トピックス Ⅴ. 酸塩基平衡異常 酸塩基平衡異常 要旨 体内で産生される酸は過不足なく腎臓から排泄され, そのための尿酸性化のメカニズムが存在する. したがって, 腎臓の様々な異常により酸の排泄が障害され, 代謝性アシドーシスが現れる. 一方, 最近, 代謝性アシドーシスが骨や蛋白代謝だけでなく, 腎機能にも影響を与えることが明らかになっており, 酸血症の補正が重要なCKD(chronic kidney disease) 対策の1つとなっている. このような観点から, 腎臓と酸塩基代謝異常の関連について概説する. 要伸也 日内会誌 104:938~947,2015 Key words 代謝性アシドーシス, 酸血症, アニオンギャップ, 有機酸, 酸血症,Henderson-Hasselbalch の式 はじめに本稿では, 酸塩基平衡の基本とその異常につき, 特に腎不全との関連に触れながら解説する 1,2,3). 1. 酸塩基平衡の生理的メカニズム血中 (= 細胞外液 ) のpHは7.40±0.02と弱アルカリ性に保たれている. これはH + イオン濃度 40±2 neq/l に相当する. 1) 揮発性酸と不揮発性酸の産生揮発性酸 (volatile acid) とは炭酸 ([H2CO3]) のことをいう. 炭水化物, 脂肪から炭酸ガス (CO2) の形で生成され,1 日約 15,000 meq/ 日が肺から排出される. 一方, 蛋白質 ( アミノ酸 ) の代謝産物として約 100 meq/ 日の酸が生成され, 腎臓から排出される. これにリン酸 ( 核酸, ATPなどの代謝産物, 約 30 meq/ 日 ) が加わり, アルカリ食品 ( 野菜, 果物など ) による塩基分 ( 約 60 meq/ 日 ) を差し引くと,1 日約 50~ 70 meq/ 日 ( 約 1 meq/kg 体重 ) の不揮発性酸が産生され, これと等量の酸が腎臓から排泄されることになる. 2) 緩衝系とは? 生成された不揮発酸は, 血中, および細胞内の緩衝物質によって直ちに消去され,pH の変化を最小限に止めている. 緩衝系としては, 細胞外液では重炭酸緩衝系が60% を担っており, そのほか細胞外では骨緩衝系, ヘモグロビン緩衝系, 細胞内ではHPO4 2- や蛋白緩衝系がやや遅れて作動する. 杏林大学第一内科 Kidney Diseases and Metabolic Disorders Basics and Applications Required for General Physicians. Topics:V.Acid-base disorders and kidney disease. Shinya Kaname:First Department of Internal Medicine, Kyorin University School of Medicine, Japan. 938 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号
特集 腎臓病と代謝障害 内科医に求められる基礎と応用 図 1 Lumen HCO 3 - H 2 O Na + H + H 2 CO 3 CA IV + Na + CI - H 2 O PROXIMAL TUBULE NHE-3 CA II CO 2 CO 2 H 2 CO 3 NBC-1 Blood Na + - 3 HCO 3 3 Na + ATP 2 K + K + H 2 O 近位尿細管における重炭酸イオンの回収機構 - CORTICAL COLLECTING TUBULE Lumen α intercalated cell Blood H + H + -ATPase AE1 ATP - HCO 3 = HPO 4 H 2 CO 3 CI - H +, K + -ATPase Cl - NH 3 H + 3 Na + ATP ATP K + CA II 2 K + K + CO 2 H 2 O K + - + H 2 PO 4 NH 4 - + 図 2 遠位尿細管における酸排泄機構 3)Henderson-Hasselbalchの式とは? 