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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

論文の内容の要旨

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33 MD-SAXS 法 [ 技術の概要 ] マルチドメインタンパク質や天然変性タンパク質など フレキシブルで結晶化しにくく X 線結晶構造解析が難しいタンパク質は数多く存在する また 結晶構造と溶液構造が異なると想定される場合もある そのような場合 低解像度ながら 溶液構造情報を X 線小角散乱

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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練習問題

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研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

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ポイント 微生物細胞から生える細い毛を 無傷のまま効率的に切断 回収する新手法を考案しました 新手法では 蛋白質を切断するプロテアーゼという酵素の一種を利用します 特殊なアミノ酸配列だけを認識して切断する特異性の高いプロテアーゼに着目し この酵素の認識 切断部位を毛の根元に導入するために 蛋白質の設

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

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関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

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理学研究科 ( 生命理学専攻の大学院生には開放科目の対象外 ) 生命理学特別講義 0 大学院開講科目 生命理学特別講義 大学院開講科目 生命理学特別講義 大学院開講科目 生命理学特別講義 3 大学院開講科目 生命理学特別講義 4 大学院開講科目 生命理学特別講義 5 大学院開講科目 生命理学特別講義

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

記 者 発 表(予 定)

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

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図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

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著者 : 黒木喜美子 1, 三尾和弘 2, 高橋愛実 1, 松原永季 1, 笠井宣征 1, 間中幸絵 2, 吉川雅英 3, 浜田大三 4, 佐藤主税 5 1, 前仲勝実 ( 1 北海道大学大学院薬学研究院, 2 産総研 - 東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ, 3 東京大学大

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背景 脊椎動物は, 体内に侵入したウイルスなどの異物に由来するペプチド断片を, 抗原ペプチドとして T 細胞に提示し, 免疫を活性化するシステムを持っています 抗原提示と称されるこの免疫機能の鍵となっているのは, 主要組織適合遺伝子複合体クラス I(MHC-I) という膜タンパク質です MHC-I

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

平成14年度研究報告


1 編 / 生物の特徴 1 章 / 生物の共通性 1 生物の共通性 教科書 p.8 ~ 11 1 生物の特徴 (p.8 ~ 9) 1 地球上のすべての生物には, 次のような共通の特徴がある 生物は,a( 生物は,b( 生物は,c( ) で囲まれた細胞からなっている ) を遺伝情報として用いている )

ビタミン B 12 人工酵素 2 C 2 C 3 C 3 C 2 C 3 C C 3 C 2 C 3 C 2 L Co C 3 C 3 C 3 C 3 L C2 2 B 12 LC 3 B 12 LC B 12 C C X 2 C 3 X C 3 P C 2 5,6-2 CoA C CoA C -C

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34 タンパク質の立体構造予測 タンパク質の配列から 立体構造を予測します あらゆるレベルに応じた対応をします モデリング可能なもの高精度モデリングを行います モデリングが難しいもの技術の粋をこらして鋳型を探します 人工鋳型も作成します 構造がないもの天然変性領域を予測します 支援に供する設備名など

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平成 30 年 8 月 17 日 報道機関各位 東京工業大学広報 社会連携本部長 佐藤勲 オイル生産性が飛躍的に向上したスーパー藻類を作出 - バイオ燃料生産における最大の壁を打破 - 要点 藻類のオイル生産性向上を阻害していた課題を解決 オイル生産と細胞増殖を両立しながらオイル生産性を飛躍的に向上

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

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Vol.5 No September 9 Contents

ナノの技術をバイオに応用

2. 看護に必要な栄養と代謝について説明できる 栄養素としての糖質 脂質 蛋白質 核酸 ビタミンなどの性質と役割 およびこれらの栄養素に関連する生命活動について具体例を挙げて説明できる 生体内では常に物質が交代していることを説明できる 代謝とは エネルギーを生み出し 生体成分を作り出す反応であること

細胞の構造

Transcription:

創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在するプロトンポンプである 複雑なサブユニット構造からなる超分子複合体であり 親水性の触媒頭部部分 (V1 部分 ) と H + 輸送を担う膜内在性部分 (Vo 部分 ) から構成される ( 図 1A) 回転触媒機構により ATP の加水分解エネルギーを使ってプロトンを小胞内に輸送し 内部を酸性化する また V-ATPase は破骨細胞やガン細胞の細胞膜にも多く発現している 本酵素による酸性環境異常が骨粗鬆症やガン転移の原因の一つであり その特異的阻害剤はこれら疾患の新しい治療薬として期待されている このように V-ATPase は医学 生理学的にもエネルギー変換装置としても非常に興味深く 生体内で最も重要な酵素のひとつである 我々は原核生物 ( バクテリア ) にも類縁酵素が存在することを発見し バクテリアV-ATPaseの分子生物学 生化学 構造生物学的研究を展開してきた 本研究はターゲットタンパク研究の 基本的生命の解明 分野に採択された 下記にその達成目標や研究体制 現在までに得られた成果について紹介する < 達成目標 > 本研究ではバクテリアV-ATPaseの構造 機能研究をさらに進め V-ATPaseの分子メカニズムの解明を目指す ( 図 1-B) また ヒトV-ATPaseサブユニットの構造 機能解析を行い 真核細胞 V-ATPaseの多機能性や上記疾患などについて考察する ( 図 1-C) さらにバクテリアV-ATPaseのサブユニット構造を使ったインシリコスクリーニング 化合物ライブラリーからのスクリーニング 有機合成を行い 骨粗鬆症やガンの治療薬に繋がるV-ATPaseの特異的阻害剤の創出を目指す ( 図 1-D)

