2010 年 11 月 2 日 独 立 行 政 法 人 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 PET 技 術 を 用 量 設 定 に 用 いた 新 薬 が 製 造 販 売 承 認 - 統 合 失 調 症 治 療 薬 の 至 適 用 量 を 画 像 化 技 術 で 設 定 - 独 立 行 政 法 人 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 ( 理 事 長 : 米 倉 義 晴 ) 分 子 神 経 イメージング 研 究 グループ(グループリーダー: 須 原 哲 也 ) ---- 本 研 究 成 果 のポイント ---- PET 1 技 術 を 用 いて 用 量 設 定 試 験 を 行 った 統 合 失 調 症 の 新 規 治 療 薬 が 製 造 販 売 承 認 を 得 た 正 確 な 用 量 設 定 を 少 人 数 の 被 験 者 で 迅 速 に 行 うことができる 技 術 として 注 目 される 統 合 失 調 症 の 治 療 薬 は 用 量 の 設 定 が 難 しい 医 薬 品 のひとつと 言 われ 既 に 市 販 されてい る 治 療 薬 においても 設 定 された 用 量 が 不 適 切 であったために 副 作 用 が 生 じている 可 能 性 が 指 摘 されています 近 年 抗 精 神 病 薬 の 作 用 機 序 の 解 明 が 進 み 薬 が 標 的 である 脳 内 分 子 に 結 合 している 割 合 2 ( 占 有 率 )が 薬 効 には 重 要 で 占 有 率 が 少 なければ 臨 床 効 果 が 無 く 多 すぎると 副 作 用 が 現 れることがわかってきました PETを 用 いれば このような 結 合 の 状 態 を 画 像 化 数 値 化 することが 可 能 であるため 占 有 率 を 正 確 に 測 定 することができます ( 独 ) 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 ( 理 事 長 : 米 倉 義 晴 以 下 放 医 研 )の 分 子 イメージング 3 研 究 センターのグループは ヤンセンファーマ 株 式 会 社 による 治 験 ( 第 Ⅱ 相 試 験 )の 一 部 4 5 として 新 規 の 統 合 失 調 症 治 療 薬 であるパリペリドン 徐 放 錠 の 至 適 用 量 設 定 の 評 価 につ いてPETを 用 いて 行 いました その 結 果 6mg/ 日 が 副 作 用 の 危 険 がなく 薬 剤 の 特 性 をよ く 反 映 できる 用 量 と 予 測 されました この 設 定 法 は 被 験 者 へのカウンセリングに 基 づく 従 来 法 に 比 べて 精 度 が 高 く より 少 人 数 の 被 験 者 で 迅 速 に 行 うことが 出 来 ます ヤンセンファ ーマ 株 式 会 社 はこの 結 果 を 申 請 資 料 の 一 部 に 組 み 込 み 2010 年 10 月 27 日 にパリペリドン 徐 放 錠 ( 製 品 名 :インヴェガ 錠 )の 製 造 販 売 承 認 を 取 得 しました 本 研 究 成 果 は PETを 含 む 分 子 イメージングの 技 術 を 医 薬 品 開 発 に 応 用 し 実 際 に 製 造 販 売 承 認 に 至 った 例 として 注 目 され 今 後 この 技 術 は 更 に 他 の 医 薬 品 開 発 にも 利 用 される ものとして 期 待 されています 1 / 5
研 究 の 背 景 と 目 的 6 これまで 統 合 失 調 症 の 治 療 に 用 いられる 抗 精 神 病 薬 の 多 くは 動 物 実 験 の 結 果 をもと にヒトでの 用 量 を 大 まかに 決 めたうえで 被 験 者 に 投 与 し その 反 応 を 医 師 等 がカウンセリング により 確 認 し 至 適 な 用 量 用 法 を 決 定 してきました しかし この 方 法 では 判 断 の 客 観 性 が 問 題 となる 可 能 性 もあり 最 近 になり 設 定 された 用 量 が 不 適 切 であったために 動 作 障 害 など の 副 作 用 が 生 じている 可 能 性 が 指 摘 されています 脳 に 働 く 薬 物 は 神 経 伝 達 物 質 受 容 体 やトランスポーターという 脳 内 分 子 に 結 合 することで 作 用 を 発 揮 します よって 薬 物 がどの 程 度 受 容 体 やトランスポーターに 結 合 しているかを 調 べることによって 客 観 的 に 薬 の 効 果 を 予 測 判 定 することができます( 図 1) 脳 内 の 薬 物 による 受 容 体 占 有 率 は PETを 用 いることにより 計 測 