目次 I. 諸言 1 1. 体操競技について 1 2. 体操競技のコーチング事例に関する先行研究 3 3. 本研究の目的 4 4. 方法 5 II. 片脚踏み切り 前後開脚とび (A 難度 ) のコーチング 7 1. 問題提起 7 2. 目的 9 3. 実践計画 9 4. 技術の抽出と練習方法の考案

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2011 年度修士論文 体操競技におけるダンス系技のコーチング ジャンプ, ターンに着目した事例研究 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科 スポーツ科学専攻コーチング研究領域 5010A069-2 羽田真弓 Hata Mayumi 研究指導教員 : 土屋 純教授

目次 I. 諸言 1 1. 体操競技について 1 2. 体操競技のコーチング事例に関する先行研究 3 3. 本研究の目的 4 4. 方法 5 II. 片脚踏み切り 前後開脚とび (A 難度 ) のコーチング 7 1. 問題提起 7 2. 目的 9 3. 実践計画 9 4. 技術の抽出と練習方法の考案 10 5. 実践記録 12 6. 考察 22 III. 前へ交差した前後開脚とび (B 難度 ) のコーチング 25 1. 問題提起 25 2. 目的 26 3. 実践計画 26 4. 技術の抽出と練習方法の考案 27 5. 実践記録 28 6. 考察 36 IV. 片足軸ターン (B 難度 ) のコーチング 38 1. 問題提起 38 2. 目的 39 3. 実践計画 39 4. 技術の抽出と練習方法の考案 40 5. 実践記録 42 6. 考察 50 V. 90 アラベスクターン (B 難度 ) のコーチング 52 1. 問題提起 52 2. 目的 53 3. 実践計画 53 4. 技術の抽出と練習方法の考案 54 5. 実践記録 56 6. 考察 66 VI. 総括論議 68

1. 各技術の概要 68 2. 総合考察 71 参考文献 76 謝辞 77

I. 緒言 1. 体操競技について体操競技は, 技の難しさ 美しさ 雄大さ 安定性などの観点で複数の審判員が採点し, そこから得点を算出して順位を競う競技である. 得点は,D スコアと呼ばれる演技の難しさなど, 構成内容を評価する演技価値点と, E スコアと呼ばれる演技の出来栄えを評価する実施点の両方を加算して算出される. 体操競技での難度とは, 技や運動の難しさの程度を表し, 難度の低い A から難度の高い G までの 7 段階に分類され, それぞれ 0. 1 ~ 0. 7 点の配点となる. そして, 男子は最大 10 個, 女子は最大 8 個の高難度の技の合計が D スコアとなる. 体操競技の種目は, 男子ではゆか, あん馬, つり輪, 跳馬, 平行棒, 鉄棒の 6 つであり, 女子では跳馬, 段違い平行棒, 平均台, ゆかの 4 つである. 競技としては, 男子 6 種目, 女子 4 種目の合計点で競う個人総合と,4~ 6 名の総合得点をチームで競い合う団体総合, そして種目別がある. 女子体操競技は, 前述のように跳馬, 段違い平行棒, 平均台, ゆかの 4 種目で構成されている. 跳馬は, 125cm の高さに設定された跳馬に手を付いて跳び越すものであり, 技にはすでに D スコアが定められ, その中から技を 1 つ選択し実施しなければならない. 段違い平行棒は, 車輪 ひねり 空中局面を伴う支持回転などで演技構成され, 高鉄棒 低鉄棒で移動技が組み合わされ停止することなく演技しなければならない. 平均台は, 高さ 125cm 長さ 5m 幅 10c m の台上で, 90 秒以内にダンス系の技 ( ジャンプ ターン バランスなど ) やアクロバット技 ( 宙返りなど ) を構成しなければならない. ゆかは,12m 四方の ゆか の上で, 90 秒以内にアクロバット系の技 ( 宙返りなど ) やジャンプの組み合わせ, ターンなどを音楽に合わせて演技しなければならない. これらの 4 種目 1

をみると, 平均台とゆかの種目においては共通して宙返りなどのアクロバット系の技とジャンプやターンなどのダンス系の技を入れなければならないことがわかる. また, 平均台, ゆかで行われるアクロバット系の技は, 男女共通の技であるのに対し, ジャンプやターンなどのダンス系の技は, 男子において実施されないため女子特有の技であるといえる. ダンス系の技は, 同じ運動形態をもつ技でも平均台とゆかの種目間で難度が異なる. これは, 幅 10c m の平均台上で同じ技を行うことが困難なためである. 言い換えれば, 実施が比較的容易なゆか上でダンス系の技を習得することは, 平均台でのダンス系の技の習得にも影響すると考えられる. 2009 体操競技女子採点規則 (( 財 ) 日本体操協会, 2009. 以下, 採点規則 ) では, ダンス系の技は, ゆかと平均台の演技構成で尐なくとも 3 つ入れなければならないと規定されている. ダンス系の技は, 主にジャンプとターンに分けられる. ジャンプの技の承認の判断基準は, 指示されている形 回転 また開脚の姿勢が保たれて承認され, 180 の開脚を伴うジャンプでは, ジャンプ時の欠如角度により減点が決められている ( 表 1). 表 1 ジャンプ時の欠如角度に伴う減点 ( 採点規則 ) ターンの技の承認の判断基準は 6 つあり, 1 つでもできていない項目 があればターンと承認されない ( 表 2). 2

表 2 ターン承認の判断基準 ( 採点規則 ) ターンはゆかで 360, 平均台で 180 区切りとなり難度が決められている. ターン時に回転不足があった場合は,3 回ターンは 2 回ターンに ( ゆか ), 2 回ターンは 1 1/ 2 に ( 平均台 ) 難度が下がる. また, 脚の位置に加え腰と肩の向きも考慮されなければならない. これらの規則に基づいて決められたジャンプ, ターンの難度は, 正確に実施しなければ減点, もしくは難度なしとされる. 高得点を狙うには, 高難度の技を実施し, 減点の尐ない演技をすることが求められる. また, 確実に点数を得るためには, どの技であっても正確な実施をすることが重要であり, 実施の際の減点をどれだけ尐なくするかが重要であるといえる. 2. 体操競技のコーチング事例に関する先行研究土屋 ( 2007) は, 実際の指導現場において, 選手が技の習得あるいは習熟を目的とした技術トレーニングを行う際, 指導者はその技の技術について熟知している必要がある. そして, その技の技術とは何かを明らかにし, その次にその技術習得のための指導 練習方法を明らかにしたうえで, 実際に技の習得のためのトレーニングが行われると述べている. しかし, 実際の指導現場では技術やその習得のための練習方法について詳細な検証がされないまま練習されていることが多い. こうしたなか, 3

泉野ら (2010) は, あん馬における 一腕上上向き転向 ( ショーン ) を指導した事例研究を行っている. その中で, ショーン の運動課題を明らかにし, その運動課題を達成するための技術をこの技を習得している選手の こつ から探っている. 技の習得までの指導過程で, 失敗要因を示すことや, 指導による実施の段階的変化を示すことで効果的な指導方法をまとめている. また, 斎藤ら (2009) は, 平行棒における 棒 下宙返り 3/ 4 ひねり倒立 の研究で, 技の習得を目指した指導過程に おいて選手が訴えた動きの把握の混乱や恐怖心をどのように取り去り, 技の成功へと導いたかについて報告しており, 技の技術習得や指導の考え方やその練習方法について検討している. 体操競技の高難度の技については, 習得 指導情報が尐ないため, これらの技の習得 指導方法を示すことは体操競技全体の競技力向上に寄与すると考えられる. このように体操競技のコーチングの事例を研究することは, 選手育成の一助となると考えられる. しかし, これまでにダンス系の技について, その技術を明らかにし, その練習方法を実際に指導したコーチングの事例研究は行われていない. 3. 本研究の目的本研究は, 体操競技におけるダンス系の技に関して, 技術習得のための練習方法を考案して被験者に指導することによって, 各技の指導の事例を提示することを目的とした. 4

4. 方法 1) 対象者本研究の被験者は, 大学体操部所属の女子選手 1 名 ( 年齢 20 歳, 身長 154cm, 体重 50kg) である. 被験者には本研究についての説明を行 い, 研究の同意を得た. 被験者の体操競技歴は 13 年であった. 被験者 は, 小学校低学年から高校 3 年生まで, 体操競技のトレーニングとしてバレエ教室で週 1 回 1 時間程度, ジャンプとターンの練習を行っていた. また, 体操競技の練習時間中は全習の前にも数回の練習を行っていた. しかし, ジャンプは 180 の開脚姿勢を上手くとることができず, ターンは軸が斜めになってしまい回転ができなかったことも多くあり, 技の安定性に欠けていたという. その後, 大学では, 全習の前にジャンプとターンの練習を数回行っていたが, やはり技の安定性を欠いたままであったと被験者は報告している. 2) 対象技本研究で対象とする技は, 被験者が演技に取り入れている技で実施の欠点がみられた 片足踏み切り 前後開脚とび ( A 難度 ), 前へ交差した前後開脚とび ( B 難度 ), 片足軸ターン ( B 難度 ), 90 アラベスクターン ( B 難度 ) とした. 3) 本研究の展開ここではまず, 言葉の定義を以下のようにしておく. 技 : 体操競技における個々のひとまとまりの運動. 運動課題 : あるひとまとまりの運動と他の技とを区別する特徴, 達成されるべき動き. 5

技術 : ある特定の運動について, その運動課題を解決するための合理 的な方法や運動の仕方. 技能 : 技術がどの程度実現できているかという能力. 体操競技においては, 各種目に様々な 技 がある. その技の習得のためには, まず技の 運動課題 を知る必要がある. 運動課題とは, あるひとまとまりの運動と他の技とを区別する特徴, 達成されるべき動き をいい, 運動課題が明確になった後に 技術 を知る必要がある. 技術とは, ある特定の運動についてその運動課題を解決する合理的な方法や運動の仕方 ( 佐藤, 1990) のことである. また, 技能 とは, 技術がどの程度実現できているかという能力のことをさす ( 長澤,1990). これらの手順を踏んだうえで被験者の技能レベルを把握し, 実施に欠点がみられた技についての練習方法を考案し, 練習, 指導を行った. 練習後に, 指導前と技の比較をして変化をみることとした. 上記の定義をふまえ本研究は, 各技に対して以下の手順に従って指導を行った. 1 技の運動課題の把握 2 技の技術の明確化 3 技能レベルを評価 ( 習得すべき技術が習得されているのかどうかの確認 ) 4 欠点を修正するための練習方法の考案 ( 習得すべき技術の習得方法 ) 5 練習の実施 ( 練習内容や指導の言語の記録 ) 6 練習後の評価さらに, 被験者には, 練習内容の実施状況 内省について記録させた. 6

