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日本燃焼学会誌第 48 巻 146 号 (2006 年 )363-371 Journal of the Combustion Society of Japan Vol. 48 No. 146 (2006) 363-371 原著論文 / ORIGINAL PAPER 成層燃焼におけるノッキング現象に関する研究 Study on Knocking Phenomenon in Stratified Mixture 秦小健 1 若井和憲 2 * 井原禎貴 2 1 柴田健太郎 QIN, Xiaojian 1, WAKAI, Kazunori 2 *, IHARA, Tadayoshi 2, and SHIBATA, Kentaro 1 1 岐阜大学大学院工学研究科 501-1193 岐阜市柳戸 1-1 Graduate School of Engineering, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu, 501-1193, Japan 2 岐阜大学工学部 501-1193 岐阜市柳戸 1-1 Department of Mechanical Engineering, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu, 501-1193, Japan 2006 年 1 月 13 日受付 ; 2006 年 10 月 1 日受理 / Received 13 January, 2006; Accepted 1 October, 2006 Abstract : To study the knock phenomenon in a direct injection gasoline engine, n-heptane/air mixtures were fed stratified into a rapid compression machine (RCM) to simulate the engine combustion process. The auto-ignition took place in a rapidly compressed mixture. The pressure history in the cylinder was recorded with a pressure transducer. To separate the low frequency component from the high one, the pressure signal was processed numerically by 1kHz and 5kHz frequency filters, and the ignition delay, the rate of pressure rise, the maximum pressure amplitude and the knocking intensity factors were defined. To analyze the knocking intensity, the relationship between the maximum pressure amplitude, knocking intensity factor and the rate of pressure rise was studied. The fuel concentration and the concentration gradient were found which has a high knocking probability. By means of direct flame photography, the difference between the flame onsets of the uniform mixture and the stratified mixture was studied to analyze the effect of the concentration gradient on the behavior of the flame. To numerically predict the occurrence of the knocking phenomenon at stratified charge mixture condition, a reduced n-heptane oxidization reaction mechanism was employed. Both the experimental and numerical simulation results show the same tendency. Key Words : RCM, Stratified charge, Auto-ignition, Knock phenomenon, Flame, Direct photography, Simulation 1. 