理学療法科学 19(:69 73,2004 研究論文 脳卒中片麻痺者における 30 秒椅子立ち上がりテストと歩行能力の関係 Relationship of a 30-second Chair-Stand Test to Gait Performance in Stroke Patients 増田幸泰 西田裕介 黒澤和生 YUKIYASU MASUDA, MS, RPT, YUSUKE NISIDA, MS, RPT, KAZUO KUROSAWA, PhD, RPT 3) Department of Rehabilitation, International University of Health and Welfare Hospital: 537 3 Iguchi, Nishinasuno, Nasu-gun, Tochigi 329-2763, Japan. TEL +81 287-37-2221 University of Health Science Rigakuryoho Kagaku 19(: 69 73, 2004. Submitted Aug. 29, 2003. Accepted Dec. 8, 2003. ABSTRACT: The action of standing up is often used in, for example, the measurement of performance, lower limb muscle strength and estimates of gait performance. The objective of this study was to clarify the relationship between the 30-second chair-stand test and lower limb muscle strength and gait performance, using 15 hemiplegic stroke patients as subjects, and to investigate the clinical application of the test. Correlations were found between the 30-second chair-stand test and the hemiplegic side knee extension strength (r=0.6, as well as the 10 m maximum gait (r= 0.9. The 30-second chair-stand test measures the number of times it is possible to stand from sitting in a chair within 30 seconds, and it can be easily performed in a clinical situation. Furthermore, the possibility is suggested, that hemiplegic patients gait performance can be easily assessed by the chair-stand test. Key words: 30-s chair-stand test, stroke patients, gait speed 要旨 : 立ち上がり動作は, パフォーマンスの測定や下肢筋力, 歩行能力の推定などに用いられることが多い 本研究の目的は, 脳卒中片麻痺者 15 名を対象として,30 秒椅子立ち上がりテストと下肢筋力及び歩行能力との関係を明らかにし, 本テストの臨床応用について検討することである その結果,30 秒椅子立ち上がりテストと麻痺側膝関節伸展筋力 (r=0.6 ならびに,10 m 最大歩行 (r=-0.9 との間で相関関係を認めた 30 秒椅子立ち上がりテストは30 秒間に連続して可能な椅子からの立ち上がり回数を測定するもので, 臨床においても簡便に実施できる また, その測定により脳卒中片麻痺者の歩行能力を簡便に評価できる可能性が示唆された キーワード :30 秒椅子立ち上がりテスト, 脳卒中片麻痺, 歩行能力 国際医療福祉病院リハビリテーション室 : 栃木県那須郡西那須野町井口 537-3( 329-2763)TEL 0287-37-2221 健康科学大学理学療法学科 受付日 2003 年 8 月 29 日受理日 2003 年 12 月 8 日
