平成 22 年度日本大学文理学部資料館展示会 古代ローマの港町 オスティア 日本大学文理学部資料館

Similar documents
Microsoft Word - 04PellegrinoŽ–藤井訳.doc

され 南北方向に走る幅約 1 mの壁石列の両側 で 階段を伴う中庭と考えられる石敷きの床面 西側 部屋を区切る立石の柱列 ウィン 部屋C ドウ ウォール 東側 が確認された またフ 部屋B ラスコ彩色壁画の断片多数や 西暦 1 世紀の土 器やコインが出土していた これを受けて第 7 次調査では 調査

画像類似度測定の初歩的な手法の検証

猪俣佳瑞美.indd

untitled

す 遺跡の標高は約 250 m前後で 標高 510 mを測る竜王山の南側にひろがります 千提寺クルス山遺跡では 舌状に 高速自動車国道近畿自動車道名古屋神戸線 新名神高速道路 建設事業に伴い 平成 24 年1月より公益財団法人大 張り出した丘陵の頂部を中心とした 阪府文化財センターが当地域で発掘調査

本町二・四・五・六丁目地区の地区計画に関する意見交換会

実験題吊  「加速度センサーを作ってみよう《



図 1 平成 19 年首都圏地価分布 出所 ) 東急不動産株式会社作成 1963 年以来 毎年定期的に 1 月現在の地価調査を同社が行い その結果をまとめているもの 2

<95B689BB8DE08F8482E B7994C5817A2E696E6464>

目次 1. デジタル押し花の作り方 3 2. デジタル押し花をきれいに仕上げる方法 まとめ 課題にチャレンジ 19 レッスン内容 デジタル押し花 マイクロソフト社のワープロソフト Word 2010( これ以降 Word と記述します ) の図ツールに搭載されている [ 背景

Microsoft PowerPoint - 口頭発表_折り畳み自転車

Microsoft Word - 10用途地域.docx

はいたっく



自分で登記をする場合必要な書類の作成方法

平成 26 年度海外市場探求奨学金報告書 機械創造工学課程 4 年高桑勇太 探求テーマ スペインにおける自動車市場の探求 実務訓練期間 2014 年 9 月 1 日 2015 年 2 月 7 日 実務訓練先 スペイン ( バルセロナ ): カタルーニャ工科大学 概要近年, 日本の自動車企業の海外進出

C#の基本

<4D F736F F D BD8A7091AA97CA8AED8B4082CC90AB945C8DB782C982E682E98CEB8DB782C982C282A E646F6378>

ピカールピカールの三角測量地点に関する調査 研究会原稿

本文p1-56.indd


Microsoft Word - ミクロ経済学02-01費用関数.doc

ダンゴムシの 交替性転向反応に 関する研究 3A15 今野直輝

物性物理学 I( 平山 ) 補足資料 No.6 ( 量子ポイントコンタクト ) 右図のように 2つ物質が非常に小さな接点を介して接触している状況を考えましょう 物質中の電子の平均自由行程に比べて 接点のサイズが非常に小さな場合 この接点を量子ポイントコンタクトと呼ぶことがあります この系で左右の2つ

<4D F736F F D208C51985F82CD82B682DF82CC88EA95E A>

( 表紙 )

(Microsoft Word - \221\262\213\306\230_\225\266_\213\321\220D_\215\305\217I.doc)

学術調査 Ⅱ 山形市の重要文化財 鳥居 の劣化に関する総合調査 石﨑武志 ISHIZAKI, Takeshi 文化財保存修復研究センター研究員 教授 小柴まりな KOSHIBA, Marina 芸術学部文化財保存修復学科 4年 澤田正昭 SAWADA, Masaaki 文化財保存修復研究センター長

キャンパスミュージアムnewsletter16-修正.indd

富弘美術館 / ヨコミゾマコト 標記の事例としてヨコミゾマコト設計の富弘美術館が挙げられる この美術館 では円形の展示室同士が接する場所に距離0の結縄空間が形成される それに よって 円形の展示室はひとつながりになっている 異質 距離 frame プラットフォームと電車の間に距離 プラ ト プラ ム

Microsoft Word - (新)滝川都市計画用途地域指定基準121019

大谷周辺地区 及び 役場周辺地区 地区計画について 木原市街地 国道 125 号バイパス 役場周辺地区 (43.7ha) 美駒市街地 大谷周辺地区 (11.8ha) 地区計画の概要 地区計画とは住民の身近な生活空間である地区や街区を対象とする都市計画で, 道路や公園などの公共施設の配置や, 建築物の

Sample 本テキストの作成環境は 次のとおりです Windows 7 Home Premium Microsoft Excel 2010( テキスト内では Excel と記述します ) 画面の設定( 解像度 ) ピクセル 本テキストは 次の環境でも利用可能です Windows


習う ということで 教育を受ける側の 意味合いになると思います また 教育者とした場合 その構造は 義 ( 案 ) では この考え方に基づき 教える ことと学ぶことはダイナミックな相互作用 と捉えています 教育する 者 となると思います 看護学教育の定義を これに当てはめると 教授学習過程する者 と

Microsoft PowerPoint - H24全国大会_発表資料.ppt [互換モード]

平方・中野久木物流施設地区

【FdData中間期末過去問題】中学数学1年(比例と反比例の応用/点の移動/速さ)

AutoCAD LT2000i

稲毛海岸5丁目地区


ケーブルの接続と配線

PowerPoint プレゼンテーション

2018年度 東京大・理系数学

2008 年度下期未踏 IT 人材発掘 育成事業採択案件評価書 1. 担当 PM 田中二郎 PM ( 筑波大学大学院システム情報工学研究科教授 ) 2. 採択者氏名チーフクリエータ : 矢口裕明 ( 東京大学大学院情報理工学系研究科創造情報学専攻博士課程三年次学生 ) コクリエータ : なし 3.

