2019 年 3 月 1 日社研セミナー大沢真理 グローバル インクルージョンへの日本の課題 0. 持続可能な開発目標 (SDGs) 2018 年 10 月後半に実施された東大生の認知度調査 (TSCP Student Committee による 回答者 2009 人 ) から 世界スケールよりも日本 身近が高いのは ジェンダー平等と労働 ( 完全雇用とディーセントワーク ) 貧困や飢餓は日本 身近の課題ではない? 1.SGDs のなかの貧困 ドーナツ経済学の提案 地球システムと人類が 黄緑色の領域に包摂される必要性 そのためにとく経済学の刷 新が必要 1
2 本報告では 黄緑色の領域への包摂を グローバル インクルージョン と呼び 貧困に焦点を合わせる Raworth (2017) が Sumner(2012) に依拠しつつ指摘 ( 以下は Sumner(2016) で補充 ): 2012 年に世界の絶対貧困層 (1 日 2.5 ドル以下の生活ないし多次元的貧困 )14.5 億人の 75% が 中所得国 に住んでいる とくに中国に 1.5 億人 インドに 4.8 億人 1 それら諸国では格差が広がり 絶対貧困層が取り残された ( 中国では改善 ) 自国内の資源で絶対貧困を解決できる (ODA などの国際的再分配でなく ) 高所得国の相対的貧困にも言及 ( アメリカとイギリス ) やはり国内分配の問題 ただし 貧困や飢餓がジェンダー平等の課題でもあることは あまり強調されていない 本報告の目的 :( とくに日本で ) 貧困がジェンダー平等の課題であると指摘し 課税エフォートを高めつつ国内の貧困を削減することは インド 中国と同等以上に 日本 ( およびアメリカ ) の課題であると論じる 2. 国際比較のなかの日本の相対的貧困および子どもの状況相対的貧困率 ( 等価可処分所得の中央値の 50% 未満の低所得 ) : 民間の雇用条件等と税 社会保障の総合成果当初所得 ( 市場所得 ) でも計測される : 所得再分配の ビフォー アフター 2.1 日本の貧困率は主要国でアメリカについで高いが 独特の性質図 1 子どもがいる世帯の人口の貧困率 成人の数と就業状態別 2012 年頃出所 :OECD Family Database: CO2.2(http://www.oecd.org/els/family/database.htm) より作成 1 Sumner は 世界の絶対的貧困層の所在を Geography of Global Poverty と表現する 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0 アイルランドデンマ クドイツチ コベルギ オ ストラリアノルウ フ ンランドオランダスウ デンアイスランドハンガリ イギリススロベニアフランスニ ジ ランドポルトガルオ ストリアスロバクポ ランドアメリカカナダギリシ イタリアメキシコスペイン日本トルコインド中国 ( % ) 成人 1 人で無業成人 2 人以上で就業者なし成人 2 人以上で 1 人就業成人 2 人以上で 2 人以上就業成人 1 人で就業
就業貧困という以上に共稼ぎ貧困 働くひとり親( とその子ども ) の貧困率は OECD 諸国 + 中国 インドで最悪 日本でのみ無業のひとり親より高い (OECD 諸国 + 中国 インドで ) 片稼ぎ夫婦と共稼ぎ夫婦の貧困率の差が小さい( インドと中国も差が小さい 他の国では second earner は貧困リスクを大きく低減させるが ) 図 1 つまり女性の稼得力が低い 働かない( 無業 失業 短時間就業 ) ためであるより 働くなかでの低賃金 しかも山口一男によれば 学歴 経験が低いからではない ( 山口 2017) =ジェンダーの問題 アフター( 所得再分配後 ) のほうが貧困率が高い (= 貧困削減率がマイナス ) の人口区分がある 国民生活基礎調査で子どもについて 1985 2009 年 ( 阿部 2006; 阿部 2014) 国民生活基礎調査で 2005 年頃の成人が全員就業する労働年齢世帯 ( 共稼ぎ 就業するひとり親 就業する単身者 )(OECD2009:Figure 3.9) 日本家計パネル調査で 2009 年の就業者全般 ( 駒村ほか 2010) 社会保険料負担の問題 税 社会保障を通ずる所得再分配が 子どもを生み育て 世帯として 目いっぱい ( つまり女性が ) 働くことを 支援していないどころか 罰を科している 2.2 日本の働くひとり親はなぜ貧しいか日本のシングルマザーの就業率 80% 超は OECD 諸国で最高 低賃金でもあるが 税 社会保障負担が重く 社会保障現金給付が貧弱 以下 図 2-4は OECD の Taxing wages より作成 ( 社会保険を適用される雇用者 ) 縦軸 : 純負担 ( 所得課税 + 社会保障拠出 - 児童手当 ) が粗賃金収入に占める比率 (%) 横軸 : 粗賃金収入 ( 平均賃金対比 ) 図 2 子どもが 2 人の場合の純負担率 (%) の推移 3
しかし 平均賃金 ( 男女合計 ) の 67% を得ているシングルマザーは日本では稀 平均賃金の 50-250% の範囲での純負担率はどうか? 図 3 子どもが2 人の場合の 2017 年の純負担率 ひとり親と片稼ぎ夫婦ひとり親片稼ぎ夫婦 負担と給付を分解すると ( ひとり親子ども 2 人の場合 ) 図 4 ひとり親 ( 子ども 2 人 ) の 2015 年の純負担の内訳 2.3 子どもの状況のなかでも憂慮される低体重出生 胎内で生じているマイルドな飢餓? 教育達成 職業達成に影響 4
