限界顕在税率の算定 119 限界顕在税率の算定 繰越欠損金の控除制限が導入された場合について 河瀬 豊 ( 河瀬豊税理士事務所 ) 目 次 第 1 節 はじめに 第 2 節 先行研究 第 3 節 繰越欠損金の控除制限がない場合の限界顕在税率 第 4 節 事業税の損金算入時期が限界税率に及ぼす影響 第

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改正された事項 ( 平成 23 年 12 月 2 日公布 施行 ) 増税 減税 1. 復興増税 企業関係 法人税額の 10% を 3 年間上乗せ 法人税の臨時増税 復興特別法人税の創設 1 復興特別法人税の内容 a. 納税義務者は? 法人 ( 収益事業を行うなどの人格のない社団等及び法人課税信託の引

1 繰越控除適用事業年度の申告書提出の時点で判定して 連続して 提出していることが要件である その時点で提出されていない事業年度があれば事後的に提出しても要件は満たさない 2 確定申告書を提出 とは白色申告でも可 4. 欠損金の繰越控除期間に誤りはないか青色欠損金の繰越期間は 最近でも図表 1 のよ

改正法人税法により平成 24 年 4 月 1 日以後に開始する事業年度については法人税率が 30% から 25.5% に引き下げられ また 復興財源確保法により平成 24 年 4 月 1 日から平成 27 年 3 月 31 日までの間に開始する事業年度については基準法人税額の 10% が復興特別法人

はじめに 会社の経営には 様々な判断が必要です そのなかには 税金に関連することも多いでしょう 間違った判断をしてしまった結果 受けられるはずの特例が受けられなかった 本来より多額の税金を支払うことになってしまった という事態になり 場合によっては 会社の経営に大きな影響を及ぼすこともあります また

目 次 問 1 法人税法における当初申告要件及び適用額の制限に関する改正の概要 1 問 2 租税特別措置法における当初申告要件及び適用額の制限に関する改正の概要 3 問 3 法人税法における当初申告要件 ( 所得税額控除の例 ) 5 問 4 法人税法における適用額の制限 ( 所得税額控除の例 ) 6

平成23年度税制改正の主要項目

作成する申告書 還付請求書等の様式名と作成の順序 ( 単体申告分 ) 申告及び還付請求を行うに当たり作成することとなる順に その様式を示しています 災害損失の繰戻しによる法人税 額の還付 ( 法人税法 805) 仮決算の中間申告による所得税 額の還付 ( 法人税法 ) 1 災害損失特別勘

法人税 faq

日本基準でいう 法人税等 に相当するものです 繰延税金負債 将来加算一時差異に関連して将来の期に課される税額をいいます 繰延税金資産 将来減算一時差異 税務上の欠損金の繰越し 税額控除の繰越し に関連して将来の期に 回収されることとなる税額をいいます 一時差異 ある資産または負債の財政状態計算書上の

設例 [ 設例 1] 法定実効税率の算定方法 [ 設例 2] 改正地方税法等が決算日以前に成立し 当該改正地方税法等を受けた改正条例が当該決算日に成立していない場合の法定実効税率の算定 本適用指針の公表による他の会計基準等についての修正 -2-

[Q1] 復興特別所得税の源泉徴収はいつから行う必要があるのですか 平成 25 年 1 月 1 日から平成 49 年 12 月 31 日までの間に生ずる所得について源泉所得税を徴収する際 復興特別所得税を併せて源泉徴収しなければなりません ( 復興財源確保法第 28 条 ) [Q2] 誰が復興特別所

3. 改正の内容 法人税における収益認識等について 収益認識時の価額及び収益の認識時期について法令上明確化される 返品調整引当金制度及び延払基準 ( 長期割賦販売等 ) が廃止となる 内容改正前改正後 収益認識時の価額をそれぞれ以下とする ( 資産の販売若しくは譲渡時の価額 ) 原則として資産の引渡

試験研究費 9,, 7,, Check7 14,, 14,, Check8 7,, 2,, 14,, 6,, 6,, 税務弘報

税効果会計シリーズ(3)_法定実効税率

目 次 セットアップ前に 1 税制改正の概要 2 プログラムの変更内容 3 改正別表 7 別表一 ( 一 ) 平成 26 年 10 月 1 日以後開始事業年度分 9 別表一 ( 二 ) 平成 26 年 10 月 1 日以後開始事業年度分 21

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9 試験研究費の額に係る法人税額の特別控除額 2 10 還付法人税額等の控除額 3 11 退職年金等積立金に係る法人税額 4 12 課税標準となる法人税額又は個別帰属法人税額及びその法人税割額 の5の欄 ) リース特別控除取戻税額( 別表 1(2) の5の欄又は別表 1(3)

CONTENTS 第 1 章法人税における純資産の部の取扱い Q1-1 法人税における純資産の部の区分... 2 Q1-2 純資産の部の区分 ( 法人税と会計の違い )... 4 Q1-3 別表調整... 7 Q1-4 資本金等の額についての政令の規定 Q1-5 利益積立金額についての政

投資法人の資本の払戻 し直前の税務上の資本 金等の額 投資法人の資本の払戻し 直前の発行済投資口総数 投資法人の資本の払戻し総額 * 一定割合 = 投資法人の税務上の前期末純資産価額 ( 注 3) ( 小数第 3 位未満を切上げ ) ( 注 2) 譲渡収入の金額 = 資本の払戻し額 -みなし配当金額

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法人税 faq

6 課税上の取扱い日本の居住者又は日本法人である投資主及び投資法人に関する課税上の一般的な取扱いは 下記のとおりです なお 税法等の改正 税務当局等による解釈 運用の変更により 以下の内容は変更されることがあります また 個々の投資主の固有の事情によっては異なる取扱いが行われることがあります (1)

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Microsoft Word - メルマガQ&A(23.8.1問2)利益剰余金の資本組入(父確認中)

【表紙】

下では特別償却と対比するため 特別控除については 特に断らない限り特定の機械や設備等の資産を取得した場合を前提として説明することとします 特別控除 内容 個別の制度例 特定の機械や設備等の資産を取得して事業の用に供したときや 特定の費用を支出したときなどに 取得価額や支出した費用の額等 一定割合 の

「経済政策論(後期)《運営方法と予定表(1997、三井)

[2] 株式の場合 (1) 発行会社以外に譲渡した場合株式の譲渡による譲渡所得は 上記の 不動産の場合 と同様に 譲渡収入から取得費および譲渡費用を控除した金額とされます (2) 発行会社に譲渡した場合株式を発行会社に譲渡した場合は 一定の場合を除いて 売却価格を 資本金等の払戻し と 留保利益の分

3 平成 25 年 4 月に給与の支給規程を改訂し 平成 24 年分 10 月にまでさかのぼって実施する こととなり 平成 25 年 4 月の給与支給日に支払うこととなった平成 24 年 10 月から平成 25 年 3 月までの給与改訂差額 A 3 1 給与所得の収入金額の収入すべき時期は 契約又は

