虎ノ門医学セミナー

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白血病治療の最前線

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はじめに 日本で最初の造血幹細胞移植が行われたのは 1974 年ですが 199 年代に入ってから劇的にその件数が増え 近年では年間 5, 件を超える造血幹細胞移植が実施されるようになりました この治療法は 今日では 主に血液のがんである白血病やリンパ腫 あるいは再生不良性貧血などの根治療法としての役

報道発表資料 2007 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 ヒト白血病の再発は ゆっくり分裂する白血病幹細胞が原因 - 抗がん剤に抵抗性を示す白血病の新しい治療戦略にむけた第一歩 - ポイント 患者の急性骨髄性白血病を再現する 白血病ヒト化マウス を開発 白血病幹細胞の抗がん剤抵抗性が

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10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

実践!輸血ポケットマニュアル

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査を実施し 必要に応じ適切な措置を講ずること (2) 本品の警告 効能 効果 性能 用法 用量及び使用方法は以下のとお りであるので 特段の留意をお願いすること なお その他の使用上の注意については 添付文書を参照されたいこと 警告 1 本品投与後に重篤な有害事象の発現が認められていること 及び本品

白血病(2)急性白血病

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白血病治療の最前線


094 小細胞肺がんとはどのような肺がんですか んの 1 つです 小細胞肺がんは, 肺がんの約 15% を占めていて, 肺がんの組 織型のなかでは 3 番目に多いものです たばことの関係が強いが 小細胞肺がんは, ほかの組織型と比べて進行が速く転移しやすいため, 手術 可能な時期に発見されることは少

外来在宅化学療法の実際

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 中谷夏織 論文審査担当者 主査神奈木真理副査鍔田武志 東田修二 論文題目 Cord blood transplantation is associated with rapid B-cell neogenesis compared with BM transpl

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小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

無顆粒球症

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免疫リンパ球療法とは はじめに あなたは免疫細胞 ( 以下免疫と言います ) の役割を知っていますか 免疫という言葉はよく耳にしますね では 身体で免疫は何をしているのでしょう? 免疫の大きな役割は 外から身体に侵入してくる病原菌や異物からあなたの身体を守る ことです あなたの身体には自分を守る 病

がん登録実務について

10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32


白血病治療の最前線

5. 乳がん 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専門 乳房切除 乳房温存 乳房再建 冷凍凝固摘出術 1 乳腺 内分泌外科 ( 外科 ) 形成外科 2 2 あり あり なし あり なし なし あり なし なし あり なし なし 6. 脳腫瘍 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専

診療科 血液内科 ( 専門医取得コース ) 到達目標 血液悪性腫瘍 出血性疾患 凝固異常症の診断から治療管理を含めた血液疾患一般臨床を豊富に経験し 血液専門医取得を目指す 研修日数 週 4 日 6 ヶ月 ~12 ヶ月 期間定員対象評価実技診療知識 1 年若干名専門医取得前の医師業務内容やサマリの確認

小児の血液がんについて(2)

( 図 1 アンケート用紙を送付しなかった理由 (n=248)) その他 4 % 住所又は両親の名前不明 1 7 % 他科にてフォロー中 3 % 音信あり 1 6% 他院にてフォロー中 28 % 3. 方法まず患者の保護者に対して郵送によるアンケート形式で病院より今後コンタクトをとることについての可

平成 22 年度厚生労働省科学研究費補助金第 3 次対がん総合戦略研究事業 成人 T 細胞白血病のがん幹細胞の同定とそれを標的とした革新的予防 診断 治療法の確立 研究班研究代表者 : 渡邉俊樹 ( 東京大学 ) 研究分担者 : 中内啓光 ( 東京大学 ) 濱口功 ( 国立感染症研究所 ) 長谷川秀

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

配偶子凍結終了時 妊孕能温存施設より直接 妊孕能温存支援施設 ( がん治療施設 ) へ連絡がん治療担当医の先生へ妊孕能温存施設より妊孕能温存治療の終了報告 治療内容をご連絡します 次回がん治療の為の患者受診日が未定の場合は受診日を御指示下さい 原疾患治療期間中 妊孕能温存施設より患者の方々へ連絡 定

