Microsoft Word - 日本語要約_4000字_.docx

Similar documents
心房細動1章[ ].indd


大学教職員の心臓検診の現状 * 和井内由充子 大学保健管理センターの主要業務のひとつに 健康診断とそれに基づく健康管理がある 突然 死にもつながる心疾患の早期発見と管理は重要 である 大学生の心疾患管理に関しては以前報 告 1-6) した 大学のもうひとつの主要構成員で ある教職員の管理の現状を今回

Title 揮発性肺がんマーカーの探索 ( Digest_ 要約 ) Author(s) 花井, 陽介 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL R

2005年 vol.17-2/1     目次・広告

循環器 Cardiology 年月日時限担当者担当科講義主題 平成 23 年 6 月 6 日 ( 月 ) 2 限目 (10:40 12:10) 平成 23 年 6 月 17 日 ( 金 ) 2 限目 (10:40 12:10) 平成 23 年 6 月 20 日 ( 月 ) 2 限目 (10:40 1

H29_第40集_大和証券_研究業績_C本文_p indd

症例報告書の記入における注意点 1 必須ではない項目 データ 斜線を引くこと 未取得 / 未測定の項目 2 血圧平均値 小数点以下は切り捨てとする 3 治験薬服薬状況 前回来院 今回来院までの服薬状況を記載する服薬無しの場合は 1 日投与量を 0 錠 とし 0 錠となった日付を特定すること < 演習

受給者番号 ( ) 患者氏名 ( ) 告示番号 72 慢性心疾患 ( ) 年度小児慢性特定疾病医療意 書 新規申請用 経過 ( 申請時 ) 直近の状況を記載 2/2 薬物療法 強心薬 :[ なし あり ] 利尿薬 :[ なし あり ] 抗不整脈薬 :[ なし あり ] 抗血小板薬 :[ なし あり

機能分類や左室駆出率, 脳性ナトリウム利尿ペプチド (Brain Natriuretic peptide, BNP) などの心不全重症度とは独立した死亡や入院の予測因子であることが多くの研究で示されているものの, このような関連が示されなかったものもある. これらは, 抑うつと心不全重症度との密接な

負荷試験 検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 検体ラベル ( 単項目オーダー時 )

平成 26 年 ₇ 月 15 日発行広島市医師会だより ( 第 579 号付録 ) 2.NT-proBNP の臨床的意義 1 心不全 ( 収縮及び拡張機能障害 ) で早期より測定値が上昇するため 疾患の診断や病状の経過観察さらには予後予測等に活用できます 2NT-proBNP の測定値は疾患の重症度

あった AUCtはで ± ng hr/ml で ± ng hr/ml であった 2. バイオアベイラビリティの比較およびの薬物動態パラメータにおける分散分析の結果を Table 4 に示した また 得られた AUCtおよび Cmaxについてとの対数値

<4D F736F F D CB48D655F94928D95445F90488E9690DB8EE68AEE8F802E646F63>

臨床研究実施計画書

Microsoft Word - cjs63B9_ docx

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml RNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60 氷 MINテイリョウ. 採取容器について 0

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

オクノベル錠 150 mg オクノベル錠 300 mg オクノベル内用懸濁液 6% 2.1 第 2 部目次 ノーベルファーマ株式会社

「手術看護を知り術前・術後の看護につなげる」

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

標準的な健診・保健指導の在り方に関する検討会

解析センターを知っていただく キャンペーン

ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

循環器HP Suppl-3

本日の内容 HbA1c 測定方法別原理と特徴 HPLC 法 免疫法 酵素法 原理差による測定値の乖離要因

<4D F736F F D204E AB38ED2976C90E096BE A8C9F8DB88A B7982D1928D88D38E968D >

臨床所見 ( 申請時 ) 直近の状況を記載症状告示番号 72 慢性心疾患 ( ) 年度小児慢性特定疾病医療意 書 継続申請用 病名 1 洞不全症候群 受給者番号受診日年月日 受付種別 継続 転出実施主体名 転入 ( ) ふりがな 氏名 (Alphabet) ( 変更があった場合 ) ふりがな以前の登

様式第1号

PowerPoint プレゼンテーション

Microsoft Word - Ⅲ-11. VE-1 修正後 3.14.doc

2009年8月17日

第2次JMARI報告書

566 大野勝寿 1) 志村等 1) 松岡直樹 1) 社会福祉法人親善福祉協会国際親善総合病院 1) LOCI 法による BNP 測定試薬の基礎的検討 ディメンション EXL 用試薬について はじめに LOCI 法 (Luminescent Oxygen Channeling Immunoassay

