希 少 種 生 息 域 における 淡 水 魚 の 分 布 生 態 状 況 調 査 寺 下 里 香 * 蘇 武 絵 里 香 * 大 波 茜 * 小 野 恭 史 * 斉 藤 千 映 美 ** Primary Report of Ecological Survey of Acheilognathus melanogaster Rika TERASHITA, Erika SOBU, Akane OHNAMI, Takahumi ONO and Chiemi SAITO 要 旨 : 希 少 種 タナゴが 生 息 する 河 川 環 境 において,われわれは 淡 水 魚 相 の 調 査 を 行 なってきた. この 地 域 には 多 くの 外 来 種 が 見 受 けられ,タナゴにとって 必 ずしもよい 環 境 でないことがわかっ てきた. キーワード: 淡 水 魚, 希 少 種 1. はじめに タ ナ ゴ 類 は コ イ 科 (Cyprinidae) タ ナ ゴ 亜 科 (Acheilognathinae)に 属 する 淡 水 魚 であり,アブラボ テ 属 (Tanakia) タナゴ 属 (Acheilognathus) バラタ ナゴ 属 (Rhodeus)の 3 属 から 構 成 される.タナゴ 類 は, 卵 を 生 きた 二 枚 貝 の 鰓 内 に 産 み 込 み, 子 は 卵 黄 を 吸 収 し 終 えるまで 貝 内 で 過 ごす 特 異 な 繁 殖 生 態 を 持 ち, 関 東 地 方 以 北 の 本 州 太 平 洋 側 の 河 川 で 主 に 止 水 域 を 好 んで 分 布 することが 知 られている. 近 年, 河 川 改 修 や 水 質 汚 濁 などによる 生 息 環 境 の 悪 化,オオクチ バス(Micropterus salmoides)やブルーギル(lepomis macrochirus)の 影 響 などによりタナゴ 類 は 全 国 的 に 生 息 地 生 息 数 が 減 少 している( 片 野 森,2005).また, 繁 殖 期 に 見 せる 美 しい 魚 体 ( 婚 姻 色 )から 観 賞 魚 とし ての 価 値 が 高 く, 業 者 による 乱 獲 も 問 題 視 されている ( 稲 葉,2003; 赤 井 ほか,2009). 2008 年 6 月, 宮 城 県 内 の 鳴 瀬 川 水 系 で, 宮 城 県 レッドデータブック( 宮 城 県,2001)において 絶 滅 危 惧 Ⅱ 類 に 区 分 されているタナゴ(Acheilognathus melanogaster)が 高 密 度 に 生 息 していることが 確 認 さ れた.タナゴが 高 密 度 で 生 息 している 地 域 は, 生 物 多 様 性 保 全 の 観 点 から 見 て, 非 常 に 高 い 価 値 を 持 ってい るといえる. 自 然 フィールドワーク 研 究 会 YAMOI は, 2009 年 よりこの 地 域 で 淡 水 魚 調 査 を 実 施 してきた. 本 稿 では,2011 年 度 における 当 該 地 域 の 生 態 調 査 の 結 果 を 報 告 する.なお, 希 少 種 であるタナゴを 題 材 として 扱 うため, 地 域 名 を 伏 せることとする. 2. 調 査 の 方 法 2011 年 の 5 月 から 12 月 まで,8 月 を 除 き 毎 月 一 回, タナゴが 生 息 している 河 川 の 計 3 地 点 ( 上 流 から 順 に A 地 点,B 地 点,C 地 点 と 表 すこととする.)にお いて 調 査 を 実 施 した.5,6,7 月 は, 各 地 点 の 周 辺 で, 魚 類 採 捕 しやすそうな 場 所 を 選 び,セルビンを 仕 掛 け た.9,10,11,12 月 は, 各 地 点 に 調 査 範 囲 ( 流 域 の 長 さ 50m 程 度 )を 設 け, 範 囲 内 にセルビンを 7 か 所 (A 地 点 )または,5 か 所 (B,C 地 点 ) 仕 掛 け, 魚 類 採 捕 を 行 った. 