季節による太陽の日周運動の変化の認識に関する研究 Questionnaire about student s recognition of solar diurnal motion changings by the seasons. 金井司 *, 久保田善彦 * KANAI,Tsukasa*,KUBOTA,Yoshihiko* 宇都宮大学 * Utsunomiya University* [ 要約 ] 中学校の天文学習のうち, 季節による太陽の日周運動の変化について, 該当する単元の授業を終えたばかりの生徒に, 季節による太陽の動きの変化を天球モデル上に描画させたところ正答率は 3 割に満たなかった 解答を 南中の位置 と 日の出, 日の入りの方位 の 2 つの要素について分析したところ 南中位置 に比べて 日の出, 日の入りの方位 の理解が有意に低いことがわかった さらに, 誤答を分析すると 南中の位置 については, 南中が天頂にまで達してしまう誤答が多く, 日の出, 日の入りの方位 では, 季節が変化しても日の出, 日の入りが常に真東から真西であるという誤答が多いことがわかった また, 天球モデル上に正しく太陽の動きの変化を表すためには, 宇宙視点から見た地球と太陽の位置関係を理解することも重要であるという知見を得た [ キーワード ] 中学校理科, 天文学習, 太陽の年周運動, 生徒の認識 1. はじめに中学校の天文学習は難しく生徒は学びづらさを感じている ( 懸 2004) 特に, 太陽や星座の日周運動や年周運動, 月や金星の満ち欠けは, 複数の視点から観察される現象を統合して理解する必要があるため, その困難性が指摘されている ( たとえば松森 1983, 土田 1986, 間處 林 2013, 荒井 2000) 本論では, 天文学習の困難の解決にせまるために, 季節による太陽の日周運動の変化 についての生徒の認識に着目する 山崎ら (2001) の調査結果によると, 太陽の軌道の図を何種類か示して, その中から夏至の太陽の日周運動の軌道を選択する問題の正答率は約 6 割となっている 一方, 柳本 (2015) は, 季節による太陽高度の変化に比べて, 日の出, 日の入りの位置が変化する認識が非常に低いといわれてきたとしている 現在の学校教育の一般的な学習によって, 南中 高度の変化と日の出, 日の入りの方位の変化の生徒の認識について調査している先行研究は見当たらない そこで, 本研究では生徒の該当単元学習後の, 季節による太陽の日周運動の変化について, 南中高度と日の出, 日の入りの方位の変化のそれぞれの認識について調べることにした 2. 研究の方法 (1) 対象栃木県公立 M 中学校 3 学年生徒 70 名, 栃木県公立 N 中学校 3 学年生徒 228 名, 計 298 名を対象とした なお, 指導に関わった教員は両校合わせて 3 名である (2) 時期 2016 年 12 月, 天文学習での季節による太陽の動きの変化に該当する単元終了直後に質問紙調査を実施した 35
(3) 授業の展開両校ともに A 社の教科書に準じて, 該当単元の授業を行った 季節による太陽の動きの変化を理解するためには, 南中高度の変化, 南中高度と地軸の傾き, 日の出, 日の入りの方位 の 3 点の理解が重要である そこで,A 社および他社の教科書 (A~E 社とする ) を 3 点から整理する 南中高度の変化 及び, 南中高度と地軸の傾き は, 調査した教科書会社のすべてが, 教科書内に解説をしている 日の出, 日の入りの方位 は,A 社は季節による太陽の動きの変化を示した図の注釈に解説が書かれているのみである 日の出, 日の入りの方位 には各社で差が見られる ( 表 1) 表 2 該当単元の授業展開時学習活動 1 天体の位置と天球について理解する 2 太陽の 1 日の動きを透明半球に記録して調べる 3 星の 1 日の動きについて理解する 4 観測地による太陽や星の動きの違いについて理解する 5 太陽や星座の季節による移り変わりについて理解する 6 季節による太陽の高度変化と昼夜の長さの変化を知る 