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解説 ポンプ流体技術の変遷と展望 ~ ASME 流体工学部門 Fluid Machinery Design Award を受賞して ~ Historical Perspective on Pump Fluids Engineering Technology - Response to Receiving the Fluid Machinery Design Award from the ASME Fluids Engineering Division - * 後藤彰 Akira GOTO 米国機械学会流体工学部門から, Fluid Machinery Design Award を受賞した それを機会に, 著者の経験に基づき, 流体工学分野に関わる過去 40 年間の実験技術, 数値解析技術, 設計最適化技術の変遷を俯瞰する 事例として, 羽根車下流の周期変動 3 次元流れの計測技術, 多色油膜法による複雑な 2 次流れの可視化技術, 数値流体力学技術,3 次元内部流れを論理的に制御する 3 次元逆解法設計技術, 流体機械の性能曲線をカスタマイズするための多目的最適化技術, 複雑な 3 次元流路形状を最適化するためのアドジョイント法技術などを紹介し, 近未来への期待についても述べる To mark receiving the Fluid Machinery Design Award from the ASME Fluids Engineering Division, advances in experimental, numerical, and design technologies for fluid machinery over the last 40 years are reviewed based on the author s experience. Advances include pressure probe measurements downstream from a rotating impeller, multi-color oil-film flow visualization of complex secondary flows, various levels of CFD technology, 3D inverse design method for logically controlling internal flows, multi-objective optimizations for controlling performance curves, and adjoint method for optimizing complex 3D configurations. Future prospects are also discussed. Keywords: Tow-hole Pitot probe, Multi-color oil-film flow visualization, Computational Fluid Dynamics, Inverse design method, Numerical optimization, Multi-objective optimization, Adjoint method 1. はじめにこの度, 米国機械学会 (ASME) 流体工学部門から, Fluid Machinery Design Award を受賞した ( 図 1) 同賞は 1980 年に創設され, Excellence in the design of machinery involving significant fluid mechanics principles, which benefits mankind as exemplified by product use within the past decade. に対し,2 年ごとに贈賞される なお,2016 年は ASME 流体工学部門の設立 90 周年記念の年であり, 過去の各賞受賞者を含む部門功労者 91 名の一人として, 記念メダル ( 図 2) も授与された 功労者リストに日本人の名前は他に見当たらず, 今回の受賞の重みを一層痛感している ASME 流体工学部門が設立された 1926 年は, ガスタービンエンジン誕生前夜の時代である その後の流体技術に関わる技術革新は目覚ましい 筆者は, ベクトル型スー 図 1 賞状 * 風水力機械カンパニー企画管理技術統括技術開発統括部 図 2 90 周年記念メダル 21