II. 片脚踏み切り 前後開脚とび ( A 難度 ) のコーチング 1. 問題提起 片足踏み切り 前後開脚とび ( 以下, 大ジャンプ ) は, 片足で踏み切ってジャンプし, 空中で 180 の開脚をすることが運動課題となっている ( 図 1). 大ジャンプは, ジャンプグループで A 難度と点数価値は低いものの他のジャンプの基礎となる重要な技である. 図 1 大ジャンプの運動課題 大ジャンプに関する研究については多くされており, 柔軟性との関わりや運動学的分析についての研究がなされている. 柔軟性について, 窪田 (1999) は, 柔軟性が高いと運動中の動作に無駄な動きがなくなり, 体力の温存, 運動の正確性の向上, 運動時に発揮される力の向上といった効果が望めること, 柔軟性が低いと身体を動かす範囲が狭くなり, 動作が小さくなるだけではなく, 運動中の外傷や肉離れといった筋肉障害をおこす可能性が高いことを指摘している. 柔軟性とは, 関節の可動域の指標 と定義されており, ある関節の可動域の大きさ, つまり 関節可動域の大きさを示す言葉 としている ( 日本生理人類学会計測研究部会, 人間科学計測ハンドブック ). また, 柔軟性には, 静止した状態での関節可動域の限界点を示す 静的柔軟性 と, 動きの中で自らの力のよって動かすことのできる可動域 7

を示す 動的柔軟性 の 2 つに大別できる ( 日本生理人類学会計測研究部会, 人間科学計測ハンドブック ). 柔軟性の静的柔軟性を獲得しただけでは, 実際の運動パフォーマンスに活かすことができず, 動きの中での柔らかさ には期待することができないとし ( 古田, 1975), 実際のスポーツを行う場面において必要とされる柔軟性は, 動的柔軟性であるといわれている ( 日本生理人類学会計測研究部会, 人間科学計測ハンドブック ). 丹羽ら ( 2005) は, 片足踏み切り前後開脚とび の開脚度と静的および動的柔軟性との間に正の相関関係があることを明らかにした. 大ジャンプ の開脚度を増大させるためには, 静的柔軟性を含め, 自らの力で下肢を動かすことのできる股関節可動域 ( 動的可動域 ) を大きくする必要があり, その可動域において下肢を目的位置で保持できる能力も必要であるとしている. 大ジャンプは, ジャンプ中に前後の脚が開脚しそれぞれ水平の位置まで上がり, 空間で 180 の開脚姿勢がみられなければ技として承認されない. 難易度の低い A 難度である大ジャンプは, 多くの選手が演技に使用する技である. しかし, 全日本学生体操競技選手権大会などの競技レベルが高い試合を観察すると, この大ジャンプが正しく実施できていない選手や, 実施の欠点を持つ選手が多くみられる. 本研究の被験者も, 大ジャンプに実施の欠点をもっている. ジャンプ時に, 前脚は水平位置までは上がるもののすぐに下がり, 後脚は水平位置まで上がらないため空中で 180 の開脚姿勢がみられず, 大ジャンプとして承認されないか減点されることが多かった. したがって, この実施の欠点を改善することが競技力向上につながると考えられる. また, 空中で 180 の開脚姿勢をする技は多くあり, 大ジャンプを習得することは, 他の技を行うた 8

めにも重要であるといえる. 2. 目的 本研究は, 後脚を水平位置まで上げ, 空中で 180 の開脚姿勢ができ ることを目的とした練習方法を考案して被験者に指導することで, この 技の指導方法を見出すことを目的とした. 3. 実践計画 1) 技術の指導実験では指導のための基礎資料として, 先行研究と, 事前に筆者が 大ジャンプ を実施する際に重要であると考えている技術をまとめた. また, 技術を習得するための練習方法を考案し, それを基に被験者に指導を行った. 筆者は各技術に対して, 被験者にどのような指導を行ったのか, その指導でどのように動きが改善されたのかをその都度記録し, 指導方法を探る資料とした. 2) 指導期間 平成 22 年 10 月 1 日から平成 23 年 9 月 4 日までの約 11 ヶ月間,1 週 間に 3 日程度, 1 日に約 15 分程度の指導を行った. 3) ビデオ撮影撮影は, デジタルビデオカメラ ( SANYO 社製,Xact i D M X- C G 11 ) を用いて, 被験者の矢状面に対して, 大ジャンプを実施する際に施行ごとに行った. 9

4. 技術の抽出と練習方法の考案指導をするにあたって, まずは大ジャンプの 技術 を明確にする必要がある. 大ジャンプの技術は, 先行研究で明らかにされていること, また大ジャンプを習得している筆者が, 実施する際の こつ を基に抽出した. 具体的には, どの局面で, どのように身体を動かすように意識するのか を書き出し, 技術を探った. その結果, 180 の開脚姿勢を伴うジャンプであるため, この技を実 施する前提条件として 180 以上の静的柔軟性の獲得, 動的可動域の増 大が不可欠であると考えられた. さらに, 技術としては 1 腕の振り上げ技術,2 蹴り技術, 3 脚の振り上げ技術の 3 つを抽出した. それぞれの前提条件と技術とそれらを習得させるために行った練習方法は以下の通りである. 前提条件 静的柔軟性の獲得 180 の開脚姿勢を伴うジャンプにおいては, 180 もしくはそれ以上の静的柔軟性を獲得しなければならない. 股関節の静的柔軟性を獲得す るためには, 15cm ほどの台に一方の脚を乗せて段差開脚をさせる. 段 差開脚を行う際に開脚した左右の前脚, 後脚をそれぞれ順に台に乗せて 1 分間ずつ行わせる. それに加え, 段差開脚の助けとして大腿四頭筋, ハムストリングスのストレッチも行わせる. 動的可動域の増大 動的可動域を増大させるためには, 立位姿勢になり, 片手で平均台 ( ま たは肋木等 ) を支持し, 片方の脚を軸脚としてもう一方の脚で前方 後 10

方に脚を振り, 徐々に股関節の可動域を増大させていく. この動作を行 うことで, 次に行う脚の振り上げをスムーズにできるようにさせる. 技術 1 腕振り上げ技術腕振り上げ技術は, 腕の振り上げによりジャンプに高さを出すための手助けをする技術である. 上半身と下半身が連動されなければ空中で上手くバランスをとることができないため, 上半身と下半身の連動した動きが必要となる. その技術習得のための練習方法は, 立位姿勢で両膝を尐し曲げて垂直にジャンプを行う. 立位姿勢で両膝を曲げたとき, 両腕は背面に引き, 両肘を 90 に曲げ, 膝を伸ばして上方向にジャンプする. 同時に, 両腕は前方を通過し, 上方向に引き上げるようにする. 上半身と下半身が上手く連動できるようになってきたら, ジャンプ時と同じ腕の形をとり行うようにする. また大ジャンプをする時に, 前に出す脚と逆側の腕を前方に, 反対の腕は身体の真横に出す. この腕の形を垂直ジャンプに合わせて行う. 膝を曲げた時には, 腕をあまり曲げない意識で背面に引き, 膝を伸ばしジャンプするときに下から片方の腕は前方, もう一方は身体の横方向に振り上げるようにする. 2 蹴り技術蹴り技術は, ジャンプの高さを出すためにゆかを強く蹴る技術である. ジャンプは空中での空間姿勢が長い方が印象に残りやすい. そのため, 助走からの速さを高さに変える踏み切りが重要である. その技術習得のための練習方法は, まず軽く助走して踏み切る脚は尐 11

し膝を曲げてゆかを強く蹴り, 振り上げ脚はホップのようにして上に引き上げるように高くジャンプする. この時, 腰の位置は落とさないようにし, ジャンプ前の最後の踏み切りは, ゆかに対して素早く踏み込むことでゆかとの接地時間を短くしてゆかを強く蹴るようにする. また, 助走のときよりジャンプ時に重心を高くすることが重要である. さらに, 慣れてきたら助走からつなげて行うようにする. この時, 腕の振り上げ技術で獲得した腕の振り上げを追加し, さらにジャンプの高さを出すように行う. 3 脚の振り上げ技術脚の振り上げ技術は, ジャンプ時に脚を前後に振り上げる技術である. ここでは, ジャンプを行う際に脚を上げるために力を入れるところやこつをつかむことを目的としている. その技術習得のための練習方法は, ジャンプ時の脚の振り上げ方の類似運動として, 立位姿勢になり, 片手で平均台 ( または肋木等 ) を支持し, 脚の振り上げを行う. 自身の開脚できるところまで脚を振り上げるようにする. この時, 前に振り上げる際には腸腰筋に, 後に振り上げる際は背筋 大臀筋 ハムストリングスに力を入れて動かすようにさせ, 左右の脚, 前後にそれぞれ 10 回ずつ行う. 5. 実践記録事例の提示本研究の被験者は, 静的柔軟性の獲得, 動的可動域の増大, 脚の振り上げに不足がみられると判断し, 前提条件の獲得および脚の振り上げについて指導を行った. 被験者に指導を行った結果, 脚の振り上げを習得 12

することができず, ジャンプを行った際に空間で 180 の開脚姿勢がみ られなかった. しかし, 連続写真でみてみると 180 の姿勢がわずかに みられた. また, 指導前と比較して大ジャンプの開脚度に向上がみられる結果となった. 大ジャンプの各技術を習得するための練習過程で, 被験者にどのような欠点がみられ, それを改善するためにどのような指導を行い, 指導前と指導後で実施がどのように変化したのか, また被験者の内省の変化を以下にまとめた. 本研究では, 新しい技を習得するわけではないため, 1 つの技術を習得してから次の技術指導を行うのではなく, 上記の前提条件と技術を同時に指導した. 図 2 は, 指導前の大ジャンプである. 図 2 指導前の大ジャンプ 静的柔軟性について, 被験者は日常的にゆか上で 180 の前後開脚を 行っていた. 時間に余裕があるときには 10c m ほどの高さで段差開脚を 13

