島根畜技セ研報 44:1~5(2016) 乳牛の低カルシウム血症予防のためのイネ発酵粗飼料における DCAD 調整手法の検討 1) 安田康明松浦真紀岩成文子 布野秀忠 要約飼料用イネのイオンバランスに着目し 無機成分および DCAD から陰イオン性について分析評価した 結果は 品種として リーフスタ

Similar documents
25 岡山農総セ畜研報 4: 25 ~ 29 (2014) イネ WCS を主体とした乾乳期飼料の給与が分娩前後の乳牛に与える影響 水上智秋 長尾伸一郎 Effects of feeding rice whole crop silage during the dry period which exp

参考1中酪(H23.11)

ふくしまからはじめよう 農業技術情報 ( 第 39 号 ) 平成 25 年 4 月 22 日 カリウム濃度の高い牧草の利用技術 1 牧草のカリウム含量の変化について 2 乳用牛の飼養管理について 3 肉用牛の飼養管理について 福島県農林水産部 牧草の放射性セシウムの吸収抑制対策として 早春および刈取

徳島県畜試研報 No.14(2015) 乾乳後期における硫酸マグネシウム添加による飼料 DCAD 調整が血液性状と乳生産に及ぼす影響 田渕雅彦 竹縄徹也 西村公寿 北田寛治 森川繁樹 笠井裕明 要 約 乳牛の分娩前後の管理は産後の生産性に影響を及ぼすとされるが, 疾病が多発しやすい時期である この時

報告書

報告書

横浜市環境科学研究所

ロペラミド塩酸塩カプセル 1mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにロペラミド塩酸塩は 腸管に選択的に作用して 腸管蠕動運動を抑制し また腸管内の水分 電解質の分泌を抑制して吸収を促進することにより下痢症に効果を示す止瀉剤である ロペミン カプセル

研究成果報告書

簿記教育における習熟度別クラス編成 簿記教育における習熟度別クラス編成 濱田峰子 要旨 近年 学生の多様化に伴い きめ細やかな個別対応や対話型授業が可能な少人数の習熟度別クラス編成の重要性が増している そのため 本学では入学時にプレイスメントテストを実施し 国語 数学 英語の 3 教科については習熟

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

国産粗飼料増産対策事業実施要綱 16 生畜第 4388 号平成 17 年 4 月 1 日農林水産事務次官依命通知 改正 平成 18 年 4 月 5 日 17 生畜第 3156 号 改正 平成 20 年 4 月 1 日 19 生畜第 2447 号 改正 平成 21 年 4 月 1 日 20 生畜第 1

植物生産土壌学5_土壌化学

PC農法研究会

スライド タイトルなし

シプロフロキサシン錠 100mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにシプロフロキサシン塩酸塩は グラム陽性菌 ( ブドウ球菌 レンサ球菌など ) や緑膿菌を含むグラム陰性菌 ( 大腸菌 肺炎球菌など ) に強い抗菌力を示すように広い抗菌スペクトルを

(Microsoft Word - \230a\225\266IChO46-Preparatory_Q36_\211\374\202Q_.doc)

< イオン 電離練習問題 > No. 1 次のイオンの名称を書きなさい (1) H + ( ) (2) Na + ( ) (3) K + ( ) (4) Mg 2+ ( ) (5) Cu 2+ ( ) (6) Zn 2+ ( ) (7) NH4 + ( ) (8) Cl - ( ) (9) OH -

i ( 23 ) ) SPP Science Partnership Project ( (1) (2) 2010 SSH

< F31312D93FB8B8D82CC95AA95D8914F8CE382CC8E94977B8AC7979D>

目 的 大豆は他作物と比較して カドミウムを吸収しやすい作物であることから 米のカドミウム濃度が相対的に高いと判断される地域では 大豆のカドミウム濃度も高くなることが予想されます 現在 大豆中のカドミウムに関する食品衛生法の規格基準は設定されていませんが 食品を経由したカドミウムの摂取量を可能な限り

土壌溶出量試験(簡易分析)

2,3-ジメチルピラジンの食品添加物の指定に関する部会報告書(案)

ピルシカイニド塩酸塩カプセル 50mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにピルジカイニド塩酸塩水和物は Vaughan Williams らの分類のクラスⅠCに属し 心筋の Na チャンネル抑制作用により抗不整脈作用を示す また 消化管から速やかに