解析技術の進化軸 流体 構造連成非定常要素間干渉 高精度 CFD まるごと CFD キャビ解析 NS-CFD, 定常翼間流路 非粘性準 3 次元 1 次元性能予測 初の羽根間流路 3D-NSCFD 1988 経験的 CFDを援用した設計 経験則に基づく設計 1970 年代まで 理論的アプローチ ( 逆解法 ) 逆解法と CFDを援用した設計 内部流れ計測 初の3 次元逆解法設計 1990 初のGA 最適化 1999 初のMOGA 最適化 2008 初のAdjoint 最適化 2012 非侵襲内部流れ計測 数値最適化を援用した設計 単目的の自動最適化設計技術の進化軸 壁面圧力多色油膜法 LDV PTV PIV D-PIV 非定常ピトー管 ( 非侵襲計測技術 ) 実験技術の進化軸 多目的トレードオフ最適化 多目的 多領域の数値最適化高度 CFDの援用 アドジョイント法を援用した設計 複雑形状の自動最適化 図 3 実験 解析 設計の各技術の変遷 パーコンピュータの実用化の時期に大学院で研究生活に入り, その後のコンピュータの長足の進歩の恩恵を受けながら, 流体機械業界で実験 解析 設計技術の研究開発に取り組んできた 本稿では, 今回の受賞をきっかけに, その間の技術の変遷を振り返りたい 過去 40 年程度の, 流体機械に関する実験 解析 設計の各技術の変遷を図 3に示す いずれの技術の進化軸も, 当社における実績に基づいており, 世の中における当該技術の変遷と整合しない部分もある ここでは, 筆者が直接関わった具体例を紹介しながら各技術の変遷を俯瞰し, 併せて近未来に向けた期待を論じたい 2. 実験技術の変遷 2-1 2 孔ピトー管による周期的変動流の計測 1980 年代前半に, 非粘性流れに対する準 3 次元流れ解析と1 次元の損失モデルを組み合わせた, ポンプ性能予測技術の開発に取り組んだ 羽根車内で発生する損失を明確化するために, 羽根車出口の変動流を計測可能な, 周波数応答に優れた2 孔ピトー管を開発した 1) 図 4にその構造を示す 通常のピトー管と同程度の直径 6 mmのステム軸内に拡散型半導体圧力素子を設置し, それとプローブヘッドの2 個の取圧孔を導圧管でつないでいる 導圧管内部には粘度調整したシリコーン油を真空封入し, 高い周波数応答性 ( 約 5.6 khz) を実現した 当時提案されていた5 個の圧力センサーを内蔵した非定常流計測用 5 孔ピトー管と比較し, ステム軸とプローブヘッドを 大幅に小型化し, 流れ場への影響を緩和した 2 孔ピトー 管の着想は, 九州大学の井上雅弘教授 ( 当時 ) の研究グ ループが, 送風機内部流れの計測法として提案した, 単 2) 一傾斜熱線による周期的多点抽出法から得た 当初は 単孔ピトー管による 3 次元計測を試みたが, 角度変化に 対する感度が低く, 計測精度を確保するために 2 孔とし た 当時の計測用パソコンは 8 ビット CPU で主メモリは 64 kb, 外部記憶媒体はフロッピーディスクといった状況 で, データ採取から演算処理, 処理結果の転送という一 連のプロセスを高速化するため, 機械語でプログラムを 記述するなどの苦労があった 図 5 に示す, 比速度 560(m 3 /min,m,min 1 ) の斜流ポン プ羽根車について, 出口流れ計測と CFD 解析 (CFD: Computational Fluid Dynamics, 数値流体力学 ) を実施 した 3) 図 6(a) に示す羽根車環状流路断面内の 2 次流れ の CFD 結果によれば, 羽根車内部の高損失流体は, 羽 根先端漏れ流れと羽根間 2 次流れが干渉する領域に集積 プローブヘッド 0.6 mm 45 1.2 mm 45 20 mm 導圧管 ベースプレート 半導体圧力素子 図 4 高周波数応答性を有する 2 孔ピトー管 6 mm ステム 22

ディフューザ羽根 羽根出口流れ計測位置 79%-chord 羽根車 250 mm 入口流れ 図 5 2 孔ピトー管による羽根車出口流れの計測 (a)cfd による 2 次流れの流 線 (Q*=0.90,79%-chord) することが示唆された 羽根車の失速前後での計測結果によれば, 運転点が部分流量となるにつれ, この高損失領域は羽根間の中央から, 羽根負圧面とシュラウド面とのコーナー領域へと移動し ( 図 6(b)), 更なる流量の低下で急拡大し ( 図 6(c)), ポンプ揚程の急低下 ( 失速, 揚程曲線の右上がり不安定特性 ) を生じることが明らかになった 4) こうした2 次流れ挙動の解明は, 羽根車前縁上流への噴流吹き込みによって, 失速やサージング現象をアクティブに抑制する, 新しい流体機械デバイスの創出にもつながった 5) 2-2 多色油膜法による壁面流線の可視化 1988 年から 2 年間, 英国ケンブリッジ大学のホイットル研究所において, 軸流圧縮機の実験研究に取り組んだ際に, 赤色の蛍光粒子を軽油に混ぜ, 壁面流線を可視化する方法を学んだ 帰国後, その方法に触発され, 赤 青 黄 緑など種々の色の蛍光粒子を利用し, ポンプ内部の複雑な3 次元流れを直感的に理解しやすい形で可視化する, 多色油膜法を開発した 6) 従来の油膜法でも赤 白 黄色の顔料が使われているが, その比重は4 ~ 9で油膜と清水間の比重差の影響が出やすく, また鮮明な中間色や繊細な流線を得ることも難しい さらに, 顔料や油, 