たり 80mm 以上の雨 ) となり, 佐賀では 14:26 までの 1 時間に観測史上第 2 位の 91mm を記録した ( 図 9.2). 白石では 14:39 までの 1 時間に 72mm と 7 月の観測史上最大を記録した. その後, 全域で雨はいったん弱まったが, 夜遅くに再び南部を中心と

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第 9 章六角川水系牛津川の災害 9.1 はじめに 9.1.1 牛津川災害調査の目的平成 24 年 7 月中旬の九州北部豪雨により災害が発生した佐賀県六角川水系牛津川の被災状況を調査 把握し, その結果を通じて当該地域の特性を踏まえた今後の地域防災計画に寄与するともに, 地域の安全 安心に役立てる取り組みを実施する. また, 他の九州北部豪雨災害調査と連携することにより, 今回の豪雨災害に関する情報交換 意見交換を通じて今後の豪雨災害に対するより良い取り組みを検討するとともに防災や災害復旧に関する地域連携の可能性等についても検討する. 9.1.2 調査対象災害平成 24 年 7 月 13 日 ~14 日の豪雨災害 9.1.3 調査箇所本調査の対象地域は佐賀県六角川水系牛津川中流域であり, 詳細は次の通りである. 直轄区間 : 牟田辺遊水地 ~ 妙見橋上下流 ~ 晴気川合流地点 ~ 牛津江川合流地点 ~ 六角川合流地点の数 km 上流まで県管理区間 : 上記区間で合流する中小河川流域 9.1.4 調査メンバー大串浩一郎 ( 佐賀大学大学院工学系研究科教授 ) 手塚公裕 ( 佐賀大学低平地沿岸海域研究センター研究員 ) 森田俊博 ( 佐賀大学大学院工学系研究科博士後期課程 1 年 ) 中島大斗 ( 佐賀大学大学院工学系研究科博士前期課程 1 年 ) 北島龍 ( 佐賀大学理工学部都市工学科 4 年 ) 9.2 牛津川 7 月豪雨の状況把握 平成 24 年 7 月 26 日 ( 木 ), 国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所にて当時 (7 月 13 日前後 ) の状況の説明を受けるとともに資料収集を実施した. その後, 同日, 現地調査により浸水時の写真との比較や痕跡線調査による浸水状況の把握を行った. 9.2.1 水文データの整理 a) 気象状況と雨の状況佐賀地方気象台の災害時気象資料 ( 平成 24 年 7 月 13 日から 14 日にかけての佐賀県の大雨について ) ならびに福岡管区気象台の災害時気象速報 ( 平成 24 年 7 月九州北部豪雨 ) の記事を以下引用する.7 月 13 日に対馬海峡にあった梅雨前線が午後には朝鮮半島まで北上し 14 日まで停滞した. そのため, 梅雨前線の南側にあたる九州北部地方では, 九州西海上から暖かく湿った空気が流れ込み大気の状態が非常に不安定になった. このため, 佐賀県では 13 日朝から夕方, さらに 13 日夜遅くから 14 日昼過ぎにかけて非常に発達した雨雲が次々に流れ込んだ ( 図 9.1). 佐賀県では,13 日朝から非常に激しい雨 (1 時間当たり 50mm~80mm 未満の雨 ) が降り始め, 昼過ぎには佐賀県全域で猛烈な雨 (1 時間当 77

たり 80mm 以上の雨 ) となり, 佐賀では 14:26 までの 1 時間に観測史上第 2 位の 91mm を記録した ( 図 9.2). 白石では 14:39 までの 1 時間に 72mm と 7 月の観測史上最大を記録した. その後, 全域で雨はいったん弱まったが, 夜遅くに再び南部を中心として非常に激しい雨となった.14 日には明け方から朝にかけ南部で猛烈な雨となり, 昼過ぎには北部では非常に激しい雨となった. 川副では 6:35 までの 1 時間に 59.0mm と 7 月の観測史上最大を記録し, 佐賀市付近でも 7:00 までの 1 時間に 100mm の猛烈な雨となった. 白石町では最大 24 時間降水量が 303mm で, 平年 7 月の月降水量 327.8mm に匹敵する記録的な大雨であった. 川副では最大 24 時間降水量と最大 72 時間降水量それぞれで 253.5mm, 373mm と観測史上第 1 位を記録した. 牛津川流域の小城雨量観測所では,3 時間雨量 168mm と観測 図 9.1 7 月 13 日 15:00 の天気図と気象衛星画像 ( 佐賀地方気象台災害時気象資料 ) 13 日 13:00 13 日 14:00 13 日 15:00 図 9.2 7 月 13 日 13:00~15:00 のレーダー雨量画像 ( 佐賀地方気象台災害時気象資料 ) 史上第 1 位を記録した. その他の牛津川流域の観測所である 3 地点でも 3 時間雨量では, 岸川で 133mm, 西多久で 153mm, 南渓で 144mm の記録的な雨となった. 佐賀地方気象台 7 月九州北部豪雨資料によれば,7 月 13 日 ~14 日のアメダス総降水量は, 白石で 340.5mm, 佐賀で 294.5mm, 川副で 292.0mm を記録し, この 2 日間の総降水量の空間分布は図 9.3 のようであった. 図並びにアメダス降水量データを参照すれば, 県南部の白石を中心として 7 月 13 日 13 時 ~16 時に最も激しい雨が降ったことになる. 県東部の筑後川周辺にも値の高い地域が広がっているが, 恐らくこの東南側で同様もしくはそれ以上の豪雨に 図 9.3 佐賀県内の 7 月 13~14 日のアメダス総降水量分布 ( 佐賀地方気象台 ) 78

