16 岡山県臨床細胞学会 症 例 巨大嚢胞内の一部に良性乳管上皮を伴う男性乳癌の 1 例 成富真理, 畠 榮, 日野寛子, 高須賀博久, 物部泰昌 川崎医科大学附属川崎病院病理部 背景巨大嚢胞内腔側壁の一部に良性乳管上皮を伴う男性乳癌の1 例を経験したので, 細胞像を中心に報告する. 症例 70 代, 男性. 精神発達遅滞あり.7 年前, 右乳房に4m 大の腫瘤を指摘, 経過観察されていた. 腫瘤が20m 以上に増大し, 手術目的で当院紹介受診. 右胸壁嚢胞性腫瘤は24 22 16m 大で, 褐色調の内容液からLBC 標本を作製した. 細胞質に空胞を有する細胞が結合の良い小集塊で出現し, 核は楕円形で偏在, 小型の核小体がみられた. これらの細胞は,Cytokertin5/6 陽性で基底細胞由来と考えられた. 巨大嚢胞内腔には突出する結節が複数存在し, 結節の擦過および穿刺吸引標本, 穿刺針洗浄液 LBC 標本を作製した. 異型細胞は大 ~ 小集塊あるいは散在性に多数みられ, 核不整, 腫大した核小体が認められた. 一部で裸血管が観察された. 病理組織学的に, 巨大嚢胞内腔側壁の一部に良性乳管上皮を伴う浸潤性乳頭腺管癌と診断した. 結論本例のように嚢胞壁に良性の上皮細胞を伴う乳癌は, 嚢胞内容液だけの診断では, 良悪性の判定が困難なことがある. 画像などで壁在結節が認められる場合は, その部位からも細胞を採取し, 総合的に判定する必要があると考えられる. Key Words:Mle rest, rinom, ytology, se report Ⅰ. はじめに現在, 乳腺嚢胞性病変に対して, 超音波ガイド下に穿刺吸引が施行され, 嚢胞内容液が採取された場合, 細胞診断が行われている. 嚢胞内容液の細胞診断では, 嚢胞内乳頭腫や嚢胞内乳癌など良悪性の鑑別に苦慮する場合がある. 今回, われわれは, 巨大嚢胞内腔側壁の一部に良性乳管上皮を伴う男性乳癌の1 例を経験したので細胞像を中心に報告する. Ⅱ. 症例 70 代, 男性. 精神発達遅延あり.7 年前, 右乳房に約 4m 大の硬い腫瘤があり, 他院を受診された. 超 音波検査を拒否され, 坐位にて触診しながら生検を行ったが, 診断がつかず, 良性腫瘍と思われ経過観察されていた.1 年後, 腫瘤は9~10m,6 年後に 20m 以上に増大したため, 手術目的にて当院を受診された.CTでは, 右胸部皮下に長径 21m 大の嚢胞性腫瘤形成を認め, 右側壁主体に壁在結節がみられた. リンパ節腫大はなく, その他に器質的病変はみられなかった ( 写真 1). 右胸部腫瘤摘出術が施行された. 摘出された嚢胞性腫瘤の内容液は, 茶褐色, 混濁, 漿液性で約 4000mlあった. そのうち約 20mlからBDシュアパス TM 法で, 液状化検体細胞診 (Liquid-sed ytology; 以下 LBC) 標本を作製した. また, 嚢胞壁在結節から擦過および穿刺吸引細胞診にて直接塗抹標本および穿刺針洗浄液からLBC 標本を作製した. Mri NARITOMI 1), C. T., I. A. C., Ske HATA 1), C. T., C. F. I. A. C., Hirohis TAKASUGA 1), C. T., I. A. C., Hiroko HINO 1), C. T., I. A. C., Ysums MONOBE 1), M. D 1) Deprtment of Pthology, Kwski Medil Shool Kwski Hospitl 論文別刷請求先 700-8505 岡山県岡山市北区中山下 2-1-80 川崎医科大学附属川崎病院病理部成富真理 Ⅲ. 細胞所見嚢胞内容液のLBC 標本では, 多数の赤血球やヘモジデリン貪食組織球, コレステリン結晶を背景に, 異型細胞が結合性の良い小集塊で少数出現していた ( 写真 2). これらの細胞質は重厚感があり, 約 70% の細胞
