教育言語学演習 Ⅱ 人文学類 2 年 A. H. Type of tasks, time-on-task and electronic dictionaries in incidental vocabulary acquisition Monica, H., & Batia, L. (2003). Type of tasks, time-on-task and electronic dictionaries in incidental vocabulary acquisition. International Review of Applied Linguistics in Language Teaching 41: 87-106. 1.Introduction-はじめにコンピュータをベースにした付随的語彙学習において 3つのタスクの有効性を比較する (1) Form-Oriented Production Task (2) Form-Oriented Comprehension Task (3) Message-Oriented Task 2.Background- 先行研究についてリーディングによる語彙学習 Argument 1: 書き言葉からのインプットは 語彙学習において効率的 効果的な手段である (1) L1 学習者の場合 英語母語話者は小学校入学までに 5000 語を獲得し その後毎年約 1000 語ずつ語彙を増やしていく (Nagy, 1997; Saragi et al. 1978) 高校入学後は多読によって語彙を増やしている 大学入学までに語彙サイズは 20000 語に達している (Goulden et al. 1990) 獲得された語彙は直接測定できるものではない(Nagy et al. 1985; Nation and Coady, 1988) (2) L2 学習者 (EFL) の場合 大学入学までに習得した語彙サイズは 1500-4000 語程度 (Laufer, 2000) 単純なリーディングでは 1000 語につき 1-5 語程度しか習得できなかった (e.g., Hulstijn, 1992; Zahar et al. 2001) Horst et al. (1998) の実験では 20000 語のテキストから 未知語は 3,4 語しか身に付かなかった L2 の語彙学習では 単にリーディングやリスニングさせただけでは語彙は身に付かない したがって Word-Focused Activities が必要になる Word-Focused Activities を取り入れたリーディングによる語彙学習 Argument 2:Word-Focused Activitiesがリーディングにおける語彙学習を促す (1) コンピュータによる Word-Focused Activities ターゲット語のフォントや色を変える ターゲット語にリンクを貼って クリックすると意味が分かるようにさせる 1
クリックする回数が増えるのであれば付随的な語彙学習とは言えない (De Ridder, 2002) (2) 主な Word-Focused Activities テキストに注釈を加える または辞書を適宜引かせる 語彙学習では 注釈や辞書を参照することを最小限にしなければならない(Chun and Plass 1996, 1997; Lyman-Hager and Davis, 1996; Lyman-Hager et al. 1993; Watanabe, 1997) (3) 注釈または辞書を用いたリーディング 語彙学習 両者ともリーディングにおける理解度を向上させるが 辞書の方が効果はある(Hulstijn et al. 1996) 辞書は調べたい語を自由に参照することができるため 単なるリーディングより 注釈や辞書を用いた方が未知語の習得数は多かった(Wesche, 1997) Laufer (2001) の実験は辞書を用いるだけでなく ターゲット語の含まれた文を書かせるというタスクを加えた方が語彙習得は有効であることを示している リーディングで受身的に語彙学習をさせるよりも タスクを加えた方が効果的である 辞書を引くのが面倒で 全く参照しない学習者もいるため タスクの効果と辞書を用いた語彙学習 Argument 3: 何らかのタスクを取り入れた方が語彙学習は効果的なものになる (1) タスクを取り入れることの利点 読解そのものではなく ターゲット語に学習者の注意が向く 語彙の様々な要素( 音韻 スペル 文法範疇 意味 ) に注意し 既知の内容と関連させることで ターゲット語を定着させることができる (2) タスクの効果について タスクの効果を高めるには三つの要素が必要になる (ⅰ) Need: (ⅱ) Search: (ⅲ) Evaluation: ターゲット語がタスクにとって必要かどうか 意味は与えられるのか それとも学習者に自分で探させるのか ターゲット語が文脈に合うか判断させるためにターゲット語と他の語を比 較させるのか それとも他の語と結び付けて考えさせるのか これらを含めることで学習者にタスクに対するモチベーションを向上させることができる (Laufer and Hulstijn, 2001) Time-on-Task と Type of Task Argument 4: タスクの効果には タスクの質と量どちらの要素が深く関わっているのか (1) 効果的な学習を促すタスクについて Time-on-Task: タスクをこなすのにかけた総時間数 Type of Task: タスクの質 両者の内どちらがタスクの効果があると言えるのか 2
