上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011) 114. 抗体産生における核内 IκB 分子,IκBNS の役割とその作用機序の解明 藤間真紀 Key words:nf-κb,b 細胞, 抗体産生 * 新潟大学大学院自然科学研究科生命食糧科学専攻基礎生命科学教育研究群 緒言転写因子 NF-κB (Nuclear factor κb) は活性化 B 細胞において, 免疫グロブリン κ 軽鎖遺伝子のエンハンサー領域に結合するタンパク質として見出されたが, 今日では,NF-κB が細胞の増殖 分化や組織の構築, 種々の外来ストレスに対する応答や腫瘍化など様々な生命現象において鍵となる重要な因子であることが知られている.NF-κB の活性化は,IκB (Inhibitor of κb) と呼ばれる因子群によって制御されている. よく知られている典型的な IκB 分子は細胞質に偏在し,NF-κB の核への移行を妨げることで, 標的遺伝子の転写を制御する. 一方, 核内で NF-κB の転写活性を調節する Bcl-3 や IκBζ,IκBNS は刺激を受けた細胞でその発現が誘導されることから, 誘導型核内 IκB と呼ばれている. 近年, 核内 IκB 分子の役割は主に Toll-like receptor (TLR) を介した自然免疫応答の調節にあるという見方が定着した感があるが,IκBNS の機能を探るうちに, この因子が獲得免疫系のリンパ球機能においても多様な機能を担っていることが伺えてきた. そこで本研究では,B 細胞の分化や, 抗体産生等における IκBNS の役割を明らかにする目的で,IκBNS 欠損マウスの B 細胞解析を行った. 方法 結果および考察 IκBNS はマウスの胸腺細胞で T 細胞受容体 (TCR) を介して誘導される新規の IκB 分子として同定された 1). その後, 他の核内 IκB 分子 (Bcl-3 や IκBζ) と同様に Toll 様受容体 (Toll-like receptor: TLR) の刺激によっても IκBNS の発現が誘導されることや, マクロファージや樹状細胞において,IκBNS が炎症性サイトカインの産生を抑制することが示され 2,3), 自然免疫応答, 炎症反応の調節における IκBNS の重要性が明らかになってきた. 一方著者らは in vivo で IκBNS の機能を探るために IκBNS 欠損マウスを作成し, その表現型の解析を行ってきた. その結果,IκBNS 欠損 T 細胞では増殖活性や IL-2, IFNγ 等のサイトカイン産生が低下しており,IκBNS がこれらの T 細胞機能の調節に関与していることが示唆された 4). 更に, NF-κB の活性化は抗体産生に代表される液性免疫応答においても重要であり,NF-κB や NF-κB の活性化経路に配置される因子の欠損が,B 細胞の分化や抗体産生の異常に繋がることが知られていることから, 本研究では B 細胞における IκBNS の役割に注目した. IκBNS 欠損マウスにおける B 細胞を解析すると, ほぼ正常な数の成熟 B2 細胞が見られる一方, 腹腔の B1 細胞が欠如しており, 若齢期には脾臓の辺縁帯 B 細胞が少なかった.B1 細胞や辺縁帯 B 細胞は血中 IgM の源であることから, 血清中の免疫グロブリンを調べたところ, 変異マウスでは IgM と IgG3 量の著しい低下と, わずかな IgG2c 量の低下が見られた ( 図 1 A).IκBNS 欠損 B 細胞は正常 B 細胞と同等, あるいはそれ以上の表面 IgM を発現していたことから, 分泌型 IgM の産生あるいは IgM の分泌機構に IκBNS が関与していると推測される. このような表現型は他の NF-κB や IκB 遺伝子のノックアウトでは見られず,IκBNS に特有の現象として興味深い. そこで,IκBNS 欠損がどのように IgM の産生に関与しているのかを検討した. まず, 転写レベルで IgM (μ) 遺伝子の発現を解析するために, 膜結合型 IgM と分泌型 IgM の mrna の RT-PCR 解析を行った. その結果,IκBNS 欠損 B 細胞では野生型 B 細胞と同レベルの膜結合型 IgM (μm) の発現があるのに対し, 分泌型 IgM の mrna 量 (μs) は野生型 B 細胞 * 現所属 : 新潟大学大学院自然科学研究科生命 食料科学専攻基礎生命科学コース 1
