加齢と構えが片脚立位保持に与える影響について 南部麻里子 < 要約 > 片脚立位は転倒予防に有効とされているが, 構えの規定はなく, 高齢者において運動学的 運動力学的変数に与える影響は明らかではない. 本研究の目的は, 片脚立位保持中の加齢による影響と構えの違いについて体重心と筋活動に着目して調べることだ. 対象は, 健常若年者 10 名と健常高齢者 10 名だった. 被験者は, 上肢の構えが異なる 2 課題と下肢の構えが異なる 2 課題の計 4 課題を行った. 高齢者は若年者と比較して体重心速度とほとんどの下肢筋活動量が有意に増大した. 一方, 体重心位置およびその 2 乗平均平方根には有意差がみられなかった. 下肢の構えにおいて, 大腿水平課題は軽度屈曲課題よりも前後方向の重心速度, 骨盤の傾斜角度および下肢筋活動量の有意な増加がみられた. 従って, 加齢により体重心速度が速くなり, それに伴い下肢筋活動が増大する. また, 下肢の軽度屈曲よりも大腿水平位の方が前後方向の制御がより困難となることが示唆される. 本研究結果は高齢者を対象とした片脚立位指導において有用であり, 姿勢制御のメカニズム解明の一助となる. Ⅰ. 目的高齢者における転倒は, 国際的な社会問題であり, 実に 65 歳以上の高齢者の 3,4 人に 1 人は, 1 年間に 1 回以上の転倒を経験している 1 ). さらに, 転倒によって骨折などの外傷, 活動量の低下および転倒恐怖感が生じ, それらが ADL QOL の低下を招くことが報告されている 2 ). 高齢者の転倒予防において, バランストレーニングが有効であると報告されており, トレーニング内に片脚立位を用いている 3, 4 ). しかしながら, 片脚立位時の四肢の構えについては指定がない. 5) 従って, 昨年の卒業研究では, 若年者を対象に四肢の構えの違いが片脚立位に与える影響について, 特に体重心速度および下肢筋活動に着目して調べた. 加齢による影響としては, 片脚立位保 6) 持時間の減少や高齢者の片脚立位時の骨盤挙上角度は, 片脚立位保持時間に影響を与えること 7) が示されている. しかし, 体重心や筋活動に着目したものは私が知る限りみあたらない. 従って, 本研究の目的は (1) 加齢が片脚立位保持中に与える影響,(2) 四肢の構えの違いが高齢者の片脚立位保持に与える影響について, 体重心および下肢筋活動に着目して明らかにすることだった. Ⅱ. 方法 1. 対象対象は, 健常若年男性 10 名 ( 年齢 22.6±1.2 歳, 身長 169.3±4.95cm, 体重 63.8±9.8kg) と健常高齢男性 10 名 ( 年齢 68.1±2.2 歳, 身長 163.2 ±4.2cm, 体重 62.3±5.5kg,MMSE 27.6±1.9) だった. 全被験者は, 神経学的 整形外科的疾患の既往歴がない者とし, さらに, 高齢者は認知機能に障害がない者とした. 全被験者に対して書面および口頭での説明を行い, 自筆による署名にて同意を得たうえで実施した. 2. 使用機器 (1)3 次元動作解析システム体重心, 関節角度算出のために 3 次元動作解析システム (EvaRT4.4,Motion Analysis 社製 ) を使用した. 赤外線カメラ 6 台 (Hawk-200RT, Motion Analysis 社製 ) を用いて, 反射マーカー位置は,Plug in gait model に準じて, 左右耳孔 胸骨柄 C7 右肩甲骨 剣状突起 左右肩峰 右上腕近位 1/3 左上腕遠位 1/3 左右肘関節軸 左右手関節 左右第二中手骨骨頭 Th10 左右上前腸骨棘 左右上後腸骨棘 右大腿骨近位 1/3 左大腿骨遠位 1/3 左右大腿骨外側上顆 右脛骨近
位 1/3 左脛骨遠位 1/3 左右外果 左右第二中足骨頭 左右踵骨の計 33 箇所だった. マーカー座標は,200Hz で収集した. (2) 筋電計筋活動の計測のために, 表面筋電計 ( マルチテレメータ. 日本光電社製 ) を用いた. 計測はすべて支持脚側とし, 脊柱起立筋 大殿筋 中殿筋 大腿筋膜張筋 長内転筋 大腿直筋 大腿二頭筋 前脛骨筋 下腿三頭筋内側頭 長腓骨筋の計 10 筋を用いた. 3. 実験内容下肢挙上方法が異なる 2 種の構え ( 下肢が地面につかない程度に軽く挙上する : 軽度屈曲, 股関節を 90 屈曲位に保つ : 大腿水平 ) と上肢位置が異なる 2 種の構え ( 上肢を体側に下垂する : 上肢下垂, 上肢を骨盤で支持する : 上肢骨盤支持 ) との組み合わせた全 6 課題において, 各課題 30 秒間の片脚立位を行った ( 図 1). 支持脚は非利き足とし, 各課題につき 5 回計測した. 各課題の順番は被験者ごとにランダムとし, 課題間で休憩を取った. 