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平成20年2月

平成30年3月決算における税務上の留意事項

2. 中小企業のための主な優遇制度 注 : 各項目に付記している番号は 関連する参考資料です 番号に対応する資料名などは 5~6 ページに掲載していますのでご参照ください [1] 中小法人等 に適用される主な優遇制度 紙面の都合により ここでは制度の種類と それに関連する参考資料の番号を紹介していま

企業結合ステップ2に関連するJICPA実務指針等の改正について⑦・連結税効果実務指針(その2)

「図解 外形標準課税」(仮称)基本構想

[2] 財務上の影響 自己株式を 取得 した場合には 通常の有価証券の Ⅰ. 株主資本 ように資産に計上することはせず 株主との間の資本取 1. 資本金 引と考え その取得原価をもって純資産の部の株主資本 2. 資本剰余金 (1) 資本準備金 から控除します そのため 貸借対照表上の表示は金額 (2

Microsoft PowerPoint 寄附金控除制度概要.ppt

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第20号様式記載要領

土地建物等の譲渡損失は 同じ年の他の土地建物等の譲渡益から差し引くことができます 差し引き後に残った譲渡益については 下記の < 計算式 2> の計算を行います なお 譲渡益から引ききれずに残ってしまった譲渡損失は 原則として 土地建物等の譲渡所得以外のその年の所得から差し引くこと ( 損益通算 )

第 20 号様式の記載について 1 この申告書の用途等 (1) この申告書は 仮決算に基づく中間申告 ( 連結法人以外の法人が行う中間申告に限ります ) 確定した決算に基づく確定申告及びこれらに係る修正申告をする場合に使用します (2) この申告書は 堺市長に 1 通 ( 提出用及び入力用 ) を提

平成19年度税制改正.xls

平成20年度の税制改正により、地域間の税源偏在を是正するため、消費税を含む税体系の抜本的な改革が行われるまでの間の暫定的措置として、法人事業税の一部を分離し、地方法人特別税及び地方法人特別譲与税が創設されました

新・NPO法人申請マニュアル.pwd

粉飾決算と過年度損益修正 1. 概要 経営上の諸般の事情により やむを得ず粉飾して架空売上や架空在庫を計上する場合があります 前期以前の 過年度の決算が間違っていた場合は 会計上は当期の期首で修正できます ただし 過年度の損失を当期に損金算入すれば その事業年度に損金計上すべきであり 過年度の損失は

公共債の税金について Q 公共債の利子に対する税金はどのようになっていますか? 平成 28 年 1 月 1 日以後に個人のお客様が支払いを受ける国債や地方債などの特定公社債 ( 注 1) の利子については 申告分離課税の対象となります なお 利子の支払いを受ける際に源泉徴収 ( 注 2) された税金

第 5 章国税の還付及び還付加算金 第 5 章国税の還付及び還付加算金 第 1 節国税の還付 学習のポイント 1 国税の還付金等とはどのようなものか 2 充当とはどのようなものか 1 還付金等の種類国税の還付には 還付金の還付と過誤納金の還付の二種類があり 還付金と過誤納金を併せて還付金等という (

(2) 青色申告書を提出する中小企業者等 ( 平成 3 年 4 月 日以後開始する事業年度については 適用除外事業者 ( 注 4) を除く ) が 平成 30 年 4 月 日から平成 33 年 3 月 3 日までの間に開始する各事業年度において 国内雇用者に対して給与等を支給する場合に継続雇用者給与

iii. 源泉徴収選択口座への受入れ源泉徴収ありを選択した特定口座 ( 以下 源泉徴収選択口座 といいます ) が開設されている金融商品取引業者等 ( 証券会社等 ) に対して 源泉徴収選択口座内配当等受入開始届出書 を提出することにより 上場株式等の配当等を源泉徴収選択口座に受け入れることができま

e. 未成年者に係る少額上場株式等の非課税口座制度 ( ジュニア NISA) 未成年者に係る少額上場株式等の非課税口座制度に基づき 証券会社等の金融商品取引業者等に開設した未成年者口座において設定した非課税管理勘定に管理されている上場株式等 ( 平成 28 年 4 月 1 日から平成 35 年 12

「経済政策論(後期)」運営方法と予定表(1997、三井)

第 20 号様式記載の手引 この申告書の用途等 () この申告書は 仮決算に基づく中間申告 ( 連結法以外の法が行う中間申告に限ります ) 確定した決算に基づく確定申告及びこれらに係る修正申告をする場合に使用します (2) この申告書は 事務所又は事業所 ( 以下 事務所等 といいます ) 所在地の

11 市町村民税の申告書 空欄は 次のように記載します (1) 法人税の中間申告書に係る申告の場合は 中問 (2) 法人税の確定申告書 ( 退職年金等積立金に係るものを除きます ) 又は連結確定申告書に係る申告の場合は 確定 (3) (1) 又は (2) に係る修正申告の場合は 修正中間 又は 修正

d. 少額上場株式等の非課税口座制度 ( 通称 NISA) 少額上場株式等の非課税口座制度に基づき 証券会社等の金融商品取引業者等に開設した非課税口座において設定した非課税管理勘定に管理されている上場株式等 ( 平成 26 年から平成 35 年までの 10 年間 新規投資額で毎年 100 万円を上限

公共債の税金について Q 公共債の利子に対する税金はどのようになっていますか? 平成 28 年 1 月 1 日以後に個人のお客様が支払いを受ける国債や地方債などの特定公社債 ( 注 1) の利子については 申告分離課税の対象となります なお 利子の支払いを受ける際に源泉徴収 ( 注 2) された税金

準用する政令第 6 条の 25 第 1 号に定める金額 11 市町村民税の 申告書 空欄は 次のように記載します (1) 法人税の中間申告書に係る申告の場合は 中間 (2) 法人税の確定申告書 ( 退職年金等積立金に係るものを除きます ) 又は連結確定申告書に係る申告の場合は 確定 (3) (1)

労働基準法が改正されます

第 6 号様式記載の手引 H この申告書の用途等 (1) この申告書は 仮決算に基づく中間申告 ( 連結法人以外の法人が行う中間申告に限ります ) 確定した決算に基づく確定申告及びこれらに係る修正申告をする場合に使用します なお 事業税及び地方法人特別税に係る仮決算に基づく中間

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⑵ 過誤納金還付金が各税法の定めに基づいて発生するのに対して 過誤納金は 法律上 国税として納付すべき原因がないのに納付された金額で 国の一種の不当利得に係る返還金である なお この過誤納金は 次の二つに分かれる イ過納金過納金は 納付時には納付すべき確定した国税があったが 減額更正や不服審査の裁決

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消費税法における個別対応方式と一括比例配分方式 河野惟隆 1 はじめに本稿の課題は 個別対応方式と一括比例配分方式とで 課税仕入れ等の税額の合計額が如何よう になるか つまり その大小関係は如何ようになるか ということを 明らかにすることである これを 次のように 条件を追加しながら 次のような順序