妊よう性とは 妊よう性とは 妊娠する力 のことを意味します がん治療の影響によって妊よう性が失われたり 低下することがあります 妊よう性を残す方法として 生殖補助医療を用いた妊よう性温存方法があります 目次 はじめにがん治療と妊よう性温存治療抗がん剤治療に伴う卵巣機能低下について妊娠の可能性を残す方

臨床研究の概要および研究計画

Q. 造血幹細胞移植とは? 通常の治療では根治や長期生存が期待できない造血器悪性腫瘍や 再生不良性貧血の患者に対して 大量化学療法や全身放射線照射などの移植前処置を行った後 骨髄機能を回復させるために多能性造血幹細胞を移植すること


造血器悪性腫瘍 はじめに 造血器悪性腫瘍とは 血液 骨髄 リンパ節が侵されるがんの総称で 白血病 リンパ腫 骨髄腫などがあります これらの臓器は血流やリンパ流によって密に連絡しており この流れを介して早期から全身に広がる傾向があります この点は胃がんや肺がんが末期に転移をおこすのと対照的で 悲観する

日本内科学会雑誌第96巻第4号

7. 脊髄腫瘍 : 専門とするがん : グループ指定により対応しているがん : 診療を実施していないがん 別紙 に入力したが反映されています 治療の実施 ( : 実施可 / : 実施不可 ) / 昨年の ( / ) 集学的治療 標準的治療の提供体制 : : グループ指定により対応 ( 地域がん診療病

2017/8/26( 土 東京大学医科学研究所 MPN-JAPAN インタビュアー :MPN-JAPAN 代表瀧香織 専門家の先生 : 東京大学医科学研究所 ALA 先端医療学社会連携研究部門谷憲三朗先生 MPN(PV ET PMF) の遺伝子治療の開発の現状と今後の展望について 1 ALA

平成 30 年 2 月 5 日 若年性骨髄単球性白血病の新たな発症メカニズムとその治療法を発見! 今後の新規治療法開発への期待 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 門松健治 ) 小児科学の高橋義行 ( たかはしよしゆき ) 教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 村上典寛 ( むらかみ

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2011 年 11 月 2 日放送 NHCAP の概念 長崎大学病院院長 河野茂 はじめに NHCAP という言葉を 初めて聴いたかたもいらっしゃると思いますが これは Nursing and HealthCare Associated Pneumonia の略で 日本語では 医療 介護関連肺炎 と

H26大腸がん

骨髄異形成症候群に対する 同種造血幹細胞移植の現状と課題

はじめに 近年 がんに対する治療の進歩によって 多くの患者さんが がん を克服することができるようになっています しかし がん治療の内容によっては 造精機能 ( 精子をつくる機能のことです ) が低下し 妊娠しにくくなったり 妊娠できなくなることがあります また 手術の内容によっては術後に性交障害を

体外受精についての同意書 ( 保管用 ) 卵管性 男性 免疫性 原因不明不妊のため 体外受精を施行します 体外受精の具体的な治療法については マニュアルをご参照ください 当施設での体外受精の妊娠率については別刷りの表をご参照ください 1) 現時点では体外受精により出生した児とそれ以外の児との先天異常

1 8 ぜ 表2 入院時検査成績 2 諺齢 APTT ALP 1471U I Fib 274 LDH 2971U 1 AT3 FDP alb 4 2 BUN 16 Cr K4 O Cl g dl O DLST 許 皇磯 二 図1 入院時胸骨骨髄像 低形成で 異常細胞は認め

学会名 : 日本免疫不全症研究会 アンケート 1 1. アンケート 2 に回答する疾患名 (1) X 連鎖無 γ グロブリン血症 (2) 慢性肉芽腫症 2. 移行期医療に取り組むしくみあり :1 年に1 回の幹事会で 毎年 discussion している また 地区ごとの地方会で 内科の先生方にいか

