特集 IPCC 第 5 次評価報告書 (AR5) 第 3 作業部会 (WG3) 報告書について RITE Today 2015 IPCC 第 5 次評価報告書 (AR5) 第 3 作業部会 (WG3) 報告書について システム研究グループリーダー秋元圭吾 1. はじめに 気候変動に関する政府間パネル

Similar documents
正誤表 ( 抜粋版 ) 気象庁訳 (2015 年 7 月 1 日版 ) 注意 この資料は IPCC 第 5 次評価報告書第 1 作業部会報告書の正誤表を 日本語訳版に関連する部分について抜粋して翻訳 作成したものである この翻訳は IPCC ホームページに掲載された正誤表 (2015 年 4 月 1

Microsoft PowerPoint - NIES

(別紙1)気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書統合報告書 政策決定者向け要約(SPM)の概要(速報版)

資料1:地球温暖化対策基本法案(環境大臣案の概要)

日本のエネルギー・環境戦略

NEWS 特定非営利活動法人環境エネルギーネットワーク 21 No 年 9 月 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change) の概要 環境エネルギーネットワーク 21 主任研究員大崎歌奈子 今年の夏は世界各国で猛暑や洪水 干ばつ

気候変動と森林 IPCC 第 5 次評価報告書 (AR5) から 2014 年 8 月 29 日 東京 第 3 回森林分野における国際的な動向等に関する報告会 林野庁森林利用課 佐藤雄一

IPCC 第 5 次評価報告書に向けた将来シナリオの検討日本からの貢献とその意義環境研究総合推進費 A 1103 統合評価モデルを用いた世界の温暖化対策を考慮したわが国の温暖化政策の効果と影響 藤森真一郎 国立環境研究所 社会環境システム研究センター 環境研究総合推進費戦略的研究プロジェクト一般公開

IPCC 第1作業部会 第5次評価報告書 政策決定者のためのサマリー

気候変動に関する科学的知見の整理について (前回資料2)

参考資料 1 約束草案関連資料 中央環境審議会地球環境部会 2020 年以降の地球温暖化対策検討小委員会 産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会約束草案検討ワーキンググループ合同会合事務局 平成 27 年 4 月 30 日

報道発表資料 平成 26 年 11 月 2 日 文 部 科 学 省 経 済 産 業 省 気 象 庁 環 境 省 気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 第 5 次評価報告書 統合報告書の公表について 気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 第 40 回総会 ( 平成 26 年 10 月 27

Monitoring National Greenhouse Gases

Microsoft PowerPoint - GHGSDBVer5_manual_j

資料2 紙類の判断の基準等の設定に係る検討経緯について

A.3 排出削減量の算定方法 A.3.1 排出削減量 ER EM BL EM PJ ( 式 1) 定義単位 数値 4 ER 排出削減量 1 kgco2/ 年 0 t<1 年 年 t<2.5 年 年 <t EM BL ベースライン排出量 2 kgco2/

CSR報告書2005 (和文)

ブック 1.indb

IPCC「1.5度特別報告書」の背景にある脆弱国の危機感

報道発表資料 平成 2 6 年 4 月 13 日 文 部 科 学 省 経 済 産 業 省 気 象 庁 環 境 省 気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 第 5 次評価報告書 第 3 作業部会報告書 ( 気候変動の緩和 ) の公表について 1. 概要気候変動に関する政府間パネル (IPCC)(

温暖化問題と原子力発電

事例2_自動車用材料

1. 口座管理機関 ( 証券会社 ) の意見概要 A 案 ( 部会資料 23: 配当金参考案ベース ) と B 案 ( 部会資料 23: 共通番号参考案ベース ) のいずれが望ましいか 口座管理機 関 ( 証券会社 ) で構成される日証協の WG で意見照会したところ 次頁のとおり各観点において様々