より, 福岡県や熊本県での大きな水害につながったものと思われる. b) 河川の状況六角川水系においては, 平成 24 年 7 月 13 日から降り続いた大雨により, 支川牛津川の妙見橋水位観測所で平成 2 年 7 月洪水に次ぐ観測史上第 2 位の水位を記録した. 妙見橋の氾濫危険水位は 4.8m, 計画高水位は 5.45m であるが,7 月 13 日 15:20, ピーク水位で 5.88m と計画高水位をも超過する事態となった. ちなみに既往最高水位は 6.04m( 平成 2 年 7 月 2 日 ) である. 図 9.4 に国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所の 7 月 26 日記者発表資料中の牛津川妙見橋水位観測所における年最大水位比較図を示す.7 月 13 日のピーク流量は,781.6m 3 /s( 暫定値 ) を記録した. ちなみに平成 2 年 7 月 2 日の観測史上最大の洪水では, 妙見橋において計画高水流量 950m 3 /s を超える 1,100m 3 /s を記録している. 図 9.4 牛津川妙見橋水位観測所における年最大水位比較図 ( 国交省資料 ) 9.2.2 気象台の予報 市町村の避難勧告 避難指示など a) 大雨予報佐賀地方気象台は,7 月 13 日の大雨に対し牛津川流域では多久市, 小城市に 7:30 より大雨注意報, 12:09 に大雨警報 ( 土砂災害 ), 更に 12:51 より約 3 時間大雨警報 ( 浸水害, 土砂災害 ) を発令した. 7 月 14 日にも 4:12 に大雨警報 ( 浸水害, 土砂災害 ),10:00 と 16:30 に大雨警報 ( 土砂災害 ) を発令している. b) 洪水予報佐賀地方気象台は, 多久市, 小城市に 7 月 13 日 7:30 洪水注意報,12:51 に洪水警報を発令し, 翌日 14 日も早朝に洪水警報を出したが, その後 10:00 には洪水注意報に変わり,16:30 には解除している. c) 土砂災害警戒情報同気象台より 7 月 13 日 13:09 に多久市, 小城市に土砂災害警戒情報が発表され, その後 14 日 17:02 に解除されている. d) 指定河川洪水予報牛津川に対しては,7 月 13 日 14:00 に氾濫注意情報,14:40 に氾濫危険情報,19:00 に氾濫警戒情報が出されたが,20:20 に氾濫注意情報,20:55 に解除されている. また 7 月 14 日は 5:45 に氾濫注意情報が発表されているが,8:35 には解除されている. 79

e) 避難勧告消防庁調べによれば, 佐賀県多久市で 7 月 13 日 15:00 に 494 世帯 1,385 人に避難勧告が出され同日 18:30 解除されている. 小城市では 7 月 13 日 15:20 以降 4 回に渡って避難勧告が合計 3,392 世帯 10,114 人に対して出され,7 月 14 日 17:03 に解除されている. f) 避難指示消防庁調べによれば, 佐賀県小城市は, 土砂災害のおそれがあるとして, 山間部を中心とした地区の 1 万 114 人に避難指示を出し, 同日 20:25 に解除した. 9.2.3 人的被害 住家被害の状況ならびにその他の被害状況消防庁調べによれば, 佐賀県では住家の一部損壊 4 棟, 床上浸水 32 棟, 床下浸水 60 棟が起きたが, そのうち牛津川流域では, 主に内水氾濫により, 床上浸水 3 戸, 床下浸水 19 戸, 浸水面積 400ha の被害が発生した. また, 田畑の浸水などによる農地被害は多久市と小城市で併せて面積 6.83ha, 被害額 1 億 6,700 万円で, 土木施設被害や農林水産業施設被害などを合わせると被害額は 7 億 2800 万円に上った. ちなみに, 平成 2 年 7 月洪水では, 佐賀県では死者 2 名, 家屋損壊 22 棟, 床上 床下浸水被害が 25,676 戸, 被害額 525 億円であった. 9.3 牛津川流域の浸水状況 図 9.5 は平成 24 年 7 月 13 日 ~14 日の豪雨により六角川水系牛津川流域ならびに本川六角川流域 図 9.5 平成 24 年 7 月豪雨による六角川流域の浸水区域 ( 国土交通省提供 ) 図 9.6 平成 24 年 7 月 13 14 日の豪雨による浸水状況の写真 ( 国土交通省提供 ) 80

