床反力計による比較 中島早稀 宝田翔吾 松場賢二 目次 はじめに 3 Ⅰ 対象 3 Ⅱ 方法 4 Ⅲ 統計解析 7 Ⅳ 結果 7 Ⅴ 考察 9 Ⅵ 課題 13 1
要旨 [ 目的 ] 歩行中の足部の機能は 正常歩行において重要な役割を担っている プラスチック短下肢装具 (AFO) 装着により足関節の運動が制限されてしまう 本研究は AFO 装着により歩行立脚期における下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用に対しどのような影響を及ぼすかを検討した [ 対象 ] 過去に下肢関節疾患の既往歴を有しない健常成人男性 10 名を対象とした [ 方法 ] 床反力計の上を裸足と装具装着下で各 3 回歩行し 床反力の特性パターンの床反力と歩行周期をそれぞれ比較した [ 結果 ] AFO を装着すると床反力の垂直分力では 荷重応答期の出現が遅延した 前後分力では 足底接地期の床反力が小さくなり その出現も遅延した 側方分力では 外向きの床反力が有意に減少した [ 結語 ] AFO 装着により足関節の運動が制限され 下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用が阻害されることが分かった よって股関節と膝関節に負担がかかり 歩行に影響を及ぼしていることが示唆された Key words: プラスチック製短下肢装具 歩行 床反力計 2
はじめにプラスチック短下肢装具 (AFO) は一般的に脳卒中片麻痺患者に対して一番多く使用されている装具である これは 日常生活でも屋内外兼用とすることができ 軽量で扱いやすい また下腿部に密着するため外観がスマートであり 加熱することにより調節がある程度容易にできるなどの利点がある さらに足関節を固定して底屈制限や内外反を制限することで痙性麻痺や内反尖足を矯正することができ遊脚期でのトゥークリアランスを改善できるなどの利点がある 1) また 歩行中の足部の主な機能は 踵接地期から立脚中期までは衝撃吸収作用 立脚中期から足尖離地期までは身体の前方への推進作用が正常歩行において重要な役割を担っている 2) しかし AFO を装着することで足関節の底背屈運動が制限されるため 歩行周期における踵接地期から足底接地期において足部と下腿が一体化して 踵部を中心に前方に回転し その力が膝窩部を前方へ押し出すため 大腿直筋への負担が高まり 結果として膝折れが誘発されやすくなる 3) といった欠点も同時にある そこで 本研究は AFO 装着により歩行立脚期における下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用に対しどのような影響を及ぼすか床反力を用いて検討することを目的とした Ⅰ 対象 過去に下肢関節疾患の既往歴を有しない健常成人男性 10 名 ( 平均年齢 21 歳 身長 171.84 ± 3.08cm 体重 65.2 ± 3.90kg) を対象とした 被験者には事前に書面と口頭にて研究の目的及び内容を説明し同意のもと協力を得た 3
Ⅱ 方法 測定対象となる動作は裸足及び右下肢に AFO を装着した歩行とした 床反力計は AMTI 製 (PJB-101) を使用した まず被験者は裸足で1 枚目の force plate の 180cm 手前から歩行を開始した 上肢の振りによる影響を取り除くために 両上肢は胸の前で組み 各被験者が快適と感じる歩行速度で各床反力板を片足ずつ踏み写真 1 分けることができるように3 回の歩行練習の後 3 回の歩行を分析した 数分の休憩後 右下肢に AFO( 写真 1) を装着した この際 AFO は足関節底背屈 0 で装着し 3 箇所のバンドで下腿部 足関節 足部を十分に固定した 床反力とは足が床に触れると 接触した部分から力が足底に加えられる 足部が地面に加える力に対し 地面から足底に加えられる力が床反力と呼ばれる ニュートンの第 3 法則 作用 反作用の法則 により これらの力の大きさは等しいが力の方向は逆向きである 床反力は垂直軸 前後軸 側方軸の3つの直行する軸で示される力で示され3つの力のベクトル加法によって1つの合力ベクトルができる 床反力ベクトルを垂直方向 前後方向 側方方向に分解して考えたのが床反力の3 分力である 4)5) 正常歩行の床反力の典型的パターンでは垂直分力 ( 図 1a) は 踵接地期の直後に小峰 pが つづいて峰 P 0 が現れる これらは踵の衝撃的接床とそれにつづく踵を支点とした足底の rolling による 4