緒言近年, 石油資源の枯渇や大気汚染, 地球温暖化などの問題が顕著になり, 自動車エンジンにはさらなる低燃費, 高効率化が要求されている. これらの観点から筒内噴射ガソリンエンジンが注目され, 多くの研究者が幅広い研究を進めている. このようなエンジンは燃料噴霧の気化潜熱によって吸入空気が冷却され, 充填効率の向上とノッキング抑制効果が得られることが知られている [1]. 一方, 従来のガソリンエンジンと比べ, 圧縮比が高く, また混合気の成層化による大幅な希薄領域があるため, 圧縮後の混合気の温度が高くなり, ノッキングの発生する可能性が予測され [2], 実験時によるノッキングの報告も見られた [3]. その抑制には, 成層濃度場でノッキングが発生しやすい条件や発生のメカニズムを知る必要がある. * Corresponding author. E-mail: wakai@gifu-u.ac.jp 本研究では, 成層燃焼におけるノッキング現象を解明するために, 急速圧縮機 (RCM) を用い,n- ヘプタン (n-heptane) を燃料とし, 筒内に所定の濃度勾配を持つ混合気を作り圧縮自着火実験を行うことで, 混合気の濃度勾配の変化がノッキング発生時期およびノッキングの強さに及ぼす影響を調べた. この際, 高速度ビデオカメラで直接撮影を行い, 最初の着火点, その後の着火場所の広がり方などを観察すると同時に圧力履歴を収録し, 均一燃焼と成層燃焼の比較を行い, ノッキング発生のメカニズムを調べた. また, 簡略素反応スキームを用いた数値シミュレーションにより実験結果に考察を加えた. 2. 実験装置および実験方法本研究で用いた実験装置の構成を図 1 に示す. 圧縮自着火燃焼の様子を再現するため, 急速圧縮機 (RCM) 1 を用いた. シリンダ内径は 65 mm, ピストン 2 の行程は 140 mm, (41)

364 日本燃焼学会誌第 48 巻 146 号 (2006 年 ) Fig.2a. Fuel concentration distribution history at various points in radial direction Fig.1. Experimental equipment その頂部は平面となっている. ピストンは水平方向に駆動する. また, ピストン下死点で, シリンダの底部注入口 13 から燃料, 空気が導入できる. 着火と燃焼の様子を直接撮影するため, シリンダヘッドにはガラス窓 4 を取り付けた. 燃料には n-heptane を用いた. なお, 圧縮比 e は 10.5 とした. 各種測定装置は, ピストンロッドに取り付けたライトスイッチ 12 が発生するトリガ信号により, 収録を開始する. 筒内圧力の測定を目的として, シリンダヘッドに圧力変換器 14 ( 共和電業 PE-100KJ,PE-200KJ, 固有振動数はそれぞれ 30,37 khz) を取り付けた. 急速圧縮機の前方には光電子増倍装置 6 と高速度ビデオカメラ 7 (KODAK EKTAPRO HS-4540-2) が設置してある. 高速度ビデオカメラの撮影速度は 13500 fps 一定で行った. また光電子増倍装置に過大な光が入るのを防ぐと共に, 前炎反応である冷炎 (350 ~ 520 nm) もしくは青炎 (329.8 nm,306.4 nm) 以外の領域を減光するべく, レンズの先には青色のフィルタ 5 (V-V40 300 ~ 525 nm) を装着した. 濃度勾配は, 液体燃料の蒸発, 拡散特性を利用して作成した. 燃料注入口 13 から液体燃料を注入し, シリンダの下部に行き渡らせる. 図 2a に平均当量比 ( シリンダ内の充填空気量と注入する燃料の量から算出した当量比 ) f = 1.0 の場合, 軸方向に入射させた赤外線レーザ光強度の吸収量により求めた n-heptane の上下方向 ( 直径方向 ) 各位置での濃度履歴を注入直後を時刻 0 として示す.Y = 0 はシリンダ中心, 正は上方を表す. 