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3 自動運転自動車のパスプランニング 基応専般 菅沼直樹米陀佳祐 ( 金沢大学新学術創成研究機構 ) 自動運転の判断 近年自動運転自動車に関する研究開発が世界各国において行われている 1). 日本においても, 図 -1 に示すように筆者らの研究室が国内の自動車メーカ等の協力のもと国内の大学としては初となる公道走行実験を開始するなど大きな盛り上がりを見せている 2). このような自動運転自動車を安全に目的地に到達させるためには, 通常ドライバーが運転時に行っている認知 判断 操作といった一連の動作をオンボードセンサおよびコンピュータを用いて代替させる必要がある. これらの運転知能では, 従来自動車の分野で古くから培われてきた機械的要素技術とそれを動かす制御技術に加えて, 新たに高度な情報処理技術が必要となる. 本稿ではこれらのうち, 筆者らのこれまでの経験を踏まえ, 特に 判断 部において重要となるパスプランニング技術を中心に解説する. パスプランニングに必要な情報 パスプランニングとは, 自動車等の移動体が 将来どのように動くべきか? という将来の挙動を計画することを意味しており, 古くから移動ロボットの分野において多くの検討がなされてきている. このパスプランニングという言葉の日本語訳としては 経路 計画と 軌道 計画の 2 種類の言葉が存在している. 経路 とは移動ロボットが通過すべき位置や姿勢の順序集合を示す. また 軌道 では, その順序集合を, 時間をパラメータとして表現したものである. 自動車の自動運転では, 自車および周 図 -1 公道走行中の自動運転自動車 Oncoming vehicles Drivable space Driving path 図 -2 右折時の運転行動 辺に走行する車両が高速に行き交う環境であるため, パスプランナでは 軌道 を計画する必要がある. たとえば, 図 -2 のシーンのように多数の対向車両が存在する環境で自動運転車両が右折を行う状況を考える. この場合, 安全に交差点を通過するためには, まず対向車両群を検出する. そして, 自車が侵入すべき対向車両間のスペースを探索し, タイミングを見計らってそのスペースの間を通り抜けるような運転行動を計画する必要がある. この場合, 単に 経路 を追従するのみでは右折は可能であるが, タイミングを見計らうことができない. このため, 自動運転自動車では 軌道 の設計が重要となる. 本章では, この軌道計画に必要な情報について整理する. 446 情報処理 Vol.57 No.5 May 2016

❸ 自動運転自動車のパスプランニング Obstacle Pedestrian ( a ) 障害物の回避 ( b ) 歩行者の回避 図 -3 物体による回避行動の差 * 移動物体の軌道予測と物体識別自動車を交通環境において自律的に走行させるためには, 走行する環境がどのような状態であるかを LIDAR (Light Detection and Ranging), ミリ波レーダ, カメラ等のオンボードセンサにより把握する必要がある. 通常, オンボードセンサから得られるセンサ情報は, センシングした時点での周辺環境を計測したものである. 一方, 交通環境は高速に移動する移動物体が多数存在するため, 安全かつスムーズな自動運転を行うためには, 現在の状況を計測したのみでは実は不十分であり, その環境が将来どのように変化するのかを予測することも必要である. このため, 移動物体に関してはオンボードセンサで計測したセンサ情報を Kalman Filter や Interacting Multiple Model 法 3) といった手法を用い, 時系列的にコンピュータ上で追跡し, 移動物体の予測軌道を求める必要がある. また通常ドライバーが運転を行う際, 障害物に対する回避操作の仕方は, 物体によって異なっている. たとえば図 -3 に示すように, 電柱やポール等の単なる障害物と, 歩行者が道路脇に存在していた状況では, 同じ場所に静止していたとしてもその回避行動の仕方 ( 避け幅 ) は異なると考えられる. このため, 個々の物体種別の識別も必須の機能となる. * デジタル地図と自己位置推定高速道路のみでの走行を前提とした自動運転システムとは異なり, 一般道での走行も想定した自動運転システムでは, デジタル地図を多用して自動運転を行う場合が多い 4). デジタル地図を活用することで, たとえば先読み運転が可能になるなど, 大きな 利点がある. ただしデジタル地図を活用した自動運転を行うためには, 正確な自己位置 姿勢の推定が必要となる. 