平成 28 年 11 月 29 日 平成 28 年度福岡大学病院メディカルセミナー 緩和ケアにおける 痛み止めの使い方 福岡大学病院薬剤部 内山 将伸
緩和医療 (WHO,2002 年 ) 緩和ケアとは 生命を脅かす疾患による問題に直面する患者とその家族に対して 痛みやその他の身体的 心理的 社会的な問題 さらにスピリチュアルな問題を早期に発見し 的確な評価と処置を行うことによって 苦痛を予防したり和らげることで QOL( 人生の質 生活の質 ) を改善するアプローチである 2
全人的痛み (Total Pain) 3
痛みの性質による分類 分類侵害受容性疼痛神経障害性疼痛 体性痛 内臓痛 障害部位 皮膚 骨 関節 筋肉などの体性組織 食道 胃 小腸 大腸などの管腔臓器肝臓 腎臓などの被膜をもつ固形臓器 末梢神経 脊髄神経 視床 大脳などの痛みの伝達路 痛みの特徴 局在が明瞭な持続痛が体動に伴って増悪する 深く絞られるような 押されるような痛み局在が不明瞭 障害神経支配領域のしびれ感を伴う痛み電気が走るような痛み 機序 Aδ 線維 C 線維 Aδ 線維 < C 線維 異所性神経活動 感作 脱抑制 薬剤選択 非オピオイド オピオイド デノスマブなど オピオイドが有効なことが多い 鎮痛補助薬を検討する Aδ 線維 ( 伝導速度が速い ) 鋭い針で刺すような局在の明瞭な痛み C 線維 ( 伝導速度が遅い ) 局在の不明瞭な鈍い痛み 日本緩和医療学会 : がん疼痛の薬物治療に関するガイドライン (2014) 4
痛みの包括的評価 共通する疼痛治療 がん疼痛治療の流れ 原因に応じた対応 がんによる痛み ( 外科治療 化学療法 放射線治療 ) がん治療による痛み がん がん治療と関連のない痛み オンコロジーエマージェンシー 特定の病態による痛み 軽度の痛み NSAIDs またはアセトアミノフェン オピオイド 中等度以上の痛み 日本緩和医療学会 : がん疼痛の薬物治療に関するガイドライン (2014) 5
痛みのパターンによる分類 痛みは 1 日の大半を占める持続痛と突出痛と呼ばれる一過性の痛みの増悪の組み合わせで構成されている 持続痛 24 時間のうちに 12 時間以上経験される平均的な痛み として患者によって表現される痛み 突出痛 持続性の有無や程度 鎮痛薬治療の有無にかかわらず発生する一過性の痛みの増強 日本緩和医療学会 : がん疼痛の薬物治療に関するガイドライン (2014) 6
鎮痛薬使用の 5 原則 経口投与を基本とする (by mouth) 時間を決めて定期的に投与する (by the clock) 除痛ラダーにそって痛みの強さに応じた薬剤を選択する (by the ladder) 患者ごとに個別的な量を投与する (for the individual) 患者ごとに細かい配慮をする (with attention to detail) 7
WHO3 段階除痛ラダー 第一段階軽度の痛み 第二段階軽度から中等度の強さの痛み 弱オピオイド 第三段階中等度から高度の強さの痛み 強オピオイド 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 8
WHO3 段階除痛ラダー NSAIDs アセトアミノフェン 第一段階軽度の痛み 第二段階軽度から中等度の強さの痛み 弱オピオイド 第三段階中等度から高度の強さの痛み 強オピオイド 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 9
NSAIDs 抗炎症作用 解熱作用 鎮痛作用を有する 炎症がある局所におけるプロスタグランジン (PG) の産生阻害 常用量で鎮痛が難しくなったら 他の鎮痛薬を開始する必要がある ( 天井効果 ) 骨転移 皮膚転移 筋肉転移などの体性痛には有効である 副作用 胃腸障害 腎機能障害 血小板機能障害 心血管系障害 10