(第14回協議会100630)

目次 1. 図郭のCSVから矩形シェープファイル保存... i 1.1. 変換元のCSVファイル... i 1.2. ダイアログ... i 1.3. 作成するシェープファイル... ii 2. 図郭 TIN DEM 保存 ダイアログ TINについて... 3

機械式ムーブメント 機械式時計の品質とメンテナンス なぜロンジンは機械式ムーブメントを搭載した時計をコレクションに加えているの でしょうか 答えは単純です 最新式の手巻ムーブメントもしくは自動巻ムーブメントを搭載している時計に優る満足は 他のムーブメントを搭載している時計からは得 られないからです

第 Ⅱ ゾーンの地区計画にはこんな特徴があります 建築基準法のみによる一般的な建替えの場合 斜線制限により または 1.5 容積率の制限により 利用できない容積率 道路広い道路狭い道路 街並み誘導型地区計画による建替えのルール 容積率の最高限度が緩和されます 定住性の高い住宅等を設ける

目 次 平方北部物流施設地区地区計画計画書 1P 平方北部物流施設地区地区計画計画図 3P 平方北部物流施設地区地区計画 地区整備計画 の内容の解説 4P (1) 建築物等の用途の制限 5P (2) 建築物の敷地面積の最低限度 6P (3) 建築物等の高さの最高限度 6P (4) 壁面の位置の制限

) 4 4) 5) 2

Microsoft Word - 道路設計要領.doc


株式会社ビィーシステム 概要資料

Microsoft PowerPoint saitama2.ppt [互換モード]

東南アジアインフラ事情の視察研修 14_06939 佐藤路鷹 研修先 : カンボジア ( シェムリアップ ) ベトナム ( ハノイ ) 研修期間 :3/1 3/5 の 5 日間 1. はじめに今回 春期休暇中に丘友の方々の協力をいただきましてカンボジアとハノイに海外研修を行いました 私は今まで海外経

問 1 図 1 の図形を作るプログラムを作成せよ 但し ウィンドウの大きさは と し 座標の関係は図 2 に示すものとする 図 1 作成する図形 原点 (0,0) (280,0) (80,0) (180,0) (260,0) (380,0) (0,160) 図 2 座標関係 問 2

6-3

線を描く 線ツールをクリックする 原点 ( 青 緑 赤の 3 つの軸が交わるところ ) をクリックする 水平方向 ( 赤い軸と緑の軸がある面 ) にカーソルを動かしクリックする 原点とクリックした点の間に黒い線が描画される 垂直方向にカーソルを動かす 青い線が表示され 青い軸上 と表示される 青い線

.( 斜面上の放物運動 ) 目的 : 放物運動の方向の分け方は, 鉛直と水平だけではない 図のように, 水平面から角 だけ傾いた固定した滑らかな斜面 と, 質量 の小球を用意する 原点 から斜面に垂直な向きに, 速さ V で小球を投げ上げた 重力の加速度を g として, 次の問い に答えよ () 小

問 題

円筒面で利用可能なARマーカ

取り組みの背景目的計測点群処理の課題とポリゴン活 体制機能概要と本システムの特徴機能詳細システム構成問合せ先

Bentley Architecture Copyright(C)2005 ITAILAB All rights reserved

九州地方一問一答 (15 分 各 1 点 ) 実施日 : 年月日 問 1. かつて薩摩藩があったのは今の何県か 問 2. 北海道南部に広がる 火山活動によってつくられた台地を何というか 問 3. 前問の台地を形成しているのは何という火山か 問 4. 樹齢 3000 年を超える縄文杉が生息し 世界自然

Microsoft Word - 201hyouka-tangen-1.doc

高分解能衛星データによる地形図作成手法に関する調査研究 ( 第 2 年次 ) 実施期間平成 18 年度 ~ 測図部測図技術開発室水田良幸小井土今朝巳田中宏明 佐藤壮紀大野裕幸 1. はじめに国土地理院では, 平成 18 年 1 月に打ち上げられた陸域観測技術衛星 ALOS に関して, 宇宙航空研究開

(1)-2 東京国立近代美術館 ( 工芸館 ) A 学芸全般以下の B~E 全て B 学芸 ( コレクション ) 1 近現代工芸 2デザイン 所蔵作品管理 展示 貸出 作品調査 研究 巡回展開催に関する業務 C 学芸 ( 企画展 ) 展覧会の準備 作品調査 研究 広報 会場設営 展覧会運営業務 D

学習指導要領

コンピュータグラフィックス第8回

目 次 1. 想定する巨大地震 強震断層モデルと震度分布... 2 (1) 推計の考え方... 2 (2) 震度分布の推計結果 津波断層モデルと津波高 浸水域等... 8 (1) 推計の考え方... 8 (2) 津波高等の推計結果 時間差を持って地震が

文章題レベルチェック(整数のかけ算、わり算)【配布用】

Microsoft Word - 諏訪敦彦監督+ENS de Lyon セッション.doc

ARCHITREND ZERO ボリューム計画図編

平成 21 年度全国学力 学習状況調査結果の概要と分析及び改善計画 調査実施期日 平成 21 年 10 月 2 日 ( 金 ) 教務部 平成 21 年 4 月 21 日 ( 火 )AM8:50~11:50 調査実施学級数等 三次市立十日市小学校第 6 学年い ろ は に組 (95 名 ) 教科に関す

