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一方 私たちの生体内で触媒機能を担う酵素では 水素結合を用いて巧みな分子認識と活性化が行われています ( 図 2b) この水素結合は フラスコ内の化学においても 反応基質の活性化に幅広く用いられており 特に金属を用いない有機触媒の分野では最も根幹的で重要な触媒機構をとして多用されています 最先端の高度な触媒化学を達成するために 個々の優れたエッセンスを取り入れることは必然であり 金属錯体触媒と有機触媒 ( 水素結合による活性化 ) の融合も精力的に研究されています しかしながら 二つの化学 ( 例えば金属錯体化学と有機触媒の化学 ) を融合するだけで十分なのでしょうか 無限の可能性のある有機分子の構造を自由自在に合成する触媒化学には まだまだ多くの革新的力を積極的に取り入れていく必要があります そこで 私たちは新たな第 3 の力としてハロゲン結合に着目しました ( 図 2c) ハロゲン結合 は 明確な方向性をもつ新たな相互作用として触媒化学や機能性分子創製への応用が注目を集めています しかしながら ハロゲン結合 は 分子骨格の R-X 結合の裏側に存在する正電荷によって形成されるため 立体選択性など高度な構造認識を達図 3: ハロゲン結合成することは困難でありました ( 図 3) 研究成果 不飽和カルボン酸を基質とするハロラクトン化反応は 医薬品や天然物などの化合物にみられるラクトン骨格 および多様な構造変換が可能なハロゲン - 炭素結合を一挙に形成することの可能な重要な反応です 我々は 2014 年に世界最高記録の完璧な立体選択性で目的とするヨードラクトンを与える光学活性亜鉛三核錯体触媒の開発に成功し 化学の専門的ジャーナルである Chem. Comm. 誌上にその成果を報告しました 1,2) 我々の錯体触媒は 光学活性ビスアミノイミノビナフトール配位子 (L1) と酢酸亜鉛から容易に調製することができ 三つの亜鉛が取り込まれた亜鉛三核錯体 (tri-zn) です ( 図 4) 図 4: 亜鉛三核錯体 (tri-zn) の開発 この tri-zn 錯体はヨードラクトン化に極めて高い触媒活性を示し わずか 1 mol % で光学活性なヨードラクトンを与えます ( 図 5)

図 5:tri-Zn 錯体を用いる触媒的不斉ヨードラクトン化反応 tri-zn 錯体の構造は X 線結晶構造解析によって解明し 本 tri-zn 錯体を用いる触媒的不斉ヨードラクトン化については NMR 実験ならびに ESI-MS 解析により tri- Zn 錯体の外側に位置する酢酸イオンが塩基性を有し 基質のカルボン酸が亜鉛カルボキシレートになって反応が進行することが分かりました また NIS を用いるヨードラクトン化は ヨウ素 (I 2 ) の添加によって著しく加速されることが分かっています 例えば 図 5 に示したヨードラクトン化で I 2 を添加しなければ 目的物はわずか 7% 化学収率 (97%ee) でしか得られません さらに tri-zn 錯体と NIS-I 2 が 1:1 の相互作用を有することも UV-Vis 解析によって示されました これらのことを基に DFT 計算によって求められた遷移状態が図 6 に示された構造になります この遷移状態において 基質の亜鉛カルボキシレートは NIS-I 2 試薬によって活性化され NIS は配位子と水素結合を形成していることが示唆されました 一つの金属錯体上でイオン結合 水素結合 ハロゲン結合の 3 種が協働して高立体選択的な反応を促進している世界初の触媒です ( 図 6) 図 6: イオン結合 水素結合 ハロゲン結合の 3 種が協働する反応遷移状態

