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1 Ⅳ 規模の経済性と産業内貿易 1. 伝統的貿易論と新しい貿易論 2. 規模の経済性と外部経済 3. 外部経済と貿易の利益 不利益 4. 産業内貿易指数 5. 産業内貿易の独占的競争モデル 1

2 1. 伝統的貿易論と新しい貿易論 A 伝統的貿易論 比較優位の根拠 リカード モデル 生産技術の違い ヘクシャー = オリーン モデル 要素賦存の違い 貿易の利益 : 交易条件の改善による厚生の増加 先進国と途上国の間の 垂直貿易 ないしは 産業間貿易 (inter-industry trade) を説明する理論 ( 一次産品 工業製品 or 労働集約財 資本集約財 ) 今後も 例えば 日本とアジアの国際分業の構造を考える上では 役立つ理論であり続けるはず 2

3 1. 伝統的貿易論と新しい貿易論 B. 新しい貿易論何れの点でも似通っている ( 生産技術や要素賦存に大きな利害がない and/or 生産 消費構造が似通っている ) 国同士の間の貿易 先進国同士の 水平貿易 ないしは 産業内貿易 (intra-industry trade) を説明する理論 先進国間で工業製品を輸出入しあう 水平貿易 日本とアジア NIES 諸国との間で 液晶テレビや DVD レコーダーといった同一産業内に属する工業製品を輸出入し合う 産業内貿易 新しい貿易論 では 各国間に生産技術や要素賦存比率の違いがなくとも その財の生産において 規模の経済性 (economies of scale) が作用する場合に 国際貿易が起こりと考える (1) 企業レベルでの規模の経済 ( 内部的規模の経済 ) (2) 産業レベルでの規模の経済 ( 外部的規模の経済 ) 新しい貿易論の結論 (1) 特化パターンが 理論的には決まらない 貿易によって 不利益 が発生する場合もある (2) 産業内貿易の利益 は 消費の多様性 (varieties) の拡大に求められる 3

4 2. 規模の経済性と外部経済 A. 企業レベル での規模の経済 内部的規模の経済 (internal economies of scale) 固定費が巨額であるため 個別企業の生産量の拡大につれて個別企業の平均費用が低下するケース また 大量生産によって原材料費の仕入れ単価が下落するケースや 学習効果によって技術改善が行われるケース等 個別企業の平均費用曲線は右下がりとなる これは 企業にとって内部的な規模の経済である この場合 その企業が生産規模を拡大すれば 平均費用は下落するから 市場メカニズムに委ねられると 自然独占 (natural monopoly) の傾向に向かう 4

5 個別企業の右下がりの AC 曲線 P TC = FC + VC = FC + mx TC FC AC = = + x x d( TC) MC = = m dx m m AC MC x 5

6 2. 規模の経済性と外部経済 B. 産業レベル での規模の経済 外部的規模の経済 (external economies of scale) マーシャルの 外部経済 (Marshallian external economies) 産業全体の生産量が拡大するにつれて 個別企業の平均費用が下方シフトすることによって 産業の供給曲線は右下がりになる 典型的には 産業の 集中 集積 のメリットによる外部経済 専門化したサプイライヤー 高度な技能を持つ労働者のプール 知識のスピルオーバー 例えば シリコンバレーにおける半導体産業や 愛知県豊田市の自動車産業のような企業城下町 産業にとっては内部的であるが 企業にとっては外部的であるような規模の経済性費用逓減 ( 収穫逓増 increasing returns) と完全競争の仮定が両立 6

7 産業の右下がりの供給曲線 P 個別企業 ( 代表的企業 ) LMC 1 LAC 1 P 産業全体 D 1 D 2 S 1 S 2 P P 1 1 LAC 2 1 P LMC 2 S L x 1 x 3 x X 1 X 3 X 2 X 個別企業の長期均衡 :P=MC=AC 需要の増加 D 1 D 2 短期的には点 3(3 ) 超過利潤 新規参入 外部経済 LAC 1 LAC 2 長期の均衡点 2 7

