3 大気の安定度 (1) 3.1 乾燥大気の安定度 大気中を空気塊が上昇すると 周囲の気圧が低下する このとき 空気塊は 高断熱膨張 (adiabatic expansion) するので 周りの空気に対して仕事をした分だ け熱エネルギーが減少し 空気塊の温度は低下する 逆に 空気塊が下降する 高と断

Similar documents
領域シンポ発表

風力発電インデックスの算出方法について 1. 風力発電インデックスについて風力発電インデックスは 気象庁 GPV(RSM) 1 局地気象モデル 2 (ANEMOS:LAWEPS-1 次領域モデル ) マスコンモデル 3 により 1km メッシュの地上高 70m における 24 時間の毎時風速を予測し

領域シンポ発表

Microsoft Word - yougo_sakujo.doc

1

Microsoft PowerPoint - 熱力学Ⅱ2FreeEnergy2012HP.ppt [互換モード]

Hanako-公式集力学熱編.jhd

物理学 II( 熱力学 ) 期末試験問題 (2) 問 (2) : 以下のカルノーサイクルの p V 線図に関して以下の問題に答えなさい. (a) "! (a) p V 線図の各過程 ( ) の名称とそのと (& きの仕事 W の面積を図示せよ. # " %&! (' $! #! " $ %'!!!

1. 天候の特徴 2013 年の夏は 全国で暑夏となりました 特に 西日本の夏平均気温平年差は +1.2 となり 統計を開始した 1946 年以降で最も高くなりました ( 表 1) 8 月上旬後半 ~ 中旬前半の高温ピーク時には 東 西日本太平洋側を中心に気温が著しく高くなりました ( 図 1) 特


Microsoft Word - 中村工大連携教材(最終 ).doc

気体の性質-理想気体と状態方程式 

7 渦度方程式 総観規模あるいは全球規模の大気の運動を考える このような大きな空間スケールでの大気の運動においては 鉛直方向の運動よりも水平方向の運動のほうがずっと大きい しかも 水平方向の運動の中でも 収束 発散成分は相対的に小さく 低気圧や高気圧などで見られるような渦 つまり回転成分のほうが卓越

専門.indd

Wx Files Vol 年2月14日~15日の南岸低気圧による大雪

( 全体 ) 年 1 月 8 日,2017/1/8 戸田昭彦 ( 参考 1G) 温度計の種類 1 次温度計 : 熱力学温度そのものの測定が可能な温度計 どれも熱エネルギー k B T を


CERT化学2013前期_問題

ニュートン重力理論.pptx

例題 1 表は, 分圧 Pa, 温度 0 および 20 において, 水 1.00L に溶解する二酸化炭素と 窒素の物質量を表している 二酸化炭素窒素 mol mol mol mol 温度, 圧力, 体積を変えられる容器を用意し,

(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1

平成 2 7 年度第 1 回気象予報士試験 ( 実技 1 ) 2 XX 年 5 月 15 日から 17 日にかけての日本付近における気象の解析と予想に関する以下の問いに答えよ 予想図の初期時刻は図 12 を除き, いずれも 5 月 15 日 9 時 (00UTC) である 問 1 図 1 は地上天気

(Microsoft PowerPoint _4_25.ppt [\214\335\212\267\203\202\201[\203h])

ポリトロープ、対流と輻射、時間尺度

図 7-: コリオリ力の原理 以下では 回転台の上で物体が運動したとき 物体にはたらくみかけの力を定量的に求めてみる 回転台は角速度 で回転していて 回転台に乗っている観測者から見た物体の速度ベクトルの動径方向の成分を u 接線方向の成分を v とする 図 7-3: 回転台の上での物体の運動 はじめ

Microsoft PowerPoint - 第1回(変遷+Rankineサイクル)_H22講義用.ppt

銀河風の定常解

<4D F736F F D BF382CC82B582A882E D58E9E8D E DC58F4994C5816A>

運動方程式の基本 座標系と変数を導入 (u,v) ニュートンの第一法則 力 = 質量 加速度 大気や海洋に加わる力を, 思いつくだけ挙げてみよう 重力, 圧力傾度力, コリオリ力, 摩擦力 水平方向に働く力に下線をつけよう. したがって水平方向の運動方程式は 質量 水平加速度 = コリオリ力 + 圧