<4D F736F F D20906C8AD489C88A778CA48B8689C881408BB38A77979D944F82C6906C8DDE88E790AC96DA95572E646F6378>

を活用してピラミッドを一切破壊することなく内部および外部を調査し ピラミッドの謎を明らかにする計画です この調査には 宇宙線ミューオンラジオグラフィ ( 宇宙線によるイメージング ) 赤外線イメージング 写真やレーザー測量による精密な 3 次元再構成の技術が用いられます 名古屋大学は 原子核乾板を用

共同研究目次.indd

(4) 対象区域 基本方針の対象区域は市街化調整区域全体とし 都市計画マスタープランにおいて田園都市ゾーン及び公園 緑地ゾーンとして位置付けられている区域を基本とします 対象区域図 市街化調整区域 2 資料 : 八潮市都市計画マスタープラン 土地利用方針図

区域の整備 開発及び保全に関する方針地区施設の整備の方針建築物等の整備の方針 (2) 公園 緑地の整備方針地域に親しまれる やすらぎと憩いの空間を形成するとともに 西武立川駅から玉川上水に向けて形成される緑のネットワークの拠点となるよう公園や緑地を配置する (3) その他の公共空地の整備方針各敷地の

重工業から農林漁業まで 幅広い産業を支えた動力機関発達の歩みを物語る近代化産業遺産群 *

0 21 カラー反射率 slope aspect 図 2.9: 復元結果例 2.4 画像生成技術としての計算フォトグラフィ 3 次元情報を復元することにより, 画像生成 ( レンダリング ) に応用することが可能である. 近年, コンピュータにより, カメラで直接得られない画像を生成する技術分野が生

Pick-up プロダクツ プリズム分光方式ラインセンサカメラ用専用レンズとその応用 株式会社ブルービジョン 当社は プリズムを使用した 3CMOS/3CCD/4CMOS/4CCD ラインセンサカメラ用に最適設計した FA 用レンズを設計 製造する専門メーカである 当社のレンズシリーズはプリズムにて

Microsoft Word - ‘C”mŸ_Ł¶−TŠv[“Å‘IflÅ].doc

Matthew Barney:Drawing Restraint 2

CLT による木造建築物の設計法の開発 ( その 3)~ 防耐火性能の評価 ~ 平成 26 年度建築研究所講演会 CLTによる木造建築物の設計法の開発 ( その 3) ~ 防耐火性能の評価 ~ 建築防火研究グループ上席研究員成瀬友宏 1 CLT による木造建築物の設計法の開発 ( その 3)~ 防耐

(100817)

Microsoft PowerPoint - 店舗ページ作業マニュアル.pptx

Microsoft Word - 415Illustrator

確認テスト解答_地理 indd

rei02

スライド 1

(Microsoft Word - \201\2403-1\223y\222n\227\230\227p\201i\215\317\201j.doc)

木村の理論化学小ネタ 体心立方構造 面心立方構造 六方最密構造 剛球の並べ方と最密構造剛球を平面上に の向きに整列させるのに次の 2 つの方法がある 図より,B の方が A より密であることがわかる A B 1

kim

立体切断⑹-2回切り

Transcription:

平成 22 年度日本大学文理学部資料館展示会 古代ローマの港町 オスティア 日本大学文理学部資料館

ごあいさつ 日本大学文理学部資料館展示会 古代ローマの港町オスティア にご来館いただき 誠にありがとうございます オスティア遺跡 と聞いても 耳慣れない方が多いと思います ローマの都市遺跡としては なんといってもポンペイが有名ですが 実はオスティア遺跡はポンペイ遺跡に勝るとも劣らない重要性を持っています 都市そのものの性格から言えば ポンペイが豊かではあっても地方都市のひとつに過ぎなかったのに対し オスティアは 帝政期には人口 100 万を数えた首都ローマの食料をはじめとする物資補給を支えた港町でした 現在地表面に出ているのは 大部分帝政期のオスティアの姿で この時代の経済活動や人々の生活 宗教活動などを 眼前に髣髴させてくれます このたび 九州大学の堀賀貴研究室の方々の全面的な協力を得て オスティアの姿を 写真パネル 3D アニメーション レプリカ 模型 オルソ画像により お伝え致します これらの多くは レーザ スキャンという方法を用いて得られたデータをもとにしています 遺跡調査の最新の方法についても ご理解が得られるのではないかと思います 最後に 調査を許可していただいたオスティア考古管理事務所 (Soprintendenza Speciale per i Beni Archeologici di Roma. Sede di Ostia) ならびに技術協力を賜りました株式会社大建測量エンジニアの方々に深く感謝申し上げます 平成 22 年 11 月 日本大学文理学部 日本大学文理学部資料館 例言 1. この冊子は 平成 22 年 11 月 10 日 ( 水 )~ 11 月 19 日 ( 金 ) の期間 日本大学文理学部資料館にて開催する 古代ローマの港町オスティア 展の展示図録である 2. 展示企画 解説および図録の執筆は 坂口明 ( 日本大学文理学部教授 ) 毛利晶( 神戸大学大学院人文学研究科教授 ) 堀賀貴( 九州大学大学院人間環境学研究院教授 ) 味岡収(( 株 ) 計測リサーチコンサルタント ) が行った 3. 編集は坂口明 山本興一郎 ( 日本大学大学院文学研究科外国史専攻博士後期課程 ) 大平知香 三本悠( 日本大学文理学部資料館学芸員 ) が行った 4. 本文中の解説内で 遺構名のあとのローマ数字とアラビア数字は 遺構の位置 (regio,insula, 地番 ) をあらわす レリーフのレプリカ の解説中の inv. は 所蔵番号をあらわす 5. 本図録掲載の写真は 展示番号と一致しない 6. 画像及び模型作成は 九州大学堀賀貴研究室が行った 7. 本図録掲載写真の無断転載を禁ずる 8. この展示会は 科学研究費補助金 ( 基盤研究 (B)) 古代ローマ都市オスティア アンティカの総合的研究 ( 研究代表者日本大学文理学部坂口明 ) による研究活動および成果発表の一環として行うものである 表紙の画像 : ディオスクリの家の床面モザイクのオルソ ( 正投影 ) 画像 九州大学堀賀貴研究室作成