足底接地期に対応している ついで単脚支持期に初期と後期に 2つの主峰 (P 1 とP 2 ) が現れ その間に極小値 ( 谷 )Vをつくる 6) 歩行には重心の上下運動があり 足底接地期であるP 1 は位置エネルギーの重心位置が最小となるため運動エネルギーの床反力は極大値となる 重心位置は立脚中期で最大となりVでは床反力は極小値となる 立脚後期のP 2 で再び重心位置は最小となり それに伴い床反力は極大値になる 5) 前後分力( 図 1b) では 踵接地時 足部の前方へのスリップを防ぐように足部と地面の間に十分な摩擦が必要であるために前向きの床反力 fが出現する 4) また 足底接地期に出現する後ろ向き反力( 制動力 )Aおよび足尖離地期に出現する前向き反力 ( 推進力 )Fは最大値となる 身体の重心が足底の中央部に達し 分力が0になる点をMとする 側方分力 ( 図 1c) では 正常歩行において踵接地期に距骨下関節は約 2 3 内がえししている 踵接地期から足底接地期までの間に外向き反力の極大値 O 1 が出現する 踵接地の直後に荷重応答期の一部として足部の外がえしが始まり 立脚中期の前半で内向き反力 IP 1 は極大値となる 次に立脚中期では足部全体として約 2 の最大外がえし位となるが 距骨下関節から内がえしが始めるため Iv は極小値となる 立脚後期に起こる内向き反力の極大値を IP 2 とする 踵離地から足尖離地にかけて拇指側プッシュオフの働きにより 外向き反力 O 2 が極大値となる 4)7) 垂直方向 前後方向 側方方向で測定されたそれぞれの床反力は各被験者の体重で除し 右下肢接地から離地までの立脚期を 100% とすることによって正規化した 上記の正常成人歩行における床反力パターンの主な特性の分析を参考に 記録された床反力パターンから力学的因子として 垂直方向 前後方向 側方方向の峰と谷それぞれの床反力の値と 時間的因子としてそれらが出現する歩行周期を算出した 3 回の分析から得られた平均値 5
を裸足歩行 ( 装具無群 ) と AFO 装着歩行 ( 装具有群 ) で比較した 12 10 8 (N/kg) P 1 V P 2 6 4 2 0 p P 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (%) 図 1a 正常歩行における床反力パターン ( 垂直分力 ) 1.5 (N/kg) F 1 0.5 0-0.5-1 f M a 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%) A -1.5 図 1b 正常歩行における床反力パターン ( 前後分力 ) 0.8 0.6 0.4 0.2 0-0.2-0.4-0.6 (N/kg) Ip 2 Ip 1 Iv O 2 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (%) O 1 図 1c 正常歩行における床反力パターン ( 側方分力 ) 6
Ⅲ 統計解析 あらかじめシャピロ-ウィルク検定にて各データが正規分布に従うことを確認し 対応のあるt- 検定を用いた 有意水準は p< 0.05 とした 統計処理ソフトは SPSS Statistics 18 を使用した Ⅳ 結果 装具無群と装具有群の床反力の特性パターンの床反力を表 1 に 歩行周期を表 2に示す 装具無群 装具有群 平均 標準偏差 平均 標準偏差 P 4.39 0.91 3.73 0.64 P 0 4.18 1.13 3.67 0.55 P 1 9.84 0.41 9.93 0.43 V 7.96 0.44 8.12 0.37 P 2 10.11 0.36 10.07 0.36 f -0.19 0.39-0.02 0.22 * A -1.34 0.25-1.06 0.20 ** M 0.00 0.01-0.01 0.01 F 5.03 2.00 4.33 0.85 a 16.16 2.27 23.61 4.04 ** O 1-0.36 0.14-0.25 0.15 * Ip 1 0.42 0.13 0.38 0.18 Iv 0.26 0.10 0.24 0.15 Ip 2 0.49 0.14 0.41 0.19 O 2-0.15 0.10-0.04 0.09 * *:P< 0.05 **:P< 0.01( 対応のあるt 検定 ) 単位 :(N/kg) 表 1 装具無群と装具有群の床反力データの特性値 7
