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1 ACL Yukio Urabe, PT, PhD, JASA-AT, MA ここでは著者が行ってきたデータを振り返り ながら スポーツ リハビリテーションの流 れのなかで いくつかの事実を眺め 注目す べき研究を取り上げ 将来を洞察するという 企図のもと 膝関節のバイオメカニクス研究 / 筋力増強のエクササイズは不可欠 / 関節可 動域の獲得 / ACL 損傷とテーピング 装具 シューズ / 固有感覚と ACL / 下肢アライメ ントと ACL 損傷 / ACL 損傷の左右差 / 動作 分析の成果を ACL 損傷予防に展開する の 8 項目でまとめていただいた 1. 膝関節のバイオメカニクス研究はさまざ まな分野の発展に寄与した とくに膝前十 字靭帯 (anterior cruciate ligament, ACL) 損傷の治療 予防に果たした役割の大きさ は計り知れない 私たちが学生のころにはバイオメカニク スの教科書として 基礎運動学 ( 文献 1) とカパンディ 関節の生理学 ( 文献 2) が バイブル的な存在で すみからすみまで読 みつくした ACL は関節包外の靭帯で ある と理解する表現があり みなで議論 したものだ 図 1 バイオメカニクスはキネマティクス (kin 膝関節 男子 (n=150) 女子 (n=324) 5 以上の膝関節過伸展 右下肢 左下肢 ありなしありなし 61 89 67 83 209 111 213 111 ematics: 空間での動き ) とキネティクス (kinetics: 動きの力源 ) から構成されると理解している スポーツ選手の膝関節に注目すると 骨 軟骨 関節 滑膜 靭帯 関節包 筋 腱 脂肪 皮膚 などの構造によって 筋固定性 (stability) と可動性 (mobility) あるいは静的な (static) 状態と動的な (dynamic) 状態がみごとに釣り合い 時々刻々と変化しながら運動パフォーマンスを遂行している 誠に素晴らしいものである また 膝関節単体の運動 (mono-articular movement) のみでなく 足関節や股関節という上下に位置する関節や さらに骨盤 体幹を含めた 全身の運動の連関 (kinetic linkage) のなかでの多関節の複合運動 (multi-articular movem ent) も見逃せない そうすると 神経筋機能 (neuro-muscular function) という全体の見方で 膝関節のバイオメカニクスを考える必要が出てくる そういう意味では 本当に面白い関節である 構造としての解剖学に 神経による筋収縮の制御が加わり広い意味での運動学が成立していくことが 膝関節のバイオメカニクスである 膝関節の特徴は 縫合を除くと近位は大腿骨 遠位は脛骨という長大な長管骨に挟まれた 人体で最大の関節ということである 単純には屈曲と伸展を行う蝶番関節 (hinge joint) である 多くの日本人は正座が可能であり 屈曲は 155 や 160 となる 伸展は 正常範囲で少しばらつきがあり 若干の伸展制限がある人 0 そして過伸展と言われる人がいる 図 1 ( 文献 3) は 2016 年広島インターハイに出場した 男女バスケットボール選手の膝関節角度である 5 以上の過伸展がこれほど多いのに驚く これが選手個々の性質なのか トッ 浦辺幸夫 ( うらべ ゆきお ) 先生プ選手になるための日々の鍛錬の結果なのか 興味が湧いてくる 筆者は ACL 損傷予防を考える際に key になる数値と考えている 膝関節の屈伸運動のすべての可動域は 160 くらいになり この可動範囲は肩関節の次に大きく 肘関節よりも広い 膝関節の蝶番構造にわずかばかりの回旋が加わることで ACL 損傷を始め 半月板損傷など多くの膝関節損傷が生じている 今回は膝関節のバイオメカニクスの特集に寄せ 筆者らが行ってきたデータを振り返りながら スポーツ リハビリテーションの流れのなかで いくつかの事実を眺めてみる また 注目すべき研究をいくつか取り上げ 将来を洞察することを企てた 2. 膝関節伸展位近くでの大腿四頭筋の収縮は 脛骨粗面を通じて脛骨を前方に引き ACL にストレイン ( ひずみ ) を生じるということを根拠に ( 文献 4) ACL 再建術後のトレーニングを考えた ( 文献 5, 6) もう 30 年も前の話になるが 再建材料に 2 Sportsmedicine 2017 NO.190

