づけられますが 最大の特徴は 緒言の中の 基本姿勢 でも述べられていますように 欧米のガイドラインを踏襲したものでなく 日本の臨床現場に則して 活用しやすい実際的な勧告が行われていることにあります 特に予防抗菌薬の投与期間に関しては 細かい術式に分類し さらに宿主側の感染リスクも考慮した上で きめ細

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15,000 例の分析では 蘇生 bundle ならびに全身管理 bundle の順守は, 各々最初の 3 か月と比較し 2 年後には有意に高率となり それに伴い死亡率は 1 年後より有意の減少を認め 2 年通算で 5.4% 減少したことが報告されています このように bundle の merit

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査を実施し 必要に応じ適切な措置を講ずること (2) 本品の警告 効能 効果 性能 用法 用量及び使用方法は以下のとお りであるので 特段の留意をお願いすること なお その他の使用上の注意については 添付文書を参照されたいこと 警告 1 本品投与後に重篤な有害事象の発現が認められていること 及び本品

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2012 年 7 月 18 日放送 嫌気性菌感染症 愛知医科大学大学院感染制御学教授 三鴨廣繁 嫌気性菌とは嫌気性菌とは 酸素分子のない環境で生活をしている細菌です 偏性嫌気性菌と通性嫌気性菌があります 偏性嫌気性菌とは 酸素分子 20% を含む環境 すなわち大気中では全く発育しない細菌のことで 通

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Transcription:

2016 年 4 月 13 日放送 術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドラインのポイント 帝京大学外科教授福島亮治はじめにこのたび 日本化学療法学会と日本外科感染症学会が合同で作成した 術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン が公開されました この領域における これまでのわが国のガイドラインといえば 日本感染症学会 日本化学療法学会共同編集の 2001 年の抗菌薬使用の手引き 2005 年の抗菌薬使用ガイドライン 2011 年の感染症治療ガイドがありますが 何れにおいても さまざまな病態の一つとして 術後感染予防の章が設けてあるにすぎず 独立したものではありませんでした しかも エビデンスレベルや推奨度の記載 十分な文献のレビューなども行われていません したがって 本ガイドラインは この領域において 実質 わが国ではじめてのエビデンスベイスドなガイドラインであるということができます また 外科感染症学会が主導していた 懸案の3つの無作為化比較試験結果も報告されましたので それらも加わり わが国独自のエビデンスも十分に反映されたガイドラインということができるでしょう 基本姿勢 本ガイドラインは 様々な領域に数ある Evidence based guideline のひとつと位置

づけられますが 最大の特徴は 緒言の中の 基本姿勢 でも述べられていますように 欧米のガイドラインを踏襲したものでなく 日本の臨床現場に則して 活用しやすい実際的な勧告が行われていることにあります 特に予防抗菌薬の投与期間に関しては 細かい術式に分類し さらに宿主側の感染リスクも考慮した上で きめ細かい勧告が行われています 例えば胃切除術では 幽門側胃切除 幽門側胃切除で手術部位感染 (SSI) のリスク因子あり 胃全摘 胃全摘で膵合併切除を含む の 4つに分類されています これは 外科領域が専門でないインフェクションコントロールチーム (ICT) メンバーでも 実臨床で使用しやすいように配慮されたものです このように術式をあえて細分化することで 各領域において行われている手術術式の大多数を網羅することができますので 実際にカルテに記載してある術式がどれに該当するか 専門家でなくとも当てはめることが容易になると考えられます それでは もう少し詳しくこのガイドラインの特徴についてお話しして行きましょう 目的まず本ガイドラインの目的ですが 臨床医が効率的かつ適切に術後感染予防抗菌薬を使用することにより 次に掲げる 6つ項目を達成すこととしています 1 手術部位感染 (SSI) の減少 2 耐性菌発現予防 3 抗菌薬による有害事象防止 4 入院期間短縮化 5コスト削減 6 医療スタッフへの教育の達成 であります 今述べましたように 予防抗菌薬投与の第一の目的は, 手術部位感染 (SSI) の発生率の減少であります したがって 御存知の皆様も多いとは思いますが 原則として消化器外科手術後の肺炎などといった 遠隔部位感染は対象とされていないことは 明確にしておく必要があります また当然のことですが 予防抗菌薬で組織を無菌化するのは無理がありますので これを目標にするのではなく 術中汚染による細菌量を 宿主の防御機構でコントロールできるレベルにまで下げるために 抗菌薬を補助的に使用するのだということも しっかりと理解しておく必要があると思います したがって 薬剤の選択は手術部位の常在細菌叢に抗菌活性を有するものとし 術後感染の原因細菌をターゲットとしないことを原則とします しかし 手術操作が及ぶ部位から 常在細菌以外の細菌があらかじめ検出されている症例では その細菌に活性を