IPCC 第 5 次報告書における排出ガスの抑制シナリオ 最新の IPCC 第 5 次報告書 (AR5) では 温室効果ガス濃度の推移の違いによる 4 つの RCP シナリオが用意されている パリ協定における将来の気温上昇を 2 以下に抑えるという目標に相当する排出量の最も低い RCP2.6 や最大

プライベート・エクイティ投資への基準適用

O-27567

つのシナリオにおける社会保障給付費の超長期見通し ( マクロ ) (GDP 比 %) 年金 医療 介護の社会保障給付費合計 現行制度に即して社会保障給付の将来を推計 生産性 ( 実質賃金 ) 人口の規模や構成によって将来像 (1 人当たりや GDP 比 ) が違ってくる

ビッグデータ分析を高速化する 分散処理技術を開発 日本電気株式会社

Microsoft Word - [HP]森教授プレス.docx

資料 2 接続可能量 (2017 年度算定値 ) の算定について 平成 29 年 9 月資源エネルギー庁

IPCC1.5度特別報告書

などの極端現象も含め 気候変動による影響を評価している さらに AR4 は 長期的な展望として 適応策と緩和策のどちらも その一方だけではすべての気候変動の影響を防ぐことができないが 両者は互いに補完し合い 気候変動のリスクを大きく低減することが可能であることは 確信度が高い とし 最も厳しい緩和努

各資産のリスク 相関の検証 分析に使用した期間 現行のポートフォリオ策定時 :1973 年 ~2003 年 (31 年間 ) 今回 :1973 年 ~2006 年 (34 年間 ) 使用データ 短期資産 : コールレート ( 有担保翌日 ) 年次リターン 国内債券 : NOMURA-BPI 総合指数

Microsoft PowerPoint - 事業実施方針+++

( 参考 ) と直近四半期末の資産構成割合について 乖離許容幅 資産構成割合 ( 平成 27(2015) 年 12 月末 ) 国内債券 35% ±10% 37.76% 国内株式 25% ±9% 23.35% 外国債券 15% ±4% 13.50% 外国株式 25% ±8% 22.82% 短期資産 -

回答者のうち 68% がこの一年間にクラウドソーシングを利用したと回答しており クラウドソーシングがかなり普及していることがわかる ( 表 2) また 利用したと回答した人(34 人 ) のうち 59%(20 人 ) が前年に比べて発注件数を増やすとともに 利用したことのない人 (11 人 ) のう

<4D F736F F F696E74202D F43444D838D815B D B988C493E089F090E08F91816A5F8CF68EAE94C5>

電解水素製造の経済性 再エネからの水素製造 - 余剰電力の特定 - 再エネの水素製造への利用方法 エネルギー貯蔵としての再エネ水素 まとめ Copyright 215, IEEJ, All rights reserved 2

2. 背景わが国では気候変動による様々な影響に対し 政府全体として整合のとれた取組を総合的かつ計画的に推進するため 2015 年 11 月 27 日に 気候変動の影響への適応計画 が閣議決定されました また 同年 12 月の国連気候変動枠組条約第 21 回締約国会議で取りまとめられた 新たな国際的な

<4D F736F F F696E74202D208E9197BF C F926E93798FEB8B7A8EFB8CB9>

スライド 1

RIETI Highlight Vol.66

1. はじめに 1 需要曲線の考え方については 第 8 回検討会 (2/1) 第 9 回検討会 (3/5) において 事務局案を提示してご議論いただいている 本日は これまでの議論を踏まえて 需要曲線の設計に必要となる考え方について整理を行う 具体的には 需要曲線の設計にあたり 目標調達量 目標調達

MARKALモデルによる2050年の水素エネルギーの導入量の推計


go.jp/wdcgg_i.html CD-ROM , IPCC, , ppm 32 / / 17 / / IPCC

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 38, No. 1 パリ協定 2 目標から見た我が国の 2050 年排出削減目標に関する分析 Analyses on Japan's GHG Emission Reduction Targe

