症例報告 超音波検査によって慢性膵炎を疑った犬の 1 例 堀泰智 上地正実 小儀昇 2) 北里大学附属動物病院 ( 青森県十和田市東二十三番町 35-1 034-8628) 2) 小儀動物病院 ( 大阪府吹田市高城町 17-3 564-0024) AbdominalUltrasonographyDiagnosisofChronicPancreatitisinaDog. YasutomoHORI, MasamiUECHI, NoboruOGI 2) Veterinary Teaching Hospital, Kitasato University, 23-35-1 Higashi, Towada-shi, Aomori 034-8628, Japan 2) Ogi Animal Hospital, 17-3 Takagi-cho, Suita-shi, Osaka 564-0024, Japan Received 4 February 2005 / Accepted 25 August 2005 SUMMARY:A12-year-oldmixed-breeddogwasreferredtouswithfacialedemaandabdominalenlargement.Hypoproteinemiaandhypoalbminemiawasfoundinbloodtests.Radiographyrevealedthepresenceofascitesandpleural effusion.sinceultrasonographyrevealedadull-edgedliver,dilatedbileduct,enlargedpancreas,andthickened duodenum,thediseasewassuspectedtobechronicpancreatitis.fromthesefindings,poorprognosiswaspredicted,andthedogwaseuthanized.histopathologicallythedogwasdiagnosedwithcholecystitis,chronicpancreatitis,andlymphocytic,plasmacyticenterititis.inthiscase,abdominalultrasonographywasusefulfordifferential diagnosisofchronicpancreatitis.thus,abdominalultrasonographycanbehelpfulinmakingadifferentialdiagnosis ofchronicpancreatitis. KEYWORDS:abdominalultrasonography,chronicpancreatitis,lymphocytic-plasmacytic-enterititis (J Anim Clin Med,14(3)99-103,2005) 要約 :12 歳齢の雑種犬において顔面浮腫, 腹囲膨満がみられた 血液生化学検査では低蛋白血症, 低アルブミン血症がみられ, 単純 X 線検査では腹水, 胸水が確認された 腹部超音波検査では肝臓辺縁の鈍化, 胆管拡張, 膵臓の腫大, 十二指腸の肥厚が認められたことから慢性膵炎が疑われた 症例は予後不良と判断されたため安楽死とした 病理解剖検査ならびに病理組織学的検査の結果, 胆嚢炎, 慢性膵炎, リンパ球形質細胞性腸炎と診断された 膵臓の腫脹, 辺縁鈍化がみられた本例では, 慢性膵炎の鑑別診断に腹部超音波検査が有用であった キーワード : 超音波検査, 慢性膵炎, リンパ球形質細胞性腸炎 ( 動物臨床医学 14(3)99-103,2005) 慢性膵炎は, 持続性の炎症性疾患であり特異的な検査法がなく, 症状の個体差が大きく発症しても特異的な徴候を示さないことが多い [9] このことから慢性膵炎はバイオプシーや試験開腹などの生検材料の病理組織検査により診断される 今回我々は, 腹部超音波検査を実施し たところ慢性膵炎が疑われた犬に遭遇し, 興味深い所見を得ることができたのでこれを報告する 症例は推定 12 歳齢の雑種犬 ( 未去勢雄 ), フィラリア症の既往歴があったが, 治療を受け初診時のフィラリア抗原検査は陰性であった およそ 8 カ月前から不定期的
