CHOP 療法の実際 2011 年 6 月 15 日 主催 : 福岡大学病院腫瘍センター 共催 : 福岡市薬剤師会 福岡地区勤務薬剤師会
悪性リンパ腫とは? 悪性リンパ腫とは リンパ球が がん 化して増殖し 腫瘤を形成 する悪性腫瘍の総称である リンパ節 胸腺 脾臓 扁桃 腸管のパイエル板などリンパ組 織に発生することが多いが 皮膚 脳 鼻腔 胃 骨 乳腺な ど全身のあらゆる組織から発生する 日本人の罹患率は人口 10 万人あたり 6~8 人で 高齢になるほ ど罹患率は高くなる
悪性リンパ腫の症状 腫瘍性のリンパ球が増加するのに伴い正常リンパ球が減少し 免疫力が低下して様々な感染症を合併する 細胞性免疫が低下した時に感染症を起こす微生物は ウイルス 結核 真菌 ニューモシスティス トキソプラズマなど多岐に わたる リンパ腫の進行にともない発熱 盗汗 体重減少などの全身症状 (B 症状 ) を来たす
悪性リンパ腫の診断 診断には 腫大しているリンパ節もしくは病変を生検して病理 組織検査を行うことが必須である ホジキンリンパ腫 B 細胞リンパ腫 T/NK 細胞リンパ腫に大別さ れる ( 後者 2 つを合わせて非ホジキンリンパ腫と呼ぶ ) 日本人は B 細胞リンパ腫が 70%( びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫 が 35% 濾胞性リンパ腫が 7%) T/NK 細胞リンパ腫が 25% ホジキンリンパ腫が 5% を占める
悪性リンパ腫の治療 化学療法および放射線療法が中心である ホジキンリンパ腫に対する標準化学療法は ABVD 療法 ( ドキソル ビシン ブレオマイシン ビンブラスチン ダカルバジン ) 非ホジキンリンパ腫に対する標準化学療法はCHOP 療法 ( シクロホスファミド ドキソルビシン ビンクリスチン プレドニゾロン ) B 細胞リンパ腫には リツキシマブを併用した治療 (R-CHOP 療法 ) を行う
悪性リンパ腫の分類 ホジキンリンパ腫 B 細胞リンパ腫 低悪性度 Indolent リンパ形質細胞性リンパ腫 辺縁帯リンパ腫 MALT リンパ腫 濾胞性リンパ腫 (grade 1,2) T/NK 細胞リンパ腫 低悪性度 Indolent 菌状息肉症 成人 T 細胞白血病 ( 慢性型 ) 中悪性度 Aggressive マントル細胞リンパ腫 濾胞性リンパ腫 (grade 3) びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫 中悪性度 Aggressive 末梢 T 細胞性リンパ腫 血管免疫芽球性リンパ腫 未分化大細胞型リンパ腫 節外性 NK/T 細胞リンパ腫 高悪性度 Very aggressive リンパ芽球性リンパ腫 バーキットリンパ腫 高悪性度 Very aggressive リンパ芽球性リンパ腫 成人 T 細胞白血病 ( 急性型 リンパ腫型 )
CHOP 療法 シクロホスファミド 750 mg/m 2 点滴静注 day 1 ドキソルビシン 50 mg/m 2 静注 day 1 ビンクリスチン 1.4 mg/m 2 静注 day 1 プレドニゾロン 100 mg/body 内服 ( 静注 ) days 1-5 21 日間隔で 6-8 コース繰り返す
中悪性度 (aggressive) リンパ腫に対する標準治療は CHOP 療法である 全生存率 CHOP 療法よりも多くの抗がん薬を併用した強力化学療法レジメンが開発されたが 治療成績は同等で 副作用はCHOP 療法が最も少なかったため CHOP 療法が中等度悪性群リンパ腫に対する標準療法となった Fisher RI, N Engl J Med 328, 1002, 1993
中悪性度 (aggressive) リンパ腫に対する CHOP 療法の治療成績は 国際予後指標 (IPI) により層別化できる 国際予後指標 ;International Prognosis Index(IPI) 予後丌良因子 1 年齢 >60 歳 2 血清 LDH 値 > 正常値 3 全身状態 (PS) が2~4 4 臨床病期がⅢまたはⅣ 5 節外病変の数 >1ヵ所 0-1 点 Low (L) 2 点 Low-intermediate (LI) 3 点 High-intermediate (HI) 4-5 点 High (H) 全生存率 Overall survival Years The International Non-Hodgkin's Lymphoma Prognostic Factors Project. N Engl J Med 329, 987, 1993
