学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 神谷綾子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査田中真二 石川俊平 論文題目 Prognostic value of tropomyosin-related kinases A, B, and C in gastric cancer ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > Trk 受容体は腫瘍の成長において重要な役割を果たし 癌治療の重要なターゲットと考えられている 我々は胃癌における TrkA, B, C の発現と臨床病理学的特徴 予後との関連を調べた 2003-2007 年に胃切除術を受けた 221 人の患者から腫瘍検体を得た TrkA, B, C の発現を免疫染色を使って分析し 臨床病理学的因子 予後との関連を評価した TrkA, B, C 高発現は組織型と有意に関連していた (p=0.022, p<0.001, p<0.001) TrkA 高発現はリンパ節転移 (p=0.024) 遠隔転移や再発 (p<0.001) といった腫瘍の成長に関わる因子と有意に関連していた 遠隔転移や再発は TrkC 高発現群で有意に多かった (p=0.036) TrkA 高発現は単変量解析で無再発生存期間 (RFS) が短いことに有意に関連していた (p=0.001) TrkA C 高発現は単変量解析で疾患特異別生存期間 (DSS) が短いことに有意に関連していた (p<0.001, p=0.008) 多変量解析では TrkA は RFS( ハザード比 2.294; 95% 信頼区間 1.309-4.032; p=0.004) と DSS ( ハザード比 2.146; 95% 信頼区間 1.195-3.861; p=0.011) の独立した予後因子であった 単変量解析で TrkB の発現は RFS DSS と関連がなかった TrkA の発現は腫瘍の成長と予後不良に関連し 胃癌患者において独立した予後不良因子であった < 緒言 > 胃癌はアジアの国々で最も多い悪性疾患であり 世界の癌死亡原因の 3 番目である 治癒切除された患者でさえ 再発や遠隔転移で亡くなることがある 非治癒切除や遠隔転移のある患者は化学療法を行っても全生存期間は 10-13 ヶ月である 胃癌が転移する可能性を評価する確実な診断方法が適切な治療方法を選ぶのに重要である 多くのチロシンキナーゼ受容体が様々な癌で腫瘍の進行や患者の予後に関連していることが示され 治療ターゲットとして臨床で使われているものもあるが 効果は限られており 新たなバイオマーカーや治療ターゲットをみつける必要がある NT ファミリーとその受容体が増加している癌腫があるという報告がある ニューロトロフィンは成長因子のグループで 神経系の成長において神経細胞の生存と分化に関与する ニューロトロフィンに対する細胞の反応は 2 種類の細胞膜受容体 (p75nt 受容体と Trk 受容体 ) を通じ - 1 -
て誘発される Trk 受容体は TrkA, B, C という 3 つの形があり それぞれ異なるニューロトロフィンに特異的に示される Trk 受容体とニューロトロフィンの結合は Trk キナーゼドメインを活性化し 様々な下流の Ras シグナル径路のトリガーとなる 主に神経モデルにおいて確立し 神経細胞の生存や神経突起の伸長へと導き 成長 転移 大部分は細胞死へと循環させる Trk や p75nt 受容体によって支配された細胞内のシグナルが細胞の生存 増殖 分化にも重要とされている これまで胃癌における TrkA, B, C の役割は報告がほとんどない この研究は胃癌における TrkA, B, C の発現を検討し 臨床病理学的特徴や患者の予後との関連を分析することによってこれらの蛋白の発現の臨床的重要性を評価することを目的とした < 方法 > 2003 年 3 月 ~2007 年 12 月に当院胃外科で原発性胃癌に対して手術を行った 221 名からの検体を分析した 全ての患者が 3-6 ヶ月おきの腫瘍マーカーと画像診断で再発の評価が行われた 