床反力計の前後方向の中心を踵から足長の 40% の位置に設定した 8 ). 片脚立位開始前の安静立位時の左右の足部の位置は, 平行で腰幅とした. また, 目線の高さに設置された黒点を注視し, 頭部の位置が一定になるよう指示した. 図 1. 実験課題の構え 上肢の構え 2 種類 ( 上肢下垂 ; 上段 上肢骨盤支持 ; 下段 ) と下肢の構え 2 種類 ( 軽度屈曲 ; 左 大腿水平 ; 右 ) とした. 4. データ処理 (1) 体重心姿勢動揺の指標として,3 次元動作解析システムで計測したマーカー位置から体重心を算出し, 前後および側方方向における体重心速度, 体重心位置, 体重心位置の二乗平均平方根 (RMS) を算出した. (2) 骨盤挙上角度マーカー位置から骨盤挙上角度を算出した. 基本軸を前額水平軸. 移動軸は両上前腸骨棘を結んだ線とした. (3) 筋活動積分筋電値は, 片脚立位時の筋活動より安静立位時の筋活動で除し, 最大等尺性収縮時の筋活動量で正規化した. 解析範囲は, 片脚立位開始 3 秒後から 8 秒後までの 5 秒間とした. (4) 統計解析加齢による影響をみるために, 二元配置分散分析 (2 群 4 課題 ) を行った. 高齢者の構えの違いによる影響をみるために, 反復測定二元配置分散分析 (2 下肢の構え 2 上肢の構え ) を行った. 多重比較には Bonfferoni test を用い, 有意水準は 5% とした.
Ⅲ. 結果 1. 群間比較体重心速度は, 前後方向および側方方向ともに主効果が認められ (p < 0.05), 高齢者の方が若年者よりも有意に速かった ( 図 2). 体重心位置および RMS は, 前後方向および側方方向ともに主効果が認められなかった. 前脛骨筋 大腿直筋 大腿二頭筋 中殿筋 大腿筋膜張筋 内転筋 長腓骨筋の筋活動量に主効果が認められた (p < 0.05). いずれの筋においても高齢者の方が若年者よりも有意に大きかった. 脊柱起立筋 大殿筋 下腿三頭筋においては主効果が認められなかった. 2. 高齢者の課題間比較体重心速度は, 下肢の構えにおいて, 前後方向で主効果が認められ (p < 0.05), 側方方向では認められなかった. 前後方向において大腿水平課題で軽度屈曲課題よりも有意に速かった ( 図 3). 骨盤挙上角度は主効果が認められ (p < 0.05), 大腿水平課題の方が有意に大きかった ( 図 4). 上肢の構えにおいては主効果が認められなかった. 筋活動量は, 下肢の構えにおいて, 前脛骨筋 中殿筋 大殿筋で主効果が認められ (p < 0.05). いずれの筋においても大腿水平課題の方が軽度屈曲課題よりも有意に大きかった ( 図 5). また, 上肢の構えにおいては大腿二頭筋で主効果が認められ (p < 0.05), 上肢下垂課題は上肢骨盤支持課題より有意に大きかった. 図 3. 前後方向の体重心速度 大腿水平課題で体重心速度が速くなった 図 2. 前後 側方方向の体重心速度 高齢者の方が若年者よりも前後 側方方向で速度が速い (* P < 0.05). 図 4. 骨盤挙上角度 大腿水平課題で遊脚側骨盤挙上が大きくなった
Ⅳ. 考察 1. 加齢による影響高齢者は若年者と比較して, 前後方向 側方方向の体重心速度が速く, 一方, 体重心位置や RMS には差がみられなかった. つまり, 高齢者は重心位置を若年者と同様の範囲内で, より速く制御することによって姿勢バランスを保持していると考えられる.Zatsiorsky ら 11 ) は, 足圧中心変位の高周波成分はフィードバック制御を反映していると示唆している. また, 片脚立位において足底感覚は重要であり 9 ), とくに, 高齢者は感覚が低下している 10 ). よって, より多くの感覚情報を入力するために足圧中心変位の速度を増加させ, その結果, 体重心速度も速くなったのではないかと考えられる. よって, 足圧中心に関する分析も必要となるであろう. また, 高齢者およびパーキンソン病患者では予測的姿勢制御の減衰が報告されている 20 ). 従って, フィードフォーワード制御を代償するために感覚情報によるフィードバック制御の貢献度が増大した結果であると考えられる. また, ほとんどの下肢筋群の筋活動量が大きくなったのは体重心を速く制御するためであったと考えられる 12 ). しかしながら, 脊柱起立筋, 腓腹筋および大殿筋の活動量には両群で差がみられなかった. その理由として, 両群ともに体重心位置が踵から 70% 程度の点で保持していたこと が考えられる. 安静立位では 40% に位置 8) して いるため, それよりも前方で保持するために背側の筋群の過剰な活動が要求されたために差が生じなかったのではないかと考えられる 13 ). 図 5. 構えの違いにおける筋活動量 大腿水平課題の方が前脛骨筋, 中殿筋, 大殿筋の活動が大きく, 上肢下垂課題の方が大腿二頭筋の活動が大きい. 2. 高齢者の構えの違いによる影響大腿水平課題が軽度屈曲課題よりも前後方向の体重心速度が大きくなった. これは, 昨年の若 5) 年者を対象とした卒業研究と同様だった. 大腿水平課題は遊脚肢が軽度屈曲課題より前方に位置するため, 前後方向の不安定性が増し体重心速度が速くなったと考えられる. また, 前後方向制御のために前脛骨筋, 大殿筋の筋活動が大きくな