重炭酸緩衝系では, 炭酸 ( 酸 ) と重炭酸イオン ( 塩基 ) の間に,K=[H + ][HCO3 - ]/[ H 2CO3]) が成り立ち, 変形すると,pH=pK+log ([HCO3 - ]/[ H 2CO3]) となる. 体液中では H2CO3=0.03 pco2(mmhg) の平衡関係にあり,pK=6.1 より, ph=6.1+loghco3 - /0.03 pco2 が成り立つ. これをHenderson-Hasselbalchの式という. これより, 血中のpHは,pCO2( 肺 ; 呼吸器系 ) とHCO3 - ( 腎 ; 代謝系 ) で規定されることがわかる. 4) 呼吸による酸塩基調節酸の負荷により細胞外液中のpHが低下すると, これを呼吸中枢が感知し, 換気亢進によってCO2 ガス分圧を低下させ, 血中 phを元に戻そうとする機序が働く. これを呼吸性代償といい, 逆に代謝性アルカローシスがあれば換気は抑制される. このような代償機転は比較的速く生じ ( 数時間以内 ), その範囲も決まっている. 5) 腎による酸排泄の仕組み体内で産生された酸は緩衝系による消去の過程でHCO3 - を消費するため, 等量のHCO3 - を取り戻さなければならない. 腎臓はこの作業を, 1 近位尿細管におけるHCO3 - の回収,2 皮質集 合管におけるH + 分泌 (HCO3 - 新生 ) の2つに分けて行っている. (1) 近位尿細管におけるHCO3 - の回収濾過された大量のHCO3 - は, 全てがいったん近位尿細管で再吸収 ( 回収 ) される. 機序としては, 管腔側膜に存在するNa + /H + exchanger (NHE3) を介してH + が分泌され, これが濾液中のHCO3 - と反応してH2CO3 となり, 刷子縁に存在する炭酸脱水酵素 (carbonic anhydrase IV) の働きによってCO2 へ変換される ( 図 1). 拡散により尿細管細胞内に入ったCO2 は炭酸脱水酵素 (carbonic anhydrase II) により再度 HCO3へ変換され, 最終的にはNa + -HCO3 - 共輸送体 (NBC-1) を介して血管側に移動する. 重要なのは, この過程で新たなHCO3 - の生成や酸排泄は生じないということである. 近位尿細管におけるHCO3 - 再吸収は, 脱水, 低 K 血症, アンジオテンシンII によって増加し, 副甲状腺ホルモンや様々な近位尿細管障害で減少する. (2) 遠位尿細管 ( 皮質集合管 ) におけるHCO3 - の新生 ( 酸の排泄 ) 正味の酸排泄は, 皮質集合管の介在細胞 (type A intercalated cell) におけるプロトン (H + ) 分泌によって行われる ( 図 2). 最終的には等モルのHCO3 - が陰イオン交換体 (anion exchanger 1:AE1) を通じて血中に入り,HCO3 - が新成される.H + 分泌により尿細管内のpHは低く保た 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号 939
トピックス Ⅴ. 酸塩基平衡異常 表 1 代謝性アシドーシスの原因別分類 AGの上昇 ( 有機酸陰イオンの蓄積 ) ケトアシドーシス糖尿病性ケトアシドーシス, アルコール性ケトアシドーシス, 飢餓乳酸アシドーシス (L 乳酸アシドーシス ) A 型 ( 低酸素によるもの ): ショック, 低酸素血症, 一酸化炭素中毒 B 型 ( 低酸素によらないもの ): 肝不全, ビタミンB1 欠乏, 過激な運動 / 痙攣, 悪性腫瘍, 糖尿病薬剤 : ビグアナイド薬, 逆転写酵素阻害薬, プロポフォール, イソニアジド, など中毒 : サリチル酸, エチレングリコール, メタノール, トルエン ( 早期 ), など尿毒症横紋筋融解症ピログルタミン酸 (5 オキソプロリン ) D 乳酸アシドーシス ( 短腸症候群 ) AG 正常 ( 高 Cl 性 ) 酸の過剰投与アミノ酸製剤 ( 塩酸アルギニン, リジン, ヒスチジン ), 馬尿酸, トルエン ( 後期 ) アルカリの喪失 * 下痢近位尿細管性アシドーシス (2 型 RTA), ファンコニ症候群アセタゾラミド喚気亢進改善後尿管 S 状結腸吻合酸の排泄障害遠位尿細管性アシドーシス (1 型 RTA,4 型 RTA) レニン アンジオテンシン系阻害薬アルドステロン拮抗薬 ( スピロノラクトンなど ), トリアムテレン初期の腎不全 * ただし, 下痢では代謝性アルカローシスになることもある. れ ( 最大 ph 4.5まで ), このため,H + がリン酸 (HPO4 - ) やアンモニア (NH3) と結合し, 滴定酸 (H2PO4 - ) やアンモニウムイオン (NH4 + ) の形で尿中に排泄されることになる. 