8 3. 外部経済と貿易の利益 自国と外国が 財 1 と財 2 を生産する 2 国 2 財モデル ( 生産要素は簡単化のため労働のみ ) 財 1( 工業品 ): 規模の経済が作用する収穫逓増型の産業 財 2( 農産物 ): 規模に関して収穫不変の産業 この場合 生産フロンティアは原点に対して凸 自国と外国に費用構造に何の相違も無くても ( 生産費の比較優位構造に何の相違がなくても ) 規模の経済が作用している産業が存在している場合には 両国は貿易を行うインセンティブがある 自国と外国には 生産技術や要素賦存など比較優位構造に何ら違いはないから 両国の生産フロンティアは全く同じ形状になる 8

9 原点に対して凸 (convex) の生産可能フロンティア (PPF) 財 2( 農産物 ): 収穫一定 X 2 原点に対して凸の PPF L 2 X 1 L 1 +L 2 =L 財 1( 工業品 ): 収穫逓増 L 1 9

10 貿易による利益 10

11 貿易による不利益 11

12 外部経済と貿易による利益 不利益 12

13 結論 1. ( 外部的 ) 規模の経済は 比較優位構造に何の違いが無くても 貿易が行われる根拠や 貿易の利益をもたらす要因となる 2. ( 外部的 ) 規模の経済に基づいた貿易は 貿易によって自給自足よりも悪い状態をもたらす可能性がある 3. ( 外部的 ) 規模の経済性に基づいた貿易において 貿易の方向を理論的に決定することはできず 貿易パターンは 歴史的な偶然 や 政策的な保護 に起因するものとなる 伊藤元重 大山道広 国際貿易 岩波書店,1985 年,121 頁 -130 頁. 13

14 ( 参考 ) 歴史的偶然による貿易パターンの決定 P, AC D WORLD 1 世界の時計市場が 歴史的な要因により 点 1 で均衡し 世界の時計生産の全てのシェアをスイスが持っていた ( スイスの時計生産への特化 ) 2 低賃金ゆえに全ての生産量において AC SWISS > AC THAI である新興工業国であるタイが 世界の時計市場に参入できれば 世界の時計市場が 点 2 で均衡し 世界の時計生産の全てのシェアをタイが持つことができる ( タイの時計生産への特化 ) C 0 P しかし実際には タイの生産量が少ない間は 国際価格 P 1 より高いコスト ( 例えば C 0 ) でしか生産できないので タイは世界の時計市場に参入できない 2 AC SWISS AC THAI X X 1 Krugman,P. and M.Obstfeld, International Economics, 7 th ed.,2006, pp

15 ( 参考 ) 貿易による不利益と幼稚産業保護 P, AC C 0 D THAI D WORLD 1 タイの時計需要が D THAI とすると もし国内で時計生産が可能であれば 国内市場の均衡点は点 2 となり 国際価格より安い価格 (P 2 ) で時計を生産する 2 しかし タイは歴史的要因により 国内生産ができないので より高い価格 (P 1 >P 2 ) でスイスから輸入せざるを得ない 貿易の不利益 3 このような場合 タイ政府は国内産業を保護するインセンティブ ( 少なくとも生産量が X 3 まで拡大するまで 輸入を制限する ) を持つ P 1 P AC SWISS AC THAI X 3 X 2 X 1 伊藤元重 ゼミナール国際経済入門 ( 改訂 3 版 ) 日経新聞社,2005 年,375 頁 -379 頁. X 15

16 4. 産業内貿易指数 グルーベル = ロイド (H.G.Grubel & P.J.Lloyd) による産業内貿易指数 (Index of Intra-industry Trade : ITT) 第 j 産業の輸出を X j 輸入を M j とすると 第 j 産業の産業内貿易指数 ITT j は ITT j = 1 X X j j + M M と表せる 一般に 0 ITT j 1であるが 極端なケースとして X j =M j のとき ITT j =1となり 完全な産業内貿易 X j =0 or M j =0のとき ITT j =0となり 完全な産業間貿易となる この指数が1に近いほど産業内貿易が進んでいる j j 16

17 貿易特化係数 = 貿易特化係数 X X 一般に -1 貿易特化係数 1であるが極端なケースとして 1 M i =0のとき 貿易特化係数 =1: 第 i 財は輸出のみで 自国が完全に比較優位 2 X i =0のとき 貿易特化係数 =-1: 第 i 財は輸入のみで 自国が完全に比較劣位 3 X i =M i のとき 貿易特化係数 =0: 第 i 財は輸出 = 輸入で 完全な産業内貿易 i i + M M i i 17