従来カーナビ等の分野では GPS(Global Positioning System) に代表される GNSS(Global Navigation Satellite System) が多用されてきた.GNSS は 地球上のどこにいるのか? という絶対位置を計測可能なセンサである. しかし絶対位置に基づいて自動運転を行ってしまうと, たとえば地震等により地殻変動が生じた場合にあらかじめ作成した地図と絶対位置との間に差が生じてしまい, 自然な自動運転を行うことが難しくなる問題がある. このため, 絶対位置ではなく地図に対する相対的な位置を推定する手法が必須となることに注意が必要である 1 ),4 ). デジタル地図を活用したパスプランニング 従来自動車の自動運転では, 高速道路上の本線のみの走行を仮定したものがほとんどであった. 高速道路上の本線を走行するのみの自動運転では, 基本的には白線を認識して車線の中央を走行し, ドライバーが設定した速度で走行を行う. また, 先行車両が存在すれば車間距離を維持するという運転行動で大まかには自動運転を行うことが可能であった. 一方, 一般道での走行まで仮定すると, たとえば道路脇の駐車車両等の障害物が存在している可能性があり, 車線の中央を走るのみでは問題が生じる. また高速道路とは異なり, そもそも走行する環境が複雑であり, 交差点での右左折, 信号機に応じた交差点侵入判断, 歩行者の考慮などさまざまな交通環境に応じた適切な運転行動をとる必要がある. 本章では, 複雑な走行環境に適応して走行するために必要なパスプランナの一例として筆者らの開発している自動運転システムについて解説する. * パスプランナの概要交通環境では多数の自動車, 歩行者, さまざまな種類の障害物等が存在している. また, 交差点や横 情報処理 Vol.57 No.5 May 2016 447

High Middle Route selection based on digital map Finite state machine (Obeying traffic rule) Monitoring area Driving path Low level Trajectory generation (Obstacle avoidance) 図 -6 右折時における注視領域の設定例 図 -4 図 -5 階層構造型パスプランナ Node Link (a) 複数車線道路 デジタル地図の例 (b) 交差点 Node Link 断歩道などさまざまな交通環境が存在するため, 複雑な運転行動をとる必要がある. このため, 複雑な運転行動をソフトウェアの見通しを良く設計するため, 図 -4 に示すように三層の階層構造型構造を有するパスプランナを設計している. このプランナでは上位では時間的にほとんど変化のない情報を考慮し, 下位では一瞬の状況変化を考慮してパスプランニングを行うように設計されている. これらのプランナを有機的に結び付けて自動運転を行うことで, 複雑な状況判断を可能としている. 下記に各階層における機能と役割について述べる. * High Level プランナ High Level プランナでは, ユーザからの目的地, 目標速度情報を受信して, 目的地までの最適なルートを探索する. パスプランニングに用いるデジタル地図の情報としては, 図 -5 に示すようにノード, リンクで表されるベクトル地図 ( 有向グラフ ) を用いる. ノード は道路の中心座標を表す緯度経度や道幅といった情報を含んでいる. またリンクはノード間のつながりとその方向を示し, 直進 右左折といったリンクの種別や, 破線や黄色線などの白線種別情報が付加情報として記載されている. これらの情報を用いて目的地まで到達可能なルート探索を行う. 