スライド 1

間を検討する 締約国が提出した 貢献 は 公的な登録簿に記録される 締約国は 貢献 ( による排出 吸収量 ) を計算する また 計算においては 環境の保全 透明性 正確性 完全性 比較可能性及び整合性を促進し 並びに二重計上の回避を確保する 締約国は 各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有して


スライド 1

Microsoft PowerPoint - 4_林野庁_rev._GISPRI_IGES_COP21_林野庁_発表用.pptx

横浜市環境科学研究所

Microsoft Word - 1.B.2.d. 地熱発電における蒸気の生産に伴う漏出

<4D F736F F D20352D318FBC8CCB8E738DC58F F5495AA90CD816A5F8F4390B38CE3816A2E646F63>

宮下第三章

短期均衡(2) IS-LMモデル

Microsoft PowerPoint - 公開シンポジウム16年9月(河宮).pptx

IPCC第48回総会に際しての勉強会資料

気候変化レポート2015 -関東甲信・北陸・東海地方- 第1章第4節

バイオマス比率をめぐる現状 課題と対応の方向性 1 FIT 認定を受けたバイオマス発電設備については 毎の総売電量のうち そのにおける各区分のバイオマス燃料の投入比率 ( バイオマス比率 ) を乗じた分が FIT による売電量となっている 現状 各区分のバイオマス比率については FIT 入札の落札案

1. のれんを資産として認識し その後の期間にわたり償却するという要求事項を設けるべきであることに同意するか 同意する場合 次のどの理由で償却を支持するのか (a) 取得日時点で存在しているのれんは 時の経過に応じて消費され 自己創設のれんに置き換わる したがって のれんは 企業を取得するコストの一

図 表 2-1 所 得 階 層 別 国 ごとの 将 来 人 口 の 推 移 ( 億 人 ) 開 発 途 上 国 中 間 国 先 進 国

参考1 第2回自動車ワーキンググループ議事録(未定稿)

論文題目 大学生のお金に対する信念が家計管理と社会参加に果たす役割 氏名 渡辺伸子 論文概要本論文では, お金に対する態度の中でも認知的な面での個人差を お金に対する信念 と呼び, お金に対する信念が家計管理および社会参加の領域でどのような役割を果たしているか明らかにすることを目指した つまり, お

< D92E8955C81698D488E968AC4979D816A2E786C73>

政策課題分析シリーズ16(付注)

ii 21 Sustainability

Microsoft Word - funding-carbon-capture-storage-developing-countries-japanese

<4D F736F F F696E74202D D8D7495BD90AB5F8DC58F F78F4390B3816A205B8CDD8AB B83685D>

Microsoft Word - 1 color Normalization Document _Agilent version_ .doc

Microsoft PowerPoint 鹿毛先生プレゼンFINAL_0111.pptx

課題研究の進め方 これは,10 年経験者研修講座の各教科の課題研究の研修で使っている資料をまとめたものです 課題研究の進め方 と 課題研究報告書の書き方 について, 教科を限定せずに一般的に紹介してありますので, 校内研修などにご活用ください

PowerPoint プレゼンテーション

Microsoft Word _out_h_NO_Carbon Capture Storage Snohvit Sargas.doc

資料の目的 平成 30 年 3 月 7 日の合同部会において 費用対効果評価に関する検討を進めるにあたり 科学的な事項については 医療経済学等に関する有識者による検討を行い 中医協の議論に活用することとされた 本資料は 当該分野の有識者による検討を行い 科学的な観点から参考となる考え方やデータを提示

参考資料3(第1回検討会資料3)

Executive summary

<4D F736F F D20837D834E838D97FB8F4B96E291E889F090E091E682528FCD81698FAC97D1816A>

Microsoft Word - youshi1113

<4D F736F F D C A838A815B B438CF395CF93AE91CE8DF D48505F205F F8DC58F4994C5205F838D835393FC82E88F4390B3816A2E646F63>

1 プロジェクト実施者の情報 1.1 プロジェクト実施者 ( 複数のプロジェクト実施者がいる場合は代表実施者 ) ( フリガナ ) エンジニアウッドミヤザキジギョウ実施者名キョウドウクミアイエンジニアウッド宮崎事業協同組合住所 宮崎県都城市吉尾町 プロジェクト代