遠隔転移のある患者や再発のある患者は化学療法を受けた 観察期間中央値は 61 ヶ月であった 免疫染色はペルオキシダーゼ標識されたポリマーを二次抗体に接合させて行った 染色強度を 4 段階 (0: なし 1: 弱陽性 2: 中等度陽性 3: 強陽性 ) にスコア化した 染色範囲も染色された細胞の割合で 4 段階 (0:25% 以下 1:26-50% 2:51-75% 3:75%) にスコア化した 陽性は細胞の 10% 以上染まっていることを定義とした 総合スコアは強度スコアと染色範囲スコアの和とし 統計学的解析ではスコア 4 以上を高発現 4 未満を低発現とした 胃癌組織の小切片とそれに相当する隣接した非癌粘膜の一部を用いて RNA 抽出と cdna の合成を行い 定量的 RT-PCR を行った 統計学的解析は Trk の発現と臨床病理学的因子の関連 各蛋白の発現の関連を調べるために χ 2 検定を使った RFS と DSS における Trk 発現の影響を評価するためにカプランマイヤー曲線を描いた RFS/DSS 曲線の差はログランク検定で比較した RFS と DSS の Trk 発現との関連を示すために単変量解析を用いた RFS/DSS と Trk の発現や他の因子との予後的重要性を示すためにコックスモデルを用いた p 値 0.05 未満を有意差とした Trk mrna レベルの比較にはマンホイットニー検定を用いた < 結果 > 免疫染色において TrkA, B, C の発現は主に癌細胞の細胞質でみられた 正常粘膜と間質組織の一部にも弱い発現がみられた TrkA, B, C 高発現は他の 2 つの蛋白発現とそれぞれ有意に関連していた TrkA, B, C 高発現は組織型と有意に関連していた ( 分化 : 未分化 ; p=0.022, p<0.001, p<0.001) TrkA 高発現はリンパ節転移 (N0:N1-N3; p=0.024) 遠隔転移 再発( なし : あり ; p<0.001) と有意に関連していた 遠隔転移 再発は TrkC 高発現群で低発現群よりも有意に多かった (p=0.036) TrkB の発現は単変量解析で RFS/DSS と関連がなかった TrkA 高発現は単変量解析で RFS が短いことと有意に関連していた (p=0.001) TrkA, C 高発現は単変量解析で DSS が短いことと有意に関連していた (p<0.001, p=0.008) TrkA は以下の独立した臨床予後因子 ( 組織型 深達度 - 2 -
リンパ節転移 ) と調整した多変量解析で RFS ( ハザード比 2.294; 95% 信頼区間 1.309-4.032; p=0.004) DSS ( ハザード比 2.146; 95% 信頼区間 1.195-3.861; p=0.011) の独立した予後規定因子であった TRK1,2,3mRNA レベルはそれぞれ TrkA, B, C 蛋白の発現と関連はなかった < 考察 > 今回の結果から TrkA, C は胃癌において腫瘍の増大 転移 予後に重要な役割を持つ可能性があることが示された TrkA は胃癌の独立した予後因子であった 膵癌において RT-PCR を用いた分析で TrkA の発現は悪性度のマーカーである 進行卵巣癌において免疫染色で TrkA の発現がみられた 口腔扁平上皮癌において免疫染色で TrkC の発現は Stage リンパ節転移 微小脈管侵襲 予後不良と関連していた 大腸癌において免疫染色で TrkB, C の発現は肝転移 浸潤能に関連していた しかし驚くことに TrkA,B, C は形態が似ているにもかかわらず 神経膠腫 髄芽腫では全く異なるふるまいをしており TrkA, C の発現は予後良好に関連している一方 TrkB は進行癌で発現していた 調べた限りでは胃癌患者の予後と TrkA, C 発現の影響を示した研究はなく TrkB は胃癌患者の予後不良に関連していたことを示す報告はあった Zhang らは胃癌において免疫染色で TrkB 高発現の患者は遠隔転移 高分化 深達度 予後不良に有意に関連すると報告した 田中らは胃癌において免疫染色で腫瘍先進部 TrkB 発現は独立した予後因子と報告した 胃癌における TrkB 