行っていたが, あまり頻繁には行っていなかった. 被験者はゆか上で前後開脚を行った際に骨盤が前傾していた. しかし, 被験者はジャンプを行う際には上半身は垂直に近い姿勢で実施しているため, ゆか上で前後開脚を行う際にも上半身を垂直にする必要があると考えた. まず,180 のジャンプを行う際には, 180 以上の静的柔軟性を獲得していた方が運動の正確性が向上することを理解させ, 段差開脚を実施させた. この時, 上体はなるべくゆかと垂直にすること, 台に脚を乗せている脚も乗せていない脚も膝は伸ばして遠くに引っ張るようにする ことを指導した. これらの指導を意識させて段差開脚を行わせた結果, 1 週間ほどで腰部を上から押せば股がゆかにつくようになったため, さらに 10cm 高さを上げた ( 図 3). 3 週間後には上から押さなくても股がゆかにつくようになったが, この時期に被験者より 腰が痛い という報告を受けた. このことについては, 指導前まではゆか上で前後開脚を行った際に骨盤が前傾していたため, 段差開脚を行う際には 上体はなるべくゆかと垂直にする と指導をし, 被験者が腰を反らせて上体を垂直にしようとしていたことが原因と考えられる. そこで以前までの指導に加え, 具体的に 腰を反らせて上体を垂直にするのではなく, 上体を引き上げて垂直にする という指導を行うようにした. また, 同じ時期に 左脚の大腿四頭筋が硬い という報告を受けたため, 段差開脚を行う際に, 前脚を台に乗せたときの後脚の膝を曲げて, 大腿四頭筋のストレッチをさせ, できる限り踵が臀部に近づくように押した ( 図 4). これは, 大腿四頭筋のストレッチをして柔らかくすることで, 前後開脚を行った際に後脚を開きやすくするためである. これらを指導した結果, 腰の痛みもなくな り,25cm ほどの台の高さに脚を乗せた時に, 股がゆかに着くようにな 14

った. 大腿四頭筋のストレッチについては, 踵が臀部に着くまで膝を曲げることができなかったが, 以前よりは膝が曲がるようになり, 被験者より 段差開脚が尐し楽になった という内省が得られた. 被験者は, 25cm の高さで段差開脚を実施の際に,1 分間程度かけて股がゆかに着くということから, 簡単には実施できていないと判断し, この高さで 11 ヶ月間段差開脚を続けさせた. 図 3 段差開脚 図 4 膝曲げ段差開脚 また, 動的可動域を増大させるための脚振りは, 脚の振り上げの練習前に行わせ, 脚の振り上げがスムーズにできるようにさせた ( 図 5). 脚振りは, 振り脚に力を入れずに足先を遠くに振るように指示した. また, 上体が前後に振られることなくなるべく垂直に保つようにさせて, 支持脚や振り脚の膝を曲げず股関節から脚だけを振るように意識させた. 被験者は, 脚を振る際に常に力を入れてしまい, ぎこちなく動かしていた 15

ため 股関節を抜くような感じで行う という指導をした. それからは, 脚に力を入れずに脚振りができるようになった. また, 力を抜いて行う ことで脚の振り幅が増大した. 図 5 動的可動域を増大させる練習方法 脚の振り上げに関しては, 脚を前に振り上げた時に, 上げ始めから上げ切った時まで常に力が入ってしまっているため, 脚を上げることができる最高点 ( 以下, 最高点 ) まで上がりきらないうちに脚を止めてしまう傾向がみられた. そこで脚の振り上げを行う際に 振り上げ始めは力を入れて振り上げ, それ以降は脚の力を抜くようにする ことを指導した. また, 後脚の振り上げ時には, 最高点に達するまで 2 段階でぎこちなく上げる傾向がみられたため, 前脚の振り上げの指導に追加し 最高点まで一気に脚を上げるようにする ことを指導した. これらの指導を行った結果, 前の脚の振り上げは注意をすれば, 振り上げ始めに力を入れて, それ以降は力を抜けるようになり, 脚の位置が最高点に達したときにはしなるようになった ( 図 6). しかし, 脚の上げ 16

る速さがゆっくりであった. また, 後脚の振り上げは, 指導により脚を スムーズに上げられるように動作に改善がみられた ( 図 7). 図 6 脚の振り上げ技術の練習方法, 前脚 図 7 脚の振り上げ技術の練習方法, 後脚 17

指導を始め, 2 ヶ月間から 8 ヶ月間までは, 指導前よりも大ジャンプの開脚度が減尐した. この期間に被験者には, 1 後脚が垂れたままジャンプしてしまう ( 図 8),2 開脚した両脚がシーソーのように前後互い違いに上下するジャンプ ( 図 9) という 2 通りの失敗パターンがよくみられた. 図 8 大ジャンプの失敗例 1 図 8 の後脚が垂れたままジャンプしてしまうパターンは, 前脚を意識 するあまり後脚が垂れ下がったままジャンプが終了してしまうというも のである. このジャンプを行った際には 後脚の振り上げを行ったとき 18

同様の筋肉 ( 背筋と殿筋, ハムストリングス ) を使うように意識する という指導を行った. 指導後 1~ 2 ヶ月後に被験者は 後脚は背筋, ハ ムストリングスを使って, つま先, かかとを振り上げるように意識して いる という内省報告をするようになり, 大ジャンプを行う際には後脚 を上げるために, 具体的な意識ができるようになったことがわかる. 図 9 大ジャンプの失敗例 2 19

次に, 図 9 の前後開脚した両脚がシーソーのように前後互い違いに上下するジャンプのパターンは, 上述した 後脚が垂れたままジャンプしてしまう のジャンプ指導を始めてから出てきたジャンプである. 前脚が水平まで上がり, 後脚も水平まで上げるようにするが, 後脚が水平まで上がるときには前脚が下がりはじめ, シーソーのようになってしまうというジャンプである. 後脚を上げようとするがあまり, 前脚が下がってしまっているため, 前脚を水平で保つことが必要であることが考えられた. そこでジャンプをする際に 前脚を上げた位置で保ち, その前脚に乗って行くようにして後脚を上げるようにする ことを指導した. その結果被験者より, 前脚が通ったところを後脚も通るようにする, 脚を一気に開くようにする という内省が得られるようになった. これらの練習を行った結果, 指導前よりも向上がみられたが, 大ジャ ンプの習得までには至らなかった ( 図 10). しかし, 指導前のジャンプ と比較した図 11 をみると, 後脚が水平位置まで上がるようになり,180 の開脚姿勢がみられるようになったことがわかる. 図 8 の実施の欠点の改善時に指導した 後脚の振り上げを行ったときに使った筋肉 ( 背筋と殿筋, ハムストリングス ) を使うようにする, 前脚を上げた位置を保ち, その前脚に乗って行くようにして後脚を上げるようにする ことを指導することで, 後脚を上げるための具体的な意識ができるようになり, 前脚を保つためにも意識ができるようになった. しかし, 大ジャンプに向上がみられても前脚が早く落ちてしまう状態であるため, 脚の振り上 げの習得が必要である. また, 印象に残る 180 の開脚姿勢をみせるた めには, 前脚をもう尐し長く維持して, 空間で長い時間 180 の開脚姿 勢をみせる必要がある. 20

図 10 指導後の大ジャンプ 21

図 11 指導前後の大ジャンプの比較 6. 考察静的柔軟性の獲得の練習では, 指導前の股関節の最大開脚よりもさらに開脚度を上げることを目的として行わせた. 被験者は, 指導前よりも股関節の開脚度が増した. また被験者は, 1 週間ほどで 15c m の段差開脚が楽に行えるようになったため, さらに 10cm ほど高さを加えた. 前後開脚をした際に骨盤が前傾していたため, 段差開脚を行う際の指導として 上体はなるべくゆかと垂直にすること, 台に脚を乗せている脚も乗せていない脚も膝は伸ばして遠くに引っ張るようにする ことを指 22

導した. しかし被験者は, 腰を反らせて上体を垂直にしようとしていたため, 腰部に負担がかかり腰痛が起きてしまったと考えられる. その後は, 腰を反らせて上体を垂直にするのではなく, 上体を引き上げて垂直にする ことを指導した. この指導によって, 腰痛を訴えることがなくなり, 以前よりも 段差開脚が尐し楽になった との内省が得られた. 本研究では, どちらかの脚を台にのせ段差開脚を行ったが, 前後に台を用意し両方の脚を台に乗せ段差開脚ができるようになれば, 大ジャンプが容易に跳べるようになるかもしれない. 動的可動域の練習では, 股関節の可動域を増大させることを目的として行わせ, 被験者は練習後に脚振りがスムーズにできるようになり, 脚の振り幅が増大した. 脚振りを行う際に, 脚に力が入ってしまっていたため, 股関節を抜くような感じで行う ことを意識させることが指導のポイントとなった. そのためには, 上半身は垂直に保つため緊張させるが下半身は力を抜いて行う ことを指導する必要がある. 脚の振り上げの習得練習では, ジャンプ時の脚の振り上げ方の類似運動を行ったが, 習得までには至らなかった. 被験者には脚を振り上げる際に力が入ってしまう欠点があり, 上げ始めは力を入れて振り上げ, それ以降は力を抜くようにする ことが指導のポイントとなった. また, 脚を 2 段階でぎこちなく上げる脚の振り上げを行った時には, 最高点 まで一気に脚を上げるようにする という指導により, 最高点までスムーズに脚を上げられるようになったことからこの指導が有効であることが考えられる. しかし, これらの指導を行い, 脚の振り上げはスムーズに上げられるようになったが, 脚を振り上げる速さはゆっくりであった. したがって, 脚を上げ始めるときには力を入れて振り上げること, と同時に素早く行えるようにすることが重要であると考えられる. 23

大ジャンプの指導では, 後脚が垂れさがったままのジャンプに対しては, 後脚の振り上げを行った時と同様の筋肉を使うように意識する という指導により, 被験者の内省の変化がみられた. 具体的に被験者から 後脚は背筋, ハムストリングスを使って上げるように意識している との内省報告があり, その後徐々に後脚が上がるようになったことから, この指導が有効であったことが考えられる. また, シーソーのように前後の脚が互い違いに上下してしまうジャンプは, 後脚を上げるためのジャンプ指導を行った後にみられたジャンプである. このジャンプに対しては, 前脚を上げた位置で保ち, その前脚に乗っていくようにして後脚を上げるようにする ことが指導のポイントとなった. これらの指導により, 指導前よりはジャンプ中の開脚度が向上したも のの, 動作としてみた場合には 180 の開脚姿勢がみえず, 習得までに は至らなかった. 大ジャンプを習得できなかった要因の 1 つには, 脚の振り上げが習得できなかったことが挙げられる. 脚の振り上げにおいては, 脚の振り上げを速くしつつ, スムーズに脚を振り上げられるようにすること. また, 印象に残る大ジャンプを実施するためには, 前脚をもう尐し長く維持し空間で長い時間 180 の開脚姿勢をみせる必要がある. そのためには, 脚の振り上げを行う際にも, 脚を最高点に振り上げたときに維持する筋肉の強化が必要であることが考えられる. また, 大ジャンプをした際に, 後脚が上がる前に前脚が下がってしまう, という課題が残ってしまった. これについては, ジャンプ中に 前脚をできるだけ長く水平またはそれ以上で維持する ことが今後の課題となり, その技術を習得するための練習が必要となる. 24

