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Transcription:

鷹屋光俊 *1 近年六価クロム (Cr(VI)) の有害性が見直され, より低濃度まで管理する必要性がでてきた. そこで, 従来 Cr(VI) の分析に用いられていたジフェニルカルバジド吸光光度法にかえて, イオンクロマトグラフィーを用いた方法が, 米国より提案され,ISO16740 国際規格にもなっている. この方法は, 提案国の米国製の装置以外で分析した例がなかったため, 本研究では, 国内 3 社のイオンクロマトグラフ用カラムを用いて ISO16740 が実施可能か評価した. その結果, 分析そのものは可能だが, 妨害物質との分離が十分に行えない可能性があることがわかった. この他, キャピラリー電気泳動を用いた分析も検討し,ISO 法とほぼ同等の濃度まで Cr(VI) 管理を行える可能性を確認した. キーワード : 六価クロム,Cr(VI), クロム酸, 二クロム酸, イオンクロマトグラフィー, キャピラリー電気泳動 1 緒言六価クロム ( 以下 Cr(VI)) はその有害性が広く知られている物質であり 1-10), メッキミストや防錆顔料など Cr(VI) を取り扱う作業上で, 空気中 Cr(VI) の濃度測定が行われてきた. 我が国においても,Cr(VI) を含む物質である, クロム酸およびその塩, 二クロム酸およびその塩が, 労働安全衛生法における特定化学物質に指定され, クロムとして,0.05mg/m 3 の管理濃度が設定されている. 近年,Cr(VI) の有害性が再評価され, より低濃度に Cr(VI) 濃度を管理する必要性が指摘されている. たとえば, 米国労働安全衛生庁 (OSHA) は,Cr(VI) の許容濃度 (PEL) を 2006 年に 0.1mg/m 3 から 0.005mg/ m 3 へと 20 倍厳しい値に改訂した 11). 従来 Cr(VI) の濃度測定には,Cr(VI) とに反応し, 赤紫 ( 吸収極大波長 λ=540nm) を呈する 1,5- ジフェニルカルボノヒドラジド ( 通称ジフェニルカルバジド ) を硫酸酸性で Cr(VI) を含む溶液と反応させて測定する吸光光度法が用いられていた 12-20) が, 鉄やバナジウムなど共存物質の妨害をうけることもあって, 新 PEL レベルでの管理が困難であり, より低濃度まで管理できる Cr(VI) 分析方法が必要とされている. 吸光光度法より低濃度まで対応可能な Cr(VI) 分析法として, 米国 NIOSH を始め,OSHA, 英国 HSE 等の標準分析法として採用されているイオンクロマトグラフィーにポストカラム発色法を組み合わせた方法 (IC- PC) 法があり, この方法は高感度 Cr(VI) 分析法として, ISO16740:2005 として国際規格となっている 20-24). ISO16740:2005 をはじめとした各国の規格では, 移動相に硫酸アンモニウム-アンモニア緩衝液 (ph8) を用い, 固定相 ( カラム充填剤 ) には陰イオン交換樹脂を用いている. また, 空気中粉じん粒子をイオンクロマトグラフ用の試料溶液とするための前処理として, 水溶性 Cr(VI) については, 水あるいは移動相を用いた抽出 不溶性 Cr(VI)( クロム酸鉛, クロム酸亜鉛など ) は, *1 環境計測管理研究グループ. 水酸化ナトリウム- 炭酸ナトリウムの混合溶液 ( 所謂 NIOSH 溶液 ) を用い, ホットプレートで加熱, あるいは超音波を加えて Cr(VI) を溶液に抽出する方法が規定されている. 2 ISO16740 を日本の規格とする際の問題点図 1に ISO16740 で用いられるポストカラム発色法イオンクロマトグラフィー装置の概略をしめす.ISO16740 に準じた方法を我が国の規格に導入する場合に問題となると考えられるのは, 図中 Dionex AG-7 /AS-7 という型番で示されている分離カラムである. これは, 陰イオン交換樹脂をポリエチルエーテルケトン (PEEK) 樹脂でできたカラムに充填したイオン交換カラムであり, 本分析法の精度 再現性などはこのカラムの性能 特性に依存する.NIOSH, OSHA などの米国政府の規格の他, 民間ベースの ASTM 規格では, いずれも米国 Dionex 社が製造する AS-7 が指定されている.ISO16740 では, 1 社の製品を指定する訳にはいかないので, suitable column を使用せよ, と規格に書いてあるが, 現在のところ文献資料などで実績があるのは Dionex 社のものだけである.ISO16740 を規格に採用することは, 特定の企業の製品の使用を義務づけることと同義になってしまう. 