( 様 式 甲 5) 氏 名 加 藤 壮 介 ( ふ り が な ) (かとう そうすけ) 学 位 の 種 類 博 士 ( 医 学 ) 学 位 授 与 番 号 甲 第 号 学 位 審 査 年 月 日 平 成 26 年 1 月 29 日 学 位 授 与 の 要 件 学 位 規 則 第 4 条 第 1 項 該 当 学 位 論 文 題 名 Local injection of vasopressin reduces the blood loss during cesarean section in placenta previa ( 前 置 胎 盤 の 帝 王 切 開 術 における 出 血 軽 減 を 目 的 と したバソプレシン 局 所 投 与 の 有 用 性 ) 論 文 審 査 委 員 ( 主 ) 教 授 内 山 和 久 教 授 大 槻 勝 紀 教 授 石 坂 信 和 学 位 論 文 内 容 の 要 旨 目 的 正 常 妊 娠 において 卵 管 内 で 受 精 した 受 精 卵 は 子 宮 の 底 部 体 部 付 近 で 着 床 し その 部 位 に 胎 盤 を 形 成 することがほとんどである 前 置 胎 盤 とは 何 らかの 原 因 により 受 精 卵 が 子 宮 下 部 で 着 床 し 胎 盤 が 子 宮 下 部 から 発 育 することで 子 宮 口 の 一 部 もしくは 全 体 を 覆 っている 状 態 をいう 子 宮 口 が 胎 盤 で 覆 われ 胎 児 より 胎 盤 が 先 進 していることから 児 が 子 宮 口 を 通 過 できないため 経 腟 分 娩 は 不 可 能 であり 帝 王 切 開 術 による 分 娩 が 必 須 で ある 前 置 胎 盤 の 頻 度 は 全 分 娩 数 の 2.0% 程 度 であり 胎 盤 が 通 常 の 位 置 にある 場 合 の 帝 王 切 開 術 と 比 し 出 血 量 は 多 く 輸 血 率 も 約 14%と 明 らかに 高 率 である そのため 大 量 の 輸 血 や 子 宮 摘 出 が 必 要 になることもあり ときに 大 量 出 血 による 母 体 死 亡 の 危 険 を 伴 う 本 来 - 1 -
通 常 の 帝 王 切 開 術 において 胎 児 胎 盤 娩 出 後 は 急 速 な 子 宮 収 縮 により 胎 盤 剥 離 面 から の 出 血 に 対 する 生 理 的 な 止 血 作 用 が 働 く さらに 子 宮 収 縮 を 促 すため 術 中 は 子 宮 マッサー ジやオキシトシン プロスタグランディン エルゴメトリンといった 子 宮 収 縮 剤 の 投 与 な ど 様 々な 手 法 がとられている しかし 前 置 胎 盤 においては 胎 盤 娩 出 後 も 種 々の 収 縮 剤 に 無 反 応 で 胎 盤 付 着 部 位 からの 出 血 が 持 続 することがめずらしくない 子 宮 収 縮 とは 主 に 子 宮 平 滑 筋 の 収 縮 であり 子 宮 体 部 と 比 し 子 宮 体 下 部 では 膠 原 線 維 の 占 める 割 合 が 多 く 収 縮 力 に 影 響 する 平 滑 筋 の 比 率 が 低 い したがって 胎 盤 付 着 部 位 である 子 宮 体 下 部 の 収 縮 が 子 宮 体 部 の 収 縮 よりも 弱 いことが 出 血 が 持 続 する 原 因 のひとつと 考 えられてい る したがって 大 量 輸 血 や 時 に ガーゼパッキング compression suture( 胎 盤 付 着 部 へ の 圧 迫 縫 合 ) 子 宮 動 脈 塞 栓 術 救 命 のための 子 宮 摘 出 といったような 侵 襲 的 な 処 置 が 必 要 となる 場 合 がある ところで バソプレシンは 抗 利 尿 ホルモンとして 広 く 知 られており 臨 床 的 には 