III. 前へ脚交差した前後開脚とび ( B 難度 ) のコーチング 1. 問題提起 前へ脚交差した前後開脚とび ( 以下, 交差ジャンプ ) は, 最初の振り上げ脚を 45 まで上げ, その後, 脚を交差して 180 の前後開脚 姿勢をすることが運動課題である ( 図 12). 交差ジャンプは大ジャンプ に比べ, ジャンプ中に脚を交差させてから 180 の前後開脚姿勢をとる と実施の難易度が高くなるため, B 難度に指定されている. 図 12 交差ジャンプの運動課題 交差ジャンプやその発展技は多くの選手が使用している. しかし, 大 学生の試合を観察したところ, 減点がなく, 交差ジャンプの技を行えて いる選手はごくわずかであるようにみられた. 本研究の被験者も, 交差 ジャンプに実施の欠点をもっており, 脚を交差した後に 180 の開脚姿 勢ができないため, 試合では減点されるか, 技の承認がされない場合が多かった. 今後, この実施の欠点を改善することが競技力向上につながると考えられる. また, 交差ジャンプの発展技は多いため, 交差ジャンプの習得は発展技を習得する際の一助になると考えた. 25

2. 目的 本研究は, 脚を素早く交差させること, 脚の交差後に 180 の開脚姿 勢をすることを目的とした練習方法を考案して被験者に指導することで, この技の指導方法を見出すことを目的とした. 3. 実践計画 1) 技術の指導実験では指導のための基礎資料として, 事前に筆者が交差ジャンプを実施する際に重要であると考えている技術をまとめた. また, 技術を習得するための練習方法を考案し, それを基に被験者に指導を行った. 筆者は各技術に対して, 被験者にどのような指導を行ったのか, その指導でどのように動きが改善されたのかをその都度記録し, 指導方法を探る資料とした. 2) 指導期間 平成 22 年 11 月 5 日から平成 23 年 9 月 4 日までの 10 ヶ月間,1 週間 3 日程度, 1 日約 15 分程度の指導を行った. 3) ビデオ撮影撮影は, デジタルビデオカメラ ( SANYO 社製,Xact i D M X- C G 11 ) を用いて, 被験者の矢状面に対して, 交差ジャンプ を実施する際に施行ごとに行った. 26

4. 技術の抽出と練習方法の考案指導をするにあたって, まずは交差ジャンプの 技術 を明確にする必要がある. 本研究では, 交差ジャンプの技術は, 交差ジャンプを習得している筆者が, 実施する際の こつ を基に抽出した. 具体的には, どの局面で, どのように身体を動かすように意識するのか を書き出し技術を探った. その結果, 180 の開脚姿勢を伴うジャンプであるため, この技を実 施する前提条件として 180 以上の静的柔軟性の獲得, 動作可動域の増 大が不可欠であると考えた. さらに, 技術としては 1 腕の振り上げ技術, 2 蹴り技術, 3 脚交差技術の 3 つを抽出した. 脚交差技術以外は大ジャンプでの練習方法と同様であるため, ここでは脚交差技術の練習方法のみ記入した ( それ以外の前提条件, 技術については大ジャンプの実践記録の技術の抽出と練習方法の考案を参照 ). その技術と技術を習得させるために行う練習方法は以下の通りである. 3 脚交差技術 脚交差技術は, ジャンプ中に脚を前後に交差し 180 の前後開脚姿勢 をとる技術である. その技術習得のための練習方法は, 空中で脚を前後に交差するという類似運動として, 立位姿勢になり, 片手で平均台 ( または肋木等 ) を支持し, 片方の脚を軸としてもう一方の脚を前後に振り上げる練習をする. ジャンプ中に脚を交差するときには, 両脚を素早く交差させることが求められるため, 立位姿勢で脚の振り上げを行うときにも軸脚の横を通過する瞬間には, できるだけ速く脚を振り上げるようにする. 脚を前に振り上げる際には腸腰筋に, 後に振り上げる際は背筋 大臀筋 ハムスト 27

リングスに力を入れて動かすことを指示した. 前後に脚を振る動作を 1 回と数え, 左右それぞれの脚で各 10 回の振り上げを行うようにする. また, 上体が前後に振られることがないようになるべく上体を垂直に保つようにして, 軸脚および振り脚の膝を曲げないようにさせる. 5. 実践記録事例の提示本研究の被験者は, 静的柔軟性の獲得, 動的可動域の増大, 脚交差技術に不足がみられると判断し, 前提条件の獲得および脚交差技術について指導を行った. そして, 被験者に指導を行った結果, 技術を習得し交差ジャンプを習得することができた. 交差ジャンプの技術を習得するための練習過程で, 被験者にどのような欠点がみられ, それを改善するためにどのような指導を行い, 指導前と指導後で実施がどのように変化したのか, また被験者の内省の変化を以下にまとめた. 本研究では, 新しい技を習得するわけではないため, 1 つの技術を習得してから次の技術指導を行うのではなく上記の前提条件と技術を同時に指導した. また, 脚交差技術以外の前提条件は大ジャンプの研究と重複していることから本研究では割愛した. ここでは, 脚交差技術と交差とびの変化についてまとめた. 図 13 は, 指導前の交差ジャンプである. 28

図 13 指導前の交差ジャンプ 脚交差技術について, 練習当初被験者は, 前後に脚を振り上げる動作に慣れずにいた. 前後に脚を振り上げる際に, 前に振り上げる際には腸腰筋に, 後に振り上げる際は背筋 大臀筋 ハムストリングスに力を入れて動かすことを意識させていた. しかし, 動作に変化があまりみられなかったことから, はじめに 軸脚の横を通過するときにできるだけ速く脚を振り上げる ことを指導した. 指導以前は, 均等の速さで前後に脚を振り上げていたが, 1 ヶ月ほど練習したところ, 軸脚の横を通過す るときには速く脚を振り上げるようになった ( 図 14). しかし, 脚を上 げきったときに脚に力を入れてしまい最高点達する前に止めてしまう傾 向がみられた. そこで, 脚の振り上げを行うときには, 軸脚の横を通過 29

するときに速く脚を振り上げるために力を入れるが, それ以降は脚の力を抜き, 勢いで脚を振り上げる ことを指導した. その結果, 脚の横を通過する時には速く脚を振り上げ, その後脚の力を抜くことで最高点に達したときに上げた脚がしなるようになった. また, 脚の振り幅が大きくなった. 図 14 脚交差技術の練習方法 30

被験者は, 前後の脚の振り上げが上手く出来ているときには, 空中で 180 の開脚姿勢がみられることが多く, 交差ジャンプができていた. しかし, 前後の脚の振り上げが遅いときや, 脚の振り上げる速さが均等 になっているときには開脚度が 180 以下であり, 交差ジャンプができ ていなかった. 指導を始めて 1 ヶ月から 9 ヶ月の間は交差ジャンプができたりできなかったりと, 安定しなかった. この期間に被験者には, 1 重心が低く, 脚の交差ができずにジャンプが終了してしまう ( 図 15), 2 脚を交差した後に前脚は水平まで上がるが, 後脚は水平位置まで上がらない ( 図 16), という 2 通りの失敗パターンがよくみられた. 図 15 交差ジャンプの失敗例 1 31

図 15 の重心が低く, 脚の交差ができずにジャンプが終了してしまう パターンでは, ジャンプの高さが足りないために脚を交差している時間 が十分になく, 脚を交差させてから 180 まで開くことが困難となって いる. そこで, ゆかを踏み切るときに ゆかを強く蹴り重心を高くする ことを指導した. 指導後, 数週間は指導をしても大きな変化はみられなかったが, 腰部, 腹部の位置を上げるようにする という指導も付け加えて指導を続けた結果, 1 ヶ月後に重心を高くしたジャンプがみられるようになった. 被験者の内省記録より, 重心を高くする指導をしてから本研究の指導が終わるまで, 重心を高くすることは常に意識をして行っていたことが分かった. ゆかをしっかり蹴るようにする, 胸で引き上げるようにする, 腰の位置を高くする など重心を上げるために自身が実施する際のポイントを具体的に報告するようになり, 指導によって実施が変化したことがわかる. 32

図 16 交差ジャンプの失敗例 2 次に図 16 の脚を交差した後に前脚は, 水平まで上がるが後脚が水平 位置まで上がらないというパターンにおいては, 後脚に意識させてジャンプをするように指導した. 被験者には, 脚を交差するときに 前後の脚の振り上げ練習を行ったときと同様の筋肉を使う, 脚を交差するときに後ろに振る脚を速くする ことを指導した. しかし, 脚を交差した後に, 脚を交差したときの勢いを止めるように力を入れてしまい,180 の開脚ができていなかった. この動きを改善させるため, 再度前後の脚の振り上げ練習を行い, 軸脚の横を通過するときには力を入れて速く脚を振り上げ, それ以降は力を抜いて勢いで脚を最高点まで上げる ことを指導した. また, ジャン 33

プを行うときにも, この前後の脚の振り上げと同様に 脚を交差すると きには力を入れて速く脚を交差して, それ以降は力を抜きその勢いで脚 を 180 に開脚する ことを指導し練習させた. その結果, 被験者は交 差ジャンプを習得することができた ( 図 17). 図 17 交差ジャンプの成功例 34

指導前後のジャンプを比較した図 18 をみると, 指導後は空中で 180 開脚しているが, 開脚したときに脚がしなっていることがわかる. 内省 報告より, 重心を高くし, 脚を交差するとき以外は脚の力を抜き, 脚を 交差するときは速く脚を交差してその勢いで脚を 180 に開脚する こ とが示されたことから, 力を抜くことを意識して行えるようになったこ とが確認できた. 図 18 指導前後の交差ジャンプの比較 35

6. 考察脚交差技術習得の練習では, 被験者が指導によって脚を交差する感覚やこつをつかむことができた. 被験者は, 前後の脚の振り上げを行うときに均等の速さで前後の脚の振りを行っていたが, 軸脚の横を通過するときにできるだけ速く脚を振り上げる という指導によって動作が変化した. しかし, 脚の振り上げ始めに速く脚を振り上げることができるようになったものの, 脚を上げきったときに脚に力を入れてしまい, 最高点に達する前に止めてしまう傾向がみられた. その後, 被験者には 軸脚の横を通過するときに速く脚を振り上げるために力を入れるが, それ以降は脚の力を抜き, 勢いで脚を振り上げる ことを指導した. その結果, 前後の脚の振り上げが軸脚の横を通過する時に速く脚を振り上げ, その後, 脚の力を抜くことで最高点まで達した時に, 上げた脚がしなるようになった. 同時に, 脚の振り幅が大きくなった. 脚交差技術について, 速く脚を振り上げさせること, さらに脚の上げ始めに力を入れ, それ以降は脚の力を抜き勢いで脚を振り上げることでその脚がしなり, これらの指導が重要であることがわかった. 交差ジャンプの指導では, 被験者に指導を始めて 1 ヶ月間から 9 ヶ月間の間に大きく 2 通りの失敗パターンがよくみられた. 1 つは重心が低く脚の交差ができずにジャンプが終了してしまうパターン, 2 つ目は脚を交差した後に後脚が水平まで上がらないパターンである. 重心が低く脚の交差ができずにジャンプが終了してしまうパターンについては, ゆかを強く蹴り重心を高くする ということが指導のポイントとなった. 重心を高くすることでジャンプの高さが上がり, 滞空時間を長くすることで脚を交差するのに有利になるため, 重心は高くしておくことが重要であると考えられる. また, 脚を交差した後に後脚が水平まで上がらな 36