結局,1 尿細管内のpHが十分低いこと,2 十分量のNH3が集合管に到達することの2つが酸排泄にとって必須である. アンモニアは, 近位尿細管においてグルタミンから生成され,NH3 の形で集合管に運ばれる. 滴定酸 (H2PO4 - ) の排泄量は約 30 meq/ 日でほぼ一定であるのに対し,NH4 + は 20~30 meq/ 日から酸血症では 1 日 300 meq 以上まで産生が増加し, 過剰な酸負荷に対応している. 2. 酸塩基平衡の異常 1) 定義酸血症 ( アシデミア ) とは血中 ph<7.38~ 7.35, アルカリ血症 ( アルカレミア ) とは血中 ph>7.42~7.45の状態を指す. 一方, アシドーシス, アルカローシスは酸塩基異常を起こす プロセス を指す言葉である. 代謝性 metabolicとは [HCO3 - ] の変化が一次的の場合, 呼吸性 respiratoryとはpco2の変化が一次的な場合をいう. 2) 代謝性アシドーシスと疾患 原因には, アニオンギャップ (anion gap:ag) が正常なものとAGが増えるもの ( 有機酸の蓄積 ) とがある ( 表 1). 生体は比較的酸血症に耐えられるが, 慢性アシドーシスでは骨, 蛋白代 940 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号
特集 腎臓病と代謝障害 内科医に求められる基礎と応用 表 2 2 型 RTA の原因 選択的 RTA 特発性 (Na + -HCO3 - 共輸送体の遺伝子異常 ) Carbonic anhydrase II 欠損症炭酸脱水酵素阻害薬 ( アセタゾラミド ) Fanconi 症候群 ( 遺伝性 ) シスチン症 (cystinosis),wilson 病 Dent 病,Lowe 症候群遺伝性フルクトース不耐症ガラクトース血症 Fanconi 症候群 ( 後天性 ) 多発性骨髄腫,Bence Jones 蛋白尿アミロイドーシス Sjögren 症候群ビタミン D 欠乏, 二次性副甲状腺機能亢進症 薬剤期限切れテトラサイクリン重金属 ( カドミウム, 水銀, 鉛 ) アリストロキア酸 ( 漢方薬の成分 ) 表 3 1 型 RTA の原因 先天性特発性 (H + -ATPase, アニオン逆輸送体の遺伝子異常 ) Ehlers-Danlos 症候群 elliptocytosis Wilson s disease medullary cystic disease 自己免疫疾患 Sjögren 症候群高ガンマグロブリン血症原発性胆汁性肝硬変 腎石灰症を来たす疾患ビタミンD 中毒原発性副甲状腺機能亢進症甲状腺機能亢進症間質性腎疾患閉塞性腎症腎移植拒絶薬剤アンフォテリシンB 鎮痛剤 謝に影響が現れ,pH<7.0になると生命の危険がある. (1) AGが上昇しないアシドーシス ( 高クロール性アシドーシス ) 1 近位尿細管性アシドーシス (2 型 RTA(renal tubular acidosis)) 近位尿細管の異常により, この部位での重炭酸の再吸収が障害された状態である. 血中 HCO3 がある閾値に達するとそれ以上は進行せず, 遠位尿細管が正常であれば尿酸性化能は保たれる. 確定診断は, 重曹負荷試験によりHCO3 排泄率 (FE HCO3) が15% 以上であることを証明する. 臨床上,2 型 RTAを単独で認めることは少なく, 他の近位尿細管機能 ( 尿酸,Naと共役したアミノ酸 ブドウ糖 リンの再吸収 ) も同時に障害されることが多い (Fanconi 症候群 )( 表 2). 