燃料注入直後, シリンダ上方の濃度は薄く, 下方は濃い濃度場が形成され, 時間の経過に伴って濃度勾配 ( 以後濃度勾配の大きさを示すため,Df を有効測定範囲で当量比の最大値と最小値の差として定義する ) が小さくなり, 徐々に均一になる傾向が見られる. この図から算出した各時刻の濃度分布を図 2b に示す. 赤外線吸収法より求めた当量 Fig.2b. Fuel concentration distribution toward radial direction at various timing 比は 0.8 近傍に収束しており, 設定値と 0.2 の差がある. 燃料の蒸気圧が低く, 容器の壁面とガラス面に燃料が吸着 され, また間接測定法であるため, 光量の測定誤差, 吸収 係数の測定誤差などが濃度測定の結果に影響を与えている と考えられる. この後,1 時間経過するとほぼ一様になる ものの吸着は進み, 平均当量比は 0.70, 二時間後 0.62,3 時間後 0.57,6 時間後には 0.51 へと推移することを確認し ている. 本研究は濃度勾配がノッキング現象に及ぼす影響 の傾向を調べることを目的としているため, 設定した平均 当量比が実際は薄いということで進める. なお, 断面形状 は直方体であるが, 全体寸法が類以する容器内での同様の 燃料分布を横方向から観測し, 軸方向に分布はないことを DEE で確認している [4]. 密度の大きい n-heptane ではもっ と軸方向に一様と考えられる. これらの結果より, 注入開 始からの拡散時間を調整することで, シリンダ鉛直方向に 任意の勾配を持つ成層濃度場を作ることが可能となる. (42)

秦小健ほか, 成層燃焼におけるノッキング現象に関する研究 365 3. 実験結果および考察 3.1. 筒内圧力履歴本研究では均一濃度場と濃度勾配のある場合の着火遅延時間, 平均圧力上昇率, ノッキング強さなどを調べるため, 筒内圧力履歴を計測した. 図 3 に初期圧力 0.1 MPa, 初期温度 290 K とした場合のシリンダ内圧力履歴を示す. 図 3(a) は均一混合気 f = 0.2 ~ 1.0 の場合, 図 3(b) は成層混合気 f = 1.0 で,Df = 0,0.5,1.1,1.4 ( それぞれ図 2 で t > 300 s, t = 180 s,120 s,90 sに相当する ) の場合である. 3.1.1. ノッキング強さの評価指数着火遅れ, 平均圧力上昇率を調べるため, また, ノッキングの強さを定量的に解析するために, 筒内圧力履歴にカットオフ周波数がそれぞれ 5 khz と 1 khz のハイパス及びローパスフィルタをかけ, 低周波成分と高周波成分を分別した. 図 3(a) の f = 0.6 の圧力履歴をローパスフィルタ処理したものを図 4(a) に, ハイパスフィルタ処理したも のを図 4(b) に示す. 着火遅延時間 t1,t2',t はそれぞれ図 4(a) に示すように, ピストン圧縮終了後から, シリンダ内圧力上昇開始までの時間, その後, 圧力上昇量が全上昇量の 20% に至るまでの時間および t1 と t2' の和で定義した [5] (t2 は通常冷炎発生時刻から熱炎発生時刻までの期間として定義されるので, わずかに定義の異なるここでは t2' とした ). 自着火強さを表す田中らの解析手法 [5] を参考にし, 図 4(a)(b) に示す以下の指標を用いた. ノッキング強さは研究者の注目点の違いによって, 種々の評価指標があった. ここでは圧力上昇率に注目し, 平均圧力上昇率, 最大圧力振幅とノッキング強度因子を評価指標としている. 平均圧力上昇率 DP/Dt は, 全圧力上昇量の 20% から 80% までの上昇に要した時間 Dt で除した値として定義した. ノッキング強さは, ハイパスフィルタ処理した圧力履歴の最大値と最小値の差 ( 最大圧力振幅 ) DP'max と, 次に示すノッキング強度因子 [6] で評価する. (a) uniform mixtures (b) stratified mixtures (f = 1.0) Fig.3. Pressure histories inside cylinder at T 0 = 290 K, P 0 = 0.1 MPa (a) Low-pass filtered pressure history (b) High-pass filtered pressure history Fig.4. Definition of parameters for auto-ignition and knock intensity (43)