100 堀泰智上地正実小儀昇 に下痢がみられた 第 1 病日には顔面浮腫と腹部の波動感がみられ, 体重は25 であった 血液生化学検査では血清総蛋白 (4.4g/ ) および血清アルブミン濃度 (1.89 g/ ) の低下が認められた 第 120 病日には低蛋白血症 低アルブミン血症に加え肝酵素の軽度上昇がみられた (Table 血清 C- 反応性蛋白濃度は 0.6 と低値であった 本例ではトリプシン様免疫活性測定は実施していない 単純 X 線検査において, 胸水と腹水の貯留が認められた (Fig.1a,b) 胸水は水様で乳白色を呈し, 比重 1.025, 蛋白 1.6g/ であった 腹水は 4000 採取され, 性状は胸水と同様であり, 比重 1.025, 蛋白 1.8g/ であった 腹水 胸水の細胞診では悪性腫瘍を示唆する異常細胞は検出されず, 好中球およびマクロファージを主体とした炎症性細胞が散在性にみられた 腹水 胸水は精査を行っておらず乳白色を呈した原因は不明である 腹部超音波検査では腹水の他に, 肝臓辺縁の鈍化, 胆嚢壁の高エコー源性, 総胆管拡張 ( 約 12.4 ) が確認された (Fig.2a,b) また, 膵臓の混合エコーと辺縁鈍化がみられ, 厚さは膵体部で 15.3, 膵右葉で 14.5 とそれぞれ腫脹していた (Fig.3a,b) 十二指腸横断面では腸管 5 層構造の不明瞭化と部分的な肥厚 ( 最大 6.5 ) が認められた (Fig.3a) 肝炎, 膵炎, 十二指腸炎を疑いアンピシリン クロキサシンナトリウム, チオプロニン, メシル酸カモスタット, アミノ酸製剤を投与し, 浮腫に 対する対症療法としてジゴキシン, フロセミド, スピロノラクトン, マレイン酸エナラプリルの投与を行った 第 150 病日には削痩し体重減少 (16.6 ) がみられた 腹部超音波検査所見では膵右葉の辺縁鈍化と腫脹の進行 ( 厚さ26 ), 総胆管拡張の進行 ( 最大 16.6 ), 腹水の再貯留がみられた (Fig.4a,b) 第 180 病日に生検組織の採材を目的とし試験開腹を行った 開腹時, 大網および腸管全体は腫脹と発赤がみられ, 膵臓の腫脹, 肝臓の萎縮と辺縁鈍化, 総胆管の拡張がみられた (Fig.5) これらの所見に加え, 症例は胸水 腹水の貯留が軽減されず, 穿刺 吸引を行っていたが, その間隔が短くなっていたことから予後不良と判断し安楽死の後に病理解剖を
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102 堀泰智上地正実小儀昇 行った 剖検時, 心臓は右心房が拡張し, 両房室弁は粘液腫状に肥厚していた 病理組織検査では, 膵臓には被膜の肥厚と炎症が認められ, 小葉間には膵臓実質の壊死が認められた それらの周囲には線維増生も認められたが, 炎症反応に乏しかった 十二指腸には粘膜固有層に多数の形質細胞, リンパ球浸潤が認められ, 粘膜の表層部分は糜爛を呈し, 漿膜面は浮腫性に肥厚していた 肝臓では胆管周囲の線維増生が認められ, 小胆管の増生を伴っていた 小葉中心部の肝細胞は軽度に萎縮し, 類洞内うっ血と肝細胞内のヘモジデリン沈着が認められた 以上より慢性膵炎, 十二指腸のリンパ球形質細胞性腸炎, 肝臓の軽度な胆管増生と慢性うっ血肝, 慢性腹膜炎と診断された 考察慢性膵炎は膵臓の病理検査により確定診断が得られる 急性膵炎における超音波所見としては膵臓腫大, 輪郭の不明瞭な膵領域での低エコー像, 隣接する胃 十二指腸壁の肥厚 (>5 ), 胆管拡張とされる [8,10] 一方で, 慢性膵炎では必ずしも急性膵炎で認められる超音波所見が得られるわけではない [4] 本例では膵実質が混合エコー像を示し, 厚さは 10 を超え ( 正常で 10 以下 ), 辺縁が鈍化していたことから膵臓の腫脹の所見が得られていた [2] また, 正常犬では肝外胆管は通常 1 3 以下であり, 超音波で描出は困難である [5,9] しかし, 本例では総胆管が約 12.4 と拡張していた さらに正常犬では超音波による十二指腸壁の厚さは5 以下で,5 層構造が確認されるが [6,7,11], 