国際小児がん学会(International Society of Paediatric Oncology, SIOP)Schweisguth Prizeの受賞について

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

革新的がん治療薬の実用化を目指した非臨床研究 ( 厚生労働科学研究 ) に採択 大学院医歯学総合研究科遺伝子治療 再生医学分野の小戝健一郎教授の 難治癌を標的治療できる完全オリジナルのウイルス遺伝子医薬の実用化のための前臨床研究 が 平成 24 年度の厚生労働科学研究費補助金 ( 難病 がん等の疾患

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報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

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別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

生物時計の安定性の秘密を解明

するものであり 分子標的治療薬の 標的 とする分子です 表 : 日本で承認されている分子標的治療薬 薬剤名 ( 商品の名称 ) 一般名 ( 国際的に用いられる名称 ) 分類 主な標的分子 対象となるがん イレッサ ゲフィニチブ 低分子 EGFR 非小細胞肺がん タルセバ エルロチニブ 低分子 EGF

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

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かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

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平成14年度研究報告

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

平成 30 年 2 月 5 日 若年性骨髄単球性白血病の新たな発症メカニズムとその治療法を発見! 今後の新規治療法開発への期待 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 門松健治 ) 小児科学の高橋義行 ( たかはしよしゆき ) 教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 村上典寛 ( むらかみ

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

論文の内容の要旨

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

2. ポイント EGFR 陽性肺腺癌の患者さんにおいて EGFR 阻害剤治療中に T790M 耐性変異による増悪がみられた際にはオシメルチニブ ( タグリッソ ) を使用することが推奨されており 今後も多くの患者さんがオシメルチニブによる治療を受けることが想定されます オシメルチニブによる治療中に約

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2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

1. はじめに ステージティーエスワンこの文書は Stage Ⅲ 治癒切除胃癌症例における TS-1 術後補助化学療法の予後 予測因子および副作用発現の危険因子についての探索的研究 (JACCRO GC-07AR) という臨床研究について説明したものです この文書と私の説明のな かで わかりにくいと

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研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります


遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

核内受容体遺伝子の分子生物学

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

報道発表資料 2007 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 ヒト白血病の再発は ゆっくり分裂する白血病幹細胞が原因 - 抗がん剤に抵抗性を示す白血病の新しい治療戦略にむけた第一歩 - ポイント 患者の急性骨髄性白血病を再現する 白血病ヒト化マウス を開発 白血病幹細胞の抗がん剤抵抗性が

Hi-level 生物 II( 国公立二次私大対応 ) DNA 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造 ア.DNA の二重らせんモデル ( ワトソンとクリック,1953 年 ) 塩基 A: アデニン T: チミン G: グアニン C: シトシン U

ん細胞の標的分子の遺伝子に高い頻度で変異が起きています その結果 標的分子の特定のアミノ酸が別のアミノ酸へと置き換わることで分子標的療法剤の標的分子への結合が阻害されて がん細胞が薬剤耐性を獲得します この病態を克服するためには 標的分子に遺伝子変異を持つモデル細胞を樹立して そのモデル細胞系を用い

博士学位論文審査報告書

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

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H26大腸がん

平成24年7月x日

急性骨髄性白血病の新しい転写因子調節メカニズムを解明 従来とは逆にがん抑制遺伝子をターゲットにした治療戦略を提唱 概要従来 <がん抑制因子 >と考えられてきた転写因子 :Runt-related transcription factor 1 (RUNX1) は RUNX ファミリー因子 (RUNX1

記 者 発 表(予 定)

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

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研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

背景 これまで遺伝子治療には DNA が用いられてきましたが DNA は生体内 DNA への取り込みによる発がんの危険性や 導入に用いるウイルスベクターによる感染の危険性があり 実用化には至っていません そこで DNA に代わって登場してきたのが mrna( 注 1) です mrna は 遺伝子 D

目次 1. 抗体治療とは? 2. 免疫とは? 3. 免疫の働きとは? 4. 抗体が主役の免疫とは? 5. 抗体とは? 6. 抗体の構造とは? 7. 抗体の種類とは? 8. 抗体の働きとは? 9. 抗体医薬品とは? 10. 抗体医薬品の特徴とは? 10. モノクローナル抗体とは? 11. モノクローナ

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

1 分子標的治療薬概論 分子生物学の進歩により, がんの特性が徐々に明らかになるにつれ, がん薬物療法における新しい抗悪性腫瘍薬の開発戦略は大きく変わってきている. 本邦においても 2001 年に CD20 に対する抗体であるリツキシマブが B 細胞リンパ腫の治療薬として認可されて以来, 様々な分子

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

ルグリセロールと脂肪酸に分解され吸収される それらは腸上皮細胞に吸収されたのちに再び中性脂肪へと生合成されカイロミクロンとなる DGAT1 は腸管で脂質の再合成 吸収に関与していることから DGAT1 KO マウスで認められているフェノタイプが腸 DGAT1 欠如に由来していることが考えられる 実際

資料2 ゲノム医療をめぐる現状と課題(確定版)