目 Ⅰ. オスティアの歴史と社会 次 1. オスティアの位置 2 2. 共和政期のオスティア 2 3. オスティアの経済活動 4 4. オスティア市民の生活 6 5. 宗教 9 Ⅱ. 遺跡調査の新しい方法 : レーザ スキャンの成果 1.3 Dレーザ測量 10 2. レリーフのレプリカ 10 3. モザイクのオルソ ( 正投影 ) 画像 12 4. オスティアとポンペイの模型 12 5.3 Dディスプレイ 12 主要参考文献 オスティア略年表 紀元前 7 世紀後半 伝承では アンクス マルキウス王がオスティアを建設 紀元前 4 世紀末 最古の遺構 紀元前 87 年 マリウスとスラの争いの中で争奪の対象になり 略奪を受ける 紀元前 80 年 スラが市壁を建設 紀元後 1 世紀中頃 クラウディウス帝が新しい港を建設 ポルトゥスの町ができる 2 世紀初め トラヤヌス帝がクラウディウス帝の港に隣接して新しい港を建設 2 世紀 オスティアの最盛期 3 世紀 衰退が始まる 410 年 西ゴート族の略奪を受ける 6 世紀中頃 歴史家プロコピウスがオスティアの衰退した姿を記述 ( 中世を通じて オスティアは次第にティベリス川の運ぶ土砂に埋没していった ) 18 世紀末 発掘が始まる 1805 年 ローマ教皇ピウス 7 世による体系的な発掘が始まる 1938-42 年 ムソリーニ政権の下での大規模な発掘 1

Ⅰ. オスティアの歴史と社会 1. オスティアの位置 オスティアは ローマ市内を流れるティベリス川 ( テヴェレ川 ) がティレニア海に注ぐ河口に位置する 地中海周辺の各地から船で運ばれてきた物資は まずオスティアの港に陸揚げされた ティベリス川は 海洋航行船が通行できるほど大きな川ではないからである オスティアに集められた物資の一部は倉庫に貯蔵され 一部は川舟でローマに運ばれた このオスティアの船着場は 多くの船がやってくるようになると手狭になり また 大きな船を収容することができなかったので 1 世紀のなかばにク ラウディウス帝はオスティアの北西約 3km に新しい港を建設し さらに 2 世紀はじめにトラヤヌス帝は もう一つの港をつくった 新しい港の周辺にはポル トゥスと呼ばれる新しい町が発展したが 帝政末期まで行政的にはオスティアの管轄下におかれていた 1. オスティアの位置オスティアは 北はティベリス川に接し 東西約 1.5km 南北約 0.5km の広がりを持つ 北側以外は ローマ都市の常として市壁で取り囲まれていた この中に 最盛期で約 5 万人の人口を擁していたと考えられている 最近の研究では 市壁の外にも市街が大きくひろがっていたとする指摘もある 都市プランとしては デクマヌス マクシムス ( 東西に走る大路 ) をメイン ストリートとして その両側に公共建築物や店舗が立ち並び 少しはなれて住宅や工業施設 浴場や倉庫が建てられていた ティ リス オスティア街道 ポルトゥス街道 ローマ 2. 共和政期のオスティア 2.1 最古のローマ植民市オスティア : カストルムの東の城門と西の城門 伝承は オスティアの建設を ローマ 4 代目の王アンクス マルキウス ( 紀元前 7 世紀後半 ) の事績に数えているが オスティアの遺跡で現在のところ確認できる最古の遺構は 紀元前 4 世紀の終わり近くのものである ローマは紀元前 4 世紀以降 エトルリアの南部からカンパニアの北部に至る海岸地域で守備を目的とした小規模な入植活動を行っており ティベリス川の河口近くへの入植もその 1 つと考えられている 最古のオスティア ( 所謂カストルム ) は 石灰岩の切石を積み上げた城壁が周囲を囲む 2.5 ヘクタール足らずの方形の要塞だった ただ カストルムからは 紀元前 4 世紀の初頭にまで遡る陶器や建材として用いられたテラコッタの破片がわずかながら出土しており 城壁で固められた要塞が築かれる以前からこの地で定住が始まっていたことをうかがわせる カストルムの内部は 東西に走る大路デクマヌス マクシムスと 中央でこれと直角に交わる南北に走る大路カルド マクシムスによって 4 つの地区に分けられ 2 本の大路が城壁に突き当たる所には 堅固な城門が作られていた カストルムの城壁の一部と東 ( 写真 2) および西 ( 写真 3) の城門の遺構は現在も残り 植民市建設当時の面影をしのばせる 2. カストルムの東の城門 3. カストルムの西の城門 2

