コーヒーブレイクセミナーⅤ日本呼吸ケア リハビリテーション学会誌 2017 年第 26 巻第 3 号 469-474 一般病棟でこそ使ってみよう! 経皮的 CO 2 モニタリング装置 (TOSCA ) KKR 札幌医療センター呼吸器科 福家 聡 要旨適切な呼吸管理に欠かせない のモニタリングにおいては, 動脈内留置カテーテルを用いた方法が主に用いられているが, 侵襲的であることや継時的変化をリアルタイムに捉えることができないなどの問題がある. 我々はこれまで非侵襲的かつリアルタイムのモニタリングが可能な, 経皮的動脈血二酸化炭素分圧 ( ) 装置 (TOSCA ) について基礎的検討と臨床応用についての検証をしてきた. まず TOSCA の精度を基礎的な条件下で検討した. 被験者の動脈血二酸化炭素分圧を任意にコントロールし, 経皮的に測定した が個人内での 変化を変化させたところ, 良好な相関を認めた. また急性変化に対する の追随性も良好であった. 臨床での使用経験として急性期における症例では, 気管支喘息重積発作や COPD 増悪, 肺結核後遺症患者での急性期 NPPV 導入について検討した. これらの症例では, 呼吸不全が進行した際には NPPV の設定変更や挿管人工呼吸管理が必要となる場合もあり, 刻々と変化していく病態を把握し評価するという点において, 経時的な のモニタリングが必須である. また慢性期の症例においては, 一般呼吸器科病棟における管理を想定した. 慢性呼吸不全とくに II 型呼吸不全では, 酸素療法中に CO 2 ナルコーシスをきたす懸念があり, 常にそのモニタリングを行うことが重要である. 一方, 高齢者が多い肺結核後遺症や COPD 患者における呼吸管理では人工呼吸器は適応外であることも多く,NPPV による呼吸管理を一般病棟で行う.II 型呼吸不全を呈し NPPV による呼吸管理を行った症例について経皮 CO 2 モニターの使用経験, 在宅 NPPV 使用患者の急性悪化時におけるモニタリング, 肺結核後遺症による慢性 II 型呼吸不全に対する慢性期 NPPV 導入のいずれにおいても, 経皮 CO 2 モニターにより患者の病態に則した NPPV 管理が可能であった. TOSCA によるモニタリングは, 医療者および患者の両者にとっての負担が少なく, マンパワーが十分ではない病棟や夜間においては特に本装置の有用性が期待される. Key words: 呼吸器疾患, 一般病棟, 経皮的 CO 2 モニタリング, 経皮的二酸化炭素分圧測定, 非侵襲的陽圧換気療法 第 ₂₆ 回日本呼吸ケア リハビリテーション学会学術集会 はじめに適切な呼吸管理に欠かせない動脈血二酸化炭素分圧 (PaCO ₂ ) のモニタリングにおいては, 動脈内留置カテーテルを用いた方法が標準的方法であるが, 侵襲的であることや継時的変化をリアルタイムに捉えることができないなどの問題がある. また呼気 CO ₂ モニターについても不均等換気のない正常肺であることが前提の方法である ( 図 ₁ ). 今回は, 非侵襲的かつリアルタイムのモニタリングが可能な, 経皮的動脈血二酸化炭素分圧 (PtcCO ₂ ) 測定装置 (TOSCA ) の基礎的評価と臨床での使用方法について解説する. 経皮的動脈血二酸化炭素分圧測定とは? 今回紹介する, 経皮的動脈血二酸化炭素分圧測定装置 (TOSCA ) は, 皮膚にセンサーを装着することで, PaCO ₂ を測定できる機器である. この機器の利点は, 医師がいなくても,PaCO ₂ が測定できること. ₁₂ 時間にわたり連続的に測定し, モニタリングできること. 針を刺したりしないため, 患者への負担が少ないこと. センサーが外れても, 患者への害はなく安全であること. などが, 挙げられる. 特に一般病棟や医師が不在の場合にも, 安全に呼吸状態のリアルタイムの評価ができる. TOSCA のしくみ耳たぶや胸壁に装着したセンサーによって皮膚を₄₂ に温める ( 迅速に使用できるように一時的に₄₄ まで上昇する ). その結果, 皮下の毛細血管が拡張し, そこに動 2017 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation 469