地球温暖化に関する知識

DE0087−Ö“ª…v…›

報告書の主な内容 2012 年度冬季の電力需給の結果分析 2012 年度冬季電力需給の事前想定と実績とを比較 検証 2013 年度夏季の電力需給の見通し 需要面と供給面の精査を行い 各電力会社の需給バランスについて安定供給が可能であるかを検証 電力需給検証小委員会としての要請 2013 年度夏季の電

Microsoft Word 後藤佑介.doc

2-2 需要予測モデルの全体構造交通需要予測の方法としては,1950 年代より四段階推定法が開発され, 広く実務的に適用されてきた 四段階推定法とは, 以下の4つの手順によって交通需要を予測する方法である 四段階推定法将来人口を出発点に, 1 発生集中交通量 ( 交通が, どこで発生し, どこへ集中

Slide sem título

untitled

女性の活躍推進に向けた公共調達及び補助金の活用に関する取組指針について

タイトル

従って IFRSにおいては これらの減価償却計算の構成要素について どこまで どのように厳密に見積りを行うかについて下記の 減価償却とIFRS についての説明で述べるような論点が生じます なお 無形固定資産の償却については 日本基準では一般に税法に準拠して定額法によることが多いですが IFRSにおい



untitled

< F2D E968BC681698E968CE3816A817A C8250>

( 第 2 章異常気象と気候変動の将来の見通し ) 第 2 章異常気象と気候変動の将来の見通し 2.1 気候変動予測と将来シナリオ本節では 異常気象と気候変動の将来の予測を述べる前に それらの定量的な評価を可能にしている気候モデルと これに入力する将来の社会像について述べる 気候変動予測

Microsoft PowerPoint - Itoh_IEEJ(150410)_rev

Microsoft Word - mm1305-pg(プロマネ).docx

Transcription:

IPCC 第 5 次評価報告書 (AR5) 第 3 作業部会 (WG3) 報告書について システム研究グループリーダー秋元圭吾 1. はじめに 気候変動に関する政府間パネル (IPCC) の第 3 作業部会 (WG3) は 気候変動緩和 ( 排出抑制 ) に関する第 5 次評価報告書 (AR5) 1) を2014 年 4 月に承認し公表した 秋元は WG3 AR5の第 6 章長期排出経路の評価 ( 英文タイトルは Assessing Transformation Pathways ) に関する章の執筆者としてこの作業に携わった 本稿では 第 6 章を中心にWG3 報告書の注目点について解説する 2. 気候変動緩和策の評価の方向性 AR5では 第 4 次報告書 (AR4 2007 年 2) ) からの主要な進展として 理論と現実とのギャップの理解を促進し より現実を踏まえた評価へとアプローチしようとした点が挙げられる WG3は社会経済も含めて取り扱うが そこで扱う現実世界は大変複雑であり 一方で 長期シナリオの評価において用いられるモデルは相当単純化された仮定をおいた分析にならざるを得ない そのギャップの理解を深めながら より良い気候変動対策の意思決定の参考になる最新の情報を整理しようと取り組んだ また 排出削減政策の評価においても AR4では環境経済学の基礎理論から導かれる結論が主要であったが AR5では実際にとられた政策の効果を検証した結果を基にした記述も多くなり ここにおいても理論と現実とのギャップの示唆が多く示された 長期排出経路の評価においては 収集されたシナリオがAR4よりも格段に増大した これも手伝ってとりわけ低い排出レベルのシナリオについて 様々にとり得る排出経路が評価された これによって 今後の排出削減の意思決定の代替的な選択肢が多く検討できる情報提供につながったと考えられる 次節からは いくつか具体的なポイントについて解説したい 3. 第 4 次評価報告書における長期排出経路の評価 AR5での排出経路の評価を解説する前に AR4における評価を振り返っておきたい 図 1はAR4において収集 整理された排出シナリオである 全部で177 のシナリオが収集されたが 最も小さな排出レベルのカテゴリー I(445-490 ppm CO 2 eq) はわずか6シナリオだった 当時 排出削減シナリオのベンチマークとして 550 ppm CO( 2 等価 CO 2 濃度では650 ppm CO 2 eq 程度でカテゴリー IV) が用いられることが多かったため これが大半を占め118シナリオだった 一方で AR4 公表後 気候変動の国際交渉において注目されたのはカテゴリー

