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障害児に対する口腔ケアの意義 感染予防 = 器質的アプローチ 1 口腔疾患 ( う蝕 歯周疾患 感染性口腔粘膜疾患 ) の予防 2 呼吸器感染症 ( 誤嚥性肺炎やインフルエンザなど ) の予防 3 口腔内細菌による二次感染 ( 細菌性心内膜炎など ) の予防 口腔機能の維持 ( 廃用予防 ) 向上

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70 頭頸部放射線療法 放射線化学療法


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2 まな障害を引き起こすことがあり 注意が必要です まな障害を引き起こすことがあり 注意が必要です まな障害を引き起こすことがあり 注意が必要です まな障害を引き起こすことがあり 注意が必要です 診断診断診断診断ドライマウスの診断にあたってはドライマウスの診断にあたってはドライマウスの診断にあたって

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26 年度後期時間割 時限は下記の通り 11 8:50~10: :30~12: :00~14: :50~14: :40~16: :30~16: :20~17:50 時限の例 開始時限が11で終了時限が11の場合は8:

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透析看護の基本知識項目チェック確認確認終了 腎不全の病態と治療方法腎不全腎臓の構造と働き急性腎不全と慢性腎不全の病態腎不全の原疾患の病態慢性腎不全の病期と治療方法血液透析の特色腹膜透析の特色腎不全の特色 透析療法の仕組み血液透析の原理ダイアライザーの種類 適応 選択透析液供給装置の機能透析液の組成抗

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染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

放射線併用全身化学療法 (GC+RT 療法 ) 様の予定表 No.1 月日 経過 達成目標 治療 ( 点滴 内服 ) 検査 処置 活動 安静度 リハビリ 食事 栄養指導 清潔 排泄 / 入院当日 ~ 治療前日 化学療法について理解でき 精神的に安定した状態で治療が

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CQ1: 急性痛風性関節炎の発作 ( 痛風発作 ) に対して第一番目に使用されるお薬 ( 第一選択薬と言います ) としてコルヒチン ステロイド NSAIDs( 消炎鎮痛剤 ) があります しかし どれが最適かについては明らかではないので 検討することが必要と考えられます そこで 急性痛風性関節炎の

3) 適切な薬物療法ができる 4) 支持的関係を確立し 個人精神療法を適切に用い 集団精神療法を学ぶ 5) 心理社会的療法 精神科リハビリテーションを行い 早期に地域に復帰させる方法を学ぶ 10. 気分障害 : 2) 病歴を聴取し 精神症状を把握し 病型の把握 診断 鑑別診断ができる 3) 人格特徴

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接歯や粘膜上皮に付着できない菌も組織定着が可能です ( 図 2) 口腔ケアが低下し異菌種間の凝集を仲介する細菌種の Fusobacterium や Actinomyces などが増えると プラーク量は一気に増加します ( 図 2) 徐々にプラーク内の嫌気度が増し 歯周病原菌 Porphyromona

したことによると考えられています 4. ピロリ菌の検査法ピロリ菌の検査法にはいくつかの種類があり 内視鏡を使うものとそうでないものに大きく分けられます 前者は 内視鏡を使って胃の組織を採取し それを材料にしてピロリ菌の有無を調べます 胃粘膜組織を顕微鏡で見てピロリ菌を探す方法 ( 鏡検法 ) 先に述

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高齢化率が上昇する中 認定看護師は患者への直接的な看護だけでなく看護職への指導 看護体制づくりなどのさまざまな場面におけるキーパーソンとして 今後もさらなる活躍が期待されます 高齢者の生活を支える主な分野と所属状況は 以下の通りです 脳卒中リハビリテーション看護認定看護師 脳卒中発症直後から 患者の

(2) レパーサ皮下注 140mgシリンジ及び同 140mgペン 1 本製剤については 最適使用推進ガイドラインに従い 有効性及び安全性に関する情報が十分蓄積するまでの間 本製剤の恩恵を強く受けることが期待される患者に対して使用するとともに 副作用が発現した際に必要な対応をとることが可能な一定の要件

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は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

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今回の調査では 主に次のような結果が得られました 花粉症の現状と生活に及ぼす影響の実態 スギ花粉症を初めて発症してから 10 年以上経つ人が 66.8% と 長年花粉症に悩まされている人が多いという結果に 10 年以上経つ人の割合が多い地域としては静岡県 栃木県 群馬県 山梨県等が上位に 今までにス