<4D F736F F F696E74202D208D758B C381458EFC8E598AFA B8CDD8AB B83685D>

(2) 牛群として利活用 MUNを利用することで 牛群全体の飼料設計を検討することができます ( 図 2) 上述したようにMUN は 乳蛋白質率と大きな関係があるため 一般に乳蛋白質率とあわせて利用します ただし MUNは地域の粗飼料基盤によって大きく変化します 例えば グラスサイレージとトウモコシ

<4D F736F F D AA95D8914F82CC B8AC7979D8E B8B5A8CA4816A817989FC92F994C5817A2E646F63>

品目 1 四アルキル鉛及びこれを含有する製剤 (1) 酸化隔離法多量の次亜塩素酸塩水溶液を加えて分解させたのち 消石灰 ソーダ灰等を加えて処理し 沈殿濾過し更にセメントを加えて固化し 溶出試験を行い 溶出量が判定基準以下であることを確認して埋立処分する (2) 燃焼隔離法アフターバーナー及びスクラバ

多変量解析 ~ 重回帰分析 ~ 2006 年 4 月 21 日 ( 金 ) 南慶典

Microsoft Word - Ⅲ-11. VE-1 修正後 3.14.doc

スライド 1

A6/25 アンモニウム ( インドフェノールブルー法 ) 測定範囲 : 0.20~8.00 mg/l NH 4-N 0.26~10.30 mg/l NH ~8.00 mg/l NH 3-N 0.24~9.73 mg/l NH 3 結果は mmol/l 単位でも表示できます 1. 試料の

様式 3 論文内容の要旨 氏名 ( 神﨑光子 ) 論文題名 周産期における家族機能が母親の抑うつ 育児自己効力感 育児関連のストレス反応に及ぼす影響 論文内容の要旨 緒言 女性にとって周産期は 妊娠 分娩 産褥各期の身体的変化だけでなく 心理的 社会的にも変化が著しいため うつ病を中心とした気分障害

<4D F736F F F696E74202D D95698EBF B C8B4B8A698E8E8CB181698D828BB4816A44325F D9770>

平成24年度農研機構シンポジウム資料|牛肉における放射性セシウムの飼料からの移行について

Microsoft PowerPoint - 資料04 重回帰分析.ppt

Word Pro - matome_7_酸と塩基.lwp

スライド 1

<4D F736F F F696E74202D2093FB97708B8D82C982A882AF82E994C AC90D18CFC8FE382CC82BD82DF82CC8E94977B8AC7979D2E >

<4D F736F F D CB48D655F94928D95445F90488E9690DB8EE68AEE8F802E646F63>

ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

5989_5672.qxd

研究報告58巻通し.indd

キレート滴定

“にがり”の成分や表示等についてテストしました

2009年度業績発表会(南陽)

土壌から作物への放射性物質の移行(塚田祥文)

報告書

Microsoft PowerPoint - 統計科学研究所_R_重回帰分析_変数選択_2.ppt

スライド タイトルなし

6-1 指定食肉 ( 豚肉及び牛肉 ) の安定価格肉用子牛の保証基準価格等算定概要 生産局 平成 27 年 1 月

資料 6-1 指定食肉 ( 豚肉及び牛肉 ) の安定価格肉用子牛の保証基準価格等算定概要 生産局 平成 27 年 12 月

報告書

近畿中国四国農業研究センター研究報告 第7号

高 1 化学冬期課題試験 1 月 11 日 ( 水 ) 実施 [1] 以下の問題に答えよ 1)200g 溶液中に溶質が20g 溶けている この溶液の質量 % はいくらか ( 整数 ) 2)200g 溶媒中に溶質が20g 溶けている この溶液の質量 % はいくらか ( 有効数字 2 桁 ) 3) 同じ

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

1. 多変量解析の基本的な概念 1. 多変量解析の基本的な概念 1.1 多変量解析の目的 人間のデータは多変量データが多いので多変量解析が有用 特性概括評価特性概括評価 症 例 主 治 医 の 主 観 症 例 主 治 医 の 主 観 単変量解析 客観的規準のある要約多変量解析 要約値 客観的規準のな

13章 回帰分析

分娩後の発情回帰と血液生化学値との関係(第2報)