低リン血症によりクル病 成長障害, 骨軟化症などの骨障害をしばしば認めるが,1 型 RTAと異なり腎結石は稀である. 治療には大量のアルカ リ (10~15 meq/kg 体重 ) を要する. 21 型 RTA( 古典的 RTA, 低 K 血症性遠位尿細管性アシドーシス ) 遠位尿細管の間在細胞における尿酸性化能 (H+ 分泌とその維持 ) が選択的に障害された病態であり, 主細胞に異常がなければ低 K 血症を伴う. 臨床的には, 低 K 血症のほか, 尿路結石 腎石灰化の所見が特徴的である ( 表 3). 尿路結石はおもにリン酸 Ca 結石であり, アルカリ尿, クエン酸の尿中排泄低下, 骨融解による高 Ca 尿などが要因として挙げられる. 診断は, 酸血症があっても早朝尿のpHが5.5 以下に下がらないこと, アンモニア排泄障害を反映して, 尿アニオンギャップ ( 尿 [Na + ]+[ K + ]-[ C l - ]) が正の値をとることが診断の手がかりとなる. 確定診断として酸負荷試験 ( 塩化アンモニウム負荷 ) を行う. 治療として, アルカリ補充は1 日酸産生量に相当する1~2 meq/kgでよい. カリウムも同時に補給することが重要で, 通常, クエン 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号 941
トピックス Ⅴ. 酸塩基平衡異常 表 4 4 型 RTA の原因 アルドステロン分泌低下低レニン性低アルドステロン症糖尿病性腎症, 間質性腎障害, など副腎不全アルドステロン単独欠損遺伝性酵素欠損 (21-hydroxylase 欠損など ) 薬剤 RA 系抑制薬 (ACE 阻害薬,Ang II 受容体阻害薬 ) 消炎鎮痛薬ヘパリンシクロスポリン アルドステロンに対する反応低下偽性低アルドステロン症 I 型偽性低アルドステロン症 II 型 (Gordon 症候群 ) 尿細管 間質障害間質性腎炎全身性エリテマトーデス閉塞性腎症薬剤トリメトプリムナファモスタット K 保持性利尿薬 ( スピロノラクトン, トリアムテレン ) 酸カリウム製剤が投与される. 34 型 RTA( 高 K 血症性遠位尿細管性アシドーシス ) 遠位尿細管における酸排泄 ( 間在細胞の機能 ) とK 分泌 ( 主細胞の機能 ) がともに障害された状態である. 原因は大きく分けて,1アルドステロン分泌の低下,2 遠位尿細管の異常 ( アルドステロン不応 ) に分けられる ( 表 4). 2 では, 酸分泌以外の遠位尿細管機能も全般的に障害され,Na 喪失や尿濃縮力障害を合併することが多い. 低レニン性低アルドステロン症 (hyporeninemic hypoaldosteronism) は傍糸球体細胞におけるレニン分泌の一次的障害である. 軽度の腎機能低下にもかかわらず, 高 K 血症を伴う代謝性アシドーシスを伴うときに疑う. 特に糖尿病性腎症, 間質性腎障害でみられる. 治療は, 高 K 対策のほか, 重曹やミネラルコルチコイド類似体投与などを行う. (2)AGが上昇するアシドーシス 1 尿毒症性アシドーシス egfr 30 以下になるとAGが上昇し始め,G5 (egfr 15 以下 ) ではリン酸, 硫酸などの有機酸の排泄障害によりAG 増加型代謝性アシドーシスが顕著になる ( 後述 ). 2ケトアシドーシスケトン体にはアセト酢酸およびその還元型である3 ヒドロキシ酪酸, アセトンの3つがある. ケトン体は, インシュリン欠乏を基礎に脂肪酸が分解され生成される ( 図 3). 原因としては, 1 糖尿病,2 飢餓時,3アルコール多量摂取の 3つがある. このような病態では通常 [NADH]/ [NAD + ] 比が増加するため, アセト酢酸に比べて3 ヒドロキシ酪酸が優位となることが多い. この際, 尿試験紙のケトン反応 (nitroprusside 反応 ) はアセトン, アセト酢酸にしか反応しないため, ケトン体の蓄積があっても反応が陰性になり得ることに注意する. ケト酸の生成速度はせいぜい毎分 1 mmolなので, 顕在化するには数時間 ~ 半日以上かかる. 3L 乳酸アシドーシス L 乳酸アシドーシスには, 組織の低酸素に由来するA 型 ( 循環不全, 低酸素血症, 一酸化炭素中毒など ) と, それ以外のB 型がある. 