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

直接還流するように血行動態を修正する手術 ) を施行する ただ 順調なフォンタン循環であっても通常の慢性うっ血性心不全状態であるため いつかは破綻していくこととなる フォンタン型手術は根治的手術ではない また フォンタン型手術適応外となった群には 効果的な薬物治療はなく ACE 阻害薬 利尿薬の効果

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

50% であり (iii) 明らかな心臓弁膜症や収縮性心膜炎を認めない (ESC 2012 ガイドライン ) とする HFrEF は (i)framingham 診断基準を満たす心不全症状や検査所見があり (ii) は EF<50% とした 対象は亀田総合病院に 年までに初回発症

P001~017 1-1.indd

Amino Acid Analysys_v2.pptx

<4D F736F F D E C CD89F382EA82E982B182C682AA82A082E991BA8FBC90E690B6816A2E646F63>

課題名

25 年 ₅ 月 15 日発行広島市医師会だより ( 第 565 号付録 ) 平成25 年5 月平成 講演 2 心不全バイオマーカーの紹介津川和子 ( 広島大学病院検査部 ) ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体 N 端フラグメント (NT-proBNP) は BNP の前駆体である probnp

ロペラミド塩酸塩カプセル 1mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにロペラミド塩酸塩は 腸管に選択的に作用して 腸管蠕動運動を抑制し また腸管内の水分 電解質の分泌を抑制して吸収を促進することにより下痢症に効果を示す止瀉剤である ロペミン カプセル

報道機関各位 2017 年 9 月 26 日 東北大学大学院医学系研究科 慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対する新規治療 - バルーン肺動脈形成術は効果的で安全な治療法である - 研究のポイント 注 国の指定難病である慢性血栓塞栓性肺高血圧症 (CTEPH) 1 は 肺の動脈に血栓が生じて血管が狭くなる

研究課題名 臨床研究実施計画書 研究責任者 : 独立行政法人地域医療推進機構群馬中央病院 群馬県前橋市紅雲町 1 丁目 7 番 13 号 Tel: ( 内線 )Fax: 臨床研究期間 : 年月 ~ 年月 作成日 : 年月日 ( 第 版

14栄養・食事アセスメント(2)

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml DNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 JAK2/CALR. 外 N60 氷 採取容器について

平成10年度高額レセプト上位の概要


子宮頸部細胞診陰性症例における高度子宮頸部病変のリスクの層別化に関するHPV16/18型判定の有用性に関する研究 [全文の要約]

Microsoft PowerPoint - 薬物療法専門薬剤師制度_症例サマリー例_HP掲載用.pptx

2

シプロフロキサシン錠 100mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにシプロフロキサシン塩酸塩は グラム陽性菌 ( ブドウ球菌 レンサ球菌など ) や緑膿菌を含むグラム陰性菌 ( 大腸菌 肺炎球菌など ) に強い抗菌力を示すように広い抗菌スペクトルを

H26_大和証券_研究業績_C本文_p indd

検査項目情報 1223 一次サンプル採取マニュアル 4. 内分泌学的検査 >> 4E. 副腎髄質ホルモン >> 4E040. メタネフリン分画 メタネフリン分画 [ 随時尿 ] metanephrine fractionation 連絡先 : 3495 基本情報 4E040 メタネフリン分画分析物

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

平成14年度研究報告

ここが知りたい かかりつけ医のための心不全の診かた


糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

臨床研究の概要および研究計画

第1 総 括 的 事 項

検査項目情報 トータルHCG-β ( インタクトHCG+ フリー HCG-βサブユニット ) ( 緊急検査室 ) chorionic gonadotropin 連絡先 : 基本情報 ( 標準コード (JLAC10) ) 基本情報 ( 診療報酬 ) 標準コード (JLAC10)

認定看護師教育基準カリキュラム

スライド 1

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

<4D F736F F F696E74202D AAE90AC94C5817A835F C581698FE39E8A90E690B6816A2E >

血球数算定 ( 血算 ) NTT 東日本関東病院臨床検査部 栗原正博

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 I 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 茶色 )

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

病院だより第8号春




U50068.indd

(別紙様式1)

免疫学的検査 >> 5C. 血漿蛋白 >> 5C146. 検体採取 患者の検査前準備検体採取のタイミング記号添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料採取量測定材料ネ丸底プレイン ( 白 ) 尿 9 ml 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60

参考1中酪(H23.11)