秩父広域市町村圏組合 浄水課 浄水

(1) 乳脂肪と乳糖の生成反芻動物である乳牛にとって最も重要なのはしっかりしたルーメンマットを形成することです そのためには 粗飼料 ( 繊維 ) を充分に与えることが重要です また 充分なルーメンマットが形成され微生物が活発に活躍するには 充分な濃厚飼料 ( でんぷん 糖 ) によりエネルギーを微

秩父広域市町村圏組合 浄水課 浄水

解説 新しい牛群検定成績表について ( その 26) ボディコンディションスコアの判定 電子計算センター次長相原光夫 牛群検定におけるボディコンディションスコア (BCS) は 平成 23 年度から開始した最も新しい検定項目です その活用法は 牛群検定の 4 つの機能 (1 飼養 ( 健康 ) 管理

土壌含有量試験(簡易分析)

豚丹毒 ( アジュバント加 ) 不活化ワクチン ( シード ) 平成 23 年 2 月 8 日 ( 告示第 358 号 ) 新規追加 1 定義シードロット規格に適合した豚丹毒菌の培養菌液を不活化し アルミニウムゲルアジュバントを添加したワクチンである 2 製法 2.1 製造用株 名称豚丹

Microsoft Word - å“Ÿåłžå¸°173.docx

Microsoft Word - mstattext02.docx

Microsoft PowerPoint - R-stat-intro_12.ppt [互換モード]

あなたの農場に、妊娠牛は何頭いますか?

圃場試験場所 : 県農業研究センター 作物残留試験 ( C-N ) 圃場試験明細書 1/6 圃場試験明細書 1. 分析対象物質 およびその代謝物 2. 被験物質 (1) 名称 液剤 (2) 有効成分名および含有率 :10% (3) ロット番号 ABC 試験作物名オクラ品種名アーリーファ

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

注 ) 材料の種類 名称及び使用量 については 硝酸化成抑制材 効果発現促進材 摂取防止材 組成均一化促進材又は着色材を使用した場合のみ記載が必要になり 他の材料については記載する必要はありません また 配合に当たって原料として使用した肥料に使用された組成均一化促進材又は着色材についても記載を省略す

保健機能食品制度 特定保健用食品 には その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をすることができる 栄養機能食品 には 栄養成分の機能の表示をすることができる 食品 医薬品 健康食品 栄養機能食品 栄養成分の機能の表示ができる ( 例 ) カルシウムは骨や歯の形成に 特別用途食品 特定保健用

Microsoft Word - basic_15.doc

Farmer's Eye WINTER

講義「○○○○」

乳牛用の飼料給与診断ソフトウエア「DAIRY ver4.1」は乳牛の飼料給与診断・設計に

栄養成分等の分析方法等及び「誤差の許容範囲」の考え方について

Microsoft Word - H26技術資料・輸入乾草の品質・全編原稿

スライド タイトルなし

14551 フェノール ( チアゾール誘導体法 ) 測定範囲 : 0.10~2.50 mg/l C 6H 5OH 結果は mmol/l 単位でも表示できます 1. 試料の ph が ph 2~11 であるかチェックします 必要な場合 水酸化ナトリウム水溶液または硫酸を 1 滴ずつ加えて ph を調整

あった AUCtはで ± ng hr/ml で ± ng hr/ml であった 2. バイオアベイラビリティの比較およびの薬物動態パラメータにおける分散分析の結果を Table 4 に示した また 得られた AUCtおよび Cmaxについてとの対数値

AYBTJ8_HY_01_P.indd

スライド 1

(3) イオン交換水を 5,000rpm で 5 分間遠心分離し 上澄み液 50μL をバッキングフィルム上で 滴下 乾燥し 上澄み液バックグラウンドターゲットを作製した (4) イオン交換水に 標準土壌 (GBW:Tibet Soil) を既知量加え 十分混合し 土壌混合溶液を作製した (5) 土

No. QCVN 08: 2008/BTNMT 地表水質基準に関する国家技術基準 No. QCVN 08: 2008/BTNMT National Technical Regulation on Surface Water Quality 1. 総則 1.1 規定範囲 本規定は 地表水質