PowerPoint プレゼンテーション

2回理科

Microsoft PowerPoint - C03-1_ThermoDyn2015_v1.ppt [互換モード]

Xamテスト作成用テンプレート

プレスリリース 2018 年 10 月 31 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 台風の急激な構造変化のメカニズムを解明 - 台風の強度予報の精度を飛躍的に向上できる可能性 - 慶應義塾大学の宮本佳明環境情報学部専任講師 杉本憲彦法学部准教授らの研究チームは 長年の謎であった台風の構造が急激に変化する

接している場所を前線という 前線面では暖かい空気が上昇し雲が発生しやすい 温帯低気圧は 暖気と寒気がぶつかり合う中緯度で発生する低気圧で しばしば前線を伴う 一般に 温帯低気圧は偏西風に乗って西から東へ移動する 温帯低気圧の典型的なライフサイクルは図のようになっている 温帯低気圧は停滞前線上で発生す

数値計算で学ぶ物理学 4 放物運動と惑星運動 地上のように下向きに重力がはたらいているような場においては 物体を投げると放物運動をする 一方 中心星のまわりの重力場中では 惑星は 円 だ円 放物線または双曲線を描きながら運動する ここでは 放物運動と惑星運動を 運動方程式を導出したうえで 数値シミュ

仙台管区気象台における ヤマセ研究の系譜

第 2 学年理科学習指導案 日時平成 28 年 月 日 ( ) 第 校時対象第 2 学年 組 コース 名学校名 立 中学校 1 単元名 天気とその変化 ( 使用教科書 : 新しい科学 2 年東京書籍 ) 2 単元の目標 身近な気象の観察 観測を通して 気象要素と天気の変化の関係を見いだすとともに 気


木村の理論化学小ネタ 理想気体と実在気体 A. 標準状態における気体 1mol の体積 標準状態における気体 1mol の体積は気体の種類に関係なく 22.4L のはずである しかし, 実際には, その体積が 22.4L より明らかに小さい

A solution to Problems(物理化学II)Problem5

2. エルニーニョ / ラニーニャ現象の日本への影響前記 1. で触れたように エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海洋 大気場と密接な関わりを持つ大規模な現象です そのため エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海流や大気の流れを通じたテレコネクション ( キーワード ) を経て日本へも影響

等温可逆膨張最大仕事 : 外界と力学的平衡を保って膨張するとき 系は最大の仕事をする完全気体を i から まで膨張させるときの仕事は dw d dw nr d, w nr ln i nr 1 dw d nr d i i nr (ln lni ) nr ln これは右図 ( テキスト p.45, 図

湿度計算の計算式集 湿度計算を分かりやすく理解するために B210973JA-F

Microsoft PowerPoint - 物理概論_熱力学2_2012.ppt [互換モード]

微分方程式による現象記述と解きかた

ような塩の組成はほとんど変化しない 年平均した降水量 (CMAP データを用いて作成 ) 2.2 海水の密度海水の密度は水温だけでなく 塩分にも依存する 一般に塩分が多いほど密度は高くなる 真水と海水について 温度変化に伴う密度の変化を計算すると以下のようになる 真水は 4 付近で密度が最大になるが

局地的大雨と集中豪雨

運動方程式の基本 ニュートンの第一法則 力 = 質量 加速度 大気や海洋に加わる力を, 思いつくだけ挙げてみよう 重力, 圧力傾度力, コリオリ力, 摩擦力 水平方向に働く力に下線をつけよう. したがって水平方向の運動方程式は 質量 水平加速度 = コリオリ力 + 圧力傾度力 + 摩擦力 流体の運動

<4D F736F F D DB782B591D682A6816A388C8E C8E82CC8D8B894A82CC8A C982C282A282C481404A57418FBC89AA81408F4390B32E646

2018_1.pdf

417-01

伝熱学課題

Microsoft PowerPoint - Ikeda_ ppt [互換モード]