アセトアミノフェン 鎮痛 解熱作用を有する 中枢に作用して鎮痛作用を発現する 消化管 腎機能 血小板機能に対する影響は少ない 投与量は 1 回 300~1000mg で 投与間隔は 4~6 時間以上とし 1 日総量は 4000mg まで 他の鎮痛薬 ( オピオイド ) との併用で相加的な効果を期待できる 注意すべき副作用は肝障害 ( 肝細胞壊死 ) 11
WHO3 段階除痛ラダー トラマドールオキシコドンコデイン 第一段階軽度の痛み モルヒネオキシコドンフェンタニル 第二段階軽度から中等度の強さの痛み 弱オピオイド タペンタドールメサドン 第三段階中等度から高度の強さの痛み 強オピオイド 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 12
強オピオイド製剤の特性 がん疼痛治療の主役! モルヒネオキシコドンフェンニタル μ 受容体の親和性 +++ +++ +++ 活性代謝物モルヒネ -6 グルクロナイド -( きわめて少ない ) - 腎障害の影響 +++ + - 剤形 副作用 速放性製剤末, 錠, 液散口腔粘膜吸収 徐放性製剤錠, 散, カプセル錠, カプセル貼付 非経口剤坐, 注射注射注射 嘔気 嘔吐 ++ + ± 便秘 ++ ++ ± 眠気 ++ ++ + 呼吸抑制 + + ++ 掻痒 ++ + ± + 作用あり - 作用なし 13
オピオイドをうまく選択するポイント オピオイドを選択する時に考える事は 5 つ データで確認 1 腎障害 フェンタニル又はオキシコドンを選択 問診で確認 2 緊急性 3 内服の負担 4 呼吸困難 5 便秘 悪心 眠気 せん妄 注射剤を選択貼付剤 ( もしくは注射剤 ) を選択 モルヒネ又はオキシコドンを選択フェンタニルを選択 余宮きのみ : がん疼痛緩和の薬がわかる本一部改変 14
WHO3 段階除痛ラダー 抗うつ薬 ( 三環系 SNRI) 抗けいれん薬コルチコステロイド NMDA 受容体拮抗薬 第一段階軽度の痛み 第二段階軽度から中等度の強さの痛み 弱オピオイド 第三段階中等度から高度の強さの痛み 強オピオイド 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 非オピオイド鎮痛薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 ± 鎮痛補助薬 15
鎮痛補助薬 * プレガバリン以外 そのほとんどが保険適用外の使用となる 状態の特徴 選択する薬 発作的な痛み抗けいれん薬 ( プレガバリン カルバマゼピン バルプロ酸など ) 痛みの性状 アロディニアを伴うプレガバリン,NMDA 受容体拮抗薬 ( ケタミンなど ) 骨転移の体動時痛 NMDA 受容体拮抗薬 ( ケタミンなど ) 筋れん縮を伴う筋弛緩作用のある薬 ( バクロフェン, クロナゼパム ) 随伴症状 不眠がある 眠気が不快 不安が強い 眠気の出やすい抗けいれん薬 ( プレガバリンなど ) 抗うつ薬 ( トリプタノールなど ) ケタミン 眠気がでない抗不整脈薬 ( メキシレチン ) イフェンプロジル眠気を調整しやすい抗けいれん薬 ( バルプロ酸 ) 抗不安作用のあるクロナゼパムなど 電気が走るような, 鋭い, 刺すような 抗けいれん薬 痺れたような, 締め付けられるような, 突っ張るような 抗うつ薬 抗不整脈薬 余宮きのみ : がん疼痛緩和の薬がわかる本一部改変 16