<4D F736F F F696E74202D2095FA8ECB90FC88C091538AC7979D8A7789EF F365F F92CB B8CDD8AB B83685D>

BUN(mg/dl) 分娩後日数 生産性の良い牛群の血液データを回収 ( 上図は血中尿素窒素の例 ) 各プロットが個々の牛のデータ BUN(mg/dl) BUN(mg/dl)

2011年度 化学1(物理学科)

(3) 摂取する上での注意事項 ( 該当するものがあれば記載 ) 機能性関与成分と医薬品との相互作用に関する情報を国立健康 栄養研究所 健康食品 有効性 安全性データベース 城西大学食品 医薬品相互作用データベース CiNii Articles で検索しました その結果 検索した範囲内では 相互作用

0 部分的最小二乗回帰 Partial Least Squares Regression PLS 明治大学理 学部応用化学科 データ化学 学研究室 弘昌

ビジネス統計 統計基礎とエクセル分析 正誤表

使用上の注意改訂のお知らせ スピーゲル

回帰分析の用途・実験計画法の意義・グラフィカルモデリングの活用 | 永田 靖教授(早稲田大学)

Microsoft Word - 酸塩基

平成15年度マーケットバスケット方式による安息香酸、ソルビン酸、プロピオン酸、

マトリックスの影響によるナトリウム定量性の検討

通常 繁殖成績はなかなか乳量という生産性と結びつけて考えることが困難なのですが この平均搾乳日数という概念は このように素直に生産性 ( 儲け ) と結びつけて考えることができます 牛群検定だけでなく色々な場面で非常に良く使われている数値になりますので覚えておくと便利です 注 1: 平均搾乳日数平均

3. 調査結果 (1)PM2.5, 黄砂の状況調査期間中の一般環境大気測定局 5 局の PM2.5 濃度 ( 日平均値 ) の平均値を図 1 に示す 平成 26 年度は 9.9~49.9μg/m 3 ( 平均値 28.4μg/m 3 ), 平成 27 年度は 11.6~32.4μg/m 3 ( 平均

材料と方法 堆肥原料として生ゴミ区乾燥生乾燥生牛ふん区搾乳牛ふん ( 水分ゴミ少区ゴミ多区 85%) 生ゴミ( 水 生ゴミ分 82%) 乾燥生ゴ現48 乾55 物物ミ ( 水分 10%) も 49 割割75 34 乾燥生ゴミ 83 みがら ( 水分 10%) 合2

Transcription:

島根畜技セ研報 44:1~5(2016) 乳牛の低カルシウム血症予防のためのイネ発酵粗飼料における DCAD 調整手法の検討 1) 安田康明松浦真紀岩成文子 布野秀忠 要約飼料用イネのイオンバランスに着目し 無機成分および DCAD から陰イオン性について分析評価した 結果は 品種として リーフスター 収穫時期は黄熟期 ( 出穂後 30 日 ) の DCAD が最も低値となった また イネ発酵粗飼料 93 サンプルの無機成分および DCAD を統計解析した結果 DCAD 値の推定には K および Cl の成分値を用い 重回帰式としてDCAD(meq/kg)=209 K%-261 Cl%+11.4(R 2 =0.947) を得た このことにより イネ発酵粗飼料 DCAD 値は K および Cl 濃度を測定し推定することができると推察された キーワード : 飼料用イネイネ発酵粗飼料 DCAD 低 Ca 血症予防陰イオン性植物 乳用牛において 分娩後に発症する低カルシウム (Ca) 血症は 加療に要する費用 生産量の低下 さらにはケトーシスや第四胃変位などの関連疾病の増加によって 酪農における経済的損失は極めて多大なものとなる 本症の予防が可能となれば 酪農経営にとっての意義は大きいが 確実な予防法は見出されていないのが現状である このような中 近年 低 Ca 血症の予防法の一つとして 乾乳期の飼料中イオンバランス すなわち陽イオン- 陰イオン差 (Dietary Cation-Anion Difference:DCAD) をコントロールする給与法が注目されている 1 3-9) この DCAD コントロールの一つの手法として 軽度の代謝性アシドーシスに導くための陰イオン塩製剤の給与法が提唱されている 1) この方法では 分娩前の乾乳牛の尿 ph が適正値になるまで 飼料中のアンモニウム Ca マグネシウム(Mg) といった塩化物や硫酸塩を段階的に増量させる必要があり 2) 少なくとも島根県内の酪農家での普及には至っていない このほかの代謝性アシドーシスに誘導する手法としては 乾乳期に DCAD 値をマイナスとした粗飼料 ( 陰イオン性飼料 ) を用いた混合飼料の利用が報告されている 3) ただし アルファルファなどのマメ科植物や多くのイネ科植物は土壌中のカリウムを必要量を超えて蓄積するため 給与前に粗飼料中の無機成分としてカリウム (K) ナトリウム (Na) 塩素 (Cl) およびイオウ (S) を測定して陰イオン性飼料をあらかじめ選別するか あるいは塩化 Ca を施用した飼料畑で栽培して飼料中の塩化物含量を上昇させるよう な栽培手法を採用する必要があるという困難な技術的ハードルがある 3 4) 一方 粗飼料供給の側面から 近年 水田転作作物として飼料用イネの栽培が進んでいる 飼料用イネは硝酸態窒素や K 含量が低いという特徴があり 陰イオン性粗飼料として活用できる可能性を有する 島根県内においても 2012 年のイネ発酵粗飼料用作付面積は 267ha に達し 自給粗飼料としての利用も拡大して 酪農経営体における利用も進みつつある そして このイネ発酵粗飼料の生産力を 低 Ca 血症の予防のための低イオン性飼料の生産につなげていくことも将来的には十分可能と判断される しかしながら 乾乳期における DCAD コントロールの観点からのイネ発酵粗飼料の評価に関する詳細な知見は得られていない そこで 乾乳期での陰イオン性イネ発酵粗飼料 ( 低 DCAD イネ発酵粗飼料 ) 給与による低 Ca 血症の発症予防を目的とした DCAD の飼料用イネ品種間差を調査するとともに 低 DCAD 飼料イネの生産手法およびイネ発酵飼料 DCAD レベル推定法を検討した 材料および方法調査 1 飼料用イネ収穫時期別および品種別の DCAD の比較分析収穫時期別の DCAD の比較について 調査対象の飼料用イネ品種は 夢あおば および リーフスター の2 品種とし 島根県農業技術センター ( 出雲市芦渡町 ) において それぞれ2か所の専用 1) 畜産課 -1-

島根県畜産技術センター研究報告第 44 号 (2016) した これらの検体について 調査 1と同様な方法で 乾物中の無機成分 (K Na Cl および S) の含有率を測定し DCAD を算出して統計分析を行った 統計処理は StatView for Windows Version5.0 (SAS Institute) を用い分散分析 回帰分析および重回帰分析を行った 結果調査 1 飼料用イネ収穫時期別および品種別の DCAD の比較分析飼料用イネ2 品種の収穫時期別無機成分値と DCAD の基本的統計量および分散分析結果を表 1 に表した DCAD の平均値は 276.7meq/kg 最小値は 143.8 meq/kg 最大値は 478.5 meq/kg であった また 収穫時期および品種間で有意差を認めた さらに 2 品種における収穫時期別無機成分値と DCAD の推移を表 2に表した 2 品種ともに Na 以外の無機成分値は登熟に従い減少して推移し 出穂前 10 日と出穂後 30 日の DCAD において有意差 (P>0.05) を認めた また 2 品種の DCAD は 全収穫時期において リーフスター が 夢あおば より低値となった 飼料用イネ6 品種の無機成分値と DCAD の基本的統計量および分散分析結果は表 3に表した DCAD の平均値は 194.7meq/kg 最小値は 143.8meq/kg 最大値は 284.1meq/kg であった また 品種間に有意差を認めた なお 調査対象とした6 品種の DCAD は 夢あおば 249.1meq/ kg ホシアオバ 211.5meq/kg リーフスター 147.6meq/kg たちすずか 206.1meq/kg きぬむすめ 198.8meq/kg みほひかり 155.0meq/ kg となり 6 品種の DCAD 比較において リーフスター が最も低値となった 圃場で栽培した 定植は 2010 年 4 月とし 収穫は 5 株ずつ出穂前 10 日および出穂期に加えて 出穂後 10 日 20 日および 30 日とした 収穫によって採取したイネサンプルは 風乾乾燥後 微粉細化して乾物中の無機成分 (K Na Cl および S) の含有率を測定した また 飼料用イネの品種別 DCAD の比較について 夢あおば ホシアオバ リーフスター たちすずか きぬむすめ および みほひかり の6 品種を調査対象とし 同センターでそれぞれ 2か所の専用圃場で栽培した すべての供試品種について 黄熟期での収穫を行い 風乾乾燥後 微粉細化して乾物中の無機成分 (K Na Cl S) の含有率を測定した 無機成分の測定は K および Na では原子吸光分光光度計 ( 日立製作所 Z-6000 型 ) Cl および S ではイオンクロマトグラフィー ( 日本ダイオネクス株式会社 DX-120) を用いて行った DCAD の算出は Ender ら 5) が用いた次式 DCAD=(Na++K+)-(Cl-+S 2- ) に基づいて 下記に示す算式を用いた DCAD(meq/kg)=(Na% 435+K% 256)- (Cl% 282+S% 624) DCAD 式 (1) そして 得られた無機成分値と DCAD 算出値を用いて基本統計量を算出し 関連性を検討するため収穫時期および品種を母数効果とした分散分析を行った 調査 2 イネ発酵粗飼料の無機成分値と DCAD との関連性分析調査対象は 2010 年から 2011 年までの期間中に島根県出雲市内の耕種農家で栽培され黄熟期で収穫された飼料用イネ ( 品種 : みほひかり および 夢あおば ) から調製されたイネ発酵粗飼料 (93 検体 ) と -2-

