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循環器系疾患 Dolichoectasia 1. 概要 Dolichoectasia は脳血管が異常に延長 蛇行 拡張する疾患であり 脳卒中や脳幹圧迫などを引き起こす 有病率や病態など これまでに確立された疾患概念は存在しない Dolichoectasia の疾患概念確立 病態解明 診断基準作成を目的とし 基礎 臨床両面から研究を実施した 臨床面では 急性解離性脳動脈瘤の追跡調査にて急性解離から慢性紡錘状解離性脳動脈瘤への転化 4 症例を収集し 急性解離はいわば pre-dolichoectasia 状態であると考えられる事を見いだした また 慢性紡錘状解離性脳動脈瘤 74 症例を収集し これこそが dolichoectasia と同義であると考えられた 基礎研究では マウス脳底動脈の露出手技を開発し 塩化カルシウムパッチにより dolichoectasia の病理所見に類似するモデルを作成した このモデルに対し マイクロアレイの結果に基づき各種免疫組織化学を行なったところ MMP( 特に MMP9) が病態形成に重要な役割を果たしている可能性が示唆された 当モデルは dolichoectasia と類似しており 病態形成過程における細胞動態とその分子機構の更なる解析により 新たな治療法開発への貢献が期待出来るものと考えられる 2. 疫学前述の通り 本疾患の定義 診断基準は未だ確立していない この故に 患者背景や画像モダリティ 研究デザインや診断方法等が研究毎に異なる為 これらを取りまとめてレビューすることすら困難な状況であり 正確な有病率は未だ判明していない 特に初期の研究では画像検査の見た目の印象で診断しているケースが多い為 かなりの部分が観察者の主観に依存しており 科学的客観性に乏しい 報告によって 0.13-18% と大きな開きがあるが これはその為である 無作為に選出された脳梗塞を有さない 718 名を対象とした最近の研究では 適用する診断基準によって有病率が 19-52% にも変化してしまうことを報告している なお 前方循環よりも後方循環に多く 80% が脳底動脈に発生するという報告もある 1986 年に Smoker らによって Smoker's criteria が提唱された これは 脳底動脈径 脳底動脈の蛇行の程度 脳底動脈先端部の位置 の 3 項目で評価するもので それまで主観的な判断に委ねられていた診断に初めて客観性を持たせようとした点で評価されている しかしながら 後方循環にしか適用出来ない点 そして科学的な根拠に乏しい点で 未だ dolichoectasia 診断の golden standard には程遠い状況である ただし 評価項目のうちの 脳底動脈径 に関して 4.5 mm を越える拡張で dolichoectasia と診断することについては妥当であると考える報告が多い 実際 脳梗塞患者 510 人を対象とした研究では 脳底動脈径が 4.3 mm を越えると致死的な脳卒中の発症率が 4 倍近く高くなることが報告されており 少なくとも脳底動脈径に関してはこの辺りが cut off となる可能性が高い なお 虚血性脳卒中 ( 脳梗塞や TIA) を有する患者で有病率が高い傾向にあることが報告されており MRI を用いた脳梗塞患者を対象とした 2 つの研究では 各々 12%(12/70) 17%(61/510) で dolichoectasia を認めている 別の脳梗塞患者を対象とした研究では有病率 3%(12/387) と報告されているが これは診断モダリティとして CT を用いていること 読影レポートのみで診断していることより 実際の有病率よりもかなり低く算出されている可能性が高い

Dolichoectasia の危険因子に関しても前述の理由により報告内容がまちまちであるが 研究デザインとして脳梗塞患者を対象としているものが多い為 必然的に動脈硬化の危険因子を有している症例が多い 脳梗塞と dolichoectasia の両者を有する症例では 脳梗塞のみの症例と比して 高齢者 (70.5% vs. 65.4%) 男性(79% vs. 60%) 高血圧(76% vs. 63% ) 心筋梗塞( 24% vs. 9% ) が多かったという報告が有る ただし 20% の dolichoectasia 症例で古典的な動脈硬化の危険因子を認めなかったとする報告もあり dolichoectasia 発症にこれらが必須ではない なお これまでに人種による違いは報告されていない 3. 