採 集 した 魚 類 は,その 場 で 種 の 同 定 を 行 っ た.また,ひと 月 おきに,タナゴの 全 長, 体 重 を 測 定 した. 3. 結 果 と 考 察 魚 類 相 について A 地 点 で は, 全 調 査 期 間 を 通 じ て タ ナ ゴ * 宮 城 教 育 大 学 自 然 フィールドワーク 研 究 会 YAMOI, ** 宮 城 教 育 大 学 附 属 環 境 教 育 実 践 研 究 センター -35-
希 少 種 生 息 域 における 淡 水 魚 の 分 布 生 態 状 況 調 査 (Acheilognathus melanogaster)とモツゴ(pseudorasbora parva)の 2 種 のみが 捕 獲 された.10 月 のみタナゴの 方 が 多 く 捕 獲 されたが, 全 体 を 通 しては,モツゴの 方 が 多 く 捕 獲 された. B 地 点 では,タナゴ(Acheilognathus melanogaster), タイリクバラタナゴ(Rhodeus ocellatus ocellatus), オイカワ(Zacco platypus),タモロコ(gnathopogon elongatus),モツゴ(pseudorasbora parva)などの 数 種 類 の 淡 水 魚 が 捕 獲 された.5 月 を 除 いた 全 ての 月 でタ イリクバラタナゴが 最 も 多 く 捕 獲 された. 季 節 変 化 に よる 魚 類 相 の 大 きな 変 化 は 見 られなかった. C 地 点 では,タナゴ(Acheilognathus melanogaster), タイリクバラタナゴ(Rhodeus ocellatus ocellatus), オイカワ(Zacco platypus),タモロコ(gnathopogon elongatus),モツゴ(pseudorasbora parva)などの 数 種 類 の 淡 水 魚 が 捕 獲 された. 年 間 を 通 じてはタイリクバ ラタナゴが 多 く 捕 獲 された.タモロコは 年 間 を 通 して, 一 定 の 割 合 で 捕 獲 された.また,オイカワは 夏 季 に 多 く 捕 獲 されていた. また, 各 地 点 の 月 ごとの 生 物 の 多 様 度 指 数 (Simpson の 多 様 度 指 数 D)を 調 べたところ,A 地 点 が 最 も 低 く, 安 定 して 0.5 近 辺 の 値 をとっている.B,C 地 点 では, 全 体 を 通 して A 地 点 より 1 に 近 い 値 をとり, 多 様 性 が 大 きいことが 示 唆 されているが, 月 による 大 きな 変 動 が 見 られた( 図 1). 図 1. 生 物 多 様 度 指 数 の 変 化 図 2. 調 査 地 の 魚 類 相 -36-
タナゴの 全 長 タナゴの 全 長 は 図 2 に 示 す 通 りであった.タナゴは 1 年 で 30 ~ 40 mm 程 度 大 きくなると 言 われている( 櫻 井, 私 信 ). 全 ての 地 点 のデータがある 10 月 (7 月 は C 地 点 のタナゴの 個 体 数 が 少 ないため 不 適 と 判 断 )の ヒストグラムに 着 目 する. 二 年 魚 であることを 示 す 体 長 48mm ~ 64mm の 間 に A 地 点 では, 全 体 の 56%の 個 体 が 分 布 しており,B 地 点 では 19.8%,C 地 点 では 55.9%が 分 布 していた. 以 上 のことより, 今 回 の 調 査 では 2 年 魚 のタナゴが 多 く 生 息 していることが 推 測 さ れた( 図 3). 図 3. 採 捕 された 魚 の 内 訳 ( 横 軸 は 月 ) 4. 