7 季節による気温の変化について理解する (4) 質問紙調査の内容設問 1では, 天球に見立てた透明半球 ( 天球モデル ) 上に, 冬至 春分 夏至の太陽の軌道をそれぞれ書き込ませた 設問 2では, 宇宙視点から見た冬至と夏至のときの太陽に対する地軸の傾きや天体の位置関係の様子について, 図の中から正しいものを選択させた ( 資料 1) 表 1 教科書での解説項目 教科書での解説項目 A B C D E 南中高度の変化 南中高度と地軸の傾き 日の出, 日の入りの方位の変化 : 教科書本文中に解説あり, : 図の注釈で解説あり, : 解説なし A 社の教科書を利用した授業展開は, 以下の通りである はじめに, 天体は天球上に表すことを天球モデルである透明半球に太陽の日周運動を記録することを通して理解させる このとき, 南中や南中高度についても理解させる 次に, 星の 1 日の動きを, 天球モデルを使って表して, 天体は天球上を 1 日に 1 周する ( 日周運動 ) ことを理解させる また, 地球上の観測地の緯度によって同じ天体でも高度が変化することについても学習させる そして, 季節によって観察できる天体が変化することから, 天体は日周運動だけでなく地球の公転によって年周運動をしていることも理解させる 最後に, 季節による太陽の南中高度の変化と気温の変化について理解させる ( 表 2) (5) 分析の方法 1 対象校の比較各校の設問ごとの正解者数と不正解者数を χ 2 検定したところ, 設問 1(χ 2 (1)=0.017), 設問 2 (χ 2 (1)=0.034) ともに人数の偏りに差が見られなかったため, 両校の正答者数を合計して分析することとした ( 表 3) 設問 1 設問 2 表 3 調査実施校の正解者数, 不正解者数の比較 正解 不正解 M 中 19 51 N 中 58 170 M 中 44 26 N 中 154 74 2 設問 1 と設問 2 の正解者数の比較設問 1( 天球モデルへの書き込み ) では, 南中の位置が正しく, さらに日の出, 日の入りの方位も正しい解答を 完全正答 とし, その割合を調べる また, 設問 1 と設問 2( 太陽に対する地軸の傾き ) の正答数をクロス集計し,χ 2 検定を使ってこれらの理解の関連を調べる 3 南中の位置の認識設問 1 については, 生徒の解答を, 南中の位置 と 日の出, 日の入りの方位 の 2 つの要素について以下の通り正答率を調べ, 誤答を含めて解答の特徴を分析する 36
南中の位置については, 南中高度が, 冬至 春分 夏至となるに連れて高くなっていき, 最も高い南中の位置が天頂に達しないものを正答とする 誤答については, 特徴によって分類し, それぞれの誤答がどの程度の割合で出現しているかを調べる の方位について正答した生徒は 298 名中 97 名で正答率は 32.6% である ( 表 5) 直接確率計算の結果, 南中の位置 と 日の出, 日の入りの方位 の正解者数の人数を比べると有意に 南中の位置 の正解者が多いという差がみられた ( 両側検定 :p=0.003,p<.01) 4 日の出, 日の入りの方位の認識日の出, 日の入りの方位については, 季節により, 日の出, 日の入りの方位が 北東 ~ 北西, 東 ~ 西, 南東 ~ 南西 と 3 つに変化し, 別れているものを正答とする 南中のときと同じように, 日の出, 日の入りの変化についても誤答を分類し, 検討する 南中の位置 の正解者数と 日の出, 日の入りの方位 の正解者数を直接確率計算によって比較し, 理解の差についても調べる 3. 