添加剤, 分散剤の調合が経験に依存し, 再現性にも難があった これに対し, 本油膜法は,1 蛍光粒子によって流線が鮮明,2 粒径が均一で小さく ( 約 5μm) 繊細で鮮明な中間色の流線が得られる,3 色によらず比重は約 1.3で油との調合でほぼ清 (b) 羽根車出口での全圧損失分布 (Q*=0.60, 失速直前 ) (c) 羽根車出口での全圧損失分布 (Q*=0.54, 失速直後 ) 図 6 斜流ポンプ羽根車の出口流れ水の比重と一致する,4 得られる油膜の性状が安定しており経験に依存する要素が少ないなどの特徴がある 図 7は, 多色油膜法を比速度 280(m 3 /min,m,min 1 ) の斜流ポンプ段落に適用した事例を示す ハブ面及びシュラウド面に青色, 羽根の負圧面に黄色, そして圧力面に赤色の油膜を塗布し, 約 5 分間の運転を行った 羽根の負圧面上 (SS) をハブ側からシュラウド側に向かう子午面 2 次流れ ( 青色 ), 羽根圧力面上 (PS) の子午面 2 次流れに起因するシュラウド面上の羽根間 2 次流れ ( 赤色 ), ディフューザ流路前半の負圧面からハブ面に向かう2 次流れ ( 黄色 ), 同流路後半の圧力面からハブ面に向かう 2 次流れ ( 赤色 ), そして両者が干渉する領域に生じた剥離渦 ( 中間色 ) などが明瞭に観察できる 図 7 多色油膜法による可視化 ( 斜流ポンプ, 設計点流量 ) 23

コーナー剥離渦の初生発達した剥離渦サドルポイント赤白黄緑黄青入口逆流の初生発達した入口逆流 図 8 入口逆流の初生と発達の様子図 8は, 上記羽根車のシュラウド内壁面の代表的なフローパターンをスケッチしたものである 最高効率点の 80% 流量近傍までは羽根圧力面側から負圧面側へ向かう羽根間 2 次流れが支配的だが (Type A), 流量が減少するにつれ羽根負圧面とシュラウド面のコーナー部に小さな剥離渦が初生する (Type B) この剥離渦は, 流量の低下と共に発達し (Type C), ついには羽根間流路から上流側へ排出され, 羽根車入口逆流が初生し (Type D) 発達する (Type E) この羽根車では, 最高効率点の 70% 流量付近でType Bのフローパターンが発生し, 68%~ 66% 流量では Type B ~ E が各流路で混在し, 65% 流量では全流路でType Eへと移行する 7) 以上のように, 多色油膜法によって複雑な2 次流れ現象を把握することで, 部分流量域で生じる異常現象の解明が進展し, 同時に有益な CFD 解析の検証データを獲得した 2-3 レーザ光による流れ場計測レーザ流速計 (LDV:Laser Doppler Velocimeter) に代表される, 光を用いた非侵襲の ( プローブ挿入などで流れを乱さない ) 内部流れ計測法は 1980 年代からポンプ内部流れに適用された 近年では流体中のトレーサ粒子群の挙動から, レーザ照射断面上の流れ場全体の瞬時計測を行う粒子画像流速計則法 (PIV:Particle Image Velocimetry) が実用化され, 壁面境界層内部の乱流構造の計測も試みられている 近年の技術課題は, 非定常性の強い流動現象が関わることが多く,PIV への期待は大きいが, ポンプ内部流れへの適用はまだ限定的である 数値解析とのハイブリッド化や, キャビテーション流れへの適用が進めば, 大きなブレークスルーが期待できる 演算速度をもつ計算機が, 約 10 年後には産業界でも利用されているという事実である このことは, 単純計算によれば,10 年前に1 年を要していた技術計算が半日で, あるいは1 日に1ケースの解析検討を実施していたものが,1 日で 700 ケースの解析が可能になり得ることを意味している 実際には, 解析モデルの精緻さの改善 ( 例えば, これまで無視していた狭い隙間をモデル化する ), 解析モデルの規模拡大 ( 例えば,1 段落だけでなく多段ポンプを丸ごと全段解析する ), 解析精度の向上 ( 例えば, 高細密なメッシュを使用し高精度の乱流解析を行う ), 非定常計算の多用 ( 例えば, これまでは時間平均的な流れだけを見ていたが, 現実がそうであるように, 時間的に変動する非定常流れを扱う ), 解析対象の拡大 ( 例えば, 実験に依存していたキャビテーション現象の評価を解析で行う ) などによって, スピードやケース数のインパクトは上記ほどにはならない しかし, 技術計算を援用したエンジニアリングの姿が様変わりし,21 世紀のものづくりの在り方に極めて大きなインパクトがあることは疑う余地がない 図 9(a) は1990 年代に行われていた, 典型的な斜流ポンプ段落のCFD 解析メッシュを示す 8) 当時は, メッシュ生成の煩雑さを避けるために, 羽根端部を丸めることで羽根先端隙間まわりの形状を模擬した また, 羽根車上流に向かって主軸を仮想的に延長し, メッシュのトポロジーを変えないように配慮した 周方向には周期境界条 (a) 斜流ポンプ段落 (1997 年 ):26 万点 流路 3. 解析技術の変遷 スーパーコンピュータに関する Top 500 Lists(https:// www.top500.org/lists/) によれば, 計算機の演算速度は 3 ~ 4 年ごとに約 10 倍の高速化を達成してきた 更に重 (b) 高圧多段ポンプ (2016 年 ):3 600 万点 要なのは, 世界トップのスーパーコンピュータと同等の 図 9 20 年間の解析規模の変遷 24