投資主が受け取る配当等の額については 原則どおり配当等の額を受け取る際に20%( 所得税 )( 平成 25 年 1 月 1 日から平成 49 年 12 月 31 日までは復興特別所得税とあわせて20.42%) の税率により源泉徴収された後 総合課税の対象となります ( ロ ) 出資等減少分配に係る税

過納金とは 納付納入の時にはそれに対応する租税債務が存在していたが 結果的に不適法な納付納入となった場合における地方公共団体の徴収金のことであり 1 納付納入の時には一応適法であったものが その申告 更生 決定又は賦課決定が誤って過大にされていたため 後になって減額更正 減額の賦課決定又は賦課決定の

(2) 源泉分離課税制度源泉分離課税制度とは 他の所得と全く分離して 所得を支払う者 ( 銀行 証券会社等 ) がその所得の支払の際に 一定の税率で所得税を源泉徴収し それだけで所得税の納税が完結するものです 1 対象となる所得代表的なものとして 預金等の利子所得 定期積金の給付補てん金等があります

税効果会計.docx

49 年 12 月 31 日までの間 源泉徴収される配当等の額に係るの額に対して 2.1% の税率により復興 特別が源泉徴収されます b. 出資等減少分配に係る税務個人投資主が本投資法人から受取る利益を超える金銭の分配 ( 分割型分割及び株式分配並びに組織変更による場合を除く 以下本 1において同じ

損金算入できる税金 1. 概要消費税の計算を税抜経理処理して決算時点で課税売上割合が 95% 未満になった場合 控除対象外消費税が出てきます この仮受消費税と仮払消費税の差額と 確定納付額のずれは 損金算入できます 課税売上割合が 80% 以上 95% 未満の場合は 全額を租税公課として損金計上でき

改正 ( 事業年度の中途において中小企業者等に該当しなくなった場合等の適用 ) 42 の 6-1 法人が各事業年度の中途において措置法第 42 条の6 第 1 項に規定する中小企業者等 ( 以下 中小企業者等 という ) に該当しないこととなった場合においても その該当しないこととなった日前に取得又

税額控除限度額の計算この制度による税額控除限度額は 次の算式により計算します ( 措法 42 の 112) 税額控除限度額 = 特定機械装置等の取得価額 税額控除割合 ( 当期の法人税額の 20% 相当額を限度 ) 上記算式の税額控除割合は 次に掲げる区分に応じ それぞれ次の割合となります 特定機械

き一 修正申告 1 から同 ( 四 ) まで又は同 2 から同 ( 四 ) までの事由が生じた場合には 当該居住者 ( その相続人を含む ) は それぞれ次の 及び に定める日から4 月以内に 当該譲渡の日の属する年分の所得税についての修正申告書を提出し かつ 当該期限内に当該申告書の提出により納付

業結合ステップ2に関連するJICPA実務指針等の改正について⑧・連結税効果実務指針(その3)

実務対応報告第 7 号 連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い ( その 2) 平成 15 年 2 月 6 日改正平成 22 年 6 月 30 日最終改正平成 27 年 1 月 16 日企業会計基準委員会 目的 実務対応報告第 5 号 連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関す

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租税特別措置法 ( 昭和三十二年法律第二十六号 ) 第十条の二 第四十二条の五 第六十八条の十 租税特別措置法 ( 昭和三十二年法律第二十六号 ) ( 高度省エネルギー増進設備等を取得した場合の特別償却又は所得税額の特別控除 ) 第十条の二青色申告書を提出する個人が 平成三十年四月一日 ( 第二号及

収益事業開始届出 ( 法人税法第 150 条第 1 項 第 2 項 第 3 項 ) 1 収益事業の概要を記載した書類 2 収益事業開始の日又は国内源泉所得のうち収益事業から生ずるものを有することとなった時における収益事業についての貸借対照表 3 定款 寄附行為 規則若しくは規約又はこれらに準ずるもの

1 1. 課税の非対称性 問題 1 年をまたぐ同一の金融商品 ( 区分 ) 内の譲渡損益を通算できない問題 問題 2 同一商品で 異なる所得区分から損失を控除できない問題 問題 3 異なる金融商品間 および他の所得間で損失を控除できない問題

法人税制改正詳解 CONTENTS はしがき 第 1 章平成 23 年 12 月改正 第 1 節 法人税率の引下げ 2 1 改正の趣旨及び内容 2 2 税率引下げの必要性 5 3 実効税率の計算への改正の影響 7 4 適用関係 8 5 実効税率と復興特別法人税との関係 8 6 法

第 20 号様式記載の手引 1 この申告書の用途等 (1) この申告書は 仮決算に基づく中間申告 ( 連結法人以外の法人が行う中間申告に限ります ) 確定した決算に基づく確定申告及びこれらに係る修正申告をする場合に使用します (2) この申告書は 事務所又は事業所 ( 以下 事務所等 といいます )

. 減価償却の仕組みを理解する 60 定率法 定額法など減価償却の方法を理解しましょう. 有価証券の整理をする 68 有価証券一覧表に 購入売却のつど その取引内容を記載していくと 決算業務の際に便利です. 受取配当金を集計する 78 有価証券の整理後 受取配当金と源泉所得税を集計し 申告書作成の準

Q3. 資本金 500 万円で豊中市内の従業員が 60 人の法人です 均等割の金額を教えてください 豊中市の税率 ( 市町村によって違います ) 資本金等の額 * 従業者数 ( 豊中市内 ) 税額 ( 年額 ) * 50 億円超 10 億超 ~50 億円以下 1 億超 ~10 億円以下 1 千万超

欄 記載のしかた 留意事項 9 期末現在の資本金の額又は出資金の額 ( 解散日現在の資本金の額又は出資金の額 ) 期末 ( 中間申告の場合にあっては その計算期間の末日 ) 現在又は解散日現在における資本金の額又は出資金の額を記載します 資本金の額又は出資金の額は 法人税の明細書 ( 別表 5(1)

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(100分の9.7)

別表六 ( 一 ) 所得税額の控除に関する明細書 1 この明細書の用途この明細書は 法人が当期中に支払を受ける利子及び配当等並びに懸賞金等及び償還差益について課された所得税の額について 法第 68 条第 1 項 (( 所得税額の控除 ))( 復興財源確保法第 33 条第 2 項 (( 復興特別所得税

企業会計の利益 法人税法上の所得金額 売上原価販売費一般管理費営業外費用特別損失 売上 営業外収益特別利益 損金の額原価費用損失の額 益金の額 ( 収益の額 ) 当期純利益所得の金額 2 益金の額に算入すべき金額とは何か益金の額に算入すべき金額とは 法人税法の規定や他の法令で 益金の額に算入する 又

所得控除 基礎控除 配偶者控除などの下記の表に記載されたものをいいます それぞれ一定の要件を満たしている場合は 課税所得金額を計算する際に それぞれの控除が受けられます 個人の県民税 個人の市町村民税 12