乳酸は, ブドウ糖の代謝産物であるピルビン酸が嫌気性代謝によって還元されて生ずる ( 図 3). すなわち, もし組織への酸素供給が不足すると, 還元型のNADHが増加し, ピルビン酸からAce- tyl-coaへの代謝が阻害されると同時に, 乳酸脱水素酵素 (LDH) による乳酸への変換が促進される. 低酸素時には,pyruvate+NADH+H + L-lactate+NAD + の反応は急速に進むため, 乳酸アシドーシスも短時間 ( 分のオーダーで ) で高度に達し得る ( 最大毎分 72 mmol). 一方,B 型の多くは肝障害が基礎にあり, 生成のスピードは比較的ゆっくりである. 薬剤性 ( ビグアナイ 942 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号
特集 腎臓病と代謝障害 内科医に求められる基礎と応用 ブドウ糖 ATP ADP NAD + NADH+H + NADH+H + NAD + ピルビン酸 LDH 乳酸 アシル NAD PDH + グリセロール thiamine エステル化 NAD + NADH+H + NADH+H + NADH+H + NAD + 遊離脂肪酸 Acyl-CoA Acetyl-CoA アセト酢酸 3 ヒドロキシ酪酸 β 酸化非酵素的脱炭酸 酢酸 クエン酸 アセトン ケトン体 エタノール アセトアルデヒド OAA NAD + NADH+H + クエン酸回路 ミトコンドリア 図 3 代謝経路と乳酸アシドーシス ケトアシドーシス ( 文献 3 より ) ド, サリチル酸など ) による乳酸アシドーシスもB 型に分類される. チアミンthiamine( ビタミンB1) はピルビン酸脱水素酵素の補酵素であり, その欠乏により乳酸アシドーシスとなる. 3) 代謝性アルカローシスと疾患代謝性アルカローシスはHCO3 - 負荷または H + イオン喪失のいずれかで生じ, 後者には腎臓からの喪失と腎臓以外 ( 主に消化管 ) からの喪失の2つがある ( 表 5). 一方, 治療を念頭に置くと,NaClの投与に反応するCl 反応性と反応しないCl 抵抗性のものに分けて考えると便利である. 両者は尿中のCl 濃度で鑑別できる. (1) 生成過程と保持機構代謝性アルカローシスが持続するには,1 生成因子 ( アルカリの負荷, 酸喪失 ) のほか,2 アルカローシス維持因子が同時に働かなくてはならない. 維持因子には, 有効循環血漿量の低下, 脱水が重要で, 他に低 K 血症, ミネラルコルチコイド過剰,GFR 低下などがある. 一方, アルカローシスでは低 K 血症傾向となるため, 代謝性アルカローシスと低 K 血症は合併することが多い. 脱水などの場合, アルカローシスがあるにもかかわらず, 尿は逆に酸性に傾くことが多く, これを逆説的酸性尿 (paradoxical aciduria) と呼ぶ. 逆に, アルカリ尿であれば嘔吐かアルカリ過剰摂取を考える. (2) 所見と鑑別診断代謝性アルカローシスでは低カリウム血症を伴うことが多い. ミネラルコルチコイド過剰や利尿薬などは両者の原因になるが, アルカローシス自体が,1 近位尿細管におけるHCO3 - の再吸収を亢進させ,2 遠位尿細管の間在細胞のH + -K + ATPaseポンプを介してK + の再吸収とH + の分泌を増やすためと考えられる. 鑑別には尿中のNa,Cl,pHが有用である ( 表 6). 補足 : 血液ガスの読み方いくつかの方法があるが, 最も一般的な生理的アプローチ (physiological method) について説明する 4).Base-excess 法,Stewart 法について 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号 943