一般病棟での経皮的 CO 2 モニタリング 動脈ライン呼気 CO 2 TOSCA ( 経皮的 CO 2 ) 正確性 標準 肺が正常でなければ信頼できない 個人ごとに多少の補正が必要 経時的評価一定の時間ごと連続的連続的 対象患者 術中 ICU など 術中挿管管理 すべて 使用される部署手術室 ICU 手術室 ICU すべて ( 特に一般病棟で有用 ) 医療者の負担 取扱いが煩雑 自己抜去のリスクがある 簡便 12 時間ごとに付け替え TOSCA 0 TCM TOSCA 図 1 TOSCA の特徴 Subject 1 subject 2 y= 1.137x -1.847 r 2 = 0.979 y= 1.013x -3.1 r 2 = 0.926 subject 4 subject 5 y = 1.106x -4.985 y = 1.3x -15.794 r 2 = 0.975 r 2 = 0.947 subject 7 subject 8 y = 1.3x -14.371 y = 1.544x -19 r 2 = 0.921 r 2 = 0.978 subject 3 y = 1.037x + 1.208 r 2 = 0.975 subject 6 y = 0.938x + 5.819 r 2 = 0.913 subject 9 y = 1.095 x + 1.023 r 2 = 0.98 図 2 と の相関 - ゆっくり変化させた場合 - 470 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
脈血が直接流れ込むことで毛細血管が動脈血化する. 流れ込んだ動脈血から二酸化炭素が皮膚表面に拡散し, その分圧をセンサーを通じて測定している. 加温は₄₂ のため,₁₂ 時間までの連続装着においては低温やけどの危険はほとんどない. TOSCA の精度評価被検者の PaCO ₂ をゆっくりと変化させた場合と急速に変化した場合に,TOSCA で経皮的に測定した PtcCO ₂ に正確に反映されるかどうかを検証した ₁,₂). 被験者の PaCO ₂ を任意にコントロールできる機器 (DUOGRAPH) を用いて被検者の PaCO ₂ をゆっくりと変化させた場合 ( 実験 ₁ ) に,PtcCO ₂ は正確に反応した ( 図 ₂ ). その結果, 個人内での PtcCO ₂ と PaCO ₂ 比較では良好な相関を認めた (r=₀.₉₆-₀.₉₉). また,PtcCO ₂ と PaCO ₂ 回帰グラフの傾きはほぼ ₁ に近似していた (₀.₉₃₈-₁.₅₄₄). PaCO ₂ を急速に変化させた場合 ( 実験 ₂ ) の PtcCO ₂ は平均 ₉₅ 秒程度で追随していた ( 図 ₃ ). 実験 ₂ で得られた PtcCO ₂ を, 実験 ₁ から得た補正式で補正した値は PaCO ₂ の変化を良好に反映した. センサーの装着部位は, 左右の耳朶ではほとんど左右差は認めず, 前脛骨への装着と比較して胸壁への装着の方が耳朶との相関関係が良好で あった. これらの結果から,TOSCA は臨床現場において問題なく使用できると判断した. 一般病棟での使用各種呼吸器疾患 ( 気管支喘息, 慢性閉塞性肺疾患 (COPD), 肺結核後遺症など ) の急性期や慢性期呼吸管理の実際について報告する. 症例提示 1. 症例 1 : 喘息重積発作における急性期 NPPV の使用 3) ( 図 4) ₃₀ 歳代男性. 前日夕から発作があり, 翌日当科へ紹介された. 受診時には意識はやや傾眠傾向, 発汗著明, 脈拍 ₁₁₈/ 分整, 聴診上全肺野に笛声音を聴取した. 顔貌は苦悶様. 動脈血ガス分析 ( 室内気 ) では ph ₇.₃₂,PaCO ₂ ₅₁.₇ Torr, PaO ₂ ₄₄.₅ Torr と呼吸性アシドーシスを呈しており, 薬物治療の開始後も意識レベルが低下しており入院直後に NPPV(BiPAP Synchrony ) を装着した. 鼻マスク,S モード,IPAP ₁₂ cmh ₂ O,EPAP ₈ cmh ₂ O,O ₂ ₁₀ L で開始し, 呼吸困難, 動脈血ガス分析も改善したため約 ₄ 時間で離脱. 再増悪は認めなかった. subject 4 subject 5 subject 6 70 0 5 10 subject 7 subject 8 75 70 subject 9:, 図 3 の急性変化に対する の関係 Vol.26 No.3 2017 471
