み 正常部 上皮性異形成部 癌部の順に発現が増加あるいは減少する 15 遺伝子を口腔癌の進展に関与する遺伝子として既に報告した 本研究では 上記データベースを基に 正常上皮から上皮性異形成でほとんど変化せず 上皮性異形成から浸潤癌で発現が有意に増加する4 遺伝子 (HtrA3,MMP11,LARP6,COL5A1) を選択した これは 4 遺伝子が上皮性異形成から浸潤癌進行に特異的に関与する遺伝子であることを示唆している さらに この 4 遺伝子から HtrA3 に注目し さらなる解析を行った 我々は 浸潤癌 正常上皮 上皮性異形成での HtrA3 の mrna とタンパク発現を明らかにし 臨床病理学的因子を含め 予後因子解析を行った この研究は 口腔発癌の HtrA3 発現と臨床病理学的因子 患者生存との関係を示した初めてのものである HtrA ファミリーは ATP 非依存性セリンプロテアーゼでバクテリアからヒトまで保有している遺伝子で ヒトでは HtrA1-から HtrA4 までが発見されており セリンプロテアーゼ領域と C 末端に PDZ 領域をいずれも共通に有している それらは ミトコンドリアの恒常性 アポトーシス 細胞シグナル伝達に関与し それらの機能障害が癌 関節炎 神経変性障害を含むいくつかの疾 - 3 -
患の病因となる可能性が示唆されている HtrA3 は HtrA1 と類似しており TGFβ を抑制する機能が示唆されている これまでに この遺伝子の発現様式はいくつかの悪性病変で検証され HtrA3 が癌化に何らかの役割をすることが示されてきたが HtrA3 が子宮内膜癌の進行とともに抑制されること 卵巣癌 肺癌で発現抑制されることが報告された一方で 甲状腺癌では この蛋白質の発現量増加が報告されている このように癌の種類による多様な発現様式の変化が HtrA3 の発癌に関する役割の解明を困難にしている 今回の研究で 我々は HtrA3 が浸潤癌で特異的に発現が増加することを明らかにした 加えて 複数の口腔扁平上皮癌細胞株での発現増強も確認した これらの発見は HtrA3 が口腔扁平上皮癌細胞株の浸潤能獲得に重要な役割を果たしている可能性を示唆している 一般にプロテアーゼは 細胞外マトリックス (ECM) を分解し 細胞の遊走 浸潤を促進して癌の発育進展に関与する さらに HtrA3 はデコリン ビグリカン フィブロネクチンのような細胞外マトリックスプロテオグリカンに特異的に作用し 遊走 浸潤を促進することが報告されている このことから 一つの可能性として HtrA3 が口腔粘膜の細胞外マトリックス環境の調節に関与しており 過剰な発現が細胞の遊走能 浸潤能を獲得するきっかけになると考えられる さらに 既出の報告で示されているように HtrA3 は 細胞成長と分化に関与し 癌の発達に関与する TGFβ 蛋白を阻害する機能を有している TGFβ は 癌の早期段階では腫瘍抑制的に 進行段階では進展 転移に促進的に働くことが報告されている つまり 二つ目の可能性として HtrA3 が 発癌の初期の TGFβ による癌化抑制機能を阻害していることも考えられる しかしながら HtrA3 には いまだ不明な機能が多く 口腔癌発癌における HtrA3 の機能的役割についてさらなる研究が必要である < 結論 > 口腔上皮性異形成から浸潤癌に進行するのに特異的に関係する 4 つの遺伝子を同定した 4 つの遺伝子の一つ HtrA3 の発現量は 口腔扁平上皮癌の予後予測マーカー 上皮性異形成の悪性化を予測するマーカーになり得ると考えられた - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4790 号守谷友二朗 論文審査担当者 主査 : 三浦雅彦副査 : 森山啓司 坂本啓 ( 論文審査の要旨 ) 口腔癌の発癌過程には多くの遺伝子が関与している しかし この過程における遺伝子発現の変化は 同一口腔癌内において