負担をかけずに膝関節筋力を回復させることは 私たちにとって重要な課題であった そして 当時培った基本的なスポーツ リハビリテーションの骨子は 現在となんら変わらない 筋力増強のエクササイズについてはその後も多数のデータを示し ( 文献 7) スポーツ選手のレベルに応じた等速度性運動での膝関節伸展筋力の基準値の設定を試みた ( 文献 8) 体重比をもとに スポーツ リハビリテーションの目標値を設定することで 成果の判別がたいへん容易になった このようなかたちで 筋力増強を進めてきたが 現在等速度性筋力の評価があまりなされなくなってきている これは由々しき状況と言わざるを得ない うどの大木 という言葉がある いくら筋力をつけても 実際のスポーツ活動の役に立たないなら 大きな筋肉は全く無駄である ということが 一般の風潮である 筆者は まずきちんと筋力をつけ その後にスポーツ活動に適した筋収縮ができるように変容させるというのが持論である ファンクション エクササイズに代表されるように 現在はあまりにもスポーツ活動に即した筋力発揮を求めるため 無駄な筋力 は排除されているようである まずは ACL 再建術後に筋力の絶対値をしっかり回復させ 結果的に左右差をなくすことが 原則 と考えている しかし実際には ACL 再建術後にどの程度の筋力があればよいかを明確に示すことのできるセラピストが減っているのは事実である 吉田ら ( 文献 9) は ACL 再建術後のスポーツ リハビリテーションにおいて 評価ならびにトレーニング方法として 筋力 ペダリング動作 呼気ガス分析 を推奨している スポーツ リハビリテーションの最終目標はスポーツ復帰 (return to play: RTP) である スポーツ種目に特化した体力レベルを スポーツ リハビリテーションの過程で再獲得させていくことが必要である スピードや持久力をつけるための基本が 筋力 の再獲得であることを強 調したい ( 文献 10) 3. ACL 再建術後に屈曲制限や伸展制限が起こることがある 膝関節の可動域制限の原因はいくつか考えられる ACL 再建術後の炎症 とくに腫脹の問題や 手術の技術的な問題などが挙げられる いつまでに関節可動域制限をなくせばよいかは意見の分かれるところである 関節可動域制限が大きいと筋力も回復しにくく 筋萎縮も進みやすくなり 筋肥大が望みにくくなる 膝関節運動では 関節内での滑り 転がりという運動を基礎的なバイオメカニクスの理論として学習する 理学療法士は関節モビリゼーションとして 大腿骨に対し脛骨を前方あるいは後方に滑動させながら関節可動域を拡大する方法をとる ACL に加わるストレスを考えると 果たして安全なのかといつも考えてきた 通常 ACL 再建術後には自動的な ROM エクササイズでことなきを得る ときどき頑固な膝関節伸展制限が起こることがあるが 再建材料以外の軟部組織由来の制限であれば 復帰時期までにほぼ制限がなくなる と選手に指導してきた 粗雑な対応のようにもみえるが 実際に そうなってゆくことがほとんどであった ( 文献 11) ランニングなどスポーツ活動時に膝関節は常時屈曲位にある したがって膝関節に伸展制限があっても スポーツ活動への参加は意外にも可能である 5 程度の伸展制限は 他覚的に知覚できる しかし 神経質にならなければ 問題は少ない むしろ ACL の機能を補助することを考えると それが望ましいかもしれない セラピストが他動的な ROM エクササイズを行うこともあるが 過剰に選手の心理的緊張を高めることのないように進めていくことが重要である それでは過伸展がある場合はどうするか? 膝関節過伸展は 関節の 緩み の表現のひとつでもあり ACL 損傷や再建材料の再断裂のリスクとなると考えてい る もともと非術側の過伸展が大きい場合 再建術側の膝関節伸展も 徐々に可動域が増加し スポーツ復帰が近づくころには 過伸展になっているということが通常のようである どちらがよいのか まだ正しい回答はないようである 4. ACL テーピングはスポーツ リハビリテーションに欠くことのできない技術である 足関節のテーピングは最もポピュラーであり 膝関節については MCL(Medial Col lateral Ligament 内側側副靭帯 ) 損傷に対してよく実施される 多分 一定の効果が認められている ( 文献 12) 膝 ACL 損傷に対するテーピングの効果については 明確なエビデンスはないようである しかしながら 現場ではテーピングを施行することが実に多い 基本的には 1 膝関節伸展制限 2 過剰な回旋 3 膝関節外反を少しでも制御したいのである 比較的軟部組織の層が薄く 骨が隆起している部位として 脛骨粗面 膝蓋骨 内 外側上顆周辺を頼りに粘着テープをとめていくが やはり制動力に限界がある ランニングなどのスポーツ動作では膝関節屈曲 20 から 125 程度までの大きな自由に動く運動範囲が要求される 加えて 膝関節の運動軸は屈伸の角度によって変化していくため 相応のテーピングの技術が要求される 膝関節伸展最終可動域で伸展制限を行うテープの影響を実際に高速度カメラで観察した ( 文献 13) テープの本数が増えるに従い 最終域での制限がうまくできることが 高画像からうかがい知ることができた したり と思ったものだ テーピング以外で 身体の外部から ACL を護ろうとするのもとして 装具がある 装具のエビデンスについても効果判定は判然としない その他の要素として ACL に優しいスポーツシューズ は興味深い 筆者らは 摩擦係数の異なる 4 種類 Sportsmedicine 2017 NO.190 3