原因現時点で dolichoectasia の原因ははっきりとは分かっていない 動物モデルでは 急激に血流を増加させることで血管拡張が引き起こされ 結果的に内弾性板が断裂することが示されている また ウサギの一側ないし両側の総頚動脈を結紮することで脳底動脈の血流及びずり応力が増大し 結果的に血管拡張が引き起こされることも報告されている しかしながら これらと実際のヒトの dolichoectasia との関連は今のところ明らかにされていない 実際 ヒトの dolichoectasia において 一側ないし両側の総頚動脈閉塞との関連があったという報告はこれまで特に為されていない 1つの仮説として dolichoectasia の発端は血管リモデリングの異常であるとする考え方がある 一般的に 血流が増加すると血管壁におけるずり応力が増大し 血管拡張や血管内皮活性化が引き起こされる こうして ( 特に後者により ) 以降のカスケードが進んでいくことになるわけであるが これは血管内圧を一定に保つべく引き起こされる生理的な血管リモデリングと考えられる この際 MMPs によって内弾性板が断裂することで 同部位より内膜の平滑筋細胞が中膜へ遊走し 慢性的には中膜平滑筋層の補強 肥厚が起こることになる しかし 慢性的な血圧変化に晒されることで 長時間掛けて内弾性板に変性 破壊が引き起こされるが この際に過剰発現した MMPs がフィブロネクチンメッシュも同時に損傷してしまう このフィブロネクチンメッシュは平滑筋細胞の遊走に必須である為 結果的に内膜の平滑筋細胞が中膜へ遊走出来なくなり 長期的には中膜平滑筋層の補強に必要な細胞要素の補充が阻害されることになる また 生理的には血管壁に等しくずり応力がかかることで内膜過形成が均等に起こり 異常な血管リモデリングが起こることを防いでいる しかし このずり応力が偏ることで血管内皮細胞が局所的に損傷 脱落してしまう 結果的に本来の血管リモデリングが阻害されてしまい 拡張 変形の負のサイクルに突入すると考えられている 更に 前方循環に比して後方循環は交感神経支配がまばらであり 交感神経から血管壁にもたらされる trophic support の非対称性がより顕著である為 血流増加に晒された際により変形を来しやすい環境に置かれていると言える 前述のウサギを用いた一側ないし両側総頚動脈閉塞モデルでは 血管拡張は血管内皮細胞からの MMPs ( 特に MMP2 9) 分泌に起因すると報告されている そして 実際のヒト腹部大動脈瘤や dolichoectasia 患者においても MMP 機能障害を有する症例が報告されている また ヒト腹部大動脈瘤では 血管壁における MMP2 3 9 の発現上昇が認められることが報告されている MMPs は中膜に存在するエラスチン コラーゲン プロテオグリカンといった種々の細胞外マトリックスを分解する酵素であるが MMPs とこれを阻害する因子とのアンバランスが生じることで内弾性板の断片化や腹部大動脈瘤の病態増悪が引き起こされると考えられており 腹部大動脈瘤の病態形成 増悪の鍵となる重要な因子であることが想定されている 腹部大動脈と脳底動脈は解剖学的にも血行力学的にも似通っている為 dolichoectasia の病態生理を考察する上で腹部大動脈瘤の病態生理は非常に重要である 実際問題 腹部大動脈瘤と dolichoectasia はその危険因子や病理学的変化を共有しており 実際剖検で両者が同時に認められることもしばしばである なお 脳梗塞患者 427 人

を対象とした研究では dolichoectasia を有する症例で MMP3 の血漿濃度が有意に高かったと報告している 以上より dolichoectasia は血管拡張 延長によって引き起こされる異常な血管リモデリングの結果であり 高血圧等の血管危険因子に反応して惹起される異常な MMPs 経路の活性化によってその病態が促進される という仮説が立てられる そして 実際に dolichoectasia と動脈硬化との関連に言及する報告は以前より一貫して認められる しかしながら 前述の通り動脈硬化との関連が指摘出来ない dolichoectasia も存在し その場合はこの仮説は適用出来ない 特定の代謝疾患 遺伝疾患 (Fabry 病や Pompe 病等 ) 感染症(HIV 等 ) との関連が示唆される dolichoectasia の報告もあるが その場合は動脈硬化とは異なる特徴的な病理学的変化が認められる 4. 