いパターンの指導では, 脚を交差するときには力を入れて速く脚を交差 し, それ以降は力を抜きその勢いで脚を 180 に開脚する ことが指導 のポイントとなった. ジャンプ中に脚の交差が上手くできないという失敗は, 脚交差技術の練習が上手くいっていないときに多くみられた. ジャンプ時に脚交差技術同様の力を入れることや脚を交差するタイミングが重要であると考えられる. ジャンプ中に脚の交差ができていないときには, 脚交差技術の練習を再度行わせ, その時に使う筋肉や脚を振り上げるタイミングを再確認させる必要がある. さらに, ジャンプ中にどちらかの脚が上がらないときには, 上がらない方の脚を重点的に指導する必要がある. 被験者の場合, ジャンプ中に脚を前から後ろに振る脚が下がってしまうことから, 左脚の前後の脚の振り上げ練習をさせた. その時に, 前から後ろに脚を振り上げるときに, できるだけ速く脚を振り上げる ことを指導する必要があった. これらの指導により, 交差ジャンプを習得することができた. しかし, 毎回の試合で減点がなく, 確実に技の承認を得るためには, 滞空時間中 にできるだけ速く脚を交差させ 180 の開脚姿勢をできるだけ長くする ことが重要であると考えられる. そのため, 股関節の柔軟性を高めるこ と, さらに前後の脚の振り上げの振り幅をさらに増大させ, できるだけ 速く行うことが必要であると考えられる. 37

IV. 片足軸ターン ( B 難度 ) のコーチング 1. 問題提起 ゆかの種目において, B 難度に指定されている 片足軸ターン は, 浮脚が水平より下で自由であり, その形を変えずに 2 回転 ( 720 ) す ることが運動課題である ( 図 19). この片足軸ターンは,1 回転 ( 360 ) で A 難度, 2 回転 ( 720 ) で B 難度,3 回転 ( 1080 ) で C 難度,4 回転 ( 1440 ) で E 難度となる. この片足軸ターンは, ターンの基本となる技であるが, 回転数を増やすことにより高難度にもなるため多くの選手が演技に取り入れている. 図 19 片足軸ターンの運動課題 本研究の被験者も, 片足軸ターンを演技に使用している. しかし, ターンの軸がゆかと垂直ではなく, ターン最中にその軸が斜めになってしまう. また, 回転する勢いが上手くつけられていないため 1 回転半で踵が下りてしまうことが本研究の前に確認されていた. ゆかの種目において, ターンの承認は 360 で区切られており, 1 回転半 ( 540 ) は 1 回転とみなされ A 難度となってしまう. これまでの試合では, 片足軸ターンは A 難度という評価が多く, B 難度と承認されることは尐なかった. 今後, ターンの軸をゆかと垂直にすること, 回転する勢いをつけること 38

ができれば B 難度と承認され, さらに高難度のターンを実施することが 可能になると考えられる. そのため片足軸ターンを確実に行うことは重 要である. 2. 目的本研究は, ターンの軸を垂直にすること, 回転の勢いをつけ 2 回転することを目的とした練習方法を考案して被験者に指導することで, この技の指導方法を見出すことを目的とした. 3. 実践計画 1) 技術の指導実験では指導のための基礎資料として, 事前に筆者が片足軸ターンを実施する際に重要であると考えている技術をまとめた. また, 技術を習得するための練習方法を考案し, それを基に被験者に指導を行った. 筆者は各技術に対して, 被験者にどのような指導を行ったのか, その指導でどのように動きが改善されたのかをその都度記録し, 指導方法を探る資料とした. 2) 指導期間 平成 22 年 10 月 1 日から平成 23 年 9 月 4 日までの 11 ヶ月間,1 週間 3 日程度, 1 日約 15 分程度の指導を行った. 3) ビデオ撮影 撮影は, デジタルビデオカメラ ( SANYO 社製,Xact i D M X- C G 11 ) を用いて, 被験者の全額面に対して, 片足軸ターンを実施する際に施行 39

ごとに行った. 4. 技術の抽出と練習方法の考案指導をするにあたって, まずは片足軸ターンの 技術 を明確にする必要がある. 本研究での片足軸ターンの技術は, 片足軸ターンを習得している筆者が, 実施する際の こつ を基に抽出した. 具体的には, どの局面で, どのように身体を動かすように意識するのか を書き出し, 技術を探った. その結果, 技術としては,1 蹴りの技術, 2 垂直軸づくり技術,3ターン加速技術の 3 つを抽出した. それぞれの技術とそれらを習得させるために行う練習方法は以下の通りである. 1 蹴りの技術蹴りの技術は, 片足軸ターンを行う際の構えからターン時に保持する浮脚の形までもっていくために, ゆかを蹴る技術である. その技術習得のための練習方法は, 構えの姿勢からゆかを蹴り, 片足軸に安定した形で乗ることである. 構えの時点では両脚に体重がかかっているが, 適度にゆかを蹴ることで, 片脚に安定して体重を乗せられるようにすることが目的である. 最初は, 回転を加えずにつま先立ちで静止できるようにゆかを蹴る. その後, 感覚がつかめてきたら回転を加え同じように行う. 回転を加えた時は, 回転を加えないときとゆかを蹴る方向が異なるため感覚をつかむことが必要である. 2 垂直軸づくり技術 垂直軸づくり技術は, 構えた姿勢からゆかを蹴り, ゆかと垂直な軸を つくる技術である. たとえ, 蹴りの技術が良くなり, 回転する勢いがあ 40

ったとしても, 垂直軸でなければターンの軸が斜めになり倒れてしまう恐れがある. この技術が習得できないことには, 他の技術が良くても 2 回転できずに踵が落ちてしまう可能性が高いと考えられる. その技術習得のための練習方法は, 構えの姿勢から前膝を尐し曲げ, 腕を身体の横に開き, 膝を伸ばすと同時に一気に片足上に乗り, 回転を加えずにターンの姿勢になり保持することである. 構えの時に身体の横に開いた腕は, 片足上に乗る際に, ターン中にとる腕の形と同じ形にする. 回転を加えないターンの姿勢は, 回転を加えた際にも大きく影響を与える. 垂直軸姿勢を保持することができなければターン中に倒れてしまう可能性があるため, 回転を加えない姿勢のときから垂直軸を保持できるようにすることが目的となる. 3 ターン加速技術ターン加速技術は, ターンのスピードを加速させる技術である. 垂直軸がつくれるようになっても, ターンのスピードがゆっくりであれば 2 回転できずに踵が落ちてしまう可能性がある. そのため, 両腕をうまく操作し, ターンの勢いをつけることが重要である. その練習方法は, 構えた姿勢からターンに入る際に, 先行する腕を身体の横に大きく開いてから肘を曲げて胸の前に引き寄せ, 反対の腕も先行する腕についていくように肘を曲げて胸の前に引き寄せることである. 構えた姿勢からターンに入る際にすぐに肘を曲げて胸の前に腕を引き寄せてしまうよりも, 腕を大きく広げたところから身体に引き寄せることでターンに勢いがつき, 回転速度を高めることができると考えられる. そのため, ここでは腕をできるだけ身体から遠いところから小さくたたむように操作することを目的とする. 41

5. 実践記録事例の提示本研究の被験者は垂直軸づくり技術, ターン加速技術に不足がみられると判断されたため, 2 つの技術指導を行った. 被験者に指導を行った結果, 各技術を習得し, 片足軸ターンを習得することができた. 片足軸ターンの各技術を習得するための練習過程で, 被験者にどのような欠点がみられ, それを改善するためにどのような指導を行い, 指導前と指導後で実施がどのように変化したのか, また被験者の内省の変化を以下にまとめた. なお本研究では, 新しい技を習得するわけではないため, 1 つの技術を習得してから次の技術指導を行うのではなく上記の技術を同時に指導した. 図 20 は, 指導前の片足軸ターンである. 図 20 指導前の片足軸ターン 42

本研究の被験者は, ターン時に垂直軸づくり技術について特に意識をしておらず, ターンの回転数を多くするためには, 勢いをつけて回ればよいと考えていた. 本研究の練習当初, 被験者は, ターンをする際に構えた姿勢から腕を開くときに, すでに肩のライン ( 両肩を結んだ線 ) が斜めになっており, ターンの軸に影響を与えていた. 肩のラインが斜めになることで, 体が傾いて, 垂直軸をつくることができていなかった. 垂直軸をつくるために 腕を横に開いたときに肩 腕が水平であること, 片足上になるときは軸がゆかと垂直になることを意識する ことを指導した. また, 自身の身体を意識するために, 鏡を利用し欠点を自覚させるようにした. ここでは, 腕を横に開く際に肩, 腕が水平であるかを鏡で確認させた ( 図 21). 図 21 垂直軸づくり技術の練習方法 これらの指導を行った結果, 被験者の内省報告より, 構えるときに上体をまっすぐにする という意識や, 軸に乗れた感じがした また 重心が前に乗っている という感覚がつかめたことが確認できた. このことより, 被験者自身で垂直軸になることを意識し始めてきたことがわかる. しかし, 垂直軸づくり技術の練習には改善がみられたものの, 片足軸ターンの練習になると先行する方の肩が上がり, 肩が水平な状態を保つことができていなかった. 43

ターン加速技術については, 被験者は腕をできるだけ早く動かすように意識していた. 具体的には, 構えた姿勢からターンに入る際にすぐに腕を胸の前に引き寄せてしまっていた. そこで, ターンの姿勢ができる瞬間まで腕は胸に引き寄せないようにする ことを指導した. このような指導を行った結果, 尐しではあるが腕を身体の横まで開いてから引き寄せる動作に変化した. しかし, これまでとは腕を身体に引き寄せるタイミングが違うため, はじめはターンが安定せずに倒れてしまう失敗が多かった ( 図 22). 図 22 片足軸ターンに多くみられた失敗例 44