ÿþŸb8bn0irt

WxFilesVol 年3月10日関東地方の砂嵐に関して

Taro-40-09[15号p77-81]PM25高濃

4

プランクの公式と量子化

PowerPoint プレゼンテーション

WTENK5-6_26265.pdf

Wx Files Vol 年4月4日にさいたま市で発生した突風について

Microsoft PowerPoint _HARU_Keisoku_LETKF.ppt [互換モード]

2 図微小要素の流体の流入出 方向の断面の流体の流入出の収支断面 Ⅰ から微小要素に流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅰ は 以下のように定式化できる Q 断面 Ⅰ 流量 密度 流速 断面 Ⅰ の面積 微小要素の断面 Ⅰ から だけ移動した断面 Ⅱ を流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅱ は以下のように

PowerPoint プレゼンテーション

また単分子層吸着量は S をすべて加えればよく N m = S (1.5) となる ここで計算を簡単にするために次のような仮定をする 2 層目以上に吸着した分子の吸着エネルギーは潜熱に等しい したがって Q = Q L ( 2) (1.6) また 2 層目以上では吸着に与える表面固体の影響は小さく

Microsoft PowerPoint - 02.pptx

<4D F736F F D2094F795AA95FB92F68EAE82CC89F082AB95FB E646F63>

されており 日本国内の低気圧に伴う降雪を扱った本研究でも整合的な結果が 得られました 3 月 27 日の大雪においても閉塞段階の南岸低気圧とその西側で発達した低気圧が関東の南東海上を通過しており これら二つの低気圧に伴う雲が一体化し 閉塞段階の低気圧の特徴を持つ雲システムが那須に大雪をもたらしていま

Microsoft PowerPoint - H21生物計算化学2.ppt

PowerPoint プレゼンテーション

() 実験 Ⅱ. 太陽の寿命を計算する 秒あたりに太陽が放出している全エネルギー量を計測データをもとに求める 太陽の放出エネルギーの起源は, 水素の原子核 4 個が核融合しヘリウムになるときのエネルギーと仮定し, 質量とエネルギーの等価性から 回の核融合で放出される全放射エネルギーを求める 3.から

Microsoft PowerPoint - 熱力学前半.ppt [互換モード]

Microsoft PowerPoint nakagawa.ppt [互換モード]

27 (2015 ) C t [ C] T [K] ( ) T [K] = t[ C] (1) = (temperature) (absolute zero) (absolute temperature) (Celsius temp

台風の雲と地震の関係その 1 台風と地震の不思議な関係には 台風の進路と地震の関係 や 台風の雲と地震の関係 などがありますが ここでは 台風の雲と地震の関係 について 観察事実を重視して検証してゆき 科学的な推論をしてゆきたいと思います 台風と地震の不思議な関係 2013 年 10 月 26 日福

天気の科学ー8

2018 年 12 月の天候 ( 福島県 ) 月の特徴 4 日の最高気温が記録的に高い 下旬後半の会津と中通り北部の大雪 平成 31 年 1 月 8 日福島地方気象台 1 天候経過 概況この期間 会津では低気圧や寒気の影響で曇りや雪または雨の日が多かった 中通りと浜通りでは天気は数日の周期で変わった

<4D F736F F D DC58F4994C5817A89D495B28C588CFC82DC82C682DF>

ごあいさつ この度は ( 株 ) ウェザーマップの気象予報士講座へ資料請求を頂きましてありがとうございます お天気キャスター森田正光が取締役会長 森朗が代表取締役社長を務める民間気象会社が運営する気象予報士講座です 取締役会長森田正光 近年 気象情報は農林水産業はもとより 建設 交通 流通 観光 小

Taro-ChemTherm06.jtd

2 気象庁研究時報 6 巻 28 を報告する. なお, 対象とする地域は観測資料が他の地域よりもそろっている備讃瀬戸周辺である. 時間はすべて日本時間である. 2. 調査資料部内資料としては, 各種天気図, 衛星, アメダス, 男木島霧観測所, 高層エマグラム, レーダー, ウインドプロファイラ (