症状 Dolichoectasia によって臨床症状が出現する機序は 主に脳梗塞 脳出血 直接圧迫の 3 つが考えられる ただし 近年は画像スクリーニングの普及もあり 発見時には無症候の症例も比較的多く存在することが報告されている Dolichoectasia 患者 440 人に関する系統的レビューによると 30%(132/440) が診断時には無症候であった 他に 約半数が無症候であったとする報告もある また 後方循環の方が無症候になりやすい傾向にあるが その多くに無症候脳梗塞が認められた とする報告も認められる Dolichoectasia 患者が脳梗塞を発症する機序としては 穿通枝の変形 牽引に伴う閉塞 狭窄 流速低下及び内腔変形に伴う血栓形成に起因する血管閉塞 狭窄 ( 血栓症 ) そして形成された血栓による A-to-A embolism( 塞栓症 ) 等が想定されている なお この血栓形成は動脈硬化性粥腫を伴うものもあれば伴わないものもあり 剖検例では 23 症例中 10 症例 (43%) に動脈硬化性粥腫が認められたという報告がある 一般的な疫学とは異なり dolichoectasia 患者ではよりラクナ梗塞の罹患率が高いとの報告が散見される 例えば 脳梗塞患者 510 症例を対象とした研究では dolichoectasia を有する群でラクナ梗塞が多かった (36% vs. 19%) ことが報告されている 同研究では 脳底動脈の径が増大するにつれて small vessel disease( 以下 SVD) の頻度が増大したことも示しており これは動脈硬化の危険因子では説明がつかないとしている また 椎骨脳底動脈の dolichoectasia 35 症例に関する研究では 椎骨脳底動脈系に狭窄 閉塞を認めないにも関わらず 11 症例 (31%) で傍正中橋梗塞が認められたと報告されている いくつかの研究によると 脳梗塞は罹患部位の灌流域で生じることが多いが 一過性脳虚血発作に関しては同灌流域以外で生じることが多いと報告されている なお 症状自体は脳梗塞を生じた部位に依存する 脳底動脈に dolichoectasia を有する 156 患者のコホート研究では 平均フォローアップ期間 9 年で 28 患者 (18%) に 32 出血を認めた 内訳は 脳内出血が 26 症例 ( 初発 :7 症例 ) くも膜下出血が 6 症例 ( 初発 :3 症例 ) であり 初発症状に占める割合は 6%(10 症例 ) と最低であった ( 脳梗塞 :36%(56 症例 ) 脳神経 脳幹圧迫:36%(56 症例 )) 一般的に後方循環における出血率は 50% 未満と言われているが 本研究における出血症例の 85% では 病変部位は後方循環の灌流域 ( 視床 後頭葉 脳幹 小脳 ) であった また 本研究の多変量解析の結果によると dolichoectasia における脳出血の危険因子としては 脳底動脈径 10 mm 脳底動脈の側方への過度の蛇行 高血圧 抗血小板薬 抗凝固薬の使用 女性が挙げられている 3 つの研究報告によると 脳出血に起因する死亡率は 12-33% であり 年間の粗出血率は 0.9-5.5%/year であった また いくつかの研究によると dolichoectasia 患者の出血率は 0.0-6.6% と低めの値が報告されているが 一旦出血すると致死的であることが多いとしている なお 脳出血に関しても 症状は出血部位に応じてまちまちである 拡張 蛇行した血管は 周辺構造を圧迫し得る この場合 周辺構造としては 脳神経 脳幹 第三脳室底が

挙げられる 臨床的に一番多く認められるパターンとしては 脳神経を脳幹から出ている部位で dolichoectasia が圧迫することにより生じる脳神経症状である 具体的には 第 VIII 脳神経圧迫によるめまい 耳鳴 聴覚障害等が一番多いと言われており その他第 VII 脳神経圧迫による片側顔面痙攣 顔面麻痺 第 V 脳神経圧迫による三叉神経痛などが挙げられる また 前方循環における dolichoectasia の場合 海綿静脈洞において第 III IV VI 脳神経を圧迫し 複視等を生じ得る 前床突起よりも上方における内頚動脈の dolichoectasia では 同側第 II 脳神経圧迫により失明を来たし得る また 稀に dolichoectasia によって第三脳室底が圧迫されることで閉塞性水頭症を発症し 進行性の認知機能障害を来たすことがある なお この場合の水頭症に対しては 通常のシャント手術が効果的でなかったとの報告が 2 つの研究で為されている これに対して 拡張 蛇行血管による脳幹圧迫に起因する急性閉塞性水頭症に対しては シャント手術が有効であったとの報告が為されている 5. 合併症 4. 