実際に筆者が委員として参加したある JIS 規格の改訂委員会でも問題視され,ISO 法を含む複数の方法 ( ジフェニルカルバジド吸光光度法, 原子吸光法 ) の並記が必要であるという結論に至った例がある. 当該 JIS に関しては, その目的からジフェニルカルバジド吸光光度法や原子吸光法の感度でも対応可能であったが, 将来的に Cr(VI) の労働環境中濃度を米国の PEL 並に管理する必要性が出た場合, 現状では,ISO16740 しか選択肢がないという問題がある. 本研究ではこの問題を解決するために 2 つの研究をおこなった. 一つは,ISO16740 による Cr(VI) 分析を Dionex AG-7/AS-7 以外で行うことの可否, もう一つは, 別の装置を用いて,ISO16740 と同程度の感度を有する労働環境空気中 Cr(VI) 分析の開発である. - 195 -

労働安全衛生総合研究所特別研究報告 JNIOSH-SRR-NO.40(2010) 図 1 IS 16740 の装置 3 ISO16740 における各種カラムの評価イオンクロマトグラフ用のカラムの種類は多い, ISO16740:2005 で使用可能であると予想されるカラムは, 表 1に示す条件を兼ね備えている必要がある. 表 1 ISO16740:2005 に使用可のとなるカラム ( 充填剤 ) の条件性質理由サプレッサー型分析対象が多価陰イオンである. 陰イオン交換用不溶性試料溶液のイオン強度が大きい. ポーラスポリマー移動相がアルカリ性なので, シリカゲル表面修飾型では, 固定相が溶解してしまう可能性がある. 四級アンモニウム使用する移動相の ph 領域でもイオン交換能を有するため 図 2 クロマトグラムの例 これらの条件を満たすカラムとして, 東ソー TSKgel SuperIC-AP, 日立化成 Gelpack GL-IC-A23, 昭和電工 IC-SI-90 4E の 3 種類のカラムを選択し, 水および移動相に二クロム酸カリウムを溶解して調製した 0.1-1ppm の Cr(VI) 溶液を試料としてポストカラム発色 - イオンクロマトグラフ分析を行い, 定量性 再現性などを検証することとした. 測定にはに用いたイオンクロマトグラフィーは, カラム以外はすべて,Dionex 社の標準的な構成で, ポンプは IP25 PEEK 製イソクラティックポンプ, ポストカラム発色液送液ポンプは PPU510, 検出器 VWD を用いた. その他の条件も ISO16740 に従い, 移動相には,0.2M(NH 4 ) 2 SO 4 /0.1M NH 4 OH を 1mL/min で送液し, ポストカラム発色剤は,0.5M H 2 SO 4 /0.1M DPC/10% メタノール水溶液を 0.5mL/min で送液し, 検出波長 540nm で測定を行った. 図 2 に 1ppm の試料水溶液を各種カラムで分析した際のクロマトグラムをしめす. また, 表 2 に試料水溶液を分析した際の保持時間とピーク面積の一例を示す. カラム型番 / 製造業者 表 2 標準試料の分析例 (1ppm 水溶液 ) 長さ (cm) 保持時間 ( 分 ) ピーク面積 (m AU 分 ) AS-7/Dionex 25 6.85 22.9 TSK-gel super anion / 東ソー 7.5 1.92 23.1 Shodex SI-90-4E / 昭和電工 25 3.26 22.8 IC-A23/ 日立化成 15 2.25 22.2 表 2 に示すように, カラムにより検出されたピークの面積は大差なく, 特に六価クロムがカラムの充填剤と強く結合して, 溶離されないなどの問題は見られなかった. ただし, 国内のカラムの保持時間はいずれも短かった. カラム長 7.5cm の TSK-gel に関しては 15cm のカラムを用いれば,AS-7 よりも短いものの 4 分程度の保持時間があるものと推定されるが,SI-90-4E は, カラム長が AS-7 と同じなのに保持時間は半分以下である. この保持時間からいえることは,ISO 規格で規定された移動相の ph 領域では, カラム充填剤が固定相として機能し - 196 -