で浸水した区域を示している. 図 9.6 は, 国土交通省河川監視カメラによる 7 月 13 14 日の牛津川下 流域右岸 5km 地点の写真である. 9.4 牛津川牟田辺遊水地による洪水調節効果の検証 牛津川の牟田辺遊水地は, 平成 2 年 7 月の洪水を受け災害防止を目的として計画され, 平成 14 年に完成した ( 図 9.7). 平成 24 年 7 月 13 日から 14 日の梅雨前線による豪雨により, 牛津川流域では主に内水氾濫により被害が出た. したがって, 内水対策が今後必要であるが, ここでは外水対策としての牟田辺遊水地がどのくらい洪水調節効果を発揮したかを一次元解析により定量的に評価した. 9.4.1 解析手法本研究では, 平成 24 年 7 月 13 日から 14 日にかけての豪雨による牛津川の流況について数値解析を行った. 解析対象区間を図 9.7 に示す. 解析対象区間は六角川との合流点より 7.4km ( 砥川大橋観測所 ) から 16.2km( 牟田辺遊水地越流堤より 1km 上流 ) とした. この区間の 15.2km に牛津川牟田辺遊水地の越流堤が存在している. 河川横断面で積分した連続の式および運動量保存の方程式を用いて一次元不定流解析を行った. 図 9.7 牛津川と牟田辺遊水地並びに解析対象区間解析の際に用いる牛津川の断面は, 平成 22 年 2 月測量の 200m ピッチの横断面データを使用した. 越流堤から牟田辺遊水地へ越流した流れの再現は, 遊水地を河川とみなし, 牛津川との境界に越流堤を設定することによって再現した. 境界条件は, 上流端で流量, 下流端で水位を与えた. 上流端には妙見橋観測所の実測水位を用いた H-Q 式で算出した流量, 下流端には砥川大橋観測所の実測水位を用いた. 妙見橋観測所の実測水位を用いた暫定 H-Q 式で得られた流量は, 牟田辺遊水地で洪水調節が行われた後の流量となる. そのため, ピーク流量付近をスカラー倍する 7 妙見橋観測所実測水位暫定ことによる擬似洪水により再現を 6 妙見橋観測所 H-Q 式による流量を与えた場合行った. その際の下流端の水位は 5 擬似洪水 (1.15 倍 ) 擬似等流水深を用いた. 粗度係数 4 は国土交通省九州地方整備局武雄 3 河川事務所からの提供データをも 2 とに調整を行った. 越流堤から遊 1 水地内に越流する流れは, 本間の 0 式を適用し, 越流係数は 1.55 と設定した. 図 9.8 実測値との水位比較 ( 妙見橋観測所地点 ) 9.4.2 解析結果と考察 a) 実測値による解析 水位 (m) 7/12 00:10 7/12 04:10 7/12 08:10 7/12 12:10 7/12 16:10 7/12 20:10 7/13 00:10 7/13 04:10 7/13 08:10 7/13 12:10 7/13 16:10 7/13 20:10 7/14 00:10 7/14 04:10 7/14 08:10 7/14 12:10 7/14 16:10 7/14 20:10 7/15 00:10 7/15 04:10 7/15 08:10 7/15 12:10 7/15 16:10 7/15 20:10 81