(2) Hulstijn and Laufer (2001) の実験 ターゲット語を用いた英作文 (Long) vs. ターゲット語の穴埋めテスト (Short) 英作文の方が語彙の定着度は高かった 英作文のタスク自体は時間のかかるタスクだが ターゲット語に常に注目しているわけではない ( 例えば英作文に 50 分かけたとしても ターゲット語に注目したのは 15 分かもしれない ) Time-on-Task と Time-on-Target Items を区別する必要がある また タスクの質と量のどちらが効果的な学習に繋がるのかという問題に対しては 明確な答えが示されていない 3.The Study- 研究内容目的 (1) リーディングを通して未知語を定着させるために Message-Oriented Task と Form-Oriented Task を行い その効果の差を調べる (2) タスクを効果的なものにさせる辞書の活用という観点から それぞれのタスクを特徴付ける 実験協力者 香港大学の English Enhancement Course を受講している L2 学習者 128 名 (EFL) 学習者の英語力は比較的低い( 香港大の英語テストで C-D クラス : Aクラスは TOEFL550 程度 ) 32 名はターゲット語をすでに知っていたり ポストテストに欠席したりしているので分析からは除いている 実際に分析に用いた人数は 96 名 マテリアル (1) Reading Passage: 総語数は 165 語 テキストの難易度は 電子辞書を用いれば内容を理解できる程度に語彙密度を調整している 学習者はターゲット語の英訳 中国語訳 発音を調べることができる 未知語の割合は 7%(12 語 ) になっている (2) Target Words: 名詞 形容詞 動詞が4 語ずつ Noun: 1 affability ( 愛想のよさ ) 2 itinerary ( 旅日記 ) 3 remuneration ( 報酬 ) 4 dusk ( 夕暮れ時 ) Adj: 1 indigenous ( 固有の ) 2 arduous ( 困難な ) 3 boisterous ( 乱暴な ) 4 stunning ( 美しい ) Verb: 1 saunter ( ぶらつく ) 2 squander ( 浪費する ) 3 weave ( よろよろと進む ) 4 toil ( はげしく動かす ) タスク (1) Task 1: Message-Oriented Task 12 問の yes / no クエスチョンに答える それぞれの問題に1つターゲット語が含まれている (2) Task 2: Form-Oriented Comprehension Task ターゲット語の意味を4つの選択肢の中から選ぶ 3
選択肢は英語で 高頻度語が用いられている (3) Task 3: Form-Oriented Production Task (Productive Recognition Task) 同義語またはパラフレーズが示され それと一致するターゲット語を 4 つの選択肢の中から選ぶ リサーチクエスチョン (1) タスク1~3を行った場合 学習者の習得した未知語の数に差はあるのか? a) タスク後に immediate test をした場合 b) タスク後に delayed test をした場合 (2) 学習者がタスクを行うのにかけた時間は タスクごとに差があるのか? (3) 辞書の活用はタスクごとに差があるのか? a) ターゲット語をクリックした回数について b) 辞書が示す情報の種類について 手順 内容 1. Pre-Test ターゲットになる 12 語の意味を英語または中国語で答える 2. Reading Text on Paper ペーパーテキストを見て大まかな内容を理解させる (2 分間 ) ターゲット語は太字で示されている 3. Task Performance コンピュータで同じテキストを見せて タスクを実行させる (10 分間 ) 学習者は3つのタスクの内 ランダムに選ばれた1つを行う 4. Immediate Post Test タスク終了後すぐに ターゲット語の意味を英語または中国語で答える 5. Delayed Post Test 一週間後に4と同じテストを抜き打ちで行う 4.Result- 結果 RQ1 の結果 (1) 一元配置分散分析の結果 : (Table 1a. 1b.) 両方のテストの平均得点は Task 3 を行った学習者のものが一番高く 次いで Task 2 Task 1 と なっている 3つのタスクの差は 両方のテストで有意であった Table 1a. Task effect on immediate recall Task M (%) SD Task 1 (n=32) 42 22.7 Task 2 (n=33) 62.2 24.3 Task 3 (n=31) 71.9 22.3 Difference F (2,93) = 13.4 p <.001 Table 1b. Task effect on delayed recall 4