18 産業内貿易指数の比較 18

19 アジア域内での産業内貿易 ( 工程間分業の進展 ) 中間財 ( 部品 ) 資本財 ( 最終 ) 消費財 国別 1990 年 1995 年 2000 年 1990 年 1995 年 2000 年 1990 年 1995 年 2000 年 中国 韓国 台湾 シンガポール マレーシア タイ フィリピン インドネシア 日本 米国 出所 : 通商白書 (2006 年 ) 19

20 アジア域内での産業内貿易 ( 各産業中間財貿易 ) 年 紡績 衣類 鉄 鋼鉄 産業機械 電気機械 自動車 その他輸送機械 精密機械 出所 : 通商白書 (2006 年 ) 20

21 GL による産業内貿易の説明 同一産業 ( 自動車産業 ) に属する2つの財 : 財 1( 小型車 ) 財 2( 大型車 ) 自国も外国も同じ生産関数で生産 財 1を 自国も外国もともにA 点で生産を行い 平均費用はD 点 このとき 自国においてこの財に対する需要が拡大し ( 自国市場が拡大し ) 生産量がB 点まで拡大すると 平均費用はE 点まで低下する ( 規模の経済 ) 他方 財 2については 自国も外国も何の相違もない こうして 自国は財 1 ( 小型車 ) に比較優位 外国は財 2( 大型車 ) に比較優位を持つことになり 同一の産業に属する財 1と財 2を輸出入し合うようになる 21

22 5. 産業内貿易の独占的競争モデル 独占的競争 (monopolistic competition) ある産業内に 差別化された財を生産する複数の企業が存在する市場構造 その特徴は 1 供給者は多数いるが その財について製品差別化 (product differentiation) が見られるため こうした差別的製品を生産している企業は あるていど独占的な地位に立てる すなわち 個々の供給者が価格支配力を持ち 個々の供給者が直面する需要曲線は右下がりになる したがって 短期的には 限界収入 (MR)= 限界費用 (MC) ( 利潤極大化の条件 ) で価格と供給量が決まる ( 独占的特徴 ) 2 差別化された財であっても その財にとって密接な代替財を生産する供給者が多数いるため 超過利潤が発生している場合 新規参入が容易である すなわち 長期的には 平均費用 (AC)= 価格 (P) つまり利潤がゼロのところで均衡する ( 競争的特徴 ) 22

23 Step1 : 個別企業の需要関数 Q : 個別企業の販売量 S : 産業全体の販売量 P : 個別企業がつける価格 P : ライバル企業がつける価格 n : 産業に属する企業数 Q 1 = S b( P P) n (1) 1 産業全体の販売量が拡大 (S ) するほど 2 この産業に属する企業数が少ない (n ) するほど 3 この企業が低い価格設定 (P ) を行うほど 4 ライバル企業が高い価格設定 ( P ) を行うほど 個別企業の需要は拡大 (Q ) する (1) 式は 不完全競争モデルの右下がりの需要関数に工夫を加えたもの Krugman,P. and M.Obstfeld, International Economics, 7 th ed.,2006, pp

24 Step1 : 個別企業の需要関数 (cont.) S 1 P = Pならば Q = n S 2P>Pならば Q< n S 3P<Pならば Q> n 個別企業がライバル企業と同じ価格をつけるとき この企業のマーケット シェアは 1/n となる 個別企業がライバル企業より高い価格をつければ この企業のマーケット シェアは減る 個別企業がライバル企業より安い価格をつければ この企業のマーケット シェアは増える 24

25 Step2 : 費用関数 TC: 総費用 AC: 平均費用 c: 限界費用 (MC) F: 固定費用 TC = F + F AC = + Q cq c 生産規模を拡大すればするほど 平均費用は下がる すなわち 内部的規模の経済 ( 企業レベルでの規模の経済 ) が働いている (2) 25

26 Step3 : 平均費用 (AC) と企業数 (n) の関係 この産業に属する企業は 全て同じ需要曲線に直面し 同じ費用関数を持っているとする 全ての企業が同じ需要と費用に直面しているとき 均衡点では全ての企業が同じ価格をつける このとき (1) 式より P= P のとき Q=S/n だから これを (2) 式に代入すると F AC = n + S c (3) 式は 企業数 n が増加するしたがって平均費用 AC は上昇することを意味している すなわち 企業数が増加すると 一企業の生産量が減少することによって 平均費用が高くつくようになる これは 規模の経済 が働いているためである この関係を図示したものが 右上がりの CC 曲線である (3) 26