図 1 研究の流れ < 研究の連携体制 > 分担機関である理化学研究所でV-ATPaseの生産を行い 機能解析及び阻害剤のスクリーニングを行う 精製標品を代表機関である京都大学に郵送し 結晶化及び構造解析を行う その構造を基に分担機関である静岡県立大学で新規阻害剤の合成を行う 図 2 研究の連携体制 < 研究成果 > バクテリア V-ATPase の分子メカニズムの解明 構造解析について 好熱菌由来 V-ATPase の A3B3 複合体の X 線結晶構造 (2.5A 分解能 ; Rfactor 25%) を V-ATPase として初めて明らかにした ( 論文準備中 ) また EG 複合体結晶の 2.5A 分 解能でのデータ収集に成功し 構造解析を進めている 腸球菌由来 V-ATPase の EGa N 末 ドメイン複合体のX 線小角散乱による溶液構造を明らかにした (Yamamoto et al., J. Biol. Chem., 283, 19422-31, 2008) これらの構造情報を取り入れた V-ATPase の全体構造 モデルを図 3 に示す

図 3 V-ATPase の構造モデル 機能解析について V-ATPaseの基本的な生化学的性質を明らかにするために ATPの加水分解反応の1 分子測定系を改良し 好熱菌由来 V-ATPaseの酵素学的パラメーターを明らかにした (Nakano et al., J. Biol. Chem., 283, 20789-20796, 2008) さらに ATP 合成活性測

定系を確立し 膜電位がなくてもpH 勾配だけで合成反応が起こることがわかった (Toei et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 104, 20256-20261, 2007) イオン輸送メカニズムを明らかにする目的で 界面活性剤中での膜内リングへの 22 Na + 結合測定系を確立した 22 Na + 結合 解離の酵素学的性質やLi + 結合型膜内リングのX 線結晶構造とNa + 結合型の構造と比較することにより 本酵素のイオン選択性及びイオンの結合 解離のメカニズムを明らかにした (Murata et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 105, 8607-8612, 2008) ヒトV-ATPaseサブユニットの構造 機能解析ヒト V-ATPase の立体構造情報は報告されていない 我々はアイソフォームを含む全サブユニット (23 種類 ) について 大腸菌無細胞タンパク質合成系を用いて発現のスクリーニングを行った サブユニット D, F, d1, d2 の大量発現 精製に成功し それぞれ結晶化スクリーニングを行ったところ サブユニット D の結晶を得ることができた 今後は結晶化スクリーニングを継続し 良質の結晶が得られしだい X 線結晶構造解析を行う V-ATPaseの特異的阻害剤の創出既知 V-ATPase 阻害剤の阻害機構 F 型 V 型の両 ATPaseの阻害剤として知られる阻害剤 DCCDと膜内リングとの共結晶構造及び上記で記載した 22 Na + 結合活性測定により 阻害機構を分子レベルで明らかにした ( 論文準備中 ) 環境ホルモンであるトリブチルチンクロライド(TBT) の阻害様式を 1 分子計測により解析し ATP 結合直後に起こるステップ回転を阻害することを示した (Takeda et al., Biophy. J., in press) 化合物ライブラリーからのスクリーニングバクテリアV-ATPaseのATPase 活性阻害を指標に 制御領域が保有するすべての化合物 ( 約 8 万種 ) からのスクリーニングを行っている 現在 2 万 4 千種類のスクリーニングが完了し IC50が10μM 以下の123 種類の新規阻害剤を見いだした 現在 これら阻害剤と阻害剤結合候補の膜内リングとの共結晶構造解析を行っている 得られた構造を基にインシリコスクリーニングや有機合成を行い 創薬に繋がる新規阻害剤の開発を目指す

略歴村田武士 ( むらたたけし ) 京都大学医学研究科分子細胞情報学助教 / 理化学研究所生命分子システム基盤研究領域客員研究員 工学博士 西暦 1995 年 3 月東京理科大学基礎工学部生物工学科卒業 西暦 2000 年 3 月東京理科大学大学院博士課程修了 西暦 2000 年 9 月 2005 年 3 月日本学術振興会特別研究員 MRC postdoctoral fellow 日本学術振興会海外特別研究員として英国 MRC にて博士研究員 西暦 2005 年 4 月理化学研究所基礎科学特別研究員 西暦 2007 年 7 月より現職 JST ERATO 岩田プロジェクト グループリーダー兼任専門は構造生物学 特に膜タンパク質の X 線結晶構造解析 学部生のときから現在まで V-ATPase の構造と機能の研究を継続し 筆頭著者として JBC(7 報 ) を中心に Science PNAS 等に研究成果を報告している