件を用いて周方向 1ピッチの羽根間流路だけを解析し計算負荷を軽減した さらに, 羽根車とディフューザの羽根枚数の違いに対し, 両流路間で空間平均化処理を行うミキシングプレーンモデルを使用し, 定常流れ解析によって現象を模擬した この事例の総メッシュ点数は約 26 万点であった これに対し,20 年後の2010 年代半ばには, 計算機の飛躍的な進歩 ( 演算速度 100 万倍 ) で, より精緻なモデル化が可能となった 図 9(b) は高圧多段ポンプに使用した解析モデルを示す 9) 非設計点では狭い隙間からの漏れ流れの影響を無視できないため, 羽根車やディフューザ流路だけでなく, スリーブやライナーリング部の狭い隙間もモデル化している このポンプでは, ボリュートケーシングや長段間流路 ( クロスオーバ ) などの非回転対称の流路を含むため, 周期境界は利用していない 本事例の総メッシュ点数は約 3 600 万点であり, ポンプ内部の流体領域をほぼ丸ごとモデル化し, さらに時間と共に羽根車とディフューザ流路の相対位置を変化させる非定常計算を実施している 解析メッシュの精細化と解析モデルの大規模化に加え, 乱流モデルの高度化も大きく進展した 産業界では, 長年, 全ての渦スケールの乱流をモデル化するRANS (Reynolds Averaged Navier-Stokes) 解析が主流である しかしながら, 我が国最速のスーパーコンピュータである京スパコンなどを利用し, 小さな渦だけをモデル化し, 大きな渦はモデル化なしに直接解くLES 解析 (Large Eddy Simulation) を実用化するための取り組みが進んでいる 10) 図 10は両吸込ポンプの羽根入口部の流れ場を, LES 解析とRANS 解析で比較したものであり, 前者では極めて複雑な渦構造が捕捉されていることが理解できる 詳細な渦構造の予測とその制御は, 更なる性能改善や限界設計の信頼性を確保する上で不可欠であり,2020 LES 解析 RANS 解析 年代後半の産業界では, 京スパコン級の解析が常用されていると期待する 4. 設計技術の変遷 4-1 3 次元逆解法解析技術の進歩は目覚ましく, 解析によって実験を代替するための研究も着実に進展している 解析によれば, 実験よりもはるかに精緻な内部流れ場情報が得られることから, 実験的アプローチでの限界を突破することが期待される しかし, 解析結果は, どのように設計を変更すべきかを具体的には示唆せず, 設計者が膨大な情報に埋没してしまうおそれも高い 100 年以上にわたる, 流体機械内部流れの実験研究にもかかわらず, いまだ流体設計には多くの未解決課題が残っている現実を直視すれば, 解析技術 の高度化による実験代替だけでは不十分であり, 設計技術 の高度化にも並行して取り組むことが, 極めて重要であることが理解できよう 1970 年代までの設計技術は経験則に基づく線図設計に依存していた この設計法は, 過去の豊富な実験実績をベースにしており, 実績や経験の範囲内で妥当な設計を素早く行うことができる その反面, 従来実績を超えたチャレンジをする上での指針としては不十分であった 現状の 順解法 アプローチでは ( 図 11 上段のフロー ), 線図設計によっておおむね妥当な形状を得たのち, 実験的あるいは解析的な評価の下で, 試行錯誤を繰り返すことで設計の修正 改善を行っている これに対し, 評価指標を満足する理想的な流れ状態を仮定し, それを実現する羽根形状を理論的に求めるという 逆解法 アプローチがある ( 図 11 下段のフロー ) 逆解法は 2 次元翼型の設計理論として1945 年に Lighthill によって提案され, その後,2 次元翼列理論への展開を経て,1990 年頃に3 次元理論が完成された 11) これらの理論は非粘性流れを仮定しているため, 設計された形状が粘性流の下で期待どおりに機能するとは限らず, 産業応用の課題であった しかしながら,1990 年代の RANS- CFD 技術の本格的な実用化によって, 設計結果のより正確な評価が可能となり, 逆解法は実用的な設計ツールへと進化した 1990 年代半ばには, 体系的な制御手段がな 図 10 羽根車入口部の乱流構造 (Q*=1.0: 設計点流量 ) 図 11 順解法と逆解法 25

