学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of other disea s e a f f e c t e d b y cellular immune depression. 柿沼 清市 K akinuma Seiichi 平成 26 年度 2014
地方病性牛白血病 ( E nzootic bovine leukosis: EBL) は 牛白血病ウイルス ( BLV) の感染が原因となる疾病で 我が国では EBL の発症報告は年々増加傾向にある BLV は ヒト免疫不全ウイルス ( HIV) やヒト T 細胞白血病ウイルス (HTLV) と同じレトロウイルス科に属し BLV 感染牛は 病態の進行とともに末梢血液中に B 細胞が増加する持続性リンパ球増多症 (P e r s i s t e n t l y m p h o c y t o s i s : PL) や 腫瘍形成して EBL を呈することが知られている 高率感染農場も存在し 免疫機能低下による疾病多発や経済的損失が危惧されている しかしながら BLV 抗体陽性牛は EBL を発症しない限り淘汰の対象にならず 深刻な病状には至らないため臨床的には軽視される傾向があり 清浄化対策は非常に困難なものとなっている 本研究は 外見上健康である BLV 感染牛の免疫状態およびウイルス動態を観察し それらと EBL 以外の疾病発生との関連性について検証することを目的とした 免疫学的検査は乳用牛の分娩前後の免疫状態を知る手段として有用であり 乳房炎多発牛群では泌乳期間において牛群全体の T 細胞や B 細胞数の減少が観察され 牛群単位での免疫機能の低下が指摘されている BLV 感染牛は 未感染牛に比べて免疫機能が低下しているため 他の感染症に罹患し易いとされていることから BLV の高率感染牛群において牛群単位での免疫機能の低下が存在する可能性も示唆されている しかし BLV 高率感染牛群において免疫状態を評価した報告はなく これらの泌乳期間による免疫状態は明らかにされていない 乳牛の感染症が周産期に発症しやすい主な要因として 周産期における生理的免疫機能の低下が挙げられる また高齢牛では感染症 1
の発症リスクが高いことが考えられる 分娩日における末梢血 T 細胞数は高齢になるほど減少することが報告されており 乳房炎などの感染症の発症に関与することが示唆されている 加えて BLV 感染牛では 病態が進行した感染期間の長い高齢牛ほど細胞性免疫が低下し 感染症などの周産期疾病を発症する可能性が高い また BLV 感染牛では 分娩時にウイルスの排出や末梢血中のウイルス量が増加し 伝播のリスクが増大する 特に EBL では生理的な周産期免疫低下による宿主免疫機能の低下がウイルス因子を助長して発症する可能性が指摘され 潜伏期間も長いため 高齢牛ほど発症する危険性が高い また 初乳を介して出生子牛に垂直感染する経路も挙げられ 末梢血だけでなく初乳中にもウイルス感染細胞が浸潤していることが予測される しかし B L V 感染牛における分娩時の血液および初乳の免疫状態は不明である BLV 感染牛では 病態が進行すると免疫反応が低下することから 真菌感染症における自然治癒が低下することが報告されている 潜在性乳房炎の牛の乳腺組織内に BLV が見出された報告や BLV 感染牛における乳汁中の高体細胞数を指摘する報告もある よって BLV 感染牛では 周産期に 乳房炎等の感染症発症の危険性が一層高まっている可能性がある しかし 臨床型乳房炎を発症する BLV 感染乳牛の周産期における末梢血中のウイルス動態と免疫状態との関係については十分に明らかにされていない 本論文は以下の 3 章構成とする 第 1 章 牛白血病ウイルス感染搾乳牛における末梢血白血球ポピ ュレ - ション BLV 感染牛群における免疫状態を明らかにするため B L V 遺伝子検 2
査 (Nested-PCR 法 ) にて牛群の 80% 以上が陽性の BLV 高率感染農場と全てが陰性の未感染農場における疾病発生を調査した それぞれの農場の BLV 感染牛 18 頭 ( 感染牛群 ) と 未感染牛 23 頭 ( 未感染牛群 ) の白血球ポピュレーションを解析した BLV 高率感染農場は 未感染農場に比べて 1 年間の消化器 代謝疾患の発生件数と 再診した個体の頭数が多かった 5 年間の追跡調査では 疾病発生牛の年齢は 高率感染農場が未感染農場に比べて有意に低かった 開腹手術を行った個体の術後 1 年以内の生存率は高率感染農場が 27 頭のうち 12 頭 (44.4% ) であったのに対し 未感染農場は 18 頭のうち 16 頭 (88.9%) であった 感染牛群の MHC class-ii + CD14 - B 細胞数 CD14 + 単球数 WC1-N1 + T 細胞数は 未感染牛群に比べて有意な高値を示した BLV 感染牛群は B 細胞数の増多を主体とした免疫異常状態を示し 疾病発生および治癒低下に対するリスクが高まる可能性がある 第 2 章 牛白血病ウイルス感染搾乳牛における分娩直後の末梢血 および初乳白血球ポピュレーションおよびサイトカイン BLV 感染牛における分娩時の血液および初乳の免疫状態を明らかにするために 臨床的に健康で寒天ゲル内拡散沈降反応 (AGID) にて陽性の 18 頭 ( 陽性群 ) と 陰性の 31 頭 ( 陰性群 ) の 末梢血および初乳中の白血球ポピュレーションとサイトカイン遺伝子発現量を解析した 末梢血および初乳中の MHC class-ii + CD14 - B 細胞数割合は 陽性群が陰性群に比べて有意に高かった 陽性群の末梢血および初乳中白血球の IL-4 および IL-10 遺伝子発現量は陰性群に比べて有意に高く I F N - /IL-4 比は陰性群に比べて有意に低かった BLV 感染牛の末梢血および初乳では細胞性免疫が低下していること 3
が示唆された 第 3 章 牛白血病ウイルス感染搾乳牛における分娩前後のウイル ス量および末梢血白血球ポピュレーションの変化と乳房炎発生との関係 BLV 感染牛における分娩後の乳房炎発症と血液中のウイルスおよび免疫状態との関係を明らかにするために BLV 感染牛群 16 頭の分娩後 3 カ月間の疾病発生状況を調査し 分娩後に乳房炎を発症した乳房炎群 5 頭と 対照群 11 頭の末梢血中のウイルス力価 ( シンシチウム数 ) 白血球ポピュレーションを解析した 乳房炎群におけるウイルス力価は 分娩前に比べて分娩後で有意に増加していた 分娩前後の乳房炎群における MHC class-ii + CD14 - B 細胞数は対照群とは有意な差が認められなかった 分娩前後の乳房炎群における CD3 + CD4 + CD8 + および C D 3 3 5 + 細胞数は対照群に比べて低値であり 特に CD335 + 細胞数は有意な低値を示した 分娩前から末梢 T 細胞を主体とする細胞数が低下した BLV 感染牛は 分娩後に乳房炎を発症し易く 血中の BLV が増し ウイルス伝播の危険性も高まっていることが示唆された 以上のことから B L V 感染搾乳牛は 外見上健康であっても 細胞性免疫が低下しているため 疾病発生および治癒低下のリスクが高まっていることが示唆された 特に分娩前から細胞性免疫が低下した個体は 乳房炎を発症し易く ウイルスの量も増加するため 伝播の危険性も高まっている これらの研究結果は 今後 BLV 感染牛の病態進行と 細胞性免疫低下が及ぼす EBL 以外の疾病発生 および伝播の解明に貢献できるものである 4