報 道 発 表 資 料 2004 年 1 月 30 日 独 立 行 政 法 人 理 化 学 研 究 所 東 京 女 子 医 科 大 学 イオンビーム 照 射 で 人 工 硬 膜 の 生 体 適 合 性 が 大 幅 に 向 上 - 脳 外 科 手 術 後 の 髄 液 漏 を 防 ぎ 動 脈 瘤 治 療 にも 有 効 な 新 手 法 - 独 立 行 政 法 人 理 化 学 研 究 所 ( 野 依 良 治 理 事 長 )と 東 京 女 子 医 科 大 学 ( 高 倉 公 朋 学 長 ) および 財 団 法 人 化 学 及 血 清 療 法 研 究 所 ( 内 野 矜 自 理 事 長 )は イオンビーム 照 射 で 人 工 硬 膜 の 表 層 を 改 質 し 術 後 髄 液 漏 を 防 ぐことができました 東 京 女 子 医 科 大 学 脳 神 経 外 科 ( 堀 智 勝 教 授 ) 氏 家 弘 講 師 と 理 研 先 端 技 術 開 発 支 援 センター( 岩 木 正 哉 セン ター 長 )ビームアプリケーションチームの 鈴 木 嘉 昭 先 任 研 究 員 及 び 財 団 法 人 化 学 及 血 清 療 法 研 究 所 内 田 隆 徳 研 究 員 らによる 研 究 成 果 です 人 工 硬 膜 1 として 広 く 用 いられている 延 伸 ポリテトラフルオロエチレン (eptfe:expanded PolyTetraFluoroEthylene) は フィブリン 糊 2 の 接 着 性 や 周 囲 組 織 との 生 体 適 合 性 に 乏 しいため eptfe と 硬 膜 の 間 や 縫 合 による 針 穴 などのわず かな 隙 間 から 髄 液 漏 が 生 じる 危 険 性 があります 本 研 究 では ウサギ 硬 膜 の 修 復 実 験 を 行 い イオンビーム 照 射 3 による 表 面 改 質 で フィブリン 糊 及 び 細 胞 の 接 着 性 の 大 幅 な 向 上 が 認 められ 未 処 理 の eptfe では 髄 液 漏 が 生 じましたが イオンビーム 照 射 した eptfe では 髄 液 漏 が 生 じませんでした この 材 料 を 東 京 女 子 医 科 大 学 脳 神 経 外 科 にて 経 鼻 的 下 垂 体 腫 瘍 4 摘 出 手 術 中 に 髄 液 漏 を 伴 った 20 症 例 に 対 して 使 用 したところ 1 例 は 髄 液 漏 を 再 発 したが 19 例 では 術 後 髄 液 漏 を 防 ぐことができました この 材 料 は 人 工 硬 膜 だけでなく 動 脈 瘤 治 療 用 材 料 としての 可 能 性 も 示 唆 します 本 研 究 成 果 は 2 月 3~4 日 石 川 県 金 沢 市 で 行 われる 第 14 回 日 本 間 脳 下 垂 体 腫 瘍 学 会 において 発 表 されます 1. 背 景 脳 外 科 手 術 の 際 代 用 硬 膜 として 延 伸 ポリテトラフルオロエチレン (eptfe) が 広 く 使 用 されています eptfe はポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を 延 伸 加 工 したもので その 分 子 構 造 はフッ 素 原 子 が 炭 素 原 子 鎖 を 均 一 に 覆 って 保 護 する 形 になっているため ポリエチレン ポリプロピレン ポリスチレン 等 と 違 い 生 体 内 で 化 学 的 に 非 常 に 安 定 であり また 組 織 との 反 応 性 がきわめて 低 いという 特 色 を 有 します そのため 人 工 血 管 人 工 心 膜 人 工 腹 膜 歯 周 組 織 再 生 誘 導 法 におけ る 遮 へい 膜 等 生 体 材 料 として 広 く 使 用 されています しかし 人 工 硬 膜 として 使 用 した 場 合, 生 体 反 応 性 の 低 さは,その 長 所 であると ともに eptfe と 周 辺 組 織 の 間 や 縫 合 時 の 針 穴 から 髄 液 漏 が 生 じるという 欠 点 と なります このような 髄 液 漏 を 防 止 するため 縫 合 糸 や 縫 合 方 法 が 工 夫 されフィブ リン 糊 が 使 用 されていますが 確 実 に 予 防 することは 難 しいのが 現 状 です 理 研 は 東 京 女 子 医 科 大 学 との 共 同 研 究 でイオンビーム 照 射 しフィブリン 糊 接 着 性 組 織 適 合 性 を 大 幅 に 改 善 することに 成 功 し 臨 床 使 用 に 至 りました