葉酸とビタミンQ&A_201607改訂_ indd

白血病

1)表紙14年v0

参考 9 大量出血や急速出血に対する対処 2) 投与方法 (1) 使用血液 3) 使用上の注意 (1) 溶血の防止 参考 9 大量出血や急速出血に対する対処 参考 11 慢性貧血患者における代償反応 2) 投与方法 (1) 使用血液 3) 使用上の注意 (1) 溶血の防止 赤血球液 RBC 赤血球液

「             」  説明および同意書

1. はじめに ステージティーエスワンこの文書は Stage Ⅲ 治癒切除胃癌症例における TS-1 術後補助化学療法の予後 予測因子および副作用発現の危険因子についての探索的研究 (JACCRO GC-07AR) という臨床研究について説明したものです この文書と私の説明のな かで わかりにくいと

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 の相対生存率は 1998 年以降やや向上した 日本で

1. はじめに近畿ブロック ( 福井県 滋賀県 京都府 奈良県 和歌山県 ) で指定を受けた小児がん拠点病院 ( 以下 拠点病院 ) は 京都府立医科大学附属病院 京都大学医学部附属病院 立こども病院 大阪市立総合医療センター 立母子保健総合医療センターの 5 施設 ( 順不同 ) であり 全国 7

(事務連絡)公知申請に係る前倒し保険適用通知

リンパ球は 体内に侵入してきた異物を除去する (= 免疫 ) 役割を担う細胞です リンパ球は 骨の中にある 骨髄 という組織でつくられます 骨髄中には すべての血液細胞の基になる 造血幹細胞 があります 造血幹細胞から分化 成熟したリンパ球は免疫力を獲得し からだを異物から守ります 骨髄 リンパ球の

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再発小児 B 前駆細胞性急性リンパ性白血病におけるキメラ遺伝子の探索 ( この研究は 小児白血病リンパ腫研究グループ (JPLSG)ALL-B12 治療研究の付随研究として行われます ) 研究機関名及び研究責任者氏名 この研究が行われる研究機関と研究責任者は次に示す通りです 研究代表者眞田昌国立病院

ポイント 急性リンパ性白血病の免疫療法が更に進展! -CAR-T 細胞療法の安全性評価のための新システム開発と名大発の CAR-T 細胞療法の安全性評価 - 〇 CAR-T 細胞の安全性を評価する新たな方法として これまでの方法よりも短時間で正確に解 析ができる tagmentation-assis

初版平成 23 年 3 月平成 22 年度厚生労働科学研究費補助金第 3 次対がん総合戦略研究事業 成人 T 細胞白血病のがん幹細胞の同定とそれを標的とした革新的予防 診断 治療法の確立 研究班研究代表者 : 渡邉俊樹 ( 東京大学 ) 研究分担者 : 中内啓光 ( 東京大学 ) 濱口功 ( 国立感

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白血病治療の最前線

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

Microsoft Word - 資料5 腎臓移植希望者(レシピエント)選択基準の変更について

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml RNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60 氷 MINテイリョウ. 採取容器について 0

白血病治療の最前線

発作性夜間ヘモグロビン尿症 :PNH (Paroxysmal Nocturnal Hemoglobinuria) 1. 概要 PNH は PIGA 遺伝子に後天的変異が生じた造血幹細胞がクローン性に拡大する 造血幹細胞疾患である GPI アンカー型蛋白である CD59 や DAF などの補体制御因子

骨髄線維症 1. 概要造血幹細胞の異常により骨髄に広汎に線維化をきたす疾患 骨髄の線維化に伴い 造血不全や髄外造血 脾腫を呈する 骨髄増殖性腫瘍のひとつである 2. 疫学本邦での全国調査では 患者数は全国で約 700 人と推定されている 発症年齢の中央値は 66 歳である 男女比は 2:1 と男性に

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上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