一般病棟での経皮的 CO 2 モニタリング 症例 38 歳男性 現病歴前日夕から発作があり 翌日当科へ紹介された 現症意識はやや傾眠傾向 発汗著明 脈拍 118 整 聴診上全肺野に笛声音を聴取 動脈血ガス分析 ( 室内気 ) :ph 7.32, 51.7Torr PaO 2 44.5Torr (%) NPPV (BiPAP synchrony R ) IPAP 6cmH 2 O, EPAP 10cmH 2 O 90 (/min) Pulse 経過顔貌は苦悶様 薬物治療を開始したが意識レベルも低下しており入院直後にNPPV(BiPAP Synchrony R ) を装着した 鼻マスク Sモード IPAP 12cmH 2 O EPAP 8cmH 2 O O 2 10Lで開始し 呼吸困難 動脈血ガス分析も改善したため約 4 時間で離脱 再増悪は認めなかった 120 (Torr) 19:00 1:00 図 4 喘息重責発作での急性期 NPPV 使用 ph 7.4 7. 7.3 7. NPPV PC mode I/E=13/4cmH 2 O ~ Torr 80 70 ~ (room air) ph 7. 75.0 Torr PaO 2 Torr HCO - 3 31.8 mmol/l 7 月 18 日 19:00 7 月 19 日 1:00 ~ 7:00 13:00 7 月 20 日 1:00 7:00 図 5 肺結核後遺症患者における急性期 NPPV 導入 2. 症例 2 : 肺結核後遺症における急性期 NPPV 4) ( 図 5 ) ₆₀ 歳代女性. II 型慢性呼吸不全を呈する肺結核後遺症の症例であったが,NPPV は導入せずに経過観察していた. しかし増悪をきたし II 型呼吸不全の進行を認め, 急性期に NPPV を導入した症例.pH は血液ガス分析が必要であったが, PaCO ₂ は TOSCA でモニタリング可能であった. 3. 症例 3 :COPD における急性期 NPPV 5) ( 図 6) ₆₉ 歳代男性. II 型慢性呼吸不全を呈する COPD で通院中であったが, 喘鳴, 呼吸困難で当科を受診. 低酸素血症と高炭酸ガス血症を認めた. 臨床経過, 検査 画像所見より COPD 増悪と判断した. 受診時に PaCO ₂ ₈₇ Torr(PtcCO ₂ ₉₂ Torr) であり,NPPV による換気補助を開始し, ステロイドホ 472 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation
(%) 90 (/min) 120 Pulse (Torr) 80 87Torr 75Torr 61Torr 19:00 1:00 7:00 13:00 19:00 図 6 COPD 増悪 a) b) 図 7 センサーを外してしまう場合 ルモン, 気管支拡張薬および抗菌薬投与, 呼吸理学療法による排痰によって徐々に高炭酸ガス血症は改善した. 図に示すように,PaCO ₂ と PtcCO ₂ との乖離はほとんど認めず, 経時的に PtcCO ₂ をモニターすることで厳重に呼吸状態を管理することができた. 4. 症例 4 : 不穏によりセンサーを外してしまう症例 ( 図 7) ₇₆ 歳男性. 肺結核後遺症, 原発性肺癌にて当科入院中. 肺結核後遺症による II 型呼吸不全を呈し,TOSCA によるモニタリングを開始した. しかし不穏状態のため無意識のうち Vol.26 No.3 2017 473
一般病棟での経皮的 CO 2 モニタリング にセンサーに触れてしまい, センサーの方と皮膚の接触不良を起こしていた a). センサーと耳クリップをテープで固定することで接触不良を回避し, 安定したモニターが可能になった b). と が乖離している場合の原因光の干渉 (low signal IQ): コンタクトジェルの不足, クリップが密着していないことによる. 還流不足 (low perfusion index): 末梢の環流が不良で, うっ血傾向や長時間同じ場所にセンサーを装着している際などに表示される. メンブレンの管理 : 定期的交換とメンブレン内の電解液添加を遵守していない場合に表示される. またセンサーにコンタクトジェルやゴミが付着したままキャリブレーションボックス内へ収納した場合などに表示される. 考察立川ら ₆) は, 非侵襲的換気療法研究会による慢性期 COPD に対する NPPV 療法の実態調査について報告している. この報告では, 慢性期 COPD に対して長期に NPPV を導入する基準として,₈₈% の施設で PaCO ₂ を, ₇₇% の施設で夜間低換気,₆₉% の施設で高炭酸ガス血症を伴う増悪を挙げている.PaCO ₂ の値としては ₅₅ mmhg 以上を₅₂%, 増悪回数は年に ₂ 回以上を₅₆% の施設が重視している. また導入後の IPAP の設定基準として,PaCO ₂ の低下度,PaCO ₂ の絶対値などを用いていた. この報告からもわかるように, 慢性呼吸器疾患における呼吸不全の評価および管理において, 夜間も含めた高炭酸ガス血症の評価が不可欠である. 