主 に 下 垂 体 尿 崩 症 の 治 療 に 用 いられてきたが 血 管 平 滑 筋 収 縮 作 用 も 有 しており 食 道 静 脈 瘤 出 血 の 緊 急 処 置 にも 多 く 用 いられている 婦 人 科 領 域 においては 子 宮 筋 腫 核 出 術 の 際 に 出 血 軽 減 目 的 でバソプレシンを 子 宮 筋 切 開 部 に 局 注 している 妊 娠 子 宮 でも 非 妊 娠 子 宮 と 同 様 に 子 宮 平 滑 筋 にバソプレシン 受 容 体 が 発 現 していることが 知 られている そこで 収 縮 力 の 弱 い 子 宮 体 下 部 へバソプレシンを 局 所 投 与 すれば 収 縮 促 進 効 果 さらには 出 血 軽 減 効 果 があるのではないかと 考 えた 本 研 究 では 前 置 胎 盤 における 帝 王 切 開 術 の 際 胎 盤 剥 離 面 である 体 下 部 へのバソプレシン 局 所 投 与 による 有 用 性 と 安 全 性 を 後 方 視 的 に 検 討 した さらに 臨 床 的 意 義 の 裏 付 けを 目 的 として バソプレシン 受 容 体 オキシトシン 受 容 体 の 子 宮 平 滑 筋 での 発 現 を 免 疫 組 織 染 色 で 比 較 検 討 した なお 本 研 究 は 大 阪 医 科 大 学 倫 理 委 員 会 の 承 認 を 得 て 行 った 対 象 と 方 法 1 対 象 患 者 と 検 討 項 目 2000 年 10 月 から 2012 年 8 月 まで 当 科 で 帝 王 切 開 術 を 行 いインフォームド コンセン - 2 -
トを 得 た 前 置 胎 盤 ( 部 分 前 置 胎 盤 全 前 置 胎 盤 )122 例 を 対 象 とし 2000 年 10 月 から 2006 年 4 月 の 期 間 に 帝 王 切 開 術 を 施 行 した 群 を A 群 (50 症 例 :control 群 ) 2006 年 5 月 から 2012 年 8 月 の 期 間 に 帝 王 切 開 術 を 施 行 した 群 を B 群 (59 症 例 :バソプレシン 群 )の 2 群 に 分 け 後 方 視 的 に 解 析 した 両 群 ともに 通 常 の 帝 王 切 開 術 と 同 様 胎 盤 娩 出 後 に 子 宮 収 縮 剤 としてオキシトシン 5 単 位 の 局 注 を 子 宮 体 部 におこなった B 群 には オキシトシン の 投 与 に 加 え 子 宮 体 下 部 の 胎 盤 剥 離 面 に 0.2 単 位 /ml に 希 釈 したバソプレシン 4 単 位 20ml の 局 注 をおこなった 局 注 時 には 逆 血 なきことを 確 認 し 血 管 内 に 入 らないように 注 入 した バソプレシンには 循 環 器 系 への 影 響 による 肺 水 腫 不 整 脈 除 脈 心 室 頻 拍 など の 副 作 用 が 報 告 されており 安 全 域 とされる 希 釈 濃 度 と 投 与 量 を 厳 守 した 両 群 における 術 中 の 出 血 量 手 術 時 間 輸 血 率 集 中 治 療 室 入 室 症 例 数 ( 挿 管 下 での 呼 吸 循 環 管 理 を 要 する 症 例 ) 播 種 性 血 管 内 凝 固 障 害 敗 血 症 に 至 った 症 例 数 について 比 較 検 討 した また バソプレシン 使 用 による 有 害 事 象 として 術 中 における 薬 剤 投 与 後 の 循 環 動 態 に 関 連 する 副 作 用 についても 比 較 検 討 した 2 摘 出 子 宮 を 用 いた 検 討 既 往 に 帝 王 切 開 術 がある 場 合 の 前 置 胎 盤 は 癒 着 胎 盤 ( 胎 盤 の 絨 毛 組 織 が 母 体 子 宮 筋 層 に 侵 入 )のリスクが 高 くなる 胎 盤 が 子 宮 筋 層 内 を 貫 通 して 漿 膜 層 に 到 達 したものは 穿 通 胎 盤 として 分 類 され 子 宮 と 胎 盤 の 剥 離 は 不 可 能 であり 術 前 に 明 らかな 穿 通 胎 盤 が 疑 わ れる 症 例 は 帝 王 切 開 術 で 児 が 娩 出 したあと 胎 盤 を 剥 離 せず そのまま 子 宮 を 摘 出 する 術 前 から 穿 通 胎 盤 の 診 断 をうけ 帝 王 切 開 術 直 後 に 摘 出 された 妊 娠 子 宮 (n=3)を 子 宮 体 部 と 胎 盤 付 着 部 位 である 子 宮 体 下 部 にわけ 子 宮 筋 を 採 取 した 平 滑 筋 組 織 を 同 定 す るために それぞれの 子 宮 筋 を 抗 平 滑 筋 抗 体 で 免 疫 組 織 染 色 をおこない さらに 平 滑 筋 組 織 でのオキシトシン 受 容 体 (oxytocin receptor: OTR) バソプレシン 受 容 体 (vasopressin receptor: VP1αR)の 発 現 を 比 較 検 討 した - 3 -
結 果 1 出 血 量 は control 群 で 1633.8±843.0ml バソプレシン 群 で 1149.2±522.6ml と 有 意 に バソプレシン 群 で 低 値 であった(P<0.01) また 2000ml 以 上 の 出 血 をきたした 症 例 は control 群 で 13 例 (26%) バソプレシン 群 で 4 例 (7%)とバソプレシン 群 で 有 意 に 少 数 であった(P<0.05) 手 術 時 間 集 中 治 療 室 入 室 症 例 数 播 種 性 血 管 内 凝 固 障 害 敗 血 症 に 至 った 症 例 数 帝 王 切 開 術 後 に 何 らかの 介 入 (ガーゼパッキング compression suture 子 宮 動 脈 塞 栓 術 子 宮 全 摘 出 術 )が 必 要 であった 症 例 数 においては 両 群 間 に 有 意 差 は 認 めなかった バソプレシンに 関 連 する 有 害 事 象 は 認 めなかった 2 子 宮 平 滑 筋 の 免 疫 組 織 染 色 における 陽 性 細 胞 占 有 率 と 染 色 強 度 を 組 み 合 わせた Allred score を 用 いた 半 定 量 をおこなったところ OTR は 体 部 と 比 較 し 体 下 部 での 染 色 は 弱 い ものであったが 対 照 的 に VP1αR は 子 宮 体 部 および 体 下 部 の 平 滑 筋 で 強 い 染 色 を 示 していた 結 論 バソプレシンは 血 管 平 滑 筋 とともに 子 宮 平 滑 筋 の 収 縮 作 用 も 有 すると 思 われ 体 下 部 においてはオキシトシンよりもすぐれた 止 血 効 果 が 期 待 できる 前 置 胎 盤 の 帝 王 切 開 術 における 出 血 多 量 症 例 での compression suture 子 宮 動 脈 塞 栓 術 等 は 70-80%と 高 い 止 血 効 果 が 報 告 されているが 一 方 で 縫 合 操 作 や 血 管 造 影 カテー テル 留 置 等 手 技 が 複 雑 であり 術 後 の 子 宮 壊 死 子 宮 留 血 腫 感 染 等 の 報 告 も 散 見 され る バソプレシンの 局 注 は 簡 便 であり 本 研 究 では 重 大 な 有 害 事 象 は 認 めなかった しか し バソプレシンによる 薬 剤 性 の 心 停 止 や 不 整 脈 の 報 告 例 もあり その 投 与 量 や 投 与 方 法 には 厳 重 な 注 意 が 必 要 である また 今 回 の 研 究 は 小 規 模 な 後 方 視 的 研 究 であり 術 者 