図 2 静摩擦係数の異なる脱着可能な 4 種類のソール ( アシックス社特製 ) P.25 のアウトソールを装着した実験用のバスケットボールシューズを製作した ( 図 2) ストップ動作の課題で 摩擦係数の高いシューズは確実に短い距離で停止し 摩擦係数が低いシューズは停止距離が長かった ここで注目したのは 対象となったスポーツ選手が 摩擦係数の低いシューズを履いたときに 停止距離が長くなったことに気づけなかったことである 通常スポーツ選手は よく止まるシューズ を求めるが 実際はどのシューズも よく止まる と認識されていた ACL に優しいシューズを作るなら 停止距離が長いほうが 確実に ACL に与えるストレスは小さいものと考えられる ( 文献 14) 筆者は ACL 損傷予防シューズ ( 仮 ) が開発できないかと考えている ( 文献 15) そのためのシューズは図 3 のような ヒールをカットし 前足部で常時接地するようなシューズである 膝関節の屈曲位を保ちやすくすることで 膝関節伸展位をとる回数や時間を減少させるという理論が ACL 損傷予防に役立つのではないかという着想である 図 3 ACL 損傷予防シューズ ( 仮 ) 5. ACL ACL の伸張による破断強度は 2,000N を 超える 膝関節の伸展と外反 下腿の内旋 で物理的な伸張刺激を受けて断裂すると考 えられている ACL の実質中には さま ざまな固有感覚 (proprioception) 受容器 が含まれていることが知られている 感覚 受容器の影響を受けるなら ACL は物理 的な構造物だけではなく センサーとして 運動を制御する働きをもつことになる た とえば 膝関節が伸展する際には生理学的 な相反抑制の理論により 大腿四頭筋の活 動の促進に寄与しているのが ACL なのか もしれない 膝関節屈曲ではハムストリン グ筋群の収縮を補佐している可能性があ る ACL 再建術後の早期には 再建材料 に固有感覚機能が十分に備わっておらず 徐々に回復するのではないかという考えが ある 図 4 膝関節位置覚の測定装置の開発 1. SW 2. SW 固有感覚についてはわからないことも多 い 筆者らは広島大学で図 4 のような専用 の測定装置を製作し ACL 再建術後の運 動覚と位置覚について研究した ( 文献 16) 結果として 0.5d/s という比較的遅い 速度で運動覚を測定すると ACL 再建術 後変化が正確に把握できることが予測され た 位置覚については ACL 再建術後 6 カ月までは誤差が収束するが その後 12 カ月にかけては再び誤差が大きくなる傾向 が示された 対象毎に固有感覚の回復に違 いがあることが想像され スポーツ リハ ビリテーションの効果判定に使用できる指 標になると考えた ( 文献 17) 6. ACL 1994 年ごろより 下肢アライメントに ついて考えるようになった ( 文献 18) ACL 損傷リスクの高い下肢アライメント として膝関節外反 = Toe-out & Knee-in という考えが浸透し始めた Toe-out & Knee-in では 一見して下腿の外旋が想像 されるが ACL 損傷は圧倒的に脛骨の過 剰な内旋がリスクとなる ACL 損傷時の MRI 画像上の骨傷の位置や ビデオ分析 から 膝関節外反 = 下腿外旋ではなく む しろ膝関節外反 = 下腿内旋となっているこ とがわかってきた しかしながら Toeout & Knee-in という下肢の運動連鎖 (ki netic linkage) は理解しやすく観察もしや すいため 今後も重要視されていくだろう 数年をへて 1998 年ごろにはアライメ ントコントロールということで 安全で効 率的な RTP のスポーツ リハビリテーショ ンで多用するようになった これが現在の ACL 損傷予防に使用されている ( 文献 19) 約 20 年経過したが基本的な考え方 は踏襲している すなわち ACL 損傷を 回避する下肢アライメントとして 十分な 膝関節と股関節の屈曲 下肢の屈伸展方向 を矢状面で一直線にし 強い外反を起こさ ない 重心を後方荷重におかない という ことである P.25 4 Sportsmedicine 2017 NO.190