3 数値解の特性 3.1 CFL 条件 を 前の章では 波動方程式 f x= x0 = f x= x0 t f c x f =0 [1] c f 0 x= x 0 x 0 f x= x0 x 2 x 2 t [2] のように差分化して数値解を求めた ここでは このようにして得られた数値解の性質を 考

Microsoft PowerPoint - 第7章(自然対流熱伝達 )_H27.ppt [互換モード]

DVIOUT-SS_Ma

梅雨 秋雨の対比とそのモデル再現性 将来変化 西井和晃, 中村尚 ( 東大先端研 ) 1. はじめに Sampe and Xie (2010) は, 梅雨降水帯に沿って存在する, 対流圏中層の水平暖気移流の梅雨に対する重要性を指摘した. すなわち,(i) 初夏に形成されるチベット高現上の高温な空気塊

参考資料

パソコンシミュレータの現状

偏微分の定義より が非常に小さい時には 与式に上の関係を代入すれば z f f f ) f f f dz { f } f f f f f 非常に小さい = 0 f f z z dz d d opright: A.Asano 7 まとめ z = f (, 偏微分 独立変数が 個以上 ( 今は つだけ考

Microsoft Word - 1.1_kion_4th_newcolor.doc

伝熱学課題

平成27年度 前期日程 化学 解答例

Microsoft Word - thesis.doc

実験題吊  「加速度センサーを作ってみよう《

untitled

スライド 1

電気使用量集計 年 月 kw 平均気温冷暖平均 基準比 基準比半期集計年間集計 , , ,

Microsoft Word - t30_西_修正__ doc

2 気象 地震 10 概 況 平 均 気 温 降 水 量 横浜地方気象台主要気象状況 横浜地方気象台月別降水量 日照時間変化図 平均気温 降水量分布図 横浜地方気象台月別累年順位更新表 横浜地方気象台冬日 夏日 真夏

基礎地学II 気象学事始(3/3)

Transcription:

3 大気の安定度 (1) 3.1 乾燥大気の安定度 大気中を空気塊が上昇すると 周囲の気圧が低下する このとき 空気塊は 高断熱膨張 (adiabatic exansion) するので 周りの空気に対して仕事をした分だ け熱エネルギーが減少し 空気塊の温度は低下する 逆に 空気塊が下降する 高と断熱圧縮 (adiabatic comression) されるので 温度は上昇する 飽和に達し 高ていない空気塊が断熱的に上昇するときの温度低下の割合を乾燥断熱減率 (dry adiabatic lase rate) という ここで 大気の乾燥断熱減率を計算してみる 大気が理想気体であることを仮定すると 状態方程式は 圧力を 比容 ( 単位質量あたりの体積 ) を 温度を T 気体定数を R として RT と書ける 乾燥空気に対しては R 287 J/kg Kである 一方 熱力学の第 1 法則 ( エネルギー保存則 ) は 内部エネルギーをU 気体に加えた熱を d' Q が外部にした仕事を d' W として d ' Q du d' W と表せる U C T d' W d とすると 熱力学の第 1 法則は v d' Q CvdT d と書くことができる ただし C は乾燥空気の定積比熱である v 気体 ここで 状態方程式の両辺を微分すると 積の微分の公式 f x g x ' f ' x g x f x g' x 方程式は を用いて d d RdT となるから 上の d' Q C R dt d C dt d v と変形できる ただし C は乾燥空気の定圧比熱であって C C v R が成り 立つ C 1004 J/kg K である 断熱膨張や断熱圧縮を考えているので d ' Q 0 とすると C dt d 0 となる さて 微小変化を高度 z についての微分と考えると 上の方程式は dt d C 0 dz dz 16