結果 (1) 設問 1 と設問 2 の正解者数の比較設問 1 の正解者数は 298 名中 77 名で, 正答率は 25.8% であった 設問 2 の正答者数は 298 名中 198 名で, 正答率は 66.4% であった χ 2 検定の結果, 人数の偏りが有意であった (χ 2 (1)=18.480,p<.01) 残差分析の結果, 設問 2 に正解した群では設問 1 に正解する人数が多くなり, 設問 2 に不正解だった群では設問 1 に正解する人数が少なくなる ( 表 4) 表 4 設問 1 と設問 2 の正解者数, 不正解者数設問 1 計 67 (22.5) 131 (44.0) 198 (66.4) 4.439-4.439 設問 2 10 (3.4) 90 (30.2) 100 (33.6) -4.439 4.439 計 77 (25.8) 221 (74.2) 298 (100.0) ( ) 内は全解答中の割合 (%) 下段は調整された残差 (2) 南中の位置の認識南中の位置について正答した生徒は 298 名中 141 名で正答率は 47.3% である 日の出, 日の入り 表 5 南中の位置と日の出, 日の入りの方位の正解者数 正解 不正解 計 南中の位置 141 (47.3) 157 (52.7) 298 (100.0) 日の出, 日の入りの方位 97 (32.6) 201 (67.4) 298 (100.0) ( ) 内は全解答者中の割合 (%) 南中の位置について, 最も多い誤答は, 南中の位置が天頂に達する 天頂通過型 で, 全解答のうち 15.1% である 次に多い誤答は, 正答と位置は同じだが, 季節の指定が間違っていたり, 指定が抜けていたりするなど, 季節を間違えているもので,14.4% である また, 南中の位置が一つでも天頂を越えて, 北側半球に達している 北中型 などの誤答もみられた 天球モデルを三次元にとらえられていないなど, そもそも天球モデルの意味を理解できていない様子が見られる解答や, 問題文の意味が理解できていないと思われる誤答は その他 とした 無解答のものは 無解答 として分類した ( 図 2 および表 6 参照 ) (3) 日の出, 日の入りの方位の認識日の出, 日の入りの方位において最も多かった誤答は, 季節が変化しても日の出, 日の入りが常に真東から真西になる 真東 真西型 で全解答中 26.5% である 次に多いのは, 日の出, 日の入りの方位が季節によって変化しているが, 本来の方位と明らかに異なっている解答 ( 春分のときの日の出の方位が南東など ) である これを 方位ズレ型 とした この解答は 17.4% である また, 南中同様に その他 と 無解答 を分類した ( 図 2 および表 7 参照 ) 37
表 6 南中の位置についての解答パターン南中位置正解天頂通過型北中型その他無解答季節正解 141 (47.3) 30 (10.1) 6 (2.0) 26 (8.7) 21 (7.0) 季節不正解 43 (14.4) 15 (5.0) 16 (5.4) 計 184 (61.7) 45 (15.1) 22 (7.4) 26 (8.7) 21 (7.0) 表 7 日の出, 日の入りの方位についての解答パターン方位正解真東 真西型方位ズレ型その他無解答季節正解 97 (32.6) 48 (16.1) 32 (10.7) 26 (8.7) 21 (7.0) 季節不正解 23 (7.7) 31 (10.4) 20 (6.7) 計 120 (40.3) 79 (26.5) 52 (17.4) 26 (8.7) 21 (7.0) 表 5 6 ともに ( ) 内は全解答中の割合 (%) 完全正答 の例 天頂通過型 の誤答例 北中型 の誤答例 その他 の誤答例 真東 真西型 の誤答例 方位ズレ型 の誤答例 図 2 設問 1 天球モデルへの書き込み 解答例 4. 考察 (1) 設問 1 と設問 2 での正解者数の比較設問 1 の正答率は,25.8% と該当単元の学習直後の結果としては低い 太陽の軌道を選択肢から選択した山崎らの調査結果の正答率の半分以下となり, 理解が不十分であることがわかる 設問 2 を正しく認識しているほど, 設問 1 の正答数が多くなる このことから, 季節による太陽の動きの変化を正しく理解し表現するためには, 宇宙視点から地球と太陽の位置関係を捉えることも必要だといえる (2) 南中の位置の認識太陽の 南中の位置 の認識と 日の出, 日の入りの方位 の認識では, 日の出, 日の入りの方 位 の認識が有意に低い 南中は生活時間帯に観察ができるため, 