2 オリンピック選手はじめトップアスリートの 前十字靭帯 (ACL) 再建術とそのリハビリ テーションで知られる京都がくさい病院 弊 誌でも何度か特集で紹介させていただいてき たが ここで改めて同病院の吉田先生にイン タビューした 豊富な資料から貴重なデータ も紹介していただいた 2PIA-pedaling test 吉田先生は長年 膝前十字靭帯再建術 後のリハビリテーションに携わっておられま す また 競技復帰時期の筋力や 全身持久 図 1 PIA-pedaling test の方法 力 瞬発力 敏捷性といった運動生理学的な指標を評価してアプローチされていますが どういう思いで? 吉田 : 選手に自分自身の体力要素を数値で示してあげることは 競技復帰まで長いリハビリテーション期間のモチベーションを保つために非常に重要になると思っています たとえば この数値がここまで上がれば ダッシュやジャンプのトレーニングができるよ とか この数値が高くなればもう少しアジリティがよくなって こういうプレーができるようになるよ とか 説明できれば選手のやる気につながるのではないかと思っています どんなプレーができるかもわかる? 吉田 : そうですね なんとなくですけど選手の反応を見ると結構当たっているようです 復帰時期の 2 カ月前に PIA-pedaling 吉田昌平 ( よしだ しょうへい ) 先生 test(prediction of Instantaneous pow er and Agility performances used by pedaling test:pia-t) というのをやっています これは 瞬発力とアジリティの能力を予測するテストとして考案したものです 自転車エルゴメーター (POWER MAX VⅡ) を使用して 3 種類の負荷 ( 男子では 体重の 5% 負荷を 1 本目 10% 負荷を 2 本目 12.5% 負荷を 3 本目 女子では 体重の 2.5% 負荷を 1 本目 7.5% 負荷を 2 本目 10% の負荷を 3 本目 ) をそれぞれ全力ペダリングさせることで 瞬発力とアジリティの能力を予測します ( 図 1) 従来からの方法で 3 回の全力ペダリングを行えば 最大無酸素パワーが求められ これを瞬発力として評価しています それに加えて 過去の我々の研究において 1 本目の低負荷での全力ペダリングにおけるピーク回転数と方向転換動作 ( アジリティ ) との関係が高いことを報告しています 図 2 に PIA-t のフィードバック用紙を示します 横軸に瞬発力 縦軸にアジリティを示しています また この時期に全身持久 Sportsmedicine 2017 NO.190 7

力の評価も同時に行っています 全身持久力の評価は トレッドミルを使用して呼気ガス分析装置によって呼吸性代償開始点 (RCP 図 3 4) の走速度を評価指標として求めています この RCP は持続的に運動を行うなかで産生した乳酸を除去できるスピードの限界点とされています つまり サッカーやバスケットボールといったスプリント動作やジャンプ動作を続けて行うようなスポーツでは 試合中や練習中に産生される乳酸を除去する高い能力が必要不可欠となります つまり RCP の走速度が高ければ高強度の運動を繰り返し続けて行 図 2 PIA-pedaling test のフィードバック用紙 う能力が高くなると考えています 競技によっても RCP の走速度は違う? 吉田 : そうですね サッカーとバスケットボールの選手を比較すると全身持久力はサッカー選手のほうが高いと言われていますが 我々のもっているデータ ( 女性アスリートを対象としたもの ) でも RCP はサッカー選手のほうが統計学的に有意に高いです ( 図 5) ということは ACL 再建術後のアスリートも種目によって全身持久力獲得の目標は違ってくる? 吉田 : そうなります 先ほど RCP の走速 図 3 漸増運動負荷試験時の乳酸応答と換気応答 図 4 呼気ガス分析による RCP の求め方 AT 以降 主に呼気終末二酸化炭素濃度が急激に低下し始める点 度は持続運動のなかで乳酸を除去できる限界の走速度と説明しました 一般的には全身持久力を 有酸素運動能力として表現されていますが 我々は全身持久力の評価指標としている RCP を乳酸除去能力と言っています また PIA-t で瞬発力やアジリティ能力が高ければ乳酸の産生能力が高くなります つまり RCP と PIA-t を同時に評価することで その選手が試合中にどの程度 動けるかが予測できると考えています それは どういうこと? 吉田 : たとえば RCP の走速度は同じで PIA-t では一方の選手 (A 選手 ) が高い数値を示し 他方の選手 (B 選手 ) が低い数 8 Sportsmedicine 2017 NO.190