ったことが考えられる 16, 17 ). また, 中臀筋の活動量が増加したのは, 骨盤挙上角度を増加させたためであると考えられる 18 ). 若年者の結果との相違点として, 今回の結果は大腿筋膜張筋で構えの違いによる影響がみられなかったことが挙げられ る. これは, 股関節 膝関節の屈曲位 15) や円背 14) といったアライメントの変化が影響しているかもしれない. よって, 矢状面における骨盤傾斜角度などの他の関節角度についても分析する必要があると考えられる. 3. 本研究の意義片脚立位は, 転倒予防教室等で全国的に広く行われている. 本研究結果によって明らかとなった構えの違いによる影響は, 高齢者を対象にこの動作を指導する上で有効な情報となるであろう. 例えば, 保持時間の短い対象者であれば非支持脚の挙げ方を小さくする ( 軽度屈曲 ), またバランス能力が高ければ逆の指導などが挙げられる. 一方, 片脚立位動作のバイオメカニクスについては意外にも報告が極めて少ない 21 ). 本研究結果によって明らかとなった狭い支持基底面内における静的バランス制御の加齢の影響については, そのメカニズム解明の一助となるであろう. Ⅳ. 結語加齢により片脚立位時の体重心位置は変わらないが体重心速度が速くなり, 下肢筋活動が増大する. 構えによる影響に関しては, 高齢者において下肢の軽度屈曲よりも大腿水平位の方が前後方向の制御がより困難となり, それに伴い下肢筋活動も増大する. 謝辞本研究を終えるにあたり, ご指導賜りました本学諸先生方, 本学保健科学院大学院生, ならびに被験者を快く引き受けてくださった被験者の皆様に心より感謝いたします. 引用文献 1) 市橋則明 : 運動療法学各論高齢者の機能障害に対する運動療法, 文光堂, 東京,2010 2) 黒川幸雄 他 : 理学療法 MOOK11 健康増進と介護予防増補版, 三輪書店, 東京, 2009 3) Keizo Sakamoto,et al: Effects of unipedal standing balance exercise on the prevention of falls and hip fracture among clinically defined high-risk elderly individuals:a randomized controlled trial,j.orthopaedic Science, 11(5):467-472,2006 4) M. M. Madureira, et al :Balance training program is highly effective in improving functional status and reducing the risk of falls in elderly women with osteoporosis: a randomized controlled trial,osteoporos Int 18:419 425,2007 5) 武田賢太 : 異なる肢位が片脚立位の姿勢戦略に与える影響について, 卒業研究論文集 (6):59-64,2012 6) Bohannon RW, et al: Decrease in Timed Balance Test Scores with Aging, Phys Ther 64(7):1067-70,1984 7) 田邊素子 他 : 家庭用ビデオカメラを使用した地域在住高齢者の片脚立ち動作における姿勢制御のタイプの判別, 総合リハビリテーション,37(11):1041-1048,2009 8) 奈良勲 他 : 姿勢調節傷害の理学療法第 2 版, 医歯薬出版株式会社, 東京,2012 9) 村田伸 他 : 開眼片足立ち位での重心動揺と足部機能との関連健常女性を対象とした検討理学療法科学,19(3):245-249, 2004 10) ALMEDA F.FERRINI: 高齢期の健康科学メディカ出版, 大阪,2001 11) Vladimir M.Zatsiorsky, et al.: Rambling and Trembling in Quiet Standing.Motor Control,4 (2),
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