ていない可能性があり, クロマトグラフによる妨害物質分離効果が期待できない可能性が高いということである. 従って, イオンクロマトグラフの検証をさらに行う必要があるという結果だった. 4 キャピラリー電気泳動による代替法キャピラリー電気電気泳動 (CE) という装置で労働環境空気中の Cr(VI) 分析を行う方法の開発を試みた. CE は, ガラス細管 ( キャピラリー ) 中に電解質溶液をいれ, 試料の端からサンプル溶液を注入した後, キャピラリーの両端に高電圧を印加して, 試料を分離, 紫外可視吸収 (UV) で検出する方法である. この方法は, 非常に高い分離能で試料と不純物を分離することができるほか, キャピラリー内に注入する泳動用の溶液と, 試料の電気伝導度を調整することにより, キャピラリー内で試料を最大で数百倍濃縮することが可能である. また, CE 装置は, 電解メッキ液の品質管理に用いられているため,Cr(VI) の使用がおおい, メッキ工場で,CE 装置を保有している場合も多いという利点もある. 電圧はキャピラリー内のサンプル溶液と泳動溶液に分配され, 事実上電気抵抗の高いサンプル溶液のみに電圧が加わりサンプル溶液内のイオンは泳動溶液との境目まで運ばれる. それとともに, キャピラリーの先端から電気抵抗の低い泳動溶液が供給されるため, キャピラリー内の電気抵抗は均一になる. その時点でサンプル溶液内にあった分析対象イオンは, 初期状態のサンプル溶液と泳動溶液との界面付近に濃縮される. キャピラリー内の電気抵抗が均一になった時点で自動的に電気泳動分離が始まる. これが FASS の原理である. FASS を行うためには, 溶媒を構成するイオンと目的物質イオンの移動速度が適切な比になるように調整する必要がある. クロム酸イオンは移動速度が非常に速いイオンの一つであるため, 溶媒には塩化物イオンを用いることとした. また, 泳動溶液内の ph 変動を少なくするために, 泳動溶液は酸塩基 (ph) 緩衝液とする必要がある. 初期状態 濃縮中 電位差 移動速度 図 3 キャピラリー電気泳動の模式図 CE での試料検出は UV 検出であるため, 高感度で Cr (VI) を検出する場合は,Cr(VI) 吸光度の強い物質に変換するか, 上述したキャピラリー内の試料濃縮を利用する必要がある. 筆者はかって, クロムをアセチルアセトンと反応させて CE で高感度測定を行う分析法を開発したが, この方法は Cr(VI) だけではなく,Cr(III) も一部検出されてしまうことと, 試料の前処理に時間が掛かるという問題があった. 本研究では, クロム酸イオンがもつ 370nm 付近の強い紫外線吸収と, キャピラリー内での濃縮を併用して Cr(VI) の高感度分析を試みた. 試料の前処理は ISO16740 と同じ方法を用いることとし, ISO16740 の手順に従って処理をした, クロム酸の 0.4% 水酸化ナトリウム- 0.6% 炭酸ナトリウム溶液を試料溶液として分析条件の最適化を行った. CE による試料濃縮方法はいくつか知られている 25) が, 今回は, 電場増幅スタック (Field Amplified Sample Stacking; FASS) 法を用いた. 図 4 は FASS の原理を示したものである. 試料溶液よりも電気伝導度が高い (= 電気抵抗が低い ) 泳動溶媒を用いることにより, 相対的に電気抵抗が高いサンプルプラグ内に電位差を集中させ, サンプルプラグと泳動溶媒の境目に目的イオンを集中させる方法である. 図 4の1 番上の初期状態で高電圧をキャピラリー全体に加えると, オームの法則に従って 分離開始図 4 ASS 法の原理 ( 電位差がある部分だけ溶液中のイオンが動くことを利用して試料濃縮する.) 塩化アンモニウム溶液を使えば塩化物イオンを加えた状態で緩衝液とすることは可能だが, 泳動途中で塩化物イオン濃度がキャピラリー内で変化する可能性があるため,pH 緩衝能は, 四ホウ酸ナトリウム溶液を用い, 塩化物イオンは,pH には影響がない塩化ナトリウムとして加えることとした.CE 分析では, 一般に, より高い電圧を加えた方が分離性能は向上する. キャピラリーを太くすれば分離が悪くなるが,UV 検出部で光が通る長さが長くなるため感度は向上する. しかし, 本分析法では, 用いる試料溶液 (0.4% 水酸化ナトリウム- 0.6% 炭酸ナトリウム ) の電気抵抗が低いため, 泳動溶液の電気抵抗を試料溶液よりもさらに引くすする必要があり, その結果, キャピラリー全体の電気抵抗も低くなる. そのため, 印加電圧を上げるとジュール熱の影響でキャピラリー内で溶液の対流が発生するなどして分析がおこなえなくなる. これらの相反する条件について実験による最適化を図った結果, 泳動溶液は 0.5M 塩化ナトリウム -0.05M 四ホウ酸ナトリウム, キャピラリーは内径 50µm で全長 500mm, 有効長 ( 入り口から光検出部までの長さ ) 378mm で印加電圧 -6kV という最適条件を得た. この条 - 197 -