よりも少ないことがわかった (図1 B) また 細胞質で作られた IgM が分泌されない可能性を検証するために B 細胞を LPS (リポ多糖) で刺激することで IgM 産生を誘導し 細胞内外の IgM 量をフローサイトメトリーにて解析した その結果 刺激後 の IκBNS 欠損 B 細胞の細胞膜上には野生型と同等以上の IgM が発現しているものの 細胞内で検出される IgM 量は非常に 少なく 刺激による IgM の産生誘導自体に欠陥があると考えられた (図1 C) これらのことから IκBNS が μs の発現および 分泌型 IgM の産生に関与していることが示唆された 図 1 IκBNS 欠損マウスにおける血清中免疫グロブリンと IgM 産生の異常 A 野生型マウス と IκBNS 欠損マウス - の血清中の免疫グロブリン量を ELISA 法にて測定した IκBNS 欠損マウスでは 血清 IgM と IgG3 の著しい低下と IgG2c のわずかな減少が見られた B 野生型マウス WT と IκBNS 欠損マウス KO の脾臓 B 細胞を in vitro で4日間刺激し 膜結合型 μ 遺伝 子 (μm) および分泌型 μ 遺伝子 (μs) の mrna を RT-PCR 法にて解析した WT B 細胞に比べ KO B 細胞で は μs mrna の発現量が低かった C 脾臓 B 細胞を in vitro で4日間刺激し 細胞内及び細胞表面の IgM の発現量をフローサイトメトリーで解析し た KO B 細胞では細胞質 IgM 陽性細胞の誘導が WT と比べて著しく低かった 図中の M= は細胞表面 IgM の 相対的な発現レベルをフローサイトメトリーの Mean Fluorescence Intensity で示したもの 同様に IκBNS 欠損 B 細胞における IgG 遺伝子 (γ) の発現と細胞内外の IgG の解析を行った 刺激を受けた B 細胞で は μ から γ へのクラススイッチが起こる まずスイッチ前の生殖系列の IgG1 遺伝子 (γ1) と IgG3 遺伝子 (γ3) について調べ たところ これらの発現は IκBNS 野生型細胞と欠損細胞で同等であった しかし IκBNS 欠損 B 細胞ではスイッチ後の γ1 発現が野生型より少なく スイッチ後 γ3 の発現は検出されなかった (図2 A) このように in vitro で刺激された IκBNS 欠損 B 細胞における IgG3 産生の欠損はフローサイトメトリー解析によっても確認された (図2 B) また LPS によって誘導される IgG1 産生は IκBNS 欠損 B 細胞で低下しているが CD40 抗体による誘導では野生型細胞と同等の IgG1 の産生が見られた これ らの結果は IκBNS がクラス特異的な抗体のスイッチに関与しており 特に γ3 へのスイッチに必須であることを示唆する 2
図 2 IκBNS 欠損 B 細胞における IgG3 へのクラススイッチの欠損 A 野生型マウス (WT) と IκBNS 欠損マウス (KO) の脾臓 B 細胞を in vitro で5日間刺激し スイッチ前 (germ line) およびスイッチ後 (post switch) の IgG1 (γ1) IgG3 (γ3) の mrna を RT-PCR 法にて解析した KO B 細胞ではスイッチ後の γ3 の発現が検出されなかった また KO B 細胞ではスイッチ後 γ1 の発現量も WT B 細胞に 比べてわずかに低かった B 脾臓 B 細胞を in vitro で4日間刺激し 細胞内及び細胞表面の IgG をフローサイトメトリーで解析した KO B 細胞ではわずかな IgG3 陽性細胞しか誘導されなかった LPS 刺激では KO B 細胞の IgG1 産生は野生型 B 細胞に 比べて少ないが CD40 を介した刺激による IgG1 産生は野生型と同等であった また IκBNS 欠損マウスにおける抗原特異的抗体産生能を解析するために TI (T cell independent) 抗原である TNPFicoll あるいは TD (T cell dependent) 抗原の TNP-KLH をマウスに投与し TNP 特異的に産生された抗体を ELISA 法 にて測定した その結果 IκBNS 欠損マウスでは TI 抗原に対する応答が殆ど示されず 抗原特異的 IgM および IgG3 は産 生されなかった (図3 A) またこの変異マウスでは TD 抗原に対する IgM 抗体の産生もほとんど見られなかった しかし IgG1 抗体の産生は遅れるものの 免疫の2週間後には野生型とほぼ同程度にまで上昇した (図3 B) IκBNS の欠損は T 細胞の増殖活性やサイトカイン産生にも影響するので TD 抗原に対する応答が B 細胞に内因するもの かどうかを検証すべきだと考えた そのため 野生型あるいは IκBNS 欠損マウスの B 細胞を野生型 T 細胞と一緒にリンパ球を 持たない Rag2-/-マウスに移入した 続いて これらのマウスに TD 抗原を投与し 抗原特異的抗体の産生や形質細胞の解析 を行った その結果 IκBNS 欠損 B 細胞を移入された Rag2-/-マウスでは野生型 B 細胞を移入されたマウスと同等の IgG1 抗体が検出されたものの 依然として IgM 抗体は少なく これが IκBNS を発現しない B 細胞に内因する現象であることが示さ れた (図3 C) 3