本例では 5 層構造の不明瞭化しており, 横断面での不規則な肥厚が認められた 以上 の超音波所見より膵炎が示唆され, 急性膵炎でみられる臨床徴候や血液検査, 血液生化学検査における白血球数の増加, アミラーゼ, リパーゼの上昇がみられなかったことから慢性膵炎と診断した これらの生前の所見は, 剖検による病理検査所見と一致していた 炎症性腸疾患は血液検査, 血液生化学検査,X 線検査では異常所見がみられない場合があり [3], 小腸生検により確定診断が得られる 猫の炎症性腸疾患では超音波検査において腸壁 5 層構造の不明瞭化, 粘膜層の肥厚や腸間膜リンパ節の腫大とエコー源性の低下が認められたとの報告もある [1] 本例では腸管の部分的な肥厚と5 層構造の不明瞭化が認められたが, 慢性膵炎によって腸管壁肥厚が起こることも知られている [7] 生前には小腸生検を行っておらず, リンパ球形質細胞性腸炎の診断は困難であった 腹水の原因としては, 低アルブミン血症による漏出性腹水が疑われた しかし, 病理検査で慢性腹膜炎も確認されたことから滲出液の関与も示唆された 急性膵炎に伴う腹水では, 腹水中のアミラーゼおよびリパーゼが上昇することもある [8] このため, 慢性膵炎においても腹水中のアミラーゼおよびリパーゼ活性の測定が診断の一助になることが推察される 本例は間歇的下痢と浮腫を主訴とし, 血液検査, 血液生化学検査, 単純 X 線検査を行ったが慢性膵炎の確定診断は得られなかった 超音波検査では肝臓, 肝外胆管, 膵臓ならびに十二指腸に異常所見が得られ, 慢性膵炎が強く疑われた 病理検査により慢性膵炎と診断されたことから, 本例では腹部超音波検査が慢性膵炎の診断に有用であった
超音波検査によって慢性膵炎を疑った犬の 1 例 103 引用文献 BaezJ.L.,HendrickM.J.,WalkerL.M.,WashabauR.J.: Radiographic,ultrasonographic,andendoscopicfindingsincatswithinflammatoryboweldiseaseofthe stomachandsmallintestine:33cases(1990-1997) JAmVetMedAssoc,215,349-354(1999) 2)HowardE.E.,GeorgeC.C.:( 望月公子訳 ) 新版 犬の解剖学, 第 2 版,396-397, 学窓社, 東京 (1985) 3)JergensA.E.,MooreF.M.,HaynesJ.S.,MilesK.G.:Idiopathicinflammatoryboweldiseaseindogsandcats: 84cases(1987-1990),JAmVetMedAssoc,201,1603-1608(1992) 4)MichaelS.:ClinicalMedicine 犬と猫の診断と治療, 岩崎利郎訳, 初版,308-315, インターズー, 東京 (2004) 5) 宮林孝仁 : 画像診断の最新情報, 初版,17-20, 日本動物病院協会, 神奈川 (1996) 6) 宮林孝仁 : 画像診断の最新情報, 初版,25-29, 日本動物病院協会, 神奈川 (1996) 7)MoonM.L.,BillerD.S.,ArmbrustL.J.:Ultrasonographic appearanceandetiologyofcorrugatedsmallintestine, VetRadiol&Ultrasound,44,199-203(2003) 8)NelsonR.W.,CoutoC.G.:Smallanimalinternalmedicine,2nd,555-575,mosby(1998) 9)NylandT.G.,MatoonJ.S.: 犬と猫の超音波診断学, 廣瀬昶監, 第 2 版,93-124,インターズー, 東京 (2004) 10)NylandT.G.,MatoonJ.S.: 犬と猫の超音波診断学, 廣瀬昶監, 第 2 版,145-155,インターズー, 東京 (2004) 1NylandT.G.,MatoonJ.S.( 廣瀬昶 監訳 ): 犬と猫の超音波診断学, 第 2 版,203-210,インターズー, 東京 (2004)