Iであり 産業革命以前比 2 を超えないこと そのためには450 ppm CO 2 eq に濃度を安定化すること そして世界排出量を2050 年までに少なくとも半減することが必要という目標が国際的に広く共有されるようになった しかし IPCCが2 目標や450 ppm CO 2 eq 濃度安定化を推奨していることはなく ( 新しいAR5においても同じ ) あくまで政治的な目標である IPCC AR4では 仮に平衡気候感度 ( 濃度が倍増し安定化した後 気温上昇が平衡状態に達したときの気温上昇幅 ) は3.0 が正しいとし 濃度を安定化し数百年後に達するであろう平衡気温を産業革命以前比で2 を超えないことを目標とすれば おおよそ450 ppm CO 2 eqに安定化が必要とみられるとしたに過ぎない そして 収集された6つのシナリオによればこのとき2050 年に2000 年比 50~85% 削減となっていた ということである しかし AR4がきっかけとなり 2 目標が国際政治目標として広がったが 現実とギャップが大きいことから それが却ってその後の気候変動の国際交渉を難しいものにし 隘路に入り込ませてしまった感がある 図 1 IPCC 第 4 次評価報告書 2) における排出シナリオの整理 4. 第 5 次評価報告書における長期排出経路の評価 新たにAR5において排出シナリオのカテゴリー分けした整理が表 1である 今回収集されたシナリオ数は AR4から劇的に増大し1000を超えた 450 ppm 相当 (430-480 ppm) のシナリオ数は114 500 ppm 相当 (480-530 ppm) のシナリオ数は251となった 4.1 オーバーシュートシナリオを含む排出削減経路 AR4では基本的に温室効果ガス濃度安定化シナリオ ( ある目標濃度になるとそれを超えず一定にする ) が前提であったが AR5においては 厳しい排出削減レベルのシナリオ (450や500 ppm CO 2 eqなどのシナリオ ) において オーバーシュートシナリオ ( 濃度や気温が一旦高くなるが そこから低減していくシナリオ ) が過半を占めるようになった これは 近年世界のGHG 排出量はむしろその排出の速度を高めてきたことと関係している AR5では 世界のGHG 排出量は1990~2000 年は年率 0.6% の上昇だったのに対して 2000~10 年は年率 2.2% の上昇だったとしている