366 日本燃焼学会誌第 48 巻 146 号 (2006 年 ) (1) ここで,P'mean は平均圧力振動幅,N はノッキング発生期間のサンプリングデータ数である. また, 急激な圧力振動が発生した時刻から, 圧力振幅が最大値の 5% より小さくなるまでの時間をノッキング発生期間とした. また Ringing Index (RI) を指標として, ノッキング発生時の圧力波のエネルギーから評価する方法 ( 式 (2)) がある [7]. (2) ここで,g は比熱比,R は気体定数,b は比例係数で圧力波の振幅と最大圧力上昇率の関係を示したものである.P max, T max はそれぞれ最大圧力と最高到達温度である. 本研究は最大圧力上昇率と RI の二つの指標を用い, ノッキングの強さを評価することを試み, その結果と圧力上昇率, 最大圧力振幅とノッキング強度因子を用いた評価結果を比較した. 3.1.2. 着火遅延時間自着火現象を調べるため, 均一濃度場と成層濃度場の自着火遅延時間を考察する. 図 5(a) に均一混合気の場合の当量比と着火遅延時間の関係を示す ( 図中各線は 4 章の結果であり, その考察は 4.2 で行う ). 当量比が大きいほど t1 は長くなり,t2' は短くなることが分かる. また t は当量比が 0.4 付近に最小値を持つ. これは,f が小さいほど比熱比が大きく, 圧縮後のシリンダ内の温度が高くなることが原因であると思われる.( 高橋ら [8] によれば圧縮温度が f によらず一定のとき,t1 の f への依存性は少ない.) 図 5(b) は成層濃度場での濃度勾配と着火遅延時間の関係である. この図から, 濃度勾配が大きいほど t1 は短く,t2' は長くなり,t は短くなっている. これは次のように説明できる. すなわち, 濃度勾配が大きいほど希薄領域の比熱比が高いので, 圧縮後その領域の温度が高くなり, 着火遅れが短くなる. 着火した領域の温度, 圧力は急激に上昇して未燃領域を圧縮するため, 未燃領域の温度, 圧力は高くなり, 結局シリンダ全体の自着火がごく短時間で終わる. このように現象が希薄側から過濃側へごく短時間に連続的に起こるので均一の場合に見られた二段着火は明確には見 (a) uniform mixtures (b) stratified mixtures Fig.5. Ignition delay (a) uniform mixtures (b) stratified mixtures Fig.6. The rate of pressure rise, the maximum pressure variation and knocking intensity factor (44)

秦小健ほか, 成層燃焼におけるノッキング現象に関する研究 367 られなくなっている. 3.1.3. 平均圧力上昇率とノッキング強さ図 6(a) に均一混合気の場合の当量比と DP/Dt,DP'max, KI の関係を示す ( 図 6(b) を含め,3 本の曲線は 4 章の結果であり, その考察は 4.2 で行う ).f < 0.3 ではいずれの値も小さく f への依存性も非常に小さいが,f = 0.3 ~ 0.8 の間では f に依存して急激に増加し,f = 0.8 以上でほぼ一定となる. この原因は完全にシリンダ内が均一であっても実際には熱炎の進行速度は有限であり, その現象は温度に強く支配されることによる. すなわち,f が 1 より低くなる程温度 濃度が低いので燃料と酸化剤の分子の衝突確率が減って,DP/Dt を低くするからであろう. 自着火の進行が時間スケールに比較して無視できる程速い理想的なものなら,DP/Dt = になる. 図 6(b) は濃度勾配がある場合である.Df を小さくすると,DP/Dt,DP'max および KI はいずれも大きくなる傾向にある. これは, 希薄領域で断熱圧縮温度が高く, 化学的にも自着火に至る速度が遅くなりすぎない適当な f で早く着火し, 温度, 圧力が上げられ, 他の領域の着火を加速させ, 全体として平均圧力上昇率が大きくなっているためと思われる. 次に, 平均圧力上昇率と, 一般にノッキング強さの指標として用いられている最大圧力振幅およびノッキング強度因子の相関について, 図 6 の結果を整理する. 上述のように成層濃度場では, 濃度勾配に起因する圧力上昇率の違いが, 燃焼室全体の自着火履歴に大きく影響するため, 圧力上昇率とノッキング発生に相関があると考えられる. また, ノッキングを数値モデルで予測する際, 実験結果のような高周波成分として再現するのは困難であり, 平均圧力上昇率から, 相関関係によりノッキングが予測できれば有用である. 