VOL. 35 2016 17 で空胞がみられた. 核は楕円形で偏在し, クロマチンは細顆粒状で均等分布, 小型の核小体が観察された ( 写真 2,2d). これらの細胞は,Cytokertin(CK) 5/6に陽性であった ( 写真 2e). 嚢胞壁在結節から作製した, 擦過および穿刺吸引の直接塗抹標本および穿刺針洗浄液 LBC 標本では, いずれも多数の細胞が大 ~ 小集塊あるいは散在性に出現していた. これらの細胞は,N/C 比大, 細胞質はライトグリーンに淡染し, 核は類円形 ~ 楕円形で, 不整がみられた. 核クロマチンは細 ~ 粗顆粒状で増量し, 腫大した核小体を認めた ( 写真 3). LBC 標本では, 紡錘形細胞や篩状構造の集塊 ( 写真 4), 乳頭状に発育した裸血管が多数観察され, 血管周囲には筋上皮細胞がみられず, 平滑であった ( 写真 5). Ⅳ. 組織所見 写真 1 CT 画像右胸部皮下に長径 21m 大の嚢胞性腫瘤形成を認め, 右側壁主体に壁在結節が存在している ( ) 右胸壁腫瘤全体の大きさは24 22 16m, 重量は 4.5kgで, そのほとんどが嚢胞で占められていた. 嚢胞内側は, 茶褐色 ~ 黄白色で, 嚢胞周囲結合組織から嚢胞内側へ突出する1.9~2.5m大までの複数の結節が d 写真 2 嚢胞内容液 LBC 標本の細胞像 () 異型細胞が結合の良い集塊で出現し, 細胞質は空胞化, 核は楕円形で偏在, 小型の核小体が認められる (Pp. 染色 40). () ヘモジデリン貪食組織球がみられる (Pp. 染色 40). () コレステリン結晶が観察される (Giems 染色 40). (d)pp. 染色 40. (e)dの異型細胞はcytokertin 5/6に陽性である ( 40). e
18 岡山県臨床細胞学会 写真 3 壁在結節の穿刺吸引細胞像多数の異型細胞が集塊あるいは散在性に出現している. 異型細胞は,N/C 比大, 細胞質はライトグリーンに淡染し, 核は類円形から楕円形で, 不整がみられ, クロマチンは細から粗顆粒状で増量, 腫大した核小体を認める (Pp. 染色 10). 認められた ( 写真 6). また, 腫瘤は嚢胞の周囲結合組織にも浸潤し, 壁在浸潤腫瘤は最大 9.0 4.5mで, 一部で小嚢胞状, 篩状, 乳頭状, 充実性, 胞巣状に増殖していた ( 写真 7). 免疫組織化学的に腫瘍は, Estrogen reeptor 陽性,Progesteron reeptor 陽性, HER-2 陰性,MIB-1 index 18%,p63 陰性,CK5/6 陰性であった. また, 一部の嚢胞内側に, 表面を覆う二相性を示す細胞がみられた. 上層の細胞は,N/C 比小で, 細胞質は好酸性が強く, 核は楕円 ~ 円形, 核小体は目立たなかった. 下層の細胞は,N/C 比小, 核は楕円 ~ 紡錘形, 核小体は目立たなかった. いずれの細胞も細胞質に空胞がみられた ( 写真 8). 免疫組織学的に上層の細胞はCK5/6のみ陽性, 下層の細胞はp63およびCK5/6で陽性を呈した ( 写真 8,8). 以上から, 巨大嚢胞内腔側壁の一部に良性乳管上皮を伴う浸潤性 写真 4 壁在結節の穿刺針洗浄液 LBC 標本 () 紡錘形細胞が多数出現している. () 篩状構造も観察される (Pp. 染色 10). 写真 5 壁在結節の穿刺針洗浄液 LBC 標本血管結合組織は筋上皮細胞がほとんどみられず, 血管周囲は平滑である (Pp. 染色 10). 写真 6 右胸壁腫瘤肉眼像およびルーペ像 () 嚢胞内側は茶褐色 ~ 黄白色で, 内腔に突出する複数の結節が認められる ( ). () 結節の割面像 : 腫瘍細胞は, 嚢胞周囲結合組織から嚢胞内側へ突出するように増殖している. () 結節のルーペ像 (HE 染色 ).