 

別表五(一) 利益積立金額及び資本金等の額の計算に関する明細書

海運関係事項

N 譲渡所得は 売却した土地や借地権 建物などの所有期間によって 長期譲渡所得 と 短期譲渡所得 に分けられ それぞれに定められた税率を乗じて税額を計算します この長期と短期の区分は 土地や借地権 建物などの場合は 売却した資産が 譲渡した年の1 月 1 日における所有期間が5 年以下のとき 短期譲

( ロ ) 出資等減少分配に係る税務個人投資主が本投資法人から受取る出資等減少分配 ( 所得税法第 24 条に定めるものをいいます 以下 本 ( ロ ) 出資等減少分配に係る税務 において同じです ) のうち本投資法人の税務上の資本金等の額に相当する金額を超える金額がある場合には みなし配当 ( 計

( 注 3) その他の少額上場株式等の非課税口座制度の詳細については 証券会社等の金融商品取引業者等にお問い合わせ下さ い b. 利益を超える金銭の分配に係る税務個人投資主が本投資法人から受取る利益を超える金銭の分配 ( 平成 27 年 4 月 1 日以後開始事業年度に係る利益を超える金銭の分配につ

欄記載のしかた留意事項 6 代表者自署押印 及び 経理責任者自署押印 この申告書の作成時における法人の業務を主宰している者及び経理の責任者 ( 外国法人にあっては この法律の施行地にある資産若しくは事業の管理又は経営の責任者及び経理の責任者 ) が自署し 押印します 2 以上の都道府県に事務所等を有

Microsoft Word - 公開草案「中小企業の会計に関する指針」新旧対照表

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限界顕在税率の算定 119 限界顕在税率の算定 繰越欠損金の控除制限が導入された場合について 河瀬 豊 ( 河瀬豊税理士事務所 ) 目 次 第 1 節 はじめに 第 2 節 先行研究 第 3 節 繰越欠損金の控除制限がない場合の限界顕在税率 第 4 節 事業税の損金算入時期が限界税率に及ぼす影響 第 5 節 繰越欠損金の控除制限がある場合の限界顕在税率 第 6 節 まとめ 参考数値例

120 第 1 節 はじめに ある取引をするときに, この取引をすれば, 税負担はいくらになるのかと考えることは, よくあることだろう 経営者が税務計画策定時に考慮するのは, ある行動をすれば, どれだけ税引後キャッシュ フローが増加するかということである これは, ある行動によって, どれだけ企業が負担する税額が減少 ( 増加 ) するかということに関係する このときに利用できる税率の概念は限界税率である 他の税率の概念である平均税率や実効税率は, 通常, このような場合に利用することはできない (Scholes and Wolfson, 1992, ch.8) 限界税率とは, 現時点で追加的 ( 限界的 ) に1 通貨単位の課税所得 ( 伏在税を含み, グロスアップされた金額をいう ) が発生した時に, 現在及び将来において新たに生じる租税債務 ( 顕在税及び伏在税の両方を含む ) の現在価値であると定義される (Scholes et al., 2015, p.195) ここで, 顕在税 (explicit taxes) とは, 税務当局に直接納められる税金のことであり (Scholes et al., 2015, p.19), 伏在税 (implicit taxes) とは, 税選好投資に対する低い税引前収益率の形で間接的に支払われる税のことである (Scholes et al., 2015, p.19) 限界税率を正確に計算することは難しく, 限界税率のうち顕在税部分の算定式を特定するだけでも容易ではない 本稿では, 限界顕在税率の算定式を明らかにすることを目的としている 日本では, 従来は税務上の繰越欠損金 ( 以下, 繰越欠損金 という ) を課税所得と全額相殺できたが, 平成 24(2012) 年 4 月 1 日以降に開始する事業年度からは, 繰越欠損金を課税所得と相殺することに制限が設けられ, 全額は相殺できなくなった この制度改正により, 限界顕在税率の算定式も変化するので, 本稿でどのように変化するのかを明らかにする

限界顕在税率の算定 121 第 2 節で先行研究を概観し, 第 3 節で繰越欠損金の損金算入制限がない場合の限界顕在税率の算定式について述べ, 第 4 節で限界顕在税率を計算する際の法定実効税率とはどのようなものかについて述べる 第 5 節で繰越欠損金の控除制限が導入された場合の算定式を明らかにし, 第 6 節でむすびを述べる 第 2 節 先行研究 限界税率を推定する研究は, 算定式を求めるものと, 新たな推定方法を提示するものとに分かれる 限界税率の算定式は, 将来予測値を含むため, その推定方法も問題となる 限界税率は, 顕在税と伏在税からなるが, 企業の限界税率を伏在税部分も含めて推定するのは困難なので, 顕在税率部分を算定することが研究されてきた 算定式はScholes et al.(2005) で期首の繰越欠損金残高の有無と当期の課税所得の符号の組合せで4つに場合分けして, それぞれの算定式を提示している 日本の制度に適用したものに鈴木 (2002) がある 限界顕在税率を計算するには, 繰越欠損金が何年後に使い切るかを予想しなければならないので, 将来の課税所得を推定する必要がある Shevlin(1990) は, シミュレーション法により将来の課税所得を予想した Graham(1996) は, 税額控除と代替ミニマム税を考慮したモデルを開発した また,Manzon(1994) は, 会社の市場価値に収益率を乗じることにより課税所得を推定している 日本における限界顕在税率の推定に関する研究は鈴木 (2002) がある 本稿では, 限界顕在税率の算定式について, 先行研究を確認し, より正確な記述ができるかどうかを検討する さらに, 繰越欠損金の控除制限が導入された場合, その算定式がどのように変化するかについて述べる

122 第 3 節 繰越欠損金の控除制限がない場合の限界顕在税率の算定式 限界顕在税率の算定式を求めるのに, 繰越欠損金の控除制限がない場合と導入された場合とに分けて考える まず, 繰越欠損金の控除制限がない場合について考える さらに, 繰戻還付制度が適用できる場合と適用できない場合とで限界顕在税率の算定式が異なるので, それぞれの場合に分けて考える ⑴ 繰戻還付が適用されない場合 最初に, 繰戻還付が適用されない場合で, 繰越欠損金が将来の課税所得と相殺されることだけに利用される場合を考える このことは,Scholes et al.(1992),manzon(1994) で検討されている 期末の繰越欠損金の残高の有無により場合分けを行い, それぞれについて算定式を考える シナリオ1: 期末繰越欠損金残高が存在しない場合, つまり,NOL t = 0(NOL t はt 期末の繰越欠損金の残高を表す ) の場合 mextr t =str t 1 限界顕在税率は上の式で表すことができる ここで,mextr t は当期の限界顕在税率を,str t は当期の法定実効税率を表している 繰越欠損金がないときは, 限界顕在税率は実効税率と等しくなる シナリオ2: 期末繰越欠損金残高が存在する場合, つまり,NOL t >0 の場合 mextr t = (1+r),s Lt s 2 0,s>Lt s 期先に繰越欠損金を使い切ると経営者が予想している場合, はs 期に期待される法定実効税率であり, 1 (1+r) は割引率である Ltは繰越欠 S