値を示したとします ( 図 6) この結果から全身持久力のみの評価では A 選手と B 選手は試合中に同等のレベルに走れる能力があると評価してしまいます しかしながら PIA- tによって乳酸産生能力が予測できるわけですから 乳酸除去能力 (RCP の走速度 ) が同じであれば乳酸産生能力が低い B 選手のほうが試合中の走行能力は高くなり 乳酸産生能力の高い A 選手は B 選手と比べて走行能力は低くなることが考えられます つまり 乳酸産生能力の高い選手は それに見合った乳酸除去能力が必要になってくるということになる 吉田 : そうなります リハビリテーションでは スクワットやジャンプトレーニングなど筋力を高めて乳酸産生能力を高めるようなものが多くあります しかしながら 今のリハビリテーションのなかでは 高強度の運動で産生した乳酸に対して除去する能力を評価してトレーニングするという考え方は広まっていないように感じます 競技特性やポジション 選手のプレースタイルに合わせたリハビリテーションが必要なことは理解しやすいことですが 今後我々の行っている評価が競技復帰を目指している多くの選手の役に立てればと考えています 先生が勤務されているがくさい病院では今もこの評価をトレーニングに役立てている? 吉田 :2000 年ぐらいから行っています 今まで多くの選手の評価をさせていただきましたが 今では健常競技者と同等レベルまたはそれ以上に回復して競技に復帰している選手が多くいます 再受傷の予防という観点からも このような体力指標を向上させて競技復帰してもらうことが重要だと考えています ケガをする前よりも高い身体能力を獲得させるということ? 吉田 : 理想ですが そういうことが必要に 図 5 サッカー選手とバスケットバール選手の全身持久力と瞬発力サッカー選手の全身持久力の方が有意に高くなっている なると考えていま す 実際にはケガを する前の身体能力の データがありません ので あくまでも理 想ですけど そうなると か なり厳しいトレーニ ングになりますね 吉田 : 本当に 選手 には頭が下がる思い です そのような強度 の高いトレーニング を行っていくには 術前 術後早期のリハビ リテーションが重要になると思いますが? 吉田 : 非常に重要になります どのようなことがポイントになる? 吉田 : 術前のリハビリテーションでは ま ず膝関節の伸展制限がしっかりとなくなっ ているかが重要です ( 半月板のロッキング 等合併症がない場合 ) 術前に伸展制限が 残存していると術後の膝伸展筋力が不良に なることを多く経験します 関東労災病院 の今屋健先生らのグループではそのあたり のデータを報告されています そのうえで 図 6 A 選手と B 選手の全身持久力と瞬発力 ( 例 ) 両選手とも全身持久力は同じであるが 瞬発力では差がある 大腿四頭筋の Setting が痛みなく十分に行 えることが必要です 他には? 吉田 : いろいろとあると思いますが 前十 字靭帯不全膝であっても日常生活ではとく に痛みなく問題ないという自信をもっても らうことも重要と考えています 術前に膝 伸展制限があって 大腿四頭筋の筋収縮に 伴う疼痛の残存 跛行や階段昇降時の問題 があれば 術後にそれ以上よい状態の膝を 選手自身はイメージできなくなります そ うなれば術後早期の膝関節伸展位の獲得 Sportsmedicine 2017 NO.190 9

3 ここでは吉田奈美先生に 膝の腫れと それ がもたらす膝の機能への影響をテーマに 膝 関節の腫れの問題 それが膝伸展機構にもた らす影響 膝蓋骨のアライメント 腫れが膝 関節機能に及ぼす影響 膝蓋大腿関節の機能 評価 そして腫れと短縮筋へのアプローチに ついてまとめていただいた 1. 当院における代表的な膝関節疾患は 疼 痛を主訴とする変形性膝関節症 ( 以下膝 OA) と膝の不安定性が問題になる膝前十 字靭帯損傷 ( 以下 ACL 損傷 ) である 膝関節は 大腿骨 脛骨 膝蓋骨の 3 つ の骨から構成され 脛骨大腿関節 ( 以下 TF 関節 ) と膝蓋大腿関節 ( 以下 PF 関節 ) の 2 つが相まって機能を果たす なかでも 大腿四頭筋の収縮による膝伸展機構が重要 で 介在する膝蓋骨の滑車メカニズムに よって 下肢の駆動力の制御と床からのイ ンパクトフォースを吸収するショックアブ ソーバーとしての働きを担っている 膝伸 展機構の破綻は 前述した膝 OA や ACL 損傷の結果として起こるが 障害 外傷に 伴って出現する腫脹や関節水腫が要因と なって引き起こされることが非常に多い 我々はこれらの対策について昨今の方法を 含め対応しており その一部を紹介する 1 変形性膝関節症における腫れの問題 膝 OA は 関節軟骨の性質的な異常によ り軟骨が摩耗し 関節内に浮遊することで 滑膜炎が惹起される そして 軟骨や軟骨下骨への力学的負荷の増大を招くことで骨棘形成が誘発され これらの結果として 関節の狭小化といった関節構造の変化や 機能障害をきたす 膝 OA では歩行や立ち上がりなどで動作時の痛みが出現するが 同時に疼痛の強い初期段階では 腫脹や熱感 関節水腫といった炎症症状がしばしばみられる しかし主訴の多くは 痛み であり とくに階段歩行での痛みが特徴的である 一般に膝 OA の病態と症状との関係について TF 関節の狭小化が痛みの原因とされることは多い 