2. 研 究 手 法 と 成 果 研 究 チームは 高 分 子 材 料 にイオンビームを 照 射 することによって, 高 分 子 表 面 を 改 質 し, 抗 血 栓 性, 細 胞 接 着 性 などの 性 質 を 制 御 することができ, 生 体 材 料 への 応 用 が 可 能 であることを 報 告 してきました 人 工 硬 膜 (eptfe)に 関 しても イオン ビーム 照 射 で eptfe が 細 胞 接 着 性 を 取 得 することを 見 いだし( 図 1) 今 回, 硬 膜 と の 接 着 性 を 有 しかつ 脳 実 質 との 癒 着 を 引 き 起 こさない, 人 工 硬 膜 として 理 想 的 な 性 質 を 得 るためのイオンビーム 照 射 条 件 を 検 討 しました eptfe 人 工 硬 膜 に 対 して, 理 研 200 kv イオン 注 入 装 置 でイオンビーム 照 射 を 行 いました イオン 種 は 4 種 の 希 ガスで 1 価 正 イオン 4 He +, 20 Ne +, 40 Ar +, 84 Kr + 加 速 エネルギーは 150keV 照 射 量 は 1 10 14,5 10 14,1 10 15 ions/cm 2 の 三 種 を 選 択 しました 各 種 イオンビーム 照 射 eptfe と 硬 膜 との 接 着 密 閉 効 果 を 分 析 するため,ウサ ギ 硬 膜 欠 損 部 へ 試 料 の 埋 め 込 み 実 験 を 行 ったところ すべてのイオンビーム 照 射 試 料 はフィブリン 糊 を 塗 布 した 直 後 からフィブリン 糊 を 介 して 生 体 硬 膜 および 頭 蓋 骨 と 確 実 に 接 着 しました Ar + 5 10 14 ~1 10 15 ions/cm 2,Kr + 1 10 14 ~1 10 15 ions/cm 2 照 射 eptfe は 特 に 強 固 に 接 着 し, 接 着 後 は 用 手 的 に 力 を 加 えても 引 き 剥 がすことは 出 来 ないほど 強 固 なものでした また 術 中 髄 液 漏 はフィブリン 糊 によっ て 抑 えられました eptfe と 硬 膜 との 接 着 状 態 および 硬 膜 の 再 生 状 態 を 観 察 するため ウサギへの 1 ヶ 月 間 留 置 後 の 修 復 状 態 を 未 照 射 eptfe と 各 種 イオンビーム 照 射 eptfe の 間 で 比 較 しました 未 照 射 eptfe では 髄 液 漏 が 発 生 しており 図 2 に 示 しますように eptfe の 両 面 ともに 皮 下 結 合 組 織 の 接 着 はなく 炎 症 反 応 を 伴 い 硬 膜 の 再 生 も ほとんど 見 られませんでした 一 方 すべてのイオンビーム 照 射 eptfe では 1 ヵ 月 後 再 開 頭 時 に 髄 液 漏 は 認 められませんでした eptfe のイオンビーム 未 照 射 面 には 組 織 は 接 着 していませんでしたが イオンビーム 照 射 面 では 硬 膜 あるいは 再 生 した 硬 膜 と 強 く 接 着 していました( 図 3) これらフィブリン 糊 細 胞 組 織 の 接 着 性 の 向 上 は 赤 外 分 光 分 析 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 による 分 析 により 基 本 的 にはイオンビーム 照 射 により eptfe の 結 合 は 切 断 され 原 子 再 配 列 が 生 じてカルボニル 基 (>C=O)などの 新 たな 結 合 の 生 成 により 親 和 性 が 高 まり かつ 表 面 形 状 としての 多 孔 性 がイオンビーム 照 射 による 照 射 損 傷 ( 分 子 の 結 合 切 断 )により 大 きくなり( 図 4) 入 り 込 んだフィブリン 糊 のアンカー 効 果 が 高 まることによると 考 えられます これらのイオンビーム 照 射 条 件 で 最 適 な 条 件 (Ar + イオン 加 速 エネルギー150 kev, 照 射 量 5 10 14 ions/cm 2 )にて 作 成 した 試 料 を 東 京 女 子 医 科 大 学 脳 神 経 外 科 に て 同 大 学 の 医 学 倫 理 委 員 会 の 承 認 を 得 た 後 経 鼻 的 下 垂 体 腫 瘍 摘 出 手 術 中 に 髄 液 漏 を 伴 った 20 症 例 に 対 して 使 用 したところ 1 例 は 髄 液 漏 を 再 発 しましたが 19 例 で は 術 後 髄 液 漏 を 防 ぐことができました 3. 今 後 の 展 開 今 回 の 成 果 は 新 規 人 工 硬 膜 としての 有 用 性 についてのものですが フィブリン 糊 接 着 性 組 織 適 合 性 を 有 する eptfe は 様 々な 状 況 で 使 用 可 能 です たとえば 脳 動 脈 瘤 の 治 療 法 は 開 頭 手 術 による 動 脈 瘤 ネック 部 分 のクリッピング または 脱 着 型 コ
