日 本 国 井 沢 式 新 ニッポン 風 土 記 (2010 年 3 月 ) ( 井 沢 元 彦 月 刊 旅 行 読 売 2003 年 6 月 ~2009 年 6 月 号 ) 本 書 は 足 かけ6 年 にわたり 連 載 した 日 本 の 旧 国 に 焦 点 をあてた 平 成 版 人 国 記 をまとめたものだ 最 後 に 日 本 国 全 体 の 世 界 の 国 々と 比 較 しての 特 徴 を 書 いてみよう 日 本 はいうまでもなく 島 国 である 大 陸 国 家 ではないから 面 積 は 約 38 万 平 方 キロであり 同 じ 島 国 である イギリス( 約 24 万 平 方 キロ)よりはかなり 大 きいものの アフリカ 大 陸 の 東 側 に 位 置 するマダガスカル( 共 和 国 約 59 万 平 方 キロ)よりはかなり 小 さい ちなみに 国 面 積 の 順 位 でいえばマダガスカルが45 位 日 本 は6 0 位 イギリスは77 位 となる しかし 同 じ 島 国 でもおそらく 日 本 唯 一 ともいえる 特 徴 は 気 候 と 風 土 が 極 めて 多 種 多 様 であることだ 一 方 でスキーや 本 格 的 な 冬 山 登 山 が 楽 しめ その 一 方 でスキューバダイビ ングなどのマリンスポーツが 楽 しめる 実 はこんな 国 はそれほどはない それどころか 国 土 が 平 地 ばかりで 山 がない 国 とか 大 半 が 砂 漠 であった り 逆 に 深 い 密 林 であったり 山 はあるが 海 はない( 面 していない)という 国 も 珍 しくない しかし 日 本 という 国 には 世 界 のあらゆる 環 境 がそろっているといって
も 過 言 ではない 北 極 の 氷 山 はないがオホーツクの 流 氷 を 見 ることができるし 灼 熱 の 砂 漠 はないが 鳥 取 には 砂 丘 がある 広 い 砂 浜 なら 至 るところにある そういう 意 味 でいえば 日 本 は 地 球 のミニチュア でもある ここで 育 てば 世 界 のどこへ 行 っても それほど 驚 かないだろう [ 外 国 でお 茶 が 盛 んになった 理 由 ] 逆 に 驚 くこと 世 界 の 常 識 ではないことはあるだろうか? 私 はそれは 水 だと 思 う 明 治 以 降 の 近 代 化 工 業 化 の 流 れの 中 で 何 事 も 水 に 流 せばよい とば かりに 天 然 の 川 を 汚 し 続 けた 結 果 昔 のように どの 川 でも 水 を 汲 んで 飲 める という おそらく 世 界 中 どこの 国 にもない 美 点 は 失 われてしまった しかし それでも 日 本 は 世 界 有 数 の 水 の 綺 麗 なおいしい 国 である たとえば 世 界 の 国 々には それを 代 表 する 川 がある 中 国 でいうなら 黄 河 や 揚 子 江 東 南 アジアならメコンやメナム インドならガンジス ヨー ロッパならライン セーヌ テムズといったところか しかし これらの 川 はたとえ 何 百 年 さかのぼろうと 決 して 手 ですくって 飲 むわけにはいかない そんなことをしたら いっぺんに 腹 をくだして 病 気 になるだろう お 茶 というものは 中 国 人 の 発 明 である しかい 中 国 人 がなぜお 茶 を