いまだ証明されていない そこで 守谷は 口腔扁平上皮癌 11 検体より レーザーマイクロダイセクション (LMD) を用いて それぞれの検体から正常部 上皮性異形成部 癌部を採取し マイクロアレイ解析を行うことで 口腔癌の発癌過程に関与する遺伝子発現の変化を明らかにしようとしており この着眼は妥当なものであると考えられた 実験手法としては 凍結組織の口腔癌 11 症例でマイクロアレイ解析を行い パラフィン包埋組織の口腔癌 9 症例 白板症 9 症例を用い qrt-pcr パラフィン包埋組織の口腔癌 67 症例 白板症 29 症例を用いて 免疫組織化学染色を行った 凍結組織の口腔癌から 正常部 上皮性異形成部 癌部の採取の際に LMD を用いることで 目的細胞以外の混入を除外する工夫もなされており 本研究が周到な準備のもとに行われたことがうかがわれる 得られた結果は以下の通りである 1) マイクロアレイ解析の結果より 35,035 遺伝子のうち 正常部と上皮性異形成部で発現量にほとんど差がみられず 上皮性異形成部に比べて癌部で発現が上昇する4 遺伝子を見出した 2)qRT-PCR の結果 正常部と癌部 (p<0.01) 異形成部と癌部(p=0.008) の間で HtrA3 の発現量に有意な差を認めた 3) 口腔癌 67 症例のうち HtrA3 タンパクの高発現 (39 症例 ) 低発現(28 症例 ) を認めた 4) 口腔癌において 臨床病理学的因子との関連については T ステージ (p=0.001), 病期分類 (p<0.001) 分化度分類(p=0.045) リンパ節転移(p<0.001) 再発の有無(p=0.045) 全生存率 (p=0.003) で有意な相関が認められた Kaplan-Meier 生存分析では 無病生存率 (p=0.045) 全生存率(p=0.003) ともに 高発現群が低発現群の症例に対して有意に予後不良を示した 以上のように本研究では 口腔上皮性異形成の癌化に特異的に関与する4 遺伝子を同定した その4 遺伝子の中の1 遺伝子である HtrA3 は 口腔扁平上皮癌細胞の浸潤能獲得に重要な役割を果している可能性が示唆された 一般にプロテアーゼは 細胞外マトリックス (ECM) を分解し 細胞の遊走 浸潤を促進して癌の発達進展に関与する HtrA3 はデコリン ビグリカン フィブロネクチンのような細胞外マトリックスプロテオグリカンに特異的に作用し 遊走 浸潤を促進することが報告されている このことから 一つの可能性として HtrA3 が口腔粘膜の細胞外マトリックス環境の調節に関与しており 過剰な発現が 細胞の遊走能 浸 ( 1 )
潤能を獲得するきっかけになると考察している さらに 既出の報告で示されているように HtrA3 は 細胞成長と分化に関与し 癌の進行に関与する TGFβ 蛋白を阻害する機能を有している TGFβ は 癌の早期段階では腫瘍抑制的に 進行段階では進展 転移に促進的に働くことが報告されていることから HtrA3 が 発癌の初期の TGFβ による癌化抑制機能を阻害している可能性も挙げている これらの考察ならびに推論は 妥当なものであると考えられた HtrA3 の口腔癌での働きは 依然不明な点が多いが 本研究から得られた知見は 口腔癌の予後を予測する上で極めて有用であると評価された このように守谷は 口腔上皮性異形成の癌化に関与する 4 遺伝子を同定し さらに そのうちの1つである HtrA3 に絞って解析を行った結果 口腔扁平上皮癌の予後マーカー 上皮性異形性の悪性化を予測するマーカーになりうることを示した 本研究で守谷は HtrA3 と関連する遺伝子産物を含め 癌細胞の遊走 浸潤過程のメカニズムにまで議論を展開しており 今後の癌研究に大きく貢献することが期待できる よってこれらの研究成果は 今後の歯科医学の発展に寄与するところが極めて大きいと考え 博士 ( 歯学 ) の学位を請求するに十分に価値のあるものと認められた ( 2 )