序 足は起立 歩行といった基本的な運動に直接的にかかわる器官であり, 外傷にさらされる機会が少なくない. 軽微な外傷と思われても, 慢性の足痛や足関節痛を後遺することがあり, 日常生活に支障をきたす. また, 先天性の変形のみならず, リウマチや変形性足関節症あるいは腫瘍性病変など様々な疾患によって

Similar documents
5 月 22 日 2 手関節の疾患と外傷 GIO: 手関節の疾患と外傷について学ぶ SBO: 1. 手関節の診察法を説明できる 手関節の機能解剖を説明できる 前腕遠位部骨折について説明できる 4. 手根管症候群について説明できる 5 月 29 日 2 肘関節の疾患と外傷 GIO: 肘関節の構成と外側

当院における足部・足関節領域のMRI

10035 I-O1-6 一般 1 体外衝撃波 2 月 8 日 ( 金 ) 09:00 ~ 09:49 第 2 会場 I-M1-7 主題 1 基礎 (fresh cadaver を用いた肘関節の教育と研究 ) 2 月 8 日 ( 金 ) 9:00 ~ 10:12 第 1 会場 10037

足底腱膜炎 ( 足の裏 ) 踵骨疲労骨折( 踵全体 ) アキレス腱付着部炎( 踵のうしろ ) 足の裏のしびれ 痛み足根管症候群母趾 ( 足の親ゆび ) が外を向いて 付け根が痛い外反母趾母趾の付け根がはれていたい そり返せない強剛母趾 それぞれの障害について 変形性足関節症 足関節の軟骨が磨耗して腫

第2回神戸市サッカー協会医科学講習会(PDF)F.pptx

足部について

PowerPoint プレゼンテーション


足関節

P01_改.eps

00Int01.qx

2 片脚での体重支持 ( 立脚中期, 立脚終期 ) 60 3 下肢の振り出し ( 前遊脚期, 遊脚初期, 遊脚中期, 遊脚終期 ) 64 第 3 章ケーススタディ ❶ 変形性股関節症ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

P1

椎間板の一部が突出した状態が椎間板ヘルニアです 腰痛やあしに痛みがあります あしのしびれやまひがある場合 要注意です 対応 : 激しい運動を控えましょう 痛みが持続するようであれば 整形外科専門医を受診して 検査を受けましょう * 終板障害 成長期では ヘルニアとともに骨の一部も突出し ヘルニア同様

本研究の目的は, 方形回内筋の浅頭と深頭の形態と両頭への前骨間神経の神経支配のパターンを明らかにすることである < 対象と方法 > 本研究には東京医科歯科大学解剖実習体 26 体 46 側 ( 男性 7 名, 女性 19 名, 平均年齢 76.7 歳 ) を使用した 観察には実体顕微鏡を用いた 方形

今日の流れ 捻挫とは? 足の解剖から捻挫の定義まで 捻挫の受傷起点 救急処置 長期的観点から見た捻挫 再損傷予防 捻挫について 22

Microsoft PowerPoint - 【逸脱半月板】HP募集開始150701 1930 2108 修正反映.pptx

採択演題一覧

はじめに 児童の足部におけるアライメント不良は 衝撃緩衝機能と足部安定性の両側面の低下をもたらし 足底筋膜やアキレス腱への多大なストレスを与え その結果 損傷を引き起こす要因となり得る 特に過回内足による足部アーチの低下に着目し 足部アーチや踵骨傾斜角度を評価することは 踵部損傷の要因を検討する際に

保発第 号

実地医家のための 甲状腺エコー検査マスター講座

BMP7MS08_693.pdf

関節リウマチ関節症関節炎 ( 肘機能スコア参考 参照 ) カルテNo. I. 疼痛 (3 ) 患者名 : 男女 歳 疾患名 ( 右左 ) 3 25 合併症 : 軽度 2 術 名 : 中等度 高度 手術年月日 年 月 日 利き手 : 右左 II. 機能 (2 ) [A]+[B] 日常作に

末梢神経障害

(Carpus. Wikipedia Kienbock は外傷後の月状骨軟化症の X 線所見と臨床症状を詳細に報告した 彼は 外力により月状骨の血行が途絶 軟化 圧壊すると考えた 以来 Kienbock 病の病因に関しては大き