中医協総 再生医療等製品の医療保険上の取扱いについて 再生医療等製品の保険適用に係る取扱いについては 平成 26 年 11 月 5 日の中医協総会において 以下のとおり了承されたところ < 平成 26 年 11 月 5 日中医協総 -2-1( 抜粋 )> 1. 保険適

目次 1. はじめに ) 目的 ) TRUMP1 での課題 登録施設におけるデータ管理の負担 登録から中央データベースに反映されるまでのタイムラグ ) TRUMP2 での変更 オンラインデータ管理の実現 定期

患者必携 がんになったら手にとるガイド 編著 国立がん研究センターがん対策情報センター 発行 学研メディカル秀潤社 患者必携 血液 リンパのがんの療養情報 白血病や悪性リンパ腫などの血液 リンパのがんでは 全身の病気として薬物療法 抗がん剤治療 による治療を中心に行います 治療の間は感染予防を 治療

白血病とは 異常な血液細胞がふえ 正常な血液細胞の産生を妨げる病気です 血液のがん 白血病は 血液細胞のもとになる細胞が異常をきたして白血病細胞となり 無秩 序にふえてしまう病気で 血液のがん ともいわれています 白血病細胞が血液をつくる場所である骨髄の中でふえて 正常な血液細胞の産 生を抑えてしま

70% の患者は 20 歳未満で 30 歳以上の患者はまれです 症状は 病巣部位の間欠的な痛みや腫れが特徴です 間欠的な痛みの場合や 骨盤などに発症し かなり大きくならないと触れにくい場合は 診断が遅れることがあります 時に発熱を伴うこともあります 胸部に発症するとがん性胸水を伴う胸膜浸潤を合併する

ども これを用いて 患者さんが来たとき 例えば頭が痛いと言ったときに ではその頭痛の程度はどうかとか あるいは呼吸困難はどの程度かということから 5 段階で緊急度を判定するシステムになっています ポスター 3 ポスター -4 研究方法ですけれども 研究デザインは至ってシンプルです 導入した前後で比較

肝臓の細胞が壊れるる感染があります 肝B 型慢性肝疾患とは? B 型慢性肝疾患は B 型肝炎ウイルスの感染が原因で起こる肝臓の病気です B 型肝炎ウイルスに感染すると ウイルスは肝臓の細胞で増殖します 増殖したウイルスを排除しようと体の免疫機能が働きますが ウイルスだけを狙うことができず 感染した肝

検査項目情報 6475 ヒト TARC 一次サンプル採取マニュアル 5. 免疫学的検査 >> 5J. サイトカイン >> 5J228. ヒトTARC Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital Ver.6 thymus a


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リンパ腫グループ:リンパ腫治療開発マップ

はじめに この 成人 T 細胞白血病リンパ腫 (ATLL) の治療日記 は を服用される患者さんが 服用状況 体調の変化 検査結果の経過などを記録するための冊子です は 催奇形性があり サリドマイドの同類薬です は 胎児 ( お腹の赤ちゃん ) に障害を起こす可能性があります 生まれてくる赤ちゃんに

スライド 1

スライド 1

移植治療による効果と危険性について説明し 書面にて移植の同意を得なければならない 意識のない患者においては代諾者の同意を得るものとする 6 レシピエントが未成年者の場合には 親権者からインフォームド コンセントを得る ただし 可能なかぎり未成年者のレシピエント本人にも分かりやすい説明を行い 可能であ

減量・コース投与期間短縮の基準

表面から腫れがわかりにくいため 診断がつくまでに大きくなっていたり 麻痺が出るまで気付かれなかったりすることも少なくありません したがって 痛みがずっと続く場合には要注意です 2. 診断診断にはレントゲン撮影がもっとも役立ちます 骨肉腫では 膝や肩の関節に近い部分の骨が虫に食べられたように壊されてい

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Transcription:

2016 年 7 月 7 日放送 骨髄移植の適応と最近の治療成績 虎の門病院血液内科部長谷口修一 骨髄移植は 1990 年ノーベル賞を臨床医学領域で初めて受賞されたシアトルにあるフレッドハッチンソンがんセンターの故トーマス博士により 1960 年代の後半に開始されました 通常の抗がん剤治療 化学療法で治癒が望めない白血病の患者さんに 骨髄機能は回復しないレベルの大量の抗がん剤や全身に放射線を照射します そのままでは血球の回復はありませんので HLA と略称されるいわゆる白血球型が一致したドナーから骨髄液を採取し それを経静脈的に 一見輸血のように点滴します すると輸注された造血幹細胞の一部が骨髄に達し ドナー型の造血が始まり 白血病を治すというものです 骨髄移植の実態は 白血病の治癒を目ざす超大量の放射線と抗がん剤治療と 造血組織である骨髄の臓器移植というよりも 骨髄に含まれる造血幹細胞の細胞移植により 造血細胞を補充するという形で発展しました 現在ではこの造血幹細胞を 骨髄だけでなく 末梢血液中や臍帯血から採取することが可能となり 造血幹細胞移植と呼ばれています 我が国でも 1970 年代の後半 金沢大学の移植チームにより開始され 名古屋 大阪と広がり 1982 年には金沢大学の服部絢一元教授らのご尽力により保険適応となり 一気に全国に広がっていきます 通常 HLA 一致ドナーは 兄弟であることが原則で いわゆるメンデルの法則により 4 人に一人しか一致しませんので 兄弟で HLA 一致ドナーが得られない場合は移植医療の対象になりませんでした しかし全くの他人でも 500 人から数万人探すと HLA が一致した人が見つかりますから それ以上のドナープールがあると移植可能ということに

なり 1980 年代後半 東海地区 九州地区に骨髄バンクが誕生します 1993 年からこれらは統合し 公的な日本骨髄バンクからの移植が開始されました 現在では約 46 万人が登録されており ほぼ移植可能なドナーが見つかる時代になり 多くの患者さんを救ってきました ただ骨髄バンクの宿命とも言えますが 残された問題として移植までの時間が平均 5ヶ月ほどかかることが指摘されています これは健常なボランティアドナーに対して全身麻酔をかけて 骨髄採取術を行うわけですから 説明と同意の過程を十分に行う必要があること また安全に骨髄採取術を行うために十分な検査や自己血の貯蓄などに要する時間です しかし 患者さんの病状によってはこの5ヶ月を待てない方も多くおられます それで発展してきたのが 臍帯血移植です 出産時に臍帯 いわゆるへその緒ですが これを保存される方はおられるかもしれませんが その中身の臍帯血は通常は捨てられる運命にあります 実はこの中に移植も可能とする造血幹細胞が多く含まれていることを日本の研究者が発見しました これを凍結保存しておけば いつでも必要な患者さんに移植医療を提供できることを目標として設立されたのが臍帯血バンクです 日本では 1990 年代から主に体重あたりの臍帯血細胞をより多く確保しやすい小児領域で開始され 成人でも 2000 年頃から十分安全に実施できることがわかり それ以降 急速に発展しました 日本では年間 3500 例ほど移植が行われるのですが その 1/3 が血縁ドナー 1/3 が骨髄バンクドナー 残りの 1/3 が臍帯血で行われるまでに発展しています 臍帯血は全国に 6 施設ある臍帯血バンクに凍結して保存されていますので所定の手続きの後 いつでも移植できるというメリットがありますし HLA が 2/3 ほど一致すれば移植可能という特徴もあり 現在では成人でも 90% 以上の確率で適切な臍帯血が確保できます 当初 患者さんの体重あたりの細胞数が十分でないという理由で臍帯血移植では生着不全 いわゆる拒絶が多いとか 白血球の回復まで時間がかかるといった問題がありましたが 現在では生着不全のリスクは ほぼ克服され 血縁やバンク移植と遜色のない成績 = 長期生存率 すなわち治癒する可能性が得られています