と書くことができる 一方 静水圧平衡の関係より d g dz が成り立っている ただし は気体の密度である また g は重力加速度であ 2 って g 9.81 m/s である ゆえに dt C dz となって 乾燥大気の断熱減率 d は d g 0 dt dz となる 現実の大気においては 乾燥断熱減率は 100 m につき約 1.0 である g C 熱力学方程式の中の は持ち上げた空気塊の密度の逆数であり 一方で 静水圧平衡の式の 中の は周りの空気の密度である 通常の大気においては 空気塊を持ち上げるにつれて 空気塊の温度のほうが周りの空気の温度より低くなるので 空気塊の密度と周りの空気の密度 との間に差が生じる したがって 厳密にいえば 1 は成り立たたなくなるので 乾燥 断熱減率も d g / C で一定というわけではない 高等学校の地学で乾燥断熱減率を取り上げる 上記のような理論的な導出は 行なわないが 定量的な値を具体的に取り扱う 中学校の第 2 分野では 断 熱膨張による気温の低下を定性的に扱う 3.2 湿潤大気の安定度 飽和に達していない空気塊を断熱的に持ち上げると 乾燥断熱減率にしたが って温度が低下していくので ある高度で飽和に達し 水蒸気の凝結が始まる 高このときの高度を凝結高度 (condensation level) という 空気塊がさらに上昇を 続けると 水蒸気が凝結するときに凝結熱が放出されて空気塊が暖められるの で 温度の低下の割合は乾燥断熱減率よりも小さくなる このときの温度低下 高の割合を湿潤断熱減率 (moist adiabatic lase rate) という 比較的高温な環境 では 湿潤断熱減率は 100 m につき約 0.5 である 高等学校の地学で湿潤断熱減率を取り上げる 定量的な値のほか 乾燥断熱 減率との大小関係や その原因についてもふれる 17

高度 凝結高度 100m につき 0.5 温度低下 = 湿潤断熱減率 凝結 100m につき 1.0 温度低下 = 乾燥断熱減率 空気塊 温度 図 3-1: 空気塊の上昇と断熱減率 高実際の大気において 高度による温度低下の割合を温度減率 ( 気温減率 ) (temerature lase rate) という 温度減率が断熱減率よりも大きい場合 大気 の状態は不安定であり 雲が発達しやすい 逆に 高度による温度低下の割合 が断熱減率よりも小さい場合には 大気の状態は安定である 大気の温度減率が湿潤断熱減率よりも小さい場合には 未飽和の空気塊に対 しても飽和空気塊に対しても大気の状態は安定である このような状態を絶対 高安定 ( 安定 )(absolute stability) という 逆に 温度減率が乾燥断熱減率より も大きい場合には 空気塊が未飽和であっても飽和であっても 大気の状態は 高不安定である この状態を絶対不安定 ( 不安定 )(absolute instability) という また 大気の温度減率が湿潤断熱減率よりも大きく乾燥断熱減率よりも小さい 場合には 未飽和の空気塊に対しては安定であるが 飽和空気塊に対しては不 高安定である これを条件つき不安定 (conditional instability) という 実際の大 気の温度減率は状況によって異なるが 典型的には下層の大気では 100 m につ き約 0.6 である 対流圏 ( 高度約 11 km まで ) の大気は条件つき不安定であ ることが多い 18

高度 温度減率小絶対安定条件つき不安定絶対不安定 10 15 高気温度 17 10 15 高気温度 13 10 15 温度減率大 気温 9 1000m 1000m 1000m 未飽和 飽和 未飽和 飽和 未飽和 飽和 図 3-2: 空気塊の鉛直運動と大気の安定度 高度 条件つき不安定 絶対安定 絶対不安定 気温 図 3-3: 温度減率と安定度 高等学校の地学で 絶対安定 条件つき不安定 絶対不安定について学ぶ 温度減率との関係を整理して理解したい 天気予報で 上空に寒気が入って大気の状態が不安定になるでしょう と言 うことがあるが 以上で説明したような大気の安定度の変化を指していること が多い 3.3 フェーン現象水蒸気を含んだ空気塊が山脈を超えるときの温度変化を考えてみる はじめ 空気塊は 風上側の山麓から山の斜面に沿って上昇していく 凝結高度に達するまでは 乾燥断熱減率に従って温度が低下していく 凝結高度に達すると 雲が発生し降水をもたらしながら 湿潤断熱減率に従って温度を下げながら山 19