イルを 用 いた 血 管 内 治 療 による 動 脈 瘤 部 の 血 栓 形 成 による 方 法 が 一 般 的 です しか し ネックを 有 さない 脳 動 脈 瘤 や 動 脈 瘤 そのものから 血 管 の 分 岐 が 出 ている 場 合 等 クリッピングが 不 可 能 な 場 合 や 部 分 的 なクリッピングしかできない 場 合 がありま す その 際 には 延 伸 ポリテトラフルオロエチレンシート ガーゼ 筋 膜 などによ る 動 脈 瘤 のラッピング 後 フィブリン 糊 と 呼 ばれる 生 体 組 織 接 着 剤 による 固 定 が 行 われますが 現 時 点 でこれらの 材 料 を 用 いた 動 脈 瘤 破 裂 防 止 効 果 は 不 完 全 です こ の 治 療 に 今 回 のイオンビーム 照 射 した eptfe を 用 いることによって 組 織 との 接 着 性 が 良 好 であるため 強 力 な 動 脈 瘤 破 裂 防 止 効 果 が 期 待 されます ( 問 い 合 わせ 先 ) 独 立 行 政 法 人 理 化 学 研 究 所 先 端 技 術 開 発 支 援 センター ビームアプリケーションチーム 先 任 研 究 員 鈴 木 嘉 昭 Tel : 048-467-9359 / Fax : 048-462-4623 東 京 女 子 医 科 大 学 脳 神 経 外 科 講 師 氏 家 弘 Tel : 03-3353-8111 / Fax : 03-5269-7438 財 団 法 人 化 学 及 血 清 療 法 研 究 所 ( 化 血 研 ) 学 術 第 一 課 研 究 員 内 田 隆 徳 Tel : 096-345-6500 / Fax : 096-344-9269 ( 報 道 担 当 ) 独 立 行 政 法 人 理 化 学 研 究 所 広 報 室 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 Mail : koho@riken.jp < 補 足 説 明 > 1 硬 膜 および 人 工 硬 膜 頭 蓋 骨 内 にあって 脳 実 質 を 保 護 する 三 層 の 膜 ( 軟 膜,クモ 膜, 硬 膜 )のうち 硬 膜 は 最 も 硬 く 三 層 の 中 で 最 外 層 に 存 在 し 頭 蓋 骨 の 内 側 骨 膜 でもある 現 在, 自 己 筋 膜 以 外 に 硬 膜 補 填 材 料 として 使 用 可 能 な 素 材 は 厚 生 労 働 省 が 認 可 し ている eptfe(expanded polytetra-fluoroethylene)のみである 高 分 子 材 料 である eptfe は 生 体 に 対 して 接 着 性 が 乏 しい この 性 質 は 脳 と 癒 着 を 生 じないという 面 では 優 れている また 収 縮 性 に 乏 しいため 針 穴 から 髄 液 が 漏 出 してしまい 特 殊 な 縫 合 糸 を 使 用 して 縫 合 を 行 う 必 要 がある さらに 生 体 接 着 性 がないため 縫 合 面 の 隙 間 からも 髄 液 漏 が 生 じる 可 能 性 が 高 い
2 フィブリン 糊 血 液 の 凝 固 は 血 小 板 が 集 まり 血 液 凝 固 因 子 が 次 々に 連 鎖 反 応 して ノリ 状 に 固 ま ることで 終 わる このノリ 状 に 固 まるのは フィブリノゲンがトロンビンの 作 用 に よりフィブリンに 変 換 されることによるもので このノリ 状 のフィブリンを 生 理 的 な 接 着 剤 として 利 用 するのがフィブリン 糊 製 剤 である 各 種 の 手 術 の 際 に 使 用 され 肺 から 空 気 が 漏 れ 出 す 場 合 や 脳 硬 膜 縫 合 部 から 髄 液 が 漏 れ 出 す 場 合 の 組 織 の 接 着 閉 鎖 などを 目 的 に 使 用 される 3 イオンビーム 照 射 技 術 表 面 表 層 加 工 技 術 は 新 しい 優 れた 機 能 や 複 合 機 能 を 持 つ 表 面 表 層 を 形 成 する 手 法 として 発 達 してきた この 技 術 には 母 材 の 性 質 を 変 化 させずに 母 材 表 層 のみを 改 変 する 方 法 と 表 面 上 に 新 しい 層 を 形 成 する 方 法 とがある イオン 注 入 法 (イオンビー ム 照 射 技 術 )は 前 者 にあたり 添 加 効 果 を 目 的 にした 例 ではすでにシリコンへの 不 純 物 添 加 法 として 確 立 された 技 術 である 4 下 垂 体 腫 瘍 下 垂 体 腺 腫 とは ホルモンの 中 枢 である 脳 下 垂 体 に 発 生 した 腫 瘍 である 脳 下 垂 体 は 鼻 の 付 け 根 の 奥 のトルコ 鞍 という 頭 蓋 骨 のポケットのようなところにある 脳 腫 瘍 の 約 15%がこの 腫 瘍 でありそれほど 稀 な 病 気 ではありません この 病 気 の 原 因 は 不 明 であるが 子 孫 に 遺 伝 する 病 気 ではない