ところで このように濃度安定化が前提となるシナリオばかりではなくなったため AR4( 図 1) で示された平衡気温を提示する妥当性が失われた そこで AR5( 表 1) では平衡気温にかわって2100 年の気温上昇を提示するよう変更されている AR4 以降 450 ppm CO 2 eqや産業革命以前比 2 といった目標が注目されたため モデル分析者もこの目標の分析が求められるようになった しかし その間にも増大する排出実績を踏まえてモデル分析を行おうとすると オーバーシュートシナリオとしなければ これを達成し得る排出経路を導き出すことが困難になったわけである これらのオーバーシュートシナリオにおいては 2100 年頃にゼロに近い もしくは正味で負の排出とするような排出経路が必要となる これは技術的には可能とみられる排出経路であるものの 大規模な植林や大気からの直接 CO 2 吸収 貯留やバイオマスCCS( バイオマス発電等でのCO 2 回収貯留 ) など CDR( 二酸化炭素除去 ) 技術の大幅な利用が必要であり その実現性については 今後より詳細な検討が必要とされた 表 1 IPCC 第 5 次評価報告書 1) における排出シナリオの整理 2100 年の等価 2050 年 21 世紀中に当該気温 RCPとの 2100 年気温 CO 2 濃度カテゴリーサブカテゴリー世界排出 (1850-1900 年比 ) を超える確率対応関係 ( 1850-1900 年比 ) (ppm CO 2 eq) (2010 年比 ) 1.5 2.0 3.0 <430 極めて限定的な数の分析報告しか存在しない (AR5シナリオデータベースへの登録はなし) 450 (430-480) RCP2.6-72~-41% 1.5~1.7 (1.0~2.8) 49-86% 12-37% 1-3% 500 (480-530) 1.7~1.9 530 ppm CO 2 eqを超えない -57~-42% 80-87% 32-40% 3-4% (1.2~2.9) 2100 年までの間に530 ppm 1.8~2.0-55~-25% 88-96% 39-61% 4-10% CO 2 eqを一旦超える (1.2~3.3) 550 (530-580) 2.0~2.2 580 ppm CO 2 eqを超えない -47~-19% 93-95% 54-70% 8-13% (1.4~3.6) 2100 年までの間に580 ppm 2.1~2.3-16~+7% 95-99% 66-84% 8-19% CO 2 eqを一旦超える (1.4~3.6) 2.3~2.6 (580-650) -38~+24% 96-100% 74-93% 14-35% (1.5~4.2) RCP4.5 2.6~2.9 (650-720) -11~+17% 99-100% 88-95% 26-43% (1.8~4.5) (720-1000) RCP6.0 +18~+54% 3.1~3.7 (2.1~5.8) 100-100% 97-100% 55-83% >1000 RCP8.5 +52~+95% 4.1~4.8 (2.8~7.8) 100-100% 100-100% 92-98% 4.2 気候感度の不確実性と気温推計ところでAR4 以前は 平衡気候感度は1.5~4.5 の範囲がもっともらしい ( 最良推定値は2.5 ) という評価であった しかしAR4では2.0~4.5 ( 最良推定値 3.0 ) という評価に変更された それを受けて AR4における平衡気温の推計 ( 図 1) は平衡気候感度 3.0 で計算がなされた 今回のAR5(WG1) では今世紀に入ってからの気温上昇速度が緩やかになってきている ( ハイエタスと呼ばれている ) こと等を反映し 再び1.5~4.5 の範囲がもっともらしいと修正された ( ただし最良推定値は合意できず ) 3) 一方 AR5( 表 1) の気温計算に用いた平衡気候感度は明記はないものの 記述を辿ればAR4の気候感度 2.0~ 4.5 ( 最良推定値 3.0 ) に沿ったパラメータを用いた推計になっていること