図 7(a) に DP/Dt と DP'max の関係を示す.DP/Dt < 5 MPa/ms の場合,DP'max はほぼ一定で小さい値であり, それより大きい場合は DP/Dt が大きいほど DP'max も大きくなる可能性が高いと言える. 図 7(b) に DP/Dt と KI の関係を示す. やはり,DP/Dt < 5 MPa/ms で,KI は小さい値を示す. それより大きい DP/Dt では KI も大きくなっている. 図 7(a)(b) の DP/Dt > 5 MPa/ms の領域で, 相関係数を求めるとそれぞれ 0.70,0.67 で, 相関を持つことが分かる. これらのことから, 本研究の実験条件では,DP/Dt > 5 MPa/ms の場合 ( 図 6 から, 均一の場合 : f > 0.5, 濃度勾配のある場合 : Df < 1.1) のノッキングの関係を示す.KI が大きいほど DP'max も大きくなっている. 3.1.4. 最大圧力上昇速度と RI 実験で得られた圧力履歴をローパスフィルタ処理し最大圧力上昇率を求め, それと圧力履歴をハイパスフィルタ処理し, 得られた圧力波の振幅と比較した結果,b は約 0.1 であった. 図 8(a) に均一の場合について, 混合気の当量比 (a) DP'max versus DP/Dt (b) KI versus DP/Dt (c) DP'max versus KI Fig.7. Relationship of DP/Dt DP'max and KI と最大圧力上昇速度 (DP/Dt)max,RI を示す. 当量比は大きいほど (DP/Dt)max,RI の値とも大きくなっている. 図 8(b) に成層濃度場における混合気の濃度勾配と (DP/Dt)max,RI を示す. 濃度勾配が小さいほど (DP/Dt)max,RI が大きくなっている. また,f > 0.5 で均一の場合,Df < 1.1 の成層濃度場の場合,(DP/Dt)max と RI とも大きい値を持つノッキングの可能性が大きいと考えられる. ただ,RI の方が均一や成層の場合も f あるいは Df に対し, 分散がわずかに大きくなっている. これらの傾向は図 6 に示す DP/Dt,DP'max と KI の変化の様子と一致している. (45)

368 日本燃焼学会誌第 48 巻 146 号 (2006 年 ) (a) uniform mixtures (a) uniform (b) uniform (b) stratified mixtures (f = 1.0) Fig.8. (DP/Dt)max and RI for various uniform mixtures and stratified mixtures 3.2. 着火過程の直接撮影濃度勾配の有無による火炎の広がり方の違いを調べるため, 直接写真撮影を行った. 初期条件は温度 290 K, 圧力 0.1 MPa である. 図 9(a)(b) に f = 1.0 の均一混合気を圧縮自着火して得られた圧力履歴と着火過程の各時刻の直接撮影写真を示す. この図から, 圧力上昇途中 ( 時刻 a) にシリンダの中心に比較的近い部分で着火が開始し, 壁面方向へある程度の偏りを持ちながら広がる弱い発光が見られる. 時刻 c,d で光量を急速に増やしつつ全体に広がってゆく. 本研究で使用するフィルタは熱炎を分離することができないが, 文献 [9] より, 時刻 d 付近で熱炎が発生したと思われる. 図 9(c)(d) に f = 1.0,Df = 0.9 の成層混合気の場合の圧力履歴と直接撮影画像を示す. 燃焼初期 ( 時刻 a) に, シリンダの上方 ( 濃度が薄い領域 ) から弱い発光が見られ, 下方に向かってあたかも火炎伝ぱするかのようにその領域は広がっている. 強い発光は最後に燃焼した部分 ( 図 9(c) 時刻 f) から広がっているように見えるが, このフィルタでとらえられるのは HCHO,CH であることを考えれば, 壁面近傍あるいはコーナー部などの未燃焼部分が遅れて発光していると考えられる. このように, 熱炎発生時刻は場所, すな (c) f = 1.0, Df = 0.9 (d) f = 1.0, Df = 0.9 Fig.9. The pressure history and the direct photographs (46)