第1回_建築のデザインを考える_その1

甲第 号 藤高紘平学位請求論文 審査要 ヒ二 A 日 奈良県立医科大学

5.18( 京都 ) 13. 小松史 高尾昌人 他 : 従来と異なるアプローチを用いて内視鏡下足底腱膜部分切除術. 第 85 回日本整形外科学会 ( 京都 ) 14. 宮本亘 高尾昌人 安井洋一 笹原潤 他 : 陳旧性足関節外側靭帯損傷に対する半切自家薄筋腱を用いた再建術および術後

0275難病情報センターのご案内_表面#4-03

01-CG-BARMX-.\...pm

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

頭頚部がん1部[ ].indd

10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

第 43 回日本肩関節学会 第 13 回肩の運動機能研究会演題採択結果一覧 2/14 ページ / ポスター会場 第 43 回日本肩関節学会 ポスター 運動解析 P / ポスター会場 第 43 回日本肩関節学

スライド 0

rihabili_1213.pdf

手首が痛い! 使いすぎなのか!? 仕事でパソコンを頻繁に使う 美容師や理容師ではさみを頻繁に使う 料理で包丁を頻繁に使う 演奏 裁縫 趣味など 手先を使う仕事やスポーツを行い 手首が痛い と訴えるほとんどの患者さんは 普通の人より手先を使うこが多いため 腱鞘炎は 使いすぎ によるといわれています 確

膝蓋大腿関節 (PFJ) と大腿脛骨関節 (FTJ) Femur Tibia Patella

‡Æ‡¤‡©‡¢34_

33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

2012 年度リハビリテーション科勉強会 4/5 ACL 術後 症例検討 高田 5/10 肩関節前方脱臼 症例検討 梅本 5/17 右鼠径部痛症候群 右足関節不安定症 左変形性膝関節症 症例検討 北田 月田 新井 6/7 第 47 回日本理学療法学術大会 運動器シンポジウム投球動作からみ肩関節機能

<955C8E862E657073>

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 八木茂典 論文審査担当者 主査 副査 大川淳 秋田恵一 森田定雄 論文題目 Incidence and risk factors for medial tibial stress syndrome and tibial stress fracture in hi

症例報告書の記入における注意点 1 必須ではない項目 データ 斜線を引くこと 未取得 / 未測定の項目 2 血圧平均値 小数点以下は切り捨てとする 3 治験薬服薬状況 前回来院 今回来院までの服薬状況を記載する服薬無しの場合は 1 日投与量を 0 錠 とし 0 錠となった日付を特定すること < 演習

saisyuu2-1

A.L.P.S. Total Foot System LC

であった まず 全ての膝を肉眼解剖による解析を行った さらに 全ての膝の中から 6 膝を選定し 組織学的研究を行った 肉眼解剖学的研究 膝の標本は 8% のホルマリンで固定し 30% のエタノールにて保存した まず 軟部組織を残し 大腿骨遠位 1/3 脛骨近位 1/3 で切り落とした 皮膚と皮下の軟

組織 日本整形外科学会学会診療診療ガイドラインガイドライン委員委員会アキレス腱断裂ガイドラインガイドライン委員委員会診療ガイドラインガイドライン策定組織 < 日本整形外科学会 > 理事長越智隆弘行岡病院骨 関節センター長 < 日本整形外科学会学会診療診療ガイドラインガイドライン委員委員会 > 担当理

連続講座 画像再構成 : 臨床医のための解説第 4 回 : 篠原 広行 他 で連続的に照射する これにより照射された撮像面内の組織の信号は飽和して低信号 ( 黒く ) になる 一方 撮像面内に新たに流入してくる血液は連続的な励起パルスの影響を受けていないので 撮像面内の組織よりも相対的に高信号 (

検査ハンドブック

運動器検診マニュアル(表紙~本文)

要旨 [ 目的 ] 歩行中の足部の機能は 正常歩行において重要な役割を担っている プラスチック短下肢装具 (AFO) 装着により足関節の運動が制限されてしまう 本研究は AFO 装着により歩行立脚期における下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用に対しどのような影響を及ぼすかを検討した [ 対

靭帯付 関節モデル ( 全 PVC 製 ) AS-6~AS-12 骨格の靭帯部分を 個別関節モデルとしてお買い求め頂けます 弊社カタログでは多くの選択肢の提案に努めています ご希望に合わせてお選び下さい ( 経済型関節モデル靭帯付 AJ-1~7 も良品です )

競技スポーツにおけるコンディショニングの再考

January Special 5 1 P.2 2 P.5 3 P.10 4 P.17 5 P.22

2 4 診断推論講座 各論 腹痛 1 腹痛の主な原因 表 1 症例 70 2 numeric rating scale NRS mmHg X 2 重篤な血管性疾患 表