かった 2 次流れ流動を, 理論的に制御 最適化する手段 としての 3 次元逆解法技術が確立された 12) 例えば, 図 7 のディフューザ流路の大規模な剥離渦も, ディフューザ 内部の 2 次流れの制御によって, 完全に抑制できること が示された 13) 逆解法によって設計された流体機械 ( ポン プ, 圧縮機など ) の当社実績は, 把握している範囲で, 約 2.9 万台である 図 12 に 1970 年代から 2000 年代までの,30 年間におけ る斜流ポンプ [ 比速度 800(m 3 /min,m,min 1 )] の性 能特性の変遷を示す 1970 年代の設計をベースライン とし, その設計点における効率と揚程で全ての性能特性 を正規化している 1990 年代の CFD を援用した設計で は 8.7 ポイントの効率改善が得られ,60% 流量付近で生 じていた揚程の急低下 ( 失速現象 ) も解消された しかし, このときのポンプの最大径はベースラインより 24% も大 きなものとなっている これに対し,2000 年代の 3 次元 逆解法を援用した設計では, 羽根車とディフューザ内部 の 2 次流れを最適化することで, ベースラインから 11.6 ポ イントの効率改善を実現し, かつポンプ最大径も 9% の増 大に止めることに成功している 図 13 はいずれも逆解法によって設計した比速度 800 H/He-d / e 2.00 1.75 1.50 1.25 1.00 0.75 0.50 0.25 強い失速 1990 年代 CFD ( 最大径 24%) 最高効率 8.7 ポイント 1970 年代 経験則 ベースラインの効率曲線 0.00 0.00 0.25 0.50 075 1.00 1.25 1.50 2000 年代 逆解法 ( 最大径 9%) 最高効率 11.6 ポイント (m 3 /min,m,min 1 ) のポンプ段落で, 同一の要項を満たしている 経験則に従えば, 設計比速度に対応した最善の子午面形状が定まるが, ここでは効率追求とコンパクト性追求の2 種類の目標を実現する形状を求めた 図 13(a) は従来設計と同程度の体格の設計で, 最高効率は5.8 ポイントの改善を得た 一方, 図 13(b) は従来設計の約 40% までコンパクトな体格で, かつ従来設計並みの効率を維持している 8) 後者の設計を, 例えば, ポンプ失速特性が許容できるウォータジェット推進艇用のポンプに採用すれば, そのコンパクト性によって, 広い船内空間の確保と, ポンプの軽量化による船艇自身の推進性能の大幅な改善が実現できる このように, 逆解法による論理的なアプローチを行うことで, 従来経験則の下での限界を超えて, 顧客に高い価値を提供できる 4-2 数値最適化 2000 年代になると, 計算機の目覚ましい進歩によって, 数値最適化への取組みが活発化した 図 14は, 代表的な 2 種類の数値最適化手法を, 頂上をめざす山登りに例えて示したものである 勾配法 (GM:Gradient Method) は, 任意に設定した各設計変数を微小変化させた際に, 目的関数 ( 例えば効率 ) の改善が最も大きい方向, つまり目的関数の変化勾配が最も大きな方向に向かって設計変数を変化させる方法である 極めて効率的な手法であり, 少ない計算負荷の下で確実に最適解 ( 山の頂上 ) に到達できる しかしながら, 非線形性の強い流体現象の最適化問題は, 局所的な最適解が多数存在する多峰性の強い最適化問題となることが知られている このため, 勾配法ではどのような設計変数の初期値 ( どの山の麓 ) から山登りを開始するかによって, 到達する最適解が異なり, 大局的な最適解に到達することは難しい この欠点を克服するために, 遺伝的アルゴリズム (GA: Genetic Algorithm) に代表される, 探索的な数値最適 Q/Qd 図 12 30 年間の性能改善 大局的な最適解 局所的な最適解 選択 交叉 遺伝的アルゴリズム (GA) 勾配法 (GM) 突然変異 交叉 交叉 突然変異 遺伝子 (a) 超高効率設計 (b) 超コンパクト設計 初期値 遺伝子 図 13 軸斜流ポンプの逆解法設計事例 図 14 数値最適化手法 26

化手法が提案された GAでは, 様々な設計変数の組合せを, 遺伝子の配列で記述し, 優れた目的関数を与える遺伝子を優先的に選択して交叉 ( 組み換え ) させ, 自然界の進化プロセスを模擬することで最適解を目指す手法である 優秀な遺伝子を交叉し, かつ突然変異を導入することで, 多峰性の強い最適化問題でも, 大局的な最適解に到達することできる優れた手法である しかしながら, 多数の個体 ( 設計ケース ) を多くの世代にわたって進化させるために, 膨大な数の設計ケースを解析検討する必要があり, 多大な計算リソースが必要になるという欠点がある 特に設計変数の数が多い場合 ( 長い遺伝子配列 ) では, 指数関数的に計算負荷が増大し, 実行不可能となる場合もある 逆解法アプローチが実用化された 1990 年以前の設計理論は, 全て羽根形状に関する設計変数を入力とし, それらと性能を結びつける順解法アプローチであった 高性能な流体機械の流路は,3 