発 明 する 必 要 があったのか 多 くの 日 本 人 は 気 づいていない それは 水 はマズイ いや そのまま 飲 むのは 危 険 だからである そこでまず 煮 沸 する しかし 煮 沸 は 有 効 な 消 毒 手 段 ではあるが 水 をお いしくするわけではない そこで 植 物 の 葉 を 刻 んだものを 入 れてマズイ 水 をいかにうまくして 飲 めるか というのが 茶 の 必 要 とされた 理 由 だった のだ だから とびきり 水 のマズイ 国 にすんでいるイギリス 人 は 古 くか ら 東 洋 の 茶 を 求 めアヘン 戦 争 まで 起 こした 植 民 地 時 代 のインドに 大 々 的 に 紅 茶 を 作 らせたのもそのためだ そのイギリスの 植 民 地 からアメリカが 独 立 したのは 高 い 茶 を 売 りつけら れたことがきっかけとなった アメリカ 人 なら 誰 でも 知 っている ボスト ン 茶 会 事 件 である しかし アメリカだって 水 はうまくない そこで 植 物 の 葉 の 代 わりに 植 物 の 実 ( 豆 )を 挽 いて 粉 状 にしたものを 湯 にいれて 飲 んだ コーヒーであ る イギリス 人 のライバルのフランス 人 もコーヒーを 飲 んでいる 今 でこそ そのフランス 産 の エビアン やアメリカ 産 のミネラルウオー ターがブームだが そんなものは 地 面 を 深 く 掘 削 する 技 術 が 実 用 化 される 近 代 までは まったく 不 可 能 だった 限 られた 人 間 が 井 戸 水 や 岩 清 水 を 飲 んでいただけなのだ [ 日 本 の 水 のもう 一 つの 魅 力 ]
ところが 日 本 では どこへ 行 っても 岩 清 水 がある 日 本 の 川 というのは 岩 清 水 が 川 になったと 思 えばいい これは 日 本 列 島 が 東 西 に 長 く しかもその 中 央 に 背 骨 のような 高 山 群 があ るという 独 特 の 地 形 の 賜 物 である 中 国 大 陸 からくる 寒 気 が この 壁 にぶつかり 雪 となって 日 本 海 側 に 降 る 日 本 海 側 にとっては 大 迷 惑 ではあ るが その 結 果 天 然 のメカニズムで 蒸 留 された 水 が 保 水 力 のある 山 々に 蓄 積 される それが 春 と 共 に 少 しずつ 解 けて 日 本 の 国 土 をうるおすので ある こういうのを 地 中 から 出 る 硬 水 に 対 し 軟 水 というが おそらくは 日 本 は 世 界 一 軟 水 の 豊 富 な 国 である そして これだけなら まだ 世 界 には ウ チの 国 だって 水 は 豊 富 だ と 反 論 できる 国 があるかもしれない しかし 実 はもう 一 つ 日 本 の 水 は 素 晴 らしいのだ それは 世 界 一 といっ てもいい 温 泉 王 国 だからだ 環 境 省 の 統 計 では この 狭 い 島 国 の 中 に30 00 以 上 もある この 他 に 山 の 湧 き 水 的 な 露 天 風 呂 一 つの 温 泉 まで 加 え たら 一 体 いくつになるのか 見 当 もつかないほどである [ 温 泉 山 海 自 然 に 恵 まれた 国 ] 温 泉 というのは いうまでもなく 火 山 活 動 の 副 産 物 だ ということは 火 山 が 多 く 火 山 帯 がある 国 でなければ いい 温 泉 は 出 ないのである 中 国 大 陸 はあれだけ 広 いが いい 温 泉 は 少 ない 朝 鮮 半 島 もそうだ だか
らこれらの 国 からの 観 光 客 の 目 当 ての 一 つは 温 泉 である 世 界 にも 温 泉 が 豊 富 な 国 はある だが そういう 国 は 大 概 飲 料 水 はマズイ 温 泉 の 中 にも 飲 用 に 適 するものもあるが ほとんどは 飲 めば 毒 になる ものばかりだ お 気 づきかも 知 れないが 温 泉 はすべて 硬 水 である 軟 水 が 豊 富 な 国 は 硬 水 ( 温 泉 )には 恵 まれない というのが 世 界 の 常 識 である だいたい 水 道 水 がそのまま 飲 用 に 適 する 国 の 方 が はるかに 少 ないのだ それを 考 えれば いかに 日 本 が 水 に 恵 まれた 国 であるかがわかるだろう 清 流 がある その 清 流 でしか 生 きられないアユ ヤマメ イワナという 外 