図 3 IκBNS 欠損マウスにおける抗原特異的抗体産生 A 野生型マウス (WT, 黒丸 と IκBNS 欠損マウス (KO, 白丸 を TNP-Ficoll あるいは Alum と混合した TNPKLH を腹腔内注射した 経時的に採血し 血清中の抗 TNP 抗体を ELISA 法にて測定した IκBNS 欠損マウスで は TI 抗原に対する応答が欠損している また TD 抗原に対しても IgM 抗体の産生は殆ど見られなかった B 野生型あるいは IκBNS 欠損マウスの脾臓 B 細胞を野生型 T 細胞と共に Rag2-/- マウスに静脈注射にて移入し た 翌日 Rag2-/-マウスに Alum と混合した TNP-KLH を腹腔内注射した 経時的に採血し 血清中の抗 TNP 抗体を ELISA 法にて測定した 野生型 T 細胞との共存下でも IκBNS 欠損 B 細胞による抗原特異的 IgM 抗体の産 生は低下していた これらの結果から IκBNS の欠損が T 細胞に依存的な抗体産生には大きな影響を与えないものの T 細胞非依存性抗原に 対する応答には重要な役割を担っていることが明らかになった 本研究によって IκBNS が IgM の分泌や TLR を介した B 細 胞の機能発現を正に制御することが示唆され これまでに主流となって来た炎症反応の抑制といった IκBNS の機能に新たな一 面を加えることが出来た 今後はこれらのメカニズムの解明が求められる 共同研究者 本研究の共同研究者は Dana-Farber Cancer Institute の Linda K. Clayton 博士 慶應義塾大学医学部の小安重夫教 授および白木文子研究員である 本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします 文 献 1 Fiorini, E., Schmitz, I., Marissen, W. E., Osborn, S. L., Touma, M., Sasada, T., Reche, P. A., Tibaldi, E. V., Hussey, R. E., Kruisbeek, A. M., Reinherz, E. L. & Clayton, L. K. Peptide-induced negative selection of thymocytes activates transcription of an NF-κ B inhibitor. Mol. Cell, 9 637-648, 2002. 2 Hirotani, T., Lee, P. Y., Kuwata, H., Yamamoto, M., Matsumoto, M., Kawase, I., Akira, S. & Takeda, K. The nuclear IκB protein IκBNS selectively inhibits lipopolysaccharide-induced IL-6 production in macrophages of the colonic lamina propria. J. Immunol., 174 3650-3657, 2005. 4
3) Kuwata, H., Matsumoto, M., Atarashi, K., Morishita, H., Hirotani, T., Koga, R. & Takeda, K.:IκBNS inhibits induction of a subset of Toll-like receptor-dependent genes and limits inflammation. Immunity, 24:41-51, 2006. 4) Touma, M., Antonini, V., Kumar, M., Osborn, S. L., Bobenchik, A. M., Keskin, D. B., Connolly, J. E., Grusby, M. J., Reinherz, E. L. & Clayton, L. K.:Functional role for I kappa BNS in T cell cytokine regulation as revealed by targeted gene disruption. J. Immunol., 179:1681-1692, 2007. 5