限界顕在税率の算定 123 損金の控除期間の限度を表している 1 繰越欠損金が存在する場合, 当期には法人税の負担は生じないが, 追加的な所得が発生すると, 将来, 繰越欠損金を使い切ったときにその時点での法定税率が課税されることになる その負担を現在価値に割り戻したものが限界顕在税率となる また, 繰越欠損金は控除期間内に使い切ることができなければ, 権利放棄となり, その場合には限界顕在税率は0になる 日本では現在, 中小企業者 2 に該当しない法人については, 繰越欠損金の繰戻還付制度は適用されない ( 法人税法第 80 条, 租税特別措置法第 66 条の13) したがって, 繰越欠損金控除制限導入前の期について, 上場企業を対象とした実証研究を行う場合は, これら2つの算定式で足りる ⑵ 繰戻還付が適用される場合 繰越欠損金と繰戻還付を考慮に入れた限界税率の算定式は,Scholes et al.(2005) で示されており, 表 1 のようにまとめられる NOL t 1 =0 NOL t 1 >0 TI t <0 TI t >0 シナリオ1 シナリオ3 str t v 3 str t str n (1+r) + n (1+r) s 5 シナリオ2 シナリオ4 (1+r) 4 s シナリオ2 又は3と同じ ( 出所 Scholes et al.(2015) をもとに作成 ) シナリオ1の場合,str t v はv 期前の法定実効税率を表している この場合, 過去の還付される期の法定実効税率が限界顕在税率となる シナリオ2の場合, 繰越欠損金を使い切るまで課税が繰り延べられるので, 限界顕在税率は繰越欠損金を使い切るs 期先の法定実効税率を現在価値に割り引いて求める シナリオ3の場合, ここでn 期は当期に納付した法人税を

124 還付請求する将来の期を表している 将来, 課税所得が負になったとき, 当期に納めた法人税が繰戻還付され, さらにその将来期に生じた繰越欠損 金を使い切るまで課税が繰り延べられるので,5 式のようになると考えら れている そして, シナリオ 4 の場合, 期首の繰越欠損金よりも当期の課 税所得が大きければ, シナリオ 3 と同様に計算され, そうでないときは, シナリオ 2 と同様に計算される 本稿では, これら 4 つのシナリオについて, より正確に限界顕在税率を 計算するための検討を加える シナリオ 1:TI t <0,NOL t 1 =0 の場合 当期の課税所得が, 繰戻還付できる可能性のある法人税を全額還付して いない程度の場合, つまり, TI t < n i=1ti t i ( ここで TI t i は,t i 期 に発生した課税所得のうち, 当期首時点で還付の対象にされていない部 分 ) の場合, 限界顕在税率は 3 式 (mextr t =str t v ) で計算される その他 の場合, つまり, 繰戻還付可能な既に納付した法人税をすべて還付して も, なお当期の負の課税所得が使い切れず, 繰越欠損金として残高が残る 場合には,2 式で計算される シナリオ 2:TI t <0,NOL t 1 >0(NOL t >0) の場合 限界顕在税率は 2 式で計算される シナリオ 3:TI t 0,NOL t 1 =0(NOL t =0) の場合 mextr t str t str t (1+r) + n (1+r), TI t< TI s t+1, = TI t < (TI t+1 +TI t+2 ),, n TI t < TI t+i i=1 のいずれかを満たす場合 str t, その他の場合 6 限界顕在税率が 5 式になる条件は, 当期に納めた法人税が将来に全額繰

限界顕在税率の算定 125 戻還付される必要がある 繰戻還付ができる期間をn 年とすると,6 式上の条件式のとおりになる また,5 式の2 項目の分子 strの添え字がnになっているが, 将来の負の課税所得により還付されるのは当期に納付した法人税である したがって,str t になると考えられる さらに,s+1 期からs+m 期までの間に課税所得が負となり,s 期の法人税が繰戻還付される場合には, 還付税額をs 期の法定税率相当額だけ増加し, ここで生じた繰越欠損金が期限内に解消する場合には, 解消年度の納税額を解消年度の法定税率相当額だけ増加させることになる ( 鈴木, 2002) これを考慮すると,6の上の式は, 次のようになる mextr t =str t str t (1+r) + n (1+r) s (1+r) + str u s+m (1+r) u 73 uはs+m 期に生じた繰越欠損金の解消年度である u+1 年度の課税所得が負になる場合には,7 式右辺の第 4 項と第 5 項が繰り返される ( 鈴木,2002) シナリオ4:TI t 0,NOL t 1 >0の場合 NOL t 1 TI t の場合, 当期末の繰越欠損金は0になり, シナリオ3と同様に考えられる 4 NOL t 1 >TI t の場合, 当期末に繰越欠損金の残高が残るので, シナリオ2と同様に計算される 5 ⑶ 日本の制度での適用 繰戻還付が適用される場合の限界顕在税率の算定式を日本の法人税法にあてはめる 日本では, 青色申告書である確定申告書を提出する期において生じた繰越欠損金額がある場合には, その金額を1 年前の期に繰り戻して法人税額の還付を請求できる ( 法人税法第 80 条 ) 6 ただし, 前述のとおり繰戻還付が適用されるのは, 解散等の場合及び中小企業者等に限定される ( 租税特別措置法第 66 条の13) この制度は, 法人税 ( 及び地方法人税 ) について適用され, 法人住民税や事業税等は繰戻還付されない また, 繰越欠損金の繰越期間は, 平成 24(2012) 年 3 月 31 日以前に開

126 始する事業年度までは7 年であったが, 平成 24(2012) 年 4 月 1 日以後に開始する事業年度からは9 年に改正された さらに, 平成 30(2018) 年 4 月 1 日以後に開始する事業年度からは,10 年に延長される ( 法人税法第 57 条第 1 項 ) シナリオ1:TI t <0,NOL t 1 =0(NOL t 0) の場合 str t 1 str mextr t = s (1+r) s,ti t 1 TI t,ti t 1< TI t かつ s Lt 0,TI t 1 < TI t かつ s>lt 8 TI t 1 は,t 1 期の繰越欠損金と相殺後の所得で法人税の課税対象となったものを示す 前期に納付した法人税額を全額還付していない状態であれば, 当期に追加所得が発生すれば, 前期の税率相当額だけ還付額が減少する 前期に納付した法人税額を全額還付しても欠損金が生じる場合, その欠損金は将来に繰り越されるので, 繰越欠損金が解消される将来の期まで課税が繰り延べられる さらに, 繰越可能期間までに繰越欠損金が解消されない場合は, 限界顕在税率は0になる シナリオ2:TI t <0,NOL t 1 >0の場合課税は繰越欠損金が解消されるまで繰り延べられるので,2 式と同じになる シナリオ3:TI t 0,NOL t 1 =0(NOL t =0) の場合 mextr t = str t str t 1+r + (1+r),TI t< TI s t+1 str t,ti t TI t+1 9 正確に考えると,7 式と同様の考え方から,9 式の上は, str t str t 1+r + (1+r) s (1+r) + str u s+1 (1+r) u となって, 第 4 項と第 5 項を繰り返すことになり, 条件式も複雑になる