CHOP 療法 CHOP 療法の副作用 1 週目 2 週目 3 週目 吐き気 食欲低下 シクロホスファミド ドキソルビシン 好中球が減少して 感染症 ( 発熱 ) を起こす 10-14 日目ごろ 心臓の動きの低下 ドキソルビシン ドキソルビシンの総投不量が増えると発生率が高くなる 高血糖不眠 プレドニゾロン 便秘 ビンクリスチン 脱毛 シクロホスファミド ドキソルビシン 2-3 週過ぎから 手足のしびれ ビンクリスチン 1-2 ヵ月過ぎから
CHOP 療法 CHOP 療法の副作用 1 週目 2 週目 3 週目 吐き気 食欲低下 シクロホスファミド ドキソルビシン 高血糖 不眠 プレドニゾロン 便秘 ビンクリスチン 好中球が減少して 感染症 ( 発熱 ) を起こす 10-14 日目ごろ 約 3 週 (21 日 ) で好中球数 脱毛 は正常に回復する シクロホスファミド ドキソルビシン 21 日間隔で治療を行う 2-3 週過ぎから 心臓の動きの低下 ドキソルビシン ドキソルビシンの総投不量が増えると発生率が高くなる 手足のしびれ ビンクリスチン 1-2 ヵ月過ぎから
悪性リンパ腫に対する CHOP 療法では 治療強度 (Relative dose intensity) が低くなると 治療成績が低下する Dose intensity(di)= 単位時間当りの薬剤投不量 (mg/m 2 / 週 ) Relative dose intensity(rdi)= 標準治療の DI に対する実際に投不した DI の割合 CHOP 療法を受けたリンパ腫患者 289 人において Relative dose intensity が 90% を超えている患者に比べて 90% 以下の患者の全生存率は 有意に低かった Pettengell R, Ann Hematol 87, 429, 2008
リツキシマブ CD20 抗原 リツキシマブ ( 抗 CD20 モノクローナル抗体 ) B 細胞リンパ腫 攻撃 免疫細胞 NK 細胞単球好中球 リツキシマブは 成熟 B 細胞およびB 細胞リンパ腫細胞の表面に発現している CD20というタンパク質を標的として結合する 免疫細胞は リツキシマブ抗体を 侵入者 と認識し 抗体が付着しているリンパ腫細胞を攻撃 破壊する B 細胞以外の造血細胞および非造血組織は CD20タンパク質を持たないためリツキシマブにより攻撃されない
びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫に対する標準治療は リツキシマブ併用 CHOP(R-CHOP) 療法である 高齢 (60~80 歳 ) びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫患者に対する初回治療として リツキシマブ併用 CHOP 療法はCHOP 療法よりも優れた治療効果が期待できる Coiffier B, N Engl J Med 346, 235, 2002
R-CHOP 療法 リツキシマブ 375 mg/m 2 点滴静注 day 1 シクロホスファミド 750 mg/m 2 点滴静注 day 2 ドキソルビシン 50 mg/m 2 静注 day 2 ビンクリスチン 1.4 mg/m 2 静注 day 2 プレドニゾロン 100 mg/body 内服 ( 静注 ) days 2-6 21 日間隔で 6-8 コース繰り返す
びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫に対する R-CHOP 療法の治療成績は Revised IPI により層別化できる Revised International Prognosis Index(R-IPI) 予後丌良因子 1 年齢 >60 歳 全生存率 Overall survival 2 血清 LDH 値 > 正常値 3 全身状態 (PS) が2~4 4 臨床病期がⅢまたはⅣ 5 節外病変の数 >1ヵ所 0 点 Very Good 1-2 点 Good 3-5 点 Poor Sehn LH. Blood 109, 1857, 2007