70 理学療法科学第 19 巻 2 号 I. はじめに II. 対 象 起立動作いわゆる立ち上がり動作は, 基本動作を構成する要素の1つであり, 日常生活において繰り返し行われている頻度の高い動作である また, 高齢者や障害者においては立ち上がり動作能力の低下により日常生活活動 (Activities of Daily Living: 以下 ADL) が大きく阻害されるという報告も多い 1-4) そのため, 立ち上がり動作そのものは様々な角度からの研究対象となっている 5) 特に椅子座位から直立位までの一連の立ち上がり動作は, 若年健常者のみならず高齢者や片麻痺者を対象として運動学, 運動力学的視点から分析が行われている さらには, 歩行困難な高齢者や障害者においても動作の習熟を要さず簡便に実施できることから, 立ち上がり動作を用いた運動負荷試験 6-8) やトレーニングとして検討 4, 9) が行われている 大掛かりな装置や場所を使用することなく簡便に実施できるという利点から, 立ち上がり動作が, 運動負荷の手段としてや下肢筋力の評価法として有効であるという報告も多い 特に, 下肢筋力を評価する目的で立ち上がり動作を用いた方法によれば, 椅子の高さを変える方法や一定回数の立ち上がりに要した時間を評価する方法 9, 10), 一定時間内の立ち上がり回数を評価する方法 11-13) などが臨床等で用いられている しかし, 高さや時間で評価する方法は, 設定された高さや回数で立ち上がり動作を遂行できない場合に評価が困難となるといった欠点が考えられる これに対し, 時間内の立ち上がり回数を評価する方法では, 立ち上がり困難な場合にも評価の対象となりうるため, 対象者を広げることができ, 臨床場面ではより有効であると考えられる Jonesら 1 は30 秒椅子立ち上がりテスト ( 以下 :CS-30 テスト ) を考案し, 高齢者の下肢筋力を簡便に評価できることを報告している また, この方法をもとに中谷ら 12, 13) は若年者でも同様に下肢筋力を評価できるとしてい 対象は, 脳卒中片麻痺者 15 名 ( 男性 9 名, 女性 6 名 ) で, 平均年齢 65.7±11.2 歳, 平均身長 159.3±7.0 cm, 平均体重 59.9±5.8 kgであった 対象者 15 名のうち, 脳出血が6 名, 脳梗塞が9 名であった 発症からの期間は, 平均 28.5± 33.0ヶ月であり, 下肢のBrunnstrom Stageは5 名がIII,8 名がIV,2 名がVIであった 麻痺側は, 右が5 名, 左が10 名であった また, 整形外科疾患等で測定に影響する痛みを訴えるものはいなかった なお, 対象者に対して本研究の目的 内容, 起こりうる危険について十分に説明し, 同意が得られた場合のみ測定を行った そのため, 失語症等により理解が不十分な場合は対象から除外した III. 方法 1. 30 秒椅子立ち上がりテスト課題は椅子からの立ちしゃがみを30 秒間全力で反復することである 椅子は背もたれや肘掛のないものを用い, 被験者ごとに股関節 90, 膝関節 90, 足関節 0 となるように高さ調節を行った 開始肢位は椅子座位とし, 両足の間隔は肩幅程度とした 測定中は上肢の影響を避けるために腕を胸の前で組ませた 開始の合図で身長の高さに設定した位置に頭頂 る 新井ら 14) は,10 秒間の立ち上がり回数を用いて, 片麻痺者の下肢筋力の程度や歩行能力を予測できるとしており, 立ち上がりテストは簡便で信頼性の高い評価法として臨床場面においても有効な評価法になり得ると考えられる そこで本研究では,CS-30テストが臨床において片麻痺者を対象として応用可能かどうかを検討することを目的とし, 下肢筋力との関係に加え, 新たに歩行能力との関係をも含めて明らかにすることとした 図 1 等尺性膝伸展筋力の測定 ( アニマ社製 μtasmt-
脳卒中片麻痺者における 30 秒椅子立ち上がりテストと歩行能力の関係 71 表 1 各測定値の基本統計表 n 平均値 最小 最大 立ち上がり回数 ( 回 ) 15 9.8 ± 4.3 0 17.0 最大歩行 (sec) 15 33.5 ± 22.0 10.0 79.1 麻痺側伸展筋力 (kg) 15 27.6 ± 6.1 19.7 37.4 非麻痺側伸展筋力 (kg) 15 11.9 ± 5.7 5.2 21.8 表 2 各測定項目の相関関係 最大歩行 非麻痺側伸展筋力 麻痺側伸展筋力 立ち上がり回数 0.91** 0.41 0.61* 最大歩行 1.00 0.26 0.52* 非麻痺側伸展筋力 1.00 0.36 麻痺側伸展筋力 1.00 *:p<0.05, **:p<0.01 が接するまで立ち上がり, 膝関節と股関節は完全伸展するよう指示した その後, 再び椅子に殿部が接するまでを一回とし, この動作の30 秒間における反復回数を測定した なお, 立ち上がり動作の途中で30 秒に達した場合には測定値として算入しなかった テストは被験者毎に5~10 回の練習後, 十分な休憩をはさんで2 回ずつ行った 普段用いている装具の使用は許可した 2 回の測定値の最大値を個人の代表値として採用した ただし, 立ち上がり不可能な場合は0 回とした 2. 10 m 最大歩行普段用いている装具や杖を使用し,10 m 直線歩行路 ( 前後 3 mの助走路あり ) を個人の最大歩行速度で歩き その所要時間をストップウォッチにて測定した 3. 