次元の複雑な自由曲面であり, その曲面を定義するための設計変数の数は多く, 設計空間も大きくなる 各設計変数を大中小 3とおりに変化させ, 全ての設計変数を組み合わせた時の設計ケース数を見積ってみる 例えば,8 種の設計変数では6 561ケース (= 3 の 8 乗 ) であるが,18 種では 3.9 億ケース,30 種では 206 兆ケースとなる 各設計ケースについて, 数時間を要するCFD 解析を実施するとすれば, 設計変数の増大と共に, 最適化に必要な計算時間が非実用的な数値となることが理解できる 羽根車の3 次元羽根を順解法で定義する場合, 自由度の高い曲面を表現するには 20 種類程度以上の設計変数を用いる必要がある これに対し逆解法では,1 少ない設計変数 ( 典型的には8 種類 ) によって複雑な3 次元曲面の羽根面を短時間 (1 分以内 ) に生成でき,2 設計仕様としての羽根仕事を必ず満たし,3 設計変数 ( 羽根負荷分布 ) と目的関数 ( 性能特性 ) の相関も滑らかであるなど, 数値最適化との親和性に優れている こうした特徴を生かし,2000 年代前半に3 次元逆解法とGAを組み合わせた, 単目的の数値最適化手法が提案された 14) 4-3 多目的最適化現実世界では単目的の設計最適化のニーズは少なく, 複数の目的関数の最適化が求められることが多い 例えば, 図 15に示す斜流ポンプ [ 比速度 1 300(m 3 /min,m, min 1 )] の場合, 運転範囲内での高吸込性能や高効率特性に加え, プラント配管のコストダウン要求から締切揚程 ( 最大圧力 ) の最小化, モータのコストダウン要求から締切動力 ( 最大動力 ) の最小化, そしてポンプ配管系 図 15 斜流ポンプの性能特性のシステム不安定を回避するために, 揚程曲線の安定特性 ( 失速回避 ) の確保などが求められる しかし, これらの性能特性は互いにトレードオフ関係にあることが多く, 全てを同時に最適化することはできない 図 15は, 逆解法における設計変数を種々に変え設計したポンプ段落の,CFD による性能予測結果を示す 同図の曲線群が示唆するように, 同一の設計点性能 ( 揚程と動力 ) に対し, 設計変数を適切に組み合わせることで, 最高効率, 締切揚程, 締切動力, 失速特性 ( 揚程の安定性 ) など, 性能特性の異なるポンプを設計できる こうした背景に基づき,2010 年前後には斜流ポンプ性能特性の多目的最適化が提案された 15) 多目的最適化法では, 様々な設計変数の組合せが実現する設計空間において, ある目的関数値を改善しようとすると, 必ず他の目的関数値を悪化させてしまう解 ( パレート解 ) を見出す パレート解は, 設計変数をいかに組み合わせても超えることのできない, パレートフロントと呼ばれる解境界を構成する 図 15の斜流ポンプに対して得られた,3 種類の目的関数に対するパレート最適解を図 16 に例示する すなわち, 多目的最適化問題の解は, パレートフロント上でのトレードオフ選択に帰結する 目的関数が 3 種類以下のパレートフロントは,2 次元平面上の, あるいは3 次元空間上の解境界として可視化することができる しかしながら,4 種類以上の目的関数を扱う場合は, パレート解空間を可視化することは容易ではない これに対し, 例えば自己組織化マップ (SOM: Self-Organizing Map) をデータマイニング手法として用い, 目的関数の解空間の特徴を可視化することを試みた 図 17 は前出の斜流ポンプにおける多目的最適化結果に 27

初期設計 メッシュ 設計変数 最適設計 図 18 アドジョイント法 示す 設計ケース #2 は 安定特性を優先するために 高締切特性と高安定性を有し かつ良好な効率を実現す 図 16 パレート トレードオフ 最適解 るパレート解を選択する場合を示す このように あら かじめ SOM マップを用意しておけば トレードオフ関 係にある性能特性に関し 顧客要求を最善な形で満足す る設計を迅速に選択することができる 産業界で課題となる最適化問題の大半は 多目的で学 際的な 複数の技術領域にまたがる 性格をもっている 今後は 流体技術以外の技術領域を含む 多目的 多領 域最適化技術の実用化が重要となる 例えば 軸振動信 頼性を最重要とした多領域 流体 振動 構造 最適化 技術として 回転機械の形態最適化設計へのチャレンジ が始まっている 16 また 多目的最適化問題の解を効率 に選択するためには 図 17 に例示したような解空間の可 視化技術も重要になる 4-4 図 17 パレート最適解の自己組織化マップ 設計ケース #1 設計ケース #2 複雑形状の最適化 エネルギーを流体に与え あるいは流体から回収する 羽根形状の設計手法として 3 次元逆解法とそれを数値 SOMを適用した例である 各目的関数のマップにおいて 最適化手法とハイブリッド化した 多目的最適化技術を 対応する点は特定のパレート解を与える設計ケースを示 