実測値と解析結果による水位の比較を図 9.8 に示す. 妙見橋観測所地点においてピーク水位で実測値よりも解析により算出した水位が 0.39m 低くなった. 堤防高, 痕跡水位, 解析結果による牛津川縦断図の比較を図 9.9 に示す. 縦断図での比較では解析結果は全体的に痕跡水位よりも水位が低くなった. その原因は, 牟田辺遊水地でピーク流量が軽減された後の流量であるからであると思われる. b) 擬似洪水による解析ピーク流量付近の流量をスカラー倍す H-Q 式は暫定ることにより擬似洪水を発生させ, 平成 24 年 7 月九州北部豪雨を再現した. その際の下流端の水位は擬似等流水深を用いた. 擬似洪水としてピーク流量付近の流図 9.9 実測値との水位比較 ( 牛津川縦断図 ) 量を 1.15 倍したものを与えたところ, 妙見橋観測所地点におけるピーク水位で 0.10m の水位差となった ( 図 9.9). 縦断図では痕跡水位と全体的に概ね一致している ( 図 9.9). よって, これを平成 24 年 7 月九州北部豪雨での流量とした. c) 洪水調節量国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所の発表によれば, 平成 24 年 7 月九州北部豪雨では牟田辺遊水地で最大約 65 万 m 3 図 9.10 遊水地有無による水位の比較 ( 妙見橋 ) の流水を貯留したとされている. これは牟田辺遊水地内の水位上昇量と H-V 関係により推算されている. 本研究の解析結果では, 牟田辺遊水地により 64.89 万 m 3 の洪水調節が行われたと推定され, ほぼ同等の結果が得られた. d) 牟田辺遊水地による下流での水位低減量平成 24 年 7 月九州北部豪雨の際, 牟田辺遊水地が下流に対してどの程度の水位低減をもたら図 9.11 牛津川縦断図したのかを推算した. 上述の解析モデルを用い, 越流堤と遊水地を除いた河道モデルを作成し, 牟田辺遊水地の設置の有無による本川下流の水位比較を行った. 図 9.10 に妙見橋観測所地点における牟田辺遊水地の有無による水位ハイドログラフの比較を, 図 9.11 に牛津川水位縦断図における遊水地有無の比較を示す. 牟田辺遊水地有りの条件は牟田辺遊水地無しの条件よりも妙見橋観測所地点において 0.29m 水位が低くなった. また, 水位縦断図においても牟田辺遊水地より下流において同様の水位の低減が見られた. 82

9.5 おわりに 本報告では, 平成 24 年 7 月九州北部豪雨による佐賀県六角川水系牛津川の災害についてまとめるとともに, 同河川中流部に設置された牟田辺遊水地の機能評価を数値シミュレーションにより行った.7 月 13 日から 14 日にかけて九州北部は停滞する梅雨前線の影響で猛烈な雨となり, 各地で過去最高もしくはそれに匹敵する降水量を記録した. 牛津川の妙見橋水位観測所では, 史上第 2 位のピーク水位を記録した. また, 牛津川中下流域では内水氾濫による浸水被害が発生した. 今回の出水では牛津川本川からの越水や破堤は発生しなかったが, この地域は狭い渓谷を抜ける地形と我が国最大の干満差を有する有明海の影響のため, どうしても排水不良を来してしまう. 今回の洪水でも排水機場の運転調整をせざるを得ない状況となり, 平成 2 年 7 月洪水と同等あるいはそれ以上の洪水に対しては, 依然として脆弱な環境にあると思われる. 平成 2 年 7 月洪水以降, 激甚災害事業により牛津川の河川改修や牟田辺遊水地の整備がなされ, 今回の出水でその機能を発揮することができたことが確認されたが, 気候変動に伴う今後の災害外力の増大が見込まれる状況では, 当該地域に更なる対策を施す必要があると思われる. 六角川水系河川整備計画が平成 24 年 8 月に策定されているので, 今後, 迅速かつ着実な河川整備並びにその他自治体や住民の防災訓練などの取り組みを今まで以上に進めていく必要がある. ( 大串浩一郎 ) 謝辞 : 本調査は, 土木学会九州北部豪雨災害調査団の活動の一環として実施されたものである. 本報告をまとめるに際し, 貴重な資料 データをご提供いただいた国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所に深くお礼申し上げる. 参考文献 : 1) 国土交通省九州地方整備局六角川水系河道計画技術資料 ( 案 ),2008.6. 2) 国土交通省河川局治水課中小河川浸水想定区域図作成の手引き pp.21-22,2005,6 3) 国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所平成 24 年 7 月 13 日出水における河川整備の効果について,http://www.qsr.mlit.go.jp/takeo/news/data_file/1343271343.pdf 4) 国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所六角川水系河川整備計画, http://www.qsr.mlit.go.jp/takeo/html/rokkaku_02_03.html 5) 佐賀地方気象台災害時気象資料,2012.7. 6) 内閣府平成 24 年 7 月 11 日からの大雨による被害状況等について,2012.7. 7) 福岡管区気象台災害時自然現象報告書 2012 年第 1 号, 災害時気象速報, 平成 24 年 7 月九州北部豪雨,2012.7. 8) 国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所平成 24 年度高水報告書 ( 六角川 ),2012. 83