資料 2 第 3 回設備健全性 安全性に関する小委員会 原子力発電所耐震設計手法に関する 設計実務経験者へのご質問回答 平成 20 年 5 月 12 日 落合兼寛
質問 1 2 1 設計思想 設計条件に関係すると思われるもの 原子力発電所及びその設備の耐震設計を行う場合 基準地震動 S1,S2 に対しどの位の裕度 ( 安全率 ) を以て 設計を行うのか その安全率は何を意味するか 安全率が大きい = 安全であるとは限らない との意見があります
安全率と耐震裕度 安全率の定義 : 材料の極限強さと許容応力の比 ( 広辞苑 ) 安全率 = 材料の極限強さ / 許容応力許容応力を極限強さより小さくする理由 使用材料の不均一性 荷重の見積もりの不正確さ 応力算定の正確さ 不連続部における応力集中 腐蝕による衰耗 工作の精度などを総合的に考えて安全率が決定される 設計に際して許容値を算出する目的で設定する 許容値 = 物性値 ( 測定に基づく値 )/ 不確実さ ( 安全率 ) 例原子力発電所のクラス 1 設備に考慮される安全率はクラス 2 より小さいが信頼性は高い
機械設計技術者の安全率のイメージ 例原子力発電施設で使用されるフェライト系材料の許容応力 クラス 1 設備の許容応力 ( 設計応力強さ :Sm) :1/3Su 2/3Sy の小さい値 クラス 2 設備の許容応力 ( 許容引張応力 :S) :1/4Su 5/8Sy の小さい値 ここで Su: 引張強さ Sy: 降伏点 ( 応力 ) クラス 2 よりも詳細に応力を評価し 検査を入念に行って信頼性を高めるクラス 1 設備の安全率の安全率 3(1.5) はクラス 2 の安全率 4(1.6) より小さい 安全率 は余裕を考える上での狭義の概念と考えられ 地震動に対する余裕の表現は別の用語が適切と思われます
耐震裕度 現在の耐震設計の余裕 ( 保守性 ) を表す尺度? 注意 : 技術用語としての 裕度 裕度とは 指定値または保証値と試験結果との差異の許容できる範囲をいう 耐震裕度 の定義 耐震裕度は 建物の応答に着目すれば 設計地震時と破壊地震時の応答値の比で表わされ 入力地震動に着目すれば 設計地震動と建物を破壊に至らせる地震動 ( 以後 破壊地震動と呼ぶ ) の大きさの比で表わされる 出典 : コンクリート製原子炉格納容器耐震実証試験報告書 NUPEC 物性値と異なり 耐震性は敷地の影響を強く受ける
耐震裕度 現在の耐震設計の余裕 ( 保守性 ) を表す尺度? 問題点 : 発電所設備を破壊する地震動 ( 耐力 ) が試験で求められない 確率論的な地震時リスク評価 ( 地震 PSA) では 試験値に代わるものとして 現実的な耐力 を想定している 原子力発電所耐震設計の余裕を表す尺度? 地震を想定した 現実的な耐力 と設計手法で評価される耐力の比 ( もしくはそれを地震動の強さの比で表す ) 設計時裕度 と 中越沖地震時裕度 地震の力 ( 応力 ) と 機器類に使っている鋼材が持つ強度 ( 耐力 ) との間を 設計時裕度 中越沖地震による揺れと耐力との間を 中越沖地震時裕度 保安院 ( 新潟日報 2008 年 5 月 4 日 )
基準地震動 (S1,S2) と耐震設計の余裕 S1 で設計し S2 で安全上の余裕を評価する JEAG4601-1970(1970 年 ) 設計地震 ( 耐震 A As クラスの施設を動的解析する地震 : 許容応力度設計 ) 安全余裕検討用地震 (As クラスの施設の安全上の余裕を検討する地震 設計地震の通常 1.5 倍 ) 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針 (1981 年 ) 設計用最強地震 ( 耐震 A Asクラスの施設を動的解析する基準地震動 S1をもたらす地震 : 許容応力度設計 ) 設計用限界地震 ( 耐震 Asクラスの施設を動的解析する基準地震動 S2をもたらす地震 : 終局耐力に対して安全余裕 機能維持 ) 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針 (2006 年 ) 基準地震動 Ss 弾性設計用地震動 Sd