ごとの 経 験 年 数 各 群 の 対 象 のエントリー 期 間 の 違 いによる 医 療 機 器 の 進 歩 などの 医 療 シ ステムの 差 異 なども 今 回 の study limitation となっており 今 後 は 大 規 模 な 無 作 為 化 試 験 での 検 討 が 望 まれる 本 研 究 より 前 置 胎 盤 の 帝 王 切 開 術 における 胎 盤 剥 離 面 へのバソプレシン 局 所 投 与 は 出 血 軽 減 に 寄 与 する 可 能 性 が 示 唆 された - 4 -
( 様 式 甲 6) 論 文 審 査 結 果 の 要 旨 前 置 胎 盤 における 帝 王 切 開 術 の 出 血 量 は 多 く 大 量 の 輸 血 や 子 宮 摘 出 が 必 要 になること もあり ときに 大 量 出 血 による 母 体 死 亡 の 危 険 を 伴 う これは 子 宮 体 下 部 の 胎 盤 付 着 部 の 収 縮 不 良 による 胎 盤 剥 離 面 よりの 持 続 出 血 が 出 血 増 加 の 一 因 である バソプレシンは 血 管 平 滑 筋 作 用 を 有 しでおり 食 道 静 脈 瘤 の 止 血 や 子 宮 筋 腫 核 出 術 における 出 血 軽 減 を 目 的 と して 臨 床 応 用 されている 本 研 究 は 前 置 胎 盤 の 帝 王 切 開 術 における 胎 盤 剥 離 面 へのバソプ レシンの 局 所 投 与 の 有 用 性 を 検 討 したものである 申 請 者 らは 前 置 胎 盤 の 患 者 122 例 を 対 象 とし 従 来 の 子 宮 収 縮 剤 であるオキシトシン を 子 宮 体 部 に 投 与 した50 例 をcontrol 群 オキシトシンに 加 えて 胎 盤 剥 離 面 にバソプレシ ンを 局 注 した59 例 をバソプレシン 投 与 群 とし 出 血 量 副 作 用 の 出 現 を 後 方 視 的 に 比 較 検 討 した さらにVP1αR OTRの 子 宮 平 滑 筋 での 発 現 を 免 疫 組 織 染 色 をおこない 検 討 した 総 出 血 量 2000ml 以 上 の 症 例 が バソプレシン 投 与 群 で 有 意 に 少 なかった 一 方 で バソプ レシンと 関 連 する 副 作 用 の 血 圧 の 上 昇 除 脈 乏 尿 においては 両 群 間 で 有 意 差 は 認 めなかっ た 免 疫 組 織 染 色 における 検 討 では 血 管 平 滑 筋 子 宮 平 滑 筋 において OTRは 体 部 と 比 較 し 体 下 部 での 染 まりは 弱 いものであった 対 照 的 に VP1αRは 子 宮 体 部 および 体 下 部 の 両 者 で 強 い 染 色 を 示 した 申 請 者 は 本 研 究 で 子 宮 体 下 部 の 子 宮 平 滑 筋 における VP1αR の 発 現 が OTR の 発 現 と 比 較 して 有 意 に 高 いことを 示 し このことからも バソプレシンの 体 下 部 での 収 縮 作 用 に よる 止 血 効 果 が 期 待 できると 結 論 した その 結 果 前 置 胎 盤 の 帝 王 切 開 術 における 胎 盤 剥 離 面 へのバソプレシン 局 所 投 与 により 出 血 軽 減 に 寄 与 することを 示 し 今 後 の 臨 床 応 用 の 可 能 性 を 示 した 以 上 により 本 論 文 は 本 学 大 学 院 学 則 第 11 条 に 定 めるところの 博 士 ( 医 学 )の 学 位 を 授 与 するに 値 するものと 認 める ( 主 論 文 公 表 誌 ) The Journal of Obstetrics and Gynaecology Research 40(5): 1249-1256, 2014-5 -