トピックス Ⅴ. 酸塩基平衡異常 表 5 代謝性アルカローシスの原因別分類 Cl 反応性 ( 尿中 Cl 濃度は低い<20 meq/l) 酸の喪失嘔吐, 胃液吸引,Zollinger-Ellison 症候群過去の利尿薬使用大量の発汗ペニシリン大量投与有機陰イオンのHCO3 への変換 ( クエン酸, 酢酸, 乳酸, ケト酸の塩 ) 呼吸性アシドーシスの改善後 (posthypercapnic alkalosis) クロール喪失性下痢 Cl 抵抗性 ( 尿中 Cl 濃度は比較的高い>20 meq/l) ミネラルコルチコイド過剰状態原発性アルドステロン症, クッシング症候群グリチルリチンの服用レニン分泌の亢進 : レニン産生腫瘍, 腎血管性高血圧, 悪性高血圧 Bartter 症候群 Liddle 症候群 Mg 欠乏利尿薬の投与中アルカリの負荷重曹の投与ミルク アルカリ症候群大量の輸血 ( クエン酸の負荷 ) 表 6 尿中濃度 原因 Na Cl K ph 低値 低値 低値 <6.5 過去の利尿薬服用, 嘔吐 高値 高値 高値 <6.5 最近の利尿薬,Bartter 症候群,Mg 欠乏 高値 低値 高値 >7.0 最近の嘔吐, アルカリ服用 高値 低値 高値 <6.5 非吸収性陰イオン は他を参照されたい 5). ステップ1: 血液ガスのpHにより, アシデミアかアルカレミアかを判断する. ステップ2: アシドーシス, アルカローシスの一次的原因が代謝性か呼吸性かを判断する. ステップ3: 呼吸性または代謝性の代償が行われているかどうかを調べる. ステップ4: アニオンギャップ (AG) を計算する. もしAGが増加していれば, 補正 HCO3 - を計算する ( 背後の代謝性異常の発見 ). ステップ5: 病歴などから, それぞれの酸塩基異常の原因を診断する. 1) 代償性変化の予想 ( 二次性の反応 ) 表 7にそれぞれの一次性酸塩基異常に対する代償性変化の範囲を示す. これらは生理的な反応であり, この代償性範囲を逸脱している場合は, 別個の酸塩基異常が合併していると考える. 2)AGの計算血液中のアニオンギャップ (AG) は, A G =[ N a + ]-[ C l - ]-[ H C O 3 - ] = 測定されない陰イオン (UA)- 測定されない陽イオン (UC) で表される ( 正常値は約 12 meq±2). ここで UAにはアルブミン, 無機リン酸, 有機酸陰イオン ( 乳酸塩など ) が,UCにはK +,Ca 2+,Mg 2+, IgGなどが含まれる.AGの有意の上昇は何らか 944 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号
特集 腎臓病と代謝障害 内科医に求められる基礎と応用 表 7 酸塩基異常における予測代償範囲 ( 文献 1,4 より ) 一次的な病態 最初の変化 予測代償範囲 限界値 代謝性アシドーシス [HCO3 - ] PCO2=1.2(1~1.3) ΔHCO3 PCO2=10 mmhg PCO2=HCO3-1.5+8±2 代謝性アルカローシス [HCO3 - ] PCO2=0.7(0.5~1.0) ΔHCO3 - PCO2=65 mmhg 呼吸性アシドーシス [pco2] 急性慢性 [HCO3 - ]=0.1 ΔPCO2 [HCO3 - ]=0.3~0.5 ΔPCO2 [HCO3 - ]=30 meq/l [HCO3 - ]=45 meq/l 呼吸性アルカローシス [pco2] 急性慢性 [HCO3 - ]=0.2 ΔPCO2 [HCO3 - ]=0.4~0.5 ΔPCO2 [HCO3 - ]=16 meq/l [HCO3 - ]=12 meq/l 表 8 腎性アシドーシスの鑑別 ( 文献 11 より改変 ) 原因 2 型 RTA 1 型 RTA 4 型 RTA 腎不全 近位尿細管障害 集合管での H+ 分泌障害 アルドステロン作用不全 アンモニア産生障害有機酸の蓄積 血中アニオンギャップ 正常 正常 正常 正常 ~ 上昇 血清 K 濃度 正常 ~ 低下 正常 ~ 低下 上昇 上昇 尿 ph <5.5( 酸負荷時 ) 常に>5.5 不定 <5.5 尿アニオンギャップ 負 ( 酸負荷時 ) 常に正 不定 正 重曹負荷時の重曹排泄率 (FE HCO3) >15% <5% <5% <5% の有機酸の蓄積を意味し, 代謝性アシドーシスの存在を示唆する. 血清アルブミンは負に荷電しているので, 濃度が1 g/dl 低下するごとにAG は約 2.5 meq/l 低下することに注意する ( 例えばアルブミン濃度 2.0 g/dlではagの基準値は6~ 7 meq/l となる ). 