痛みの包括的評価 共通する疼痛治療 がん疼痛治療の流れ 原因に応じた対応 がんによる痛み ( 外科治療 化学療法 放射線治療 ) がん治療による痛み がん がん治療と関連のない痛み オンコロジーエマージェンシー 特定の病態による痛み 軽度の痛み NSAIDs またはアセトアミノフェン オピオイド 中等度以上の痛み 持続痛が緩和されていない場合 定期投与量の増量 オピオイドスイッチング 突出痛が緩和されていない場合 レスキュー薬の投与 突出痛の分類による治療 日本緩和医療学会 : がん疼痛の薬物治療に関するガイドライン (2014) 17
突出痛の特徴 痛みの発生からピークまでの時間 平均持続時間 15~30 分 90% は1 時間以内終息 3 分程度 突出痛の 90% は 1 時間以内に終息 突出痛 時間 持続痛 ピークまでの時間 約 3 分 平均持続時間 15~30 分 18
患者への問診が大事!! 突出痛のアセスメント方法 突出痛 持続痛の有無の確認 いいえ 今 痛いですか? ( 動かず じっとしていても痛いですか?) はい 突出痛の種類を確認 どういう時に痛くなりますか? 持続痛 薬の切れ目に痛くなりますか? 動くなど 痛みが出るときにきっかけはありますか? 何もしていないのに突然痛みが強くなりますか? 切れ目の痛み体動時痛発作痛 定期鎮痛薬の調整 速放性製剤を 15~20 分前に使用 フェンタニル速放性製剤 19 余宮きのみ : がん疼痛緩和の薬がわかる本改変
レスキューの種類 従来の速放性製剤 ( モルヒネ オキシコドン ) フェンタニル速放性製剤 海外では明確に区別されている Short acting opioids(sao) オプソ内用液オキノーム散 ROOの効果発現までの時間は15 分以内 SAOの効果発現までの時間は約 30 分 Rapid onset opioids(roo) アブストラル舌下錠イーフェンバッカル錠 持続痛 20
レスキュー薬のまとめ 速放性製剤 効果発現時間 持続時間 利点 注意点 モルヒネ例 : オプソ オキシコドン例 : オキノーム 30~40 分 4 時間前後 切れ目の痛みによい適応 ( 定期鎮痛薬のタイトレーションに向いている ) 経験的に 1 日用量の 1/6 など 投与量が決定しやすい 即効性がない 便秘の増悪 フェンタニル例 : アブストラルイーフェン 最高用量の上限がない ~15 分 1~2 時間 内服困難( 嚥下障害 通過障 害 ) でも使用可能 便秘になりにくい より速く効くので狭義の突出痛によい ( 体動時痛 発作時痛 ) タイトレーションが必須 800μg が最高用量 ( 無効な症例も ) 投与間隔 回数 高価になる可能性がある 21
フェンタニルレスキュー適正使用チェック 決められた開始用量から開始し 1 段階ずつ増量し有効用量を決める 開始用量 アブストラル舌下錠 イーフェンバッカル錠 100μg 50µg( 経口モルヒネ換算 30~60mg) 100μg( 経口モルヒネ換算 60mg 以上 ) 次の投与は決められた投与間隔をあける 1 日 4 回まで アブストラル舌下錠 イーフェンバッカル錠 2 時間 4 時間 * 他のレスキュー薬を準備しておく 22
オピオイド換算量の目安 持続静注 皮下注フェンタニル 0.4~0.6mg 持続静注 皮下注モルヒネ 20~30mg 持続静注オキシコドン 30mg フェントステープ 2mg(25μg/hr) 経口モルヒネ 60mg 経口オキシコドン 40mg 経口トラマドール 300mg 坐剤 ( 直腸内 ) モルヒネ 40mg 経口タペンタドール 200mg トラムセット ( トラマドール 37.5mg/ アセトアミノフェン 325mg) トラマドール 50mg 23