Task M (%) SD Task 1 (n=32) 29.4 20.4 Task 2 (n=33) 37.9 21.1 Task 3 (n=31) 45.3 24.3 Difference F (2,93) = 4.12 p <.05 (2) Tukey の多重比較の結果 ( 後付け分析 ) Immediate recall Delayed recall Task 1 - Task 2 有意差あり (p <.01) Task 1 - Task 2 有意差なし Task 2 - Task 3 有意差なし Task 2 - Task 3 有意差なし Task 3 - Task 1 有意差あり (p <.001) Task 3 - Task 1 有意差あり (p <.05) RQ2 の結果 タスクにかかった時間は どのタスクにおいても有意な差は見られなかった Table 2. Time spent on each task Task M (minutes) SD Task 1 (n=32) 5.23 1.71 Task 2 (n=33) 5.62 1.89 Task 3 (n=31) 5.62 1.92 Difference F (2,93) =.047, 有意差なし RQ3 の結果 Table 3. Dictionary activity by task Dictionary Information Task 1 (n=32) Task 2 (n=33) Task 3 (n=31) English Meaning 7.1 11.9 6.9 Hear Word 2 6.6 5.2 Chinese Meaning 5.6 3.6 10.3 Extra Info 0.9 0.4 0.6 Mean total clicks 15.5 22.5 23 (1) クリック回数の平均に関する Dunn の多重比較の結果 ( 後付け分析 ) Task 1 - Task 2 有意差あり (p <.05) Task 2 - Task 3 有意差なし Task 3 - Task 1 有意差あり (p <.05) (2) 辞書が示す情報の種類について 5
Task 3 では中国語訳を参照する回数が多いが Task 1 と Task 2 では英訳を参照する回数が高い 5.Discussion- 考察 (1) 辞書で未知語を調べながらタスクを行うことで 付随的な語彙学習ができたのか Laufer and Hulstijn (2001) のモデルを用いて説明すると タスクの効果を高める三つの要素の内 Search の要素により タスクは全て効果的なものであったと言える 意味重視のタスク (Task 1) より 形式重視のタスク (Task 2, Task 3) の方が 学習効果は高かった (2) なぜ形式重視のタスクに差は無かったのか ポストテストの質に差がなかったため( どちらもターゲット語の意味を答えさせるものだった ) (3) タスクの効果の差について どのような説明ができるのか それぞれのタスクで辞書を用いた回数により説明できる Task 1 では辞書があまり使われていない ( 平均クリック回数 ) Hear Word のクリック回数が多いほど 聴覚的なインプットが強化されたと言える (4) タスクにかかった時間について 時間に有意な差は無いが タスクの効果に差があるのは 時間をかければ効果的な語彙学習ができるというわけではないことを示している タスクの種類により学習効果の差が出ることが分かる Task 1 ではターゲット語だけでなく yes / no クエスチョンの文に含まれる単語に注意を向けている時間が含まれるため 辞書を使用する時間が減っている可能性がある (5) それぞれのタスクにおいて 辞書の使い方に差があることについて Task 1 ではターゲット語の意味を問うものではないため 辞書を引かなかったケースがある また 内容の推測ができることも辞書を使わなかった原因の1つである Task 2 は性質上 英訳を調べれば答えられる形式なので辞書を使う頻度が高かったと考えられる Task 3 は未知語が一度に4つ示されるので Task 2 よりも辞書を使う回数が多くなったと言える Hear Word のクリック数は Task 1 より Task2, Task 3 の方が多く 聴覚的に語彙学習を促進したと考えられる 6.Conclusion- 総括 (1) Form-Oriented Task の方が Message-Oriented Task の方が語彙学習において効果的である (2) Form-Oriented Production Task が最も良い結果であった (3) タスクにかかった時間には有意な差が無かった (4) 辞書を活用した方が語彙学習において効果的である 語彙学習においてタスクの効果を決める重要な要素は どれだけ語に学習者の集中を向けさせるかという点である 7.Critical Reading- テキスト批評 6