1 CAI 今月の特集は 慢性足関節不安定症 (CAI) がテーマ CAI とは 足関節捻挫を繰り返す ことで 足関節に慢性的な不安定感を抱く病 態だが スポーツ現場では非常に多くみられ るものである ここではまず小林先生に足関 節捻挫の発生に関するデータから CAI に関す る研究の現状 そして課

通常は単関節に起きるのが特徴 ( 単関節炎といえば化膿性関節炎 痛風 偽痛風を考える )5) 急激な疼痛 著名な腫脹 発赤 熱感を伴う 4) 股関節 足関節 肘関節 手関節 肩関節など 大関節に多いといわれている 5) 免疫抑制状態 関節注射などの侵襲の有無などを評価する 4) 化膿性関節炎は 5

My DIARY ベンリスタをご使用の患者さんへ

ヒト慢性根尖性歯周炎のbasic fibroblast growth factor とそのreceptor

0. はじめに 当院でこれまで行ってきたメディカルチェックでは 野球選手のケガに対するアンケート調査も行 ってきました (P.4 表 1 参照 ) アンケート調査で 肘 ( ひじ ) の痛みを訴えていた選手は 高校生で 86.7% 小学生で 41.1% でした また 小学生に対しては 超音波 ( エ

1 画像検査診断のために行う画像による検査 画像検査には 超音波 ( エコー ) 検査 X 線検査 ( レントゲン検査 ) C T( コンピューター断層撮影 ) MRI( 磁気共鳴画像 ) PET( 陽電子放出断層撮影 ) などがある 2 保存療法手術をしないで治療すること 薬の内服 外用 固定 理

整形外科後期臨床研修プログラム

2011ver.γ2.0

untitled

国際エクササイズサイエンス学会誌 1:20 25,2018 症例研究 足趾踵荷重位での立位姿勢保持運動が足部形態に 与える影響 扁平足症例に対しての予備的研究 嶋田裕司 1)4), 昇寛 2)3), 佐野徳雄 2), 小俣彩香 1), 丸山仁司 4) 要旨 :[ 目的 ] 足趾踵荷重位での立位姿勢保

己炎症性疾患と言います 具体的な症例それでは狭義の自己炎症性疾患の具体的な症例を 2 つほどご紹介致しましょう 症例は 12 歳の女性ですが 発熱 右下腹部痛を主訴に受診されました 理学所見で右下腹部に圧痛があり 血液検査で CRP 及び白血球上昇をみとめ 急性虫垂炎と診断 外科手術を受けました し

かかわらず 軟骨組織や関節包が烏口突起と鎖骨の間に存在したものを烏口鎖骨関節と定義する それらの出現頻度は0.04~30.0% とされ 研究手法によりその頻度には相違がみられる しかしながら 我々は骨の肥厚や軟骨組織が存在しないにも関わらず 烏口突起と鎖骨の間に烏口鎖骨靭帯と筋膜で囲まれた小さな空隙

Microsoft PowerPoint - 指導者全国会議Nagai( ).ppt

急性期疾患の特徴と初期診断 四肢領域

4氏 すずき 名鈴木理恵 り 学位の種類博士 ( 医学 ) 学位授与年月日平成 24 年 3 月 27 日学位授与の条件学位規則第 4 条第 1 項研究科専攻東北大学大学院医学系研究科 ( 博士課程 ) 医科学専攻 学位論文題目 esterase 染色および myxovirus A 免疫組織化学染色

3) 適切な薬物療法ができる 4) 支持的関係を確立し 個人精神療法を適切に用い 集団精神療法を学ぶ 5) 心理社会的療法 精神科リハビリテーションを行い 早期に地域に復帰させる方法を学ぶ 10. 気分障害 : 2) 病歴を聴取し 精神症状を把握し 病型の把握 診断 鑑別診断ができる 3) 人格特徴

地震防災ハンドブック 第2章

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

70 例程度 デング熱は最近増加傾向ではあるものの 例程度で推移しています それでは実際に日本人渡航者が帰国後に診断される疾患はどのようなものが多いのでしょうか 私がこれまでに報告したデータによれば日本人渡航者 345 名のうち頻度が高かった疾患は感染性腸炎を中心とした消化器疾患が