この時期のターンは, 垂直軸づくり技術に必要な肩 腕を水平にすることができていなかった. また, ターン加速技術を行う際に必要な腕を身体の横まで開いてから引き寄せることができておらず, 軸脚の小指側に体重がかかり, 軸が倒れてしまうことが多かった. そのため, 垂直軸づくり技術の練習では, 肩に力を入れないで水平にすること を指導した. また, ターン加速技術では 腕を開いたときには肘を伸ばしておく, 腕が身体の横まで行ってから肘を曲げ始め身体に引き寄せる ことを指導し, それらの動作に気を付けてゆっくり行うようにさせた. 図 23 ターン加速技術に安定がみられてきた片足軸ターン 45

その後, 以前よりも腕を横に開いたときに肘を曲げなくなり, その頃 からターン加速技術を習得した ( 図 23). この時期被験者は ターンの 軸 ( 重心 ) に気を付ける ことや 腕を引き寄せるタイミングを急がない という内省報告をした. しかし, 垂直軸づくり技術が習得されていないため, 2 回転はできていなかった. 構えた姿勢から腕を広げる時に先行する腕が一度下がり, 水平ラインまで上がるが同時に肩も上がってしまい, 垂直軸になることができていない. 垂直軸を作るためには腕も重要であるが, 肩のラインが水平であることがさらに重要であると考え, 肩のラインを水平に保ち, 最初から最後まで変えないこと を指導し, 鏡で確認させた. 指導後, しばらくの間は大きな変化はみられなかったが, 常に腕は水平にすること, 肩のラインを水平に保ち構えからターンに入るまで変えないことを指導し続けた. その結果, 1 ヶ月後には注意を促せば垂直軸が保持できるようになってきた. 2 ヶ月ほど練習を続け, 肩のラインを水平に保ち, 最初から最後まで変えないようにできるようになった. そして, 垂直軸づくり技術が習得され, 片足軸ターンを習得した ( 図 24). 46

図 24 垂直軸づくり技術を習得した片足軸ターン 47

この時期の被験者の内省記録には 腕の開き, 腕の最初の位置, 腕の高さ, 腕を水平に保つ, 構えた姿勢の肩はまっすぐにする, 腕の動かし方, ターン時の目線, 軸の意識 と腕についての意識に対する報告が多くされた. 腕を意識することで肩のラインも水平になるようになり, 垂直軸づくり技術の安定がみられたことから, 被験者の意識が片足軸ターンの成功につながっていると考えられる. 被験者は, 実験を始めてから 9 ヶ月で垂直軸づくり技術を習得し, 片足軸ターンに安定がみられた. また, ターン加速技術については, 指導後に, 構えの姿勢からターンに入るまでの腕の操作が, 大きく広げてか ら腕を身体に引き寄せるように動作が変化した. 図 25 の指導前後の構 えの姿勢からターンに入るまでの動作を比較すると変化がみられることがわかる. 垂直軸づくり技術の練習で肩が上がることが改善され, ターン加速技術の練習で腕を大きく開いてからターンに入れるようになり, これら 2 つの技術を習得したことで, 片足軸ターンを習得することができた ( 図 26). 図 25 指導前後の腕 肩の変化 48

図 26 片足軸ターンの成功例 49

6. 考察垂直軸づくり技術習得の練習では, 被験者は指導を始めてから 9 ヶ月で技術習得することができた. 被験者は, 構えた姿勢から腕を開きターンの姿勢になるまでに右肩と腕が上がってしまい, 軸が斜めに倒れてしまっていた. 肩や腕の高さが安定しない被験者に対しては 肩のラインを水平に保ち, 最初から最後まで変えないこと が指導のポイントとなった. そのためには, 片足上になるときに軸がゆかと垂直になる ことや, 肩のラインを水平に保つために肩に力を入れないようにする ことの指導が重要であると考えられる. 被験者に自身の動きを鏡で確認させて行わせることで, 自身の実施の欠点を把握することができ, 徐々に改善がみられたと考えられる. ターン加速技術習得の練習では, 腕の操作でターンの回転速度を上げることを目的とした. 被験者は構えからすぐに腕を胸の前に引き寄せていたが, 指導により腕を大きく開きその後胸の前に引き寄せることができるようになり, ターン加速技術を習得することができた. ターンに入る際に, 構えからすぐに腕を身体に引き寄せてしまう被験者に対しては, 腕を開いたときには肘を伸ばしておく ことと, 腕が身体の横まで行ってから肘を曲げ始めて, 身体に引き寄せる ことが指導のポイントとなった. このときには, 構えた姿勢から腕を横まで開く ことが前提であり, その動作を習得させることが必要である. 指導前まで被験者は, 構えからすぐに腕を胸の前に引き寄せてしまっていたため, なかなか動作が改善されなかったが, 鏡で自分の動きを確認させることで徐々に改善がみられた. ターン加速技術は垂直軸づくり技術よりも早く安定がみられたことから, ターン加速技術のほうが容易に習得できることが推察された. 言い換えれば, 垂直軸づくり技術は, 習得に時間がかかるため 50

ターン加速技術の練習よりも多くの時間を練習に当てる必要があると考えられる. また, 練習時間をもう尐し多く当てることや, 被験者がもっと早い時期に多くの意識ができるようになっていれば 9 ヶ月間かからずに片足軸ターンを習得することができていたのかもしれない. 51

V. 90 アラベスクターン ( B 難度 ) のコーチング 1. 問題提起 90 アラベスクターン ( 以下, アラベスクターン ) は, 浮脚は身体の前に 90 上げ, その形で 1 回転 (360 ) することが運動課題である ( 図 27). 浮脚が 90 と指示されている片足上ターンであるため, ターンの間その姿勢を保たなければならない. 片足軸ターンと比較すると, 浮脚が指定されていることから難易度が上がるため 1 回転で B 難度に指定されている. 図 27 アラベスクターンの運動課題 アラベスクターンは, 踵が上がったところから回転角度の数え始めではなく, 浮脚が 90 に上がった位置からターンの回転角度が数え始められ, 踵または浮脚が落ちた時点で回転終了となる ( 採点規則 ). 回転が始まった位置から一回転するまで踵と浮脚を下してはならないことから, ターンの軸がゆかと垂直であることはもちろん, 回転するスピードや浮脚を保持するための筋力が必要であると考えられる. 本研究の被験者は, 浮脚が 90 姿勢で保てないこと, 1 回転する前に踵が落ちるという実施の欠点をもっており, 試合ではアラベスクターンと承認されていなかった. 今後, この実施の欠点を改善することが競技力向上につながると考えられる. 52

2. 目的本研究は, 安定した軸上に乗り浮脚を 90 に保ち, 回転の勢いをつける練習方法を考案して被験者に指導することで, この技の指導方法を見出すことを目的とした. 3. 実践計画 1) 技術の指導実験では指導のための基礎資料として, 事前に筆者がアラベスクターンを実施する際に重要であると考えている技術をまとめた. また, 技術を習得するための練習方法を考案し, それを基に被験者に指導を行った. 筆者は各技術に対して, 被験者にどのような指導を行ったのか, その指導でどのように動きが改善されたのかをその都度記録し, 指導方法を探る資料とした. 2) 指導期間 平成 23 年 1 月 9 日から平成 23 年 9 月 4 日までの 8 ヶ月間, 1 週間 3 日程度, 1 日約 15 分程度の指導を行った. 3) ビデオ撮影撮影は, デジタルビデオカメラ ( SANYO 社製,Xact i D M X- C G 11 ) を用いて, 被験者の全額面に対して, アラベスクターンを実施する際に施行ごとに行った. 53

4. 技術の抽出と練習方法の考案指導をするにあたって, まずはアラベスクターンの 技術 を明確にする必要がある. 今回アラベスクターンの技術は, アラベスクターンを習得している筆者が, 実施する際の こつ を基に抽出した. どの局面で, どのように身体を動かすように意識するのか を書き出し, 技術を探った. その結果, 技術としては 1 蹴りの技術, 2 姿勢保持技術,3 腕操作技術の 3 つを抽出した. 蹴りの技術は, 片足軸ターンの練習方法と同様であるため, ここでは姿勢保持技術, 腕操作技術の練習方法を記入した ( 蹴りの技術については片足軸ターンの実践記録の技術の抽出と練習方法の考案を参照 ). それぞれの技術とそれらを習得させるために行う練習方法は以下の通りである. 2 姿勢保持技術姿勢保持技術は, ターン中に決められた姿勢を保持する技術である. ここでは, 浮脚が 90 と指示されている片足上ターンであるため, ターンの間, 常にその姿勢を保たなければならない. 浮脚が保てない状態で回転した場合, 難度なし, もしくは片足軸ターンと判断される可能性がある. 対象とするアラベスクターンは, 浮脚が 90, またはそれ以上の高さで維持された状態で回転しなければならない. さらに, 指定された形で保持するということは, 常に安定された軸上に乗ることが必要であると考えられる. その技術習得のための練習方法は, 構えた姿勢から前膝を尐し曲げ, 両腕を身体の横に開き, 膝を伸ばすと同時に一気に片足上に乗り回転を加えずにターンの姿勢で保持することである. 構えの時に身体の横に開 54

いた腕は, 片足上に乗るときにターン中にとる腕の形と同じ形にさせる. 姿勢の保持は, ターンを実施した際にも大きく影響を与える. 安定した軸上で指定された姿勢を保持できなければ, ターンを実施した際にも姿勢が崩れてしまったり, 浮脚や踵が下がってしまったりする可能性がある. そのため, 安定した軸上に乗り浮脚を 90 に上げた姿勢で保持できるようにさせることが目的となる. 3 腕操作技術腕操作技術は, ターン時に回転の勢いを上手くつける技術である. 安定した軸上で指定された姿勢の保持ができるようになっても, ターンに勢いがなければターンが終了する前に踵が落ちてしまう可能性がある. そのため, 腕をうまく操作し, ターンに勢いをつけさせることが重要である. その練習方法は, 構えた姿勢からターンに入る際に, 先行する腕を身体の横に大きく開いてから両腕を頭上に上げることである. 構えた姿勢からターンに入る際にすぐに頭上に腕を上げてしまうよりも, 腕を大きく広げたところから頭上に腕を上げるようにすることでターンに勢いがつくと考えられる. ここでは, 大きく腕を広げたところから頭上にスムーズに腕を上げられるようにすることが目的である. 55

5. 結果の考察事例の提示本研究の被験者は姿勢保持, 腕操作技術に不足がみられると判断し, 2 つの技術指導を行った. 被験者に指導を行った結果, 腕操作技術は習得することができたが, 姿勢保持を習得することができなかった. そのためアラベスクターンの習得までは至らなかった. しかし, 指導前と比較するとアラベスクターンの指定されている姿勢に近い姿勢でターンを行えるようになった. アラベスクターンの各技術を習得するための練習過程で, 被験者にどのような欠点がみられ, それを改善するためにどのような指導を行い, 指導前と指導後で実施がどのように変化したのか, また被験者の内省の変化を以下にまとめた. 本研究では, 新しい技を習得するわけではないため, 1 つの技術を習得してから次の技術指導を行うのではなく上記の技術を同時に指導した. 図 28 は, 指導前のアラベスクターンである. 56