発現に関しては 今回の結果は過去の報告と違っていた Zhang らは免疫染色の抗体と判定法が異なっていたが TrkB の発現が高分化胃癌で有意に高いという今回の結果は彼らの結果と一致した 田中らは進行癌の TrkB 発現が早期癌よりも高かったと報告したが この研究ではほとんどが早期癌で StageⅣは数名であったため 結果が異なったと推測される 今回の研究では各 Trk mrna レベルは免疫染色の Trk 蛋白の発現レベルと異なっていた これは遺伝子解析には腫瘍の辺縁部から得られた組織を用いたが 免疫染色には腫瘍の浸潤先進部で評価したためかもしれない Trk は癌遺伝子と考えられている ほとんどの報告は浸潤 アノイキスへの耐性 VEGF 産生に関与する Trk-TK/PI3K/Akt 径路の重要性を指摘している PI3K/Akt や ERK/p38MAPK を含むシグナル径路は TrkA の過剰発現を活性化し さらなる細胞表現型の悪性化につながり さらに免疫不全マウスの異種移植された乳癌細胞において TrkA の過剰発現は腫瘍の成長 血管新生 遠隔転移を増強していた 口腔癌において TrkC は基底膜の崩壊の原因となる MMP-2, MMP-9 の分泌を制御していた ヒト大腸癌細胞の in vitro の分析で TrkB は VEGF-A と VEGF-C の遺伝子発現を促すように働いていた 大腸癌において PI3K-Akt シグナルを活性化する mtor は TrkC によって制御されている このように癌における Trk の役割は様々な報告がある < 結論 > TrkA は胃癌患者の腫瘍の進行や臨床的な経過において重要な役割を持ちうる TrkA は胃癌患者の治療ターゲットとして期待できる可能性がある - 3 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 5051 号神谷綾子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査田中真二 石川俊平 論文審査の要旨 1. 論文内容本論文は胃癌におけるTropomyosin-related kinase(trk)a B C 発現の臨床的意義についての論文である 2. 論文審査 1) 研究目的の先駆性 独創性免疫組織化学的染色を用いた蛋白発現の検索により胃癌のTrk A B C 発現解析と臨床病理学的因子との関連を検討することを目的とした解析を行った 申請者は免疫染色を用いた蛋白発現解析により Trk A B C 発現は組織型と有意に関連していること Trk Aの発現は腫瘍の発育と患者予後の関連し 独立した予後不良因子であることが明らかとなった これまで胃癌におけるこの分子の発現解析は進んでおらず その着眼点は評価に値するものである 2) 社会的意義本研究で得られた主な結果は以下の通りである 1. Trk A B C 発現は高分化型の胃癌で高く 組織型と有意に関連していた 2. Trk A 高発現はリンパ節転移や再発と有意に関連していた 3. 多変量解析ではTrk Aは疾患特異的生存期間 無再発生存期間の独立した予後因子であることが明らかとなった 以上のように申請者は 胃癌におけるTrk 高発現が独立した予後予測因子であることを明らかにしている これは臨床的にも極めて意義のある研究成果であると言える 3) 研究方法 倫理観研究では臨床検体に対して免疫組織化学的染色やRT-PCR 法を用いた発現解析が行われ Trk 発現の検索がなされた 本手法は十分な分子生物学的技術と臨床病理学的知識との裏付けのもとに遂行されており 申請者の研究方法に対する知識と技術力が十分に高いことが示されると同時に 本研究が極めて周到な準備の上に行われてきたことが窺われる 4) 考察 今後の発展性さらに申請者は 本研究結果について Trk Aが胃癌患者の治療ターゲットとして期待できる可能性があると考察している これは本分子の機能に関する先行研究と照らし合わせても極めて妥当な考察であり 今後の研究にてさらに発展することが期待される 3. 審査結果以上を踏まえ 本論文は博士 ( 医学 ) の学位を申請するのに十分な価値があるものと認められ ( 1 )
た ( 2 )