δ

対象 :7 例 ( 性 6 例 女性 1 例 ) 年齢 : 平均 47.1 歳 (30~76 歳 ) 受傷機転 運転中の交通外傷 4 例 不自然な格好で転倒 2 例 車に轢かれた 1 例 全例後方脱臼 : 可及的早期に整復

PowerPoint プレゼンテーション

子供の足の健康のしおり

がん登録実務について

untitled

スライド タイトルなし

_2015_5月号_別刷.indd

Ø Ø Ø

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

健康な生活を送るために(高校生用)第2章 喫煙、飲酒と健康 その2

行為システムとしての 歩行を治療する 認知神経リハビリテーションの観点

<4D F736F F D F90D290918D64968C93E08EEEE1872E646F63>

10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

1508目次.indd



の内外幅は考慮されず 側面像での高さのみで分類されているため正確な評価ができない O Driscoll は CT 画像を用いて骨片の解剖学的な位置に基づいた新しい鉤状突起骨折の分類を提案した この中で鉤状突起骨折は 先端骨折 前内側関節骨折 基部骨折 の 3 型に分類され 先端骨折はさらに 2mm

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

2015 年度手術のうちわけ ( 実績 ) セキツイ脊椎 ナンブソシキ軟部組織 椎間板摘出術 35 アキレス腱断裂手術 40 内視鏡下椎間板摘出 4 腱鞘切開術 ( 関節鏡下によるものを含む ) 0 シュコンカン 脊椎固定術 椎弓切除術 椎弓形成術 ( 多椎間又は多椎弓の場合を含む )( 椎弓形成

Part 1 症状が強すぎて所見が取れないめまいをどうするか? 頭部 CT は中枢性めまいの検査に役立つか? 1 めまい診療が難しい理由は? MRI 感度は 50% 未満, さらには診断学が使えないから 3

結婚生活を強める

骨・関節を“診る”サブノート


透析看護の基本知識項目チェック確認確認終了 腎不全の病態と治療方法腎不全腎臓の構造と働き急性腎不全と慢性腎不全の病態腎不全の原疾患の病態慢性腎不全の病期と治療方法血液透析の特色腹膜透析の特色腎不全の特色 透析療法の仕組み血液透析の原理ダイアライザーの種類 適応 選択透析液供給装置の機能透析液の組成抗

Transcription:

序 足は起立 歩行といった基本的な運動に直接的にかかわる器官であり, 外傷にさらされる機会が少なくない. 軽微な外傷と思われても, 慢性の足痛や足関節痛を後遺することがあり, 日常生活に支障をきたす. また, 先天性の変形のみならず, リウマチや変形性足関節症あるいは腫瘍性病変など様々な疾患によっても慢性の疼痛が生じる. これらは, 個人の身体的苦痛のみならず, 結果的には社会的あるいは経済的損失をも惹起する. 少子超高齢社会となりライフスタイルも大きく変化した今日, 足の外科で取り扱う疾患 外傷は多様である. 一方, 日常診療においては, 足痛 足関節痛を主訴として受診される方が意外に多い. 数少ない足の外科の専門医を除けば, 足の外科とその関連領域の疾患や外傷の診断と治療は, 多くの整形外科医にとって苦手な分野といえなくはない. 足の痛みが, 全身疾患の部分症なのか局所の障害に起因するものか, 病態の把握に難渋し診断に苦慮することもあるかと思われる. 本書は, 整形外科臨床パサージュ というシリーズのタイトルからもお分かりいただけると思うが, 従来のテキストとは異なった観点から企画された実用的な診療マニュアルである. 症候から診断と鑑別診断, 病態の解説と治療に至る流れが簡潔に示されている. そして, 診断から治療にいたる過程において, 知っておくべき基本的事項と最新の知見, 関連する事項やポイントの解説が組み込まれ, 工夫されたイラストも理解を助けると考えている. ここで取り上げた疾患や外傷は, 編者の臨床経験から, 遭遇する頻度が比較的多くかつ臨床上知っておくべき重要なものに絞り込んだが, 必須の事項はおおよそ網羅できたのではないかと思っている. 執筆者にはこの分野にご造詣の深い足の外科の専門医を選ばせていただいたが, 数多い臨床経験に裏打ちされた記述は, まさに実用の書にふさわしいものであるといえる. さらに, 足の外科領域の最新の話題と新知見も盛り込まれており, 日常診療のみならず足の外科の今後の研究の一助にもなるかと思う. 手に取るように足を診る という編者の思いとともに, 本書を臨床の現場でお役立ていただければ望外の喜びである. 2011 年 11 月 大阪医科大学整形外科木下光雄 v