考 察 各 地 点 の 魚 類 相 について たなご (ここではコイ 科 タナゴ 亜 科 のグループの 魚 を 指 すこととする)はいずれの 種 も, 自 然 界 での 生 息 数 は 減 少 していると 考 えられている.その 理 由 とし ては, 護 岸 工 事 などによる 二 枚 貝 の 死 滅 や, 水 田 排 水 路 の 分 離 掘 り 下 げを 主 体 とした 農 業 設 備 の 近 代 化 が 原 因 の 大 半 を 占 めている.また, 一 部 では 外 来 種 生 物 の 影 響 もみられる. 私 たちの 調 査 地 域 では, たなご の 生 息 数 の 変 化 はこれらの 要 因 のいずれかによって 影 響 を 受 けている 可 能 性 が 高 い. 各 調 査 地 点 では, 外 来 種 (タイリクバラタナゴ,カ ネヒラ,オイカワ, 国 内 外 来 種 はタモロコ,モツゴ) と 在 来 種 (タナゴ)が 生 息 している.A 地 点 では 競 合 する, 外 来 種 が 生 息 していないため,タナゴのにとっ ての 生 息 環 境 はより 好 ましいものである 可 能 性 がある といえる. B 地 点,C 地 点 とも 外 来 種 であるタイリクバラタナ ゴやカネヒラが 多 くみられ,タナゴの 生 息 数 に 影 響 を 与 えている 可 能 性 がある. たなご は 二 枚 貝 に 産 卵 する 特 異 な 習 性 がある. 春 産 卵 の たなご が 繁 殖 する 時 期 は 4 月 から 7 月 ころまでであるが, 産 卵 の 期 間 が 最 も 長 いバラタナゴ は 5 月 の 終 わりに 最 初 の 産 卵 ピークをむかえ,いった ん 中 休 みのようにペースを 落 として,その 後 もう 一 度 産 卵 ピークをむかえる ( 長 田 福 原,2000).そのた め,タイリクバラタナゴの 繁 殖 期 は 極 めて 長 い. た なご は 種 類 ごとに 二 枚 貝 の 選 択 性 があり,タナゴ は, 殻 長 8 cm 前 後 以 上 の 大 型 のドブガイ(Sinanodonta woodiana)やカラスガイ(cristaria plicata plicata)など が 適 している. 一 方,タイリクバラタナゴはイシガイ (Unionoida douglasiae nipponensis)やドブガイに 産 卵 す る.したがって, 最 も 長 い 繁 殖 期 のタイリクバラタナ ゴが,タナゴの 産 卵 に 適 しているドブガイをめぐって 競 合 している 可 能 性 もある.また, 生 態 的 地 位 も 比 較 的 近 いと 考 えられ, 餌 や 隠 れ 場 所 などをめぐる 目 には 見 えない 競 合 が 存 在 することも 考 えられる.タイリク バラタナゴの 生 息 個 体 数 が 多 い 地 域 はタナゴにとって 必 ずしも 好 ましい 環 境 にあるとは 言 えないだろう. また,カネヒラは 国 内 最 大 の たなご で, 本 来 は -37-
希 少 種 生 息 域 における 淡 水 魚 の 分 布 生 態 状 況 調 査 西 日 本 に 生 息 するが, 様 々な 要 因 により 東 日 本 にも 定 着 し 始 めた 種 である. 基 本 的 に 秋 に 産 卵 するが, 中 に は 春 に 産 卵 する 種 もいる.タナゴとの 間 の 関 係 は 明 ら かではないが,カネヒラの 分 布 にはこれからさらに 注 意 していきたい. また, たなご が 産 卵 する 二 枚 貝 が 生 息 できない 環 境 では, たなご は 生 息 できないことから, 二 枚 貝 の 生 息 状 況 にも 注 意 していく 必 要 がある. くことが 望 ましい. 