安田康明 松浦真紀 岩成文子 布野秀忠 : 乳牛の低カルシウム血症予防のためのイネ発酵粗飼料における DCAD 調整手法の検討 -3-

島根県畜産技術センター研究報告第 44 号 (2016) 調査 2 イネ発酵粗飼料の無機成分値と DCAD との関連性分析イネ発酵飼料の無機成分値と DCAD の基本的統計量は表 4に表した 算出した DCAD の平均値は 160.3meq/kg 最小値は-1.89meq/kg 最大値は 380.85meq/kg であった また 陽イオンの K および Na の濃度は 1.58% および 0.04% であり K は Na の 39.5 倍であった 陰イオンの Cl および S の濃度は 0.70% および 0.10% であり Cl は S の 7 倍であった 次に イネ発酵粗飼料 DCAD と各無機成分値の関係をピアソンの相関係数検定によって行い 得られた相関行列を表 5に表した DCAD と無機成分の Cl および K に強い相関関係 が認められ 相関係数は-0.661 および 0.562 であった Na は直接的な相関関係は認められず DCAD をプラス側に傾向させる影響力は低いと推定された この結果を基に イネ発酵粗飼料の DCAD を求めるため K および Cl を独立変数とした重回帰分析を実施した結果 イネ発酵粗飼料 DCAD 値の回帰式としては下記に示す算式が得られた DCAD(meq/kg)=209 K%-261 Cl%+11.4 DCAD 式 (2) また イネ発酵粗飼料無機成分値から DCAD 式 (1) により得られる DCAD 値との相関係数は 0.947 であった 考察低 Ca 血症は 分娩後の乳生産に必要な Ca を腸管からの吸収や骨からの動員 ならびに腎臓での再吸収で得られないために起こる周産期代謝病である 栄養学的には 乾乳期に K など陽イオンが多く含有する給与飼料が 牛体の血液をアルカリに傾向させ 分娩後泌乳開始時に 1,25-ジヒドロキシビタミン D 合成低下など Ca 吸収作用の阻害に関連している このため 乾乳期には K 含量の低い飼料の給与が勧められている さらに 低 Ca 血症は 生乳生産を低減させる大きな要因であるため 発症時の対処法や予防技術が多数報告されている 5-9) 予防法の一つとして陰イオン性粗飼料を用いた乾乳期 DCAD コントロールがある この方法を K 含量の低い飼料用イネにより実行可能となれば 酪農家で簡易に DCAD コントロールが実施できると考えられる 飼料用イネは 飼料自給率向上を図るため栽培が全国的に普及し ホルスタイン種搾乳牛を用いた生乳生産性への影響についても検討されている 10 11) しかし 陰イオン性粗飼料としての評価や特性を 活かした給与技術の知見は得られてない 本試験では 飼料用イネの特徴を評価するために 島根県農業技術センターおよび島根県出雲市内耕種農家で栽培された飼料用イネを用いて 品種および収穫時期と DCAD の関連性について分析した また イネ発酵粗飼料の無機成分から DCAD を推定する方法について検討した 今回の分析により飼料用イネの DCAD 値には収穫時期および品種が大きく関与しているとこが明らかとなった 品種別の DCAD については 今回調査対象とした6 品種において リーフスター が最も低く 陰イオン性粗飼料の特徴が最も強い品種と考えられた ただし 飼料用イネは多数の品種が供給されているため 今後 さらに栽培試験により DCAD コントロールに適する専用品種を検討する必要がある また 飼料用イネ2 品種による収穫期別 DCAD 比較では 2 品種とも K が登熟にともない低下し DCAD は出穂後 30 日経過した黄熟期が最も低値となることが確認された また イネ発酵粗飼料の無機成分と DCAD の関 -4-