生活経験として季節によって南中高度が変化することを経験している 一方で, 日の出, 日の入りを見ることなどの生活経験は南中の位置を体感することに比べて少ない このことが関係していると考えられる また, 教科書の記載は, 南中は地上視点と宇宙視点から丁寧に解説されているが, 日の出, 日の入りの方位の変化の解説は十分でないことも要因と考えられる 南中の位置における誤答については, 南中が天頂を通過してしまう誤答が多い 夏至の南中高度は約 78.4 に達する 約 78.4 を見上げた観察は, 実際よりも真上に近いと感じる そのような生活経験から, 夏には天頂に達していると感じて 38
いる生徒がいると推測する また, 季節の選択が間違っている生徒は, 太陽の軌道の図が季節と対応していない 教科書の図を単純に図形として暗記している可能性がある (3) 日の出, 日の入りの方位の認識季節に関わらず日の出, 日の入りが真東から真西になる生徒は, 太陽は東から昇り, 西に沈む という小学校の学習の, 東と西 を 真西と真東 と捉えている可能性が高い 教科書での日の出, 日の入りの方位の扱いは, 南中の位置 と比較して限定的であることも原因だと考える 5. おわりに季節による太陽の動きの変化についての生徒の認識は低い 季節による太陽の動きの変化の正しい理解のためには, 生徒の生活時間帯にない日の出から南中, 日の出までを定期的に, かつ定点から観察する必要がある そのためには, 学校教育での時間的, 空間的な制限を越えた活動が求められる さらに, 宇宙からの視点と, 地上からの視点 ( 天球モデル ) を統合して考えるような, 視点移動を伴った思考も求められる このような条件を解決する教材, 教具の工夫が求められる また, 天球モデルを三次元に捉えられていなかったり, 意味を理解できていなかったりする生徒も全体の 8.7% いる この質問紙では理解を測定することは難しい生徒である 新たな調査方法の開発と共に, これらの生徒がワークシート上の天球モデルをどのように認識しているのかを調査する必要がある 引用 参考文献懸秀彦 : 理科崩壊 小学校における天文教育の現状と課題, 天文月報,12 月号,pp.726-736,2004 荒井豊 : 理科における視点移動能力の習得に関する一考察 地球の自転 の指導において, 理科教育学研究,41(1),pp.25-35, 2000 有馬朗人ほか 62 名 : 新版理科の世界 3, 大日本図書,pp.197-254,2016 細矢治夫, 養老孟司, 丸山茂徳ほか 27 名 : 自然の探究中学校理科 3, 教育出版, pp.154-205,2016 間處耕吉, 林武広 : 視点移動能力の習得を重視し た金星の見え方の新指導, 地学教育,66(2), pp.31-41,2013 松森靖夫 : 児童生徒の空間認識に関する考察 (Ⅲ) 視点移動の類型化について, 日本理科教育学会研究紀要,24(2),pp.27-34,1983 岡村定矩, 藤島昭ほか 49 名 : 新編新しい科学 3, 東京書籍,pp.178-229,2016 霜田光一, 森本信也ほか 29 名 : 中学校科学 3, 学校図書,pp.181-238,2015 土田理, 小林学 : 児童 生徒の天文分野における視点移動能力の発達過程と関係する基礎的研究, 地学教育,39(5),pp.167-176,1986 塚田捷, 大矢禎一, 江口太郎, 鈴木盛久ほか 58 名 : 未来へひろがるサイエンス3, 啓林館, pp.34-80,2016 柳本高秀 : 天文分野における日周運動と年周運動に関する一考察, 北海道立教育研究所附属理科教育センター研究紀要 (27),pp.50-53,2015 山崎良雄, 高橋典嗣, 宮脇陽 : 中学校理科における天文分野に関する基礎研究 (III : 自然科学編 ), 千葉大学教育学部研究紀要. III, 自然科学編 49, pp.43-57,2001 付記本研究は,JSPS 科研費 26282030,26590228 の助成を受けたものである 39
資料 1 季節による太陽の動き 質問紙 40