症状 にまとめて記載 6. 治療法 Dolichoectasia の拡張 延長 蛇行を予防する特異的な治療法は存在しない また 前述の通り脳出血や脳梗塞を発症したとしても 基本的には従来通りの検査 管理を行う以外にこれと言って有効な手立ては存在しない ただし 脳梗塞を有する dolichoectasia 患者における抗血小板薬や抗凝固薬の安全性及び有効性に関しては 現時点ではっきりと分かっていない かつては抗凝固薬が使用されていたが 頭蓋内血管の動脈硬化が顕著な症例ではビタミン K 拮抗薬による致死的出血のリスクが高いことから 近年では抗血小板薬の方が好まれる傾向にある これに関して ビタミン K 拮抗薬が生存に有利に働いたとする報告がある一方で 抗血小板薬や抗凝固薬は脳梗塞の再発防止に有効でなく むしろ出血性合併症のリスクが増大したとの報告もあり 現時点で決着は着いていない Dolichoectasia の急性血栓閉塞に関する症例報告では 血栓は新旧入り混じったヘテロな性質のものである可能性が高いことが示唆されている 実際問題 この症例では 抗血小板薬や抗凝固薬の静注ではこの閉塞を解除することは困難であった また 拡張の程度が 10 mm を越えて来ると破裂のリスクが高くなって来ることから その場合は抗血小板薬の使用は個々の患者の状況にあわせて検討した上で基本控えめにし 厳格な降圧管理を行うことが重要と考えられる Dolichoectasia 自体の治療に関して 様々な手術や血管内治療が試みられているが 現時点で確立された方法は存在しない また 罹患血管やその程度 症状等も様々な為 一概に議論するのは困難である ここでは 各々についての現時点までに分かっている知見について触れる Dolichoectasia の治療として提唱されている手術法としては 直達クリッピング 母血管閉塞 ( ときにバイパス併用 ) 近位側閉塞 バイパス併用罹患血管除去 血栓除去 血管形成 ラッピング等が挙げられる 後方循環の症候性 dolichoectasia では 母血管閉塞 ( ときにバイパス併用 ) が好まれる傾向にあるようである また 無症候性 dolichoectasia に対してはこれら以外にも様々な手術方法が報告されているが いずれも症例報告の域を出ない 現時点で手術治療による恩恵は確立しておらず むしろ手術治療後に増大傾向を示した症例も報告されている 後方循環よりも前方循環の dolichoectasia の方が手術成績が良好であったとの報告がある しかしながら 同報告では 16% 超の死亡率と手術治療との関連が指摘されており 懸念事項である ただ いくつかの小規模な報告では 手術関連死は 0-4% であり 後方循環の dolichoectasia では 40 症例中 26 症例

(65%) で良好な予後が得られたとしている しかしながら dolichoectasia における手術療法の意義に言及出来る程のデータは現時点で存在せず RCT 等によるより多くのエビデンスが必要である 血管内治療としては まず病変部位の上端 下端にコイルを詰めて閉塞させる治療法が提唱されている これは 動脈壁にかかる圧力を減ずることで破裂や脳幹圧迫徴候のリスクを減らすことが目的である この場合 閉塞部よりも上方への側副血行が存在し かつ閉塞部位からの穿通枝が存在しないことを確認する必要がある また 後下小脳動脈分岐部以遠で両側椎骨動脈を閉塞させる治療法も提唱されている この方法により 本来の順行性血流が P-com を介した逆行性血流に変換されることになる 手術ないし血管内治療を施行した後方循環の dolichoectasia 49 症例の研究によると 29 症例 (59%) がくも膜下出血であり 予後が良好であった症例が 後大脳動脈 dolichoectasia で 9 症例 (90%) 椎骨動脈ないし後下小脳動脈 dolichoectasia で 12 症例 (60%) 椎骨脳底動脈ないし脳底動脈 dolichoectasia で 7 症例 (39%) であり 罹患血管に脳底動脈が含まれる症例で予後が悪かった また 最近ではバルーンとステントを組み合わせる方法や ステントを多重に利用してコイリングする方法などが報告 提唱されているが これら治療法の安全性及び有効性は確立しておらず RCT で検証する必要がある 7. 研究斑 ( 研究代表者 ) 中冨浩文 東京大学 医学部附属病院 ( 分担研究者 ) 栗原裕基 東京大学 大学院医学系研究科 和田洋一郎東京大学 アイソトープ総合センター 宮脇哲 東京大学 医学部附属病院 小野秀明 東京大学 医学部附属病院