秦小健ほか, 成層燃焼におけるノッキング現象に関する研究 369 Table 1. Calculated pressure oscillation frequencies Fig.10. Lowest frequency modes in a straight cylinder わち当量比により異なる. 3.3. 圧力振動周波数の解析ノッキングが発生した時の圧力振動周波数を解析するため, 理想振動モードを用い, 各モードの周波数を考察した. 図 10 にそれぞれ圧力分布モード ( + は平均値より高い側, - は低い側 ) とその場合のモード係数を示す [10]. 各モードの周波数を次式より求める : (3) ここで,f m,n,z は周波数,R はシリンダ半径,H は燃焼室の 厚さ,V c は燃焼ガスの音速である. 音速は次の式から求め る : (4) k は比熱比,R は気体定数,T はガス温度である. 図 3(b) の Df = 0 の場合の圧縮自着火圧力履歴をローパスフィルタ処理したものから, ノッキング発生時の最大圧力は約 8.7 MPa, 最小圧力は 4.8 MPa, 状態方程式より算出した燃焼ガスの温度 T 1380 ~ 2500 K,k 1.3,V c は 730 ~ 987 m/s である. 表 1 に各モードの圧力振動周波数を示す. 図 11 に, 実験で得られたノッキング発生時の圧力履歴を周波数解析した結果を示す. 上からそれぞれ Df = 0, 0.5,1.1,1.4 である.Df = 0 の均一場の場合, 約 15.8, 18.5,22.3 khz で振幅のピーク値があり, モード c,d のような圧力振動が強いことを示す. 着火直前の混合気の温度は中心部分では壁面近傍より高いので, 直接撮影画像でも明らかなように, 着火は中心部分から生じ, 壁面へ広がっていると思われる. 成層濃度場では, 直接撮影で火炎が燃焼室の上部から下方へ広がる様子が観察されており, 図 10 の a の圧力分布モードに近いと予想される. しかし, 図 11 に示した Df = 0.5 および 1.1 の結果は,6.58 ~ 8.9 khz ( モード a の圧力振動周波数 ) 以外にも, 低周波数から高周波数にわたって複数のピーク (12.2,15.8,18.5,22.3) がある. これは, 成層濃度場では場所により温度 比熱比が異なるため式 (4) で求められる V c が異なり, 圧力振動が一様ではないためであろう. 実際の圧力分布はモード a の様な単純な理想モードにならず, 垂直方向だけではなく, 半径方向, Fig.11. Knocking spectra 円周方向でも圧力波が生じていると思われる.Df = 1.4 の場合では圧力の振動は非常に弱く, 際立ったピークは見られなくなっている. 4. 数値計算による着火メカニズムの検討 4.1. 計算方法成層濃度場で濃度勾配が圧縮自着火遅延時間, 平均圧力上昇率に及ぼす影響を理論的に解析するため化学素反応モデルを用いた自着火過程の計算を行った. 計算対象として燃焼室内ガスを濃度勾配方向に質量で等分したセルを作成し, 直線的な濃度分布を与えた. 図 12 に計算セルのイメージを示している. 圧縮, 燃焼反応に伴いこれらのセルは水平方向の上下二面で挟まれた形状を維持し, 体積変化はその厚さ変化で対応するものとした. この仮定は図 9 から妥当なものと考える. 圧縮中は実験で得られた RCM のシリンダ体積変化と圧力履歴に従うものとし, また, 圧縮完了後から, 燃焼終了までの間, 壁面からの熱損失, 各セル間の物質, 熱移動はないものとした. 各セルごとに Chemkin (47)

370 日本燃焼学会誌第 48 巻 146 号 (2006 年 ) (a) uniform mixtures Fig.12. Calculated cells (b) stratified mixtures Fig.14. The numerical simulation results of pressure histories Fig.13. Comparison between reduced model and detailed kinetics model II の Senkin [11] を用いて化学反応の進行を計算した. 燃料種を n-heptane とする反応メカニズムは詳細反応スキーム [12] があるものの, 計算量が膨大になることから, 種々の簡略スキームが開発されている. ここでは計算量と精度を考慮した上,Reitz らの 29 化学種と 52 反応式の簡略スキーム [13] を用いた. 