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さらに, そのプロセスの第 2 段階において分類方法が標準化されたことにより, 文書記録, 情報交換, そして栄養ケアの影響を調べる専門能力が大いに強化されたことが認められている 以上の結果から,ADA の標準言語委員会が, 専門職が用いる特別な栄養診断の用語の分類方法を作成するために結成された そ

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より詳細な情報を望まれる場合は 担当の医師または薬剤師におたずねください また 患者向医薬品ガイド 医療専門家向けの 添付文書情報 が医薬品医療機器総合機構のホームページに掲載されています

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患者 ID: 氏名 : ピロリ菌外来説明文書 1. ピロリ菌はいつ誰によって発見されたのでしょうかピロリ菌はオーストラリアのウォレンとマーシャルによって 1983 年ヒトの胃の中から発見されました その後 ピロリ菌がヒトの胃に与える様々な影響が解明

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3 睡眠時間について 平日の就寝時刻は学年が進むほど午後 1 時以降が多くなっていた ( 図 5) 中学生で は寝る時刻が遅くなり 睡眠時間が 7 時間未満の生徒が.7 であった ( 図 7) 図 5 平日の就寝時刻 ( 平成 1 年度 ) 図 中学生の就寝時刻の推移 図 7 1 日の睡眠時間 親子

娠中の母親に卵や牛乳などを食べないようにする群と制限しない群とで前向きに比較するランダム化比較試験が行われました その結果 食物制限をした群としなかった群では生まれてきた児の食物アレルゲン感作もアトピー性皮膚炎の発症率にも差はないという結果でした 授乳中の母親に食物制限をした場合も同様で 制限しなか

図1 口腔機能の管理による在院日数に対する削減効果 図2 周術期口腔機能管理計画策定料の算定状況 心疾患を基礎に持つ患者には感染性心内膜炎に 周術期口腔機能管理で何をするのか 注意が必要です 感染性心内膜炎リスク患者で あればスケーリング時にも抗生剤の予防投与が くち は最初の消化器官と言われるよう

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2018 年 10 月 4 日放送 第 47 回日本皮膚アレルギー 接触皮膚炎学会 / 第 41 回皮膚脈管 膠原病研究会シンポジウム2-6 蕁麻疹の病態と新規治療法 ~ 抗 IgE 抗体療法 ~ 島根大学皮膚科 講師 千貫祐子 はじめに蕁麻疹は膨疹 つまり紅斑を伴う一過性 限局性の浮腫が病的に出没

Transcription:

口腔乾燥症の臨床的対応 東京医科歯科大学臨床教授 内山茂 はじめに 歯科治療を目的として診療室を訪れる患者のなかには 一見健康そうに見えて も実はさまざまな全身疾患を抱えている人も多い その何割かの口腔は薬の副 作用などにより確実に乾燥している 1 度重なる齲蝕 歯周病治療の原因が長い 間の唾液の減少に関わる場合も少なくない つまり 歯科に来院する患者はそれだけで口腔乾燥のハイリスクグループであると言える 幸福と不幸の間に やや不幸 というかなり広い領域が存在するように 口腔乾燥症にも やや乾燥気味 という数多くの人々が存在する やや不幸な状態でもそれが長く続けば徐々に希望が失われるように たとえ軽度な口腔乾燥でも長期的に改善のきざしが見えなければそれだけで十分つらいと思われる 通常患者たちはそのつらさを歯科医に訴えることは少ないが 私たちは日常の歯科臨床を通してそのシグナルを見過ごさず さまざまな口腔ケアの手法を駆使してこの 目立たない患者 たちを救う責任がある 身体の乾き 心の渇き 2002 年 2 月 20 日から約 2 週間にわたり 厚生労働省の長寿科学総合研究事業 高齢者の口腔乾燥症と唾液物性に関する研究 の協力のために 当院の来院患者 19 歳から 73 歳を対象に口腔乾燥度に関するアンケートを行った 調査内容は多岐にわたるが その中の 1 項目である 口の中が乾く カラカラすることがあるか という項目のみ集計してみた結果 調査人数 197 人のうち ある と答えた人が 74 人 時々 少し または ない と答えた人が実に全体の 62.4% にあたる 123 人という結果であった