また臍帯血移植と同様に 緊急の移植に対応できる HLA が半分しか一致しないハプロ移植と呼ばれる HLA ミスマッチ移植も安全に行えるようになりました HLA が半分一致するドナーさんは 親子間では 100% 兄弟間で 3/4 の確率で見つかりますので よほどでなければ移植可能なドナーが見つかる事になります 骨髄移植が始まって ほぼ 50 年になりますが HLA が一致した兄弟がいなければ実施できなかった骨髄移植も ついに誰でもドナーが確保できて 緊急の移植にも対応できるようになりました また移植の方法も対象も大きく変わってきました 造血幹細胞移植は 基本的に骨髄を破壊し 白血病細胞を死滅させるだけの大量の抗がん剤と放射線の治療 すなわち移植前治療と言いますが これを受けるところから始まります よってこの壮絶な移植前治療に耐えうる 50 歳以下の若い患者さんだけで発展してきました 特に 60 歳を超える症例では移植は行えないとされてきたのです ところが 1990 年代の後半からミニ移植という概念が登場しました ミニ移植では 強力な移植前治療を 移植を成立させるだけ つまり拒絶されないレベルまでに極度に減量し その毒性を軽減し 移植後の移植片免疫反応 GVHD だけで白血病を治してしまおうというものです GVHD はドナーさんのリンパ球が 患者さんの体内で生着し 増加してくると 自分ではない非自己の患者さんの体を攻撃する反応です しかし 患者さんの体に残存している白血病細胞も攻撃してくれるのです このことは移植が始まった当初から知られており ミニ移植は この graft versus leukemia 効果 GVL 効果

で治癒を目指します この 3 方法で高齢患者さんや臓器機能障害で移植できなかった患 者さんにも幅広く移植できるようになりました 白血病は小児期の発症や若い人も多いことも知られていますが やはりがん年齢と言われる 40 歳を超えるとその発症率が一気に高くなります 特に日本の人口のピークは団塊の世代と呼ばれる年齢層にあり 超高齢時代を迎えています ということは 実際に 60 歳以上の患者さんの数が圧倒的に多い事になります この世代の白血病の特徴としては 骨髄異形成症候群を基礎に発症する患者さんが多いこと 骨髄異形成症候群は造血幹細胞の質的な異常が原因ですから通常の抗がん剤治療 化学療法では治癒が期待できないこと また白血病細胞そのものの特徴も若い人に比べると予後不良因子を持つ方が多いことも知られ 若い世代並みに治癒が期待できるような標準的な治療法が確立していません こういう背景もあり ミニ移植の登場で最も移植が必要とする患者さんが多い 60 歳以上の症例での移植数が日本でも急増しています 最近では通常の化学療法で治癒が難しい症例に対しては やはりミニ移植そのものでは再発が多いこともわかってきており 毒性は増加することなく 抗がん剤の量を増やす方法も可能となってきており 今後の治療成績の改善が期待できます 当院でも今まで 20% ほどしか長期生存が期待できなかった日寛解の症例が このやり方で 50% 以上治癒が期待できるようになりました

このように骨髄バンクと臍帯血バンク さらには HLA ミスマッチ移植の台頭により いかなる緊急の場合でもドナーの確保がほぼ可能となり ミニ移植の概念の導入により これまで立ちはだかってきた年齢や臓器障害の壁も乗り越えつつあります 当院では 2003 年ごろからこのミニ移植と臍帯血を組み合わせた臍帯血ミニ移植の開発に取り組み 生着不全は克服し そのプロトコールは虎の門方式として広く国内外に知られています 最近では 毒性は減らしても 抗腫瘍効果は落とさないレジメンの開発にも取り組み かなり良好な成績を出しています この 10 年間は年間臍帯血移植数 100 例程度を続けており これも世界的にもトップクラスと評価されるようになっています 現在は 逆にどういう状況でも移植医療を提供できるがゆえに ただ安易に移植を実施するということではなく 移植すべきなのか 化学療法で良いのか お一人お一人の状況を十分検討して治療方針を定めるべく 慎重に血液内科診療に取り組んでいく必要があると虎の門チーム一体となって精進しております