図 13 に均一混合気で RCM を用い, 実験から得られた着火遅延時間と簡略スキーム, 詳細反応スキーム [12] を用いる計算結果を示す. この図から, 簡略スキームと実験結果はよく合うことがわかった. 詳細反応スキームは実験結果と傾向的に一致しているが, 絶対値がずれている. それは詳細反応スキームの適用圧力と温度が, RCM の圧縮初期段階と燃焼の後期とも適用外のためであろう. 本研究で用いている簡略スキームは,RCM に適用するために Reitz らが修正したものである. 4.2. 計算条件と結果初期温度 290 K, 圧力は 0.1 MPa, 圧縮比は 10.5,f = 1.0 とした.Df < 1.4 の範囲で着火遅延時間, 最大到達圧力と平均圧力上昇率を調べる際, セル分割数が 40 を超えるとこれらの値はほとんど違いがないため, 不均一の場合のセ ル数は 50 とした. また, 均一の場合は 1 セルとして計算する. 図 14(a) に均一混合気の当量比を 0.3,0.5,0.6,0.8, 1.0 と変化させた時の圧力履歴を示す. 各当量比の着火遅延時間を図 5(a) に線で示す.f を大きくすると,t1 は長く, t2' は短くなる. また t は 0.4 の近傍に最小値があり, 実験とよく合っている. 図 6(a) に DP/Dt の f への依存性を線で示す. 当量比が 0.4 より低い場合の平均圧力上昇率は非常に小さいが,0.4 ~ 0.8 の間では f が大きくなるほど DP/Dt も大きくなり,0.8 以上ではほぼ一定という実験 ( 図 6(a) の〇 ) と同様の傾向を示した. この結果から, 本計算モデルで着火遅延時間, 平均圧力上昇率についてほぼ定性的に予測ができることが示されたので, 濃度勾配のある場合にも適用する. 図 14(b) に f = 1.0,Df = 0.2,0.4,0.6,0.8,1.2 の成層濃度場について圧力履歴を示す. 圧力の立ち上がり時に着目すると, 実験と同様一様混合気で見られた二段階着火の様子は見られず, ゆっくりと上昇している様子が再現されている. 濃度勾配と着火遅延時間の関係を図 5(b) に線で示す.Df が大きいと,t1 は短く t2' は長く,t は短くなっており, やはり実験と同じ傾向を再現している. つぎに図 6(b) に濃度勾配と平均圧力上昇率の関係を線で示す. 濃度勾配を大きくすると平均圧力上昇率は小さくなり, 実験 ( 図 6(b) の〇 ) の絶対値もよく再現していると言え, 濃度勾配中の自着火現象についても定性的に実験と良く合うこ (48)

秦小健ほか, 成層燃焼におけるノッキング現象に関する研究 371 Fig.15. Temperature distribution とがわかる. 図 15 に f = 1.0, 濃度勾配が 0.9 の成層濃度場について, 各圧力上昇量に達する時刻の半径方向温度分布を示す. この図から DP/DPmax = 5% では Y = 1.85 cm 付近に温度上昇のピーク値があり, 着火は f = 0.62 のこの付近から始まることがわかる. そこを中心として Y = 1.45 ~ 2.2 cm (f = 0.66 ~ 0.61) 付近では熱炎を迎え温度が上昇しており, その両側 Y = 0.96 ~ 1.45 cm (f = 0.715 ~ 0.66) 及び Y = 2.2 ~ 3.25 cm (f = 0.60 ~ 0.55) 付近では冷炎を発生した状態にある. DP/DPmax = 10% では Y = 1.6 ~ 2.6 cm (f = 0.625 ~ 0.57) 付近が熱炎に達し温度上昇しているが,Y = 0.7 ~ 1.6 cm (f = 0.734 ~ 0.625) 付近は冷炎を発生した状態であることがわかる. 一方,Y = 2.6 ~ 3.25 cm (f = 0.57 ~ 0.55) 付近は非常に希薄なため自着火が上述範囲より遅れ, 順に熱炎を迎えつつある状態にある. これは図 9(d) では b 付近の現象に対応する. それから 0.31 ms 後の DP/DPmax = 20% では熱炎位置は Y = 0.65 cm (f = 0.71) まで進んでおり, 上方で自着火の遅れていた部分も燃焼を完了している. こうして次々と自着火が下方へ進み圧力上昇する. この平均火炎移動速度を求めると 48.4 m/s となり, 層流火炎速度から推定される値を大きく上回っている. また, これは実験 ( 図 9(d)) から得られた平均火炎移動速度 ( 約 38 m/s) に近い値である. このように, 写真では火炎伝ぱに見える火炎の進行が自着火のみを考慮したモデルで説明でき, 成層濃度場では濃度勾配に沿って自着火が速い速度で連続的に起こると言える. 