の斜面を上昇していく やがて空気塊は山頂を越えて風下側の山麓に向かって 下降していく このとき断熱圧縮によって空気塊の温度が上昇するので 空気 塊は不飽和となり 乾燥断熱減率に従って温度が上がっていく この結果 空 気塊は 風上側の山麓を出発したときに比べて 降水として失われた分だけ水 蒸気が減少し また 凝結高度より上での湿潤断熱減率と乾燥断熱減率の差の 分だけ温度が高くなる したがって 風下側の山麓に達した空気塊は 高温で 高乾燥したものになる このような大気の変質をフェーン現象 (foehn henomenon) という 山頂 湿潤断熱減率 乾燥断熱減率 凝結高度 乾燥断熱減率 図 3-4: フェーン現象の模式図 フェーン現象は 台風や低気圧に伴って 本州の日本海側と太平洋側を分け る脊梁山脈を越えて強い南風が吹くときに起こりやすい このような場合 乾 燥断熱減率にしたがって空気が下降してくる日本海側で高温になる 20

( 気象庁のウェブサイトより ) 図 3-5: フェーン現象発生時の気圧配置 (2011 年 7 月 20 日 9 時 ) ( このとき 東京の気温は 26.9 新潟の気温は 33.7 ) 高等学校の地学でフェーン現象を取り上げる 原理も含めて説明する 次の模式図のように 風上側で上昇気流がみられず 風下側での下降気流のみによって気温が高くなることがある このようなフェーン現象をドライフェーン (dry foehn) とよぶ それに対して 風上での上昇気流や水蒸気の凝結を伴うような 典型的なフェーン現象とされているものをウェットフェーン (wet foehn) とよぶことがある 真夏に山沿いの地域で極端な高温が観測されることがあるが このような猛暑には ドライフェーンが関係していることも多い 山頂 乾燥断熱減率 図 3-6: ドライフェーンの模式図 問 3-1 標高 0m で 25 の空気塊がある この空気塊が山の斜面に沿って標高 2000m まで上昇し 山を越えたあと標高 0m まで下降するとする 凝結高度は 800m である 上昇するときには 凝結高度より下では乾燥断熱減率 上では湿 21

潤断熱減率に従って温度が低下し 下降するときには 乾燥断熱減率に従って温度が上昇すると考える 標高 0 m まで戻ってきたとき この空気塊の温度は何 になるか計算せよ 乾燥断熱減率は 10 /km 湿潤断熱減率は 5 /km とする 3.4 逆転層 一般に対流圏では 気温は高度とともに低下する しかし 気温が高度とと 高もに高くなる層が出現することがある これを逆転層 (inversion layer) という 逆転層は次のように分類できる 接地逆転層 : 夜間の放射冷却によって地表面付近の空気が冷やされることで形 成される逆転層 寒候季の晴れている夜間に生じやすい 沈降逆転層 : 高気圧や寒気の流入によって下降気流が生じたときに 断熱圧縮 に伴う昇温によって生じる 寒冷前線の通過後に寒気移流域や移動性高気圧の 勢力下に入ったときや 亜熱帯高気圧の覆われているときなどにみられる 移流逆転層 ( 前線逆転層 ): 前線にともなって発生する逆転層 冷気の上に暖 気が乗り上げたり 暖気の下に冷気が潜りこんだりすることによって形成され る 温暖前線の前面 ( 北東側 ) で観測されることが多い 22

露点温度 気温 露点温度 気温 温度 温度 ( 気象庁のウェブサイトより ) 図 3-7: 移流逆転層 ( 左 ) と沈降逆転層 ( 右 ) の例 ( 潮岬 ( 和歌山県 ) での 2010 年 5 月 22 日 21 時と 24 日 21 時の観測データ ) 高等学校の地学で逆転層を取り上げる 逆転層を接地逆転と上空逆転に分類 することがある この場合 沈降逆転層と移流逆転層をまとめて上空逆転と しているが あまり一般的ではない 23