国 ではあまり 見 かけない 魚 が 多 数 生 殖 している 一 方 で 火 山 がときどき 爆 発 するため 優 美 な 形 の 山 があちこちに 出 現 する 旧 国 名 をとった 近 江 冨 士 とか 讃 岐 冨 士 とか 呼 ばれる 山 もある そ うした 山 々の 中 核 に 存 在 するのが 富 士 山 であり しかもこの 山 は 日 本 一 の 高 さを 誇 る 日 本 という 国 が 景 観 に 恵 まれているのも 山 々を 巡 る 清 流 の 侵 食 作 用 と 火 山 の 爆 発 による 造 山 作 用 があるからだ 今 造 山 といったが 川 をせきと めることもある 上 古 の 昔 富 士 山 の 爆 発 によって 川 が 分 断 されて 生 まれ たのが 富 士 五 湖 である こうしたことが 国 土 の 多 様 化 を 演 出 している また 海 に 面 する 地 域 も 大 洋 に 接 する 断 崖 があるかと 思 えば 瀬 戸 内 海 の
ような 多 島 海 における あるいは 三 陸 のようなリアス 式 海 岸 の 巧 みな 自 然 の 造 形 が 見 られる [ 和 を 以 って 貴 し とする 日 本 人 ] そして この 風 光 明 媚 な 山 紫 水 明 の 国 の 最 大 の 美 点 は 何 事 にも 和 を 重 ん ずる 日 本 人 だと 思 う この 国 の 人 々は 昔 から 争 いを 好 まなかった 確 かに 侵 略 もあったし 内 戦 も あったが ヨーロッパやイスラム 社 会 の 苛 烈 なものに 比 べれば この 国 の 人 々はお 互 いの 個 性 を 尊 重 しつつ 平 和 にくらしていた もちろん 欠 点 もある その 一 つは 島 国 根 性 とヤユされるように ひとりよがりの 独 善 性 がある ことだろう また よそ 者 を 迎 え 入 れない 排 他 性 もある ある 外 国 人 の 評 論 家 は 日 本 人 は 世 界 で 最 も 完 璧 な 差 別 をする 人 々である しかし その 差 別 があまりに 完 璧 なので 問 題 が 生 じない といったという おそらく 読 者 の 大 半 は えっ 日 本 人 は 差 別 などしないよ と 心 外 そう にいうだろうが この 評 論 家 のいうことは 私 には 理 解 できる 要 するに 日 本 人 は 白 人 であろうとキリスト 教 徒 であろうと ガイジン さん としては 平 等 に 扱 う だから 一 見 差 別 がないようにみえるが 一 歩 踏 み 込 んで 日 本 人 になろうとすると 極 めて 大 変 だ ということだ 私 の 友 人 ( 白 人 )は 相 当 日 本 語 が 上 手 いのだが いくら 日 本 語 で 話 しかけ
ても 日 本 人 は 英 語 で 返 してくるので 困 ったという 経 験 をもっている もち ろん それは 日 本 人 の 親 切 心 の 表 れでもあるのだが 広 い 意 味 の 差 別 であるということも 事 実 であろう そして 日 本 人 には 部 落 差 別 という 克 服 すべき 病 もあるのだが そ れについてはまた 別 の 機 会 に 譲 ることにする とにかく 多 くの 日 本 人 自 身 が 自 覚 しておらず 外 国 にいって 初 めて 痛 感 することだが 日 本 ほど 豊 かで 恵 まれた 国 はないかもしれないのだ 石 油 が 産 出 しないとはいうが 産 油 国 の 多 くは 飲 料 水 に 乏 しい 資 源 大 国 は 決 して 恵 まれた 国 とはいえない やはり 本 当 に 恵 まれた 国 というのは 住 民 にとって 住 みやすい 気 候 風 土 をもった 国 のことではないだろうかー ( 井 沢 式 新 ニッポン 風 土 記 2010 年 3 月 旅 行 読 売 出 版 社 )