がわかる よって もしAR5の気候感度判断に沿って評価したならば AR5( 表 1) で提示された気温よりもより小さい気温が推計され また目標気温を超える確率もより小さく推計されるので 留意が必要である なお AR5では AR4 準拠の気候感度想定の下で 2100 年に450 ppm CO 2 eq 程度になるシナリオは産業革命以前比 2 を超えない可能性が高い (likely 66% 以上 ) と記載された しかし 最良推計値 (50% 確率等 ) で考えると (AR4と同様の考え方) 500 ppmについても概ね2 を超えないと評価される (2 を超える確率は32~61%) 4.3 2050 年の世界の温室効果ガス排出削減量 AR5で整理されたシナリオに付随する多様性の幅を含めて解釈すれば 2100 年に2 を超えないためには 450 ppmのカテゴリーに限定して2050 年の世界排出量を2010 年比で41~72% 削減が必要と理解すべきではなく せめて500 ppmまでを含め2010 年比 25~72% 削減程度が求められると解釈するのがAR4 から継続した考え方としては適切である なお AR4では2000 年比で示されていたため 72~25% 削減を2000 年比に書き直せば6~65% 削減となり AR4の 50~85% 削減よりもずいぶん緩やかに評価されたことがわかる 更に先述したように 気候感度はAR4に準拠して分析されたものであり これをAR5の気候感度評価に合致させれば 更に緩やかな排出削減 (2050 年におおよそ現状排出レベル ) でも2 目標と整合的と評価できることとなる 10 5. 排出削減コストの評価 5.1 理想的な排出削減時の排出削減コスト排出削減コスト推計は 排出削減レベルを検討したり対策を講じたりする上で大変重要である AR5においては 2100 年までに450 ppm CO 2 eqにするシナリオでは 特段対策をとらないケースと比べて2050 年では2~6%( 中央値 3.4%) 2100 年においては3~11%( 中央値 4.8%) の世界消費が低減するとされた 因みに 2011 年のアフリカ全体のGDPが世界 GDPに占める比率は2.4% であり これと比較すれば大きな費用であることは理解できる 一方 おおよそ 550 ppm CO 2 eqといったレベルであれば この削減費用は1/3~2/3になるとしている ただし これらの推計費用は 世界すべてで限界削減費用が均等化し世界全体で費用最小の対策を実現すると仮定した場合のものであり また すべての技術が理想的に利用可能と想定したときの費用推計である 5.2 温室効果ガス排出削減技術の利用有無による削減費用の評価 AR5の大きなメッセージは 厳しい排出削減 (450や550 ppm CO 2 eq) のためには あらゆる技術を利用することが必要というものである しかしこの想定は 現実社会においては理想的に過ぎる想定と考えられるため AR5では 技術利用に制約が生じた場合のコストについての評価もまとめている 特に450 ppm CO 2 eqの場合 CCSおよびバイオエネルギーの利用が制約された場合に極めて大きなコスト増となることが示された すべての技術が利用可能としたケースに比べ CCS バイオエネルギーが利用できない場合はそれぞれ138% 64% のコスト増と推計された これは 450 ppmではネガティブの排出が必要となるケースが多く CCSやバイオエネルギーの利用がなければ ネガティブ排出を実現するオプションが大規模植林のみになり それも上限があ

参考文献 1) IPCC WG3 (2014), Climate Change 2014 Mitigation of Climate Change, Cambridge 2) IPCC WG3 (2007), Climate Change 2007 Mitigation of Climate Change, Cambridge 3) IPCC WG1 (2013), Climate Change 2013 The Physical S c i e n c e B a s i s, C a m b r i d g e ると 対策が極めて限定されることに依っている これら技術の影響が大きいので目立たないものの 原子力 太陽光 風力の技術が制約された場合の影響は 450 ppmのケースでそれぞれ7% 6% のコスト増とされた これも絶対的には小さな費用では決してなく これらの技術も重要である 6. 今後の気候変動政策への展開 WG3のAR5( 少なくとも報告書本体 ) は総じて最新の科学的知見がまとめられ 理想論ばかりに走らず 現実を踏まえた評価も多く加えられた 明らかに AR4からの進展が見られ 比較的バランスが良い報告書となったと考えられる 現実社会の複雑な制約や様々な不確実性を的確に踏まえることが 結局 現実に最も効果的な対応策を作ることにつながると考えられる 例えば 世界排出量を 2050 年までに半減 また日本の排出量を2050 年に80% 削減するという政治目標を IPCCの最新知見に基づいて捉え直し 場合によっては修正するということも最新の科学の政策への反映という点で重要と考えられる 気候変動問題は未だ不確実性が大きいことの認識も重要である IPCC AR5は 取り得る排出削減経路 対策は様々あり得ることを提示した 排出削減目標を単一的に考えるのではなく ある程度柔軟性を持って適応策等も含めて適切な対応戦略を考えることが より賢い気候変動リスク対応となるはずである 11