在宅における輸血 あおぞら診療所川越正平 はじめにまずはじめに 輸血とは 血液 という細胞の移植 一種の 臓器 移植であるということを明確に認識する必要がある 実際に致死的な副作用も生じうる危険を伴う治療行為であることを忘れてはならない それゆえ 在宅では輸血を行うべきではないという立場も存在する 一方で 在宅患者においても 生活の質 (QOL) の維持や症状緩和を目指して 輸血療法の適応となる場面は現実に存在する むろん 日常生活動作 (ADL) や周辺状況さえ許せば 可能な限りクリニックの外来等で実施することが望ましいが どうしても来院や搬送が困難な状況 病態にある場合に 一定のリスクを吟味検討した上で在宅において輸血を実施することもありうる 本稿ではそのような抑制的な立場から 適応の吟味 その注意点 実際に在宅で輸血を行う場合の手順について述べる 在宅における輸血 ~その適応の十分な吟味 ~ 輸血適応とならない病態や病院で実施すべき場面まずはじめに 輸血療法には一定のリスクを伴うことから 他の治療法がないかどうか そして後述するさまざまな輸血のリスクを上回る効果が期待できるかどうかを十分に吟味した上でその適応を決定する必要がある 他の治療法によって対処可能な場合には 輸血は極力避けて臨床症状の改善を図らなければならない たとえば 鉄欠乏性貧血やビタミン B12 欠乏性貧血 腎性貧血の治療が各々の補充やエリスロポエチンの投与であることは自明である 血小板減少においても データが低いからという理由だけで輸血を行うという判断をするべきではない たとえば播種性血管内凝固 (DIC) などの病態に対して ただ血小板を輸血で補えばよいということではない また 薬剤性が疑わしければ原因薬剤を中止することが一義的である 新鮮凍結血漿やアルブミン補充を要する病態は在宅ではさらに限られるため 漫然と使用することは厳に慎むべきである さらに 緊急時の治療や救命処置としての輸血療法が適応となるような病態の場合には 在宅で輸血を行うメリットは乏しくリスクは大きいことから 準備血のストックを有し迅速に交差適合試験 ( クロスマッチ ) を実施することが可能だということも含め 病院に搬送して対応するのが妥当である このように 在宅における輸血とは慢性期の治療としてのみ適応となりうると言えよう 症状緩和としての輸血の適応次に症状緩和という観点から考えると その病態が患者に苦痛を来しているのかどうかが最大の判断基準になる 慢性貧血の場合には 一般にヘモグロビン 7g/dl が輸血を行う
一つの目安になるとされているが 実際には貧血の進行速度 罹患期間 日常生活強度等によってその必要性は大きく異なってくるため 基準値を一律に決めることはできない 特に在宅医療の対象患者については 要介護状態にあるなど ADL に障害があり 結果として安静が保たれている場合も多い 実際の臨床場面では 軽度の労作に基づく呼吸困難や全身倦怠感等の臨床症状に注目して適応を判断することになるが 心不全やがん性悪液質などその他の原因となりうる病態が併存する場合も少なくないことを念頭に置く 一方 白血病再発期など骨髄機能に障害のある患者の場合 輸血をすることが前提で長期間 QOL を維持することができる病態も存在する このような患者の場合 最終末期まで輸血の適応がありうる なお 血小板減少が患者に直接的苦痛をきたす病態はあまりないため 症状緩和の観点から適応となることは 貧血に対する赤血球輸血の適応に比して少ないと考えられる 輸血にまつわる注意点輸血後 GVHD 輸血血液内に存在するリンパ球が受血者を異物と認識し全身に移植片対宿主病 (GVHD) を生じる致死的病態 すなわち輸血後 GVHD が 1988 年に証明されて以降 21 年が経過した 放射線照射は必須であるという注意喚起が徹底されたためか 幸いにも 2000 年以降の確定診断死亡例は報告されていない しかし 日本在宅医学会が行った実態調査において 在宅での輸血療法に放射線非照射血が用いられたという事例が少数ながら存在していたことから 本稿で改めて放射線照射血の使用について注意を喚起したい 非溶血性副作用 ( 発熱 じんましん アナフィラキシー等 ) 発熱 じんましんは血液製剤に混入している血漿蛋白や白血球が産生するサイトカインによって生じる副作用である いずれも一過性のもので重篤ではないため 解熱剤や抗ヒスタミン剤の内服または経静脈投与で対処すればよい アナフィラキシーについては 生じた場合には速やかに輸血を中止し エピネフリンの皮下注を行う その他の非溶血性輸血副作用として 細菌感染症 ( 特に長期保存によるエルシニア菌感染 ) 輸血関連急性肺障害 (TRALI) ウイルス感染( 供血者がウインドウ期にあったことによる肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス ヒト T リンパ球向性ウイルス等の感染 ) などのリスクを知っておく必要がある 実施にあたって必要となる検査や説明事前に行うべき検査として 患者の血液型検査と不規則抗体スクリーニング検査がある 血液型については患者申告や他院からの診療情報提供書の記載に基づく確認では不十分である 原則として自院で改めて検査の上 確認する形をとる また 不規則抗体スクリーニングも併せて実施するべきである ( 特に輸血歴や妊娠歴を有する患者は必須 )