しかし 図 6 の遷移状態を丁寧に考察しますと オレフィンをヨウ素化するのは NIS のヨウ素ではなく I 2 であることも示しています 実際の反応では 図 5 に示しましたように NIS は 1.1 当量用いているのに対し I 2 は 0.2 当量しか用いていません どうして 0.2 当量の I 2 で足りるのでしょうか tri-zn 錯体を用いた不斉ヨードラクトン化反応の触媒サイクルは図 7 のように推定されます まず 亜鉛三核錯体 (A) 上の酢酸アニオンが基質と交換し 亜鉛カルボキシレート (B) を生じます 亜鉛カルボキシレート (B) は NIS とヨウ素の複合体によってオレフィン部位が活性化され 前述の遷移状態 (C) へ至り ヨードラクトン化によって目的のヨードラクトンを与えます このとき オレフィン部位は NIS ではなく単体ヨウ素によって直接的に活性化されるわけですが 巻き矢印に示されるように反応が進行しますと 単体ヨウ素の I 2 は再生します ですので 0.2 当量の I 2 で反応が実施できているわけです 図 7:tri-Zn 錯体を用いた不斉ヨードラクトン化反応の触媒サイクル さらにこの遷移状態構造は tri-zn 錯体が求核部位であるカルボン酸と求電子部位のヨード二ウムイオンの二点を立体的に制御できることも示しています そこで 本触媒系をより難易度の高い非対称ヨードラクトン化反応に適用することにしました

対称な基質 1 に対して tri-zn 錯体を触媒に用いてヨードラクトン化を行うと 高いジアステレオ選択性をもって反応が進行し 5 員環ラクトン 2 を高い不斉収率で得ることに成功しました ( 図 8) 図 8: 非対称化による 5 員環ヨードラクトンの触媒的不斉合成 これらの光学活性 5 員環ラクトン 2 は 分子内にヨウ化アルキル基の他 未反応のオレフィン部位を残しており 合成的有用性も高い化合物です ( 図 9) 図 9: 非対称化によって得た光学活性 5 員環ヨードラクトンの有用性

独創性 先駆性 ハロゲン結合を不斉触媒へ導入し 高立体選択的な反応に成功した例は極めて少なく 我々の研究グループが先導している研究領域であります 一つの金属錯体上でイオン結合 水素結合 ハロゲン結合の 3 種が協働して高立体選択的な反応を促進している世界初の触媒です またヨードラクトン化の真のヨウ素化剤は NIS ではなく 触媒量の単体ヨウ素であることも明らかにしました 社会貢献性 波及効果 ハロゲン結合を組み込んだ協働作用型触媒 及びそれを用いる不斉反応の開発が達成されれば 今後 多様なソフト性の高い官能基を含有する分子の不斉合成が可能になり 学術的に大きな進展となります 溶液中におけるハロゲン結合を自在に制御できるようになれば ハロゲン結合を有する医薬やセンサーなど 新規機能性分子の創製にも繋がると期待できます 本研究は千葉ヨウ素資源イノベーションセンターが目指す ヨウ素の高機能化 の成果であります 本研究成果は Cell-press が発行するオープンアクセスジャーナル iscience 誌に掲載されました Arai, T.; Horigane, K.; Watanabe, O.; Kakino, J.; Sugiyama, N.; Makino, H.; Kamei, Y.; Yabe, S.; Yamanaka, M. iscience, accepted, 10.1016/j.isci.2019.01.029 文献 1) Arai, T.; Sugiyama, N.; Masu, H.; Kado, S.; Yabe, S.; Yamanaka, M. Chem. Comm. 2014, 42, 8287. 2) Arai, T.; Kojima, T.; Watanabe, O.; Itoh, T.; Kanoh, H. ChemCatChem. 2015, 7, 3234. 謝辞 本研究は 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究 高難度物質変換反応の開発を指向した精密制御反応場の創出 ( 平成 27-31 年度 ) の支援を受けて実施されています

補足説明 ソフト分子活性化研究センター 触媒化学 分析化学及びマテリアルサイエンスを融合することで分子認識と活性化の新概念を樹立し 国際的な高機能性ソフト分子創生研究拠点を構築すべく 平成 30 年 4 月 1 日に千葉大学全学センターとして設置されました ( センター長 : 荒井孝義 ) 千葉ヨウ素資源イノベーションセンター 千葉が生産するヨウ素の高機能化を目指し 平成 28 年度文部科学省地域科学技術実証拠点整備事業に採択されました 600MHz NMR や XPS など最先端分析機器を整備し 産学官共同研究を推進する拠点として 平成 30 年春に西千葉キャンパスに竣工します ( センター長 : 荒井孝義 ) 本件に関するお問い合せ先千葉大学大学院理学研究院 ( 教授荒井孝義 ) Tel:043-290-2889 Fax:043-290-2889 E-mail:tarai@faculty.chiba-u.jp