有する抗菌薬を選択する必要があります また 術前 1 カ月以内に抗菌薬が既に使用されている症例では 耐性菌の定着なども考えられますので 本ガイドラインで推奨されている予防抗菌薬は適応となりません 作成課程次に本ガイドラインの作成課程についてご紹介いたします 2014 年 11 月に日本化学療法学会と日本外科感染症学会から委員を選出し作成が開始されました そして 2015 年 11 月に作成されたドラフト版でパブリックコメントを募集し 修正を加えた後 2016 年 3 月に最終版が公開されるに至りました 委員は感染症 消化器一般外科領域にとどまらず 心臓血管外科 整形外科 産婦人科 泌尿器科 耳鼻科 眼科 口腔外科など外科系多領域から選出されています 各術式での予防抗菌薬投与の臨床研究を検索し 無作為化比較試験 ( 以下 RCT) およびそれらのメタ解析 システマティック レビューを中心に知見を収集しました しかしながら エピデンスが十分でない外科系領域もありコホート研究 比較対照試験 症例集積研究なども参照しています これらの知見に基づき エピデンスレベルを I-III の3 段階 推奨グレードを A B C1 C2 D の5 段階に分類しています 科学的根拠 エビデンスがある場合 推奨グレードは A または B としましたが 推奨度 A と B の差別化はエピデンスの強さに影響されることなく 日本での医療状況等を考慮し 委員の協議により決定されています また ガイドラインでよく問題となる点は エピデンスはないけれども実施することが勧められる事項と エビデンスがなく実施を推奨できない事項とが明確に区別できないことです その点において 本ガイドラインは 同じようにエビデンスがない ( エビデンスレベル III) の項目において 実施を推奨する C1 と推奨しない C2に区別しています 即ち 科学的根拠はないが 行うように勧められる が推奨グレード C1 科学的根拠がなく行わな

いことが勧められるが 推奨グレード C2 となっています そして これらの推奨グレートとエビデンスレベルは 予防抗菌薬の適応と 投与期 間に関して別々に評価しています 予防抗菌薬の適応予防抗菌薬の適応に関する科学的根拠 ( エビデンス ) とは これを使用した場合と使用しなかった場合を比較した RCT において 使用した場合に明らかに感染症発生率が低下することが証明されていることですが 当然のことながら全ての術式でこのような RCT が行われている訳ではありません また もともと感染率が低い術式では このことを証明するのは容易ではありません しかし 感染率が低くとも 一度感染がおこると重篤な病態を引き起こす術式では 明らかなエビデンスがなくとも 予防抗菌薬投与の適応と考えられています このように明らかなエビデンスがない場合の予防抗菌薬の適応に関する勧告は エビデンスレベル III 推奨度 C1 となります 投与期間一方 投与期間に関して 予防抗菌薬は 手術患者のほぼ全例に投与されるため 耐性菌の選択予防 コストや副作用の観点などから できる限り短期間の投与が推奨されます 科学的根拠という観点からは 長期投与と短期投与を RCT で比較し 同等の予防効果が得られる最短の投与期間を設定することが妥当であるということになります しかし RCT による適切な予防抗菌薬の投与期間が証明されてない術式も多々ありますし 感染リスクを有する集団のデータも通常ありません そのため 本ガイドラインでは外科系多領域の感染症専門家からなる委員会の意見をもとに 投与期間が勧告されています その結果 感染が高率となるリスク因子を有する症例においては 明確な証拠があるわけではありませんが 幾つかの術式において 通常推奨されている期間より長期投与が勧告されています また 術前 1 回投与の適応となる術式は SSI が比較的低率な術式に限定され 多くの場合 術後 24 時間以内の投与が推奨されています また 日本で広く実施されている侵製度が高く SSI が高率に発生する術式においては 短期投与の妥当性が RCT で証明されていない限り 現状に鑑みた 48-72 時間の勧告も行われてい

ます ただし 48 時間を超える予防抗菌薬使用は 耐性菌による術後感染のリスクとなることが知られていますので 一部の例外を除き 48 時間までの投与期間となっています まだまだ 細かいところはございますが 以上 今回公開されたわが国の 術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン のポイントを概説いたしました 尚 本ガイドラインは日本化学療法学会雑誌と日本外科感染症学会雑誌に掲載されており 両学会のホームページでも閲覧することができます 本ガイドラインを有効に活用し 多くの施設で予防抗菌薬適正使用が普及することを期待いたします