発熱性好中球減少症 抗がん薬治療を行う場合 最も問題となる用量規定因子は骨髄抑制 特に好中球数が減少すると 固形腫瘍では10~50% 血液腫瘍では 80% 以上の頻度で発熱が起こる 好中球減少時に発熱すると 急速に重症化して死に至る危険が高い 感染巣や原因微生物を同定できる確率は20~30% で 発熱の原因は丌明であることが多いが 発熱後直ちに広域の抗菌薬を投不すると症状が改善し 致死率が低下することが経験的に知られている 発熱性好中球減少症 (Febrile neutropenia, FN) という病名が提唱され 1990 年にアメリカ感染症学会 (IDSA) を中心にFNのマネージメントに対するガイドラインが作成された
発熱性好中球減少症 < 定義 > 好中球数が 500/μL 未満 あるいは 1,000/μL 未満 で近日中に 500/μL 未満に減少する可能性がある状態 で 1 回の腋窩温 37.5 以上 ( 口腔内温 38 以上 ) の 発熱を生じた場合
発熱時のリスクを判定するための MASCC スコアリングシステム 危険因子 スコア 症状 ( 次の中から1つ選ぶ ) 症状なし 5 軽度の症状 5 中等度の症状 3 低血圧なし 5 慢性閉塞性肺疾患なし 4 固形腫瘍 / 真菌感染の既往のない血液疾患 4 脱水なし 3 発熱時外来 3 60 歳未満 2 重篤な感染症に移行する危険因子 7 項目について 該当する因子の点数 を加える ( 全 26 点 ) 21 点以上は低リスク群 20 点以下は高リスク群として対処する Klastersky J. J Clin Oncol 18, 3038, 2000
発熱性好中球減少症のマネジメント 発熱性好中球減少症 低リスク 高リスク 経口抗菌薬治療 静注抗菌薬の単剤治療 静注抗菌薬の併用治療 シプロフロキサシン + アモキシシリン / クラブサン酸 または レボフロキサシン セフェピム または カルバペネム または タゾバクタム / ピペラシリン 左記の静注抗菌薬 + アミノグリコシド 3~5 日後に再評価 Masaoka T. Clin Infect Dis 39, S49, 2004
B 型肝炎の再活性化 HBs 抗原陽性の患者に化学療法を行うと 急激なHBVの再活性化が起こり致死的な肝障害に至ることがある HBs 抗原陽性の場合は 核酸アナログ ( エンテカビル ) の予防投不を行う リツキシマブ 副腎皮質ステロイドを併用した化学療法など免疫抑制効果の強い治療を行うと HBs 抗原陰性 HBc 抗体陽性 (HBs 抗体陽性 ) で 従来は既往感染と考えられていた症例で HBVの再活性化が起こる (de novo B 型肝炎 ) de novo B 型肝炎は劇症化する頻度が高く 死亡率も高いため HBV-DNAの定量を行い陽性であれば核酸アナログの予防投不を行う 陰性であればHBV-DNAを毎月測定し 陽性化した時点で核酸アナログの予防投不を開始する
免疫抑制 化学療法により発症する B 型肝炎ガイドライン 坪内博仁. 肝臓 50, 38, 2009
細胞性免疫が低下した時に起こる日和見感染症 細胞性免疫 (T 細胞の機能 ) が低下した患者では サイトメガロウイルス ニューモシスティス 抗酸菌 真菌など 健常人には病気を起こさないような病原性の弱い微生物でも感染症を発症する ( 日和見感染症 ) 細胞性免疫が低下する病態 後天性免疫丌全症候群 (AIDS) 成人 T 細胞白血病 (ATL) 同種造血幹細胞移植 ( 骨髄移植 ) 臓器移植 悪性リンパ腫 急性リンパ性白血病などリンパ性疾患 免疫抑制療法 ( 副腎皮質ステロイド メトトレキサート シクロホスファミド インフリキシマブなど )
日和見感染症の予防 リツキシマブ併用 CHOP 療法を受けた悪性リンパ腫患者では 日和見感染症が起こる危険が高い ニューモシスティス肺炎および結核の再活性化を予防する目的で 以下の投薬を行う ニューモシスティス肺炎予防として ST 合剤 ( バクタ ) 1 日 1 錠 分 1 内服 毎日 (1 日 2 錠 分 2 内服 週 3 日 ) (1 日 4 錠 分 2 内服 週 2 日 ) 潜在性結核 ( 結核の既往のある ) 患者に対して イソニアジド 300 mg 分 1 内服 毎日
悪性リンパ腫に対する CHOP 療法のまとめ CHOP 療法は 非ホジキンリンパ腫に対する標準治療である B 細胞リンパ 腫には リツキシマブを併用した治療 (R-CHOP 療法 ) を行う 良好な治療成績を得るためには 治療強度 (Relative dose intensity) を高く保った治療を行うことが重要である 最も問題となる副作用は 発熱性好中球減少症 (Febrile neutropenia) である 好中球減少時に発熱した場合は 直ちに抗菌薬治療を開始する R-CHOP 療法を行うと B 型肝炎の再活性化が起こる危険がある 日和 見感染症にも注意が必要である