整形外科臨床パサージュ 9 足の痛みクリニカルプラクティス目次 1 小児 ~ 思春期の場合 和田郁雄, 若林健二郎, 伊藤錦哉 2 問診のポイント 2 / 疾患の特徴や診断を確定するポイント 2 / 鑑別すべき疾患とポイント 4 / 診断の進め方 8 成人の場合大関覚 11 問診のポイント 11 / 鑑別すべき疾患 12 / 診断の進め方 ( アルゴリズム ) 13 2 小児 ~ 思春期の場合 和田郁雄, 若林健二郎, 伊藤錦哉 18 問診のポイント 18 / 鑑別すべき疾患とポイント 18 成人の場合大関覚 24 問診のポイント 24 / 鑑別すべき疾患 25 / 診断の進め方 ( アルゴリズム ) 25 3 足部痛 足関節部痛を訴える患者の診察法 藤原憲太, 木下光雄 32 視診のポイント 32 / 触診のポイント 34 / 足部 足関節機能の評価ポイント 35 足変形の診察法藤原憲太, 木下光雄 38 足部 足関節の変形をみる 38 / 足趾の変形をみる 41 正常歩行と異常歩行橋本健史 44 正常歩行 44 / 異常歩行 47 4 画像診断熊井司 54 X 線撮影法 ( 基本撮影肢位 ) 54 / CT 撮影 61 / MRI 撮影 66 / その他の画像診断 70 vii

5 常徳剛, 木下光雄 74 科学的根拠に基づいた評価法の必要性 74 / 代表的な評価法 74 6 外反母趾 奥田龍三 84 どのような疾患か 84 / 診断の進め方 85 / 治療の進め方 90 強剛母趾野口昌彦 95 どのような疾患か 95 / 診断の進め方 96 / 治療の進め方 100 母趾ガングリオン石井朝夫 104 ガングリオンの病態 104 / どのような疾患か 104 / 診断の進め方 105 / 治療の進め方 106 内反小趾常徳剛, 奥田龍三, 木下光雄 108 どのような疾患か 108 / 診断の進め方 108 / 治療の進め方 109 ハンマー足趾, 槌趾, 鉤爪趾, 内反趾生駒和也 111 解剖 組織の構造を知る 111 / どのような疾患か 112 / 治療の進め方 114 多合趾症阿部宗昭 116 多趾症の考え方 116 / 多趾症とはどのような疾患か 116 / 診察の進め方 118 / 治療の進め方 119 爪変形嶋洋明, 木下光雄 122 爪部の解剖を知る 122 / どのような疾患か 123 / 診断の進め方 123 / 治療の進め方 124 7 足部末梢神経障害 羽鳥正仁, 宮坂芳典 128 足根管症候群 128 / 前足根管症候群 132 / Morton 病 134 / 伏在神経障害 137/ 腓腹神経障害 138 viii

足根骨間関節症窪田誠 140 どのような疾患か 140 / 距舟関節症 140 / 足根中足 (Lisfranc) 関節症 145 リウマチ足橋本淳 151 リウマチ足の診断 151 / リウマチ足の治療 156 / 糖尿病足田代宏一郎 160 メタボリックシンドロームと糖尿病の診断基準を知る 160 / どのような疾患か 161 / 診断の進め方 161 扁平足障害仁木久照 167 解剖 腱の走行と役割を知る 167/ どのような疾患か 167/ 診断の進め方 168 / 治療の進め方 175 麻痺足内反凹尖足福岡真二, 松尾隆 178 どのような疾患か 178 / 診断の進め方 179 / 治療の進め方 179 外傷性尖足寺本司 184 解剖 足関節周囲の下腿外来筋の走行を知る 184/ どのような疾患か 184 / 診断の進め方 184 / 治療の進め方 187 8 足関節炎 山本晴康, 渡邊誠治 192 外傷性 192 / 感染症 192 / 結晶誘発性 198 / その他 201 変形性足関節症田中康仁 204 どのような疾患か 204 / 診断の進め方 205 / 治療の進め方 208 特発性距骨壊死佐本憲宏 212 どのような疾患か 212 / 診断の進め方 213 / 治療の進め方 214 足関節インピンジメント安田稔人, 木下光雄 216 足関節の靱帯の解剖 216 / どのような疾患か 217/ 診断の進め方 219 / 治療の進め方 222 距骨骨軟骨障害長谷川惇 225 どのような疾患か 225 / 診断の進め方 226 / 治療の進め方 229 ix