カストルムは ほぼ直線の道 ( オスティア街道 ) でローマと結ばれ オスティア街道は東の城門を介してデクマヌス マクシムスと繋がっていた 他方 カルド マクシムスが終わる南の城門は 南のラテン人都市ラウィニウムの領域に至る道 ( ラウレンティヌス街道 ) の起点となっている デクマヌス マクシムスは西の城門を出たところで枝分かれし 片方 ( 河口への道 ) はティベリス川の河口へ もう片方 ( 後にオスティアの市域がカストルムの城壁を越えて拡大すると デクマヌス マクシムスとなる ) は海岸へと通じていた もともと 河口への道 とラウレンティヌス街道はラウィニウムの領域とティベリス川の河口を結ぶ1 本の古道だったが カストルムが築かれたとき一部が切り取られて2 本の道に分かれたと考える研究者もいる 共和政期 政期 4. 共和政期のデクマヌス マクシムス写真 2の東の城門址の前を走る道がデクマヌス マクシムス 帝政期のデクマヌス マクシムスとの間には 1 メートルほどの落差がある 左の写真 4の人物が立っている道が共和政期のデクマヌス マクシムスで 上段の道が帝政期のデクマヌス マクシムスである 2.2 共和政期の神域と神殿 5. ヘルクレスの神殿址 (Tempio di Ercole. I.XV.5) 今日私たちがオスティアで目にするのはローマ帝政が最盛期だった頃 ( 紀元後 2 世紀 ) の都市の姿だが 共和政期にまで遡る神域や建物の遺構も一部に残っている その1つ 共和政期の神域 は カストルムの西側の城壁と 西の城門の前でデクマヌス マクシムスから枝分かれした 河口への道 が作る三角形の区画に存在する この神域で出土した最古の遺物はペペリーノ ( アルバヌス丘のマリーノで採石された凝灰岩 ) 製の 4 基の祭壇で おそらく紀元前 3 世紀の中葉に奉納された 神域には共和政期の神殿が3つあるが どれも帝政期に改修されており しかも残るのは基壇および柱と内陣の壁の一部にすぎない 最も大きな神殿 ( 写真 5) はヘルクレス ( ヘラクレス ) 神を本尊とし 紀元前 2 世紀の終わり頃から紀元前 1 世紀の初めにかけての時期に建立された 神殿の基壇に立つ像 ( レプリカ ) は 基壇の階段の前で出土したもので オスティアで二人役 ( 最高の公職 ) を 3 回務めたガイウス カルティリウス ポプリコラを英雄化した姿で描いている 神域の北側の神殿もヘルクレス神殿とほぼ同時期に建立され おそらく医神アエスクラピウスを祀っていた 3つ目の神殿は 河口への道 とヘルクレス神殿に挟まれて建つ これは建立の時期について議論があり また 誰を本尊としたのかも分からない ヘルクレス神殿の近くからは 腸占い師ガイウス フルウィウス サルウィスが奉納したレリーフが出土している レリーフは 3 つの場面からなり 右側は漁夫が網にかかったヘルクレス神の像と箱を引き上げる様子 中央はヘルクレス神が少年に預言を記した板を手渡す様子を描く 左側は端の部分が欠損しており トガを着た男性と空を飛ぶ勝利の女神ウィクトリアだけが残る 神殿の祭壇に刻まれた碑文は 本尊を 無敵のヘルクレス ( ヘルクレス インウィクトゥス ) と呼んでおり 祭儀が軍事的な性格を帯びていたことをうかがわせるが レリーフはこのヘルクレスが同時に預言の神の性格を併せ持っていたことを示している なお都市ローマでも ティベリス川の中州にアエスクラピウスの神殿があり また ティベリス川の左岸にはヘルクレス インウィクトゥスの神殿があって ローマとオスティアで祭儀に対応関係が見られる 3

3. オスティアの経済活動 3.1 商店 デクマヌス マクシムスをはじめとする主要な街路の両側には ほとんど隙間なく商店 (taberna) が立ち並んでいた いくつもの商店が集まったマーケットもあった 6. デクマヌス マクシムス沿いの商店街列柱の奥に商店が並んでいた しゅくじゅう 3.2 パン屋と縮絨場 7. 商店の内部かまどがあるので 食品を売っていたと思われる 8. マーケット (Caseggiato del Larario. I.IX.3. AD120 頃 ) 9. パン屋 (Panificio. I.XIII.4) 10. 縮絨場 (Fullonica. II.XI.1) パン屋では 小麦を挽いて練り 窯で焼くまでの縮絨は 毛織物工業の重要な工程である できあがった布地を薬品に浸し 工程をおこなっていた 写真は 粉挽きの石臼 上足で踏んで柔軟性をもつ製品に仕上げる 洗濯屋とする説もある 部の石にあけられた穴に棒を通しラバやロバに縛り付け 臼の周りを回らせることによって 小麦を粉に挽いた 3.3 穀物やその他の食料の計量と貯蔵 オスティアには 北アフリカやシチリア サルディニア 南フランスなどから大量の穀物をはじめとする食料が運ばれてきた これらは 国家の官吏である食糧供給長官 (praefectus annonae) の管理下に入り 計量され すぐにローマに運ばれるもののほかは倉庫に貯蔵された オスティアとポルトゥスには 巨大な倉庫がいくつも建てられ 大都市ローマの食料供給を支えていた 11. 穀物計量官の集会所の床面モザイク (Aura dei Mensores. I.XIX.3) 計量官が 運ばれてきた穀物を量っている 12. 大倉庫 (II.IX.7) オスティアには 10 以上の倉庫があったことがわかっているが これは最大のものの一つで 大倉庫 (Grandi Horrea) とよばれている 国家によって建てられた穀物倉庫と思われる 4

