クロスオーバー実験のデザインと解析 - テレメトリー法による QT/QTc 試験の実データを用いた検討 - I. テレメトリー法による QT/QTc 試験について 1) イヌを用いたテレメトリー QT/QTc 試験の実際 金納明宏 薬理統計グループ安全性薬理チーム 要約 : 医薬品開発の非臨床試験で, 安全性薬理試験の QT/QTc 延長を評価する in vivo テレメトリー試験は, ヒトでの不整脈発現を評価する上で非常に重要な試験である. 近年, 機器の性能向上によるデータ量の増大などもあり, 試験方法や解析の標準化が望まれている. 今回, イヌを用いたテレメトリー試験の試験デザイン及び解析方法について検討を行ったので, その概要を説明する. 試験デザインとして, 日本で汎用されている, ある処置の前後の処置にはすべて異なる処置が入るバランスのとれた Williams ラテン方格法および対照群から高用量群に漸増する用量漸増法に加え, 低用量から漸増するが, 部分的に対照群との 2 2 のクロスオーバーになるようデザインされた Peace 用量漸増法を取り上げた. 被験薬として, ヒトで QT/QTc 延長が報告され, 陽性対照薬となっているモキシフロキサシンを用い, 用量反応性と影響量を検討するため, 溶媒群と 3,10,30 mg/kg 投与群の 4 群を設定した. 動物は, 個体差を除くため, すべてのデザインについて同一のビーグル犬を各群に 1 頭使用した. 検討項目は, 体温, 血圧, 心拍数, 心電図で, それぞれ 1 分ごとの平均値で測定した. キーワード : 安全性薬理試験, テレメトリー試験,QT/QTc,Williams ラテン方格法,Peace 用量漸増法, 用量漸増法 目次 1. 試験の必要性 ----------------------------------------------------------- 3 2. 現在の代表的な試験の概要と試験デザイン ----------------------- 4 3. テレメトリー試験の現状と動向 ---------------------------------------- 5 4. 実験の目的 -------------------------------------------------------------- 7 5. 実験の概要 -------------------------------------------------------------- 8 6. 実験デザイン ------------------------------------------------------------ 9 1
イヌを用いたテレメトリー QT/QTc 試験の実際 薬理統計グループ安全性薬理チーム金納金納明宏明宏 医薬品開発における非臨床試験において, 安全性薬理試験は必須の試験の一つである. その中でも心血管系の QT/QTc 延長を評価する in vivo テレメトリー試験は, ヒトにおける不整脈死を回避するために非常に重要な試験である. 今回は, 非臨床安全性薬理試験で実施しているイヌを用いたテレメトリー QT/QTc 試験がどのように実施されているか紹介する. 第 14 回医薬安全性研究会定例会第 14 回医薬安全性研究会定例会 1 1 発表の構成 1. 試験の必要性 2. 現在の代表的な試験の概要と試験デザイン 3. テレメトリー試験の現状と動向 4. 実験の目的 5. 実験の概要 6. 実験デザイン (A) Williamsラテン方格法 (B) Peace 用量漸増法 (C) 用量漸増法 2 第 14 回医薬安全性研究会定例会 2 発表の構成は,1. 試験の必要性,2. 現在の代表的な試験の概要と試験デザイン,3. テレメトリー試験の現状と動向,4. 実験の目的,5. 実験の概要,6. 実験のデザイン, と現在我々が実施している代表的な実験の概要を説明する. 2
試験の必要性 ICH S7B ガイドラインヒト用医薬品の心室再分極遅延 (QT 間隔延長 ) の潜在的可能性に関する非臨床的評価 覚醒下あるいは麻酔下動物において心電図パラメータ (QT 間隔など心室再分極の指標 ) を測定 第 14 回医薬安全性研究会定例会 3 まず,QT 延長を評価する in vivo テレメトリー試験の位置づけは, 安全性薬理試験 ICH-S7B ガイドライン ヒト用医薬品の心室再分極遅延 (QT 間隔延長 ) の潜在的可能性に関する非臨床的評価 の中に記載されているように,in vitro I Kr 測定 (herg 試験 ) と並んで実施する In Vivo QT 測定 試験となる. 3