装具無群 装具有群 平均 標準偏差 平均 標準偏差 P 5.96 1.51 6.11 1.17 P 0 8.36 2.59 8.94 1.62 P 1 24.72 3.38 28.97 2.47 ** V 43.63 3.80 46.66 2.46 P 2 76.08 2.67 75.05 2.90 f 5.03 2.00 4.33 0.85 A 16.16 2.27 23.61 4.04 ** M 55.38 5.87 56.58 6.44 F 87.10 2.04 86.15 1.76 a 100.00 0.00 100.00 0.00 O 1 5.00 0.79 4.90 1.15 Ip 1 25.70 3.09 28.57 6.62 Iv 45.61 8.27 49.77 5.44 Ip 2 73.39 5.70 77.11 3.28 O 2 93.54 2.19 93.93 2.35 **:P< 0.01( 対応のあるt 検定 ) 単位 :(%) 表 2 装具無群と装具有群の歩行周期データの特性値 垂直分力における全ての特性の床反力では 装具有群と装具無群との間に有意差は認めなかったが 歩行周期ではP 1 のみ装具有群の方が有意に遅延していた (P< 0.01) 前後分力における特性の床反力では 峰 f(p< 0.05) が装具有群の方が有意に小さく a(p< 0.01) は有意に大きかった また谷 A(P< 0.01) は装具有群の方が有意に浅かった また歩行周期では 装具有群のA(P< 0.01) の出現が有意に遅かった 側方分力における床反力では 外向き反力 O 1 O 2 (P< 0.05) が装具有群の方が有意に小さくなっていた 8
Ⅴ 考察 歩行中の足部の主な機能は 踵接地期から立脚中期までは衝撃吸収作用 立脚中期から足尖離地期までは身体の前方への推進作用が正常歩行において重要な役割を担っている 2) しかし AFO 装着により足関節の運動が制限されてしまう そこで今回私達は AFO 装着により歩行立脚期における下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用に対しどのような影響を及ぼすかを検討した 歩行の推進作用に必要な足関節のロッカーとして ヒールロッカー アンクルロッカー フォアフットロッカー が存在する ( 図 2) 荷重応答期にはヒールロッカーが働き 立脚中期には前進のためのアンクルロッカー 立脚終期には前進のためのフォアフットロッカーが働き 立脚終期への遊脚期における下肢の振り出しのための推進力へと繋がる 図 2 足関節のロッカー 9
ヒールロッカーは踵接地期と荷重応答期の間で起こり 踵骨隆起を支点として 足底面が床に着くスピードを前脛骨筋の遠心性収縮により制限している この時 前脛骨筋は下腿を前方へ進ませる役割も担っている また大腿四頭筋の遠心性収縮により膝関節屈曲を制限しつつ 前方へ進む下腿に大腿を引き寄せる役割を果たす ヒールロッカーは立脚下肢全体を容易に前進させるメカニズムとなる アンクルロッカーは 足底接地期に前足部が床に接地するところから始まる 足関節を支点として足部が固定され 足関節が背屈し 膝関節を軽度屈曲させながら立脚中期に達し立脚後期まで脛骨を前進させる アンクルロッカーでは ヒラメ筋の柔軟な筋活動が重要である ヒラメ筋は 腓腹筋とともに立脚中期に膝関節屈曲角度を制限し膝折れを防ぐことができる フォアフットロッカーは 立脚終期における動作であり 踵を挙上させるための働きである 歩行周期の間で最も強い推進力となり 下肢の前進を加速させる基礎として働く そして腓腹筋とヒラメ筋は強力に働き脛骨の前進する速度を減速させるため膝関節は屈曲して遊脚期に移行する その一方で衝撃吸収作用として荷重応答期に起こる大きな衝撃は 足関節 膝関節および股関節で起こる衝撃吸収反応により吸収される 7) 正常歩行における床反力の垂直分力では 峰 P 1 は踵接地期から足底接地期の間にある荷重応答期すなわちヒールロッカー時に出現する 本研究では峰 P 1 が装具無群と比較して装具有群では遅延して出現していたが 立脚初期には足関節の底屈によって装具は引き延ばされ 装具に背屈しようとする力が発生されること 8) から底屈運動が制限されるので峰 P 1 の歩行周期は遅延したと推測される 荷重応答期が遅延することによって 足底接地期から立脚中期の間に必要な荷重するための準備時間が短縮してし 10
まう そのことから 膝関節や股関節の筋の協調した収縮が困難になり 痙性が増強するあるいは 反張膝になりやすくなるなどが考えられる 谷 Vは立脚中期に相当している 一般的に AFO を装着すると谷 Vは浅くなるといわれている 足底接地期におこる足関節の背屈運動が装具によって制限されると足底接地から立脚中期にかけて脛骨を前進し膝関節を軽度屈曲するアンクルロッカー機能が働きにくくなる 本研究では有意差は認めなかったが装具無群と比較すると装具有群では谷 Vが浅かった 立脚中期に足関節の背屈が制限されると膝関節が伸展位傾向となり衝撃吸収作用が低下することが谷 Vの上昇に繋がると推測する このように衝撃吸収作用が低下すると膝関節や股関節への負荷が高くなり関節変性を引き起こし疼痛の原因となる可能性が考えられる 前後分力では 峰 