1. はじめに経済学では消費税と定率所得税は本質的には同じ税であることがよく知られている. どちらの税をかけても予算制約線は全く同じものであるので, 同等の効果を生む税体系と理論的には考えることができる. しかし, 消費税と所得税の同等性は成立しないという実験研究がある (Blumkin et al

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所得税と消費税の好みに対する選択実験 大竹文雄 a 黒川博文 b 森知晴 c 要約本研究では税制に対する好みを明らかにする経済実験を行った. 税負担が同じ一律所得税 (20%) と一律消費税 (25%), 税負担の異なる一律所得税 (20%) と一律消費税 (24%, 22%,20%) のそれぞれいずれが好みかを, 被験者の所得が決定される前と後に選択させた. 所得はランダムに決まる群と努力の成果に応じて決まる群を設定した. 主な結果は以下の 3 つである. 第 1 に, 所得の決定前でも後でも, 税負担が同じ場合, 一律所得税 (20%) の方が好まれる. この結果は所得の決まり方に依存しない. 第 2 に, 所得の決定前でも後でも, 一律消費税 (24%,22%) よりも税負担が高い一律所得税 (20%) の方が好まれる. 一律消費税を選択した割合は, 全体の 68 85% にも及んだ. この結果も所得の決まり方に依存しない. 第 3 に, 見た目の税率が同じ 20% の場合, 所得決定前では税負担の低い一律消費税の方が好まれるが, 所得決定後には所得が努力の成果で決まる場合はどちらの税制も無差別となる. JEL 分類番号 :H24,C91 キーワード : 所得税, 消費税, 経済実験 a 大阪大学社会経済研究所 e-mail: ohtake@iser.osaka-u.ac.jp b 大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程, 日本学術振興会特別研究員 e-mail: nge007kh@student.econ.osaka-u.ac.jp c 関西大学ソシオネットワーク戦略機構 e-mail: r148033@kansai-u.ac.jp 1

1. はじめに経済学では消費税と定率所得税は本質的には同じ税であることがよく知られている. どちらの税をかけても予算制約線は全く同じものであるので, 同等の効果を生む税体系と理論的には考えることができる. しかし, 消費税と所得税の同等性は成立しないという実験研究がある (Blumkin et al., 2012). この研究は実労働実験を用いた研究で, 所得税をかけた場合の方が, 実労働を減らし, 消費が少なくなるという結果であった. 本質的には同じ税であっても行動が変化するという結果は実験室実験だけでなく, フィールド実験においても観察される.Chetty et al. (2009) は, 税抜価格の値札に一部の商品だけ税込価格を加えて表示する介入実験を行った. その結果, 税込価格を付け加えた商品の売り上げは平均 8% 減少した. 表示の違いが購買行動を変化させるという結果である. 税に対して必ずしも合理的な行動がとられているわけではないというこれらの実験結果に則って考えると, 消費税や所得税といった税についての人々の認識に, 何らかのバイアスがある可能性がある. 税制に対して人々がどのような認識を持っているかを明らかにすることは, 政策的にも意味のある重要な情報である. 我々の今回の研究では, 仮想的な経済状態における税制の選択を行う経済実験を行った. 2. 実験デザイン実験 1 は 2015 年 3 月 4 日,6 日に大阪大学社会経済研究所 PC ラボで行った. 被験者は大阪大学の学生 109 名である. 実験 2 は 2015 年 6 月 22 日,24 日に大阪大学社会経済研究所 PC ラボで行った. 被験者は大阪大学の学生 94 名である. 実験では, 被験者はある所得分布 (5 段階 ) と所得に応じた 2 財の消費パターンを前提として,2 つの選択肢の中からより好ましい税制を選択する. 実験の流れは以下の通りである. 実験の説明を教示後, 所得が決まる前に 2 者択一の税制選択を複数回行った.1 回目の税制選択後, 所得が決まり, 所得が決まった後に再び同様の税制選択課題を行った. 所得の決まり方は, 運によって決まるグループと努力の成果によって決まるグループの 2 グループを用意した 1.2 回目の税制選択後, 選択した税制の中から 1 つの選択をランダムに選び, その選択の下での総消費 ( 財 A の消費量 財 B の消費量の合計 ) を 1 ポイント=1 円 と換算し, 実験での選択結果に応じた報酬を支払った. 報酬の支払いと同時並行で, 事後アンケートを実施した. 5 段階の所得に応じて, 財 A( 食品 ) と財 B( その他 ) の消費を表 1 のベースラインの 1 運によって決まるグループでは, ランダムに所得を割当てた. 努力によって決まるグループでは, スライダータスク (Gill and Prowse, 2012) と呼ばれる実労働タスクの成績に基づいて所得を割当てた. 2