現在の代表的な実験の概要 被験物質 (0, L, M, H), 1W 間隔で投与 体温, 血圧, 心拍数, 心電図など 投与前 2 時間 ~ 投与後 24 時間計 26 時間データ取得 データ解析時点 : 投与前, 0.5, 1, 2, 4, 6, 24 時間 9:00 11:00 17:00 18:00 6:00 11:00-2 h 0 6 h 18 h 24 h 投与 給餌 消灯 点灯 第 14 回医薬安全性研究会定例会 4 現在, 日本で実施されている代表的な実験の概要を示す. 試験群は, 被験物質 0( 対照群 ),L ( 低用量 ),M( 中用量 ),H( 高用量 ) の 4 群で構成し,4 頭の動物に 1 週間間隔で繰り返し投与する実験である. 測定項目は, 体温, 血圧, 心拍数, 心電図などで, 測定時間は, 投与前 2 時間から投与後 24 時間の計 26 時間で連続して波形データを取得する. こうして得られた 26 時間の波形の中から, 解析時点を決め, その時点のデータとして数値化する. また, 測定中のイベントは図の通りで, 朝 9 時から測定を開始し, 投与を 11 時, 給餌は 6 時間の解析時点終了後,18 時には照明の消灯, 朝 6 時に照明の点灯, そのまま 24 時間で一回の投与, 測定が終了する. 4
代表的な試験デザイン 2 種類の試験デザイン ID Williams ラテン方格法 1st 2nd 3rd 4th ID 用量漸増法 1st 2nd 3rd 4th 1 0 L M H 2 L H 0 M 3 M 0 H L 4 H M L 0 1 0 L M H 2 0 L M H 3 0 L M H 4 0 L M H 第 14 回医薬安全性研究会定例会 5 テレメトリー試験には,2 種類の代表的な試験デザインがあり, 一つは Williams ラテン方格法であり, 実験の都度各群バラバラに実施していく方法で, 非常にバランスのとれた方法である. もう一つは用量漸増法で, 低用量から順に投与していく方法であり, 高用量の影響が強く出ることが予想される場合などに選択する方法である. テレメトリー試験の現状 ガイドラインはあるが, 詳細は規定されていない データ解析方法, 統計解析方法など各社各様 特にデータ解析は, テレメトリー機器の性能に依存 結果に影響する因子についての検討が不十分 常に同じ条件で同様の結果が得られることが前提 専門家による恣意的なデータの選択 解析 第 14 回医薬安全性研究会定例会 6 次に, テレメトリー試験の現状を示す. データ解析方法や統計解析方法などが各社各様で, 特にデータ解析は, テレメトリー機器の性能にも大きく依存している. また, 解析時点のデータの選択や解析方法は, 専門家の判断により実施している. さらに, 用量漸増法のように時期効果の影響が出る試験デザインが汎用されている. 5
近年のテレメトリー試験の動向 試験方法や解析の標準化 常に違う条件で違う結果が得られることを前提 専門家によるデータの選択 妥当性の確認 試験デザイン ( 用量漸増法 ) の見直し 混入する誤差を減らし, 効率よく解析でき, かつ実施が容易で 動物にも安全なデザイン テレメトリー機器の性能が向上したことにより, 連続的に大量データの入手でき, 自動解析が可能 超多時点の経時デ - タでの適切な代表値の作成, 欠測値への対処などの取り扱い方法 第 14 回医薬安全性研究会定例会 7 近年のテレメトリー試験では, テレメトリーの機器性能の向上により連続的に大量データが入手でき, あらかじめ設定したロジックに従って自動解析が可能になっている. この進歩によって, 従来考慮する必要がなかった超多時点の経時データでの適切な代表値の作成や新たな試験デザインや大量データの解析などが可能となってきたことから, 適切な試験デザインと解析方法などの検討が可能となった. 6
実験の目的 用量漸増法のように実施が容易で, 動物にも安全で,Williams ラテン方格法のように混入する誤差を減らす事ができ, 統計学的に優れる試験デザインは? 超多時点の経時デ - タ大量の最適な評価方法は? 同一個体を用いて 3 種類の異なるデザインで実験を行い, 大量デ - タのまとめ方とデザインを考慮した解析について, 比較検討 8 第 14 回医薬安全性研究会定例会 8 このような背景から, 統計学的に優れたデザインは何か, 超多時点の経時データの最適な評価法は何か, それに合った統計解析は何か, などの課題を検討するため, 同一個体で 3 種類の異なるデザインで実際に実験を実施した. 7
実験の概要 ビーグル犬 4 頭 Moxifloxacin(0, 3, 10, 30 mg/kg), p.o. 3 種の試験デザイン 体温, 血圧, 心拍数, 心電図 (PR, QRS, QTc) 投与前 2 時間 ~ 投与後 24 時間計 26 時間 全波形解析 (1 分毎の平均値 :1560 ポイント ) 9:00 11:00 17:00 18:00 6:00 11:00-2 h 0 6 h 18 h 24 h 投与 給餌 消灯 点灯 第 14 回医薬安全性研究会定例会 9 今回の実験の概要である. ビーグル犬 4 頭を用いて, 投与物質には先行論文を参考に QT/QTc 延長陽性薬のモキシフロキサシン 0,3,10 および 30 mg/kg の経口投与を選択した. 試験デザインは, 汎用されている Williams ラテン方格法および用量漸増法に加えて,Peace 用量漸増法の三法を選択した. 測定項目は, テレメトリー試験で一般的に測定される体温, 血圧, 心拍数, 心電図とした. データは, 投与前 2 時間から投与後 24 時間の取得した 26 時間分すべて (1 分間の平均値として解析, 全 1560 ポイント ) を解析した. 照明は 6 時 ~18 時の 12 時間を点灯時間とし, 給餌は投与後 6 時間の終了後に実施した. 8