具 体 的 にできる 生 息 環 境 の 保 全 に は,たとえば 調 査 時 に 競 合 する 外 来 種 を 補 殺 すること や, 産 卵 のために 必 要 な 二 枚 貝 の 調 査 や 保 全 を 実 施 する ことが 挙 げられる. 調 査 地 域 ではカネヒラが 増 加 傾 向 に あると 考 えられ,タイリクバラタナゴと 同 様 に, 今 後 の 調 査 ではカネヒラの 生 息 数 にも 注 意 していきたい. ヒストグラムについて 今 回 の 調 査 結 果 では,1 年 魚 がほとんど 確 認 されて いない.1 年 魚 の 個 体 数 が 多 ければそれは 調 査 地 点 ま たはその 近 隣 でタナゴの 繁 殖 が 安 定 して 行 われていて, 個 体 群 が 維 持 されやすい 状 況 であるといえる. 今 回 の 結 果 から 現 時 点 では,2 年 魚 の 個 体 数 が 多 いように 見 える. 1 年 魚 がほとんど 見 られなかった 理 由 は, 稚 魚 を 明 確 に 識 別 できる 能 力 が 不 足 していることも 考 えられる. 今 後 の 調 査 で 改 善 していきたい. 生 物 の 多 様 度 指 数 A 地 点 では, 年 間 を 通 して 安 定 した 環 境 となってい るが,B,C 地 点 では 環 境 が 著 しく 変 化 しやすいと 言 える. 実 際,A 地 点 は 他 の2 地 点 と 比 較 すると 水 深 が 深 く 流 れも 穏 やかであることから 比 較 的 環 境 は 安 定 し ていると 思 われた. 調 査 全 体 を 通 して 夏 季 の 調 査 では, 採 捕 された 魚 の 数 が 少 なかった. これは, 気 温 とともに 水 温 が 上 昇 し, 魚 類 の 活 性 が 低 かったためかもしれない.また 夏 期 は 識 別 調 査 中 に 魚 類 を 保 存 しているクーラーの 水 温 を 維 持 するのが 困 難 であるため, 夏 季 の 調 査 は 気 温 が 高 くなる 前, 早 朝 に 行 う 方 が 好 ましいであろう. 最 後 に, 当 該 地 域 では 2009 年 度 以 来 調 査 を 実 施 し ているが,2009 年 の 調 査 結 果 と 比 較 を 行 うと,タイ リクバラタナゴの 生 息 数 が 最 も 多 く, 全 体 に 対 するタ イリクバラタナゴの 割 合 も, 大 きくは 変 化 していない ようである. 今 後 もタナゴの 生 息 環 境 の 保 全 を 継 続 して 行 ってい 図 4. 2009 年 時 の 魚 類 相 謝 辞 調 査 を 行 う 上 で, 伊 豆 沼 環 境 財 団 の 進 藤 健 太 郎 博 士, 藤 本 泰 文 博 士, 中 でも 鈴 木 勝 利 氏 には 丁 寧 なご 助 言 を いただきました. サークルの 諸 先 輩 方 にも, 年 間 の 調 査 活 動 から 専 門 的 なご 指 導 など 多 岐 にわたり,ご 指 導 とご 協 力 を 頂 き ました.ここに 深 く 感 謝 申 し 上 げます. 引 用 文 献 森 誠 一 1999. 淡 水 生 物 の 保 全 生 態 学. 信 山 社 サイテッ ク, 東 京. 福 原 修 一 2000. 貝 に 卵 を 産 む 魚.トンボ 出 版, 大 阪 市 赤 井 裕 秋 山 信 彦 上 野 輝 葛 島 一 美 鈴 木 伸 洋 増 田 修 薮 本 美 孝 2009. タナゴ 大 全.エムピージェー, 神 奈 川. 稲 葉 修 2003. 福 島 県 の 在 来 タナゴ 類. 野 馬 追 の 里 原 町 市 立 博 物 館 研 究 紀 要,5, 41-54. 宮 城 県 2001. 宮 城 県 の 希 少 な 野 生 動 植 物 宮 城 県 レッ -38-
ドデータブック. 宮 城 県 生 活 環 境 部 自 然 保 護 課, 宮 城 県. -39-