図 28 指導前のアラベスクターン 57

姿勢保持について, 被験者は特に意識をせずにターンを実施していた. これまでの練習では, 全習の前に数回ターンの練習を実施していたが, ターンを実施する前に, まず姿勢保持を習得するための練習を行った. また, 練習当初被験者は, 軸足の小指側に重心が乗っていたため, 重心を足の真ん中にして, 安定した軸上に乗りアラベスクターンの姿勢を保 持できるように行わせた. 片足上に乗った時に, 浮脚を 90 以上に上 げるようにし, その姿勢を保持する, 軸脚の足先から手先までを一本にするように意識し, 上下に引っ張るようにして軸を作る ことを指導した. また, 片足軸ターン同様, ターンをする際に肩が上がってしまうため, 姿勢保持の練習をする際にも, 構えた姿勢から腕を広げる時に 腕 肩は水平にしておく ( 右肩を上げないようにする ) ことを指導した. ここでは, 自身の身体を意識するために, 鏡を利用して自身の実施の欠点を自覚させるようにした. さらに, 腕を身体の横に開く際に肩 腕が水平であるかを鏡で確認させた. これらの指導を行った結果, 浮脚を 90 以上に上げて片足上に乗れるようになり, 腕 肩は水平にしておくことは意識できるようになった. また, 被験者より, 片足上に乗った時に軸脚の足先から手先までを一本にする意識をした という内省報告が得られた. しかし, 練習を観察している限り, 浮脚を 90 の姿勢で保持することはできていなかった ( 図 29). 58

図 29 姿勢保持技術の練習方法 腕操作技術についても, 被験者は特に意識せずに行っていた. 被験者は, 一度腕を身体の横に開くものの, そこを通過し身体の後ろまで腕を引いてしまっていた. その後, 腕が跳ね返るように戻り, 腕が頭上ではなく斜め前に上がってしまい, 肩が く の字になりターンに勢いがついていないことが確認された. そのため, 構えから腕を上にする際に, 先行する腕は横に開き, 横から上へと上げるようにし, 浮脚が指定された位置まで上がったときに後からくる腕も上に上げるようにする ことを指導した. このような指導を行った結果, 腕操作技術に向上がみられた. 被験者は, 腕は身体の横から頭上に上げるようにした と内省報告をしており, 指導によって変化したものと判断できる. 回転がかかっても, 先行する腕は肘を曲げずに身体の横に開き, 浮脚を上げたときには後からくる腕も上に上げることができるようになった. しかし練習中に, 被験者には, 1 腰が引けてしまう ( 図 30), 2 浮脚が下がり重心が前にかかり倒れて しまう ( 図 31) という 2 通りの失敗パターンがよくみられた. 59

図 30 アラベスクターンの失敗例 1 60

図 31 アラベスクターンの失敗例 2 61

図 30 の腰が引けてしまう失敗パターンは, 腰を引くことによりバラ ンスをとろうとしているため, かえって軸脚の膝が曲がりターンの軸が上手くつくれていない. この動作を改善するために, ターン最中にも 軸脚の足先から手先までを一本の軸にする意識をもつ ことを再度指導した. 次に, 図 31 の浮脚が下がって重心が前にかかり倒れてしまう失敗パ ターンは, 浮脚が 90 以下になるため, 浮脚の方に体重がかかり, 前に倒れてしまっていた. この動作を改善するために, 再度姿勢保持習得の練習を行った. 姿勢保持をする時に浮脚を 90 まで上げその姿勢を保持することに加え, 体幹をしめて ( 腹筋と背筋に力を入れて ) 姿勢保持をする ことを指導した. さらに, ターンを実施する際には 自分が思っているよりも脚は高く上げる意識で行う ことを指導した. これらの指導を行った結果, 姿勢保持の練習では, 脚を 90 まで上げた姿勢で保持することはなかったが, ターン中に軸脚の足先から手先ま でを垂直にできるようになってきた ( 図 32). しかし, この時期に被験 者より ターンのタイミングがわからなくなった と報告を受けたため, 構えてから指定された姿勢になるまでと, ターンの回転時のタイミング をビデオで確認させて練習を行わせた. 62

図 32 向上がみられたアラベスクターン 63

上記の指導を 7 ヶ月ほど続けた結果, ターンが安定した軸上でできるようになった. また, 構えからターンに入る際に先行する肩が上がらなくなり, ターン時の姿勢に改善がみられた. この時期に被験者は, 脚を高くする意識をした との内省報告をしており, 以前よりも多く回転できるようになったものの, 浮脚を 90 に上げた姿勢で回転することはできなかった ( 図 33). 指導前と比較すると, 脚の位置は 90 に近いところで保持し回転できるようになったが, 肩が く の字になってしまったり, 腰が引けてしまったりすることは完全には改善されなかった. さらに片足軸ターンと比較してアラベスクターンに関する内省報告が尐なかった. それ以降も, 姿勢保持の習得の指導を行ったが向上がみられず, アラベスクターンの向上はみられなかった. その結果, アラベスクターンは習得に至らなかった. 64

図 33 指導後のアラベスクターン 65

6. 考察姿勢保持の練習では, 浮脚が 90, もしくは 90 以上で保持する ことと 安定された軸上に乗る ことを目的とした. しかし, 被験者には, これらの向上がみられたものの習得までには至らなかった. 片足上 に乗った時に, 浮脚を 90 以上に上げるようにし, その姿勢で保持す る, 軸脚の足先から手先までを一本にするように意識し, 上下に引っ張るようにして軸を作る ことを指導した. さらに, 安定した軸上に乗るために片足軸ターン同様, 肩が上がってしまうという実施の欠点があるため, 構えた姿勢から腕を広げるときに 腕 肩は水平にしておく ( 右肩を上げないようにする ) ことを指導した. これらの指導により指導前より浮脚を高く上げるようにはなったが, 90 には満たなかった. 被験者は, 浮脚を 90, もしくはそれ以上の高さ保持することができていないため, 今後は, 安定した軸上で 90, もしくは 90 以上に浮脚を上げた姿勢で 30 秒ほど保持できるようにさせる指導が必要である. 腕操作技術習得の練習では, 被験者に指導することで腕を身体の横に開いてから頭上に持っていくようになり, 多尐の向上がみられた. 構えた姿勢から腕を上へ上げるときには, 先行する腕は身体の横に開き, 横から上に上げるようにし, 浮脚が指定された位置まで上がったときには後からくる腕も上に上げるようにする という指導によって動作が変化したことから, この指導が有効であることが考えられる. しかし, この指導により腕を上げるまでの動作には改善がみられたが, 腕を上げた際には肩が前に出てしまい, 体が く の字になることは改善されなかった. 今後, 被験者のように肩が前に出て く の字になってしまう選手に対しては, 姿勢保持の練習と同時に腕を頭上に上げ, 姿勢を保持させることが必要であると考えられる. また, 腰が引けてしまう場合にはア 66

ラベスクの姿勢で, 片手で壁を支持し, 軸脚の足先から手先までを一本 の軸にするように, 鏡で確認させながら意識させて, その位置で保持す るために必要な筋肉を覚えさせることが必要であると考えられる. 67

VI. 総括論議 1. 各技術の概要本研究は, 体操競技におけるダンス系の技のコーチング事例として, 技術習得のための練習方法を考案して被験者に指導することで各技の指導方法を見出すことを目的として行ってきた. その結果, 実際に筆者が考案した技術, 練習方法を指導することで 交差ジャンプ, 片足軸ターン を習得することができた. また, 大ジャンプ, アラベスクターン は習得まで至らなかったものの, 各技術での指導により向上がみられた. これらの指導により, 交差ジャンプ, 片足軸ターン の効果的な指導ポイントを見出すことができた. また, 大ジャンプ, アラベスクターン に向上がみられたことより, 競技力向上に寄与する指導ポイントを見出すことができた. 実際に指導を行い変化がみられた各技を練習する上で重要となる指導ポイント, 効果的な指導を以下にまとめた. 1) 片足踏み切り 前後開脚とび静的柔軟性の獲得この静的柔軟性を習得するための練習は, 15~ 25c m ほどの台に脚を乗せ, 段差開脚を行うことであった. 段差開脚を実施する際にはなるべく上体はゆかと垂直になるようにさせた. 段差開脚を行う際に前後開脚で骨盤が前傾してしまう被験者に対しての指導ポイントは, 腰を反らせて上体を垂直にするのではなく, 上体を引き上げて上体を垂直にする ことであった. 68

動的可動域の増大この動的可動域を増大させるための練習方法は, 立位姿勢になり片手で壁を支持し脚を前方 後方に振ることであった. その際の指導ポイントは, 脚を抜くような感じで行う ことであった. 脚の振り上げ技術この技術を習得するための練習方法は, ジャンプ時の空中動作の類似運動として, 立位姿勢になり, 片手で壁を支持し, 片方の脚を軸脚としてもう一方の脚をゆかから前方と後方にそれぞれ脚を振り上げることであった. その際の指導ポイントとしては, 上げ始めは力を入れて振り上げ, それ以降は力を抜くようにする ことであった. また, 脚を 2 段階で頂点まで上げてしまう場合の指導ポイントは, 最高点まで一気に上げるようにする ことであった. 2) 前へ交差した前後開脚とび脚交差技術この技術を習得するための練習方法は, ジャンプ時の空中動作の類似運動として, 立位姿勢になり, 片手で壁を支持して片方の脚を軸脚としてもう一方の脚で前後に脚を振り上げることであった. その際の指導ポイントは, 軸脚の横を通過するときにできるだけ速く脚を振り上げる ことであった. 3) 片脚軸ターン ( B 難度 ) 垂直軸づくり技術 この技術を習得するための練習方法は, 構えた姿勢から前膝を尐し曲 69

げ, 腕を身体の横に開き膝を伸ばすと同時に一気に片足上に乗り, 回転を加えずにターンの姿勢で保持することであった. その際の指導ポイントは, 肩のラインを水平に保ち, 最初から最後まで変えないこと であった. ターン加速技術この技術を習得するための練習方法は, ターンに入る際に先行する腕を身体の横に大きく開いてから肘を曲げて胸の前に引き寄せ, 後の腕も先行する腕についていくように肘を曲げて, 胸の前に引き寄せることであった. その際の指導ポイントは, 腕をすぐに身体に引き寄せてしまう被験者に対して 腕を開いたときには肘を伸ばしておく ことと 腕が身体の横まで行ってから肘を曲げ始め身体に引き寄せ始める ことであった. 4) 90 アラベスクターン ( B 難度 ) 姿勢保持技術この技術を習得するための練習方法は, 構えた姿勢から前膝を尐し曲げ, 腕を身体の横に開き, 膝を伸ばすと同時に一気に片足上に乗り, 回転を加えずにターンの姿勢で保持することであった. その際の指導ポイントは, 浮脚を 90 以上に上げるようにし, その姿勢で保持する, 軸脚の足先から手先までを一本の軸にするように意識し, 上下に引っ張る意識をして軸を作る ことであった. 70