例 As クラス施設の構造決定プロセス 構造 ( 計画 ) 静的地震力動的地震力 ( 設計地震 / 設計用最強地震 ) : 許容応力度設計 構造 ( 詳細 ) 安全余裕検討用地震 / 設計用限界地震 : 機能維持評価 原子炉安全に対して考慮される余裕例 ( 機能維持が満足されない場合は構造計画に戻る ) 設計の前提となる地震動 ( 耐震設計審査指針など ) 設計対象毎に決められている設計手法 値 ( 法規 規格 基準など ) 事業者 設計者の工学的判断実力値と設計時点の前提値 ( 規格値 ) の差
工学的判断の元となる 基本方針 〇 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針 (1081 年 ) 3. 基本方針 想定されるいかなる地震力に対しても大きな事故の誘因とならないような十分な耐震性を有すること 建物 構築物は原則として剛構造とすること 重要な建物 構築物は岩盤に支持させること 〇 建築基準法施行例 (1970 年 ) 第 36 条構造設計の原則 ( 抜粋 ) 構造耐力上主要な部分は 建築物に作用する水平力に耐えるように つりあいよく配置すべきものとする 建築物の構造耐力上主要な部分には 使用上の支障となる変形又は振動が生じないような剛性及び瞬間的破壊が生じないような靭性をもたすべきものとする
〇 原子力発電所耐震設計技術指針 (JEAG4601-1987) 第 6 章機器 配管系の耐震設計 6.1.1 耐震設計の基本方針 ( 要旨 ) 剛領域の設計を原則としている 耐震支持計画を確実にすること 出来るかぎり重心を低くし安定性のよい据付とすること 波及的な事故の発生を防止すること 地震力の不確実要因などを勘案した適切な強度設計と耐震支持点の剛性の確保に注意すること 建築設計との境界領域に注意すること 耐震上の重要度に応じた設計地震力に対して安全であること 水平静的震度による地震力と クラスによっては動的地震力 鉛直震度による地震力を算定すること 地震力と他の荷重による応力を組合せ 許容限界 ( 動的機能も含む ) を満足すること
例 1 配管動的解析の減衰定数 測定データは大きくばらつくように見えるが配管系の構成により傾向は把握できる 設計的には大きな分類で下限値を使用している 現実的耐力評価 分類の細分化 統計的扱い ( 出典 :JEAG4601-1991 追補版 ) 課題 : 変位依存性があり 終局耐力状態ではより大きくなる
実強度で再評価加力方向例 2 実力値と設計時点の前提値 原子炉建屋コンクリートの実強度は 設計に用いた設計基準強度より大きい 現実的耐力評価 例 3 建屋壁断面算定の工学的判断 設計時にはせん断有効壁面積を小さく評価 ( 耐震壁 ) 完成後の実配置を考慮し せん断に有効な補助壁面積を加算 ( 出典 :08.01.11 東京電力 ( 株 ) 公開資料 )
質問 3 1 設計思想 設計条件に関係すると思われるもの 設計時において 低サイクル疲労の影響はどの位考慮しているのか 地震動を受けた場合 材料は 低サイクル疲労の領域に入ってしまうので 健全性を評価するときは 応力ではなく 歪みの概念での議論が必要との意見があります