ない 時々 すこし ある Leo M. Screebny によれば およそ 4 人に 1 人が口腔乾燥症あるいはそれに 関連する症状を示し また高齢者では約 40% が口腔乾燥を訴えている という 2 初めてこの数字を見たときは 法外に高い値に感じたものだが 当院のアンケ ート結果を見ると その数字の妥当性にあらためて驚かされる たしかに注意深く問診 視診を行ってみると 口腔乾燥に悩んでいる患者と歯科診療を通じて日常遭遇することはそれほど珍しいことではない その大半は 40 代以降の女性で こちらに指摘されて ああそういえば といった軽症のものから 唾液がほとんど出ない重症者まで状況はさまざまである 彼らに共通しているのは 程度の差こそあれ生活を不快にするさまざまな変化である 食物 ( 味 咀嚼 嚥下 ) 発声やスピーチ ドライアイ ( 視覚の違和感 ぼやけたような 焼けるような かゆいような じゃりじゃりするような感覚 ) そして時には自分自身の容姿や性 ( 乾燥してひび割れた唇 乾燥肌 醜い歯列 性交疼痛 ) さえも影響を受けている 生活の質はかなり低下していて 人生が終わったような 干上がった という全身の乾燥状態であることが多い 彼らには専門の医療だけでなく 慰め 共感や理解が必要である しかし 残念ながらその訴えに十分耳を傾けてくれる医療機関はきわめてわずかなのが現状である つまり 彼らの多くは身体が乾いているのみならず その心の中まで渇いてい るものと思われる 3

口腔乾燥症の症状 そのような患者に口腔ケアを通じて接していると 中には長年の悩みを理解してくれる医療担当者にようやく巡り合えた安堵感からか 話を聞くだけで大きな信頼を寄せてくれる場合もある 通常彼らの口腔は惨憺たる状況を呈している ほとんどの場合 繰り返し受けてきた齲蝕治療とその再発の結果 多くの充 填物や補綴物が認められ さらにそのマージン部に二次齲蝕が存在している 患者によっては 頬粘膜や歯肉にうっ血や充血があり 時折りそれらが糜爛を 形成する 4 歯や舌の疼痛 唾液腺の腫脹感のほかに 糖尿病 腎疾患などの全 身病を持つ者は 著しい歯石沈着や舌苔を認める例もある そしてそれらは かつてかかった医療機関でこれといった口腔ケアを施されないまま見過ごされている場合が多い 口腔乾燥症に関連する口腔内症状及び全身症状を表 1 に 診査時に留意すべきリスクファクターを表 2 に示す 表 1 口腔乾燥に関連する一般的症状 口腔領域 全身 唾液量の減少 泡立ち 粘つき 牽糸性の増加喉乾燥 しわがれ声 持続性の乾いた咳 ヒ リヒリ感 ひっつき感 口唇乾燥 ひび割れ 口角炎 口角糜爛鼻乾燥 頻繁な痂かわの形成 嗅覚減退 舌灼熱感 ( 舌熱感 ) 疼痛 ( 舌痛感 ) 歯 赤い平らな舌 ( 舌が乾燥し 舌の表面にあ る舌乳頭が萎縮して見られなくなった状態 ) 多発性齲蝕 根面齲蝕 二次齲蝕 食渣の停 滞 口紅が歯についてしまう 目 乾燥 灼熱感 痒み 砂が入ったような感 覚 瞼が互いに張り付いたような感覚 か すみ目 涙目 光感受性 頬乾燥肌乾燥 蝶形紅斑 血管炎 唾液腺腫脹 疼痛関節関節炎 疼痛 腫脹 硬直 口腔 咀嚼 口渇 頻繁な水分の摂取 食事中に常に傍ら に水をおいている 乾燥食品を食べるのが困難 義歯による擦れ 傷 消化管便秘症 膣 乾燥 灼熱感 痒み 再発性真菌感染 性 交不快症 嚥下困難 ( 嚥下障害 ) 全身倦怠感 虚弱 全身性の疼痛 体重減少 発音困難 ( 発音障害 ) 精神衰弱 鬱症状 味覚困難 ( 味覚障害 ) ( 文献 2 5 http://www.ss-info.net/yougo/htm/yougo_idx.html を参考に作表 ) 赤字は特に注意すべきポイント 表 2 口腔乾燥症の診査時に特に留意すべき点

! 唾液の量 性状! 多発性齲蝕 6! 義歯の不適合 咬合不全などによる咀嚼障害! 常用薬 ( 降圧剤 精神安定剤 抗うつ剤 利尿剤 花粉症治療薬など )( 表 3 参照 )! 仕事 家庭などのストレス! 生活の乱れ! 頻繁な清涼飲料水の摂取 ( 特に夏期 )! ぜん息治療用のシロップ のど飴 ( 特に冬期 )! 喫煙! 口呼吸! 更年期障害 表 3 唾液分泌低下をきたす薬剤 7! 抗不安薬! 抗コリン薬! 抗けいれん剤! 止瀉薬! 制嘔吐剤! 抗パーキンソン病薬! 抗炎症剤 鎮痛薬! 抗ヒスタミン剤! 抗圧剤! 沈痛鎮静薬! 抗精神病薬! 気管支拡張薬! 利尿薬! 抗うつ剤! 抗アレルギー剤! 不整脈治療薬! 血管拡張薬! 気管支喘息治療薬! 鎮咳去痰薬! 鎮痙薬! 消化性潰瘍治療薬! X 線造影剤! 抗悪性腫瘍薬