VOL. 35 19 2016 d 写真7 嚢胞壁浸潤部の組織像 腫瘍は嚢胞周囲結合組織に浸潤し 小嚢胞を形成している HE染色 嚢胞壁浸潤部の組織像 篩状構造を形成している HE染色 10, 嚢胞内腔に突出した結節の組織像 乳頭状構造がみられる HE染色 10, d 嚢胞壁浸潤部の組織像 充実性増殖を形成している HE染色 10 本例の腫瘍径は20m以上で われわれが検索した限 りでは 本邦報告例中最大である 乳頭腺管癌と診断した Ⅴ 考 4 察 本邦の嚢胞内乳癌は全乳癌の0.07 3.2 1 とまれで ある このうち男性が占める割合は9.9 15.8 と嚢胞 内乳癌で男性の占める割合は高いとされている2, 3 本邦の全乳癌における男性乳癌の発生頻度は0.3 2.4 4 であるので 相対的に 男性嚢胞内乳癌は非 常にまれである 本邦で報告されている男性嚢胞内乳 癌は 発症年齢は平均68.4歳で 女性嚢胞内乳癌の平 均52.3歳より10歳以上高く5, 6 病脳期間は平均39.7ヶ 月と長い3 腫瘍径 嚢胞を含む の平均は4.0mで 女性平均4.7mとほぼかわらず 最大は男性10.0m 女性16.0m5, 6 で 組織型は乳頭腺管癌が約70 を占 め最も多いとされている3, 6 本例は男性で 70代の 高齢 腫瘤に気づいてから7年と経過が長く 組織型 は乳頭腺管癌で嚢胞内乳癌の特徴と一致する また 嚢胞内乳癌の発生機序として諸説あるが 主に以下 の3つが挙げられる 1 良性嚢胞内乳頭腫の悪性化 2 単発性嚢胞から癌が発生 3 非浸潤性乳頭癌の 初期に 乳管が閉塞され その中で出血を繰り返し 嚢胞が形成される7 本例は 嚢胞内腔を覆う上皮の 一部でp63 CK 5/6陽性の筋上皮細胞や基底細胞が存 在したことより 非浸潤性乳頭癌の初期に なんらか の原因で乳管が閉塞され その中に出血を繰り返しつ つ嚢胞を形成したものと考える 嚢胞を伴う乳腺病変として 充実腺管癌 扁平上皮 癌 嚢胞内乳頭癌 嚢胞内乳頭腫が挙げられる その うち 本例のように乳頭状構造が観察される疾患で 鑑別を要するものとしては 嚢胞内乳頭癌と嚢胞内乳 頭腫が挙がる 嚢胞内乳頭癌の嚢胞内容液の性状は 約80 の症例が血性を呈するとされ 内容液が血性の 場合は 診断的価値が高いとされている2, 3, 5 しかし
20 岡山県臨床細胞学会 写真 8 : 嚢胞内面を覆う細胞は, 二相性がみられる (HE 染色 4),: 下層の細胞は p63 に陽性である ( 4). : 二層の細胞はともに CK5/6 陽性である ( 4). 血性の嚢胞内容液で悪性と診断されたのは約 50% の症例とする報告があり 5), その原因として, 貯留液により細胞密度が少なくなること, 壊死の部分が多いこと, 嚢胞内容液中で変性が加わること等が挙げられている 5, 8). 嚢胞内乳頭癌の細胞学的特徴は, 重積性細胞集塊や疎な結合の細胞集塊が認められ, 一部の集塊では ほつれ 現象がみられる. 細胞質はレース状で, 核は不整形, 核小体の腫大が観察される 8). 散在性の細胞は, 空胞化が目立ち, 核は偏在し, 核小体の腫大が認められる 8). 一方, 嚢胞内乳頭腫では, 内容液の性状について, 約 80% の症例で血性だったとする報告 2) がある. 嚢胞内乳頭腫の細胞学的特徴は, 結合性の良いシート状集塊で細胞極性が保たれる. 細胞質は広く, アポクリン化生類似の細胞が混在する. 核は楕円形で, 小型の核小体が1~2 個みられる 8). 散在性に出現する細胞は, 重厚感のある細胞質を有し, 核は多くが中心性に認められる 8). 本例は, 内容液が茶褐色であったが, 赤血球やコレステリン結晶が多く観察され, 陳旧性の出血性であることが示唆された. 