クラス地震時の疲労に関する許容応力例 種別 1 次 +2 次応力 1 次 +2 次 +ピーク応力クラ第3Sm(=2Sy) S1 又はS2 地震動のみス1による疲れ解析を行い種S1 又はS2 地震動の)疲れ累積係数を求め みによる応力振幅に運転状態 Ⅰ Ⅱにおけるついて評価する疲れ累積係数との和が 1.0 以下であること(1第S1 又は S2 地震動のみによる疲れ解析を行い疲れ3累積係数が1.0 以下であること ただし 地震のみ2種)による1 次 +2 次応力の変動値が2Sy 以下であれば疲れ解析は不要である(
シェークダウン限界と低サイクル疲労 繰返し荷重で塑性ヒステリシスループを発生しない限界 ( シェークダウン限界 ) から 1 次と 2 次応力の和を 2Sy( 弾性計算の見かけ上 ) に制限している ( 出典 : 日本機械学会誌第 88 巻第 798 号 )
1 号機 建屋内観測波形の特色 ( 低サイクル疲労の観点 ) 原子炉建屋基礎版 EW 方向の観測波形 680Gal 7 号機 小 小 5 号機 4 号機 不規則波と指向性のあるパルス波が組み合わされている 継続時間が短い 荷重の繰返し数は小さい
建屋の振動挙動 (1 号機原子炉建屋 ) 建屋 2 階の応答絶対加速度 基礎版の応答絶対加速度 1000 800 600 400 200 0-200 -400-600 -800-1000 0 2 4 6 8 10 12 14 16 基礎版 2 階差 地動加速度を差し引いた建屋自体の応答 ( 相対加速度の差 )
新潟県中越沖地震長周期パルス波の特色ー建屋内設備の耐震設計の視点からー パルスは長周期 ( 原子炉建屋の 2 サイクル程度継続 ) であり建物を振動させている 建屋内のパルス波の立ち上がり部は緩やか 建屋内設備の衝撃係数は小さい パルス部拡大図 建屋の自由振動は急速に減衰している 軟質岩盤に設置され 地中に深く埋め込まれた原子炉建屋の減衰定数は極めて大きい ( 逸散減衰 )
長周期パルス波が構造物に与える影響 統計的地震動想定 ( ランダム波 ) 長周期強震動想定 ( パルス波 ) 例 : 衝撃力による振動 構造物の振動が成長 ( 地震動では 3~4 倍 ) 建屋内設備が建物と共振するとエネルギー蓄積されて破壊に至る ( 共振破壊 ) 構造物は自由振動し 減衰して静定 エネルギーは蓄積されず 加速度破壊に類似 ( 終局耐力ではダクティリィが重要 ) 減衰の大きな系では疲労破壊には至らない
屋外設置と原子炉建屋内設置の地震入力 1 号機地震観測小屋 (890Gal) と原子炉建屋基礎版 (680Gal) 1000 800 600 400 200 0-200 -400-600 -800-1000 0 2 4 6 8 10 12 14 16 基礎版上観測小屋 パルス部拡大 建屋内のパルス波は立上りが緩やかに変化しており 衝撃係数は緩和されている 深く埋め込まれた原子炉建屋はランダム波の入力が小さい 軟質岩盤の建屋の固有周期は長く 剛構造設計が効果的建屋内設備は建屋で守られている
質問 4 1 設計思想 設計条件に関係すると思われるもの 機械にかかる荷重のうち 地震荷重が占める割合はどの位か 耐震設計では どの荷重を最も考慮すべきなのか その結果 構造等にどの様な補強を行うのか 地震荷重の占める割合は約 2 割と少なかったため 今回の地震動が想定を超えても設備の健全性は保たれたと 事業者からの説明がありました
耐震設計上特に重要な地震以外の荷重 ( 私見 ) 1. 内圧 ( 地震荷重と重ね合わせて評価する場合 ) 配管の設計許容限界を上回る荷重での損傷モード : ラチェット変形を伴う低サイクル疲労 ( 内圧と地震荷重の重畳による進行性変形 ) 参考資料 :JNES 原子力発電施設耐震信頼性実証に関する報告書配管終局強度 04 基構報 -0002 構造上の対策 : 配管レイティングのアップ : 耐震サポートの強化 2. 熱応力 ( 通常時の問題として ) 地震による荷重を低減するために 配管の耐震サポートを強化すると 配管の温度変化による変位を拘束して熱応力が大きくなる ( 通常時の安全余裕を低下させる ) 構造上の対策 : 耐震支持構造としてスナッバーを採用