fでは一般的に床反力ベクトルは足関節の後方 膝関節の後方 股関節の前方を通るので 股関節では大殿筋 ハムストリングなどの伸展筋 膝関節では大腿四頭筋 足関節では前脛骨筋などの背屈筋の筋活動がみられる 本研究では装具無群と比較して装具有群では峰 fは小さかった 峰 fは踵接地期に出現する床面を滑らないように足部が後方に押す力を示す 装具を装着すると重心が後方に残ったまま踵接地を行っているので峰 fが小さくなると推定できる 谷 Aは足底接地期で体重心を前方に移動させる力である 本研究では装具有群の方が谷浅くなった またその出現も遅延した これは垂直分力の峰 P 1 と同様に AFO 装着により底屈運動が制限されるためであると考えられる よって体重心を前方に移動する力が低下し 重心が後方に残った歩行となり歩行周期も遅くなる これにより 股関節屈曲位のまま歩行するので大殿筋の筋力を使いにくい歩行となる また反張膝となりやすいと考える 峰 Fは踵離地期から足尖離地期の間におきる床を後方に蹴る推 11
進力である 本研究では有意差は認められなかったが装具無群と比較して装具有群は低い傾向にあった これは AFO 装着により足関節の底屈運動が制限されフォアフットロッカー機能が働きにくくなり振り出しが十分に行うことができず 推進力は低下したと考えられる これにより 歩幅や歩行スピードも減少することが推測される aは足尖離地期を示し 足関節底屈筋群や足趾屈筋により床面を強く蹴ることで 身体の前方移動を達成している 本研究では 装具無群と比較すると装具有群の方ではaが高かった これは 爪先を支点として足関節の底屈が制限されるために乗り上げるように踵を離地し 次に爪先を離地する動きとなった 9) と考えられる 側方分力では 谷 O 1 は踵接地期から足底接地期に踵が内反位で接地するために起こる外向きの床反力を示す また谷 O 2 は足尖離地期に拇指が内側に床を押す時に起こる外向きの床反力を示す 本研究では装具無群と比較して装具有群は谷 O 1 と谷 O 2 は有意に小さくなった 足関節が固定され内がえしと外がえしが制限されるので 外向きと内向きの床反力が減少されたと推測される 踵接地期に生じる内がえしが制限されるため外向き反力の谷 O 1 は裸足と比べて減少し 谷は浅くなる また AFO により床面に対し中足指節間関節の屈曲 伸展が行えないため 踵離地期から足尖離地期にかけての拇指側プッシュオフができないために外向き反力の谷 O 2 が減少した AFO を装着する距骨下関節の動きが制限され 代償として膝関節の内外反しストレスが増大する可能性がある 今回の研究から AFO 装着により足関節の運動が制限され 歩行立脚期における下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用が阻害されることがわかった よって股関節と膝関節に負 12
担がかかり 歩行に影響を及ぼしていることが示唆された そのため長期使用すると関節変性などが起こりやすく疼痛発生の誘因となる可能性が高い Ⅵ 課題 本研究の限界として床反力計のみを使用していることと 対象者数が制限されているということが挙げられる 今後 対象者を増やし 脳卒中後遺症患者を対象として 装具の利点と弊害についてさらなる検討をしていきたい 引用文献 1) 佐熊重広. 片麻痺者の装具療法の実際. 理学療法京都 34:53-57,2005. 2)Kirsten Gotz-Neumann. 観察による歩行分析, 歩き方 ヒトの歩容の生理学, 東京, 株式会社医学書院,pp30-31,2011. 3) 磯兼直道, 木村友香, 近藤優里菜, 他. 短下肢装具の踵の硬さが歩行に与える影響. 中部リハ雑誌 6:38-41,2011. 4)Donald A. Neumann. 筋骨格系のキネシオロジー, 第 4 部下肢, 東京, 医歯薬出版株式会社,pp565-566,pp577-578,2010. 5) 石井慎一郎. 異常歩行の運動学的 運動力学的分析 Ⅰ. 理学療法 26 巻 1 号 :86-96,2009. 6) 盛合徳夫. 床反力分析を中心として. リハビリテーション医学 10 巻 4 号 :248-252,1973. 7) 武田功. ペリー歩行分析 正常歩行と異常歩行, 第 1 部基本第 3 章基本的な機能, 第 2 部正常歩行第 4 章足関節 足部複合体, 東京, 医歯薬出版株式会社,pp19-43,2009. 8) 山本澄子. 理学療法 MOOK 6 運動分析. 高橋正明, 装具歩行, 東京, 株式会社三輪書店,pp110-116,2005. 9) 佐竹將宏.15 レクチャーシリーズ理学療法テキスト装具学. 石川朗, 装具学総論, 東京, 株式会社中山書店,pp1-8,2011. 13