腕操作技術この技術を習得するための練習方法は, ターンに入る際に先行する腕を身体の横に大きく開いてから腕を頭上に上げることであった. その際の指導ポイントは, 先行する腕は身体の横に開き, 横から上に上げるようにし, 浮脚が指定された位置まで上がったときには後からくる腕も上にあげるようにする ことであった. 2. 総合考察本研究では, 体操競技におけるダンス系の技に関して, 技術習得のための練習方法を考案して被験者に指導することによって各技の指導ポイントを見出すことを目的とした. そのために, 体操競技において重要である技の運動課題を明らかにし, その運動課題を達成するための技術がどのようなものであるか, またその技術をどのようにすれば習得することができるのかという練習方法を考案し, 被験者に指導を行った. 女子の体操競技は, 4 種目で構成されており, 種目ごとに多くの技が存在する. 試合では, これらの 4 種目で規定されている数の技をそれぞれ習得して実施しなければならない. 高い競技パフォーマンスを発揮するためには, より難易度が高い技をより美しく雄大に演技することが求められる. そのため, 選手は日常的な練習から技を習熟させ, さらにより難易度が高い技を習得しなければならず, 同じ時期に多くの技の練習を行うことが一般的である. 本研究では, 同じ時期に 4 つの技について技術習得の練習を行った. その結果, 同時期にいくつかの技を指導することで, 1 つの技の技術指導が他の技の実施に影響を与え, 技術に向上がみられた. 具体例を挙げると, まず 大ジャンプ の脚の振り上げの技術指導により, 脚に力を入れてしまい最高点まで達する前に脚を止め 71

てしまう動作の欠点に改善がみられた. また同時期に 交差ジャンプ の脚交差技術の脚の振り上げの際に脚に力が入ってしまい, 最高点に達する前に脚を止めてしまう動作の欠点に改善がみられた. これらの技術指導では, 脚の振り上げの際に力を抜く ことが共通していた. このことから, 力を抜いた脚の振り上げ方を習得した結果, 大ジャンプ と 交差ジャンプ の両方の技術向上がみられたことが考えられる. したがって, 複数の技を習得しなければならない競技現場では, なるべく共通した技術をもつ技を選択して練習することによって, 練習効果が高まることが示唆された. 一方で, 技の組み合わせによっては同時期に練習をすることが好ましくないパターンも存在することが考えられる. 具体例を挙げると, 本研究では 片足軸ターン と アラベスクターン の指導をほぼ同時期に指導していたが, 片足軸ターン は, ターン加速技術の習得に 7 ヶ月間, 垂直軸づくり技術の習得には 9 ヶ月間の期間を要して 習得に至った. 一方, アラベスクターン は 9 ヶ月間ほどで姿勢保持 と腕操作技術に向上がみられたものの, それ以降の技術向上がみられず, 結果的に技の習得には至らなかった. これら 2 つのターンは同じ時期に指導を始めたが, アラベスクターン の習得ができなかった一因には, 技を習得する順序に問題があったことが予想される. 片足軸ターン は難度が低く, 発展技があることから, いくつかのターンの基本となる技である. 一方で アラベスクターン は, 片足軸ターン と比べると, 浮脚を 90 に上げるため難しくなる. 片足軸ターン を習得していな い被験者に, より難しい アラベスクターン を習得させようとしていたことが問題である. そのため, 片足軸ターン の垂直軸づくり技術やターン加速技術を習得した後に, アラベスクターン の技術指導を行うことで, アラベスクターン の姿勢保持の実施時に安定した軸上に乗る 72

ことが容易にできたり, 腕操作技術を早い段階で習得することができたりと, 技術習得 向上が早くできる可能性があると考えられる. また, 習得することのできなかった技術や習得が困難と思われた技術については, 技術の明確化が正しく行われていたのか, その技術を容易に習得するために, 練習をもっと細かく分ける必要があったのではないか, という問題も挙げられる. 本研究の,1 つの技術として扱ったもののなかに, 2 つの技術に分けられる技があった可能性もあり, その場合, 1 つ 1 つの技術に対する練習方法をそれぞれ考案することが必要であったことも考えられる. 体操競技において, ある技の実施の欠点を尐なくすることは, 技の正確な実施を可能にすることであり, 試合の成績にも影響を与える. 選手は自分自身の実施の欠点を修正するために練習しており, その方法としてビデオカメラや鏡を使用することが多い. 本研究では, ターンの技術習得のための練習において, 被験者の実施の欠点を修正するために鏡を使用した. 鏡で実施の欠点を確認させ, 練習させることで, 被験者の内省に変化がみられるようになった. 具体的には, 片足軸ターン の垂直軸づくり技術の習得練習において, 指導する側が指摘する 肩が上がってしまう という実施の欠点を, 被験者自身も把握できるようになり, 腕の高さ, 腕を水平に保つ といった内省の記録をするようになった. このことより, 鏡を使用して実施の欠点を自覚させることは重要であったといえる. 一方で, 鏡で実施の欠点を確認してから修正することは, 鏡を使用せずに実施する際に, 欠点の修正を身体で覚えられていない恐れもある. 具体的には, 片足軸ターン の垂直軸づくり技術の技術習得の練習において, 被験者は肩が上がってしまうため, 構えの姿勢から腕を広げて片足上に乗るまで, 肩 腕は水平にすることを指導した. 73

この練習を鏡で確認させながら行わせた結果, 被験者は, 鏡で身体を確認することで肩が上がるという実施の欠点を修正していた. そのため, 鏡で身体を確認しないときには肩が上るという実施の欠点を修正することができず, 片足上に乗った時に軸が斜めになり倒れてしまった. このように, 鏡を使用する練習方法には課題があることがわかった. そのため, 鏡で身体を確認しなくても実施の欠点を意識して修正できるように, 常に鏡で自身の欠点を確認させるのではなく, 鏡で身体を確認させなくても同じようにできるように体で覚えさせることが必要であると考えられる. 本研究では, 被験者に練習の内省を記録させた. 習得することができた 交差ジャンプ, 片足軸ターン は 大ジャンプ, アラベスクターン よりも多くの内省記録がされていることが示された. 習得することができた技について多くの内省記録がされていることから, 被験者は練習時に指導のあった内容に関する意識を行う機会が多かったと考えられる. そのため, 自身の欠点を被験者に自覚させることや, 技術を意識させることが重要であると推察される. また指導者は, 実施の欠点を指導するだけではなく, 選手に なぜできなかったのか という問いかけを行い, 選手自身が考える機会を与えることが重要である. そうすることで, 実施の欠点を自覚させるとともに, 技術を意識させることにつながると考えられる. また, 介入を始めてからほぼ同じくらいの言葉による指導, ビデオカメラによるフィードバックを行っていたが 4 ヶ月目はあまり内省の報告はなかった. しかし, 9 ヶ月目には多くの内省を記録するようになった. 指導をしてから本人が意識するまでには時間がかかり, 指導者と被験者との間には意識させたい事と意識するまでのずれがあることがわかった. このことより, 被験者の欠点を修正するための注 74

意やアドバイスをどれだけ早く被験者自身が意識できるようになるかが技の習得期間に関わってくると考えられる. 言いかえれば, どのようにして被験者に意識させるかが指導者は重要である. また,1 ヶ月毎に体操競技の審判資格保有者に技の評価を行ってもらうことや技を達成するための技術をすべて項目化し, 毎回の実施時に評価することが重要であると考えられる. そうすることで, 選手は現在の技がどの程度達成されているのかということがわかり, 改善しなくてはならない技術がわかり, その技術を徹底して練習することができ技の習得が早くできるのではないかと考えられる. さらに, 本研究では, 被験者が 1 名であることから, 各技について多くの指導例を提示することはできなかった. 今後被験者を増やすことや, 指導方法が違う指導者が事例を示すことが, 競技現場にとって重要な資料となる. そのため, 本研究で示したような体操競技のコーチング事例を積み重ねることが, 体操競技の競技力向上に貢献できると考えられる. 75

参考文献 泉野恥夫, 斎藤雅史, 土屋純 ( 2010): あん馬における 一腕上上向 き全転向 ( ショーン ) のコーチング スポーツパフォーマンス研究 2, 23-41 金子明友 朝岡正雄編 (1990): 運動学講義, 技術の運動学的認識. 初版, 大修館書店, 東京, pp.67-75 窪田登 ( 1988): スポーツストレッチング, スポーツ選手に必要な柔軟性とは, 池田書店, p254 三幣晴三 ( 1990): 技 を磨く. サイアス, 5: 72-74 長澤靖夫 ( 1990): 達成力としての運動技能の構造, 運動学講義, 金子明友 朝岡正雄編著, 初版, 大修館書店, 東京 pp. 43-52 日本生理人類学会計測研究部会 ( 1 996): 人間科学計測ハンドブック, p26. 丹羽涼子, 小西裕之, 清水紀人, 大島義晴, 畑山裕子 ( 2005): 脚開角度と柔軟性との関係 片足踏み切り前後開脚ジャンプの場合 仙台大学紀要, 36( 2), 32-39, 2005-03 斎藤卓, 西岡康正, 北川淳一 ( 2009): 平行棒における 棒下宙返り 3/ 4 ひねり倒立 の研究 ひねり感覚の混乱 への対処と ひね り倒立発生 までの指導ポイントとは スポーツパフォーマンス 研究, 1, 80-89 土屋純 ( 2007): 体操競技における身体動作のバイオメカニクス的分析, 早稲田大学大学院人間科学部博士論文, 体操競技の特性と技術トレーニング, pp4-5 吉田由美 ( 197 5 ): 動的柔軟性の必要性, 作陽短期大学研究紀要, 8 ( 1) 76

( 財 ) 日本体操協会 ( 2009): 採点規則女子 2009 版, 演技の採点, p p 1-20 77

謝辞本研究を進めるにあたり, さまざまなご指導を頂きました指導教官の土屋純教授に深謝いたします. また, 研究室の先輩であるの藤田善也さん, 佐藤友樹さんには論文作成, ビデオ撮影, 評価方法についての指導や協力をしていただきました. 感謝致します. そして, 行き詰った際に時間を割きアドバイスをくださった研究室の皆様ありがとうございました. 78