実験デザイン 3 種類の試験デザイン ID Williams ラテン方格法 Peace 用量漸増法用量漸増法 1st 2nd 3rd 4th 1st 2nd 3rd 4th 1st 2nd 3rd 4th 1 0 3 10 30 0 3 10 30 0 3 10 30 2 3 30 0 10 3 0 10 30 0 3 10 30 3 10 0 30 3 3 10 0 30 0 3 10 30 4 30 10 3 0 3 10 30 0 0 3 10 30 第 14 回医薬安全性研究会定例会 10 次に試験デザインを示す.Williams ラテン方格法を最初に実施し, 次に Peace 用量漸増法, 最後に用量漸増法を実施した. それぞれの投与後の休薬期間は 3~4 日間とし, すべて同一動物で実施した. 9
(A)Williams ラテン方格法 ラテン方格クロスオーバーデザインのひとつ ある処置の後の処置はすべて異なる処置 ある処置の前の処置はすべて異なる処置 ID Williams ラテン方格法 1st 2nd 3rd 4th 1 0 3 10 30 2 3 30 0 10 3 10 0 30 3 11 第 14 回医薬安全性研究会定例会 4 30 10 3 0 それぞれの試験デザインの特徴を確認する. まず,Williams ラテン方格法である.Williams ラテン方格法は, ラテン方格クロスオーバーデザインの一つで, ある処置の前後の処置にはすべて異なる処置が入るバランスのとれたデザインである. その一方で, 毎回全濃度の調製と異なる用量の処置が必要で, 実験の途中で微妙な結果の解釈を判断しづらく ( 例数が増えないとわからない ), 追加実験の計画が立てづらく, 予想に反して高用量で強い作用が出たときに対処が難しいなど, 実際に利用するとなると問題点も多く, 実験者泣かせのデザインである. 10
(B)Peace 用量漸増法 低用量からの漸増法で, どこかにコントロールが入る 部分的にコントロールとの 2 2 クロスオーバーデザイン ID Peace 用量漸増法 1st 2nd 3rd 4th 1 0 3 10 30 2 3 0 10 30 3 3 10 0 30 12 第 14 回医薬安全性研究会定例会 4 3 10 30 0 次に Peace の用量漸増法である. 低用量からの漸増法で, どこかにコントロールが入るデザインで, 部分的にコントロールとの 2 2 のクロスオーバーデザインが入るデザインである. このデザインは, 臨床試験において, 高用量での不測の事態を回避するために利用されているが, 安全性薬理研究者の中ではほとんど知られていない. 実験者からすると,Williams ラテン方格法と比べて, 予想に反した影響があった場合などに対応しやすいデザインである. 単純な用量漸増法と比較して手間は増えるが,Williams ラテン方格法よりは現場で受け入れやすいと考えられる. 今後本方法が広く使われるようになった場合, どのような利点や限界があるか確認するため, 今回の検討に含めた. 11
(C) 用量漸増法 すべての動物で, コントロール 低用量 中用量 高用量と漸増していく 各時期の処置は同じなのである時期に異常なことが起こっても, すべてそのときの処置に起因したことになる ID 用量漸増法 1st 2nd 3rd 4th 1 0 3 10 30 2 0 3 10 30 3 0 3 10 30 13 第 14 回医薬安全性研究会定例会 4 0 3 10 30 最後に用量漸増法は, すべての動物で, コントロール, 低用量, 中用量, 高用量と漸増していくデザインである. 各時期に同一用量の処置を行うため, 異常が起こったときの解釈がすべてその時の処置に起因したことになる. その一方で,Williams ラテン方格法と違って,1 用量の調製と処置で済むうえ, 用量ごとの結果はすぐに判断できるため追加実験の計画が立てやすく, 予想に反した影響に対処しやすいなど, 安全性薬理研究者に長く親しまれているデザインである. 12
最後に 今回の実験で得られたデータの解析は, 引き続き板東さんお願いします. ご清聴ありがとうございました. 第 14 回医薬安全性研究会定例会 14 以上が今回実施した実験の概要である. 実際の実験データの詳細な解析等については, 以下の資料にまとめられている. クロスオーバー実験のデザインと解析 -テレメトリー法による QT/QTc 試験の実データを用いた検討 - 薬理統計グループ安全性薬理チーム I. テレメトリー法による QT/QTc 試験について 2) 超多時点経時データの統計解析板東正博 II. クロスオーバー実験の統計解析 3) クロスオーバー実験での群間比較の実際福島慎二 4) 有意差検定と信頼区間方式の解析の比較平田篤由 III. クロスオーバー実験で想定される問題点について 5) 試験デザインと統計解析法に関するシミュレーション検討橋本敏夫 13