労働安全衛生総合研究所特別研究報告 JNIOSH-SRR-NO.40 2010 図 5 に比べ図 6 では ベースラインの揺らぎは見えな 件で 10ppb の Cr VI の定量がおこなえた これは 試料空気を捕集したフィルター上での Cr VI 量では いが これは試料濃度の違いによるスケールの違いによ 250ng に相当し 100ng の ISO16740 には及ばないものの る このように同一条件で広い濃度範囲での分析が可能 十分に低濃度まで Cr VI の管理が可能な分析法である だが さらに 本方法では 装置のリコンディショニン 以下のデーターは大塚電子製 Capi-3300 によるが CE グ等を行わずに 試料注入量 濃縮率 を変更するだ として使用台数が多い Agilent 製 G1600 でも ほぼ同 けで 広い濃度範囲に対応することが可能である これ 一条件 機器の設計上 キャピラリーの全長と有効長の は 試料の再捕集が非常に難しい空気中試料の濃度測定 差が異なる で分析できることを確認している 分析結 を行わなければならない労働環境空気中の濃度測定にお 果の一例として図 5 に 0-50ppb までの試料溶液のエレク いては 大きな利点である absorbance(370nm)/abu 1.0 10 Electropherograms of K 2 Cr 2 O 7 in insoluble extract. solu. BGE 0.5M NaCl+50mM borax -6kV 50um-37.8-50cm date:2006/nov/01-02 -3 absorbance_0ppb absorbance_1ppb absorbance_2ppb absorbance_5ppb absorbance_10ppb absorbance_25ppb absorbance_50ppb absorbance_500ppt 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 2 4 6 8 10 12 time/min 図5 標準試料のエレクトロフェログラム 100 4 結論 absorbance (370nmn) /mau Cr VI を低濃度まで管理する方法として ISO16740 80 を規格の元となった文献で使用した Dionex AG-7/AS-7 absorbance(370nmn)/mau と異なるイオン交換カラム で実行可能かどうか調べる 研究の結果 分析そのものは可能だが多くのカラムでは 60 妨害物質との分離性能が十分ではない可能性があるとい 40 う結論だった 実際に AG-7/AS-7 以外のカラムで分析 を行う場合は 利用者自身が想定される妨害物質との分 20 離は十分かどうか検証を行う必要がある Dionex 以外 の装置を用いた ISO16740 による Cr VI 分析には問題 0 点も残るため 代替法として CE を用いた分析法を開発 0 図6 5 time/min 10 し 一応の完成をみた ただし CE そのものは 広く 15 普及している装置とはいえない面がある より一般に普 及している装置として 原子吸光や ICP-AES による Cr 溶接ヒューム中のCr VI のエレクトロフェログラム VI の分析法の確立が重要だと考えている ICP-AES トロフェログラムを重ねがきしたものを示す については 予備的な検討の結果 妨害物質の影響評価 共存物質の妨害に関する検証例として 図6ステンレ など 相当量の研究を行う必要があるが 労働環境中の ス溶接ヒューム試料のエレクトロフェログラムを示す Cr VI 分析法として有望であり 本研究課題終了後も 図に示すように Cr VI 以外のピークは観測されず 別の研究課題として研究を継続し 分析方法を提供した 鉄などの妨害物質の影響はない いと考えている 198

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