地震荷重 ( 応力 ) の割合〇機械設備に加わる荷重の種類 ( 内圧 自重 機械荷重 積載荷重 衝撃力 熱応力 配管反力など ) と荷重の比率は個々の設備により異なる ( 一般に 圧力配管は内圧の比率が大きい : 許容応力に長期と短期の差がある ) 〇機械設備に地震荷重しか加わらないものでも 応力レベルで は設計者の考え方で異なる例アンカーボルト設計者 A 初期締付けなし 設計者 B 初期締付けあり 地震荷重 ( 摩擦力 ) ボルトには地震荷重のせん断と曲げが加わる ボルトには通常時の締め付け ( 引張 ) 荷重が主に加わる
質問 5 2 製造 建設時に関係すると思われるもの 設備等は 設計に基づいて製造するわけだが 材料および製造段階でも余裕率 ( 安全率 ) を見込む ( 付加する ) のか あるならば どの位か 柏崎刈羽原子力発電所は 想定を超える基準地震動を受けても これまでのところ設備の機能喪失は確認されていない それは 実際の強度が設計値よりも大きいからだとの意見があります
材料選定 : 材料および製造段階で付加される余裕 1ダクティリティ ( 靭性 ) の低い材料 ( 鋳物など ) は使用しないことを基本方針としている 2 基本的には規格 基準に記載された材料とその許容応力 ( 設計応力強さ 許容引張応力 ) を使用する ( 許容応力には安全率が考慮されている ) 材料定数 : 設計で使用する規格値と実際の材料定数 ( ミルシートなどに記載 ) との差は余裕と考えられる ( 建物の例は前出 ) 製造時の品質管理 : 品質管理 検査を徹底して 製造 施工のバラツキを少なくする ( バラツキを小さくすることは余裕を増すことと同義 )
1 号機原子炉建屋内設備の地震荷重レベル 想定を超える基準地震動を受けた 安全設備の荷重レベル エネルギー ( 速度 ) に注意する領域 : 耐力の余裕 + 動的解析の余裕 加速度に注意する領域 ( 剛構造設計 ) 静的震度 0.48G 1.2 変位入力に注意する領域 ( 液体の揺動 排気塔など ) 680Gal 273Gal =2.5 倍 680Gal 0.48G =1.5 倍 静的震度は S1 の許容値に抑える
質問 6 3 設計 製造 建設時の両方に関係すると思われるもの 完成後 点検が困難になると想定される箇所は 安全率を大きくする 強度の大きな材料とする または 特別な加工を施すようなことはありますか ( 建設時に設計者と協議し変更するようなことも含め ) 点検困難箇所の健全性の確認はどうするのかとの意見があります
点検困難箇所の健全性の確認方法 ( 私見 ) 〇設備の機能については 機能確認試験 ( サーベイランステスト ) を行い 同時に振動 音などを観察することによって 損傷が発見出来る ( ルーズパーツモニターなどのシステムを有している ) 〇機能に関係ない部位の損傷は 設備の構造及び耐震計算書をもとに 個々の設備の脆弱部位を点検し ( スクリーニング手法 ) 損傷がある場合は詳細点検する 〇特に点検が困難な部位については 構造が同等で 地震入力 耐震強度がより厳しい他の部位を点検することで 点検の必要性を判断する米国原子力規制委員会 (NRC) は地震後の対応に関するレギュラトリーガイドで2 段階方式の点検確認法を認めているステップ1 Focused Inspections ( 重点点検 ) ステップ2 Expanded Inspections ( 拡大点検 ) ( ステップ1で損傷が発見された場合 点検範囲を拡大する ) 注 : 米国では 地震による原子炉緊急停止は行わない