限界顕在税率の算定 127 ( 鈴木,2002) 9 式は将来の繰戻還付を1 回分考慮した近似式ということになる 日本では, 繰戻還付の適用期間が1 年なので, 当期の課税所得が正, かつ, 翌期の課税所得が負の場合に当期の法人税が翌期申告後に還付される その場合でも, 翌期の課税所得の絶対値が当期の課税所得未満の場合は, 当期の追加所得に対して, 翌期に追加的に還付されることはない したがって, 翌期の課税所得の絶対値が当期の課税所得以上になる場合に, 当期の追加所得に対して, 翌期に当期の所得に対して納めた法人税が還付され, 翌期に発生する繰越欠損金が減少する それ以外の場合は, 限界顕在税率は当期の法定実効税率となる シナリオ4:TI t 0,NOL t 1 >0の場合 TI t NOL t 1 の場合, シナリオ3と同様に計算される ただし, 当期の課税所得は一部繰戻還付のために使われているので,9 式上の条件式は, TI t < TI t+1 となり, 下はそれ以外の場合となる TI t <NOL t 1 の場合, 当期末までに繰越欠損金は解消されず, シナリオ2と同様に計算される 7 第 4 節 事業税の損金算入時期が限界税率に及ぼす影響 限界顕在税率の算定式のstrは法定実効税率であるが, これに代入する法定実効税率とはどのようなものかを考える 日本では, 法人所得に課される税 8 は, 法人税, 法人住民税 ( 道府県民税及び市町村民税 ), 地方法人税, 事業税, 及び地方法人特別税がある これらのうち, 法人税, 法人住民税及び地方法人税は損金不算入であり, 事業税及び地方法人特別税は損金算入である 損金算入と損金不算入を考慮した税率を実効税率といい, 通常, 次の式で計算される 法人税率 (1+ 法人住民税率 + 地方法人税率 )+ 事業税率 (1+ 地方法人特別税率 ) 実効税率 = 1+ 事業税率 (1+ 地方法人特別税率 ) 10 ここで事業税及び地方法人特別税 ( 以下, 事業税等 という ) の損金

128 算入時期は申告書が提出された日の属する事業年度となる ( 法人税法基本通達 9 5 1) したがって, 事業税等は会社法会計では当期に費用となるが, 税法上は翌期に損金となる このことから, 事業税等の損金算入の効果が及ぶのは, 次期以降になるので, 限界税率をより正確に計算するには, 損金算入時期の時間価値を考慮する必要がある 当期の事業税等は次期の法人税等を軽減するが, 当期の法人税等を軽減する効果はない このことを考慮すると限界顕在税率の算定式は次のようになる 詳細は, 河瀬 (2015) を参照して欲しい str t =ct t +bt t (ct j+1+bt j+1) j=t ( 1)j j (1+r) j+1 i=t bt i 11 =ct t +bt t bt t ct t+1 +bt t+1 (1+r) +bt ct t+2+bt t+2 b+1bt 1 b+2 (1+r) 2 str t : 事業税等の期ズレを考慮した実効税率, ct t :t 期の損金不算入となる税率 ( 法人税, 法人住民税, 地方法人税で, 課税所得に乗じる税率に修正したもの ), bt t :t 期の損金算入となる税率 ( 事業税, 地方法人特別税で, 課税所得に 乗じる税率に修正したもの ) 繰戻還付制度は法人税だけが対象となるので,ct t を法人税と法人住民税 に分ける ct t =cot t +cit t,(cot t は t 期の ( 繰戻還付制度の対象となる ) 法 人税率,cit t は t 期の ( 繰戻還付制度の対象とならない ) 法人住民税率 ) を 11 式に代入する str t =cot t +cit t +bt t j=t( 1) j (cot j+1 +cit j+1 +bt j+1 ) j (1+r) j+1 i=t bt i 12 これまでに議論した 2,8,9 式の str に 12 式を代入すれば限界顕在税 率を具体的に求めることができる 繰戻還付制度が法人税 ( 及び地方法人 税 ) が対象であることを考慮すると,8 式上の str t 1 に cot t 1 を代入し, 法 人税以外の税には繰戻還付制度が適用されない場合の期末繰越欠損金残高

限界顕在税率の算定 129 が存在する場合に該当するので,2 式が適用される したがって,2 式の に 12 式から cot s 以外の部分を代入する 9 シナリオ 3 の 9 式上 (TI t < TI t+1 ) の場合, 第 2 項と第 3 項の str には,cot を代入することになる 第 5 節 繰越欠損金の控除制限がある場合の限界顕在税率 ⑴ 税制改正 平成 24(2012) 年 4 月 1 日以後に開始する事業年度から, 繰越欠損金の取り扱いが改正されている 改正前は繰越欠損金の全額を課税所得と相殺することができたが, 改正後は課税所得の80% に制限された ( 法人税法第 57 条第 1 項 ) 10 11 この制度は中小法人等には適用されないので, 従来どおり, 課税所得の全額を繰越欠損金と相殺することができる このことから, 繰戻還付制度が適用される法人と繰越欠損金の控除制限が適用されない法人の多くは一致するので, 繰戻還付できる中小企業者等については, 第 3 節 ⑶に示した算定式で足りる この節では, 繰越欠損金の控除制限が適用される大法人 ( 中小法人等以外の法人 ) を対象として, 繰越欠損金の控除制限が導入された場合の限界顕在税率について考える ⑵ 繰越欠損金の控除制限導入直前期の限界顕在税率の算定式 3 月末決算企業の場合, 平成 24(2012) 年 3 月期は繰越欠損金が制限さ れていない最後の期であり, 控除制限導入直前期に該当する 大法人につ いて考えると, 限界顕在税率は繰戻還付制度を適用できない第 3 節 ⑴ と同 様に計算される ただし, 繰越欠損金の解消年度の計算は異なる 例えば, 毎期の課税所得が一定であるとすると, 改正前はs= NOL TI で推定されるが, 改正直前期や改正後はs= NOL L r T I となる Lrは, 繰越欠損金の課税所得に対する控除限度割合を表しており, 平成 24(2012) 年 4 月 1 日以後 開始事業年度の法人は0.8を代入する 0<Lr<1とすると, 繰越欠損金の控除制限導入後のsの方が大きくなる したがって, (1+r) で計算され s