(1) 問題の設定 a) 低頻度語の付随的語彙学習は有効かどうか? b) 電子辞書を用いた今回のタスクは 語彙知識の一部分しか習得できないのではないか? c) 付随的語彙学習の形式にする必要はあったのか? (2) 考察この論文の実験で用いられたターゲット語は ほとんどが低頻度語であり JACET 8000 では以下のようなレベルになっている Level3: weave Level6: indigenous, stunning Level7: dusk Level8 以上 : affability, itinerary, remuneration, arduous, boisterous, saunter, squander, toil Nation (2009) は低頻度語をリーディングから付随的に学ぶ場合 精読を通して行うことが適切であると述べている そして 精読による低頻度語の学習では その語を無視する 訳や絵を示してすぐにその意味を教える 高頻度語に予め置き換えておく 低頻度語に関する語彙集を作っておくなど 低頻度語をなるべく扱わないようにしている その理由として 語彙への注意を取り除き 授業時間を有意義に使うということが挙げられている つまり 低頻度語の学習に時間をかけることは有意義で無いということである しかし今回の実験は どれだけタスクに時間をかけるかは問題でないことが示している また 時間よりも タスクにおいて辞書を用いれば用いるほど語彙学習が促されるとしている したがってリーディングでは低頻度語に注意を奪われないよう調整するよりも 辞書を積極的に使うよう学習者に指導した方が良いと思われる ただし 電子辞書で意味を調べるだけのタスクでは 語彙知識の一部分しか習得できないと考えられる 電子辞書の有効な部分は 手軽に調べたい語を調べられることである タスクに対して学習者のモチベーションを維持するには その点において電子辞書は有効であると本論文では述べられている しかしながら Qian (2002) にある語彙知識の定義は次の通りであり 今回のタスクは語彙知識の広さを測るものでしかない (a) 語彙知識の広さ (b) 語彙知識の深さ ( 音声学 スペル 形態論 統語論 意味論 コロケーションに関する知識 ) (c) 語彙目録の構成 ( 語彙の貯蔵 繋がり 心的語彙目録の中でどのように語を表わすか ) (d) 受容 発表知識の自働性 ( どれだけ自動的に語彙知識にアクセスできるか ) ゆえに 残りの語彙知識の側面を向上させるためのタスクを考える必要性が出てくる 特に語彙知識の深さについては 辞書に載っている用例 語法が少ないために 辞書を調べるだけのタスクだけでこの要素を習得させるのは難しいと思われる 最後に 辞書を活用した語彙学習において リーディングをさせる必要性があったのかという問題が挙げられる Nation (2009) は 精読の際に行う低頻度語の学習では 語彙を学習するためのストラテジー 7
を学ぶことに焦点を当てるべきだと述べている そのストラテジーとは 辞書の活用も含まれるが 主に未知語の推測というものである 本実験では Message-Oriented Task において未知語の推測が行われたために辞書の活用が少なかったとされている 確かに 未知語の推測は学習者の習熟度が低いほど正確さを欠くため その点ではリーディングにおいて未知語の推測を行うより辞書を用いた方が語彙習得の面で効果があることが分かる それでは Form-Oriented Task がリーディングとどのように関わっていたのかに関心が向くと思われる 著者は辞書を活用するタスクの有効性を以下のように述べていた (e) 読解そのものではなく ターゲット語に学習者の注意が向く (f) 語彙の様々な要素 ( 音韻 スペル 文法範疇 意味 ) に注意し 既知の内容と関連させることで ターゲット語を定着させることができる この中で (e) のように読解ではなくターゲット語に注意を向けさせるのであれば ターゲット語のみを提示し 辞書でそれらを調べて その後ポストテストを行うだけでも語彙学習は可能であると思われる つまり リーディングの中で付随的に語彙学習を行うのか 語だけに集中して学習をするのかという比較をすることも必要である 一方で (f) は付随的な語彙学習を行うための理由となっているが Form-Oriented Task の有効性が高いということで どこまで語彙の様々な要素と既知の知識を関連させたのかは分からないと思われる したがって 付随的な語彙学習と 語に集中した学習において 辞書を活用した場合にはどちらが有効なのか検証する必要がある (3) 参考文献 Qian, D. D. (2002). Investigating the relationship between vocabulary knowledge and academic reading performance: An assessment perspective. Language Learning 52, 513-536. Nation, I. S. P. (2009). Teaching ESL / EFL reading and writing. New York and London: Routledge. 8