紹介してきた 一方 流体機械には 機械性能や信頼性 しており 各マップではパレート解が与える性能特性の に大きく影響する 複雑な形状を有する様々な静止流路 大小がカラーコンターで示されている 例えば 設計ケー が存在する 図 19 a は 2 段の羽根車を有する高圧多 ス #1 は 低締切揚程 受け入れ可能な安定特性 やや 段ポンプであり 羽根車上流に吸込流路 羽根車下流に 低めの締切動力 そして高効率を実現するパレート解を ディフューザ流路 最終段出口側に吐出しボリュート 吐出しボリュート 段間流路 感度 高 ディフューザ オリジナル 灰色 最適化 青色 羽根車 吸込流路 a 高圧多段ポンプ 前面壁側 低 背面壁側 b ディフューザ流路壁の感度解析 c ディフューザ流路の最適化 図 19 高圧多段ポンプのアドジョイント最適化 28 エバラ時報 No. 252 2016-10

そして各段を接続する断間流路がある これらの静止流路は, 極めて複雑な3 次元曲面を有しており,3 次元 CADを用いてもモデル化が煩雑である 自由度を確保するために多くの設計変数で自由曲面を定義する必要があり, 例えば,GAを用いた数値最適化を実行する場合の計算コストは膨大となり現実的でない こうした技術課題に対し, 近年, アドジョイント法による数値最適化ツールが提案された 17) この手法では, 対象形状に対する解析メッシュの全点を設計変数とし, かつ計算コストは通常の CFD 解析と同等とすることができるため, 複雑形状の静止流路最適化に有効である 設定された目的関数を最小化 ( あるいは最大化 ) するように, 勾配法を用いて解析メッシュを反復変形し, 最適解を得る ( 図 18) 勾配法に基づく最適化であり, 多峰性の強い場合には適していないため, 従来設計法などで流路の初期形状を適切に設計した上で適用する なお, アドジョイント方程式を解く際に得られる感度ベクトルは, 各流路壁をどの方向に, どの程度変形させるのかについての指針となり,3D-CAD モデルを手作業的に修正する最適化に対しても有益な示唆を与える 図 19は, 段間の静止流路に関し, 全圧損失低減と流路出口での流れの一様性向上の2 目的を, 同等の重みで一つの目的関数として最適化した事例である 18) 図 19(b) が示すように, 通常は回転軸対称に設計されるディフューザ流路も, ディフューザ下流流路の影響で, ディフューザごとに異なる感度 ( 変形の大きさ ) を示している 図 19(c) に示す最終形状は,3D-CADベースの試行錯誤では到達困難な, 複雑な形状となっており, 本アプローチ法の有効性が確認できる 5. おわりに本稿を締めくくるにあたり, 共に技術開発とその製品応用に取り組んできた同僚の皆さんや, ご指導を頂戴した国内外の先生方に改めて深く感謝の意を表したい 過去 30 年を振り返れば, 実験 解析 設計最適化技術の発展は目を見張るものがある ここでは, これら技術の変遷をできるだけ具体的に紹介し, 近未来への展望を含め所感を述べてみた 実験 解析 設計最適化に関わる新たな武器を手にして, 新しい流体機械装置の創造にチャレンジする若手研究開発者の参考になれば幸いである 参考文献 1) Goto, A., Phase-Locked Measurements of Three-Dimensional Periodic Flow from an Impeller using a Two-Hole Pitot Tube, The 2nd International Symposium on Fluid Control, Measurements and Visualization (FLUCOME-2), Sheffield (1988). 2) Kuroumaru, M. et al., Measurement of Three-Dimensional Flow Field Behind an Impeller by Means of Periodic Multi- Sampling with a Slanted Hot Wire, Bulletin of JSME, Vol.25, No.209 (1982). 3) Goto, A., Study of Internal Flows in a Mixed-Flow Pump Impeller at Various Tip Clearances Using Three-Dimensional Viscous Flow Computations, ASME Journal of Turbomachinery, Vol.114 (1992). 4) Goto, A., The Effect of Tip Leakage Flow on Part-Load Performance of a Mixed-Flow Pump Impeller, ASME Journal of Turbomachinery, Vol.114 (1992). 