最近の研究では 膝 OA における疼痛について重症度別の疼痛強度影響因子として 初期では炎症性の因子である滑膜炎が関与し 末期では局所への過剰な負荷に起因する因子 ( 下肢アライメントや lateral thrust) が疼痛の要因となっていたという報告がある 1) 我々が実際に痛みの発生部位を確認すると 階段歩行や立ち上がり動作では PF 関節に多く認められる また膝 OA では 症状の慢性化に伴い 炎症症状のない亜急性期や慢性期の症例において TF および PF 関節面の骨膜上にむくみ様の腫れを認めることが極めて多い このようなむくみは急性期の腫れの残骸 そして不動による下肢の循環障害などが要因と考えられる さらに 機能的な問題として内側広筋や外側広筋の萎縮 大腿直筋と中間広筋の短縮がある この筋短縮は膝関節の屈曲可動域の制限や 膝蓋骨の可動性やアライメントに影響を及ぼし 結果的に PF 関節面への力学的負荷を増大させ痛みを引き起こす誘因となっていると考えられる しかし こ 吉田奈美 ( よしだ なみ ) 先生れらの現象の客観的な評価の難しさや むくみ様の腫れの確認において徒手的な技術を求められると同時に痛みを伴うなどの問題もあることから この現象が一般的に周知されづらい現状になっている 2 各種外傷 障害による腫れの問題についてスポーツにおいて 膝関節の外傷および障害は最も頻度の高い部位である とくに代表的な疾患の 1 つとして ACL 損傷がある スポーツ復帰を目指す場合 競技種目にもよるが 多くは手術療法が選択されている 手術は受傷後の腫脹 関節水腫などの急性期症状が消失し関節可動域 ( 以下 ROM) の確保後に行われている 膝関節外傷および術後の腫脹の要因は ACL 自体の損傷のみならず他の合併症の問題 ( 半月板 軟骨損傷など ) 術創 骨孔 手術時間 感染などの手術自体の影響 そして術後の管理 ( 早期の患部への負荷 荷重 ROM 筋力トレーニングなどの運動 ) や転倒等のアクシデント等によっても生じ 12 Sportsmedicine 2017 NO.190

表 1 る またマルアライメントや関節弛緩性な どもともと有する身体特性の関与も加わる ( 表 1 ) 膝関節外傷および術後の腫脹の要因 ROM etc 当院では 他院での手術後のリハビリ テーションを依頼されている ACL 損傷 に対する一重束再建術後において 表 2 の プロトコルに沿ってリハビリを進めている が 手術後 5 日 1 週間で退院してくる これは 手術を行う医療機関の事情による ものであるが 術後早期に退院することで 患者の腫れ管理が不十分となる可能 性も高いため 管理の仕方を指導す る 一般的に再建靭帯への負担を考 慮して伸展制限をつけた装具を術後 1 カ月程度使用し また荷重制限を かけることが多いようであるが 当 院関連施設の場合 早期から装具な し全荷重下での歩行が許可されている さ らに術後 1 カ月で膝 ROM は伸展 0 屈 曲 135 そして日常生活が問題なく過ご せる状況 つまり独歩ならびに階段歩行の 獲得が目標である 術後 1 カ月以上で関節 水腫や腫れ むくみが残存すると 関節包 や筋 腱 靭帯の伸張性や膝蓋骨の可動性 が低下し 膝周囲筋機能が阻害されるため 筋力回復が遅れる傾向にあり 細心の注意 を払っている 2. 膝伸展機構の役割と動作への影響膝蓋大腿関節は大腿骨と膝蓋骨とがなす関節で 膝蓋靭帯を介して大腿四頭筋収縮時の力を下腿に伝達する 膝関節屈曲位で大腿四頭筋を収縮させるスクワットや構え動作では 大腿四頭筋の収縮力が膝蓋骨を大腿骨滑車面上に押しつけることで筋の収縮効率が高まり 膝蓋大腿関節には大きな圧迫力が生じる 1) 膝蓋大腿関節は 膝関節伸展から屈曲を行っていくと 膝蓋骨は大腿骨滑車面上を下方に滑車していく 正常者の膝屈伸時の接触部位を図 1 に示す 伸展位では膝蓋骨下方と大腿骨滑車面上方 屈曲位では膝蓋骨上方と大腿骨滑車の下方とが接触する 圧迫力は 膝伸展位域では小さく 30 から 60 にかけて増加していく 表 2 当院における膝 ACL 損傷術後プロトコル Sportsmedicine 2017 NO.190 13

階段降段時の膝関節角度 図 1 膝屈伸運動による膝蓋大腿関節接触面の変化 2 P.25 図 2 膝蓋骨のアライメント日常生活動作では 膝関節 0 30 の伸展域での歩行では 大腿骨と脛骨がなす角度が鋭角であり重心線に近い状態で長軸上への荷重伝達が大きく骨性支持が主体となるため PF 関節への圧迫力は少なく TF 関節へのストレスが大きい このとき大腿四頭筋の遠心性収縮によって 膝関節面への衝撃量は軽減される 一方 膝 30 以上に屈曲していくと 骨伝達が小さくなるため TF 関節の負担量は伸展時よりも小さ くなり PF 関節での圧迫力が増大していく 大腿四頭筋が収縮することにより 膝蓋骨は大腿骨滑車面上での滑走が許されているが 