オピオイドスイッチング 鎮痛効果や副作用の軽減などを目的とし 現在使用しているオピオイドから他のオピオイドに切り替える方法 1. 経口薬からの切り替え a. 経口薬 (12 時間徐放性製剤 ) フェントステープテープ貼付と同時に経口薬 1 回分投与 2. フェントステープからの切り替え a. フェントステープ 経口薬テープ除去 6~12 時間後に経口薬内服開始 * モルヒネ 60mg( オキシコドン 40mg) 以下であれば 一気にスイッチしても構わないが それ以上の用量では 1/4~1/2 ずつ変更し 微調整する 24
モルヒネの主な薬理作用の有効用量の比較 鎮痛に必要な用量の 10.4 倍 鎮痛に必要な用量の 1/10 鎮痛に必要な用量の 1/50 鈴木勉 : 調剤と情報 13:12-15 (2007) を一部改変 25
オピオイドの消化管に対する作用機序 オピオイド 経口貼付注射 中枢神経 経口 十二指腸 消化低下運動低下 胃 運動低下 小腸 消化低下運動低下 大腸 運動低下水分再吸収増加 肛門括約筋 排便反射低下緊張増加 高瀬久光 加賀谷肇 : がん看護 2008 年 1 月改変 26
便秘の治療薬 * 用量依存的に頻度も重症度も増え 耐性形成はほとんど起こらない 分類薬剤名 1 日用法 用量 浸透圧性下剤 塩類下剤酸化マグネシウム 1000~2000mg( 分 2~3) 糖類下剤ラクツロース 10~60mL( 分 2~3) センナ 1~3g( 分 2~3) 大腸刺激性下剤 センノシド 12~48mg ( 就寝前または起床時と就寝前 ) ピコスルファートナトリウム 5~30 滴 /2~6 錠 ( 頓用 ) ピサコジル 10mg/ 回,1 日 1~2 回 ( 頓用 ) 浣腸 グリセリン 10~150mL/ 回 Cl - チャネルアクチベーター ルビプロストン 48μg( 分 2) 日本緩和医療学会 : がん疼痛の薬物治療に関するガイドライン (2014) 27
嘔吐の機序 抗ヒスタミン薬 大脳大脳皮質 ( 感情 : 暗示 連想 情動 ) 前庭器 ( 運動 ) オピオイド 第四脳室 CTZ ドパミン受容体拮抗薬 消化管 延髄 CTZ 消化管運動改善薬 嘔吐 28
悪心 嘔吐の予防と治療薬 * 投与初期に 1~3 割に発現し 数日から 1 週間で耐性形成される 主な作用部位薬剤名剤形 1 回投与量 CTZ ( ドパミン受容体拮抗薬 ) プロクロルペラジン ハロペリドール 前庭器 ( 抗ヒスタミン薬 ) ジフェンヒドラミン / ジプロフィリン 消化管 ( 消化管運動亢進薬 ) メトクロプラミド CTZ VC など ( 非定型抗精神病薬 ) クロルフェニラミンマレイン酸塩 ドンペリドン 日本緩和医療学会 : がん疼痛の薬物治療に関するガイドライン (2014) 錠 注 錠 注 錠 注 錠 注 錠 注 錠 坐薬 5mg 5mg 0.75mg 2.5~10mg 40mg/26mg 2.5~5mg 2mg 5mg 5~10mg 10mg 5~10mg 60mg オランザピン錠 2.5mg リスペリドン 錠 液 0.5mg 0.5mg 29
痛みの包括的評価 共通する疼痛治療 がん疼痛治療の流れ 原因に応じた対応 がんによる痛み ( 外科治療 化学療法 放射線治療 ) がん治療による痛み がん がん治療と関連のない痛み オンコロジーエマージェンシー 特定の病態による痛み 軽度の痛み NSAIDs またはアセトアミノフェン オピオイド 中等度以上の痛み 患者教育 持続痛が緩和されていない場合 定期投与量の増量 オピオイドスイッチング 突出痛が緩和されていない場合 レスキュー薬の投与 突出痛の分類による治療 日本緩和医療学会 : がん疼痛の薬物治療に関するガイドライン (2014) 30