これまで, 北海道大学動物医療センターの高木哲准教授, 同大学院獣医学研究院の今内覚准教授及び賀川由美子客員教授らは, イヌの難治性の腫瘍においても PD-L1 が頻繁に発現していることを報告してきました そこで, イヌの腫瘍治療に応用できる免疫チェックポイント阻害薬としてラット -イヌキメラ抗 P

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

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なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

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KRAS 遺伝子変異を持ったがんを標的とした新規のアルキル化剤の開発について 平成 27 年 4 月 27 日 千葉県がんセンター永瀬浩喜研究所長の研究グループは 同センター消化器内科及び京都大学大学院理学研究科などと共同し 今までなかった難治性の KRAS がん遺伝子変異を持ったがんに対する治療薬を開発しました この薬剤は 通常の化学療法に用いるアルキル化剤をがんの原因となるがん遺伝子 ( ドライバー遺伝子変異 ) に直接作用させることで がん遺伝子を破壊し さらに従来の化学療法剤としての効果も果たします 実際にヒト大腸がん移植マウスを用いた実験では 低濃度の薬剤で副作用なく腫瘍が縮小する高い治療効果が得られました なお この研究論文は 本日 Nature Communications 誌 (Nature 姉妹誌 ) において 世界中に公表されます 1 論文発表の概要 (1) 研究論文名 : Inhibition of KRAS mutant using a novel DNA-alkylating Pyrrole-Imidazole polyamide conjugate targeting Codon 12 Mutant DNA ( 和訳 :KRAS コドン 12 の変異 DNA を標的にした新規ピロールイミダゾールポリアミド DNA アルキル化剤複合体による変異 KRAS の阻害 ) (2) 著者 : 氏名 ( 所属 ) 千葉県がんセンター : 平岡桐子 井上貴博 渡部隆義 越川信子 養田裕行 篠原憲一 高取敦志 杉本博一 丸喜明 傳田忠道 尾崎俊文 永瀬浩喜京都大学 : 板東俊和 杉山弘 Rhys Dylan Taylor 日本大学 : 藤原恭子カリフォルニア大学サンフランシスコ校 :Allan Balmain 研究代表者 : 永瀬浩喜 ( 千葉県がんセンター研究所長 千葉大学大学院医学薬学府客員教授 日本大学医学部客員教授 ) (3) 発表雑誌 :Nature Communications(Nature 姉妹誌 ) (4) 公表日 : 日本時間 2015 年 4 月 27 日 ( 英国時間 2015 年 4 月 27 日 ) 2 今後への期待日本で毎年約 3 万人の患者が KRAS コドン 12 の変異を持つがんに罹患し 多くが難治性のがんとなりますが KRAS に対する分子標的治療薬は開発されていません 本研究により抗 KRAS 効果が確認された化合物 KR12 は 国からの援助のもとに難治性のがん患者向け治療薬として開発中であり 期待されています また 本化合物の開発技術は理論上他のあらゆるがんに応用ができるため 今後は治療法のなくなったがん患者一人一人に合わせた治療薬を供給する新たな道筋となり得ます ( 謝辞 ) 本研究は文部科学省次世代がん戦略推進プロジェクトにて実施したものである

( 参考 ) 1 本研究の背景と目的難治性のがん患者 治療法のないがん患者に一日でも早く効果的な抗がん剤を届けたい このためにはがんの原因遺伝子 ドライバー遺伝子をたたくことが重要であることを 分子標的治療薬の開発の歴史が物語ってきた 我々はがんにかかわるたんぱく質でなく遺伝子を直接狙い撃ちする方法を開発するため DNA の副溝を配列特異的に認識するピロールイミダゾールポリアミドとやはり DNA をアルキル化するアルキル化剤について研究を進めてきた これは 放線菌などの細菌が他の細菌が持つ遺伝子を認識して破壊し 他の菌から自分の増殖の場を守る目的で用いてきた抗生物質と同じものである この遺伝子の配列認識をがん細胞特異的に作り変えて自動的に合成できる仕組みを千葉県がんセンターのグループは京都大学と共同で開発した 最初に もっとも頻度が高く 難治性で 治療薬がないドライバー遺伝子変異 KRAS のコドン 12 の変異を標的に作成したのが本研究論文で報告する薬剤 KR12 である KRAS 遺伝子などのがんの遺伝子変異を標的にすることでがん細胞に効果を示す薬剤を次々に開発することを研究の目的としました 2 研究方法と成果いわゆるドライバーオンコジーンを標的にした分子標的治療が広く開発 ( 乳がんに対するハーセプチンや白血病に対するグリーベックなど ) されているなか 最も古くから知られている主要ながん原遺伝子である KRAS 遺伝子に対する有効な治療薬は未だ開発されていない この KRAS 遺伝子変異を持つ難治性がん治療のため ゲノム DNA における KRAS 遺伝子の活性化変異部位を標的にしたアルキル化剤の開発を目的として 塩基配列特異的に結合する有機小分子であるピロール イミダゾールポリアミド (PIP) にアルキル化剤である CBI を付加し DNA との強い結合力を有し 少量でも効果的に遺伝子発現を抑制する抗変異 KRAS 遺伝子がん治療薬の開発を考案した KRAS 遺伝子のコドン 12 の変異は 化学療法抵抗性の転移を有する大腸癌患者に多く さらに肺がん及び現在でも最も治療の困難な膵臓がんにも多くみられる 同じ KRAS のコドン 13 の変異を有する大腸癌の患者ではモノクローナル抗体であるセツキシマブにより有意な予後改善が得られる例があるが KRAS 遺伝子のコドン 12 の変異に対しては有効な治療薬が見つかっておらず 治療薬剤が必要とされるまさにアンメットな標的がん原遺伝子変異と考えられる そこでこのコドン 12 の遺伝子をコードする DNA 配列を特異的に認識し結合することで その発現を抑制する薬剤をデザインした この薬剤は 従来の治療薬とは全く異なる新たな抗がん剤として難治性の大腸がんや膵臓がん 肺がんに対する効果が期待される PIP は抗生物質デスタマイシンをモチーフとして開発された人工小分子であり 2 本鎖 DNA のマイナーグルーブへ配列特異的に結合することが報告されており PIP による標的配列の遺伝子の発現抑制が多く研究されている さらにマウスを用いた動物実験により腎障害に対する薬剤や抗がん剤 角膜外傷 肥厚性瘢痕 骨疾患等に対する治療薬としての研究も進められている また近年では ips 細胞の研究の一環として京都大学の ips 細胞プロジェクトである icems の研究においても PIP による ips 細胞誘導の研究が行われているなど 様々な研究成果が期待されて