膝蓋骨と大腿骨滑車面上での接触面は屈曲角度とともに変化することで PF 関節面上の特定部位への力は分散されている しかし 大腿四頭筋の短縮や筋力低下 それに伴う膝蓋骨の可動性低下により機能しないと PF 関節面の特定部位に圧迫力が加わり 疼痛が出現する可能性が ある 日常生活動作について 階段の蹴上は一般的に約 18 20cm である その高さでは膝関節 30 100 の屈曲域で行われている 階段歩行では 昇段動作よりも降段動作のほうが痛みを訴える頻度が高い 降段と昇段の動作の違いは 2 つある 1 つ目に 大腿四頭筋の収縮形態が 求心性収縮よりも大きい筋力を必要とする遠心性収縮である 降段では 大腿四頭筋は遠心性に収縮するが 痛みや腫れ等で筋機能が低下すると 筋発揮力が低下し 上記の PF 関節への負担量が増大することが考えられる 2 つ目は 膝蓋骨と大腿骨滑車との動く方向が逆になる点である 膝蓋骨は伸展位では大腿骨滑車面の上方で傾斜が浅い部分に位置するため 全方向に遊びがある状態にある そこから膝関節屈曲していくと 20 あたりから 大腿骨滑車の溝形状は鋭角になっていくため 膝蓋骨はその溝にはまり込んでいき 80 90 の角度では膝蓋骨は滑車面に完全にはまり込むため側方への遊びはなくなる 昇段では 股関節 膝関節屈曲位で足底が踏み面上に接地し踏み込む このとき 膝蓋骨は大腿骨滑車面にはまり込んだ状態である そこから大腿四頭筋の求心性収縮による膝伸展に伴ってはまり込んでいた膝蓋骨は大腿骨滑車面上を滑 14 Sportsmedicine 2017 NO.190

4 スポーツにおける膝の問題といえば前十字靭 帯損傷が代表格 1970 年代からその問題に 取り組んでこられた黒澤先生は 前十字靭帯 損傷の診断 治療は解決ずみと言う いかに 早期復帰させるかリハビリの課題はあるが 未解決の問題に取り組む姿勢の重要性を説 く 知と実践のパイオニアであれ という メッセージ 弊誌は 1989 年創刊ですが その 10 年 前 (1979 年 ) に月刊トレーニング ジャー ナルが創刊され そのときからスポーツ医学 分野の編集に携わっていますが 当時 膝 と言えば前十字靭帯 (ACL) 損傷がトピック だった 先生は整形外科医として当時すでに 前十字靭帯に取り組んでおられた 黒澤 : 話せば長くなるのですが 私は 1970 年に東京大学医学部を卒業して 同 年から 71 年は同大学整形外科に入局 72 年から三井記念病院に勤務しました その とき バドミントンの女子選手がかつがれ て外来にきて 痛みと膝が伸びないと訴え ていました これは半月板損傷でロッキ ングしている と判断して 当時は MRI などなかったので造影剤検査を行い 内 側の半月板がロッキングしている ことを 確認しました そこで入院させて手術を行 い これでよくなったと思いました 内側 半月板の バケツ柄断裂 でした 退院 後も時々外来にきていましたが どうも 調子が悪い 膝は伸びるようになったんだ けど バドミントンを行っていると時々膝がガクッとはずれるような感覚が生じる と言う 何なんだろうと思いましたが よくわからない 医局を出て 2 年目ですから 学会に出てもよくわからないのですが 早く一人前になろうという意識は強くもっていて 通常は週に 1 回は 研究日 と称して休日をもらえます 多くはその 1 日は外で医師としてアルバイト的に勤務します 私はそういう考えではなかったので その研究日も病院で研究活動をしていました それをみた上司が 感心なことです ぜひとも学会に行きなさい と言い その言葉にしたがって京都だったかの学会に参加しました 膝に興味があったので膝のセッションに参加したところ たしか半月板のシンポジウムか何かだったと思いますが 会場からの質問として 半月板の手術を行ったあと 痛みはなくなるけれど スポーツを行っていると膝がガクッとはずれそうになると言う選手はいませんか? そういう経験はありませんか? と聞いた先生がいました あ この人は私と同じことを考えている と思い 加幡先生という整形外科部長にそのことを話しました すると その先生はどんな顔だったか と聞かれ 姿かたちを言うと それは中嶋寛之先生だろう と なんでわかるのですかと聞くと 中嶋先生はスポーツが好きで 5 年前に私が彼の膝 ( 半月板 ) を手術したとのことでした そこで その先生が関東労災病院にいることを聞き 来年は同病院に行こうと決めたのです 関東労災病院では 患者さんに造影して関節鏡でみました 関節鏡といっても今のようなものではなく もっと太くて先に豆 黒澤尚 ( くろさわ ひさし ) 先生 1982 ACL ACL OA 電球がついたものでした それを入れて見 るのですが暗い なんとか見える程度 そ れで半月板がよくても悪くても 膝崩れ現 象が起きていることがわかりました でも なぜそうなるのか? がわからない 当 時は そういう話を学会でしても だれも わからない そういう状態でした 関東労 災病院には 1 年半いたのですが どうも前 十字靭帯が断裂しているようだとわかって きました それは誰が言い出した? 黒澤 : 中嶋先生と症例を検討していてわか ってきたことです 今では考えられません が 当時の関節鏡は暗くてよく見えないこ とがあり どうしようもなく開けてみて 半月板はいいけれど前十字靭帯が断裂して いるとわかることもありました それを学 会で発表したのですが 反応はなかった それはいつぐらいのことですか? 18 Sportsmedicine 2017 NO.190