130 る部分については, 将来の税率が現在よりも同じか下がる場合は, 従来よ りも限界顕在税率は低くなる ⑶ 繰越欠損金の控除制限導入後の限界顕在税率の算定式 限界顕在税率を計算する期に繰越欠損金の控除制限があり, 翌期も同様に制限がある場合を考える 異時点間所得移転の検証対象年度としては, 平成 26(2014) 年 3 月期が該当する シナリオ1:NOL t =0の場合繰越欠損金が存在しない場合は, 控除制限がない場合と同様で1 式となる シナリオ2:NOL t >0の場合 2 1 TI t 0 の場合 mextr t = (1 Lr)str t +Lr (1+r),s Lt s 13 12 (1 Lr)str t, その他の場合 当期に課税される部分と繰越欠損金と相殺される部分とに分けて考える必要がある 繰越欠損金を使い切る見込みがあるときは, 繰越欠損金の控除制限のため当期の課税所得の (1 Lr) 部分に当期の税率で課税され, 残りの部分には繰越欠損金が解消されるまで課税が繰り延べられる また, 繰越欠損金が権利放棄になる見込みのときには,(1 Lr) 部分に当期の税率で課税され, 残りの部分は0になる 2 2 TI t <0 の場合 mextr t = (1+r),s Lt s 14 13 0, その他の場合 繰越欠損金を使い切る見込みがあるときは, 当期には課税される所得は なく, 追加所得は全て繰越欠損金が解消されるまで繰り延べられる 繰越 欠損金を使い切る見込みがないないときは, 当期に課税される所得もな

限界顕在税率の算定 131 く, 将来課税されるものもないため,0 となる ここまでの議論をまとめたものが表 2 である パターン 繰越欠損金控除制限前 繰越欠損金控除制限直前期 繰越欠損金控除制限導入後 1 NOL t =0 str t str t str t 2 s>lt 0 0 (1 Lr)str t TI t 0 str 3 s Lt s str (1 Lr)str t s (1+r) s (1+r) s +Lr NOL t >0 (1+r) s 4 s>lt 0 0 0 TI t <0 str 5 s Lt s (1+r) s (1+r) s (1+r) s str t,s :t 期,s 期の法定実効税率, Lt: 繰越欠損金の繰越期間, Lr: 繰越欠損金の課税所得に対する控除限度割合, sは繰越欠損金の解消予定年を示しており, 繰越欠損金控除制限前と導入後 ( 直前期を含む ) とで推定値は異なる 期末に繰越欠損金が存在し, かつ, 当期の課税所得が0 以上のとき, 繰越欠損金控除制限導入後の算定式は従来の限界顕在税率のそれと異なる その他の場合で, 繰越欠損金が解消されるときまで課税が繰り延べられるときも, 繰越欠損金の解消予想年数の計算に違いが生じるので, 限界顕在税率は変化する 控除制限導入前と導入後を比べると, 表 2のうちパターン2と3(5も sの算定式が異なるので, 違いが生じる ) が該当する パターン2は明らかに控除制限導入後の限界顕在税率の方が高くなる 次に, パターン3の大小関係を調べる (1 Lr)str t +Lr (1+r) s (1+r) s 15

132 ここで, 仮に (1+r) が導入前後で同じだとすると, s =(1 Lr) str t (1+r) s 16 str t のとき,16 式 >0となる str t < のときは, str t (1+r) s の符号で大小関係が決まる つまり, 税率が同じか引き下げられた場合は, 控除制限が設けられたときの方が限界顕在税率は高くなる 現在のように法人税率が引き下げ傾向にあるときはこのパターンに該当する可能性が高い パターン2,3に該当する法人については, 控除制限が導入される前よりも税負担を回避する誘因が強くなっている可能性がある また, パターン5のときは,⑵の議論より将来の税率が現在よりも同じか下がる場合は, 従来よりも限界顕在税率は低くなる 第 6 節 まとめ 本稿では, 限界顕在税率の算定式を先行研究を発展させより正確に記述し, 繰越欠損金の控除制限が導入された後のものを明らかにした 繰越欠損金の控除制限が導入された場合, 導入前に比べて, 期末繰越欠損金が存在し, かつ, 課税所得が0 以上のときに限界顕在税率が従来と異なる算定式となり, この条件に当てはまる法人は, 現在のように法人税率が引き下げられるときには, 限界顕在税率が高くなることが示唆された 限界税率を正しく算定できれば, 企業の税務計画の立案や投資意思決定に役立ち, また, 利益 ( 所得 ) 調整研究において, 重要な役割を果たすことが期待される このことは, 学問上だけでなく, 実務上の様々な場面で利用できることを意味し, 応用範囲は広いと思われる なお, 繰戻還付が適用される法人についても, 算定式を明らかにすることにより, 中小企業についても上記の様々な分野で利用することが可能になっている

限界顕在税率の算定 133 参考数値例 0 0 0 1 0 3 期 1 0 1 2 3 4 5 合計 NOL 控除前所得 (TI) 100 100 100 100 100 100 100 NOL 充当 80 80 80 80 80 80 差引課税所得 20 20 20 20 20 20 税率 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 法人税等 6 6 6 6 6 6 36 割引後 6 5.454545 4.958678 4.507889 4.098081 3.725528 28.74472 NOL 5000 4920 4840 4760 4680 4600 4520 NOL 控除制限割合 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 当期の課税所得が 1 増加した場合 期 1 0 1 2 3 4 5 NOL 控除前所得 (TI) 100 101 100 100 100 100 100 NOL 充当 80.8 80 80 80 80 80 差引課税所得 20.2 20 20 20 20 20 税率 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 上との差額 法人税等 6.06 6 6 6 6 6 36.06 0.06 割引後 6.06 5.454545 4.958678 4.507889 4.098081 3.725528 28.80472 0.06 NOL 5000 4919.2 4839.2 4759.2 4679.2 4599.2 4519.2 NOL 控除制限割合 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 限界顕在税率の定義にしたがい, ある状態から追加的に課税所得を1 追加したときに新たに生じる租税債務の現在価値を計算している 表右下の割引後の差額欄に 1を乗じたものが限界顕在税率となる mextr t =( 1 0.8) 0.3=0.06であり, 表 2の計算式と一致する

134 0 0 0 1 0 3 期 1 0 1 2 3 4 5 合計 NOL 控除前所得 (TI) 100 100 100 100 100 100 NOL 充当 80 80 40 0 0 0 差引課税所得 20 20 60 100 100 100 税率 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 法人税等 6 6 18 30 30 30 120 割引後 6 5.454545 14.87603 22.53944 20.4904 18.62764 87.98807 NOL 200 120 40 0 0 0 0 NOL 控除制限割合 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 当期の課税所得が 1 増加した場合 期 1 0 1 2 3 4 5 NOL 控除前所得 (TI) 101 100 100 100 100 100 NOL 充当 80.8 80 39.2 0 0 0 差引課税所得 20.2 20 60.8 100 100 100 税率 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 上との差額 法人税等 6.06 6 18.24 30 30 30 120.3 0.3 割引後 6.06 5.454545 15.07438 22.53944 20.4904 18.62764 88.24641 0.258347 NOL 200 119.2 39.2 0 0 0 0 NOL 控除制限割合 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 同様に,mextr t =(1 0.8) 0.3+0.8 0.3 (1+0.1) 0.258347となり, 表 2 2 の算定式と一致する