図表 1 1,000 万円以上高額レセプト上位 100 位 ( 平成 28 年度 ) 注 : 主傷病名欄の ( ) は調剤レセプト ( 単位 : 円 ) 順位月額医療費 主傷病名 順位月額医療費 主傷病名 順位月額医療費 主傷病名 順位月額医療費 主傷病名 1 106,941,690 フォンウィルブ

PowerPoint プレゼンテーション

症例報告 脳性ナトリウム利尿ペプチドが異常高値を示した 一症例 原田あゆみ 1) 宮平 良満 1) 湯本 浩史 1) 石田 光明 1) 1) 滋賀医科大学医学部附属病院検査部 ) 滋賀医科大学医学部附属病院輸血部 要 白川 綾香 1) 九嶋 亮治 1) 山下 朋子 2) 滋賀県大

14551 フェノール ( チアゾール誘導体法 ) 測定範囲 : 0.10~2.50 mg/l C 6H 5OH 結果は mmol/l 単位でも表示できます 1. 試料の ph が ph 2~11 であるかチェックします 必要な場合 水酸化ナトリウム水溶液または硫酸を 1 滴ずつ加えて ph を調整

4氏 すずき 名鈴木理恵 り 学位の種類博士 ( 医学 ) 学位授与年月日平成 24 年 3 月 27 日学位授与の条件学位規則第 4 条第 1 項研究科専攻東北大学大学院医学系研究科 ( 博士課程 ) 医科学専攻 学位論文題目 esterase 染色および myxovirus A 免疫組織化学染色

高齢者におけるサルコペニアの実態について みやぐち医院 宮口信吾 我が国では 高齢化社会が進行し 脳血管疾患 悪性腫瘍の増加ばかりでなく 骨 筋肉を中心とした運動器疾患と加齢との関係が注目されている 要介護になる疾患の原因として 第 1 位は脳卒中 第 2 位は認知症 第 3 位が老衰 第 4 位に

ピルシカイニド塩酸塩カプセル 50mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにピルジカイニド塩酸塩水和物は Vaughan Williams らの分類のクラスⅠCに属し 心筋の Na チャンネル抑制作用により抗不整脈作用を示す また 消化管から速やかに

胸痛の鑑別診断持続時間である程度の鑑別ができる 数秒から1 分期外収縮筋 骨格系の痛み 心因性 30 分以内 狭心症食道痙攣 逆流性食道炎 30 分以上 急性心筋梗塞 解離性大動脈瘤 肺塞栓症 急性心膜炎自然気胸 胸膜炎胃 十二指腸潰瘍 胆嚢炎 胆石症帯状疱疹 急性心筋梗塞の心電図変化 R P T

ヘルメスの翼に

(6/5 19:00修正)資料3 標準的な健診・保健指導プログラム改定のポイント (2) (2)

kainoki26_A4タイプ

免疫学的検査 >> 5E. 感染症 ( 非ウイルス ) 関連検査 >> 5E301. 検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 イ ヘパリンナトリウム ( 緑 ) 血液 5 ml 全血 検体ラベル ( 単項目オー

P002~013 第1部第1章.indd

尿試験紙を用いたアルブミン・クレアチニン検査の有用性

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 5. 免疫学的検査 >> 5G. 自己免疫関連検査 >> 5G010. 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク

Microsoft Word - *Xpert Flu検討 患者用説明書 修正.docx

A6/25 アンモニウム ( インドフェノールブルー法 ) 測定範囲 : 0.20~8.00 mg/l NH 4-N 0.26~10.30 mg/l NH ~8.00 mg/l NH 3-N 0.24~9.73 mg/l NH 3 結果は mmol/l 単位でも表示できます 1. 試料の

心不全とは?(Fig.3) 心機能低下に起因する循環不全 と定義され 心臓が全身の組織における代謝の必要量に応じて 血液を十分駆出できない状態です 発症の仕方により 急性心不全 (acute heart failure:ahf) と慢性心不全 (chronic heart failure:chf)

Transcription:

心疾患に罹患したイヌおよびネコの血漿中 N 末端 prob 型ナトリウム利尿ペプチド濃度の診断的意義に関する研究 The diagnostic significance of plasma N-terminal pro-b type natriuretic peptide concentration in dogs and cats with cardiac diseases 学位論文の内容の要約 獣医生命科学研究科獣医学専攻博士課程平成 22 年入学 冨永芳昇 ( 指導教授 : 竹村直行 )