安田康明 松浦真紀 岩成文子 布野秀忠 : 乳牛の低カルシウム血症予防のためのイネ発酵粗飼料における DCAD 調整手法の検討 連性を統計解析した結果 K および C1 を用いた DCAD(meq/kg)=209 K%-261 Cl%+11.4 が利用できると推察された 一般に DCAD を求める式としてDCAD(meq/kg)=(Na% 435+K% 256) -(Cl% 282+S% 624) が用いられる 5) が イネ発酵粗飼料の DCAD 算出には前述の算出式を用いることで 必要な無機成分の測定は K および Cl の 2 項目のみのとなり 迅速な DCAD 推定が可能となる しかし Horst ら 1) Goff ら 12) は代謝性アシドーシスにより引き起こされる尿の酸性化から 分娩前の給与飼料 DCAD 算出は Na K Cl S 以外に 飼料中の Mg リン(P) および Ca を加えた DCAD 推定式を推奨している このため 無機成分の測定項目を省略することは 正確な DCAD の推定から乖離すると懸念されるが イネ発酵粗飼料を用いた DCAD コントロールを推進するためには 迅速かつ効率的に DCAD を判定する手法が必要である さらに 乳用牛における乾物摂取量と飼料中 DCAD は2 次の関係にあり その最大 DCAD 値は 470 meq/kg との報告 13) もある 従って イネ発酵粗飼料無機成分の測定は 泌乳期飼料として比較的高い DCAD のイネ発酵粗飼料の確保ができ そして 給与することより効果的な乾物摂取量の確保にも有効であると考えられる 以上の結果から 低 DCAD イネ発酵粗飼料として調製する有効な品種は リーフスター であり 収穫期は出穂期から 30 日経過後した黄熟期に収穫調製することで 最も DCAD の低いイネ発酵粗飼料を得ることができると考えられた また 栽培または調製した飼料用イネの DCAD は K および Cl 濃度を測定することで 迅速に DCAD を算出できることから 低 DCAD イネ発酵粗飼料としての利用性が高まると示唆された 謝辞本試験の実施にあたり 飼料イネ栽培試験ならびに無機成分の分析にご協力いただいた農業技術センターの関係諸氏に深謝いたします 参考文献 1)Horst R L., et al. Journal of Dairy Science 80: 1269-1280 1997. 2) デーリージャパン社 NRC 乳牛飼養標準 2001 年 第 7 版. 3)E. Charbonneau., et al. Journal of Dairy Science 92: 2067-2077 2009. 4)V. S. Heron., et al. Journal of Dairy Science 92: 238-246 2009. 5)Ender. F., et al. Journal of Dairy Science 28: 233-256 1971. 6)Jesse P. Goff, Veterinary Journal 176: 50-57 2008. 7)J. M. ramos-nieves, et al. Journal of Dairy Science 92: 5677-5691 2009. 8)M. Rerat, et al. Journal of Dairy Science 92: 6123-6133 2009. 9)M. S. Bhanugopan, et al. Journal of Dairy Science 93: 2119-2129 2010. 10) 布野秀忠ら, 島根県畜産技術センター研究報告, 42: 17-21,2011. 11) 岩成文子ら, 島根県畜産技術センター研究報告, 43: 1-7,2012. 12)Jesse P. Goff, Vet. Clin. North Am Food Anim. Pract16: 319-337 2000. 13)Wenping Hu, et al. Animal Feed Science and Technology 136: 216-225 2007. -5-