下肢筋力徒手筋力計 ( アニマ社製 μtas MT- を使用し, 等尺性膝伸展筋力を測定した ( 図 対象者は端座位をとり, 膝関節屈曲 90 にてストレンゲージ式の圧力センサーが組み込まれたアタッチメントを下腿遠位端に固定した その後,3 秒間の等尺性膝伸展筋力を2 回測定し, その最大値を個人の代表値として用いた 4. 統計的分析 CS-30テスト, 下肢筋力, 歩行能力の関係は, ピアソンの相関分析を用いて分析し, 危険率 5% 未満を有意差あり とした IV. 結果各測定項目の結果を表 1に示す 立ち上がり回数は, 全対象者のうち1 名が立ち上がり不可能であったため0 回として処理した 相関係数は表 2に示すとおりである CS-30テストと10 m 最大歩行においてr=-0.91(p<0.0 と高い負の相関を認めた また,CS-30テストと麻痺側膝関節伸展筋力( 以下 : 麻痺側筋力 ) においてもr=0.61(p<0.05) と正の相関を認めた さらに,10 m 最大歩行と麻痺側筋力の間でも r=-0.52(p<0.05) と負の相関を認めた V. 考察本研究では,CS-30テストと下肢筋力との関係に加え新たに歩行能力との関係について片麻痺者を対象として検討した Jonesら 1 はCS-30テストが, 高齢者において下肢筋力の指標となる信頼性の高い方法であると報告している さらに中谷ら 12, 13) は,20~90 歳までの健常者 1,469 名を対象としてCS-30テストと下肢筋力の関係を示しており, 加齢による立ち上がり回数の変化は下肢筋力の加齢変化と同様であったと報告している 本研究においてCS-30テストと下肢筋力の関係は, 非麻
72 理学療法科学第 19 巻 2 号 痺側膝関節伸展筋力 ( 以下 : 非麻痺側筋力 ) との間では相関を認めなかったが, 麻痺側筋力との間で正の相関を認めている 櫻井ら 20) は, 片麻痺者の立ち上がり能力と等速性筋力との関係を報告しており, 片麻痺者の立ち上がりには非麻痺側股関節伸展筋力が重要であるとしている さらに, 麻痺側下肢の筋力が極端に低下している場合, 立ち上がり動作能力の向上を阻害する可能性があるとしている 本研究においても麻痺側筋力が低値な者は立ち上がり回数も少なく, 片麻痺者の立ち上がりには麻痺側筋力が大いに関係していると考えられる また,CS-30テストは立ち上がり動作を反復させるものであり, この点において1 回の動作よりさらにバランス能力を要求されると考えられる そのため, 片麻痺者においては麻痺側による姿勢制御が要求され, 麻痺側筋力が高いほど立ち上がり動作を安定させるため, 立ち上がり回数が増したものと考えられる しかし, 本研究においては膝関節伸展筋群以外の下肢筋群の影響やバランス能力等の筋力以外の要素は検討していないため今後の課題として考えられる さらに, 本研究では麻痺側筋力と10 m 最大歩行との間に負の相関関係を認めた 片麻痺者において, 麻痺側下肢の筋力は立ち上がりのみでなく歩行能力に影響するという報告 21-23) も少なくない 鈴木ら 2 は回復期にある片麻痺者の最大歩行速度の決定要因として訓練開始時は下肢筋力やバランス能力が関連するが, 歩行練習や日常生活などにより歩行経験を重ねることで, バランス能力等は改善され, 最終的に麻痺側の膝伸展筋力だけが最大歩行速度に関係すると報告している 丹羽 2 は, 最大歩行速度の決定因子として麻痺側膝伸展筋力, 麻痺側荷重率の重要性を示し, これらが高いほど歩行速度が速くなると報告している これらのことから, 片麻痺者の最大歩行には麻痺側下肢の筋力が大きく関与している可能性があると考えられる よって, 片麻痺者において麻痺側筋力は立ち上がり動作, 歩行能力ともに影響を与える可能性が示唆された さらに, 本研究で目的としたCS-30テストと10 m 最大歩行の間においては, 高い負の相関関係を認めている 片麻痺者ではCS-30テストの回数が多いほど, 歩行速度が速くなることが考えられ,CS-30テストを行うことで歩行能力を推測できる可能性があると考えられる 片麻痺者においては基本動作である立ち上がり動作や移動能力である歩行能力を評価することはADLの拡大や介護量軽減といった意味からも臨床上重要であり 24),CS-30テストは, 臨床において片麻痺者の簡便な歩行能力の評価法として実施できる可能性があると考えられる VI. おわりに 近年, 介護保険の導入とともに理学療法においても訪問リハビリテーションや通所リハビリテーションといったような, 在宅を中心とする高齢者や障害者に対するアプローチが多く望まれている そして, 在宅を中心とした場合, これまで行われていた施設での理学療法とは異なり, 十分な設備や機器を得られない場合が多く存在すると考えられる そのような環境においても, 本研究で行ったCS-30テストは高価な機器や特別な場所を必要とせず簡便に行えるため有効であると考えられ, 今後さらに多くの疾患や適応について検討していく必要があると考えられる 引用文献 村永信吾 : 立ち上がり動作を用いた下肢筋力評価とその臨床応用. 