9 足関節不安定症磯本慎二, 杉本和也 234 足関節外側靱帯損傷 234 / 遠位脛腓靱帯損傷 241 / 足関節内側靱帯損傷 ( 三角靱帯損傷 ) 2 4 5 距骨下関節不安定症宇佐見則夫 248 どのような疾患か 248 / 診断の進め方 249 / 治療の進め方 252 腓骨筋痙性扁平足秋山晃一 254 どのような疾患か 254 / 診断の進め方 255 / 治療の進め方 256 疲労骨折 ( 中足骨, 舟状骨, 踵骨 ) 高尾昌人 258 どのような疾患か 258 / 診断の進め方 258 / 治療の進め方 261 / 第 5 中足骨疲労骨折 261 / その他の中足骨疲労骨折 264 / 足関節内果疲労骨折 265 / 舟状骨疲労骨折 266 / 踵骨疲労骨折 267 種子骨 副骨障害 ( 三角骨障害, 外脛骨障害, 母趾種子骨 障害 ) 平石英一 269 三角骨障害 269 / 外脛骨障害 274 / 母趾種子骨障害 278 アキレス腱症安田稔人, 木下光雄 283 解剖 組織の構造を知る 283 / どのような疾患か 284 / 診断の進め方 285 / 治療の進め方 289 足部の腱障害青木孝文 292 どのような疾患か 292 / 腓骨筋腱障害 293 / 後脛骨筋腱障害 294 / 腓骨筋腱障害と後脛骨筋腱障害の治療の進め方 294 / 長母趾屈筋腱障害 296 足底腱膜炎原口直樹 298 解剖 298 / どのような疾患か 298 / 診断の進め方 300 / 治療の進め方 301 10 先天性内反足北純 306 どのような疾患か 306 / 診断の進め方 308 / 治療の進め方 311 x

先天性扁平足, 静力学的扁平足, 先天性外反踵足薩摩眞一 316 小児の扁平足障害 316 / 静力学的扁平足 317/ 先天性扁平足 319 / 先天性外反踵足 320 内転足町田治郎 321 どのような疾患か 321 / 診断の進め方 321 / 治療の進め方 322 足根骨癒合症谷口晃, 田中康仁 324 解剖 324 / どのような疾患か 324 / 診断の進め方 324 / 治療の進め方 329 足部骨端症 (Sever 病,Köhler 病,Freiberg 病 ) 藤原憲太, 木下光雄 331 Sever 病 ( 踵骨骨端症 ) 331 / Köhler 病 334 / Freiberg 病 336 中足骨短縮症大塚和孝 339 どのような疾患か 339 / 診断の進め方 339 / 治療の進め方 340 索引 343 xi

アキレス腱症 解剖 組織の構造を知る アキレス腱 (Achillestendon) は腓腹筋とヒラメ筋の腱性部により形成され, 踵骨隆起の後面に成人ではおよそ 2 2 cm の広い範囲で付着する. アキレス腱付着部には腱の摩耗を防止する 2 つの滑液包がある. すなわち, 腱の前方には後踵骨滑液包 (retrocalcanealbursa) が, 後方にはアキレス腱滑液包 (Achillestendonbursa) がある (❶). アキレス腱の表層には腱上膜があり, 腱上膜はパラテノン (paratenon) に囲まれている. アキレス腱には滑膜性腱鞘はなく, 腱上膜とパラテノンのあいだには組織液の貯留する薄い層があり, 腱の滑走時の摩擦を防ぐ構造になっている (❷). アキレス腱の線維は近位から遠位へ約 90 捻れており, 近位において内側を走行する線維は遠位では後面に位置する. アキレス腱は後脛骨動脈と腓骨動脈の分枝により栄養される. 腱の近位や遠 a ❶ アキレス腱周辺の滑液包後踵骨滑液包とアキレス腱滑液包によりアキレス腱の摩耗が防止される. ❷ 腱の横断面の構造 a: 滑膜性腱 を有する腱. b: アキレス腱. 283