13. エパガトゥスの倉庫 (Horrea Epagathiana. I.VIII.3. AD140-150 頃 ) の入口私人によって経営されていた倉庫で おそらくは穀物ではなく オリーヴ油などのより高価な物資を貯蔵していた 14. ポルトゥスの倉庫 3.4 組合の広場 ( Ⅱ.Ⅶ.4 ) 劇場の舞台の背後に 組合の広場とよばれる広場がひろがっている ケレス ( 穀物の女神 ) の神殿といわれる神殿を中心として 60 の事務所 (statio) が並んでいたが その多くは地中海沿岸各地の船主 (navicularii) の組合の事務所であった 彼らは 北アフリカ沿岸 サルディニア ガリア ( フランス ) 南岸などから集まり ここに事務所を構えたのである したがってこの広場は 地中海世界の商業のネットワークの結節点ともいうべきものであった それぞれの事務所の前の床面モザイクには 船主の本拠である地方名と その地方の特徴や船主たちの活動をあらわす図が描かれている 15. 劇場から見た組合の広場中央にあるのが神殿址 ( 円の中 ) 中庭を囲んで三方に事務所が並んでいる 16. 床面モザイク文字は STAT(io) SABRATEMSIUM サブラタ( リビアの都市 ) 人たちの事務所 象の図は 象牙の交易を示すものか 17. 床面モザイク文字は NAVICUL(arii) KARTHAG(inienses) DE SVO カルタゴの船主たちが 自らの費用で ( これをつくった ) 18. 床面モザイクやしの木の間にアンフォラ ( 壺 ) があり 下では魚が泳いでいる 魚はもちろん海の象徴 アンフォラには MC という文字が書かれているが おそらくマウレタニア カエサリエンシス (Mauretania Caesariensis 北アフリカの属州 ) を示すものであろう アンフォラは オリーヴ油の交易をあらわすものか 5

4. オスティア市民の生活 4.1 住居 19. 富裕者の邸宅円形神殿の家 (Domus del Tempio rotondo. I.XI.2) 水盤をもつ中庭の周囲に部屋を配置するという 比較的伝統的な構造を示している 4.2 水 20. 集合住宅ディアナの家 (Casa di Diana. I.III.3-4) 人口密度がポンペイよりはるかに高かったオスティアでは 多層の集合住宅が数多く建てられた このディアナの家はその一例で 4 ~ 5 階建てであったと推定されている オスティアには水道が引かれ 道路の下に水道管が埋設されていた 富裕者は自宅に水を引き入れ 生活用水として使うほか 庭園にも泉水を設けていた また街のあちこちに給水所があり 庶民はそこから水をくみ出して使っていた この水は 防火用水の役割も果たしている 道路の下には 下水も通っていた 21. オスティアに水を供給した水道の址 22. 街路に設けられた給水所 4.3 安全と衛生 23. 消防隊の営舎 (Caserma dei Vigili. II.V.1) オスティアには 常設の消防隊があった これは ローマ市以外ではあまり例がない ほかの都市では 市民が消防隊を組織し 火事のときに出動するというのが普通であった おそらく ローマ市に供給する食料を貯蔵した倉庫群を焼失から守る必要性があったためであろう 写真は消防隊の営舎の中庭 正面には 皇帝たちにささげた像の台座が並んでいる 24. 公衆便所 (Forica) オスティアには随所に公衆便所があった 写真は フォルム浴場の近くにあった公衆便所で 最も立派なもの 便座の下には水が流れており 下水に通じていた 6

4.4 市民の楽しみ 25. 劇場 (Teatro. VI.VII.2) 26. 劇場の観客席約 3000 人収容の劇場 かなり修復の手が加わっている ここで演じられたのは 主に喜劇やパントマイムなど肩のこらない出し物だった 現在でも 夏季には演劇やコンサートが催される 27. フォルム浴場 (Terme del Foro. I.XII.6) 28. フォルム浴場の浴槽浴場は ローマ人にとって単に体を洗うというだけの場所ではなく 会話を楽しんだり 付属のパラエストラ ( 運動場 ) でスポーツを楽しんだりする娯楽施設であった 入浴者は たっぷりと時間をかけて温度の異なる湯や水につかり マッサージを受けた オスティアでは 大小 20 ほどの浴場が確認されているが フォルム浴場はその中でも最大のもので フォルム ( 市民広場 ) に近いこともあって 市民にとって最も重要な浴場であったと思われる 左側写真 27 は パラエストラから見たもの 29. レストラン (Termopolium della via di Diana. I.II.5) 30. 居酒屋 (Caupona di Fortunato. II.IV.1) ネプトゥヌス浴場の近くにあった居酒屋の床面モザイク クラテル ( ワインを湯などで割る容器 ) の図が描かれている 文字は フォルトゥナートゥスは言う 君はのどが渇いているのだから このクラテルからワインを飲みたまえ という意味 7

4.5 組合 ローマの都市では 同じ職業の人々 特定の神の信者 官吏仲間などが集まって 組合 (collegia, corpora) をつくっていた オスティアでは 70 あまりのこのような組合が知られている 組合結成の目的は 社交 相互扶助 情報収集などであったと考えられる 組合の活動は 市民生活の中で重要な位置を占めていた 31. トラヤヌスのスコラ (Schola del Traiano. IV.V.15) の入口スコラとは 組合の本部 集会所のこと このトラヤヌスのスコラは オスティアのスコラの中でも最大級のものである 一般に船大工 (fabri navales) のものと考えられているが おそらくはオスティアの船主 (navicularii) のスコラと思われる 32. 建築業者 (Fabri tignuarii) の組合のスコラのトリクリニウム (Caseggiato dei triclini. I.XII.1) 建築業者の組合は オスティアで最も大きく 重要な組合の 1 つであった 写真は そのスコラのトリクリニウム ( 正餐室 ) の 1 つ ローマでは 正式の食事は 長椅子に横座りになり 手でテーブルの上の料理をとって食べるというのが作法であった トリクリニウムは 三方に長椅子 中央にテーブルを置くという形をとる このスコラでは 長椅子は作り付けになっている ともに食事を取るというのは 組合の活動の中でも重要な意味を持つものであった 4.6 埋葬 ローマでは 帝政前半期まで火葬が普通であった 市壁内に埋葬することは禁じられていたので 墓地 ( ネクロポリ ) は市門を出た街道沿いにつくられた 大きな家門では 集合墓を建設し 奴隷や被解放者 子孫もここに葬った 33. オスティアにあるローマ門の外のネクロポリの集合墓の1つ壁に取り付けられた碑文には マルクス サエニウス アリストが 自らと被解放者とその子孫のためにつくった とある 壁に作られたくぼみの中に骨壺が収められた 34. イゾラ サクラ ( ポルトゥスのネクロポリ ) の墳墓ここでは より完全に墓が残っている 8