イヌおよびネコの心疾患は一般臨床現場で日常的に遭遇する疾患の一つである イヌおよびネコでは好発する心疾患が異なり イヌでは僧帽弁閉鎖不全症 (MVI) ネコでは肥大型心筋症 (HCM) が最も一般的である これらの疾患は予後が不良なうっ血性心不全 (CHF) に至る 一般に イヌおよびネコの心疾患の診断検査には 問診 身体検査 心電図検査 胸部 X 線検査および心エコー図検査が含まれる ヒトで心臓バイオマーカーとして利用されている N 末端 prob 型ナトリウム利尿ペプチド (NT-pro BNP) は イヌおよびネコでも測定可能であり 今日までにこのバイオマーカーの診断的意義に関していくつかの知見が報告がされてきた しかし これらの論文はこの診断的意義に関して相反した結果を報告している この原因として イヌおよびネコでの血漿中 NT-proBNP 濃度の変動要因が十分に検討されていないことが挙げられる そこで 本研究ではイヌおよびネコの血漿中 NT-proBNP 濃度に影響する要因を検討し イヌおよびネコで多発する心疾患での血漿中 NT-proBNP 濃度の診断的意義を明確にすることを目的とした 1. イヌおよびネコの血漿中 NT-proBNP 濃度の測定内および測定間変動の評価 ( 第 2 章 ) これらの変動の評価は 同一個体で複数回にわたって血漿中 NT-proBNP 濃度を測定し その値に変動が見られた場合に その変化が生体に由来するのか, あるいは測定に由来するのかを判断する上で重要である 加えて 血漿ペプチド濃度を測定する際のサンプル前処置として推奨されることが多いアプロチニンを添加する必要性も評価した 本検討には 本学内科学教室第二にて管理されていたイヌおよびネコそれぞれ 5 頭から採取したエチレンジアミン四酢酸 (EDTA) を添加した血漿を用いた 測定内変動の評価では 各供試動物から得られたサンプルを 10 等分し 全て同時に測定した 測定間変動の評価では 各供試動物のサンプルを 1 日以上の間隔を空けて 10 回測定した それぞれで得られた濃度の平均および標準偏差 (SD) から変動係数 (CV) を求めた 以上の操作から得られた値を EDTA およびアプロチニンを添加して同様の操作から得た値と比較した

血漿中 NT-proBNP 濃度の測定内および測定間変動の CV の中央値はイヌでは 11.4 および 19.9 % そしてネコでは 10.6 および 16.9 % だった これらはヒトでの測定内変動と比較すると高値であったが 他のイヌおよびネコで報じられている測定内変動と同等だった また イヌおよびネコの血漿にそれぞれ EDTA のみを添加した場合 そして EDTA およびアプロチニンを添加した場合で血漿中 NT-proBNP 濃度を測定したところ 両サンプル間での測定内および測定間変動に有意な影響は認められなかった EDTA のみを添加したサンプルの変動が小さい傾向があった 以上の結果に基づき イヌおよびネコの血漿中 NT-proBNP 濃度は生体内での変動の他に 約 20 % の測定変動が存在することが解った また 本研究ではイヌおよびネコの血液サンプルに EDTA のみを添加することとした 2. 臨床的に健康なイヌおよびネコの血漿中 NT-proBNP 濃度の日内および週間変動 そして食事および運動の影響の評価 ( 第 3 章 ) 日内および週間変動は本学内科学教室第二で管理されていた臨床的に健康なイヌ 7 頭およびネコ 5 頭を用い そして食事および運動の影響は日内および週間変動の評価に用いたイヌ 7 頭を用いてそれぞれ評価した 日内変動の評価では 各供試動物から 3 時間毎に 8 回採血し 各時刻の血漿中 NT-proBNP 濃度を用いて日内変動の有意性を評価した そしてこの濃度の平均 SD および CV を用いて日内変動の程度を評価した 同様の採血を 1 週間毎に 3 回実施し 週間変動の有無およびその程度を評価した 食事および運動後の変動の評価は 食事前または運動前および食事後または運動後 5 15 30 60 120 および 180 分に採血を行いその変動を評価した 運動はヒトが歩行する程度の速度で 15 分間実施した イヌおよびネコの両者で有意な日内変動は認められなかったが イヌで約 20 % そしてネコでは約 35 % もの日内または週間変動が存在した 加えて 食事および運動は血漿中 NT-proBNP 濃度に有意に影響しなかった 以上の結果に基づき イヌおよびネコで血漿中 NT-proBNP 濃度の測定を目的に採血する場合 その採血時刻 食物摂取および運動を考慮する必要がない