表 1 ベースラインの実験パラメータ ベースライン 所得 財 A( 食品 ) 消費 財 B( その他 ) 消費 総消費 第 1 五分位 1600 340 1260 1600 第 2 五分位 2200 510 1690 2200 第 3 五分位 2500 580 1920 2500 第 4 五分位 3100 660 2440 3100 第 5 五分位 4500 870 3630 4500 ように設定した 2. 税制の選択は所得の決定前と決定後の 2 回選択を行わせた. 実験 1 で 選択する税制は以下の税制である 3 : ⅰ) 一律所得税 (20%) もしくは一律消費税 (25%) 実験 2 で選択する税制は以下の税制である : ⅰ) 一律所得税 (20%) もしくは一律消費税 (24%) ⅱ) 一律所得税 (20%) もしくは一律消費税 (22%) ⅲ) 一律所得税 (20%) もしくは一律消費税 (20%) 所得決定前の選択の制限時間は 120 秒で, 所得決定後の制限時間は 60 秒である. 所得 決定後の税制選択場面では, 課税前の所得と各消費の配分を表示した. 所得税に関しては, 所得に応じて税がかかる ことを説明した. 所得を Y, 所得税率を t y とした場合, 税金額は t y Y となる. 例えば, 所得第 1 五分位の人に一律所得税 (20%) が課された場合, 税負担額は 320(= 0.2 1600) となる. 消費税に関しては, 消費に応 じて税がかかり, 消費税がかかったとしても税引き前の消費額は変わらず, 所得に応じて 決まる消費から消費税を引いた額が最終的な ( 実質的な ) 消費となる ことを説明した. 税込み消費額を GC, 消費税率を t c とした場合, 税金額は t c 1+t c GC となる. 例えば, 所得第 1 五分位の人に一律消費税 (25%) が課された場合, 税負担額は 320(= ( 0.25 340) + 1+0.25 ( 0.25 1260) ) となる. 1+0.25 いま, 所得と税込み消費総額は等しいので, 所得税と消費税の税負担額が同等となる場 合, 所得税率 t y と消費税率 t c の関係は, 2 所得と所得に対する食品消費とその他消費の割合は 家計調査 (2013) の勤労世帯のデータをもとに作成した. 3 実験 1 では, 累進所得税もしくは個別消費税, 一律消費税もしくは個別消費税の選択も行ったが, 本稿では一律所得税 (20%) もしくは一律消費税 (25%) の選択のみを扱う. 3