図 5 低体重出生 (2500g 未満 ) の子どもの割合 10 9 ( % ) 8 7 6 5 4 3 2 1 0 1960 1962 1964 1966 1968 1970 1972 1974 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016 日本アメリカフランスイタリアイギリス韓国スウェーデンドイツ中国 出所 :OECD.Stat より作成 出産 6 か月前の母親のフルタイム就業 喫煙などが影響 ( 川口 野口 2017) 母親の学歴 も影響 ( 川口 2017) 3. 財源調達として見ると所得課税が伸びず 逆進的な社会保障拠出 ( そして消費課税 ) への依存が上昇 累進度の低下図 6 種類別の歳入の推移 対 GDP 比 14.0 12.0 ( % ) 10.0 8.0 6.0 個人所得課税 法人所得課税 社会保障負担 4.0 2.0 資産課税 消費課税 0.0 出所 :OECD.Stat より作成 1965 1969 1973 1977 1981 1985 1989 1993 1997 2001 2005 2009 2013 課税エフォートの研究 : 課税ポテンシャル ( ある国がある時点で合理的に調達できる税収 の上限 ) にたいする実際の税収の比率 (0-1 のあいだの値 ) 政策選択 ( 税率 課税ベー ス 非課税措置など ) と徴税非効率 ( 納税回避を含む ) を反映する 伝統的には最小二乗法 ( クロスセクション またはパネルデータ ): 税収 ( 対 GDP 比 ) 5
の回帰に適用より近年では確率フロンティア分析 (SFA) IMF 系の研究 (Pessino and Fenochietto 2010; Fenochietto and Pessino 2013) 国際成長センター (IGC) での研究 (Langford and Ohlenburg 2015): 政府収入データセットから資源が豊富でない 85 か国の 27 年分のパネル日本の 2010 年の課税エフォートについて 1 Pessino and Fenochietto 2010; Fenochietto and Pessino 2013 は 0.6 程度と推計 平均は高所得国で 0.76 中所得国で 0.64 低所得国で 0.65 アメリカは 0.7 中国は 0.48 2 Langford and Ohlenburg 2015 は 社会保障拠出を含めず総税収で推計し 0.52 程度 2 平均は 低所得 - 下位中所得国で 0.59 上位中所得国- 高所得国で 0.68 アメリカは 0.6 中国は 0.57 図 7 2009 年前後の課税エフォート 出所 :Langford and Ohlenburg 2015: Table 3 より作成 < 引用文献 > Fenochietto, Ricardo and Carola Pessino (2013), Understanding Countires Tax Effort, IMF Working Paper WP/13/244. Langford, Ben and Tim Ohlenburg (2015) Tax revenue potential and effort, an empirical investigation, International Growth Centre Working Paper OECD (2009) Employment Outlook, Tackling the Jobs Crisis, OECD. 2 85 か国のなかで 日本より課税エフォートが低い諸国は バングラデシュ (0.43) マレーシア (0.43) エチオピア (0.44) ホンジュラス (0.44) ウガンダ (0.45) スロバキア (0.46) シンガポール (0.47) パナマ (0.47) エルサルバドル (0.48) フィリピン (0.48) リトアニア (0.49) パラグアイ (0.49) タイ (0.49) スリランカ (0.51) という 14 か国である 6
Pessino, Carola and Ricardo Fenochietto (2010), Determining countries tax effort, Hacienda Pública Española / Revista de Economía Pública, 195-(4/2010): 65-87. Raworth, Kate (2017) Doughnut Economics, Seven Ways to Think Like a 21 st -Century Economist, London: Random House. (2018 年に日本語訳 ) Sumner, Andy (2012) From Deprivation to Distribution: Is Global Poverty Becoming a Matter of National Inequality? IDS Working Paper, no. 994. Sumner, Andy (2016) Global Poverty, Deprivation, Distribution, and Development since the Cold War, Oxford: Oxford University Press. 阿部彩 (2006) 貧困の現状とその要因 1980 年代 ~2000 年代の貧困率上昇の要因分析 小塩隆士 田近栄治 府川哲夫編 日本の所得分配 格差拡大と政策の役割 東京大学出版会 111-137 頁阿部彩 (2014) 子どもの貧困 Ⅱ 解決策を考える ( 岩波新書 ) 岩波書店川口大司 野口晴子 (2017) 低体重出生 原因と帰結 2017 年 10 月 22 日日本学術会議主催学術フォーラム 乳幼児を社会科学的に分析する : 発達保育実践政策学の進化 において野口が報告川口大司編 (2017) 日本の労働市場 経済学者の視点 有斐閣駒村康平 山田篤裕 四方理人 田中聡一郎 (2010) 社会移転が相対的貧困率に与える影響 樋口美雄 宮内環 C. R. McKenzie 慶應義塾大学パネルデータ設計 解析センター編 貧困のダイナミズム 日本の税社会保障 雇用政策と家計行動 慶応義塾大学出版会 81-101 頁山口一男 (2017) 働き方の男女不平等理論と実証分析 日本経済新聞出版社 7