9. 主な足のスポーツ傷害の診断と治療 位は後脛骨動脈により, 腱中央部は腓骨動脈により栄養されることが報告されている 1) (❸). 腱の付着部から 2~6 cm 近位部分は筋腱移行部や踵骨付着部に比較して血流が少ないため, 腱の変性が起こりやすく腱断裂の好発部位である. どのような疾患か ❸ アキレス腱の血行腱の近位や遠位は後脛骨動脈により, 腱中央部は腓骨動脈により栄養されるが, 腱中央部は血行に乏しい. 慢性のアキレス腱障害は, 腱実質部の障害と腱の踵骨付着部の障害とに分けられる 2). 腱実質部の障害にはパラテノンに炎症を起こすアキレス腱周囲炎 (Achilles peritendinitis) とアキレス腱内に障害の及ぶアキレス腱症 (Achilles tendinosis) があり, 両者が合併していることもある. アキレス腱の障害は組織学的には腱の炎症ではなく変性所見が中心であるため 3), 腱炎 (tendinitis) ではなく腱症 (tendinosis) とよぶほうが正確に病態を表しているといえる. アキレス腱症では腱が微小断裂していることがあり, 変性が高度の場合には腱の完全断裂に至ることもある (❹). 関節リウマチや高脂血症例では, 腱のフィブリノイド壊死 1 や黄色腫 2 などがアキレス腱症の病態に関与していることがある. このため, 1 フィブリノイド壊死強い好酸性のフィブリンと同様な染色性を示す均一な構造物がみられる壊死の一形態. 2 黄色腫足部においてはアキレス腱部が好発部位であり, 組織学的には多核巨細胞, 泡沫細胞, コレステリン結晶などがみられる. ❹ アキレス腱周囲炎 腱症 腱断裂アキレス腱周囲炎は腱症を合併することがあり, 変性が高度な場合は腱断裂に至る. (DeMaio M, et al. Achilles tendonitis. Orthopedics 1995 ;18:195-204 より ) 284

アキレス腱症 ❺ Haglund 病 a: 踵部後外側に骨性膨隆 ( ) を認める. b: アキレス腱付着部外側に骨隆起 ( ) を認める. アキレス腱症では, 潜在性の高脂血症を含め基礎疾患の有無にも留意する必要がある. さらに, そのほかの腱障害の原因としてニューキノロン系の抗菌薬があり, 服薬の既往や投薬内容にも注意する. アキレス腱付着部の障害には滑液包炎を原因とするものと, 踵骨付着部での骨隆起や滑液包のインピンジメントによるものがある 4). その他, 踵骨の後外方の骨性隆起と軟部組織の肥厚は pump bump(haglund 踵,Haglund 病 ) ともいわれる (❺). 一般にアキレス腱炎といわれているものは, これらの慢性のアキレス腱障害の総称である. 診断の進め方 (❻) 1 医療面接 2 診察 3 画像検査 ( 単純 X 線, 超音波検査,MRI など ) の順に診断を進める. 医療面接 いつから, どの部位に, どのような痛みがあるかを聞く. とくに以下の 5 つは重要なポイントである. アキレス腱症の医療面接のポイント 1 いつから症状があるか? また症状発現の誘因となることがあったか? スポーツ歴や職歴について聴取しておくことも重要である. 2 アキレス腱断裂を疑うようなエピソードはないか? アキレス腱断裂との鑑別 (p.288 参照 ) 3 痛みの部位はどこか? 腱実質部の障害か踵骨付着部の障害かを鑑別 285

9. 主な足のスポーツ傷害の診断と治療 ❻ アキレス腱症の診断の手順まず痛みの部位を確認し, 次にアキレス腱周囲炎, アキレス腱症, 滑液包炎などの鑑別診断を行う. することが重要 4 どのような痛みか? 運動により痛みが増強し, 安静により軽快するか? 安静時にも痛みがあるか? 5 靴による障害か, 裸足歩行でも疼痛があるか? 診察視診 まず歩容を診る. 次に立位で足を観察し, 回内足など変形の有無を診る. 下腿の筋萎縮はあるか? アキレス腱部の腫脹や発赤があるか? 踵骨付着部に pump bump があるか? 爪先立ちは可能か? ❼ two-finger squeeze test アキレス腱の踵骨付着部前方を内外側から押す. 触診 アキレス腱部の熱感があるか? 圧痛はどうか? 正確な圧痛部位のチェックが重要である. アキレス腱に硬結はあるか? アキレス腱の硬結や圧痛部位は足関節の底背屈運動により移動するか?( 移動すればアキレス腱症, 移動しなければアキレス腱周囲炎 ) 足関節の可動域制限はあるか?( 背屈制限を認める場合が多い ) Thompson テスト (❿ 参照 ) は陰性か?( 陽性ならアキレス腱断裂 ) 286