3) 補正 HCO3 の概念と有用性 AG 上昇時に蓄積した有機酸 (A - ) は,H + A - +HCO3 - H2O+CO2+A - ように, 等量の HCO3 - と反応し,A - が陰イオンとして蓄積する (=AG 上昇 ). この時, 実測 HCO3 - にAGの上昇分 (ΔAG) を足すと,AG が上昇しないと仮定した場合のHCO3 - ( 補正 HCO3 - = 実測 HCO3 - +ΔAG) が推算でき, これが 24 meq/l 以上か以下かで背後にある異常の有無を推測できる. 厳密にいえば, 蓄積する有機酸の種類により病態はやや異なり, 乳酸アシドーシスではΔAGよりHCO3 - 低下は少なく ( 細胞内の緩衝系などが寄与するた め ), 逆に, ケトアシドーシスではケト酸の尿中排泄のため,ΔAG>ΔHCO3 - を示す ( 見かけ上の AG 正常型アシドーシスの合併 ) ことが多い. 3. 慢性腎臓病と酸塩基異常 1) 慢性腎不全でみられる酸塩基異常慢性腎不全では腎機能悪化に伴い, 代謝性アシドーシスが強くなる.eGFR>30 でも代謝性アシドーシスがみられることがあるが, この場合はAG 正常型のアシドーシスが主体となる. 腎障害に伴うアンモニア産生低下 ( 滴定酸の排泄低下 ) が原因と考えられるが, 低レニン性低アルドステロン症や尿細管性アシドーシスの合併, 閉塞性腎症, レニン アンジオテンシン系阻害薬の服用などもアシドーシスの要因となる. さらに,CKD G4になるとAGが上昇し始め, 尿毒 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号 945
トピックス Ⅴ. 酸塩基平衡異常 CKD 酸負荷 代謝性アシドーシス 筋肉の異化亢進アンモニア産生の亢進腎皮質の ph 低下アミノ酸の放出アシドーシスの是正 骨吸収の亢進 髄質のアンモニア濃度の上昇 酸排泄の増加 アンジオテンシン II エンドセリンアルドステロン 補体の活性化 腎間質の線維化 低アルブミン血症サルコペニア 骨量の減少 腎不全の進行 Frailty( 脆弱性 ) 骨折 図 4 代謝性アシドーシス / 酸の負荷が CKD 進行および全身に与える影響 ( 仮説 )( 文献 12 より改変 ) 症期 (CKD G5) では, リン酸, 硫酸などの有機酸の蓄積によってAGが著増し, 透析導入直前には高度のAG 増加型代謝性アシドーシスがみられることが多い. 尿所見では,pHを5.5 以下まで下げることはできるが, アンモニア産生障害を反映して, アシドーシスにもかかわらず尿アニオンギャップが正にとどまるのが特徴であり, この点で1 型 RTAや 2 型 RTAと区別できる ( 表 8). 2) 代謝性アシドーシスと腎予後代謝性アシドーシスでは, 骨吸収 ( 骨量の低下 ) や筋肉などの蛋白異化 ( 低栄養状態 ) を生ずるほか, 高 Ca 尿症 ( 腎結石 ) が生じやすくなる. 最近は, 代謝性アシドーシスが腎機能の低下スピードにも悪影響を及ぼす可能性が指摘され, 注目されている. 機序としては, 補体の活性化, アンモニア濃度の上昇, エンドセリンの増加,Ca の沈着などが推測されている 12) ( 図 4). 観察研究として,Shahらは,HCO3 - 濃度 22 meq/l 以下の腎不全患者では,HCO3 - 濃度 23 meq/l 以上の群に比べて腎不全進行のスピードが速いことを報告した 6). 一方,Brito- Ashurstらは, 平均年齢 54.8 歳, クレアチニンクリアランス20.1 ml/ 分,HCO3 濃度 19.8 meq/l の CKD 患者を対象に, 重曹投与によりアシドーシスを補正する介入試験を行ったところ, 非投与群に比べてCKD 進展の抑制と栄養状態の改善を認めた 7). 早期のCKD(G1,2) を対象とした他の臨床研究でも, アルカリ治療により腎機能低下の抑制がみられている 8). その後の報告では, アシドーシスが腎不全進行だけでなく, 生命予後不良のリスクにもなる可能性も示唆された. これらより, 現在は重曹による代謝性アシドーシスの適度の補正は有用と考えられており, 我が国のCKD 診療ガイドライン2014でも,CKD 進行や死亡リスクを軽減できるとして血中 HCO3 濃度を 23~26 meq/l に保つことを推奨してい 946 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号