t y = t c 1 + t c < t c となる. つまり, 同等な税収をもたらす所得税と消費税では, 見た目の税率は消費税の方 が所得税よりも大きくなる. 所得税率が 20% のとき, 同等の税負担をもたらす消費税の税 率は 25% となる. つまり, 一律所得税 (20%) と一律消費税 (25%) に関しては, どちら を選択しても税負担は全く同じである. 一方, 一律所得税 (20%) と一律消費税 (24%, 22%,20%) に関しては, 一律消費税の方が税負担は低い. したがって, 税制の選択に関 して, 以下のような仮説が考えられる. 仮説 1: 一律所得税 (20%) と一律消費税 (25%) を選択する場合, 選択は無差別となる. 一律所得税 (20%) と一律消費税 (24%,22%,20%) を選択する場合, 税負担の低い一 律消費税 (24%,22%,20%) を選択する. しかし, 税込み価格で表示した場合と税抜き価格で表示した場合で購買行動が変化することを示した Chetty et al. (2009) があるように, 被験者は実質的な税負担額に基づくのではなく, 見た目の数値, 税率に基づいて意思決定を行うかもしれない. この場合, 以下のような行動経済学的な仮説が考えられる. 仮説 1B: 被験者が税の選択を見た目の税率のみを見て決める場合, 一律所得税 (20%) と 一律消費税 (25%,24%,22%) を選択する場合, 負担額が低く見える一律所得税を選択 する. 一律所得税 (20%) と一律消費税 (20%) を選択する場合, 選択は無差別となる. 3. 実験結果表 2 に一律所得税 (20%) と一律消費税 (25%) の選択割合と母比率の差の検定結果を示した. 所得 ( 運 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 74.5% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. つまり, 一律消費税よりも一律所得税が好まれる. 所得 ( 運 ) 決定後の選択でも, 一律所得税を選択した割合は 86.3% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. 所得 ( 努力 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 75.5% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. つまり, 所得が努力で決まる場合においても, 一律所得税の方が好まれる. 所得 ( 努力 ) 決定後の選択でも, 一律所得税を選択した割合は 88.7% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. 以上より, 税負担は全く同じであるが一律消費税 (25%) よりも一律所得税 (20%) の方が好まれることがわかる. 4

表 2 一律所得税 (20%) と一律消費税 (25%) の選択割合 一律所得税 (20%) 一律消費税 (25%) 一律所得税 = 一律消費税 所得 ( 運 ) 決定前 0.745 0.255 F(1, 50)=15.81*** (0.061) (0.061) (p=0.000) 所得 ( 運 ) 決定後 0.863 0.137 F(1, 50)=55.56*** (0.049) (0.049) (p=0.000) 所得 ( 努力 ) 決定前 0.755 0.245 F(1, 52)=18.23*** (0.060) (0.060) (p=0.000) 所得 ( 努力 ) 決定後 0.887 0.113 F(1, 52)=77.49*** (0.044) (0.044) (p=0.000) 表 3 一律所得税 (20%) と一律消費税 (24%) の選択割合 一律所得税 (20%) 一律消費税 (24%) 一律所得税 = 一律消費税 所得 ( 運 ) 決定前 0.688 0.313 F(1, 47)=7.69*** (0.068) (0.068) (p=0.001) 所得 ( 運 ) 決定後 0.813 0.188 F(1, 47)=30.13*** (0.057) (0.057) (p=0.000) 所得 ( 努力 ) 決定前 0.717 0.283 F(1, 45)=10.49*** (0.067) (0.067) (p=0.000) 所得 ( 努力 ) 決定後 0.848 0.152 F(1, 45)=42.20*** (0.054) (0.054) (p=0.000) 表 4 一律所得税 (20%) と一律消費税 (22%) の選択割合 一律所得税 (20%) 一律消費税 (22%) 一律所得税 = 一律消費税 所得 ( 運 ) 決定前 0.688 0.313 F(1, 47)=7.69*** (0.068) (0.068) (p=0.001) 所得 ( 運 ) 決定後 0.729 0.271 F(1, 47)=12.50*** (0.065) (0.065) (p=0.001) 所得 ( 努力 ) 決定前 0.761 0.239 F(1, 45)=16.83*** (0.064) (0.064) (p=0.000) 所得 ( 努力 ) 決定後 0.783 0.217 F(1, 45)=21.13*** (0.061) (0.061) (p=0.000) 表 5 一律所得税 (20%) と一律消費税 (20%) の選択割合 一律所得税 (20%) 一律消費税 (20%) 一律所得税 = 一律消費税 所得 ( 運 ) 決定前 0.375 0.625 F(1, 47)=3.13* (0.071) (0.071) (p=0.083) 所得 ( 運 ) 決定後 0.375 0.625 F(1, 47)=31.13* (0.071) (0.071) (p=0.083) 所得 ( 努力 ) 決定前 0.348 0.652 F(1, 45)=4.59** (0.071) (0.071) (p=0.038) 所得 ( 努力 ) 決定後 0.457 0.543 F(1, 45)=0.34 (0.074) (0.074) (p=0.561) 5