口腔乾燥症の治療と口腔ケアのテクニック 口腔乾燥症の治療は 前項で述べた原因を可及的に除去するのがその第一歩であるが 残念ながらいずれの要因も完全にクリアすることが難しく したがって治療は対症療法あるいは継続した口腔ケアに頼らざるを得ない 治療の目的は 口腔組織全体の湿潤さを高めるとともに 蓄積した齲蝕 歯 周病 カンジダ症な 8 どに関与する細菌をできる限り取り除くことであり 時に はこれが原因で起こる種々の疼痛に対する緩和処置も含まれる 口腔を潤すための方法は 唾液腺の機能が残っている場合 ( 応答群 ) と ほ ぼ残っていない場合 ( 非応答群 ) とに分けて考える 応答群においては 唾液 分泌を促進させるための各種刺激について指導する 非応答群においては 水 や人工唾液な 9~11 どを用いてつねに口腔組織を湿潤させるよう助言する 一方 医院内で口腔の細菌を除去する方法としては まずできるだけ頻繁な口腔内洗浄を行う 洗浄液は 従来から筆者らが PMTC で使用している超酸性水に各種含嗽剤を適量混ぜたものを用いる これにより化学的な洗浄効果だけでなく 洗浄後の爽快感も期待できる 舌や頬粘膜に付着している細菌は 小さく折りたたんだガーゼや大きめな綿球に洗浄液を付けて丹念に除去する 歯肉 頬粘膜 舌などに糜爛や潰瘍を認める場合は 柔らかいワッテなどをそっと押し付ける要領で洗浄する 舌苔は柔らかいスポンジや小折りガーゼで注意深くこすり取る 全身疾患の影響などで カンジダなどの真菌類の感染が疑われる場合は 抗真菌剤入りのシロップによる含嗽が効果がある 歯面およびポケット内の細菌は 先端の細い各種器具や低出力の超音波スケーラーなどでディプラーキングする その後前述の洗浄液で丹念なイリゲーションを行う 以上のほかに とくに口腔や咽頭の粘膜が荒れて疼痛を伴っている場合などには 粘膜保護の目的で各種粘膜保護剤を用いる 粘膜保護剤は口腔乾燥が原因で義歯に擦過傷が絶えない場合などにも有効な場合が多い 当院で行っている口腔ケアの概要を 表 4 に まとめて記載したので参考にされたい

表 4 口腔乾燥症の口腔ケアと使用器材 薬剤 口腔の湿潤さを高める方法 口腔内細菌を減少させる方法 応答群 ( 唾液腺の機能が残っている場非応答群 ( 唾液腺の機能がほとんど残って 合 ) 唾液分泌促進に留意! 食事を何回かに分けてとる! 線維性の食品を多くとる! シュガーレスガムをかむ いない場合 ) 口腔湿潤に留意! シュガーレスタブレットをなめ! 刺激性の食物をさける る! 果物 酸味のある食品の摂取! 唾液分泌促進剤 ( フェルビテン : 日本新薬 麦門冬湯 : ツムラなど ) の投与! 外出時のマスクの着用! 口呼吸の改善! 口腔機能のリハビリテーション セルフケア! 頻繁に水 ( お茶 ) を飲む! 時々水やお茶を口腔内にスプレーす る! 部屋が乾燥しないようにする! 人工唾液 ( サリベート : テイジン ) の 投与! ブラッシングの励! 頻繁な口腔内洗浄 行 プロフェッショナルケア! うがいを頻繁に行! 舌苔は小さく折りたたんだガーゼや大きめの綿球 う! 定期的な PMTC で丹念に除去 柔らかいスポンジ ( トゥースエッテ : 井上アタッチメント ) も有効! 先端の細い各種器具で歯の周囲のプラークを除去 ( ディプラーキング )! 超音波スケーラー ( ピエゾンマスター 400: 松風な ど ) によるポケット イリゲーション! 各種含嗽剤 ( カ ム CHX: サンスター コンクール : ウ ェルテック ) の選択と投与! カンジダなどの真菌の感染が疑われる場合は 抗菌 剤入りシロップ ( ファンギゾン : プリストル マイ ヤーズ スクイブ ) による口腔清拭または処方 口腔粘膜を! 副腎皮質ホルモン含有の軟膏 ( アフタゾロン : 昭和薬化 ケナログ :) の使 保護する方 用 法! 粘膜保護剤 粘膜保湿剤 ( 絹水 : 生化学工業 オーラル ウェット : ヨシダ オーラル バランス : 井上アタッチメント ) の使用 ( 文献 2,12 を参考に 加筆して作成 )