特集 腎臓病と代謝障害 内科医に求められる基礎と応用 る 9). さらに, 最近では, ステージG3,4 のCKD 患者において, 酸性食品の摂取が多い群はそうでない群より, 代謝性アシドーシスの割合に差はないにもかかわらず, 腎不全の進行が速いとの報告もなされている 10). その他, 代謝性アシドーシスの治療により, 高カリウム血症の軽減効果も期待できる. 以上のように, 腎不全患者では代謝性アシ ドーシスないし酸負荷が様々な病態に関与することが明らかになってきている. 今後は, これを適切に管理することがますます重要なCKD 対策になっていくと考えられる. 著者の COI(conflicts of interest) 開示 : 本論文発表内容に関連して特に申告なし 文献 1 ) 黒川清 : 水 電解質と酸塩基平衡 step by step で考える改訂第 2 版. 南江堂,2004, 118 129. 2 ) 柴垣有吾 : より理解を深める! 体液電解質異常と輸液改訂 3 版. 深川雅史監修. 中外医学社,2007, 120 129. 3 ) 要伸也 :AG 増加型代謝性アシドーシスの症例. レジデントノート 14 : 1148 1153, 2012. 4 ) Berend K, et al : Physiological approach to assessment of acid-base disturbances. N Engl J Med 371 : 1434 1445, 2014. 5 ) Seifter JL : Integration of acid-base and electrolyte disorders. N Engl J Med 371 : 1821 1831, 2014. 6 ) Shah SN, et al : Serum bicarbonate levels and the progression of kidney disease : a cohort study. Am J Kidney Dis 54 : 270 277, 2009. 7 ) de Brito-Ashurst I, et al : Bicarbonate supplementation slows progression of CKD and improves nutritional status. J Am Soc Nephrol 20 : 2075 2084, 2009. 8 ) Mahajan A, et al : Daily oral sodium bicarbonate preserves glomerular filtration rate by slowing its decline in early hypertensive nephropathy. Kidney Int 78 : 303 309, 2010. 9 ) 日本腎臓学会編 : エビデンスに基づく CKD 診療ガイドライン 2013. 東京医学社,35 37. 10)Banerjee T, et al:high dietary acid load predicts ESRD among adults with CKD. J Am Soc Nephrol 26, 2015 [Epub ahead of print]. 11) 要伸也 : 尿細管機能検査 : 尿細管性アシドーシス, 臨床検査法提要 ( 改訂第 33 版 ), 金原出版, 東京,2010, 1407 1410. 12)Scialla JJ, Anderson CA : Dietary acid load : A novel nutritional target in chronic kidney disease? Adv Chronic Kidney Dis 20 : 141 149, 2013. 日本内科学会雑誌 104 巻 5 号 947