表 3 に一律所得税 (20%) と一律消費税 (24%) の選択割合と母比率の差の検定結果を示した. 所得 ( 運 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 68.8% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. つまり, 一律消費税よりも一律所得税の方が好まれる. 所得 ( 運 ) 決定後の選択でも, 一律所得税を選択した割合は 81.3% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. 所得 ( 努力 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 71.7% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. つまり, 所得が努力で決まる場合においても, 一律所得税の方が好まれる. 所得 ( 努力 ) 決定後の選択でも, 一律所得税を選択した割合は 84.8% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. 以上より, 一律消費税 (24%) よりも税負担は高いが見た目の税率が低い一律所得税 (20%) の方が好まれることがわかる. 表 4 に一律所得税 (20%) と一律消費税 (22%) の選択割合と母比率の差の検定結果を示した. 所得 ( 運 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 68.8% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. つまり, 一律消費税よりも一律所得税の方が好まれる. 所得 ( 運 ) 決定後の選択でも, 一律所得税を選択した割合は 72.9% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. 所得 ( 努力 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 76.1% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. つまり, 所得が努力で決まる場合においても, 一律所得税の方が好まれる. 所得 ( 努力 ) 決定後の選択でも, 一律所得税を選択した割合は 78.3% であり, 一律消費税の選択割合とは 1% 有意水準で異なる. 以上より, 一律消費税 (22%) よりも税負担は高いが見た目の税率が低い一律所得税 (20%) の方が好まれる. 表 5 に一律所得税 (20%) と一律消費税 (20%) の選択割合と母比率の差の検定結果を示した. 所得 ( 運 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 37.5% であり, 一律消費税の選択割合とは 10% 有意水準で異なる. つまり, 一律所得税よりも一律消費税の方が好まれる. 所得 ( 運 ) 決定後の選択でも, 一律所得税を選択した割合は 37.5% であり, 一律消費税の選択割合とは 10% 有意水準で異なる. 所得 ( 努力 ) 決定前の選択では, 一律所得税を選択した割合は 34.8% であり, 一律消費税の選択割合とは 5% 有意水準で異なる. つまり, 所得 ( 努力 ) 決定前においても, 一律消費税の方が好まれる. しかし, 所得 ( 努力 ) 決定後の選択では, 一律所得税を選択した割合は 45.7% であり, 一律消費税の選択割合とは有意に異ならない. つまり, 所得 ( 努力 ) 決定後では一律所得税と一律消費税は好みは同じ割合になるとなる. 以上より, 一律所得税と一律消費税の税率が同じ 20% となれば, 一律消費税の方が好まれやすいということがわかる. 4. 結論 6

仮説 1B を支持する結果である. つまり, 税の負担額が低い税制を好むのではなく, 見た目の税率が低い税制を好む. 一律消費税の方が税負担が低い場合でも, 見た目の税率が高くなっていることで負担感が高まり, 一律所得税の方が好まれると考えられる. 見た目の税率が同じ場合, 税負担は同等だと感じ, 同等な負担ならば所得税を嫌う. この結果は, 所得税と消費税の税率錯覚を前提とすれば, 消費税を課した場合より所得税を課した場合の方が実労働を減らしたという Blumkin et al. (2012) と整合的に解釈できる. 今後の課題として, 税制の説明の仕方を変えることで, 行動が変わるかどうかを確認する必要がある. 特に消費税に関して, 税抜き後の消費は税引き前の消費額に消費税率をかけたものであるというように説明をした場合, 行動が変わるかどうかを検証する必要がある. また, 税制の選択にバイアスがない人は, どのような特徴を持つ人であるかを明らかにすることも今後の課題である. 参考文献 Blumkin, T., Ruffle, B. J., and Ganun, Y., 2012. Are income and consumption taxes ever really equivalent? Evidence from a real-effort experiment with real goods. European Economic Review, 56(6), 1200-1219. Chetty, R., Looney, A., and Kroft, K., 2009. Salience and Taxation: Theory and Evidence. American Economic Review, 99(4), 1145-1177. Gill, D., and Prowse, V., 2012. A structural analysis of disappointment aversion in a real effort competition. American Economic Review, 102(1), 469-503. 7