呼吸状態や換気療法のモニタリングとして, 動脈血二酸化炭素分圧を測定する際には, 動脈ラインを挿入し一定時間ごとに動脈血ガス分析を行うことが標準的な方法である. しかし, 煩雑な取り扱いや自己抜去の危険性を考慮すると, 手術室や ICU などの厳重な管理が可能な状態では施行できるが, 一般病棟では施行は困難である. さらに, 一定時間ごとの評価のみが可能であり, リアルタイムに経時的な評価は不能である. また呼気 CO ₂ を用いる方法では, 肺が正常であることと, 不均等換気がないことが前提条件であるし, 気管内挿管が必要であるため, 慢性呼吸器疾患の場合には不適切である. 本稿で触れた経皮的 CO ₂ モニターである TOSCA は, 個人ごとに PaCO ₂ と PtcCO ₂ の補正が必要であるものの,₁₂ 時間にわたり連続的にリアルタイムにモニタリングが可能であ る. また非侵襲的な方法であるため, 患者や取り扱う医療従事者に対しても負担の少ない方法であると言える ( 図 ₁ ). マンパワーが十分ではない病棟においても, 夜間の呼吸状態を的確に評価することが可能であり, 本装置の有用性が期待されている. 今後さらに機器が改良され, 軽量, コンパクト化され, パネル表示も改良された際には, 病棟での使用はもとより, これまで十分にアプローチができなかった在宅での夜間の呼吸状態に応じた治療につながると思われる. まとめ 呼吸不全の評価においては,SpO ₂ と PaCO ₂ の両方を評価することが必要であり, 特に II 型呼吸不全では, 人工呼吸器や補助換気療法を導入する判断を迫られる. ケアする医療者がいち早くその状態に気がつき, 適切な処置へつなげていくことが重要である.TOSCA によるモニタリングは, 医療者および患者の両者にとっての負担が少ない一方で, 連続的に呼吸状態を正確に把握できることから, 特にマンパワーが十分ではない一般病棟や夜間において医療者の力強い味方になる. さらに在宅での有用性についても期待が高まっている. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない. Transcutaneous PCO ₂ measurement system for the inpatients with respiratory disease Satoshi Fuke Department of respiratory medicine, KKR Sapporo Medical Center 文 献 ₁ )Fuke S, Miyamoto K, Ohira H, et al.: Evaluation of transcutaneous CO ₂ responses following acute changes in PaCO ₂ in healthy subjects. Respirology ₁₄: ₄₃₆-₄₄₂, ₂₀₀₉. ₂ ) 福家聡 : 呼吸管理における非侵襲的モニタリング経皮的 CO ₂ モニター基礎的検討および臨床使用経験. 日呼ケアリハ学誌 ₁₇: ₂₃₁-₂₃₆, ₂₀₀₇. ₃ ) 福家聡 :COPD と気管支喘息の呼吸管理. 並木昭義, 氏家良人, 升田好樹編 : よくわかる人工呼吸管理テキスト, 改訂第 ₆ 版, 南江堂, 東京,₂₀₁₄,₂₄₉-₂₅₅. ₄ ) 福家聡, 斎藤拓志, 高階太一, 他 : 経皮的 CO ₂ 分圧測定装置を使った肺結核後遺症患者の CO ₂ モニタリングの有用性. 日呼ケアリハ学誌 ₁₉: ₄₈-₅₂, ₂₀₀₉. ₅ ) 宮本顕二, 福家聡 :Bedside Teaching 経皮的ガスモニターの最新の話題. 呼吸と循環 ₅₈: ₅₀₃-₅₀₉, ₂₀₁₀. ₆ ) 立川良, 室繁郎, 谷澤公伸, 他 : 慢性期 COPD に対する非侵襲的陽圧換気 (NPPV) 療法の実態調査. 日呼ケアリハ学誌 ₂₅: ₃₈₉-₃₉₄, ₂₀₁₅. 474 The Journal of the Japan Society for Respiratory Care and Rehabilitation