黒澤 :1972 年です 半月板損傷を治療しても後に膝崩れが起こるのは前十字靭帯が断裂しているからだとわかり その診断法として N テスト ( 図 1 参照 ) を発表したのですが 学会でも反応がないままでした なぜかというと 前十字靭帯 そのものが多くの人の頭のなかになかったのです その 60 年くらい前 1910 年くらいにヘイ グロブスが前十字靭帯再建術に関する論文を発表しています 膝を大きく切開して腸脛靭帯を回してくるというような術式でした しかし それを自分でも行った人はいなかったし スポーツによる外傷は医学の外にあったと言ってよかった それはしょうがない ということで昔は引退していました そうこうするうちにある人から 今度の JBJS(The Journal of Bone and Joint Surgery) のプロシーディングをみてごらん と言われました そこに先生と同じようなことを言っている人がいます というのです カナダの Galway という人がほんの 3 行くらいで 膝をケガした人で特定の動作で膝崩れを起こすことがあるというような内容でした それを Pivot shift phenomenon( ピボットシフト現象 ) と名づけていました あとで さすがだな と思いました きちんとその現象に名称をつけるということです われわれはそういうしゃれた名称をつけることは考えず N サイン や N テスト と称していました Nは中嶋先生の N です Galway のことを知ったので 中嶋先生とふたりで彼に会いに行きました 彼の前で N テストを実施して Pivot shift test とやり方は少し違うのですが 原理は同じでした どちらでも前十字靭帯の断裂を確認できる そのことについて後に学会でも発表したのですが それでもすぐには反応がなく それから 2 年くらいして 1974 年ごろになって当時アメリカの大御所であったスローカム (Slowcam) やヒューストン (Houston) ジョン マーシャル (Marshall) らが 膝崩れには前十字靭帯 が関係しているということを言い出した それで われわれが考えていることと同じ だ となり それから 1 年くらいしてわれ われが当時バイブルのように読んでいた JBJS にそのことに関する論文が多く掲載 されるようになったのです それで日本の 整形外科医も こういうことがあるんだ と認識するようになったのですが われわ れからすると もっと前から言っていた じゃないか という思いでした そこから 多くの医師が強い興味をもち 全国的に前 十字靭帯損傷に熱心に取り組むようになっ たのです われわれは すでに前十字靭帯の断裂 が原因だとわかったので 1973 年から損 傷した前十字靭帯の再建を目指していまし た 再建術については 前出のアメリカの ヘイ グロブスなどは 前十字靭帯は関節 内靭帯で関節のなかを通すことは当時まだ 抵抗があり 関節外再建術 をしばらく 行っていました 20 10 ACL 図 1 N テスト こうして 1970 年代後半には スポーツ 選手の前十字靭帯損傷は多くの整形外科 医が取り組むトピックになっていたのです が 当時まだまだ全体的には満足のいく治 療レベルではなく 関東労災病院から次に勤務した都立台東病院には全国から膝崩れで悩んでいたスポーツ選手がたくさん来ました 膝崩れを起こして 2 年 3 年たってやっと台東病院のことを知って来たという人が多かったので ほとんどが陳旧例でした 今は陳旧例はほとんどありません みなアスリートだった? 黒澤 : アスリートか学校の体育などでケガした人でした 陳旧例なので 半月板も傷んでいました 台東病院での患者さんはそうした古いケガで前十字靭帯再建という例が多かった それが 1978 年くらいで 前十字靭帯損傷は全国で話題になっていました 以降も 前十字靭帯 が主要な議論のテーマになっていきました 1980 年代 やはり台東病院にいたのですが 前十字靭帯再建術を内視鏡 ( 関節鏡 ) でできないかと 1970 年代後半から始めていました それは世界で初めてのことですが 論文にするのが遅かったので 世界初 という言葉は使えなかったのですが それで前十字靭帯の再建術は内視鏡でで Sportsmedicine 2017 NO.190 19