口腔乾燥症患者の歯科治療と PMTC 口腔乾燥症の患者の歯科治療においては 唾液の本来持っている浄化作用や緩 衝能 殺菌能 再石灰化能力 ( 表 5) が期待できないために 通常とは違ったコ ンセプトが必要である 表 5 唾液の機能 摂食! 消化活動! 食塊形成! 潤滑作用 機能維持! 消化酵素の分泌! 味覚の維持! 自浄作用 中和作用 ( 齲蝕抑制 )! 粘膜 歯周組織に対する被覆 保護作用! 常在細菌叢の維持! エナメル質の微笑欠損に対する修復 ( 再石灰化 )! 抗菌作用! 免疫作用! 組織修復作用! 抗炎症作用 ( 文献 13 14 を引用して作表 ) すなわち齲蝕 歯周病治療においては 何よりもコンサーバティブな処置を選択する 切削や切除によって受ける恩恵は正常者よりもさらに少なく 再発の可能性もきわめて高い したがって 積極的な治療を選択する前にまず現状維持に主眼を置くべきであり それとともに予防や継続した口腔ケアの必要性について患者に十分な理解を求める 患者が糖尿病 腎不全症 膠原病 シェーグレン症候群 鼻粘膜疾患などの全身疾患を持っている場合は 治療前後の体調に気を配るとともに 生化学的な検査の値にもつねに注意する 治療の具体例としては 抗菌剤を混入したグラスアイオノマーセメントの応用や 接着アマルガムテクニックなどが効果的な場合が多い 歯科治療に伴う口腔ケアの具体策としては 患者自身によるプラークコント ロール ( ホームケア ) の励行に加えて 歯科衛生士による専門的な歯面清掃で ある PMTC( プロフェッショナルケア ) 15 をできる限り頻繁に行い 齲蝕 歯周病の 予防 管理にいっそう努める

おわりに 口腔乾燥症というと 全身疾患を持ったおもに高齢者の重症な病態を連想し がちだが 実際は日々歯科医院を訪れる患者の中にもそれに対する口腔ケアを 必要としている人は多い 唾液の減少が口腔領域を越えて全身に深刻な影響を 及ぼしている場合も少なくない そのような患者に対して 治療や苦痛緩和だけでなく心のケアの面からも 口腔ケアの知識や技術が大いに役立つことがわかった それとともに PMTC や口 腔洗浄 粘膜清拭 各種含嗽剤の使い方などを自院のシステムのなかに組み入 16~19 れることで 感染症でもあり生活習慣病でもある歯科疾患の本質が徐々に見え てきたような気がする 予防やケアに関して教育や制度がいまだ未成熟な現状においては 専門的な 口腔ケアを日常的に臨床に取り入れるにはさまざまな困難を伴う この小文を お読みいただいた方が少しでもその有効性をご理解いただき 各方面でご支援 いただければ幸いである 文献 1. Dawes.C., 河野正司監訳 : 唾液分泌速度と唾液の組成に影響を及ぼす因子. 唾液 - 歯と口腔の健康 : 医歯薬出版 東京 1997,35 2. Screebny, L.M. 河野正司監訳 : 唾液分泌速度と唾液の組成に影響を及ぼす因子. 唾液 - 歯と口腔の健康 : 医歯薬出版 東京 1997,50 3. 内山茂ほか : 口腔乾燥症 ( ドライマウス ) と口腔ケア. 歯界展望 Vol.95 No1 2001-1.96 4. 中島民雄 : 剥離性歯肉炎. 口腔粘膜疾患の診断, 歯界展望別冊 :1986,114-115 5. 成田令博 : 口腔乾燥症 舌痛症. 歯科医の知っておきたい医学常識 103 選 : デンタルダイヤモンド社 東京 1990,66 6. 高橋雄三ほか : 口腔乾燥症患者の口腔管理に関する研究 日本歯科医学界

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