5) Goto, A., Suppression of Mixed-Flow Pump Instability and Surge by the Active Alteration of Impeller Secondary Flows, ASME Journal of Turbomachinery, Vol.116 (1994). 6) Goto, A., Numerical and Experimental Study of 3-D Flow Fields within a Diffuser Pump Stage at Off-Design Condition, The Joint ASME-JSME Fluids Engineering Summer Conference, Hilton Head Islands, FED-Vol.227 (1995). 7) Goto, A., Flow Phenomena in a Low-Specific-Speed Diffuser Pump at Partial Operating Conditions (Numerical Prediction of Impeller Inlet Recirculation), Pump Congress, Karlsruhe (1996). 8) Goto, A., Ashihara, K., Sakurai, T., and Saito, S., Compact Design of Diffuser Pumps using Three-Dimensional Inverse Design Method, ASME FEDSM99-6847, San Francisco (1999). 9) Suzuki, T. and Takemura, T., CFD Analysis of Performance of Five-Stage High-Pressure Volute Pump, ASME FEDSM2016-7799, Washington DC (2016). 10)Kato, C. (Theme Leader), Next-generation Fluid-Flow Design Systems based on Direct Computation of Turbulence, Industrial Innovation, Strategic Programs for Innovative Research (SPIRE), (2010-2015). 11)Zangeneh, M., A Compressible Three-Dimensional Design Method for Radial and Mixed Flow Turbomachinery Blades, International Journal for Numerical Methods in Fluids, Vol.13 (1991). 12)Zangeneh, M., Goto, A., and Harada, H., On the Design Criteria for Suppression of Secondary Flows in Centrifugal and Mixed-Flow Impellers, ASME Journal of Turbomachinery, Vol.120 (1998). 13)Goto, A. and Zangeneh, M., Hydrodynamic Design of Pump Diffuser Using Inverse Design Method and CFD, ASME Journal of Fluids Engineering, Vol.124 (2002). 14)Ashihara, K. and Goto, A., Turbomachinery Blade Design using 3D Inverse Design Method, CFD and Optimization Algorithm, ASME Turbo Expo (2001). 15)Takayama, Y. and Watanabe, H., Multi-Objective Design Optimization of a Mixed-flow Pump, ASME FEDSM2009-78348, Vail (2009). 16) 香川修作, 他 6 名, 産業用立軸ポンプへの形態最適化設計適用, 日本機械学会 2016 年度年次大会講演論文集,J1030304 (2016). 17)TURBOdesign Shaper, Advanced Design Technology, Ltd. 18)Sekino, Y., et al., Optimization of High Pressure Pump Flow Passages based on Adjoint and CFD, ASME FEDSM2016-7831, Washington DC (2016). 29