アキレス腱症 アキレス腱の踵骨付着部で付着部前方を内外側から押す (two-finger squeeze test;❼) と痛みが誘発されるか? ( 痛みがあれば滑液包炎 ) 画像検査 単純 X 線 立位での足の正 側面像と, 軟部条件での足の側面像を撮影する. 評価項目 アキレス腱付着部や腱実質部における石灰化や骨化の有無をチェックする. アキレス腱付着部の裂離骨折の有無をチェックする. parallel pitch line(ppl) を参考にして, 踵骨の後上方隆起の突出の程度を評価する (❽). 踵骨の底側面を PPL 1 とし, これに平行に距骨下関節の最後端を通る線を PPL 2 とする.Haglund 症候群 3 では踵骨の後上方隆起が PPL 2 より上にある症例が多い 5). そのほかに, 扁平足など足の骨性構築異常の有無をチェックする. 軟部陰影からアキレス腱の肥厚の有無をチェックする. 6) 超音波検査評価項目 アキレス腱の肥厚の程度を評価する. パラテノンやアキレス腱実質部の低エコー変化の有無をチェックする. 腱内の新生血管 ( カラードプラ法 ) を評価する. 2 ❽ parallel pitch line 踵骨の底側面を PPL1 とし, これに平行に距骨下関節の最後端を通る線を PPL 2 とする. 踵骨の後上方隆起が PPL 2 より上方に突出している. 3 Haglund 病と Hag lund 症候群 Haglund 病は pump bump と同義語で, 踵骨後外側の骨性隆起と軟部組織の肥厚を認める.Haglund 症候群は Haglund 病に加え, アキレス腱付着部の腱症や滑液包炎も含めた病態をさす. MRI 評価項目 アキレス腱の肥厚の程度を評価する. アキレス腱周囲の信号変化をチェックする. アキレス腱実質内や付着部の高信号変化 (❾) の有無と程度をチェックする. CT アキレス腱付着部やアキレス腱内の骨化があればその形態を評価する. 鑑別診断アキレス腱周囲炎 アキレス腱症, アキレス腱周囲炎はともに腱の付着部より 2~6 cm 近位の腱実質部に腫脹と圧痛を認めることが多い. アキレス腱周囲炎の場合は足関節を底背屈させても圧痛部位が変化しないが, アキレス腱症は足関節底背屈 287

9. 主な足のスポーツ傷害の診断と治療 ❾ アキレス腱症の MRI T2 強調像 a:55 歳男性,b:66 歳女性. アキレス腱中央部 (a) および踵骨付着部 (b) の腱内に高信号変化 ( ) を認める. a 時に圧痛部位が変化する (painful arc sign). 画像診断では MRI が有用である. アキレス腱症では T2 強調像にて腱内の高信号変化すなわち腱の微小断裂や腱自体の変性所見がみられるが, アキレス腱周囲炎では腱内に明らかな信号変化はなく, 腱周囲の滑液の貯留やパラテノンの高信号変化を認める. アキレス腱の踵骨付着部痛を起こす疾患 滑液包炎 後踵骨滑液包炎の診断には two-finger squeeze test(❼) が有用であり, 典 型例では MRI にて拡大した滑液包に水腫を認める. 画像検査により踵骨後上方隆起のインピンジによる付着部の腱症と鑑別する. pump bump アキレス腱自体には問題がなく, 踵骨外後方の骨隆起や軟部の肥厚により靴 の障害を起こす. MRI によりアキレス腱内の信号変化や滑液包 炎の有無を評価することが重要である. Column アキレス腱断裂の特徴 踵骨裂離骨折 受傷時, アキレス腱部を後ろから棒で叩かれたと思った ポップ音が聞こえた という人が多い. 症状はアキレス腱部痛と歩行障害であり, 爪 骨萎縮がある場合には踵骨裂離骨折とも鑑別を要す. 単純 X 線検査により骨折の有無をチェックしておく. 先立ちが不能である. アキレス腱部に腫脹を認め, 断裂部には陥凹を触れる. アキレス腱断裂 正常例では, 腹臥位で膝関節を 90 屈曲位と 下腿三頭筋を握っても足関節が底屈しないしたときの自然重力下での足関節の肢位は 20 (Thompson テスト陽性 ;❿). ~30 の底屈位となるが, 陳旧性アキレス腱断超音波検査により断裂部は明瞭に描出される. 裂の場合は, この足関節の底屈角度が減少し, 288