27 27 Step4 : 価格 (P) と企業数 (n) の関係 (1) 式を P について解くと となる したがって 総収入 TR=P Q は となる これを Q で微分して限界収入 MR=d(TR)/dQ を求め さらに (1) 式を P について解いた式 ( 一番上の式 ) を代入すると Q b S P n b P + = Q b S Q P n b PQ TR + = = b S Q P Q b S Q b S P n b Q b S P n b b S Q P Q b S P n b MR = + = + = + = Q P

28 Step4 : 価格 (P) と企業数 (n) の関係 (cont.) 利潤極大化の条件は 限界収入 (MR)= 限界費用 (MC) だから Q P = c + S b 全ての企業が同じ価格を設定するとき X=S/nだから これを代入すると P = c 1 + b n (4) となる (4) 式は 企業数 n が増加するにしたがって価格 P が下落することを意味している すなわち 企業数が増えれば 産業内の競争が激しくなり 価格は下落する この関係を図示したものが 右下がりの PP 曲線である 28

29 閉鎖経済の下での長期均衡 独占的競争のもとでの長期均衡は CC 曲線と PP 曲線の交点 E で その時の企業数は n 価格は P となる なぜならば 1 企業数が n 1 のとき P 1 >AC 1 で 利潤が発生しているので この産業には新規企業が参入する 企業数が n になったとき 利潤は消滅して新規参入は止まる 2 企業数が n 2 のとき P 2 <AC 2 で 損失が発生しているので この産業から既存企業が撤退する 企業数が n になったとき 損失は消滅して撤退は止まる 29

30 開放経済の下での長期均衡と 貿易の利益 外国にも 自国と同様に 差別化された製品を生産する複数の企業が存在する独占的競争産業 そして 外国も自国と全く同じ費用条件で 唯一異なるのは市場規模で 外国では産業全体での販売量が S * であるとする この場合 貿易の開始は 自国にとっても外国にとっても 市場が S+S * に拡大することを意味する その結果 (3) 式は F AC = n + * S + S c となり 平均費用は低下する すなわち 貿易による市場の拡大によってさらに規模の経済が働くことになる そのため CC 曲線は右にシフトする 他方 (4) 式で表される PP 曲線には 市場規模を表す S は含まれないから これは市場の拡大によって変化しない 新しい均衡点は 図の E になる 貿易の開始により 1 企業数が増加し (n n ) 2 価格が下落する (P P ) このように 独占的競争モデルでは 産業内貿易の利益が 1 差別化された製品に対する消費者の選択の幅 ( バラエティー ) が広がり 2 それらの製品の価格も下落する ことが示される (3)' 30

31 閉鎖経済 開放経済の下での長期均衡 閉鎖経済の下での長期均衡 開放経済の下での長期均衡 31

32 数値例 自動車産業の 産業内貿易の独占的競争モデル において 自国も外国も b=1/30,000 固定費 F=$750,000,000 限界費用 c=$5,000 という同じ費用構造を持ち 市場規模だけが 自国の販売量 S=900,000 台外国の販売量 S * =1,600,000 台とする このとき 1 自国の独占的競争市場を均衡させる企業数と価格 2 外国の独占的競争市場を均衡させる企業数と価格 3 自国と外国で貿易が開始されたとき 統合された市場を均衡させる企業数と価格 および貿易の利益 32

33 CC 曲線 : F AC = n + c S PP曲線 : 1 P = c + b n 数値例 (cont.) (3) (4) b=1/30,000 F=$750,000,000 c=$5,000 S=900,000 S * =1,600,000 を代入し AC=P として n n* を求めると 1 自国 :n*=6 AC=P=$10,000 一企業当たりの販売量 Q(=S/n)=150,000 台 2 外国 :n*=8 AC*=P*=$8,750 一企業当たりの販売量 Q*(=S*/n*)=200,000 台 33

34 数値例 (cont.) 3 貿易の開始により 自国市場と外国市場が統合されると 二つの市場の総販売量は S=900,000+1,600,000=2,500,000 台 となるから これを (3)(4) に代入すると 貿易 ( 統合 ) 後 :n=10 AC=P=$8,000 一企業当たりの販売量 Q(=S/n)=250,000 台 34