5. 宗教 オスティアでは ほかのローマ都市と同様 さまざまな神々が信じられていた ユピテルをはじめとするローマの伝統的な神々のほか セラピス ( エジプト起源 ) キュベレとアッティス( 小アジア起源 ) ミトラス( イラン起源 ) などの東方の神々も 多くの信者を持っていた ユダヤ教のシナゴーグも市壁外にある 4 世紀になると キリスト教の教会が市壁の内外に建設された 35. フォルムのカピトリウムオスティアの中心であるフォルム ( 市民広場 ) の北端に立つ オスティアで最も高い建物である ローマ市のカピトリウムと同様 ローマ国家宗教の主要 3 神 ( ユピテル ユノ ミネルウァ ) が祀られていたと考えられている 36. ミトラエウム ( ミトラス神の礼拝所 )(I.XVII.2) オスティアでは 20 近いミトラエウムが確認されている ほとんどが 2 世紀以降 既存の建物 ( 家屋 倉庫 浴場 ほかの神の神殿 ) の一部を改造して設けられたものである この時代に ミトラス教が多くの信者を獲得したことがうかがわれる ミトラス神は イラン起源の神で複雑な性格を持つが この時代のローマの図像では ミトラス教の神話に基づいて 洞窟の中で牛を殺す若者の姿であらわされる 礼拝所も 洞窟をイメージして暗く狭く作られた 9

Ⅱ. 遺跡調査の新しい方法 : レーザ スキャンの成果 1.3D レーザ測量 3D レーザ スキャナは 様々な地形や建物の測量に利用できる 3D 形状計測装置で 短時間で広範囲を測定することができ ( 一度のスキャニングで大量のデータを取り込む ) そこから必要な 3 次元座標データを抽出することによって 形状計測 変位計測を行うことが可能な最先端のリモート センシング3 次元計測システムである レーザ照射部から発射されたレーザが対象表面で反射してレーザ受光部へ取り込まれ 発行から受光までの時間と入射角度から対象の 3 次元座標を得ることが出来る また 測定データを既知座標に関連付けて変換することによって 座標系にあわせた 3D データを生成することができる 3D レーザ スキャナスキャニング速度と範囲は機種によって様々であるが 速度は概ね 2000 ~ 100000 回 / 秒 範囲は 1m ~ 800m 程度である 文化財などの触れることが出来ない対象の計測や 立ち入りが難しい場所の計測 遺跡や土木構造物などの広大な規模のものの計測を効率よく正確に安全に行うことができる この 3D データを元にして点群モデルからサーフェイスモデルを作成すれば 等高線や任意断面の抽出 体積の算出など 通常の計測では困難な成果を容易に取得することができる 2. レリーフのレプリカ 墓地などで発掘されたレリーフは 人々の生活 とくに働く姿を生き生きと伝えてくれる貴重な資料である 展示されるのは レーザ スキャンによって得られたデータにもとづき 精密に作成されたレプリカである ここでは 原物の写真を掲載している 原物は すべてオスティア考古管理事務所のオスティア遺跡収蔵庫蔵である 1. モザイク工? 大理石 44.5 48cm inv.132 紀元 1 世紀末墓のレリーフ 上段では 腰かけた 2 人の男が石を細かく砕いている おそらくモザイクの石片を作っているのであろう 後景には 右端の男の指図で荷を担ぐ 2 人の人物がいる 下段は 眠りの神ヒュプノス 2. 八百屋大理石 43 35cm inv.198 紀元 3 世紀前半 1 人の女性がテーブルの向こうに立っている テーブルの上には 様々な野菜が描かれている 女性のかたわらにも おそらく野菜の入った籠がある 10

3. 刃物商テラコッタ 41.5 40.5cm inv.14259 イゾラ サクラ ( ポルトゥスの墓地 ) で出土 AD160-180 ナイフやはさみなどの商品が 所狭しと並べられている 右上に描かれた人物は 革製と思われるエプロンをつけ 台の上に敷かれた革の上でなにかを研ぐか磨くかしている 下の腰掛けた人物がなにをしているかは不明 4. 鍛冶屋テラコッタ 40.5 41.5cm inv.14260 イゾラ サクラで出土 AD160-180 左の人物は やはりエプロンをつけ 仕事台の上でつるはしを鍛えている 右側には 様々な製品があらわされている もしかしたらこの人物は 3 と同一人物なのかもしれない 5. 食料品店大理石 21 54cm inv.134 紀元 2 世紀後半女主人か女性店員が お客に台の上の籠から商品 ( 果物?) を渡している 台は 鶏や兎を入れた籠の上に載っている 左側の2 人の客はおしゃべりをしているが 1 人はなにか動物を手に持っている この店で買ったものだろうか 女性の右には大きな籠と 不釣合いに大きく描かれたエスカルゴが見える 中央の腕木には 鶏がつりさげられている 右端の 2 匹の猿は なぜここにいるのだろうか 6. 助産婦テラコッタ 28 41.5cm inv.5203 イゾラ サクラで出土 AD140 頃出産の場面 椅子を使った出産の方法は 古代の医学者の記述と一致している 写真を撮られるときのように 助産婦 産婦 介助の女性の 3 人とも こちらに顔を向けている 11