昭和医会誌,2001,61(3):362-367. 岩倉博光, 吉田清和, 鵜飼俊忠 他 : 腰かけ動作としゃがみ動作 老年者および若年者における筋活動と姿勢調節. 姿勢研究,1985,5(:69-77. 3) 出村慎一, 佐藤進, 南雅樹 他 : 施設入所障害高齢者における日常生活動作能力の特性 : 移動時の補助具使用状況別比較. 日本生理人類学会誌,2000,5(:1-7. 4) 林秀俊 : 起立 着席訓練を中心とした脳卒中の運動療法. 理学療法科学,1995,10(:15-19. 5) Janssen, Wim GM, Bussmann, Hans BJ, Stam, Henk J: Determinants of the sit-to-stand movement: A review. Physical Therapy, 2002, 82(9): 866-879. 6) 窪田俊夫, 花田実, 山口恒弘 他 : 脳血管障害片麻痺の運動負荷テストとその臨床応用について. 総合リハ,1981, 9(10):811-818. 7) 大隈秀信, 緒方甫, 美津島隆 他 : 脳卒中片麻痺患者にたいするAT 決定のための運動負荷法としての反復起立動作の検討. リハ医,1994,31(3):165-172. 8) 潮見泰藏 : 起立動作を応用した新たな運動負荷試験法の開発に関する研究. 杏林医学会雑誌,1994,25(4):493-504. 9) 進藤伸一 : 障害高齢者に対する10 回反復最大負荷での起立運動を用いた筋力トレーニングの効果.PTジャーナル,1999, 33(:135-138. 10) Netz Y, Argov E: Assessment of functional fitness among independent older adults: a preliminary report. Percept Mot Skills, 1997, 84: 1054-1074. 1 Jones CJ, Rikli RE, Beam WC: A 30-s chair-stand test as a measure of lower body strength in community-residing older adults. Res Quart Exerc Sports, 1999, 70: 113-119. 1 中谷敏明, 川田裕樹, 瀧本雅一 他 : 若年者の下肢筋パワーを簡便に評価する30 秒椅子立ち上がりテスト (CS-30テスト) の有効性. 体育の科学,2002,52(8):661-665. 13) 中谷敏明, 瀧本雅一, 三村寛一 他 :30 秒椅子立ち上がりテ
脳卒中片麻痺者における 30 秒椅子立ち上がりテストと歩行能力の関係 73 スト (CS-30テスト) 成績の加齢変化と標準値の作成. 臨床スポーツ医学,2003,20(3):349-355. 14) 新井啓介, 潮見泰藏, 山崎正人 他 : 脳卒中患者における起立動作によるパフォーマンステストと下肢筋力ならびに歩行能力との関連. 理学療法学,2001,28(suppl :303. 15) 大森圭貢, 山崎裕司, 横山仁志 他 : 高齢入院患者の脚伸展筋力と歩行自立度 歩行速度の関連. 理学療法,1999,16(1: 913-917. 16) 沢井史穂 : 脚力の強化と歩行能力の向上 高齢者に不可欠な脚力強化. 臨床スポーツ医学,1998,15(9):961-966. 17) 臼井滋, 山端るり子, 遠藤文雄 : 地域在住女性高齢者のバランス能力と下肢筋力, 歩行能力との関連性. 理学療法科学,1999,14(:33-36. 18) 山端るり子, 臼井滋, 遠藤文雄 : 健常女性における膝屈伸筋群の等速性筋出力特性と年齢, 歩行能力との関係. 理学療法科学,1998,13(4):179-183. 19) 山崎裕司, 横山仁志, 青木詩子 他 : 膝伸展筋力と歩行自立 度の関連 運動器疾患のない高齢患者を対象として. 総合リハ,2002,30(:61-65. 20) 桜井宏明, 永井将太, 奥山夕子 他 : 片麻痺患者の立ち上がり動作能力と等速性筋力との関係. 藤田学園医学会誌,1998, 22(:25-27. 2 鈴木堅二, 中村隆一, 山田嘉明 他 : 脳卒中片麻痺患者の最大歩行速度の決定因 歩行訓練期間の影響. リハ医学, 1994,31(5):339-345. 2 丹羽義明 : 脳卒中片麻痺患者の最大歩行速度に影響を与える因子の検討 患側立ち直り開始時間との関係. 理学療法科学,1997,12(:63-67. 23) 阿部長, 柴田元, 大塚裕美 他 : 慢性期脳卒中片麻痺患者における下肢筋力強化訓練の歩行速度に及ぼす影響. 理学療法学,1991,18(5):529-533. 24) 佐直信彦, 中村隆一, 細川徹 : 在宅脳卒中患者の生活活動と歩行機能の関連. リハ医学,1991,28(7):541-547.