限界顕在税率の算定 135 0 0 0 1 0 3 期 1 0 1 2 3 4 5 合計 NOL 控除前所得 (TI) 100 100 100 100 100 100 100 NOL 充当 0 80 80 80 60 0 差引課税所得 100 20 20 20 40 100 税率 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 法人税等 0 6 6 6 12 30 60 割引後 0 5.4545455 4.9586777 4.5078888 8.1961615 18.62764 41.744913 NOL 200 300 220 140 60 0 0 NOL 控除制限割合 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 当期の課税所得が 1 増加した場合 1 0 1 2 3 4 5 NOL 控除前所得 (TI) 100 99 100 100 100 100 100 NOL 充当 0 80 80 80 59 0 差引課税所得 99 20 20 20 41 100 税率 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 0.3 上との差額 法人税等 0 6 6 6 12.3 30 60.3 0.3 割引後 0 5.4545455 4.9586777 4.5078888 8.4010655 18.62764 41.949817 0.204904 NOL 200 299 219 139 59 0 0 NOL 控除制限割合 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 0.8 これも,mextr t = 0.3 (1+0.1) 4 0.204904 となり, 表 2 の算定式と一致する 脚注 1 繰越欠損金が期限切れになることにより, 限界顕在税率が0になるのは, 当期に発生した負の課税所得によるとは限らない 例えば, 以前に発生した繰越欠損金で当期が控除期間の最終年度で当期の所得が小さいために繰越欠損金が権利放棄となってしまう場合には限界顕在税率は0となる このことを考慮すると,2の条件,s>Ltは, 次のように表すのがより正しい NOL t Lt >TI t,nol t Lt +NOL t Lt+1 >TI t +TI t+1,, Lt i=0(nol t Lt+i TI t+i )> 0 のいずれかを満たす場合, NOL t Lt は,t Lt 期に発生した繰越欠損金のうち当期期首の残高を表す

136 2 資本金の額が 1 億円以下 ( 大法人 ( 資本金の額が 5 億円以上である等の法人 ) の完全支 配関係があるものを除く ) の普通法人等を指す 3 この場合も 6 式と同様に, 右辺第 2 項と第 4 項はそれぞれ t 期,s 期の税率で還付され る 4 ただし, 条件式は若干異なる 当期の課税所得は繰戻還付のために一部使用されている ので, 条件式の TI t は TI t となるが考え方は同じである 5 ただし, 繰越欠損金が当期末に権利放棄となるものがあれば (NOL t Lt >TI t の場合 ), 限界顕在税率は0となる 当期の欠損金額 ( 負の課税所得 ) 6 還付金額 = 前期の法人税 前期の課税所得この式で還付金額は計算される 当期の欠損金額は分母の金額が限度となるので, 前期の 法人税を超えて還付されることはない この式から, 当期の追加所得に対しては, 前期の法人税率分だけ還付を受けることになる 7 この場合でも, 期首の繰越欠損金が当期に権利放棄になる場合には, 限界顕在税率は0 になる 8 法人住民税及び地方法人税は法人税, 地方法人特別税は事業税に課される税であるが, ここでは間接的に法人所得に課税されるものを含むという意味である また, 事業税については, 所得割のみを対象に考える 9 実際に代入すると,( 1) s の部分をsが奇数と偶数とで場合分けするので, 少し複雑になる 10 その後, 平成 27(2015) 年度税制改正において, 繰越欠損金の控除制限の割合は, 平成 27(2015) 年 4 月 1 日以後開始事業年度については65%, 平成 28(2016) 年 4 月 1 日以後開始事業年度については60% となり, 平成 29(2017) 年 4 月 1 日以後開始事業年度については55%, 平成 30(2018) 年 4 月 1 日以後開始事業年度からは50% となる また, 繰越欠損金の繰越期間は前述のとおり, 平成 24(2012) 年 3 月 31 日以前開始事業年度は7 年, 平成 24(2012) 年 4 月 1 日以後開始事業年度は9 年, 平成 30(2018) 年 4 月 1 日以後開始事業年度については,10 年となっている 11 資本金の額が1 億円以下の普通法人で資本金の額が5 億円以上の大法人等の完全支配会社に該当しないもの等 ( 法人税法第 57 条第 11 項第 1 号 ) を指す 12 この場合の上の条件式も,1 式と同様の考え方により正確には次のようになるだろう NOL t Lt > L r T I t,nol t Lt +NOL t Lt+1 > L r( T I t +TI t+1 ),, Lt i=0(nol t Lt+i L r T I t+i ) >0のうちいずれかを満たす場合となる 13 この場合の上の条件式も,13 式と同様の考え方で, NOL t Lt +NOL t Lt+1 >Lr(TI t +TI t+1 ),, Lt i=0(nol t Lt+i Lr TI t+i )>0のうちいずれかを満たす場合となる

限界顕在税率の算定 137 参考文献 Graham, J.(1996) Debt and the marginal tax rate, Journal of Financial Economics, Vol.41, No.1, pp.41-73. 河瀬豊 (2015) 異時点間所得移転に関するレビュー 経済研究 第 61 巻第 1 2 号 1-15 頁 Manzon, G.(1994) The Role of Taxes in Early Debt Retirement, The Journal of the American Taxation Association, Vol.16, No.1, pp.87-100. Scholes, M. S. and Wolfson, M. A. (1992) Taxes and Business Strategy: A Planning Approach, Prentice-Hall, Upper Saddle River, New Jersey. Scholes, M. S., Wolfson, M. A., Erickson, M., Maydew, E. L. and Shevlin, T.(2002) Taxes and Business Strategy: A Planning Approach 2 nd ed., Prentice-Hall, Upper Saddle River, New Jersey. Scholes, M. S., Wolfson, M. A., Erickson, M., Maydew, E. L. and Shevlin, T.(2005) Taxes and Business Strategy: A Planning Approach 3 rd ed., Prentice-Hall, Upper Saddle River, New Jersey. Scholes, M. S., Wolfson, M. A., Erickson, M., Hanlon, M., Maydew, E. L., and Shevlin, T. (2015) Taxes and Business Strategy: A Planning Approach 5 th ed., Pearson Education, Edinburgh Gate Harlow, Essex. Shevlin, T.(1990) Estimating Corporate Marginal Tax Rates with Asymmetric Tax Treatment of Gains and Losses, The Journal of the American Taxation Association, Vol.11, No.1, pp.51-67. 鈴木一水 (2002) 限界顕在税率の推定 国民経済雑誌 第 186 巻第 2 号 29-42 頁 鈴木一水 (2013) 税務会計分析 森山書店