ということが解った また, 血漿中 NT-proBNP 濃度を解釈する際には 約 20-35% の変動を考慮する必要があることも解った 3. 血漿中 NT-proBNP 濃度に対する糸球体ろ過量 (GFR) の影響の評価 ( 第 4 章 ) 循環血液中の NT-proBNP は腎臓のみから排泄されるため この血漿濃度は GFR の影響を強く受けると考えられる しかし これまでにイヌおよびネコで GFR と血漿中 NT-proBNP 濃度の関連を評価した報告はない そこで 心疾患に罹患していないイヌおよびネコを対象とし 血漿中 NT-proBNP 濃度に対する GFR の影響を評価した 本検討には 本学付属動物医療センター腎臓科および一般開業動物病院 1 施設にて GFR を測定したイヌ 73 頭およびネコ 34 頭を用いた イヌでは血漿中 NT-proBNP 濃度と GFR は有意な負の相関関係にあることが確認できた それに対してネコでは 血漿中 NT-proBNP 濃度は GFR と有意に相関しなかったが 中程度から重度に GFR が低下した個体では有意に上昇することが解った 一部の動物では GFR の低下に関連して心疾患の有無を鑑別するカットオフ値を上回っていた 以上の結果に基づき 血漿中 NT-proBNP 濃度を心臓バイオマーカーとして利用する場合には GFR を考慮する必要があると考えられた 全ての症例で GFR を測定することは非現実的であるため GFR のマーカーとして一般的に用いられている血漿クレアチニン濃度を併せて測定し 血漿中 NT-proBNP 濃度を解釈するべきだと考えられた 4. MVI に罹患したイヌにおける血漿中 NT-proBNP 濃度の診断的意義の検討 ( 第 5 章 ) MVI のイヌ MVI に三尖弁閉鎖不全症 (TVI) を併発したイヌ そして MVI および TVI に肺高血圧 (PH) を併発したイヌでの血漿中 NT-proBNP 濃度の臨床的意義を検討した 本検討は 本学付属動物医療センター循環器科を受診したイヌ 270 頭を対象に実施した

MVI のイヌでは 血漿中 NT-proBNP 濃度は MVI に伴う心拡大に関連して上昇した しかし 心拡大の認められない MVI のイヌに対するスクリーニング検査としての有用性は低かった 血漿中 NT-proBNP 濃度は左房および左室への容量負荷と関連して増加したため 同一症例の左心系の容量負荷を経時的に追跡評価する場合に有用な可能性があると思われた また 血漿中 NT-proBNP 濃度は MVI のみに罹患したイヌと比較すると TVI または PH の合併により有意に上昇した そして International Small Animal Cardiac Health Council の心不全分類のステージ IIIa のイヌでは TVI および PH の合併を検出するための血漿中 NT-proBNP 濃度の感度 (90.9 および 92.9 %) は良好だったが 特異度 (62.5 および 40.0 %) は十分でなかった そのため TVI および PH の診断には心エコー図検査が必要であると考えられた 5. HCM に罹患したネコにおける血漿中 NT-proBNP 濃度の診断的意義の検討 ( 第 6 章 ) HCM に罹患したネコでの血漿中 NT-proBNP 濃度の臨床的意義を検討した 本検討には 本学付属動物医療センター循環器科に来院したネコ 95 頭を用いた HCM のネコでは 血漿中 NT-proBNP 濃度はその心不全徴候の有無と関連して増加すること 左室肥大および左房拡張の程度と関連して増加すること そして無徴候の HCM であっても十分な信頼性 ( 感度 : 83.9 特異度: 93.9 %) をもって検出可能であることが解った これまで心エコー図検査を用いずに無徴候の HCM を検出することは不可能であったので 血漿中 NT-proBNP 濃度の測定によりこのような症例を高い確率で疑診できることは特筆すべきである また 血漿中 NT-proBNP 濃度は 同一症例の左室肥大および左房拡張の程度を経時的に追跡評価する場合に有用な可能性があると思われた 結論として 血漿中 NT-proBNP 濃度の診断的意義はイヌよりもネコで高いと考えられた MVI のイヌでは 血漿中 NT-proBNP 濃度は心拡大していない早期の心疾患 そして TVI および PH の合併を信頼性をもって検出できなかった これに対して HCM のネコでは血漿中 NT-proBNP 濃度の診断的意義は

高く 特に無徴候の HCM を信頼性をもって検出できることは本研究の重要な所見である HCM は突然 CHF または動脈血栓塞栓症を示すことが多く 一部の猫種では HCM は遺伝病であることが発見されている 今後 ネコの健康診断に血漿中 NT-proBNP 濃度を組み込むことで HCM の早期発見および予防に役立つ可能性があると考えられた