いる有機小分子である この PIP の特徴として 1 任意の遺伝子配列をターゲットとして設計することが可能 2DNA に対する結合能が転写因子よりも強い 3 ベクターやドラッグデリバリーシステム (DDS) 無しに細胞の核に取り込まれる 4 核酸分解酵素に分解されず 細胞や生体内で安定であり 尿胆汁より未分解物として排泄される 5N 及び C 末端を容易に修飾することが可能であり 様々な機能性小分子との複合体の形成が可能であることなどが挙げられる PIP は Py/Im ペアが CG Py/Py ペアが AT または TA Im/Py ペアが GC を認識し これにより様々な任意の二重鎖 DNA に配列特異的に結合することが可能である 標的遺伝子に結合した PIP は 転写因子の DNA への結合を阻害し 特定の遺伝子発現を抑制する遺伝子スイッチとして研究されている KRAS コドン 12 の変異配列を標的とする hpip に京都大学の杉山 板東らにより開発された DNA 塩基のアデニンの特異的アルキル化を引き起こす seco-cbi を縮合させることで KRAS のコドン 12 の変異を特異的に認識する hpip-seco-cbi (KR12) を合成し 抗がん活性についての研究を行なった KRAS コドン 12 の変異配列を持つ大腸がん細胞株 SW480 SW620 LS180 および SNU-C2B においては生き残った細胞数が低濃度でも少なく KR12 が認識する変異を持たない HT-29 Caco-2 DLD-1 SW1463 では 高濃度にならないと細胞死を誘導できなかった ( 右折れ線グラフ ) また IC50( がん細胞の 50% が死ぬ濃度 ) が KR12 認識配列を持つ細胞では 50nM 前後で得られたが KR12 認識配列を持たない細胞では IC50 は 2-3 倍の高濃度であった ( 右表 ) コドン 12 の変異をもつ細胞株でより選択性の高い細胞死誘導が見られており コドン 12 の変異特異的アルキル化による抗がん剤としての開発の可能性が示唆されている また 本薬剤の投与によりヒト大腸がんを移植した免疫不全マウスへの投与による抗癌作用を調べたところ KR12 の認識配列を持つ LS180 SW480 細胞株で 優位にがん細胞の増殖を抑え KRAS 変異をもたない HT29 大腸がん細胞には効果を示さなかった また SW480 大腸がん細胞に対する効果は アルキル化剤部分のみよりも PIP を付加した KR12 の方が優れておりさらに アルキル化剤単独では マウスの体重が減少し 抗がん剤の副作用が確認されたが KR12 では同濃度での副作用が認められなかった ( 次頁図 ) これは KRAS の変異を持つ細胞に特異性が高く細胞死を誘導することから

も 変異を持たない細胞には効きにくいことからも副作用が少なくより低濃度で効果を示す抗がん剤として期待される 参考として 治療によりマウスに移植したヒト大腸がんが徐々に縮小した様子を写真で示す

3 Nature Communications 誌について Nature Communications は 2010 年 4 月にネイチャー パブリッシング グループ (NPG) が Nature 誌に次ぐ第二の統合ジャーナルとして 新たに創刊したオンライン限定の学際的ジャーナルです 生物科学 化学 物理科学のあらゆる領域における質の高い研究論文を出版することを目的としています 各分野の専門家にとって意義深い重要な進展を示す研究論文を 本誌で出版しています 昨年はすべての分野で 2800 論文が採択され 日本から 198 編が採択されています 下記に Nature Communications 誌に使用される Thumbnail image( 縮小画像 ) を示す