が 可 能 です 薬 物 のない 状 態 で 受 容 体 と 結 合 するPETプローブ 7 を 投 与 した 場 合 脳 内 の 受 容 体 には 神 経 伝 達 物 質 とPET プローブが 結 合 します しかし あらかじめ 薬 物 を 投 与 しておくと 薬 物 も 受 容 体 に 結 合 する ため 相 対 的 にPETプローブの 結 合 量 が 少 なくなります つまり PETプローブの 結 合 低 下 の 割 合 を 定 量 化 することによって 薬 物 の 受 容 体 占 有 率 を 算 出 することが 可 能 になります( 図 2) 本 研 究 では ヤンセンファーマ 株 式 会 社 の 依 頼 に 基 づき 統 合 失 調 症 の 新 規 治 療 薬 であるパ リペリドン 徐 放 錠 を 用 いた 治 験 の 一 部 として 放 医 研 の 世 界 最 高 水 準 の 分 子 イメージング 技 術 を 用 いてこの 薬 物 の 脳 内 受 容 体 占 有 率 を 調 べました 図 1 PETを 用 いた 至 適 用 量 決 定 2 / 5
図 2 受 容 体 の 占 有 率 から 薬 物 の 脳 内 結 合 量 を 見 積 る 研 究 手 法 と 結 果 本 研 究 では パリペリドン 徐 放 錠 服 用 中 の 統 合 失 調 症 患 者 13 名 を 対 象 に 線 条 体 のドパミン 8 D 2 受 容 体 占 有 率 を 測 定 し 至 適 用 量 について 検 討 しました パリペリドン 徐 放 錠 の 一 日 用 量 は 3mgが6 名 9mgが4 名 15mgが3 名 でした 線 条 体 のドパミンD 2 受 容 体 結 合 能 の 測 定 に 適 したP ETプローブである [ 11 C]racloprideを 用 い 男 性 健 常 者 13 名 のドパミンD 2 受 容 体 結 合 能 をベ ースラインとして 占 有 率 を 算 出 しました( 図 3) 受 容 体 占 有 率 が70% 以 上 で 薬 が 効 果 を 発 し 80% 以 上 で 動 作 障 害 などの 副 作 用 が 出 現 すると いう 報 告 (Farde et al., 1988)があることから 70-80%を 適 切 なドパミンD 2 受 容 体 占 有 率 とすると パリペリドン 徐 放 剤 の 至 適 用 量 は6-9mg/ 日 と 考 えられ 6mg/ 日 が 副 作 用 の 危 険 が なく 薬 剤 の 特 性 をよく 反 映 できる 用 量 と 予 想 されました 図 3 パリペリドンの 用 量 と 線 条 体 のドパミンD 2 受 容 体 占 有 率 の 関 係 [ 11 C]racloprideを 用 い た 線 条 体 のドパミンD 2 受 容 体 占 有 率 は 3mg/ 日 で57.9±4.5% 9mg/ 日 で77.4±6.6% 15mg/ 日 で80.4±6.1%であった 3 / 5
本 研 究 成 果 と 今 後 の 展 望 医 薬 品 の 製 造 販 売 をする 時 には 厚 生 労 働 大 臣 から 品 目 ごとにその 製 造 販 売 についての 承 認 を 受 けなければなりません 承 認 を 受 けるには 臨 床 試 験 の 試 験 成 績 に 関 する 資 料 その 他 を 添 付 して 申 請 する 必 要 があります 臨 床 試 験 は 主 に 第 Ⅰ 相 から 第 Ⅲ 相 に 分 類 され 第 Ⅰ 相 では 健 康 なボランティアを 対 象 とした 安 全 性 の 確 認 第 Ⅱ 相 では 少 数 の 患 者 を 対 象 とした 安 全 性 の 確 認 と 用 法 用 量 の 設 定 第 Ⅲ 相 では 多 数 の 患 者 を 対 象 として 実 際 の 治 療 に 近 い 形 で 効 果 と 安 全 性 の 確 認 を 行 います 本 研 究 は 第 Ⅱ 相 の 一 部 として 行 われた 研 究 で 統 合 失 調 症 患 者 を 対 象 にPETを 用 いて 脳 内 のドパミンD 2 受 容 体 占 有 率 を 測 定 し パリペリドン 徐 放 錠 の 至 適 用 量 を 予 測 したものです その 結 果 薬 物 の 効 果 が 得 られ かつ 副 作 用 が 起 こりにくい 適 切 な 用 量 を 科 学 的 に 正 確 に 導 くことに 成 功 しました これらの 結 果 は 今 後 実 際 の 臨 床 にお いてパリペリドン 徐 放 錠 が 使 用 されるにあたり 安 全 に かつ 必 要 十 分 な 薬 効 を 得 ることにつ ながると 考 えられます 放 医 研 の 分 子 イメージング 研 究 センターは PETによる 画 像 研 究 の 設 備 が 整 備 されており こうした 研 究 環 境 を 生 かすことにより 今 後 も 新 規 