5. 結論本研究では RCM を用いて,n-heptane 燃料の濃度勾配の大きさとノッキング強さの関係を実験と簡略反応スキームによる数値計算から調べた. その結果以下のことを明らかにした. 1) 濃度勾配のある混合気では, 当量比が低い領域で最初に自着火が起こり, その後高当量比の領域へと燃焼が推移していく. 2) 均一濃度場での自着火遅延時間について調べると, 本 研究においては当量比 0.4 付近に極小値が現われた. 3) 濃度勾配のある場合の自着火開始には希薄で比熱比が大きく断熱圧縮温度が高い領域が存在することが大きな要因となっている. 4) その場合の指圧線図には明確な二段階着火的な傾向は見られなくなる. 5) 最大圧力振幅, ノッキング強度因子, 平均圧力上昇率の間には相関係数 0.7 程度の依存性が見られる. 平均圧力上昇率からおおまかなノッキング強さを推測することが可能である. 6) 成層濃度場では場所により燃焼温度 比熱比が異なるため, ノッキングの音響振動モードは不均一性の程度で異なる. 7) 本計算モデルによる着火過程におけるシリンダ断面内濃度分布方向の温度上昇傾向は, 直接撮影でとられた火炎の動きと定性的によく合う. 8) 実験と数値計算の火炎移動速度から, 本研究の様な濃度勾配がある場合の着火過程は着火点から始め, 上下方向への連続的な自着火により起こると考えられる. References 1. Iriya, Y., Noda, T., Iiyama, A., and Fujii, K., JSAE Trans. (in Japanese), 29: 29-34, No.1, 9830514 (1998). 2. Philipp, H., Hirsch, A., Baumgartner, M., Feinitz, G., Beidl, C., Piock, W., and Ernst, W., SAE Trans, 1253-1259, 2001-01-1199 (2001). 3. Noda, T., Kubo, M., Kimura, S., and Itoh, T., Proc. 17 th Internal Combustion Engine Symposium, Japan, 95-100 (2002). 4. Chien, X.J., Wakai, K., Takahashi, S., Ihara, T., and Shibata, K., Measurement Science and Technology, 16: 707-715 (2005). 5. Tanaka, S., Ayala, F., Keck, J.C., and Heywood, J.B., Combust Flame, 132: 219-239 (2003). 6. Konig, G. and Sheppard, C.G.W., SAE Trans., 902135: 820-839 (1990). 7. J.A. Eng, SAE Trans., (SP-1718) 2002-01-2859 (2002). 8. Takahashi, H., Amaki, I., Wakai, K., Ohta, Y., Shibata, K., and Kato, T., JSME Trans, 43-365, 293-301 (1977). 9. Takahashi, H. and Ohta, Y., Nainenkikan (in Japanese) 22: 41-46 (1983). 10. Eckert, P., Kong, S.C., and Reitz, R.D., SAE Trans., 141-152, 2003-01-0011 (2003). 11. Kee, R.J., Rupley, F.M., and Miller, J.A., Sandia National Laboratories Report, SAND89-8009B (1989). 12. Curran, H.J., Gaffuri, P., Pitz, W.J., and Westbrook, C.K., Combust Flame 114: 149-177 (1998). 13. Patel, A., Kong, S.C., and Reitz, R.D., SAE Trans. 63-76, 2004-01-0558 (2004). (49)