事前に患者に説明すべき内容としては 輸血療法の必要性 使用する血液製剤の種類と使用量 輸血に伴うリスク 副作用 感染症救済制度 感染症検査と検体保管 投与記録の保管と訴求調査時の使用などがある 一連の輸血を行う毎に必ず輸血同意書を得ておくことが保険診療上も輸血療法の算定要件となっており 必須である 在宅における輸血の手順日本赤十字社 ( 日赤 ) への血液製剤の発注抗原感作と感染機会を減少させるため 血液製剤を発注する際には高単位輸血用血液製剤 ( 赤血球濃厚液なら 2 単位 新鮮凍結血漿や血小板濃厚液なら成分採血由来 ) を使用して最小限の供血者数となるように配慮する 放射線照射血を使用しなければならないことは前述の通りである 赤血球の場合を例にとると Ir-RCC-LR 2 単位 とオーダーし 備考欄に 400ml 由来製剤希望などと記載するとよい ( 図 1:Ir-RCC-LR-2) なお 日赤からの血液製剤供給体制は地域によって異なること 年末年始などの時期においては供給体制が手薄になる恐れもあるため確認が必要となることを知っておく 輸血用血液の保存にまつわる困難例えば赤血球は 2~6 で保存する必要があり 自動温度記録計と警報装置がついた輸血血液専用の保冷庫中で保存することが推奨されている 前述の日本在宅医学会による実態調査でも 在宅医療の現場において定温保冷庫の確保について困難があることが明らかとなった なお 輸血製剤を実際に使用するにあたって常温下に戻すが 急速大量の輸血をのぞき通常加温の必要はないとされている 交差適合試験 ( クロスマッチ ) クロスマッチ血の採取については 輸血療法の実施に関する指針には 新たな輸血 妊娠は不規則抗体の産生を促すことがあるため 過去 3 か月以内に輸血歴または妊娠歴がある場合 あるいはこれらが不明な患者について 交差適合試験に用いる血液検体は輸血予定日前 3 日以内に採血したものであることが望ましい と記載されている 患者の負担も考慮して現実的かつ安全を念頭においた対応を心がけることになる 発注した輸血血液が到着したら 速やかにパイロット血とクロスマッチ血をペアで検査会社等に提出する ( たとえば当地の場合 1~2 時間後に FAX で報告を受けとることができる ) なお クロスマッチについてはその手技に熟練した検査技師によりなされるべきである この点については地域によって事情がかなり異なると考えられるため 提携する臨床検査会社や近隣の病院検査部 地域の日赤などと相談の上 安定的な実施体制についての連携をあらかじめ確保しておく必要がある 開始から終了までの実際
実施前に医師 看護師の 2 名で 血液製剤バックと血液型検査報告書およびクロスマッチ適合票との照合 有効期限内であること 放射線照射が行われていることの確認を行う また 血液製剤バッグの外観に破損 変色 凝集塊等の異常がないことを目視するよう習慣づける 輸血開始直後の観察のポイントとして ABO 型不適合輸血では輸血開始直後から血管痛 不快感 胸痛 腹痛などの症状がみられるという アナフィラキシーショックの発生も含め 輸血開始後 5 分間は特に注意深く患者の状態を観察する必要がある また その後の観察のポイントとして 発熱 じんましんなどのアレルギー症状は開始後 15 分以内に発生することが多い いずれにせよ開始から 15 分間については医師が滞在することが必須であると考えた方がよい 医師の退室後は看護師を輸血終了時まで配置し 異変が生じた場合には速やかに医師がかけつけられる体制を確保する 在宅において輸血を実施するにあたっては このような医師 看護師の監視下による医学的管理を保証することではじめて可能となるという認識が重要である なお 平成 19 年 1 月以降 日本赤十字社から供給される赤血球濃厚液は全て白血球除去製剤となったことから 白血球除去フィルターの使用は不要となった 診療録には血液製剤の製造番号 ( 貼付ラベル ) を貼付する 使用済みバックの冷蔵保存と血液製剤使用に関する記録の保管 管理医療機関は 輸血に使用した全ての使用済みバックに残存している製剤をバックごと清潔に保存しておくことが望ましい 使用後数日経過しても患者に感染症発症のない場合は破棄しても差し支えない 血液製剤を含む特定生物由来製品については 診療録とは別に当該製剤に関する記録を作成し 使用日から 20 年間保存することが定められた ( 平成 15 年 5 月 15 日付け厚生労働省医薬局長通知 特定生物由来製品に係る使用の対象者への説明並びに特定生物由来製品に関する記録及び保存について ) この管理簿には血液製剤の製品名 製造番号 投与日又は調剤日 患者の氏名 住所等の記録を記載し 記録すべき部署 責任者を決め 保管管理することとされている
図 1 照射赤血球濃厚液-LR (Ir-RCC-LR) 全血献血由来血液をフィルターにより白血球除去した後に遠心操作によって 血漿の大 部分を除き 赤血球保存液 MAP 液 を添加し 放射線を照射した製剤 放射線を照射 することによって製剤中に含まれる白血球 リンパ球 を不活化し 輸血副作用の GVHD 移植片対宿主病 の発生を予防することができる 効能 効果 血液中の赤血球の不足または赤血球機能不全 有効期間 採血後 21 日 貯法 2 6