3. モザイクのオルソ ( 正投影 ) 画像 このモザイクは ディオスクリの家 (Domus dei Dioscuri. III.IX.1) の床を飾っていたものである この家は 帝政末期の富裕者の邸宅と考えられている モザイクは 2 人のトリトン ( 海神 ) の支える貝殻に乗ったウェヌス ( ヴィーナス )( 中央 ) と 海獣に乗った 8 人のネレイデス ( 海神ネレウスの娘たち ) をあらわしている 上の文は あなた方が より多くをつくり よりよきものを捧げるように という意味 展示されているオルソ ( 正投影 ) 画像は レーザ スキャナから得られた 3 次元の点群を面で結んで その上にデジタルカメラの画像を貼り付けて ( マッピング ) 作りだした画像である たとえば デジタル画像はピクセルという単位からできているが 1 ピクセルを 2mm の大きさとして描くことが可能である つまり 通常の写真では 周辺にいくほどレンズからの距離が大きくなるため 被写体は小さくなっていくが オルソ画像は全ての部分で レンズからの距離が等しくなるように再計算された画像と言える 単なる写真ではなく 実際の大きさをそのまま体感できる画像なのである ディオスクリの家の床面モザイク画像 4. オスティアとポンペイの模型 展示品は ポンペイ遺跡 オスティア遺跡の 500 分の 1 の模型である ポンペイは東西に約 1.2 km 南北に約 0.8 km の大きさで都市の周辺に市壁が巡らされており 都市域を視覚的にとらえることができる なお 市壁の内側に約 30% の未発掘地区が残されている 一方 オスティアの模型は 東西約 2 km 南北約 0.5 kmの部分が模型で表現されているが 実際のオスティアはこの模型の範囲を超えて大きく広がっていたことが知られている また ポンペイには最高でも 3 階の建物しか残されていないが オスティアには 5 階以上の建物の痕跡が残されており ポンペイよりもより立体的に都市が展開していたことがわかる 5.3D ディスプレイ レーザ測量では 全ての対象物を 3 次元座標をもつ点群として計測する そこで 3 次元空間の中に視点を設定すれば 最近の3D 映画やテレビと同じように 立体画像を作ることが簡単にできる 3 次元画像の原理はすでに一般的に知られているが 簡単に説明すると 立体物は右目と左目で見える画像に少し違いがあり 脳はその違いを立体感として認識している そこでは 近いものほどそのズレは大きくなるので 今回の画像でも 同じように視点からの距離が近いほどそのズレを大きくすることで 立体を体感できるようにしている 12

主要参考文献 ( オスティアとポルトゥスを対象とした著書のうち主要なもの ) J.Th. Bakker, Living and Working with the Gods. Studies of Evidence for Private Religion and its Material Environment in the City of Ostia, Amsterdam 1994. J.Th. Bakker (ed.), The Mills-Bakeries of Ostia, Amsterdam 1999. J.S. Boersma, Amoenissima Civitas. Block V.ii at Ostia, Assen 1985 B.M. Boyle, Studies in Ostian Architecture, Diss. Yale U. 1968. Ch. Bruun, A.G. Zevi (a cura di), Ostia e Portus nella loro relazioni con Roma, Roma 2002. G. Calza et al., Scavi di Ostia I-XVI, Roma 1953-2004. G. Calza, G. Becatti, Ostia, Roma 1968. G. Calza, E. Nash, Ostia, Firenze 1959. R. Chevallier, Ostie antique, Paris 1986. J.-P. Descœudres (dir.), Ostia. Port et Porte de la Rome antique, Genève 2001. S. Gallico, Guide to the Excavations of Ostia Antica, Roma 2000. G. Hermansen, Ostia. Aspects of Roman City Life, Alberta 1982. S. Keay et al., Portus. An Archaeological Survey of the Port of Imperial Rome, London/Rome 2005. R. Meiggs, Roman Ostia, 2nd ed., Oxford 1973. C. Pavolini, La vita quotidiana a Ostia, Roma/Bari 1991. C. Pavolini, Ostia (nuova edizione), Roma/Bari 2006. A. Zevi, A. Claridge (eds.), Roman Ostia revisited, London 1996. H. Schaal, Ostia. Welthafen Roms, Bremen 1957. V.S.M. Scrinari et al., Ostia and Porto, Milano 1982. Japanese Research Group of Ostia Antica, Report of the Investigation of Ostia Antica in 2008, Tokyo 2009. Japanese Research Group of Ostia Antica, Report of the Investigation of Ostia Antica in 2009, Tokyo 2010. 謝 辞 本展示会を開催するにあたり 下記の関係機関に多大なるご協力を賜りました ここに記して 深く感謝 致します ( 順不同 ) オスティア考古管理事務所九州大学堀賀貴研究室株式会社大建測量エンジニア

日本大学文理学部資料館展示会 古代ローマの港町オスティア 会 期 :2010( 平成 22) 年 11 月 10 日 ~ 19 日 主 催 : 日本大学文理学部 日本大学文理学部資料館 展示図録 古代ローマの港町オスティア 編 集 : 日本大学文理学部資料館 発行日 :2010( 平成 22) 年 11 月 10 日 印 刷 : 文成印刷 168-0062 東京都杉並区方南 1-4-1(TEL:03-3322-4141) 発 行 : 日本大学文理学部資料館 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40(TEL:03-5317-8590)