内容液の性状が血性 であるだけで悪性の可能性を評価することは危険であると考えられる. また, 嚢胞内容液の細胞は, 細胞質の空胞化, 核が偏在性である点で, 嚢胞内乳頭癌の細胞所見と一致したが, 細胞質に重厚感があり, 核は偏在しているものの細胞膜との間に重厚な細胞質がみられ, 核小体は小さく目立たない点は異なっていた. これらの所見から, 本例の嚢胞内容液にみられた細胞は, 良性の細胞と考えられる. 乳腺は乳腺幹細胞 / 前駆細胞とされる基底細胞から腺上皮細胞と筋上皮細胞が派生分化してできると考えられている 9). 基底細胞はCK5/14 陽性,p63 陽性, CD44 陽性,ER 陰性,CK8/18 陰性,CD24 陰性を示す 9). 本例の嚢胞内容液中にみられた空胞を有する細胞は CK5/6 陽性を呈したことより, 良性乳管上皮由来の基底細胞と考えられる. 嚢胞壁在結節の穿刺針洗浄液 LBC 標本では, 多数の裸血管を認めた. 乳管内乳頭腫では, 血管周囲に筋上皮細胞が残っているため, 血管は鋸歯状あるいは毛羽立ってみえるが 10), 本例で認められた裸血管には筋上
VOL. 35 2016 21 表 1 液状化検体細胞診における乳頭状細胞集塊の血管結合組織での良悪性鑑別点 皮細胞がみられず, 乳頭状に増殖する癌が推測可能であった. この様な裸血管は従来法よりもLBC 標本で多く観察される. その理由は,LBC 標本では, 沈渣を撹拌および洗浄する過程で, 上皮が脱離しやすいため起こる現象と考えられる ( 表 1) 10). Ⅵ. 結語本例のように嚢胞壁に良性の上皮細胞を伴う乳癌は, 嚢胞内容液だけの診断では, 全体像を把握することが難しく, 良悪性の判定が困難なことがある. 画像などで壁在結節が認められる場合は, その部位からも細胞を採取し, 総合的に判定する必要があると考えられる. 文献 1) 大石明人, 浜田吉則, 原田直己, 広岡孝雄, 畑埜武彦, 山本政勝. 嚢胞内乳癌の検討. 日臨外医会誌 1987;48:47~ 53. 2) 山下晃徳, 吉本賢隆, 岩瀬拓士, 渡辺進, 霞富士雄. 嚢胞内乳癌の臨床病理像. 日臨外医会誌 1994;55:2726~ 2731. 3) 池田剛, 須崎真, 酒井秀精, 町支秀樹, 梅田一清. 男性嚢胞内乳癌の1 例 本邦嚢胞内乳癌報告例の検討 日臨外医会誌 1994;55: 2537~2541. 4) 松田実, 岩瀬拓士, 吉本賢隆, 霞富士雄, 秋山太, 坂元吾偉. 男性乳癌 臨床像と経時的変遷. 日臨外医会誌 1997;58:513~518. 5) 栗原照昌, 石田常博, 横田徹, 菅又徳孝, 竹尾健, 若松環, 他. 嚢胞内乳癌の臨床的検討 自験例および本邦報告例の検討. 北関東医学 1991;41:171~180. 6) 松本直基, 長谷川洋, 坂本英至, 小松俊一郎, 久留宮康浩, 法水信治, 他. 出血をきたした男性の嚢胞内乳癌の1 例と本邦報告例の検討. 乳癌の臨床 2009;25:191~195. 7) 平尾智, 上田隆美, 藤本幹夫, 酒井克治. 嚢胞内乳癌について. 外科診療 1976;18:168~171. 8) 横山俊郎, 吉田友子, 杉島節夫, 古賀稔啓, 一本杉聡, 島一郎, 他. 乳腺の嚢胞性病変の細胞学的検討 嚢胞内乳頭腫と嚢胞内乳頭癌を中心に. 日臨細胞誌 1995; 34:614~620. 9) 神谷俊夫, 佐谷秀行. 最新研究トピックス乳癌幹細胞. 医学のあゆみ 2009;230:109~114. 10) 畠榮, 則松良明, 亀井敏明, 金城満. 液状化細胞診断マニュアル. 東京 : 篠原出版 ;2016.