本研究ではルート探索に Dijkstra 法を用いている.Dijkstra 法を用いることで, 任意の地点から目的地まで最低コストで到達可能なルートを探索可能となり, 任意のタイミングで自動運転を開始することが可能となる. なお, コストの計算には制限速度から計算されるリンク通過時間を基礎とし, 直進 右左折といったリンク種別ごとにペナルティを与えることで右左折の少ないルートを選択されやすくしている. * Middle Level プランナ通常, 人間が自動車を運転しているとき, 周辺環境のどこを注視するのか?, また どのような運転行動をとるのか? はその道路環境により大きく異なる. このため, 単純に High Level プランナが計画したルートを辿るだけでは自然な運転を行うことができない. このため,Middle Level プランナでは, 交通シチュエーションに応じて適切な注視位置, 運転行動を考慮する役割を有している. たとえば右折の状況では, 図 -6 に示すように注視領域として対向車線を設定する. そして, 対向車両の有無, 対向車線の見通しの良さを考慮し, 対向車線と交わる領域へ侵入すべきか否かの運転行動を決定する. そのほかにも, 止まれ 標識のある一旦停止交差点では, 停止線での確実な停止を判断してから交差点に進入する等, 各々の交通環境に応じ 448 情報処理 Vol.57 No.5 May 2016

❸ 自動運転自動車のパスプランニング た適切な注視領域設定, 運転行動を有限状態機械 (Finite State Machine) により記述することで交通ルールに基づいて適切に運転を行うことが可能となる. * Low Level プランナ上述の通り,Middle Level プランナでは交通ルールに基づいて注視領域設定およびそれに基づく運転行動決定を行う. しかし, さまざまな交通環境において単純に典型的な運転行動決定を行うのみでは複雑な状況に対応して走行することは困難である. このため Low Level プランナでは,Middle Level プランナが設定した運転行動を基礎とし, すべての障害物との衝突を考慮した上での最終的な走行軌道 ( 車両の時系列的な将来の挙動 ) を計画する. Middle Level プランナからは車線中心線の位置, 道幅, 目標速度といった情報が送信される. これらの情報を用いつつ,Low Level プランナは最終的に自動運転自動車がとるべき走行軌道を計画する. したがって安全かつ搭乗者の乗り心地が良い軌道を設計する必要がある. 通常, 走行経路上に障害物が存在する状況においてドライバーがとり得る運転行動は, 大まかにはハンドルによって障害物を回避するか, 障害物手前で停止するかの 2 種類に分けることができる. そこで Low Level プランナでは, 上位モジュールから得られる経路情報 ( 走行車線の中心位置や道幅等 ) から, 時刻 t における車線中心位置からの時系列的なオフセット量 d(t) と, デジタル地図上の走行距離 s(t) のパターンを複数生成する. そして図 -7 に示す幾何学的関係から, 次式を用いてオフセットパターン d(t), および走行距離パターン s(t) を組み合わせた多数の軌道候補 x(t) を生成する. x(t)=r(s(t))+d(t)n r (s(t)) (1) ここで,r(s) はデジタル地図から与えられる走行経路上の道のり s における経路位置を示す. また, n r (s) は道のり s における経路 r(s) の単位直交ベクトルを示す. なお, オフセットパターン d(t) および走行距離パターン s(t) は 5 次多項式として与え Reference path Preview points y 図 -7 s(t) (a) 多数の軌道候補生成 Trajectory x(t) n (s) r d(t) Reference path (Digital map) (b) 生成する軌道の幾何学的関係 走行軌道と経路の幾何学的関係 る 5). そして, 生成した軌道候補の中から, 障害物に衝突する軌道を除外し, 残った軌道の中から評価関数が最も小さくなる軌道を選択することで, 安全性と乗り心地を考慮した軌道を生成することが可能となる. なお, 生成した軌道が安全であるか否かの判定については, 静止障害物であれば単純に生成した軌道上の位置姿勢と自車の車両形状を考慮して衝突の有無を判定すればよい. しかし, 移動物体については生成した軌道の各時刻における車両位置姿勢と, 移動物体の各時刻における予測位置姿勢を, 各々の形状を考慮して重ね合わせを行い, 衝突の有無を判定する必要があることに注意が必要である. 石川県珠洲市における公道走行実証実験の概要 r(s) 本章では, 筆者らの研究室が国内の大学としては初の試みとして実施している石川県珠洲 ( すず ) 市における自動運転自動車による公道走行実験の取り組み 2) について紹介する. 珠洲市は, 石川県の能登半島の先端に位置し, 高齢化の進んだ自治体である. 珠洲市の公共交通機関としては, バスもしくはタクシーのみとなっており, x 情報処理 Vol.57 No.5 May 2016 449