薬 物 の 開 発 や 病 態 の 理 解 に 役 立 てたいと 考 えています ( 用 語 解 説 ) 1 PET PETとはPositron emission tomographyの 略 称 で 陽 電 子 断 層 撮 像 法 のこと PET 装 置 は 画 像 診 断 装 置 の 一 種 で 陽 電 子 を 検 出 することにより 様 々な 病 態 や 生 体 内 物 質 の 挙 動 をコンピ ューター 処 理 によって 画 像 化 する 2 占 有 率 脳 内 の 神 経 伝 達 を 行 う 部 位 の 一 つである 受 容 体 への 薬 物 の 結 合 の 程 度 を 表 す 薬 物 が 受 容 体 に 全 くないときは0% すべての 受 容 体 に 薬 物 が 結 合 していると100%になる 3 分 子 イメージング 生 体 内 で 起 こるさまざまな 生 命 現 象 を 外 部 から 分 子 レベルで 捉 えて 画 像 化 することであり 生 命 の 統 合 的 理 解 を 深 める 新 しいライフサイエンス 研 究 分 野 体 の 中 の 現 象 を 分 子 レベルで しかも 対 象 が 生 きたままの 状 態 で 調 べることができる がん 細 胞 のふるまいや アルツハイマ ー 病 や 統 合 失 調 症 うつ 病 といった 脳 の 病 気 こころの 病 を 解 明 し 治 療 法 を 確 立 するた めの 手 段 として 期 待 されている 4 統 合 失 調 症 統 合 失 調 症 は 10 代 後 半 から20 代 前 半 にかけて 発 病 することが 多 い 精 神 疾 患 で 人 口 の 約 1%が 発 症 し 幻 覚 妄 想 刺 激 に 対 して 感 情 変 化 が 見 られない 症 状 や 意 欲 の 減 退 といった 症 状 を 発 現 します 4 / 5
5 パリペリドン 徐 放 錠 抗 ドパミン 作 用 により 統 合 失 調 症 の 陽 性 症 状 ( 幻 覚 妄 想 など)に 優 れた 効 果 を 示 すとともに 抗 セロトニン 作 用 により 陰 性 症 状 ( 感 情 的 引 きこもり 情 動 鈍 麻 など)にも 効 果 を 有 するとさ れるパリペリドンを 24 時 間 にわたって 血 漿 中 薬 物 濃 度 を 安 定 させることで 1 日 1 回 投 与 に よる 統 合 失 調 症 治 療 を 可 能 にした 放 出 制 御 型 徐 放 錠 剤 である 6 抗 精 神 病 薬 主 として 統 合 失 調 症 の 治 療 に 使 われる 薬 で メジャートランキライザーとも 呼 ばれる ドパミ ンの 受 け 手 となるドパミンD 2 受 容 体 ( 8 )に 対 する 強 力 な 遮 断 作 用 を 有 することで ドパ ミンの 神 経 伝 達 が 阻 害 され 妄 想 や 幻 覚 といった 症 状 を 抑 えるとされる 一 方 抗 精 神 病 薬 の 服 薬 量 が 増 加 し ドパミンD 2 受 容 体 を 遮 断 しすぎると 副 作 用 を 生 じる こ のことから 現 在 では 高 い 抗 精 神 病 効 果 と 副 作 用 を 軽 減 させた 類 いの 抗 精 神 病 薬 が 開 発 され るようになり それまでの 従 来 型 抗 精 神 病 薬 ( 第 一 世 代 抗 精 神 病 薬 ) と 区 別 して 第 二 世 代 抗 精 神 病 薬 と 呼 ばれている 7 PETプローブ 陽 電 子 断 層 撮 像 (PET) 装 置 を 用 いて 画 像 診 断 を 行 うために 必 要 な 放 射 性 薬 剤 ( 放 射 性 同 位 元 素 で 標 識 された 化 合 物 )のうち 腫 瘍 や 精 神 神 経 疾 患 の 診 断 検 査 等 で 用 いられるものを 指 す 測 定 したい 機 能 の 種 類 に 応 じて 適 切 なPETプローブを 選 択 するが 本 研 究 では [ 11 C]raclopride を 用 いている 8 ドパミンD 2 受 容 体 ドパミンは 中 枢 神 経 系 に 存 在 する 神 経 伝 達 物 質 で 運 動 調 節 認 知 機 能 ホルモン 調 節 感 情 意 欲 学 習 などに 関 わると 言 われている 脳 内 の 線 条 体 と 呼 ばれる 部 位 において 多 く 認 められ ている ドパミンD 2 受 容 体 は そのドパミンと 結 合 する 神 経 受 容 体 ドパミン 受 容 体 の 一 つ ( 問 い 合 わせ 先 ) 独 立 行 政 法 人 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 企 画 部 広 報 課 TEL:043-206-3026 FAX:043-206-4062 E-mail:info@nirs.go.jp 5 / 5