GNSS RADAR 図 -8 自動運転自動車の概要 LIDAR GNSS Camera RADAR 自動運転の鍵を握る情報処理技術 本稿では, 自動運転自動車の認知 判断 操作技術のうち, 判断部におけるパスプランニング ( 走行軌道生成 ) 技術について解説した. 自動車産業は国内の最も大きな産業分野のうちの 1 つであり, 自動運転は将来の自動車産業の命運を握る分野の 1 つと言える. また, 自動運転では情報処理技術がその根幹をなす技術分野の 1 つと考えられる. 今後の自動車産業の発展のためにも, 情報処理技術のさらなる進化が期待される. 地域によってはバスが 1 日に 1 便しかない状況となっている. このため, 自動運転自動車の活用による公共交通空白地域の解消が切望されている. このような背景から,2015 年 2 月から市街地を含む一般道での公道走行実験を開始した. 実験に用いている車両は, 図 -8 に示すトヨタ自動車製のプリウスである. 実験開始後約半年間は珠洲市内のごく限られた範囲約 6.6km において走行実験を行っており, この区間には交通量の比較的多い市街地や, 道幅の狭い山間部といった多種多様の道路が存在している. 実験開始約 2 カ月後の 2015 年 4 月中旬にはこの区間の往復約 13.2km の完全自動での走行を実現している. また現在では, 関係機関と調整の上, ほぼ珠洲市内の全域となる約 60km の区間での自動運転による走行も実施している. 現時点では, 国内で市街地を含むこれほど広大な領域での走行実験を行っている例は皆無であり, この走行実験を通して日本の自動運転技術の向上に貢献を図っていく予定である. 参考文献 1)Ziegler, J., et al. : Video Based Localization for BERTHA, Proc. of the IEEE Intelligent Vehicle Symposium, pp.1231-1238 (2014). 2) 菅沼直樹, 林悠太郎, 永田大記, 高橋謙太 : 高齢過疎地域における自動運転自動車の市街地公道実証実験概要, 自動車技術会学術講演会講演予稿集,No.14-15S, pp.390-394 (2015). 3)Shalom, Y. B. and Blair, W. D. : Multitarget - Multisensor Tracking : Application and Advances Volume III, Artech House Publishers, pp.161-198. 4) 菅沼直樹, 米陀佳祐 : 自動車の自動運転におけるデジタル地図の活用, 日本ロボット学会誌,Vol.33, No.10, pp.760-765 (2015). 5)Werling, M., Ziegler, J., Kammel, S. and Thrun, S. : Optimal Trajectory Generation for Dynamic Street Scenarios in a Frenet Frame, Proc. of the IEEE International Conference on Robotics and Automation, pp.987-993 (2010). (2016 年 3 月 4 日受付 ) 菅沼直樹 suganuma@staff.kanazawa-u.ac.jp 1975 年生.2002 年金沢大学大学院博士課程修了. 博士 ( 工学 ). 2002 年日本学術振興会特別研究員 PD を経て, 同年金沢大学工学部助手に着任.2015 年より同大新学術創成研究機構に移籍し, 現在同機構自動運転ユニットユニットリーダ, 准教授を務める. 米陀佳祐 k.yoneda@staff.kanazawa-u.ac.jp 1985 年生.2012 年北海道大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了. 博士 ( 情報科学 ).2012 年より豊田工業大学スマートビークル研究センターポストドクトラル研究員.2015 年より金沢大学新学術創成研究機構自動運転ユニット助教に着任, 現在に至る. 450 情報処理 Vol.57 No.5 May 2016